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静岡地方裁判所 平成3年(行ウ)13号 判決 1996年8月30日

原告

現代建設株式会社

右代表者代表取締役

上野富吉

右訴訟代理人弁護士

中村順英

被告

静岡県知事

石川嘉延

右訴訟代理人弁護士

牧田静二

右訴訟復代理人弁護士

石割誠

祖父江史和

右指定代理人

釼持佳日路

外一〇名

訴訟参加人

静岡県浜岡町長

本間義明

右訴訟代理人弁護士

杉山年男

荒川昇二

主文

一  本件主位的請求に係る訴え及び予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

原告の平成三年一一月二五日付の産業廃棄物処理施設設置届出に対し、被告が同年一二月二日にしたその受理をしない旨の処分を取消す。

2  予備的請求

原告の平成三年一一月二五日付の産業廃棄物処理施設設置届出に対し、被告がその受理又は不受理の処分をしないことが違法であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、土木業、産業廃棄物処理業等を営むことを目的とする会社である。

(二) 被告は、平成三年法律第九五号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「旧法」という。)一五条一項に基づき、産業廃棄物処理施設設置の届出を受理する権限を有していた者である。

2  本件受理拒否処分の存在

(一) 原告は、平成三年一一月二五日、旧法一五条一項、平成四年七月三日厚生省令第四六号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和四六年厚生省令第三五号、以下「旧施行規則」という。)一一条以下の規定、並びに旧法及び旧施行規則に基づく廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和五二年静岡県規則四七号、以下「県規則」という。)に基づいて、静岡県小笠郡浜岡町下朝比奈字荒沢一五三番地ほか合計五万二八七四平方メートルの土地上に産業廃棄物処理施設(最終処分場)を設置する旨の届出書及び添付図書を掛川保健所長(右産業廃棄物処理施設の所在地を管轄する保健所長。県規則一六条参照)に提出して、被告に対し右産業廃棄物処理施設設置の届出(以下「本件設置届出」という。)をした。

これに対し、被告は平成三年一二月二日に原告に対し本件設置届出を受理しない旨の処分(以下「本件不受理処分」という。)をした。

(二) 本件設置届出及び本件不受理処分の経緯は次のとおりである。

(1) 静岡県においては、従前から産業廃棄物関係事務取扱要領(昭和五二年一二月二六日付衛生部長通知、以下「取扱要領」という。)を定め、これに基づいて産業廃棄物処理施設設置の届出等に関する行政指導を行っていた。

(2) 被告は、原告に対し、本件設置届出に至るまでに、行政指導として、設置届出に静岡県浜岡町長(産業廃棄物処理施設の所在地の市町村長)の同意書を添付すること及び森林法に基づく被告の開発行為の許可を取得することを要求した。

(3)ア 産業廃棄物処理施設の所在地の市町村長の同意書の添付は、取扱要領によっても産業廃棄物処理施設設置の届出に添付を要するものとはされていないから、被告が原告の設置届出にその添付を要求することはそれ自体当を得ないことであった。

イ しかし、原告は被告の行政指導に従うべく最大限の努力をすることとし、浜岡町長の同意を得る手続として、昭和五八年から、浜岡町土地利用委員会に対し事業事前審査申請書の提出をし、再三にわたりその受理をして審査をするよう求めてきた。

ところが、浜岡町は、原告の事業計画が法令に基づく技術基準に適合するものであるという情報を静岡県から得ていながら、その基準自体が不十分なものと決め付けた上で、浜岡町として、条例ないし行政指導によって独自の上乗せ対策を求めるというのではなく、いかなる上乗せ対策を施そうとも浜岡町内において産業廃棄物の最終処分をすることは一切認めないという理不尽な方針に則り、廃棄物最終処分場建設に係る事業事前審査申請はその受付さえしないという頑なな態度に終始して、原告の審査申請は受理されることがなかった。

(4) また、被告に対する森林法に基づく開発行為の許可の申請についても、開発対象地の所在地の市町村を経由して行うべき旨の行政指導がなされていたが、原告の申請を浜岡町が受理する可能性はなかった。

(5) そこで、原告代表者は、平成三年一一月六日に弁護士中村順英を同道して掛川保健所に赴き、被告の指導に従うべく最大限の努力をしたが浜岡町が事業事前審査の受付すらしない状況の下では、これ以上被告の行政指導に従うことはできない旨を真摯かつ明確な意思に基づいて表示した上、産業廃棄物処理施設設置届出書及び添付図書を提出してその受理を求めたが、被告は同月九日に浜岡町長の同意書がないことを理由に右届出書等を原告に返戻した。その後、原告代表者は同月一五にも右同様掛川保健所に届出書及び添付図書を提出したが、同月二一日に返戻を受けた。

そのため、原告代表者は、同年一一月二五日、改めて掛川保健所に赴き、産業廃棄物処理施設設置届出書及び添付図書を提出して本件設置届出をしたところ、被告は、同年一二月二日、右届出書等を原告に返戻して、本件不受理処分をした。

なお、右平成三年一一月一五日の届出書の提出及び本件設置届出の際には、浜岡町長植田宜志の受理についての同意書が添付されていた。

(三) 原告も一般論として現行制度の下における行政指導の必要性を否定するものではないが、本来、営業を許認可にかからせることを含む私権の制限は条例を含む法令の規定に基づいて行われるべきであって、法令に基づかない行政指導によってこれを行うべきものではない。

仮に、本件において、行政指導によって浜岡町長の同意及び森林法に基づく開発行為の許可を要求することができるものとしても、本件設置届出については、浜岡町の理不尽な対応により被告の行政指導に従うことができないために、原告はその旨を明示して届出書及び添付図書を提出したのであるから、被告はもはや原告が行政指導に従わないことを理由にその届出を受け付けないとすることはできない場合であるというべきである。

したがって、平成三年一一月二五日の産業廃棄物処理施設設置届出書及び添付図書の提出(本件設置届出)が旧法一五条一項に基づく産業廃棄物処理施設設置の届出に当たること、及び被告が同年一二月二日に右届出書を返戻した行為がその不受理処分(本件不受理処分)に当たることは明らかである。

3  そして、本件不受理処分は、法令に根拠のない浜岡町長の同意書の添付の欠缺を理由とするものであるから、これが違法であることも明らかであり、原告は、主位的に本件不受理処分を取り消すことを求める。

4  仮に、被告が平成三年一二月二日に産業廃棄物処理施設設置届出書を返戻した行為が、本件設置届出の不受理処分に当たらないものとすれば、被告は原告の本件設置届出に対し、現在に至るまでその受理又は不受理の処分をしていないことになるところ、本件設置届出に対しかかる長期間受理又は不受理の処分をしないことに何らの合理的な理由もないから、原告は、予備的に右受理又は不受理の処分をしないことが違法であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件設置届出及び本件不受理処分の不存在

(一) 原告の平成三年一一月二五日の産業廃棄物処理施設設置届出書及び添付図書の提出に対し、被告は、以下のとおり、行政指導により浜岡町長の同意書の添付及び森林法に基づく開発行為許可の取得をするよう求めて、同年一二月二日に右届出書を事実上原告に返戻したものであるから、原告より旧法一五条一項に基づく産業廃棄物処理施設設置の届出(本件設置届出)がなされた事実はなく、また、被告が本件設置届出に対し本件不受理処分をした事実もない。

したがって、本件不受理処分の取消しを求める原告の主位的請求は、取消しの対象である処分が存在しないから訴えは不適法であり、また、本件設置届出に対する不作為の違法確認を求める本件予備的請求にかかる訴えも、不作為の事実が存在しないから不適法である。

(二) 静岡県における産業廃棄物処理施設の設置に関する行政指導

(1) 旧法一五条一項は、産業廃棄物処理施設の設置等につき事前届出制を採用し、その設置をしようとする者は、旧施行規則一一条一項各号所定の事項を記載した届出書並びに同条二項各号所定の添付図書を都道府県知事に提出して設置の届出を行うものとされ、また、都道府県知事は、その届出に係る産業廃棄物処理施設が所定の技術上の基準(原告の設置しようとする産業廃棄物の最終処分場にあっては総理府令、厚生省令(一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令・昭和五二年総理府・厚生省令第一号)で定める技術上の基準)に適合しないと認めるときには一定の期間内(産業廃棄物の最終処分場にあっては六〇日)に限り当該届出に係る計画の変更又は廃止を命ずることができ(旧法一五条二項)、設置の届出をした者は、その届出が受理された日から右期間を経過するか又は期間内であっても届出の内容が相当である旨の都道府県知事の通知を受けた後でなければ当該施設を設置してはならない(旧法一五条五項、八条三項)とされていた。さらに産業廃棄物処理施設を設置するため、土地の区画形質の変更、樹木の伐採その他の行為が都市計画法、森林法など他法令の規制の対象となる場合には、これら関係他法令に基づく許可、届出等が別途必要である。

(2) 静岡県においては、産業廃棄物処理施設の設置に関する事務の適正な処理を図るために取扱要領を定めて行政指導をしているところ、旧法下においては、右のように都道府県知事による計画変更又は廃止の命令のない限り、当該届出に係る産業廃棄物処理施設の設置について法が定める基本的な手続が完結することになるので、行政指導を実効あらしめるためには、届出前に設置計画の内容を知って所要の行政指導を行う必要があり、このため取扱要領では、正式の届出前に届出予定の書類を提出させて事前に形式面での審査を行い、記載事項の形式や添付図書の確認、さらには他法令に基づく許認可が必要な場合におけるその取得、並びに産業廃棄物処理施設の所在地の市町村長の同意書の添付等の指導を行い、法令上及び行政指導上の要件が充たされた後に右届出を正式に提出させて受理するという取扱をするものとしていた。なお、原告は、産業廃棄物処理施設の所在地の市町村長の同意書の添付は、取扱要領によっても産業廃棄物処理施設設置の届出に添付を要するものとはされていないと主張するが、取扱要領上、その添付を要するとされているものと解すべきである。

(3) 取扱要領において他法令に基づく許認可が必要な場合におけるその取得を指導することとしているのは、現実には廃棄物処理施設の用地の殆どが農地や山間地等であるため、農地法上の農地転用許可や森林法上の開発行為の許可等が必要となり、それらの許認可を受けられない限り廃棄物処理施設を設置することができないことから、許認可の取得ないし少なくともその申請手続を行っているかどうかを確認して、施設設置届の受理後に他法令に基づく許認可等の取得不能のために施設が設置できなくなることを防ごうとするものである。

また、産業廃棄物処理施設の所在地の市町村長の同意書の添付を要することとしているのは、産業廃棄物処理施設、ことにその最終処分場を円滑に設置するためには地元住民の理解と協力を得ることが必要不可欠であり、地元との調整を行うことなく法定の手続を履践したのみで設置を断行すれば、生活環境に悪影響が及ぶのではないかという不安等から設置に反対しこれを阻止しようとする住民との間に軋轢が生じ、計画そのものが頓挫することになりかねないことから、地域環境を熟知する布町村長の同意を求めることにより、計画されている処理施設の当該具体的な設置箇所における環境への影響の有無を間接的に確認し、併せて地域住民を代表する市町村長の意見を行政に反映させることにより設置者と住民とのトラブルを回避するためである。

(三) 原告に対する被告の行政指導の経過

(1) 昭和五七年九月二一日に原告の従業員が掛川保健所を訪れ、浜岡町内に産業廃棄物処理施設(管理型最終処分場)を設置したい旨告げ、その手続についての指導を求めたので、同保健所担当者は設置届出には浜岡町長の同意書の添付が必要であること、浜岡町では土地利用委員会の承認をもって町長の同意としていることを説明し、浜岡町の担当者と相談するよう指導した。昭和五八年三月一一日に原告の従業員が設置届出の書式の教示を求めて掛川保健所を訪れた際にも、同保健所担当者は、浜岡町土地利用委員会の承認を得なければ設置届出を受付できない旨を指導した。さらに同年五月一七日に原告代理人の中村順英弁護士から掛川保健所長宛てに、内容証明郵便で、設置届出を提出したいが受理するかどうか、受理しない場合はその理由を示すよう申入れがあったが、同保健所長は、同月三〇日付文書で受理できない理由を示して回答した。

(2) その後、地元の反対運動や、施設設置計画地の取得に関し原告の代表者、役員らが宅地建物取引業法違反の被疑事実で逮捕、勾留されるなどの混乱があり、原告から設置届出書の提出等の動きがないまま推移した。

(3) 平成三年九月二日に原告代表者が掛川保健所に産業廃棄物処理施設の設置届書を持参したが、同設置届書には浜岡町長の同意書が添付されておらず、また計画地での土地の区画形質の変更、樹木の伐採等に係る森林法に基づく開発行為許可取得の手続がなされていなかったので、同保健所担当者は、右設置届書を受け取れない旨を告げ、浜岡町長の同意書の取得及び森林法に基づく開発行為許可を取得するよう指導した。原告代表者は同年九月二四日にも掛川保健所に産業廃棄物処理施設の設置届書を持参したが、同保健所担当者は浜岡町長の同意書の添付及び森林法に基づく開発行為許可の取得が必要であること等を重ねて指摘し、それらを添付するよう指導した。

(4) 原告代表者は同年一〇月九日に掛川保健所に産業廃棄物処理施設の設置届書を持参したところ、これには浜岡町長植田宜志の署名及び個人印の押捺のある同月七日付の意見書と題する書面が添付されていたが、森林法に基づく開発行為許可取得の手続はなされていなかったので、同保健所担当者は、右書面が浜岡町長の同意書と認められるかどうかを確認する必要があり、また開発行為許可の取得のため中遠農林事務所の指導を受けるように指導し、設置届は受付けできない旨を告げた。その後、同月一四日に原告代表者が掛川保健所に産業廃棄物処理施設の設置届書を持参した際、同保健所担当者は、右書面が被告が従来から行政指導として求めている浜岡町長の同意書等とは認められないことを確認したこと、森林法に基づく開発行為許可の取得の手続が未了であることを理由に設置届書を受付できない旨を告げた。

(5) 同年一一月六日、原告代表者は中村弁護士を同道して掛川保健所に赴き、産業廃棄物処理施設の設置届書を提出した上、取扱要領では設置届出の段階で市町村長の同意書等の添付を要求していないなどとして、その受付を求め、これ以上行政指導を行うなら司法判断を仰ぐとか、受付できないのであれば不受理の理由を付して返送してほしい等と述べた。これに対し、同保健所担当者は、浜岡町長の同意書及び森林法に基づく開発行為許可書等の添付がなければ受け付けられない旨告げたが、原告代表者らは設置届書を持ち帰らなかったので、同保健所担当者は、同月九日に右設置届書を原告に返戻した。

(6) 原告代表者及び中村弁護士は、同年一一月一五日にも掛川保健所を訪れ、産業廃棄物処理施設の設置届書を提出したところ、同設置届出書には浜岡町長植田宜志の署名及び個人印の押捺のある同日付の意見書と題する書面が添付されており、また、同人らから森林法に基づく開発行為許可の申請については近日中に申請書を提出する見込みである旨の説明があった。そこで、同保健所担当者は、設置届出書を預って右書面の内容を検討したところ、これも浜岡町長の同意書等とは認められないものであったので、そのこと及び森林法に基づく開発行為許可書の提出のない不備を補って再度提出するようにとの趣旨で、その旨の文書とともに、右設置届出書を原告に返戻した。

(7) 原告代表者は、同年一一月二五日に掛川保健所を訪れ、産業廃棄物処理施設の設置届書を提出したが、その添付書類は右(6)の設置届出書と変わることなく、森林法に基づく開発行為許可書等の添付もなかったことから、同保健所担当者は、右設置届書を受け付けることができない旨述べたが、原告代表者はこれを持ち帰らなかった。このため、同保健所担当者は、植田宜志作成名義の意見書は被告が従来から行政指導として求めている市町村長の同意書等とは認められず、また森林法に基づく許可書等の添付書類を近日中に提出できる見込みはないので、これらの不備を補ってから再提出するようにとの趣旨で、同年一二月二日その旨の文書とともに右設置届を原告に返戻した。

(四) 被告の行政指導の適法性

(1) 今日、産業廃棄物の処理に関する問題は、量的なものに止まらず、廃棄物中に健康や環境に回復困難な被害をもたらす物質が含まれる等の質的側面をも有するに至っており、地域住民の関心もこれら健康や環境の保全に集まっている。しかし、廃棄物処理技術の開発は緒についたばかりであり、処理業者も殆どすべてが零細規模のものであるところから、処理施設の設置予定者と住民とのトラブルを回避するために行政に求められるものも非常に大きいものがある。旧法が環境の保全のための規制について不備であったことは否定できないが、地方公共団体としては法が整備されていないことを理由に何らの対応もしないことは許されないのであって、住民からはむしろ地方公共団体がこれらの問題に積極的に関与して解決することを期待されている。したがって、地方公共団体は産業廃棄物処理行政においても必要な行政指導をすることが要求されており、またそうすることが法的に認められているというべきである。

(2) 行政指導とは、行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するために特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいい(行政手続法二条六号)、その本質は相手方の任意の協力を求める事実上の措置であるから、行政指導が法律による行政の原則を逸脱するものであってはならないことはいうまでもない。

しかしながら、相手方に行政指導による協力を求めた場合に相手方の拒否の意思が安易に認容され、不服従が放置されるとすれば、行政指導は殆どなすところなく終わってしまい、これに協力した者だけが損をするという結果になりかねない。このことは不公正・不公平な結果を招くばかりでなく、行政指導の実効性を低下させる原因になり、過大な権利主張のみを楯に利己的な行動に走る者に対して行政が全く無力となって、自治体の現場が混乱し、住民の不信の念が高まるような事態となることは明らかである。

そうすると、行政指導が行われていることに基づいて行政機関が産業廃棄物処理施設設置の届出の受理を留保している際において、設置予定者が行政指導に対する不協力・不服従の意思を表明した場合であっても、その届出が受理されないことによる不利益と行政指導の目的とする公益の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する相手方の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在するときには、行政機関がなお右設置届出の受理を留保して行政指導を継続することも適法であるものと解すべきである。

(3) しかして、産業廃棄物処理施設が設置されるとなると、地元住民は、処分場の規模や埋立量、有害廃棄物持込みの有無、飲料水の水源等に対する廃水処理の影響の有無、廃棄物運搬車の通行経路やその通行量、将来にわたって廃棄物の違法ないし不適切な処理がなされないことの保障などにつき、当然強い関心を寄せるのであり、こうした生活基礎に密接に関連する地元住民の不安や疑問に対し、地元説明会等を通じて事業計画等を十分説明し、反対があれば説得に努力を払ってその協力を求めることが、設置予定者の当然の責務であるといわなければならない。

ことに原告の場合においては、代表者自身が暴力団構成員であったことがある上、右(三)の(2)のとおり、昭和五八年には宅地建物取引業法違反により逮捕勾留され、この事実は新聞等を通じて広く報道されていたから、地元住民の不安は大きく、これを解消するための努力が求められていた。

しかるに、原告は、産業廃棄物処理施設の設置につき地元住民に対しその事業内容等を真摯かつ誠実に説明し、説得して、その理解と協力を求める努力を払うより、自己の影響下にある植田宜志浜岡町長を動かして町長の同意書を得ることに終始し(なお、後日判明したところによると、原告は昭和六三年に浜岡町長に立候補を予定していた植田宜志に対し政治資金名下に多額の金員を贈り、その当選後も含めて総額三〇〇〇万円にも及ぶ賄賂を提供していた。)、地元住民の理解と協力を求めることに十分でなかった。

のみならず、原告は、地元住民の不安視する中で、森林法一〇条の二第一項所定の許可を取得することが必要であったにもかかわらず、これを得ないで、産業廃棄物処理施設設置予定地域の森林の樹木を伐採し、同条所定の開発行為を行った。

(4) このような事情の下において、被告は、右(三)の経過を経て、同(7)のとおり、原告が平成三年一一月二五日に掛川保健所に提出した浜岡町長の同意書及び森林法に基づく許可書の添付のない産業廃棄物設置届出書を、これらの不備を整備してから再提出するようにとの趣旨で、同年一二月二日その旨の文書とともに右設置届を原告に対して返戻したものである。この場合に、被告の行政指導に対する原告の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在することは明らかであるから、原告がなお右設置届出の受理を留保して行政指導を継続することとして、右設置届出書の返戻を行ったことは適法である。

したがって、同年一一月二五日に原告より旧法一五条一項に基づく産業廃棄物処理施設設置の届出(本件設置届出)がなされたということはできない。

2  訴えの利益の不存在

(一) 仮に、平成三年一一月二五日に原告より旧法一五条一項に基づく産業廃棄物処理施設設置の届出(本件設置届出)がなされ、これに対し被告が同年一二月二日に本件不受理処分をしたとしても、次のとおり、本件不受理処分の取消しを求める本件主位的請求に係る訴えは訴えの利益が失われた。

すなわち、平成四年七月四日に平成三年法律第九五号が施行されたこと(以下、同法による改正後の廃棄物の処理及び清掃に関する法律を「新法」という。)に伴って、旧法一五条一項による産業廃棄物処理施設設置の届出、受理という制度がなくなり、産業廃棄物処理施設の設置は、新法一五条一項に基づく許可制に移行したのであるから、現段階において仮に本件不受理処分を取り消してみても、被告が改めて本件設置届出を受理するということはあり得ない。したがって、本件不受理処分の取消しを求める訴えは訴えの利益を失ったものといわざるを得ない。

(二) また、仮に、平成三年一一月二五日に原告より旧法一五条一項に基づく産業廃棄物処理施設設置の届出(本件設置届出)がなされ、これに対し被告が受理又は不受理の処分をしていないとしても、右(一)のとおり、旧法一五条一項による産業廃棄物処理施設設置の届出、受理という制度がなくなったのであるから、被告が本件設置届出に対し受理又は不受理の処分をすべき義務も消滅したものというべきであり、したがって、本件設置届出に対する不作為の違法確認を求める本件予備的請求に係る訴えも不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の認否反論

1(一)  被告の本案前の主張1の(一)は争う。

(二)(1)  同(二)の(1)は認める。

(2) 同(2)のうち、取扱要領上、産業廃棄物処理施設設置の届出に処理施設の所在地の市町村長の同意書の添付が必要とされているとの主張は争う。静岡県における産業廃棄物処理施設の設置に関するその余の行政指導の内容は認める。

(3) 同(3)は争う。

(三)(1)  同(三)の(1)は認める。但し、掛川保健所担当者の指導内容は具体的には浜岡町土地利用委員会の承認ではなく、その受付印を得ることであった。

(2) 同(2)は否認する。

(3) 同(3)及び(4)は認める。

(4) 同(5)のうち、掛川保健所の担当者が、森林法に基づく開発行為許可書の添付がなければ受け付けられない旨を告げたことは否認し、その余は認める。

(5) 同(6)のうち、掛川保健所担当者が設置届出書を原告に返戻した理由は不知。その余は認める。

(6) 同(7)のうち、掛川保健所担当者が設置届出書を原告に返戻した理由は不知。その余は認める。

(四)  同(四)は争う。

営業の許認可を含む私権の制限は法令に基づかない行政指導によってこれを行うべきものではないこと、仮に、本件において、行政指導によって浜岡町長の同意及び森林法に基づく開発行為の許可を要求することができるものとしても、本件設置届出については、原告が、浜岡町の理不尽な対応により被告の行政指導に従うことができない旨を明示して届出書及び添付図書を提出したのであるから、被告はもはや原告が行政指導に従わないことを理由にその届出を受け付けないとすることはできない場合であることは請求原因のとおりである。

2  被告の本案前の主張2は争う。

原告は旧法に基づいて本件設置届出をし、旧法下において本件不受理処分を受けたものである。

本件不受理処分が取り消された場合、原告は、平成三年法律第九五号附則(以下「新法改正附則」という。)五条一項所定の施行日前に産業廃棄物処理施設の設置につき旧法一五条一項の規定による届出をした者としての地位を取得することになるから、新法一五条一項の許可を受けたものとみなされる。

したがって、本件不受理処分取消の訴えにつき、原告が訴えの利益を有することは明らかである。

四  請求原因に対する被告の認  1(一) 請求原因1の(一)は不知。

(二) 同(二)は認める。

2(一) 同2の(一)のうち、原告が平成三年一一月二五日に主張の産業廃棄物処理施設(最終処分場)を設置する旨の届出書及び添付図書を掛川保健所長に提出したことは認めるが、原告が本件設置届出をしたこと及び被告が本件不受理処分をしたことは否認する。

(二)(1) 同(二)の(1)及び(2)は認める。

(2)ア 同(3)のアは争う。

イ  同イのうち、浜岡町が原告の事業事前審査申請を受付せず、これを受理しなかったことは認め、その余は不知。

(3) 同(4)は否認する。

(4) 同(5)のうち、原告代表者が平成三年一一月六日に弁護士中村順英同道の上掛川保健所に赴き産業廃棄物処理施設設置届出書及び添付図書を提出したこと、被告が同月九日に浜岡町長の同意書がないことを理由の一としてこれを原告に返戻したこと、原告代表者が同月一五日に掛川保健所に届出書及び添付図書を提出したが、被告が同月二一日にこれを返戻したこと、原告代表者が同年一一月二五日に掛川保健所に赴き、産業廃棄物処理施設設置届出書及び添付図書を提出し、被告が同年一二月二日にこれを原告に返戻したこと、平成三年一一月一五日及び同月二五日の届出書の提出の際に浜岡町長植田宜志名義の受理についての意見書と題する書面が添付されていたことは認め、その余は否認する。

(三) 同(三)は争う。

3 同3及び4は争う。

第三  証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  本件訴えの適否について

一  主位的請求に係る訴えについて

1  仮に、原告が平成三年一一月二五日に被告に対し、旧法一五条一項に基づいて産業廃棄物処理施設設置の届出(本件設置届出)を行い、これに対し、被告が平成三年一二月二日に原告に対し、本件設置届出を受理しない旨の処分(本件不受理処分)をした事実が存在するとしても、以下のとおり、原告は本件不受理処分の取消しを求める訴えの利益を有しないというべきである。

2  すなわち、旧法は、産業廃棄物処理施設の設置につき届出制を採用し、同法一五条一項は「産業廃棄物処理施設を設置し……ようとする者は、厚生省令で定めるところにより、その旨を都道府県知事に届け出なければならない」としているが、同条二項が、都道府県知事は、前項の規定による届出があった場合において、その届出に係る産業廃棄物処理施設が厚生省令(産業廃棄物の最終処分場については、総理府令、厚生省令)で定める技術上の基準に適合していないと認めるときは、「その届出を受理した日」から三〇日(産業廃棄物の最終処分場については六〇日)以内に限り、その届出をした者に対し、その届出に係る計画の変更又は廃止を命ずることができるものとしていること、また、同条一項の厚生省令である旧施行規則一一条で定める産業廃棄物処理施設設置の届出に係る届出事項が多岐にわたっており、したがって届出書及び添付図書も相当に大部なものとなって(なお、甲第一号証によれば、本件設置届出に係る届出書及び添付図書も、数百頁に及ぶものであることが認められる。)、これが所定の届出の様式を具備しているかどうか等を判断するについては、相当程度の知識経験を有する者であっても、一定程度の時間を要するものと考えられること等に鑑みると、同法一五条一項にいう「届出」とは、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者が、届出書及び添付図書を提出機関(本件設置届出においては掛川保健所長)の所部職員に提出し、受け付けられたというのみでは足らず、所定の届出の様式を具備しているかどうか等の審査を経た上で、都道府県知事によりこれが受理されることが必要であるものと解するのが相当である。

そして、そうであれば、同法一五条一項にいう「届出」は、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者による届出書及び添付図書の提出機関に対する提出行為及び当該機関による受付行為という狭義の届出(原告が本件設置届出という場合の届出はこの意義によるものである。)と、都道府県知事の受理行為とから成り、都道府県知事は、前者の狭義の届出があった場合には、これに対する応答として受理又は不受理の決定をしなければならず、また不受理の決定は、行訴法三条二項所定の取消訴訟の対象となる処分に当たるものと解すべきである。

3  ところで、本件不受理処分はいわゆる拒否処分に当たるものであるところ、拒否処分の取消しを求める訴えは、これを取り消す判決がなされることによって行政庁が判決の趣旨に従って改めて申請(本件においては産業廃棄物処理施設設置の届出)に対する処分をすべき状態となることにより、拒否処分によって害された法律上の地位ないし利益の回復を図ることを目的とするものであるが、申請者の企図する最終的な法律関係は、新たになされる処分によって当該申請が認められることによって取得されるものであって、拒否処分を取り消す旨の判決によって直ちに当該申請が認められたと同様の法律関係が生ずるものではないから、拒否処分後の法令の改廃等の結果、当該申請に対する処分がなされる余地が全くなくなった場合においては、拒否処分を取り消す判決がなされたところで、これによって申請者の当該申請に係る法律上の地位ないし利益に対する影響が生ずることはあり得ず、したがって、かかる場合においては、拒否処分の取消しを求める訴えの利益は失われるものと解さざるを得ない。

しかるところ、産業廃棄物処理施設の設置に関する法規制は、平成四年七月四日に平成三年法律第九五号が施行されたことに伴い、旧法一五条一項に基づく届出の制度から、新法一五条一項に基づく都道府県知事による許可の制度に移行したのであるから、現段階において本件不受理処分を取り消したところで、もはや本件設置届出に対する処分がなされるに由なく、したがって、本件不受理処分の取消しを求める訴えはその利益を失ったものといわざるを得ない。

4  もっとも、新法改正附則五条一項は、施行日前に産業廃棄物処理施設の設置につき旧法一五条一項に基づく届出をした者については、原則として、新法一五条一項に基づく産業廃棄物処理施設設置の許可を受けたものとみなすものと定めるところ、原告は、本件不受理処分が取り消された場合に、原告が新法改正附則五条一項にいう施行日前に産業廃棄物処理施設の設置の届出をした者としての地位を取得することになり、新法一五条一項の許可を受けたものとみなされる旨主張する。

しかしながら、旧法一五条一項が「産業廃棄物処理施設を設置し……ようとする者は、厚生省令で定めるところにより、その旨を都道府県知事に届け出なければならない」とするその「届出」が、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者による届出書及び添付図書の提出機関に対する提出行為及び当該機関による受付行為という狭義の届出のほか、都道府県知事によるその受理行為も含まれたものと解すべきことは右2のとおりであるから、新法改正附則五条一項にいう「旧法第十五条第一項の規定による届出をした者」も、都道府県知事による受理行為まで経た者を意味するものと解される(このことは、また、新法改正附則五条一項括弧書き及び同条二項ないし四項が、施行期日前に旧法一五条二項所定の変更命令又は廃止命令を受けた場合、あるいは施行日において当該届出の受理日から三〇日(産業廃棄物の最終処分場においては六〇日)を経過しない者(制限期間未経過者)である場合に応じて、新法改正附則五条一項所定の新法一五条一項に基づく産業廃棄物処理施設設置の許可を受けたものとみなすとの効果に対する例外を設けていることに照らしても明らかである。)。

そして、本件不受理処分が取り消されたからといって、当然に本件設置届出が受理されたと同様の法律関係が生ずるものではないから、原告の右主張は失当であるといわざるを得ない。

5  そうすると、本件不受理処分の取消しを求める本件主位的請求に係る訴えは、その余の点につき判断するまでもなく不適法である。

二  予備的請求に係る訴えについて

仮に、原告が平成三年一一月二五日に被告に対し、旧法一五条一項に基づいて産業廃棄物処理施設設置の届出(本件設置届出)を行い、これに対し、被告が受理又は不受理の処分をしていないとしても、右一の3のとおり、産業廃棄物処理施設の設置に関する法規制は、平成四年七月四日に平成三年法律第九五号が施行されたことに伴い、旧法一五条一項に基づく届出の制度から、新法一五条一項に基づく都道府県知事による許可の制度に移行したのであるから、現段階において本件設置届出に対し被告が受理又は不受理の処分をなすべき余地は全くなく、したがって、その処分をしないことの違法確認を求める訴えもその利益を欠くものといわざるを得ない。

そうすると、本件設置届出に対し被告が受理又は不受理の処分をしないことの違法確認を求める本件予備的請求に係る訴えも、その余の点につき判断するまでもなく不適法である。

第二  結語

よって、本件主位的請求及び本件予備的請求に係る訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官曽我大三郎 裁判官石原直樹 裁判官杉本宏之)

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