大判例

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静岡地方裁判所 平成8年(行ウ)3号 判決 1998年2月27日

原告

服部寛一郎(X)

右訴訟代理人弁護士

藤森克美

被告(静岡県監査委員)

大石豊彦(Y1)

同(静岡県東京事務所次長)

田邉義博(Y2)

右両名訴訟代理人弁護士

林範夫

坂巻道子

理由

一  争いのない事実等

請求原因事実1(当事者)、同2(静岡県における公金の支出手続)、同3(本件公金支出)、同6(監査請求及び監査結果)は当事者間に争いがなく、平成六年一〇月二七日、東京事務所の定期監査のために、静岡県監査委員である被告大石及び監査委員事務局職員三名(事務局長千葉幹男、事務局員疋田憲三、同鈴木侑夫)が静岡から上京し、東京都千代田区平河町二丁目六―三都道府県会館本館四階静岡県東京事務所において、同日午後三時頃から午後五時頃までの間、定期監査を実施したこと、同監査には、東京事務所から、次長である被告田邉、総務及び行政連絡スタッフ主幹の堀淳一、産業振興部部長の水野典義、同部主幹の相沢良司が説明者として立ち会ったこと、右監査当時、東京事務所は所長、次長のほか総務担当職員として主幹一名の下に主任、副主任、主事各一名を置き、行政連絡スタッフとして主幹一名(総務主幹が兼ねる)の下に主査四名、主事一名を置き、他に産業振興部(千代田区丸の内一丁目八―三国際観光会館四階を事務所とする。)として部長、主幹各一名の下に主査三名を置く以外には国などへの派遣職員が形式的に東京事務所に属するのみであり、所長の杉山直哉は海外出張中のため不在であったことの各事実は当事者間に争いがないか、証拠により明らかに認められる。

二  請求原因事実4(本件公金支出の違法性)について

1  争点

被告らが平成六年一〇月二七日の定期監査の後に東京都内の料亭において共に私的に会食した事実及び同日「吉祥」で作成された売上伝票に被告田邉を特定するサインがなされており、それが同人により同夜九時ころ「吉祥」店内でなされた事実は被告らもこれを認めて争わない。このことに前記のとおり「吉祥」で飲食した人数と当日定期監査に立ち会った人数とが合致していることを併せ考慮すれば、他に特段の事実が認められない限り、原告主張のとおり、「吉祥」において飲食したのは被告らであると認めるべきものであり、さらに被告田邉の本人尋問の結果により「しれとこ」がクラブであると認められることを考慮に入れると、同所における飲食も被告らによっていわゆる二次会としてなされたのではないかと疑う余地がある。

これに対し、被告らは、被告らが会食した場所は、「吉祥」、「しれとこ」のいずれでもなく、港区赤坂の別の料亭「壺中の天」であった、「吉祥」及び「しれとこ」での会食は、東京事務所が複数の国の職員との懇談のために別々に行ったものであると主張し、〔証拠略〕もこれに沿うものである(もっとも被告らは、「吉祥」及び「しれとこ」において懇談の相手方となったという国の職員をなんら特定しない。この点については、当裁判所が静岡県に対して二度にわたって先の決裁文書の送付を嘱託したところであるが、静岡県が懇談の相手方については情報公開条例の適用上非開示とするとの方針に基づいて嘱託に応じなかったため、これを明らかにすることができなかった。)。そこで、以下、右各証言及び各本人尋問中の供述部分の合理性について検討することとする。

2  関係者の証言、供述の内容

(一)  被告大石に随行して定期監査を実施した監査事務局職員である証人疋田憲三及び同鈴木侑夫は、定期監査後に東京事務所の職員らと私的に会食をして費用を一万円ずつ負担した旨の証言をしたが、質問が実際に会食をした店の名前に及ぶと、いずれも「覚えていない、分からない。」などと曖昧な証言に終始した。

(二)  被告田邉の供述の概要は次のとおりである。

イ 定期監査は、平成六年一〇月二七日の午後三時から午後五時頃にかけて行われた。監査には静岡から監査委員である被告大石のほか三名が上京したが、このうち監査事務局長である千葉幹男は、前年度に東京事務所の事務所長をしていたので監査に立ち会うのを憚り退席した。東京事務所からは被告田邉を含めて四人の職員が監査に立ち会った。

ロ 監査終了後、雑談するうちいずれからともなく旧交を温める趣旨で会食しようと言う話が出て、東京事務所から徒歩で一〇分程のところにある料亭「壺中の天」に予約を入れた。被告大石らが恵比寿にあるガーデンプレイスを見たいと希望したので、東京事務所の職員に案内させ、午後六時三〇分に「壺中の天」に再び集合した。会食には、監査委員側から千葉を除いた三人と、東京事務所から被告田邉と産業振興部の相沢主幹の二人が出席した。一人一万円の日本料理を頼んだ。費用は各自が負担することになると考えていたが、予め監査委員らに負担を求めるとの話をしていたわけではない。午後九時近くまで飲食して、料金は八万一〇三七円であった。被告大石から五万円を受け取り、これに同席した相沢の一万円と被告田邉の二万円を合わせて支払を済ませた。監査委員らとはそこで挨拶をして別れた。二次会はなかった。

ハ その日、同じ時間帯に、「壺中の天」から歩いて五分程のところにある「吉祥」において、東京事務所主催で国の職員との懇談をしていたので、被告大石らと別れた後、様子を見るために同店に赴いたところ、出席した者らが出てくるところに行き合わせたので挨拶をした。ついでに店の方にも寄ってみると伝票(〔証拠略〕)にサインを求められたのでこれに応じた。情報公開条例の非開示事項となっているので、このときの国の職員の名前はいえない。「吉祥」に平成六年一〇月二四日に予約をしたのは被告田邉であるが、被告田邉自身は出席するつもりではなかった。そこでの国の職員との懇談に出席した東京事務所の職員ないし責任者については記憶にない。当時、杉山直哉所長がアメリカ出張中で不在であることは承知していた。

ニ 甲五号証の請求書は、当夜「しれとこ」で行われた東京事務所の職員と国の職員との懇談会のものである。「しれとこ」で懇談した国の職員は、「吉祥」で懇談した国の職員とは別であるが、その名前はいえない。「しれとこ」は、スナック風の店である、一〇月二四日に予約をしたのが自分かどうかは記憶にない。一〇月二七日に「しれとこ」に出席した東京事務所の職員あるいは会食の責任者が誰かは分からない。被告田邉は「しれとこ」に行ってはいない。

ホ 被告田邉が被告大石と職場を同じくしたことはない。東京事務所で定期監査に立ち会った他の三人が被告大石と同じ職場で働いたことがあるかとか、その部下となったことがあるかということはわからない。

(三)  また、被告大石の供述の概要は次のとおりである。

イ 被告大石は、平成六年四月に静岡県の監査委員になった。同年一〇月二七日の東京事務所の監査には、事務局長の千葉、二課長の鈴木及び主査の疋田と四人で行った。千葉は前年度まで東京事務所の所長をしていたので監査が始まって直ぐに退席した。東京事務所の所長が出張中であったので、次長の被告田邉から説明を受けた。他に東京事務所の職員が二、三人立ち会ったと思うが名前は分からない。監査は午後三時ころから五時ころにかけて行った。

ロ 会食の話は、監査が終わり雑談をしている中で被告田邉から出たように思うが、よくおぼえていない。会食の場所へは、東京事務所の者が案内してくれた。店の名などは全く記憶していなかったが、本訴が提起された後に被告田邉から「壺中の天」だと聞いた。当夜千葉は出席していない、静岡側からは被告大石、疋田、鈴木の三人、東京事務所からは被告田邉と他に一人の計五人が出席した。和食で大体二時間くらいの会食だった。会費について具体的な話は出なかったが、私的な会食なので当然に負担するものと承知していた。会食が終わるころに被告田邉が勘定を書いたメモをもってきたので、被告大石ら静岡から出席した者が五万円くらい支払えばよいと思い、鈴木と疋田が出した各一万円に自分が三万円を足して合計五万円を被告田邉に渡した。二次会はなかった。

ハ 被告大石は静岡県庁を勤め上げた者であり、かねてより被告田邉や相沢とも面識があった。翌日、全都道府県監査委員協議会連合会の総会があることからその晩は東京に泊まることになっており、どこかで食事を取るつもりでいたところ、たまたま懇親の席を設けることになったので出席したまでである。もっとも、被告田邉とも相沢とも同じ課で仕事をしたことはない。

3  各証言、供述の評価

(一)  証人及び被告ら、とりわけ被告田邉の供述については、以下のとおり不自然、不合理な点を指摘することができる。

イ 被告田邉は、当夜、「吉祥」と「しれとこ」において、それぞれ別々の国の機関との懇談が行われたと述べるが、監査委員による定期監査が入るその同じ日の夜に、少ない職員数の下で国の機関との懇談の席を二つ並行して予定するのは容易に納得しがたい(産業振興部所属の者が国の職員と懇談するというのも考えにくいところであるが、その点はおくとしても、そうせざるを得なかった特別の事情について被告田邉からは格別の説明は得られない。)。「吉祥」における勘定は相当の高額となっており、もし、国の機関との会食があったのであれば重要案件に関わるものであると推認すべきであるが、当時、東京事務所の所長は海外出張中であったから、留守を預かる被告田邉がその席を空けるのはいかにもおかしいし、いずれからともなく自然に出たという私的な会食を優先させるとは考えにくい。

ロ 被告田邉は、「吉祥」及び「しれとこ」における国の職員との会食に出席した東京事務所の職員ないし責任者についても答えられないが、東京事務所の職員数がそれほど多いわけではないという事実に照らして納得できない。

ハ 被告田邉は、当日の午後九時ころ「吉祥」にいた。そして、東京事務所田邉義博宛の売上伝票に自らサインをしている。掛売りの場合に店の側で当日の責任者にサインを求めるのは、後日請求内容について争いが生じた場合に対応するためであるから、実際に飲食をしていない者が当日の売上伝票にサインをするということは、右の趣旨にも反し、見知った常連でもない限り通常では考えられない。被告田邉が、「壺中の天」の飲食が終わってから「吉祥」に行ってみたら、たまたま客が出てきたので、挨拶をして店の中に入りサインをしたという説明は、いかにも不自然である(右のとおり常連であったというのであればまた事情も異なって来ようが、そうであれば、事実関係について一層具体的な反証を期待するのもあながち不当とは思われない。)。

ニ 他方、仮に被告らが主張するとおり、「壺中の天」で飲食したのだとすると、同店は懐石料理だけで一人最低一万円、ビール一本一〇〇〇円、冷酒一本一五〇〇円、温酒一本一〇〇〇円、部屋料一万円、サービス料一〇パーセント、消費税及び特別消費税六パーセント(当時)を要する高級料亭であり(〔証拠略〕)、二時間三〇分をかけて和食をとり、酒を飲んだとすると五人で八万円余には収まりにくいと考えられる。しかも、静岡県職員が宿泊付きの出張で支給される食事料は、一夜につき二一〇〇円ないし二六〇〇円であり(〔証拠略〕)、出張で出会った地方公務員同士が旧交を温めるためにたまたま私費で飲食することになったとすると、一人一万五〇〇〇円以上の負担をすることになる(被告田邉によると、五人が出席したというのであるから一人あたり右額となる。)高級料亭を選択するというのも頷けない。費用に頓着せず高級料亭で私的に飲食を共にするほどの親密な人間関係が被告田邉らと被告大石らとの間に、形成されていたものとも認め難い。

(二)  このような疑問は、同夜会食に実際に参加し、当裁判所において宣誓の上証言した疋田憲三及び鈴木侑夫の各証言によっても何ら晴らされることがなく、同証人らは、いずれも会食をした店の名前についてすら曖昧な証言に終始している。なお、被告田邉は、「壺中の天」の勘定の額八万一〇三七円は、本件が紛争となった後に東京事務所の者を介して同店に確かめて判明したと、いかにも追跡調査ができる口振りで証言しておきながら、他に客観的な証拠をなんら提出しないが、これも納得しにくい。

(三)  このように、被告らが右定期監査当日の会食について主張するところは、これを支える合理的な証拠に欠けるものであり、採用し難い。そうすると、前記当事者間に争いのない事実等のもとでは、平成六年一〇月二七日の定期監査当日、「吉祥」において飲食したのは、被告らであったと認めるのが相当である。

地方「しれとこ」については、クラブである「しれとこ」を国の職員との公的な会食のいわゆる一次会の場として予定することはありそうにないことであるとも考えられるが、これを被告らによる二次会の席であると断定するにはいささか証拠に乏しく、予め人数を「吉祥」におけるのと異なる七人とする予約をしたと認められる前掲の事情を考慮すると、いまだ被告らによる私的な飲食によるものと認めるには足りない。

4  公金支出の違法性

被告らによる「吉祥」での飲食は全く私的なものであったといわざるを得ない。遠路を訪れて監査をした者たちをねぎらうにしても茶菓の接待程度にとどまるべきものであり、右のように高額の費用を伴う飲食まで接待をすることは、地方自治法二三二条一項にいう当該地方公共団体の事務を処理するための経費等の支弁としておよそ許されず、ことがらが地方公共団体の監査事務にも関わるだけに、この点に裁量の余地はない。これを静岡県の公金から支出した行為は、被告田邉がその額の如何にかかわらず違法というべきである。

なお、原告は、「しれとこ」における飲食が国の職員との間の懇談に関してなされたものだとしても、それは裁量権の逸脱ないし濫用によるものであるとも主張するが、一人あたりの金額九八四〇円は、いまだ社会通念上懇談に伴うものとして許容される額を超えているとまでいえず、懇談の内容も明らかでない本件において、これを違法な支出であると極め付けることはできない。

三  被告らの責任

1  被告田邉の責任

被告田邉は、本来公金からの支出が許されない監査委員らと東京事務所職員らとの私的飲食の費用であることを承知しながら、その支出権限を利用して「吉祥」での飲食代金合計三〇万三六六八円を公金から支出して、静岡県に右額相当の損害を与えたのであるから、静岡県に対し、地方自治法二四三条の二第一項後段によりこれを賠償する責任がある。

2  被告大石の責任

本件公金支出当時、被告大石が、監査委員であるという点を除けば東京事務所の公金の支出についていかなる決裁権限も有せず、出納員であった被告田邉との間になんら指揮命令関係が存在しなかったことはいうまでもない。そうして、「吉祥」に赴くにあたって、同被告が公金支出の程度、額等について予め承知していたと認めることはできず、また各証人及び各被告本人が一致して供述する被告大石らの私費出捐の事実も、それが勘定の額に合わないからといって直ちに排斥することは困難であり、他にこれを否定すべき事情を認めるに足りない。そうすると、公金を支出する権限を有しない者がその権限を有する者による違法な公金支出に加功した場合に前者に不法行為が成立する余地があるにしても、直ちに被告大石に不法行為があったと認めることはできない。

四  結論

以上のとおり、原告の被告田邉に対する請求は一部理由があるからその限度でこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告大石に対する請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

なお仮執行の宣言は相当でないから付さない。

(裁判長裁判官 曽我大三郎 裁判官 今村和彦 杉本宏之)

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