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静岡地方裁判所 平成7年(ワ)174号 判決 1999年9月02日

原告

甲野太郎(仮名)(X1)

乙山次郎(仮名)(X2)

丙野春男(仮名)(X3)

丁川夏男(仮名)(X4)

右原告ら訴訟代理人弁護士

林千春

西澤圭助

被告

静岡県(Y1)

右代表者知事

石川嘉延

右訴訟代理人弁護士

高山幸夫

河野光男

黒木辰芳

右指定代理人

松山和弘

内藤恭治

青木清

佐藤光一

名取汪

松田文隆

被告

国(Y2)

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

中垣内健治

田村利郎

清水康旨

大畑惣吾

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1(本件令状請求は違法か)について

1(一)  捜査機関である警察官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(すなわち逮捕の理由)があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、被疑者を逮捕することができるところ(刑事訴訟法一九九条一項)、逮捕状の請求にあたり、逮捕の理由及び逮捕の必要があることを認めるべき資料を裁判官に提出しなければならない(刑事訴訟規則一四三条)。

また、警察官は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、捜索、差押え、または検証をすることができるところ(同法二一八条一項)、ここで犯罪の捜査をするについて必要があるときとは、<1>犯罪の嫌疑が存在すること、<2>強制処分の必要があることを意味すると解され、警察官は、右令状の請求にあたり、右<1>、<2>の要件があることが認められる資料を提出すべきものとされている(なお、<1>については、捜索差押え等が、逮捕に先行してなされることが多いことや、罪を犯したと思料されるべき資料を提供すること(同規則一五六条一項)で足りるとされていることから、逮捕状を請求する場合よりも嫌疑の程度は低いもので足りると解され、また、<2>強制処分の必要性については、犯罪の態様、軽重、被処分者の受ける不利益の程度等諸般の事情からこれを認めることができれば足りると解される。)。

もっとも、被疑者以外の第三者の住居等の捜索については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限られており(同法二二二条一項、一〇二条二項)、警察官は、第三者の住居等の捜索許可状の請求にあたり、第三者の住居等に押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を裁判官に提供しなければならない(同規則一五六条三項)。

また、差し押さえることができる物とは、証拠物または没収すべき物と思料するものを意味するが(同法二二二条一項、九九条)、ここにいう証拠物には、被疑事実に直接関連する物のほか、動機、目的、背後関係等、刑事責任の軽重等に関連する物も広く含まれると解すべきである。

(二)  そして、警察官は、右の各要件をみたすと判断した場合に令状を請求することになるが、この場合、令状請求時において、収集し、ないしは収集し得た資料(ただし、収集し得たか否かは、捜査の密行性、迅速性等をも考慮して判断されなければならない。)を前提として、これらを総合勘案し、令状を請求したことが客観的に合理的であると認められることが必要であると解するのが相当である。

そこで、以上を前提にして、本件について検討する。

2(一)  前記前提となる事実に〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 静岡県警の認識によれば、革マル派とは、昭和三八年四月に結成された、東京都新宿区に解放社と称する中央本社、日本全国に五つの支社を構える、機関紙「解放」及び機関誌「共産主義者」を発行している組織であって、昭和五〇年三月一四日の革命的共産主義者同盟全国委員会(以下「中核派」という。)書記長殺人事件、昭和五二年二月一一日の革命的労働者協会(以下「革労協」という。)書記長殺人事件をはじめとする中核派及び革労協と内ゲバ事件を繰り返したほか、昭和四七年から昭和五三年ころまで、火炎瓶投てき事件等のゲリラ事件を敢行した組織であるとされているため、同県警では、革マル派をいわゆる反社会的集団であると位置づけて、その取締りにあたっている。

(2) 浜松東警察署の警察官は、平成五年一〇月、いわゆる極左暴力集団の指名手配被疑者の捜査のため、同署管内の不動産業者に対する聞き込み捜査等を行っていたところ、昭和四七年二月二〇日に愛知県で開催された米中会談反対デモに革マル派の学生約九〇名とともに参加し、デモ集団による蛇行進を指揮したことから、愛知県警察中警察署に愛知県公安条例違反で現行犯逮捕され、起訴猶予処分となったことのある原告乙山が、昭和六三年一一月二六日付けで静岡県浜松市篠ヶ瀬町〔番地略〕に住民登録を行っていたにもかかわらず、平成五年五月二二日からルナ・ルピナスに入居し、かつ、ルナ・ルピナスを住所とする住民異動届を提出していないことを確認した(なお、原告乙山は、平成六年一一月三〇日、ルナ・ルピナスに住民登録を行っている。)。

さらに、昭和五〇年七月一七日に国鉄新橋駅で発生した革マル派約四〇〇名と中核派約四〇〇名の集団内ゲバ事件で、警視庁上野警察署に暴力行為・鉄道営業法違反で現行犯逮捕され、起訴猶予処分となったことのある原告丁川と氏名不詳の男性一名が、原告乙山とともにルナ・ルピナスに居住していることを確認し、その後の捜査で、原告丁川が、平成六年六月一日付けで平和荘の所在地に住民登録を行い、ルナ・ルピナスを住所とする住民異動届を提出しなかったことを確認した(なお、氏名不詳の男性は、その後、いずれかに転居したことを確認した。)。

このようなことから、浜松東警察署及び静岡県警本部警備部公安課(以下「静岡県警公安課」という。)は、ルナ・ルピナスを革マル派の活動家が立ち回る可能性のある場所として把握するようになった。

(3) 平成六年七月二五日、静岡県警公安課は、岐阜県警察から、革マル派の活動家による窃盗事件について、被疑者が静岡県浜松市方面に立ち回る可能性がある旨の連絡を受けたことから、ルナ・ルピナスの視察捜査を行っていたところ、同年八月ころ、ルナ・ルピナスには原告乙山及び同丁川のほかに、昭和五〇年七月一七日に国鉄新橋駅で発生した前記集団内ゲバ事件で、警視庁田無警察署に兇器準備集合・傷害・暴力行為・住居侵入、威力業務妨害で現行犯逮捕され、懲役三年、執行猶予四年の判決を受けたことのある原告丙野が、平成六年四月二一日付けで茨城県水戸市河和田町〔番地略〕に住民登録を行っているにもかかわらず、ルナ・ルピナスに居住し、かつ、ルナ・ルピナスを住所とする住民異動届を提出していないことを確認した。

(4) さらに、浜松東警察署及び静岡県警公安課の警察官は、同年一〇月一六日ころ、ルナ・ルピナスに新たに年齢四〇歳くらい、身長約一六八センチメートル、丸顔、眼鏡使用、一見サラリーマン風の氏名不詳の男性が出入りするようになったことを確認し、翌一一月六日、右氏名不詳の男性と原告丙野及び同丁川がレンタカーを使用してルナ・ルピナスから荷物の搬送等を行ったことから(これは原告丙野らがサーラ北島に転居するための引っ越し作業であった。)、レンタカー業者に対する聞き込み捜査を行い、レンタカーを借りた者の氏名が「甲野太郎」であることを突き止め、同人の身上調査照会等の捜査を実施した結果、氏名不詳の男性が原告甲野であること、原告甲野は、平成六年一〇月、東京都品川区東中延〔番地略〕からルナ・ルピナスに転居したにもかかわらず、翌一一月四日、東京都品川区役所第一出張所において、実兄家族の居住する吹上マンションを住所とする住民異動届を提出したが、同マンションに居住した事実はないこと、原告甲野は、昭和五〇年七月一七日に国鉄新橋駅で発生した前記集団内ゲバ事件で、警視庁本富士警察署に暴力行為・凶器準備集合・傷害・威力業務妨害で現行犯逮捕され、起訴猶予処分となったことがあることをそれぞれ確認した。

(5) 浜松東警察署及び静岡県警公安課の警察官は、その後もルナ・ルピナス及び原告らの視察捜査を続けたところ、原告らが、平成六年一二月四日、愛知県名古屋市千種区の愛知県理容会館において開催された「一二・四連帯集会」に、平成七年二月五日、東京都台東区の浅草公会堂において開催された「九五春闘勝利労働者総決起集会」にそれぞれ参加したことを確認した。そして、浜松東警察署及び静岡県警公安課では、「一二・四連帯集会」は革マル派系実行委員会が、「九五春闘勝利労働者総決起集会」は革マル派がそれぞれ主催しているものと考えていた。

(6) そこで、浜松東警察署及び静岡県警公安課は、平成五年一〇月当時、前記の逮捕歴や集会参加の事実から革マル派の活動家と目される原告乙山と同丁川が、ルナ・ルピナスに居住しているにもかかわらず、同所に住民登録を行っていないこと、また、平成六年八月当時、ルナ・ルピナスには右原告らのほかに、逮捕歴等から革マル派の活動家と目される原告丙野も居住しているにもかかわらず、同所に住民登録を行っていないこと、さらにこのような状況の下で、同年一〇月一六日ころから、逮捕歴等から革マル派の活動家と目される原告甲野もルナ・ルピナスに居住するようになり、しかも、原告甲野は、居住の事実のない実兄宅に翌一一月四日に住民登録を行ったこと等から、本件被疑事件は、革マル派の活動家による組織的・計画的犯行の疑いが強く、強制捜査の必要があると判断して、平成七年三月七日、本件令状請求を行った。

なお、静岡県警は、当初、「革マル派との関係を明らかにする機関紙(誌)、ビラ、パンフレット等の文書及び集会等において使用するヘルメット、ゼッケン、プラカード等の物件」も差し押さえるべき物として請求したが、担当裁判官から、「革マル派との関係を明らかにする機関紙(誌)、ビラ、パンフレット等の文書」は、別紙「差し押さえるべき物」記載の「会議録、議事録、レジュメ、指令、通達、連絡報告類の文書及びこれらの原稿、メモ類並びに写真、ネガ、録音テープ、フロッピーディスク、暗号等の文書」に含まれること、「集会等において使用するヘルメット、ゼッケン、プラカード等の物件」は、本件被疑事実と関連性がないことから右請求を撤回するよう求められ、検討の結果、右を削除した。

(二)  これに対し、原告らは、原告丁期はルナ・ルピナスに居住したことはなく、時折出入りしていたにすぎない旨主張するが、仮にそうであったとしても、出入りの頻度及び形態如何によっては居住していると認めることもあながち不合理なことではないから、静岡県警が原告丁川がルナ・ルピナスに居住していると確認したとの事実が直ちに虚偽であるとはいえず、原告らの右主張は前記認定を左右するものではない。さらに、原告らは、「革マル派との関係を明らかにする機関紙(誌)、ビラ、パンフレット等の文書」が差し押さえるべき物から削除されたのは、担当裁判官から右物件と本件被疑事実との関連性が否定されたからであり、この点についての証人佐藤光一の証言(他の差し押さえるべき物に含まれるからであるとする。)は虚偽である旨主張するが、「会議録、議事録、レジュメ、指令、通達、連絡報告類の文書及びこれらの原稿、メモ類並びに写真、ネガ、録音テープ、フロッピーディスク、暗号等の文書」に「革マル派との関係を明らかにする機関紙(誌)、ビラ、パンフレット等の文書」が含まれると解することは十分可能であることに鑑みれば、右証言が虚偽であるということはできない。その他、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  前記認定事実によれば、静岡県警は、主として原告らの逮捕歴及び革マル派が主催したとみられる集会への参加等から原告らを革マル派の活動家と認めたものであると認められるところ、確かに、原告らの逮捕歴は、いずれも本件令状請求時より約二〇年以上前の出来事であって、このことから直ちに原告らが右請求時においても革マル派の活動家であると断定することはできないものの、右集会への参加は、右時点から約三か月以内である上、原告らは、いずれも居住地であるルナ・ルピナスに住民登録を行わず(原告乙山が居住開始後、約半年を経て住民登録をしただけである。)、かつ、それぞれ別の会社に勤務する会社員が、一時は四名もの人数で同一マンションに居住していたと認められたのであって、このような社会通念上不自然ともいうべき居住状態を併せ考えれば、本件令状請求時において、原告らは、革マル派の活動家として密接な関係を有し、行動を共にしていたことを疑うに十分である。とすると、静岡県警が、本件被疑事件について、単なる個人的な犯行ではなく、革マル派の活動家による組織的・計画的犯行の疑いがあると判断したことは合理的、かつ、相当であったというべきである。そして、そのような疑いがある本件被疑事件において特に重要であるのは、その動機、目的、背後関係等の事情であって、これを解明するためには任意捜査では十分でなく、強制捜査が必要であることは明らかであるから、静岡県警が本件被疑事件について強制捜査が必要であると判断したことも客観的に合理的であったと評価することができる。そして、前記認定事実によれば、本件被疑事件について、逮捕の理由及び必要並びに犯罪の嫌疑の存在及び強制処分の必要がそれぞれ認められることは明らかであり、また、本件被疑事件においては、被疑事実のほか、その動機、目的、背後関係等の事情が重要であることは先に述べたとおりであるから、これらの事情を解明するため、別紙差し押さえるべき物目録記載の物を差し押さえるべき物として本件令状請求を行ったことも客観的に合理的であると認められる。さらに、原告甲野以外の原告らの住居等の捜索についても、右で述べたとおり、右原告らが、原告甲野と同様、革マル派の活動家と目され、原告甲野とルナ・ルピナスに居住し、かつ、同じ集会に参加するなど行動を共にしていたことに照らせば、原告甲野以外の原告らが本件被疑事実に関わる証拠を所持していることは十分に考えうるところであり、右被疑事実が本件令状請求時より四か月以上前の事実に関するものであったことを考慮しても、静岡県警が前記差し押さえるべき物が右原告らの住居等に存在すると認めるに足りる状況があると判断したこともまた客観的に合理的であったというべきである。

したがって、本件令状請求は適法であると認められる。

(四)  これに対し、原告らは、静岡県警は、他の重大な犯罪に関する証拠の収集等を目的として、強制捜査の必要性を裏付けるため、ある事実を何の根拠もなく原告らの不利益に憶測したり、本件被疑事実とは関係のない他の犯罪を予測させるような虚偽の捜査資料を作成したり、本件令状請求が理由のないことを基礎づける事実を故意に隠したりして、本件令状請求を行った旨主張する。

しかしながら、静岡県警が原告らを革マル派の活動家と目したことに不合理な点のないことは前記説示のとおりであり、また、前記認定事実によれば、同県警は、あくまでも本件被疑事件の全容を解明するために本件令状請求を行ったものと認められ、同県警が本件被疑事実とは関係のない他の犯罪を予測させるかのような虚偽の捜査資料を作成したことを認めるに足りる証拠もない。さらに、原告らが指摘する<1>原告甲野が勤務先にルナ・ルピナスを居住地として届け出ていたことや、<2>原告乙山が、本件令状請求時より約三か月前の平成六年一一月三〇日付けで、ルナ・ルピナスを住所とする住民異動届を提出していたことについても、<1>は、捜査の密行性、迅速性の観点からすれば、同県警が同事実を把握しなくても直ちに違法とはいえないというべきであるし、<2>は、本件被疑事実よりも後の事実であり、本件被疑事件においては、原告乙山の右住民登録以前の事実が重要であることも十分考えうること等に照らせば、右<2>の事実の存在は、本件令状請求が適法であるとする前記判断を左右するものではないというべきである(なお、〔証拠略〕によれば、静岡県警は、本件令状請求の際に、右事実を明らかにしていたと認められるから、この点からも原告らの主張は理由がない。)。

その他、原告らの主張に即して検討しても、本件令状請求が違法であるとはいえない。

3  したがって、本件令状請求が違法であるとする原告らの主張は理由がない。

二  争点2(本件令状発付は違法か)について

1  令状発付が国賠法一条一項の規定する違法行為となるのは、当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることが必要であると解するのが相当である。なぜなら、裁判官がその権限の行使として行う判断作用は、争訟の裁判のほか、令状発付の可否に関する判断も含めて、個々の裁判官がその良心に従って判断を行うという性質上、常に同一の結論に帰結することが保障される性格のものではないから、ある判断がなされた後に、他の裁判官によって異なる判断が示されることがあったとしても、それだけで先の判断を違法であるということはできず、裁判官が違法または不当な目的をもつて判断したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情がない限り、その判断を違法ということはできないというべきだからである(この点につき、原告らは、<1>令状発付の判断に対しては、被処分者がいかなる理由をもって令状が発布されたのか知りえないから、適切かつ有効な上訴ができないこと、<2>再審制度がないこと、<3>補償制度がないこと等を根拠として、争訟の裁判に関する昭和五七年判例の法理は、令状発付の判断には妥当しない旨主張するが、独自の見解というべきであり、採用しない。)。

2  これを本件についてみると、本件全証拠によっても、本件各令状を発付した裁判官について、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情を認めることはできない。

したがって、本件令状発付が違法であるとする原告らの主張は理由がない(なお、争点1で認定した事実によれば、本件令状発付は、いずれもその要件をみたしているものと認められるから、この点からも原告らの主張は理由がない。)。

三  争点3(本件令状執行は違法か)について

1  執行場所の選定の違法及び執行方法自体の違法について

(一)  原告らは、静岡県警は、原告らを革マル派の活動家であるとレッテルを貼り、社会的に孤立させることを目的として、意図的に原告らの同僚や衆人が環視することのできる場所を執行場所に選定したから、本件令状執行は違法である旨主張する。

しかしながら、本件全証拠によっても、静岡県警が原告らの主張するような目的を持って、意図的に原告らの同僚や衆人が環視することのできる場所を執行場所に選定したことを認めることはできない上、前記前提となる事実に証拠〔証拠略〕を総合すれば、静岡県警は、本件被疑事件は革マル派の活動家による組織的・計画的犯行である疑いが強いと判断したことから、令状執行に対する抵抗や、被疑者である原告甲野の逃走あるいは罪証隠滅を防止するため、関係各所に相当数の警察官らを配置し、原告甲野を逮捕した後、関係各所の捜索差押え等を実施することにしたこと、原告甲野の逮捕及び捜索差押えにあたった警察官八木照至らは、右の本件捜査の基本方針にのっとり、原告甲野がルナ・ルピナスから勤務先に出勤する途中であるコンビニエンスストア・サークルK前の路上付近において原告甲野に対する令状執行を行うこととし、平成七年三月八日午前七時四五分ころ、通勤のため右サークルK付近を通りかかった原告甲野に対して令状執行を行ったこと、原告乙山の捜索差押えにあたつた警察官海野俊久らは、原告乙山が、ルナ・ルピナスを出た後、自家用車で勤務先まで出勤していたことから、原告甲野が逮捕された後に令状執行を行うという前記基本方針にのっとり、原告乙山の勤務先の駐車場において令状執行を行うこととし、右同日午前八時ころ、右駐車場に自家用車で出勤してきた原告乙山に対して令状執行を行ったこと、原告丙野の捜索差押えにあたった警察官内藤正美らは、原告丙野が、サーラ北島から自転車で勤務先本社まで行った後、送迎バスに乗って勤務先工場まで出勤していたことから、平成七年三月八日午前八時すぎころ、同工場において原告丙野に令状を示し、同人にサーラ北島に同行してもらった上で令状を執行しようとしたこと、原告丁川の捜索差押えにあたった警察官牧野利行らは、前記本件捜査の基本方針にのっとり、右同日午前七時五〇分ころ、勤務先に出勤する途中の路上において原告丁川に対して令状執行を行ったことが認められ、右事実によれば、各原告についての本件令状執行の場所は、令状の同時執行の必要性を考慮して選定されたことが認められるのであり、本件令状の執行場所が公道上や勤務先工場内等であったことから、原告らに対する令状執行状況等を原告らの同僚や衆人が環視するところとなったとしても、このことから直ちに本件令状執行自体が違法であるということはできない。

(二)  また、原告らは、本件令状執行の方法自体が強圧的であって違法であると主張するが、本件全証拠によっても、本件令状の執行方法自体が違法といえるまでに強圧的であったと認めることはできないから、原告らの右主張も理由がない。

2  金庫の開扉方法の違法について

〔証拠略〕を総合すれば、ルナ・ルピナスの捜索差押えにあたった静岡県警の警察官佐藤光一らは、同所にあった二つのダイヤル式耐火金庫の錠部分を壊してこれを開扉し、また、サーラ北島の捜索差押えにあたった静岡県警の警察官内藤正美らも、同所にあった耐火式金庫の錠部分を壊してこれを開扉したことが認められるところ、これらの処分はいずれも、ルナ・ルピナスの捜索差押えの立会人である原告乙山及びサーラ北島の捜索差押えの立会人である同丙野がともに金庫の開扉に全く協力しないため、専門業者を呼んで金庫を壊すことなく開扉するよう試みたが、開扉できなかったことから、やむを得ず行われたことが認められ、右処分に違法はないというべきである(なお、原告らは、静岡県警の警察官は、すでに行われた原告甲野と同乙山の着衣及び所持品の捜索差押えにより、ルナ・ルピナスにあった各金庫の鍵を入手していたから、これを使用して金庫を開扉できた旨主張するが、本件全証拠によっても、原告甲野から金庫の鍵を押収した事実を認めることができない上、右各金庫はダイヤル番号が判明しなければ開扉できないものであったと認められる(〔証拠略〕)から、原告らの主張は理由がない。)。

したがって、金庫の開扉方法に違法があるとする原告らの主張は理由がない。

3  被疑事実との関連性や差押えの必要性等のない物件の差押えについて

(一)  警察官は、差押えを行うにあたり、捜索差押現場において発見された物件について、各物件ごとに、<1>捜索差押許可状に記載された物件であるか、<2>被疑事実との関連性があるか、<3>差押えの必要性があるかについて確認しなければならないと解されるところ、警察官は捜索差押現場において短時間のうちに右各要件を確認しなければならないこと及び被疑事実との関連性等は、後日、差押物を詳細に分析してはじめて明らかになる場合もあること等を考え併せると、被疑事実に関係しないことが一見して明らかであるような場合を除き、仮に、その場で関連性等が明らかにならない場合でも、捜索差押え時点の状況を前提として警察官のした前記各要件をみたすとの判断に客観的な合理性があれば、当該差押えは適法であるというべきである。

(二)  別紙物件目録1記載の物件について

(1) 〔証拠略〕を総合すれば、静岡県警の警察官八木照至らは、原告甲野の着衣及び所持品から、同目録「本件との関連性」及び「差押えの必要性」記載の理由により前記各要件をみたすと判断して、同目録記載の物件を差し押さえたことが認められ、右判断は、いずれも合理的であり、かつ、相当であると認められる。

(2) なお、原告らは、「首都高速道路神奈川線回数通行券」の裏面に「三二〇七一二六一渡千古」と記載されたメモ紙は、容易に電話番号とその人名を記載したものであると推測できるから、「暗号等の文書」には該当しない旨主張するが、右メモ紙の記載内容に照らすと、これを暗号と考えたとしてもあながち不自然なことではないから、原告らの主張は採用できない。

その他、原告らの主張に即して検討しても、同目録記載の物件の差押えが違法であるとはいえない。

(三)  別紙物件目録2記載の物件について

(1) 〔証拠略〕を総合すれば、静岡県警の警察官海野俊久らは、原告乙山の着衣及び所持品から、同目録「本件との関連性」及び「差押えの必要性」記載の理由により前記各要件をみたすと判断して、同目録記載の物件を差し押さえたことが認められ、右判断は、いずれも合理的であり、かつ、相当であると認められる。

(2) なお、原告らは、同目録一番のノート(〔証拠略〕)は、原告乙山が、本件被疑事実より前の同原告の入院生活に関する日記であると主張し、一見して明らかに本件被疑事実とは無関係のものであることが分かるものである旨主張するが、右ノートが、差し押さえるべき物の「日記帳」に該当することは明らかであること、捜索差押え時点において、右ノートに記載された事実が真実であるかどうかは不明であること、ノートのどこかに本件被疑事実の背景に関する事情が記載されている可能性もあること等を考えれば、本件被疑事実との関連性や差押えの必要性があると判断したことに不合理な点はないというべきである。したがって、原告らの主張は採用できない。

その他、原告らの主張に即して検討しても、同目録記載の物件の差押えが違法であるとはいえない。

(四)  別紙押収物目録3記載の物件について

(1) 〔証拠略〕を総合すれば、静岡県警の警察官海野俊久らは、原告乙山の自家用車から、同目録「本件との関連性」及び「差押えの必要性」記載の理由により前記各要件をみたすと判断して、同目録記載の物件を差し押さえたことが認められ、右判断は、いずれも合理的であり、かつ、相当であると認められる。

(2) なお、原告らは、「サーフ八〇六一」等と記載のあるメモ紙は、自動車の車種、ナンバーを記載したにすぎないものであり、「暗号等の文書」には該当しない旨主張するが、右メモ紙の記載内容に照らすと、これを暗号と考えたとしてもあながち不自然なことではないから、原告らの主張は採用できない。

(五)  別紙押収物目録4記載の物件について

(1) 〔証拠略〕を総合すれば、静岡県警の警察官佐藤光一らは、ルナ・ルピナスから、同目録「差し押さえるべき物」該当項目、「本件との関連性」及び「差押えの必要性」記載の理由により前記各要件をみたすと判断して、同目録記載の物件を差し押さえたことが認められ、右判断は、いずれも合理的であり、かつ、相当であると認められる。

(2) なお、原告らは、一九番ないし二一番の化粧品業者の名刺、パンフレット及び広告は、本件被疑事実とは無関係である旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、警察官は、本件捜索差押え時点において、右化粧品業者が原告らとどのような関係を有するのか認識していなかったものと認められ、その背景事情等の解明が重要とされる本件被疑事件については、警察官が、捜索差押時点において、右のような物件も差し押さえる必要があると判断したとしても格別不合理とはいえないから、原告らの主張は採用できない。

また、原告らは、静岡県警は、ルナ・ルピナスにワープロやカセットデッキがあったにもかかわらず、これを作動してその内容を確認することなく、フロッピーディスクやカセットテープを差し押さえたから、違法である旨主張する。しかしながら、前掲証拠によれば、ルナ・ルピナスにおける捜索差押えにおいては、差し押さえるべき物が多数に及んでおり、フロッピーディスク等の内容を個々に確認するには相当長時間を要することが十分考えられたこと、また、その場で内容を確認したとしても、直ちに本件被疑事実との関連性があるかどうかは判明せず、後日の詳細な分析を経る必要があることが容易に推測されたこと等が認められ、このような状況の下においては、フロッピーディスク等の内容を確認することなく一応これを差し押さえたとしても直ちに違法とはいえないというべきである。したがって、原告らの主張は、採用できない。

さらに、原告らは、一五三番の大学ノート九冊中の未使用の三冊のノートは、いかなる意味においても本件被疑事実とは無関係である旨主張するが、前掲証拠によれば、右三冊のノートは、内容の記載のある他の六冊のノートと一緒に一つの袋に入っていたものであり、警察官は、これらを一体のものとして差し押さえたことが認められ、右判断は格別不合理とはいえないから、原告らの主張は採用できない。

また、原告らは、八〇番の総合口座・定期預金・貯蓄預金等規定集は、東海銀行の取引規定を集めたにすぎず、本件被疑事実とは無関係である旨主張するが、前掲証拠によれば、右規定集は、耐火型金庫の中に、原告甲野名義の預貯金通振と一緒に保管されており、警察官は、これらを一対のものとして差し押さえたことが認められ、右判断は格別不合理とはいえないから、原告らの主張は採用できない。

その他、原告らの主張に即して検討しても、同目録記載の物件の差押えが違法であるとはいえない。

(六)  別紙押収物目録5の<1>と<2>記載の物件について

(1) 〔証拠略〕を総合すれば、静岡県警の警察官内藤正美らは、サーラ北島から、同目録「本件との関連性」及び「差押えの必要性」記載の理由により前記各要件をみたすと判断して、同目録記載の物件を差し押さえたことが認められ、右判断は、いずれも合理的であり、かつ、相当であると認められる。

(2) なお、原告らは、サーラ北島にはカセットデッキ二台、ワープロ一台があったにもかかわらず、これらを作動してその内容を確認することなく、フロッピーディスク等を差し押さえたから、違法である旨主張する。しかしながら、前掲証拠によれば、サーラ北島の捜索差押えも、先にルナ・ルピナスで説示した状況と同様であったと認められるから、フロッピーディスク等の内容を確認することなく一応これを差し押さえたとしても直ちに違法とはいえないというべきである。したがって原告らの主張は採用できない。

その他、原告らの主張に即して検討しても、同目録記載の物件の差押えが違法であるとはいえない。

4  検証の違法について

原告らは、静岡県警の警察官は、ルナ・ルピナスの検証において、室内をくまなく撮影しただけでなく、玄関やベランダから見える風景までも撮影したこと等を理由に、検証が違法である旨主張する。

しかしながら、検証とは、人の身体、物または住居等の場所について、その状況等を五官の作用によって認識することを目的とする強制処分のことをいうところ、すでに認定した事実に弁論の全趣旨を総合すれば、本件において、静岡県警は、革マル派の活動家による組織的・計画的犯行の疑いがある本件被疑事件においては、ルナ・ルピナスの検証を行う必要があると判断して検証許可状を請求し、裁判官から発布された検証許可状に基づき、ルナ・ルピナスの状況等を検証し、その結果を記録するために写真あるいはビデオ撮影を行ったもので、原告ら主張の場所及び風景等の撮影も検証の一部であると認めることができるから、右検証が違法であるとはいえない。したがって、原告らの主張は採用できない。

四  争点4(本件発表は違法か)について

原告らは、本件発表は、原告らが爆弾製造等の違法な地下活動を行っている「過激派」であるかのような印象を与えるものであって、原告らの名誉を著しく毀損するものである旨主張する。

確かに、広報メモ、(〔証拠略〕)の内容に照らすと、本件発表は、原告甲野の社会的評価を低下させるものであったということもできる(その他の原告らについては、広報メモの内容から右原告らを特定することはできないから、その社会的評緬を低下させるとはいえない。)。

しかしながら、<1>発表された事実が公共の利害に関するものであって、<2>発表の目的がもっぱら公益を図ることにあり、かつ、<3>発表された事実が真実であるか、あるいは真実であると信じるについて相当の理由がある場合には、右発表をもって不法行為とはいえないというべきである。

これを本件についてみると、本件で発表された事実は犯罪に関するものであるから、前記<1>、<2>の要件をみたすことは明らかである。また、静岡県警は、本件発表当時、すでに認定した事実のほか、ルナ・ルピナスの台所付近にメロディーセンサーが、物置にフラッシュバルブがそれぞれ取り付けられていたこと、同所には機関誌「共産主義者」及び機関紙「解放」が多数存在したこと、原告丙野は、サーラ北島に住民登録を行っていないこと(なお、原告丙野は、原告甲野が逮捕された翌日である平成七年三月九日、サーラ北島に住民登録を行った。)を認識していたのであり(〔証拠略〕)、これらの事実を前提とすれば、広報メモに記載された事実は、いずれも真実であるか、あるいは真実であると信じるについて相当な理由があると認められる。

したがって、本件発表は不法行為とはいえず、原告らの主張は理由がない。

五  争点5(原告らは、被告静岡県に対し、別紙物件目録(一)ないし(五)記載の物件のコピーを廃棄するよう求めることができるか)について

本件において、静岡県警が、本件捜索差押により差し押さえた別紙物件目録(一)ないし(五)記載の物件の一部(ただし、特定されていない。)についてコピーをとり、これを現在も保管していることは当事者間に争いがないところ、原告らは、本件捜索差押えは違法であるから、そのコピーを保管することもまた違法であるなどとして、被告静岡県に対し、右コピーの廃棄を求めている。

しかしながら、本件捜索差押えに違法な点は存しないことはすでに説示したとおりであるから、原告らの主張はその前提を欠くというべきである。したがって、原告らの主張は理由がない。

六  結語

よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 村主隆行 田中治)

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