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静岡地方裁判所 昭和28年(ヨ)143号 決定 1953年8月21日

申請人 日産自動車株式会社

被申請人 全日本自動車産業労働組合日産自動車分会

理由

一、申請の趣旨、主文と同旨。

二、理由

本件仮処分の申請自体許さるべきものでないとの被申請人の主張について。

(一)  先づ被申請人は本件仮処分の申請は、物件を執行吏の保管にうつして、これにたいする組合員の立入を禁止するにとどまらず、執行吏において、現状を変更しないことを条件として、右各物件を被申請人会社及びその指定する者に使用せしむべきことを求めているが、これは仮処分の絶対的要件である仮定性を無視して会社をして生存権のような基本的人権にもとずかずして、本案訴訟と同一の結果を得させるもので不当であると主張するけれども、債権者において著しい損害を避け若くは急迫なる強暴を防ぐため必要あるにおいては、本案判決において得らるべき満足を仮に得しめうることは、民事訴訟法第七百六十条の規定に徴し明かなところであるからその必要あるにおいては之を許可するに何等妨げなきものと云うべく、従つて右の所論は採用し難いものと云わなければならない。

(二)  更に被申請人は本件仮処分申請は全日本自動車産業労働組合日産自動車分会を被申請人とするところ、吉原工場には全自動車静岡支部に属する日産分会吉原支部が、別の労働組合法上の人格として存立しているから、分会に対する仮処分決定の執行力は、独立人格をもつ吉原支部にはおよばず、従つてかりに本件仮処分決定がだされてもこの決定は空文となる可能性もあるから、かかる仮処分の申請は許さるべきではないと主張するが、被申請人の疎明方法によつて未だ所論日産分会吉原支部が被申請人分会と別個独立の人格を有するものであることを認め難いから独立の人格を有することを前提とする所論も理由がない。

当事者間に争いのない事実及び当事者双方の提出した疎明によつて一応認められる事実関係に基く判断は左の通りである。

(一)  事実関係

申請人会社(以下単に会社という)は、自動車用部品の製造販売、機械加工品の製造販売、自動車用鉄、鋼、鋳鉄の製造販売及び以上に附帯する業務を目的とし横浜市に本店並びに横浜戸塚各工場を、大阪市、神奈川県、吉原市にそれぞれ大阪厚木吉原各工場を東京都に東京製鋼所及び東京分館を有する資本金七億円の株式会社であつて、その従業員は約七千六百八十名、内吉原工場の従業員は約千六百十二名である。

被申請人組合(以下単に組合という)は、日本労働組合総評議会に加盟する全日本自動車産業労働組合の分会であつて、会社の従業員の内約七千五百四十五名を以て組織し、会社本店に分会本部、横浜工場に横浜支部、東京分会に新橋支部、吉原工場に吉原支部、その他各工場毎にそれぞれ支部を有し、横浜支部の組織役員運営予算は、全部分会本部と合体し、その他の各支部はそれぞれの組織役員予算を以て運営している。吉原支部の組合員は約千五百七十五名である。

会社組合間の最初の労働協約は、昭和二十一年八月九日に締結せられ、昭和二十三年二月八日失効し、同月二十四日あらたに労働協約が締結せられたが昭和二十四年十月失効し、以後労働協約は締結せられていない。

組合は、昭和二十八年五月二十五日会社に対し賃上等八項目に亙る要求をなし、一方会社はその頃組合活動のために就業しない時間の賃金について、従来より主張する会社案を同年六月八日より実施する旨提案し、これらについて両者間に同年六月四日より七月十六日まで十六回の団体交渉がなされたが、解決するに到らなかつた。六月八日以後各職場において、就業時間中に会社の承認しない組合活動が頻発し、会社はこの不就業時間に対して六月二十五日支払分より、右会社案に基いて賃金の差引計算をなしたので組合員等はこの説明要求の形式で各工場の各職場において課長を取囲み執拗にその不当を攻撃し或は暴言をあびせていわゆるその吊上を行い職制の業務指揮を妨害し業務を懈怠する一方七月三日より十日まで連日一時間ストライキ、同十七日午後一時より横浜工場第三製造部組立課ABライン、同部整備課、吉原工場製造部組立課Bライン、オースチン部門、組立工場作業課の各職場において、無期限ストライキを実施するに至りこれがため生産は極度に低下し右七月十七日以降はついに一台の生産もされない日が続くに至つた。

このような状態に対処するため、会社は八月五日午前四時組合に対して以後横浜工場及び吉原工場を閉鎖する旨を通告した。吉原工場においては、同時刻までに、正門、東門、南門、青年学校入口を閉鎖して、施錠又は内部からX字型に板張りして固め組合事務所通路、組合事務所、生活協同組合売店、同倉庫を、高さ約三尺五寸の有刺鉄線を用いた木柵で区画し、各門及び柵に組合員の立入を禁止する立札を立て、右組合事務所等を除いて工場内の建物はすべて施錠して閉鎖作業を完了すると共に、組合吉原支部に対して工場閉鎖を通知した。

然るに、吉原工場においては、同日午前十一時頃組合員数百名は組合の指令により工場長等の制止をきかないで、正門及び人事課南側の前記木柵を乗りこえて、同工場の立入禁止区域内に入り、一部は工場長部課長の集合していた総務課事務室に押しかけ、大部分は各職場に立入つて、同工場を占拠し、同日午後三時頃右立入防止柵の一部を破壊し取除いて組合大会を開いた。翌六日以後会社は破壊される度に繩張り等で立入禁止区域を明かにしたが、組合は連日のように数百名の組合員を工場内に立入らせ組合員はこれを制止する部課長等に対して、或は体当りしてこれを排し、或は多数で取囲み「ここで吊上げをやつてしまえ」「犬だ」「馬鹿野郎」等の暴言を浴せて所謂吊上げをなし、このため工場長部課長等は殆ど総務課事務室に閉ぢこもる他なく、工場の管理は全く不可能となつたが、同月十七日組合は組合員を同工場主変電所に立入らせ、封印を破つて各職場へ送電を開始した。

(二)  当裁判所の判断

以上の事実に徴すると申請人の工場閉鎖は被申請人の争議戦術たる怠業、ストライキに対抗して採られた措置であつて、労調法第七条の争議行為たる性質を具有するものといわなければならない。

被申請人は工場閉鎖は一般的に違法であり、従つてその補助手段としての工場立入禁止仮処分は争議権を奪うから許されないと主張するけれども、工場閉鎖は使用者側唯一の争議手段として労働関係調整法の認めるところであつて夫自体違法であるとは云えず、従つてその補助手段としての右仮処分もその必要性があれば許さるべきであるから、この主張は理由がない。

次に被申請人はたとえ一般的に工場閉鎖の自由があるとしても本件工場閉鎖は組合を圧殺する目的のみを以てなされたものであるから違法であると主張するが、この点に関する何等の疎明がない。

第三に組合員が争議中も利用しうる診療所、食堂、生活協同組合自転車修理所、同理髪所、同靴修理所等の立入を禁止したから、工場閉鎖は違法であると主張するが、疎明によれば工場閉鎖と同時に右食堂利用者のために吉原市内眺峯寮を利用しうるよう準備したことが認められ、その他の施設については争議中もなお法律上利用しうると云う点に関する疎明はない。

その他被申請人の全疎明を以てするも未だ本件工場閉鎖の処置及び使用者に認められた争議権の限界を超えた違法のものであることを認むるに足りない。

さすれば申請人の断行した本件工場閉鎖は一応正当なる権利の行使として承認せらるべきものであること労使対等の原則上当然であるからその意思に反して右工場に無断立入ることは違法であると云わざるを得ない。

(三)  仮処分の必要性

以上の理由から会社は別紙目録不動産について組合に対し所有権に基く妨害排除或は妨害予防の請求権を行使して所属組合員等の右不動産の不法占拠を排除し若くはこれが立入を禁止し得ることは明かであり且つ疎明によれば右組合員等の不穏の立入りによる著しい損害を生ずる現在の危険或は急迫な侵入を受ける現在の危険があるので本件仮処分により保全の必要ありと言うべきである。

よつて本件申請を理由あるものとみとめ、申請費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 土肥原光圀)

(別紙目録省略)

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