静岡地方裁判所 昭和34年(わ)89号 判決 1959年6月26日
被告人 三木克
大一四・五・二一生 古物商
主文
被告人を禁錮一年に処する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
一、事実
被告人は
第一、自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和三十四年一月十三日午後六時四十分頃、静岡市黒金町官有無番地先道路に於て、昭和町方向より静岡駅前交叉点方向に向い、自動三輪車を運転し時速約三十粁で進行中、同所は静岡駅前に通ずる交通量の多い道路であるから自動車運転者としては前方竝に左右の状況を十分注視し、交通の安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのに拘らず之を怠り、漫然進行を継続した過失により、道路の左側歩道(三井信託銀行静岡支店前)より道路の右側歩道(国鉄管理局前)に横断中の天野正雄(当四十九年)に気付かず、同人に対し車体右側前附近を激突し、路上に転倒させ、よつて同人に対し頭蓋内出血の傷害を負わせた結果、同月十四日午前九時四十五分頃同市昭和町五番地田原医院に於て同人を死亡するに至らしめ、
第二、法令に定められた運転の資格を持たないで、前記第一記載の日時、場所に於て自動三輪車を運転し、以て無謀な操縦をしたものである。
二、証拠(略)
三、法律の適用と量刑
被告人の判示第一の所為は刑法第二百十一条罰金等臨時措置法第二条、第三条、判示第二の所為は道路交通取締法第七条第一項第二項第二号、第二十八条第一号罰金等臨時措置法第二条にそれぞれ該当する。
次に、量刑につき勘案すると、本件被告人はこれまでに無免許運転の道路交通取締法違反により、合計八回に及ぶ処罰を受けたものであるが、改悛、反省するところなく、依然として無免許運転を継続し、遂に本件事故を起し、しかも、犯罪の発覚をおそれて、ひき逃げを敢行したものである。これに加えて、被害者天野正雄の妻子等は、瞬時にして、夫であり、父である一家の柱石を失い、現世に於ては、何んとしても取りかえしのつかない、償うことのできない悲惨に遭遇し、また明日からの生活に不安と脅威をする深刻な事態におちいつている。
思うに、近時自動車が急激に氾濫するに伴い、無秩序な運転により、日夜惹起する交通事故の大増加は、多くの尊き人命を傷つけ奪い、国家の基盤をなす家庭をも破壊し、社会に大きな不安と衝動とを与えており、この種の犯行が社会的犯罪の容相を呈してきている。また、現在の自動車の運転状況を見るに、自動車は街頭に於ける兇器的存在であつて、運転者は、どんな不意のことが起つても事故を避け得る状態を保つべきであり、之を避けることが出来なかつたことは、殺傷の意思で人をひいた場合でないとしても、普通の過失とはいいきれないものがある。
されば、斯る社会犯罪の量刑に当つては、之を単純な過失事件として公式的に処理することでは、社会の要求に応じ得ないし、また裁判が現実に即することができない誹りを免れない。殊に、交通事故は、その原因を分析してみると、多くの研究が実証しているように、運転者の不注意、酩酊、暴走等の個人的原因によるものが大部分であり、純粋に施設、道路状況、天候等の外部的条件によるものは僅少に過ぎないことを考えると、悪質な自動車交通事故の責任者については、被害者側の宥恕や示談の成立等の情状の酌量に重きをおくよりは、社会予防の見地に重きをおいて、厳しい科刑をすることが、街頭の流血を緩和する唯一の方法ではないにしても必要である。
そうであるならば、既に述べたような本件の犯情、被告人の性格、犯歴その他諸般の事情を考合すると、本件被告人に対する検察官の禁錮六月の求刑はこの種の犯罪のもつ社会的重さや刑政の動向の把握に欠けるもので軽きに失する。また、弁護人主張のように、被告人が遺族に対し、ある程度の慰藉をしたとしても、被告人に執行猶予の特典を附すべきものでない。
そこで業務上過失致死罪につき所定刑中禁錮刑を選択し、道路交通取締法違反罪につき、所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条但書により各罪の刑の長期を合算した範囲内に於て被告人を主文の刑に量定し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条により主文の通り判決する。
(裁判官 相原宏)