静岡地方裁判所 昭和25年(行)30号・昭25年(行)27号 判決
原告 杉山国作
被告 静岡県知事
一、主 文
被告が別紙目録記載の農地に対する売渡処分に関し昭和二十五年七月三日為した取消処分はこれを取消す。
原告の右取消処分の無効確認を求める請求はこれを棄却する。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は昭和二十五年(行)第二七号事件につき「被告が昭和二十五年七月三日なした別紙目録記載の農地に関する売渡取消の処分はこれを取消す。」「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、又昭和二十五年(行)第三〇号事件につき「被告が昭和二十五年七月三日なした別紙目録記載の農地に対する売渡取消処分の無効を確認する。」「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を夫々求め、その請求の原因として、別紙目録記載の土地は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)に基いて国の買収した農地であるが被告静岡県知事は昭和二十三年三月二十六日付静岡県農業委員会(当時農地委員会以下同じ)の売渡計画承認に基き売渡の時期を昭和二十二年十月二日と定めて、昭和二十三年六月一日までの間にこれを原告に売渡す旨の処分をなした。従つて原告は右農地につき売渡令書記載の時期である昭和二十二年十月二日付でその所有権を取得したものである、ところが静岡県農業委員会は昭和二十五年五月三十日に至り突如本件売渡計画の承認について本件農地が真実は訴外杉山助三郎が原告より原告の長男時男の応召とは無関係に転借を受けて耕作していたものであつたに拘らず、時男が応召した為に原告が一時的に助三郎に転貸したものと誤認した錯誤があつたものとして右計画承認を取消したので被告も同年七月三日右承認取消に基いて先の売渡処分を取消し、その通知は翌四日原告に到達した。
しかしながら右取消処分には次の点に於て違法がある。即ち
(一) 本件売渡処分は県農業委員会の承認した計画に基いて被告がなしたものであつて、かゝる手続によつて所有権が確定した場合は処分の適法な場合は勿論のこと、違法の場合にも、その行政処分は一応法律上有効な行政処分と推定され関係者はこれに拘束されるものであり、これを覆すには法律の認めた争訟行為により有権的に取消されなければならない。ところで法は県農業委員会又は県知事には有権的取消権を認めていないのであるから県農業委員会の為した売渡計画承認取消の処分は違法であつて当然無効であり、従つてかゝる無効の処分に基いて為された被告の本件売渡処分の取消処分も亦違法である。
(二) 仮りに県農業委員会に於て売渡計画の承認取消が法律上許容されるとしても自創法には取消処分に関する規定はないから自創法の各本条を類推して利害関係人をして、その権利を主張し異議の申立をなすべき機会を与えるべきに拘らずこれをなさなかつた本件の承認取消処分は無効であり従つて、この無効の処分に基いてなされた本件売渡取消処分は違法である。
(三) 更に本件取消処分については県農業委員会が自創法第八条による承認(買収計画の承認)の取消をなしているに拘らず被告は右の承認取消に基くものとして本件売渡処分の取消をなしたことは処分の対象を誤つた違法がある。
(四) 次に原告は本件農地を百年以上の期間代々賃借して耕作していた外三島市川原ケ谷字松の木田十一番地田一反三畝十九歩をも小作していたものであるが昭和十九年七月に偶々長男時男が応召したことにより手不足を生じ、その為右松の木田の農地を先づ一時的に訴外加藤喜一に貸したところ、加藤は間もなくこれを、更に訴外芹沢松太郎に貸してしまつた。ところが昭和二十年五月に至つて空襲が激化し、長男時男の三児の保護の為に原告は益々手不足を生じ、やむなく本件農地をも時男の帰還するまでとの約束で一時的に訴外杉山助三郎に貸与したのである。従つて三島市錦田地区農業委員会、県農業委員会及び被告が夫々右の貸借を応召による一時転貸借であると認めてなした原告への売渡処分には何等の錯誤はないのである。従つて今回遽に右の貸借を応召による一時的転貸借ではないものと断じて、先の売渡処分には貸借関係についての錯誤があつたものとしてなした本件取消処分は錯誤のない処分を錯誤ありとしてなした違法がある。
よつて本件売渡処分取消処分は取消さるべきものであり仮りに取消を求め得られないとしても無効であると述べ、被告の主張する売渡処分の無効原因事実中、本件売渡計画が樹立された当時に於ては自創法施行令第十七条第一項第五号の規定が存しなかつたとの点は認めるが本件農地の売渡処分がなされたのは同法令の施行期日たる昭和二十三年三月二十六日以後のことであるから、たとえ売渡計画樹立当時に於ては法規はなくともその後の適法な売渡処分によつて右瑕疵は治癒されたものである。尚その他の被告の主張は否認すると附陳した。(証拠省略)
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として原告主張の如く、本件農地に対する売渡処分のなされたこと、並びにその後その売渡計画の承認及び売渡処分が夫々「錯誤」を理由として取消され、その通知を原告宛なしたことは争わない。しかしながら右取消が違法若くは無効であるとの主張はこれを争う。即ち原告主張の理由中(一)及び(二)については被告は適法な取消処分をなし得ることを主張する。(三)の事実については本来県農業委員会の買収又は売渡計画に対する承認はその計画に基く買収又は売渡処分をなす為に行政庁に於て内部的に行われる行為であり原告にこれを通知する要なく又通知しても何等の効果をも生じないものである。しかも本件について「自創法第八条による承認取消」と表示してあるのは第十八条の誤記であること同書面自体から明瞭であるから被告には処分の対象を誤つた違法は存しない。更に(四)の主張については原告は本件土地を長男時男が応召するに際してその手不足の間訴外杉山助三郎に貸与したものであると主張するけれども右土地は時男の応召不在の期間中だけ貸与した趣旨ではなく何等期間の定めのない普通の転貸であつたに拘らず被告はこれを応召による一時転貸であると誤認し、即ち錯誤に基いて原告に売渡処分をなしたものである。従つて原告には元来本件土地の売渡を受ける資格がないのであるから本件取消処分は適法である。仮りに右転貸が原告の主張する如く応召による一時的転貸借であつたとしても錦田地区農業委員会が本件農地の売渡計画を樹立した昭和二十三年一月九日当時には自創法施行令第十七条第一項第五号の規定はなく従つて応召によつて農地を一時的に他人に転貸したものは現に耕作者としての地位のない限りその農地の売渡を受ける資格はなかつたものである。従つてこの点を無視して樹立した売渡計画は法の認める要件を欠いたもので無効でありこの無効の売渡計画に基いてなした本件売渡処分も亦無効であるからこれを取消した被告の売渡処分取消の処分は適法である。仮りに右の売渡計画に存する瑕疵が治癒されたとしても右第十七条第一項第五号の規定に基いて農地を売渡す場合には地区農業委員会は法令に基いて、その適否につき審議を経なければならないに拘らず同農業委員会はその審議をなさなかつたのであるから右売渡計画は少くともこの点につき違法があり従つてその違法な売渡計画に基いてなした売渡処分を被告が取消したのは適法であつて何等違法の点はないと述べた。(証拠省略)
三、理 由
別紙目録記載の買収農地につき被告が静岡県農業委員会の売渡計画承認に基き原告主張の日時頃之を原告に売渡す旨の処分をなしたこと、然るにその後右売渡計画の承認は原告主張の如き錯誤によりなされたものとして前記農業委員会に於て取消した結果被告も亦右売渡処分を取消し、その通知をなしたことは本件当事者間に争ない。
ところで原告は先づかゝる売渡計画の承認及び之に基く売渡処分は右手続により農地の所有権の帰属が確定した場合にはその処分が適法たると違法たるとを問わず有権的争訟手続によるの外は取消し得ないものであり、しかも県農業委員会又は被告には取消の権限が与えられていないから右取消処分は無効であると主張するからこの点につき考えてみるに本件県農業委員会の売渡計画承認行為がいわゆる争訟の対象となるべき行政処分に属するや否やは暫く措き凡そ行政行為(処分)は司法行為のように当事者間の法律関係の確定を直接の目的とせずむしろ具体的場合に於ける国家の目的の達成を主眼として行われるのみならず、その手続に於ても通常当事者の参加を認めず行政庁が一方的に行うものであつて一般的に言つていわゆる実質的確定力を有しないから、その成立に瑕疵がある場合は合目的々見地から行政庁は自らなした行政行為(処分)を取消し、又は変更しうべく、たゞ当該行政行為(処分)が当事者の参加その他裁判判決と類似の手続をもつて行われたる場合は例外として、当事者が争訟手段によつて争う場合及び訴訟法の定める再審に相当する事由ある場合の外は行為者たる行政庁は勿論監督庁と雖も之を取消し得ないものであり、またその取消により私人の既存の権利を著しく害するおそれある場合は公共の利益を保持する必要あるときの外は濫りに取消すことを得ない制約あるに止まるものと解するを相当とするから原告の右主張は理由がないものと言わねばならない。次に原告は仮りに、県農業委員会に於て売渡計画の承認を取消しうるとしても自創法には取消処分に関する規定はないから自創法の各本条を類推し、利害関係人をしてその権利を主張し異議の申立をなすべき機会を与えるべきに拘らずこれをなさなかつた本件取消処分は無効であると主張するが県農業委員会の売渡計画の承認は行政庁相互間の内部的行為たるに止り直接私人を対象として行われるものでないのみならず該承認に基く県知事の売渡処分の当否に関しては争訟手続による救済手段が許されているのであるから該承認の取消そのものについては私人をして権利の主張若くは異議申立の機会を得しめる必要なきものと解すべく従つて原告のこの点に関する右主張も理由がない。次に原告は本件取消処分については県農業委員会に於て自創法第八条による買収計画の承認の取消をなしているに拘らず被告は売渡処分の取消をなしたのは違法であると主張するが成立に争のない甲第二、三号証によると右に第八条とあるのは第十八条の誤記であること明瞭であるから原告の右主張もまた謂れないものと言わなければならない。よつて更に進んで本件に於ける主要の争点たる本件売渡処分が真実被告主張の如き錯誤によりなされたものなりや否やにつき審究するに、証人杉山時男、同玉井忠作の各証言並びに原告本人訊問の結果を綜合すると本件土地及び三島市川原ケ谷字松の木田十一番地田一反三畝十九歩は、もと訴外栗田きんの所有に属していたもので原告方に於て同人より代々賃借耕作していた土地であり原告は右土地の外更に一町五、六反歩の耕作地を有していたところ昭和十六年七月長男時男が軍隊に召集を受けた時原告方に於ては耕作労力の不足したところから一時右松の木田の農地を訴外栗原敬次郎に賃貸し、時男の召集解除と共に土地の返還を受けたことがあつたが更に昭和十九年七月時男が再び召集せられるに及び当時原告はすでに年令六十才に近く家族としてその妻及び長男時男の嫁及びその子供数人の婦女子のみで全部の耕作地に対しては労働力が不足となつた為先づ松の木田の農地を訴外加藤喜一(その後原告不知の間に訴外芹沢松太郎に転貸)に時男の召集解除までの約定で一時的に貸与し、更にその後昭和二十年三月頃空襲の激化するに伴い原告はその孫達の保護に人手を要し著しく耕作に手不足を生じたので本件農地を一時他に貸与することにきめ長男時男が帰宅するまでの間暫定的に訴外杉山助三郎に対し年貢を六俵と定めて転貸するに至つたこと、而して原告は時男が復員後その健康の回復した昭和二十一年に右助三郎に対して土地の返還について申入れをなしたこと、錦田地区農業委員会は右の事情に基いて本件農地は原告が長男時男応召の為一時的に助三郎に転貸したものと認めて結局原告に対して売渡の計画を樹立したことが認められる。右認定に反する証人杉山助三郎の証言は措信出来ず他に右認定を左右するに足る証拠はない。然りとすれば本件農地は正に原告が長男時男の応召により助三郎に一時転貸したものと言うべきであるから被告の原告に対する本件売渡処分には何等錯誤がなかつたことに帰するからこれに錯誤ありとしてなした被告の本件売渡処分の取消処分にはこの点に於て当然違法の瑕疵が存するものと認めざるを得ない。
被告は本件売渡処分に錯誤がなかつたとしてもその売渡計画樹立当時自創法施行令第十七条第一項第五号は未だ施行されておらず従つて現実に耕作していない原告は買受け資格がないのであるから右売渡計画は当然違法であり、従つてこれに基く売渡処分もまた当然違法であつて取消さるべきものであると主張するのでこの点について判断すると先づ売渡計画樹立の時が昭和二十三年一月九日であることは弁論の全趣旨に徴し本件両当事者に於て争いなく、右第十七条第一項第五号が昭和二十三年二月十二日公布施行されたこともまた当裁判所に明かなところである。そしてまた本件売渡処分が昭和二十三年三月二十六日以降同年六月一日までの間において行われたこともまた原告の自ら主張するところである。そうすると成る程売渡計画樹立の当時に於て原告はその買受け資格はなかつたのであるが売渡処分当時に於ては既に法令の改正によりその資格を有したことゝなる。元来行政処分は合目的々性質の顕著な行為であるからその処分の違法適法の判断時は究極の処分の行われた時を以てすべきであり、その前提たる各行為の行われた時期を基準としてその効果を考えるべきではない。ところで自創法は農地の売渡については都道府県知事の売渡処分によつてその手続が完結し、その時に始めて売渡の効果が発生するのであるがこの手続の一段階である売渡計画の樹立は右の究極の売渡処分を目的として行われるものであるから右売渡処分が当時施行されている法令に照し合法的に行われたものと認められる限りは寧ろ農地売渡手続の前敍の性質に鑑み当初の売渡計画に存した瑕疵の如きは当然治癒せられたものと解すべきである。そうすれば本件売渡計画の瑕疵は売渡処分がその処分当時の法令に照しその要件を満している以上治癒されたものと言うべきであるからこの点に於ける被告の主張は理由がない。次に被告は本件農地の売渡計画の樹立には地区農業委員会は法令に基いて審議を経べきに拘らずその審議をなさなかつたのであるから右売渡計画には瑕疵があると主張するけれども売渡計画の樹立に審議を要すべき旨の何等法令の根拠はないから右主張もまた採用し難い。
果して然らば原告の本件売渡処分の取消を求める本訴請求は理由あるものと言わなければならない。尤も原告は右処分の無効確認をも併せて求めているけれども本件に於けるが如く行政庁が錯誤を理由として自己のさきになしたる行政処分を取消したる場合にその錯誤のなかつた時と雖も該瑕疵は処分の取消原因となるに止り処分の当然無効を招来するものではないと解するを相当とするから原告の右取消処分の無効確認を求める請求は理由ないものとして排斥せざるを得ない。よつて原告の本件取消処分の取消を求むる請求を正当として之を認容し他は失当として之を棄却すべきものとし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する次第である。
(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 小河八十次)
(目録省略)