静岡地方裁判所 昭和32年(行)7号 判決 1959年6月05日
静岡県天竜市鹿島十二番地
原告
斉藤陸司
右訴訟代理人弁護士
小石幸一
被告
熱海税務署長
阿部靖村
右指定代理人検事
家弓吉己
法務事務官
名倉竹志
本橋孝雄
大蔵事務官
前田隆雄
田中栄蔵
安井一夫
水野専之助
新美猛
右当事者間の債権確認並びに第三者異議請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一原告の請求の趣旨及び原因
原告訴訟代理人は、
「被告熱海税務署長が、訴外上野輝雄に対する国税滞納処分として、昭和三十二年六月十三日別紙記載の債権に対してなした債権差押処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として
一 別紙記載の債権の成立するに至つた経過は次の通りである。
(一) 訴外佐藤保夫は、昭和二十八年三月二日訴外村上房太郎外四名(別紙記載の控訴人ら以下同じ、元金四百五十万円を利息月五分五厘、弁済方法割賦弁済、最終期限昭和二十九年二月二十四日と定めて貸付け、以上の元利合計金七百二十二万二千五百円のうち、金二十四万七千五百円については同日弁済を受けたので、その残金につき同年四月一日台東簡易裁判所において、右佐藤を申立人村上房太郎外四名を相手方として、各相手方は連帯して、
(イ) 昭和二十八年四月一日限り金二十四万七千五百円、
(ロ) 同年四月三十日限り金二十四万七千五百円、
(ハ) 同年五月三十日限り金三十四万二千円、
(ニ) 同年六月二十九日限り金三十三万六千五百円、
(ホ) 同年七月二十九日限り金三十三万一千円、
(ヘ) 同年八月二十八日限り金三十二万五千五百円、
(ト) 同年九月二十七日限り金三十二万円、
(チ) 同年十月二十七日限り金三十一万四千五百円、
(リ) 同年十一月二十六日限り金三十万九千円、
(ヌ) 同年十二月二十六日限り金三十万三千五百円、
(ル) 昭和二十九年一月二十五日限り金二十九万八千円、
(ヲ) 同年二月二十四日限り金三百六十万円を各支払う旨の即決和解が成立した(同庁昭和二十八年(イ)第五十六号)。
(二) その後訴外村上房太郎外四名は右(ヲ)の金三百六十万円を残す外弁済を終えたが、右(ヲ)の債権については、右和解調書に対し債権者である訴外佐藤保夫を被告として台東簡易裁判所に請求異議の訴を提起し(同庁昭和二十九年(ハ)第十三号)、右事件が控訴審である東京地方裁判所に係属中(同庁昭和二十九年(レ)第二四二号)、昭和三十二年四月十八日に至り、控訴人たる右村上房太郎外四名は右佐藤に対し連帯して金五百二十万円の債務のあることを認め、昭和三十二年五月八日限り金百十万円、同年六月二十八日限り金四百十万円を支払う旨の調停が成立したのである。
二 ところで右佐藤保夫は村上房太郎外四名に対する債権のうち弁済期を昭和三十二年六月二十八日とする金四百十万円の本件債権を、同年四月二十四日原告に譲渡し、同年五月二十五日各債務者に対し確定日付ある証書によつてその旨通知し原告が債権者となつた。
三 然るに被告は原告の有する本件債権の実質上の債権者が訴外上野輝雄であるとして、同人に対する金一千六百四十五万一千八十円の所得税債権を以て、昭和三十二年六月十三日訴外村上房太郎外四名に対し通知をし、本件債権の差押をなした。
そこで原告は同年四月十五日被告に対し、国税徴収法第十四条により取戻請求をしたが、この請求は同年六月二十六日却下され、この通知は同年六月二十七日到達した。
四 然しながら、本件債権は前記の通りの経過により原告の取得したものであつて、被告がこれを訴外上野輝雄の債権となした差押処分は、違法であるからこの取消しを求めるため本訴請求に及んだものであると陳述し、
被告主張の事実中原告が訴外上野輝雄の実弟であることは認めるがその余の事実は総て否認する。訴外上野輝雄と訴外佐藤保夫とは各別個独立の貸金業を営み、本件債権は当初から実質上も形式上も右佐藤が債権者であつたところ、原告は同人から有効にその譲渡を受けて現に債権者であると述べた。
第二被告の答弁及び主張
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として
一 原告主張の請求原因事実中、一乃至三の事実(但し訴外佐藤保夫が本件債権の債権者である点を除く)は総て認める。
本件債権の実質上の債権者は当初から、訴外上野輝雄であつて、同人は自己の貸金に対する課税を免れるため、同人の使用人である訴外佐藤保夫を名目上の債権者として、その債務名義作成手続に関与させたに過ぎない。
二 ところが税務当局が昭和三十一年十二月十七日付、告知書(二通)を以て、右訴外上野輝雄に対し昭和十年分の所得税及び重加算税計八百十三万二百八十円並びに昭和二十九年分の所得税及び重加算税計八百三十二万二百三十円の納税の告知をし、同人の滞納に関し追及するに及んで、同人は同人の実弟である原告及び訴外佐藤保夫と通謀し、本件債権の形式上の債権者である右佐藤から更に原告に対し債権譲渡を仮装したものである。
三 従つて、本件債権の実質上の債権者は依然として訴外上野輝雄であり、被告が右上野に対する国税滞納処分として原告主張のような差押処分をなしたのは適法で、原告の請求は理由がないと述べた。
第三証拠
原告訴訟代理人は、甲第一、ないし第五号証、第六号証の一、二、第七、第八号証、第九、第十号証の各一、ないし五、第十一、第十二号証を提出し、証人佐藤保夫、同上野輝雄の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第四、ないし第十八号証、第二十、第二十一号証の各成立及び保第一号証の一、二、第二号証、第十九号証の各一、ないし三の各原本の存在並びに成立は、何れも認めるが、同第四、ないし第七号証、第十号証は、何れも税務官吏の脅迫に基く陳述を録取したもので、真実性がない、と述べ、
被告指定代理人は、乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、ないし三、(以上何れも写)、第四、ないし第十八号証、第十九号証の一、ないし三(何れも写)、第二十、第二十一号証を提出し、証人村上消男の証言を援用し、甲第一、ないし第五号証、第六号証の一、二、第八号証の一、ないし五、第十一、第十二号証、及び同第九号証の一、ないし五、の郵便官署作成部分の、各成立は認めるが、同第七号証、第九号証の一、ないし五、の右以外の部分の成立は、不知と述べた。
理由
昭和二十八年三月二日訴外村上房太郎外四名が、金四百五十万円を借受けたこと(債権者が訴外上野輝雄であるか訴外佐藤保夫であるかの点は暫くおく)、同年四月一日台東簡易裁判所において、訴外佐藤保夫と訴外村上房太郎外四名との間で原告主張のような即決和解が成立したこと、その後右訴外村上房太郎外四名が、訴外佐藤保夫を被告として右和解の無効を理由とする請求異議の訴を提起し、昭和三十二年四月十八日東京地方裁判所において、調停の結果、右訴外人間に別紙記載の債権をその記載のとおり支払う旨の調停が成立したこと、及び訴外佐藤保夫が昭和三十二年四月二十四日右債権を原告に譲渡したとして、同年五月二十五日各債務者に対し確定日付ある証書によつて、その旨通知したことは、何れも当事者間に争のないところである。
被告は右債権の実質上の債権者は訴外上野輝雄であつて、佐藤保夫名義上債権者になつたに過ぎず同人から原告への債権譲渡も仮装のものであると主張するのに対し、原告は右債権の債権者は当初からその表示のとおり訴外佐藤保夫であつて、同人から適法の原告に譲渡されたものである、と主張するので、この点について判断する。
成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第十号証、の各記載に、証人村上善男、同上野輝雄(一部)、同佐藤保夫(一部)の各証言を綜合すると、熱海市において温泉を経営していた訴外村上善男が営業資金に窮した結果、融資者をさがしていたところ、訴外多呂唯平同佐野幸雄から金融業をしている訴外上野輝雄を紹介されたこと、昭和二十八年二月末項、右上野の熱海市伊豆山の別荘において、村上が佐野を介して、上野に対し現金四百五十万円の借用方を申込みその際上野は利息月五分五厘で金四百五十万円を貸付けることを承諾し、担保として普通は根抵当権を設定するが、税金や費用を節約するため即決和解の方法で訴外村上房太郎ら所有の不動産を担保に入れるよう話したこと、その後、右上野輝雄が村上の案内で担保物件である旅館を調査したこと、村上善男は同年三月二日上野の前記別荘において訴外佐藤保夫から現金四百五十万円を示されたが、同人とは初対面であり、当時貸付の話は既に成立し同人からは貸付の条件等について交渉はなかつたこと、及び右佐藤保夫は担保物件である村上善男所有の旅館の調査をしたこともなければ右金四百五十万円の貸金につき請求をしたこともないこと、をそれぞれ認めることができ、この事実と原告が右上野の実弟であることの当事者間に争いのない事実、成立に争ない乙第十五ないし第十八号証により明らかな上野、佐藤原告ら同一会社のいずれも取締役として名を連ねていた事実、証人上野輝雄の証言により認められる同人が昭和三十一年十二月十八日現在で一千万円以上の所得税債務を負担している事実に成立に争のない乙第三号証の三(一部)、第五、ないし第八号証、第二号証原本の存在並びに成立に争のない乙第十九号証の一、ないし三、の各記載を綜合して考えると、昭和二十八年三月二日訴外村上房太郎外四名が借受けた金四百五十万円の実質上の債権者は、訴外上野輝雄であつて、従つて別紙記載の債権の債権者も同人であり、訴外佐藤保夫は単に名義上の債権者に過ぎず同人名義でなされた原告に対する債権譲渡も仮装のものであることを認めるに十分であり、乙第三号証の三の記載及び証人上野輝雄、同佐藤保夫の各証言中、右認定に牴触する部分は信用できないし、しかも右のように認定するに於ては原告提出の甲等一ないし第四、第八号証の一ないし五は本件債権の債権者が訴外佐藤保夫であつたことを肯定する資料とならないし、その他原告の全立証によつても前記認定を覆すに足りない。
なお原告は前示乙第四、ないし第七号証、第十号証は、いずれも税務官吏の脅迫に基く陳述を録取したもので、真実性がない旨主張するが、証人佐藤保夫のこの点に関する証言は信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はないから右主張は排斥するほかない。
そうすると、別紙記載の債権の債権者は、現在も訴外上野輝雄であることが明らかであるから、原告が本件債権の債権者であることを前提とし、本件差押の違法を攻撃する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。
よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大島斐雄 裁判官 田嶋重徳 裁判官 浜秀和)
別紙
昭昭三十二年四月十八日、東京地方裁判所において、同裁判所昭和二十九年(レ)第二四二号請求異議事件の調停(同庁昭昭三十二年(ノ)第二四六号請求異議調停)事件の左記当事者間に被控訴人を債権者各控訴人を連帯債務者として成立した調停調書記載の債権金五百二十万円のうち弁済期を昭昭三十二年六月二十八日とする金四百五十万円。
当事者
熱海市熱海九百六十六番地
控訴人 村上房太郎
熱海市旭町 村上善男
熱海市熱海二千十六番地
控訴人 下山和正
熱海市熱海九百六十六番地
控訴人 株式会社村上旅館
右代表取締役 村上房太郎
熱海市熱海百六十二番地
控訴人 株式会社朝日屋商店
右代表取締役 常盤正子
東京都渋谷区穏田一の四番地
被控訴人 佐藤保夫
静岡県磐田郡二俣町鹿島十二番地
利害関係人 斉藤陸司