静岡地方裁判所 平成3年(わ)153号 判決 1991年7月31日
本籍
静岡県浜松市西山町二、二四六番地
住居
右同
金融・不動産業
豊田久子
大正一一年一月一五日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官宮崎雄一出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金四〇〇〇万円に処す。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、静岡県浜松市西山町二、二四六番地に居住し、同所または同市泉三丁目一番四八号において、金融・不動産業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、利息収入を除外するなどの方法により、所得の一部を秘匿した上
第一 昭和六二年分の実際の総所得金額が一億一、九九二万円七、一一九円で、これに対する所得税額が六、五六〇万六、七〇〇円であつたのにかかわらず、昭和六三年三月一五日、同市砂山町二一六番地の六所在の所轄浜松税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が零で、納付すべき所得税額はない旨の虚偽過少の所得税損失申告書を提出し、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額との差額六、五六〇万六、七〇〇円を免れ
第二 昭和六三年分の実際の総所得金額が一億八、九五一万五、二九七円で、これに対する所得税額が一億四八〇万五、五〇〇円あつたのにかかわらず、平成元年三月一五日、前記浜松税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が零で、納付すべき所得税額はない旨の虚偽過少の所得税損失申告書を提出し、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額との差額一億四八〇万五、五〇〇円を免れ
第三 昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの分の実際の総所得金額が三億七、八二四万五、六〇六円で、これに対する所得税額が一億四、〇八八万七、五〇〇円あつたのにかかわらず、平成二年三月一五日、同市元目町一二〇番地の一所在の所轄浜松税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一億六、一二三万一、九一九円でこれに対する所得税額が三、八二二万二〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額との差額一億二六六万七、三〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書五通
一 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書二〇通
一 被告人の大蔵事務官に対する上申書三通
一 大蔵事務作成の査察官調査書一二通
一 大蔵事務官作成の査察官調査書抄本
一 検察官作成の捜査報告書(3)
一 矢田章人、豊田宗重、鈴木とも子、辻本隆、大石実(二通)、松井登、田中徹の検察官に対する各供述調書
一 祖父江昇、田中徹(二通)、辻本隆、山崎昇、島津敏廣、渡辺康司、田村正紀、天野哲義、天野ひで代、加用幸久、松井登、大石倫明、鈴木清美、成瀬純一の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 新村寿之、廣野法子、村松雅孝、鈴木基之、大沢重一、笹ヶ瀬勝、伊藤一彦、山田淳一、深尾雅秀、村上治生、木村正行、松坂俊則、関口和夫、松下功、武田継男、小池幸雄の大蔵事務官に対する上申書
判示第一の事実につき
一 検察官作成の捜査報告書(1)
一 大蔵事務官作成の「証明書(一)」、「同(四)」
判示第二の事実につき
一 大蔵事務官作成の「脱税額計算書」
一 大蔵事務官作成の「証明書(二)」、「同(五)」
判示第三の事実につき
一 検察官作成の捜査報告書(2)
一 大蔵事務官作成の「証明書(三)」、「同(六)」
(法令の適用)
一 判示所為 所得税法二三八条一項、二項
一 (刑種の選択) 所定刑中懲役刑及び罰金刑併科を選択
一 (併合加重) 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第二の罪の刑に加重)
一 (労役場留置) 刑法一八条
(量刑の理由)
本件は、逋脱税額が三期合計で二億七、三〇〇万円を越え、逋脱税率は、三期平均八七・七パーセントという高率に上る事案で、犯行の動機は、すでに充分な財産を有しながら、なお違法な手段を用いてまで、蓄財を重ようとした私利私欲に基づくもので、酌量の余地はなく、犯行態様も、真実の貸付金収入や不動産取引による利益分配金等を除外したり、不正に取引した薄外資金は、借名等により預金したり、株式債権等有価証券等として管理運用する手段を弄して、虚偽過少の申告をしたもので、極めて悪質であり、逋脱額も巨額であり、被告人の刑事責任は重いと言わなければならない。加えて、被告人は、過去に「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律違反」「臟物故買」「売春防止法違反」の犯罪歴があり、長年に渡り、経済的利益の追求のためには、法をも犯しかねない生活を継続してきたことが窺われ、また、暴力団との交際をする金融業者であり、日頃の生活がよくない。
ところで、我が国は、税収の迅速、的確な確保を目的として、申告納税制度を採用しているが、この制度は、納税者の高い倫理性を確保することにより初めて適性に運用することが可能であるから本件のような、逋脱犯は、一般国民の納税意欲ないし納税倫理感を著しく減退させるものであり、租税の公平負担の原則を損ない、国家の課税権を侵害し、租税収入を減少せしめる犯罪であると言える。従つて、検察官が、論告において「逋脱犯に対する科刑が軽きに失することがあれば、誠実な納税者の税負担に対する不公平感を醸成させ、延いては多数の国民の納税意欲を喪失させて、納税申告制度を根底から揺るがす事態を生じさせ、租税収入を減少させて、これに基礎を置く国家の財政基礎を危うくする」旨指摘したことは、誠に正しいもので、本件のような巨額の逋脱事案では、特別予防よりも一般予防を重視した量刑を考える必要がある。仮に、本件のような事案につき、懲役刑につき執行を猶予し、罰金刑だけが執行されるに止まるならば、経済的利益の追求のために、法を犯すことに抵抗を感じないものは減少せず、刑事裁判の重要な使命の一つである一般予防の効果が期待できないばかりか、被告人と同様の思考方法をもつている者の犯罪を誘発しかねない。
被告人は反省し、二度と不正な申告はしないと誓っており、本件につき修正申告をして、重加算税も支払済で、高齢で持病もあるが、最近の裁判例も検討のうえ、主文掲記の判決を宣告する。
(裁判官 多田周弘)