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静岡地方裁判所 昭和36年(行)2号 判決 1965年4月20日

原告 山田洋

被告 静岡県人事委員会

補助参加人 静岡県教育委員会

主文

被告が昭和三三年三月一〇日付をもつて、原告の勤務条件に関する措置の要求についてなした判定のうち、原告が昭和二九年四月から昭和三一年九月末日までの間に勤務校においてなした宿直勤務に対する手当について求めた措置要求を棄却した部分を取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告との間に生じた部分および参加によつて生じた部分を各十分し、その各八を原告の、前者の二を被告の、後者の二を補助参加人の各負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告の求める判決)

被告が、昭和三三年三月一〇日付をもつて、原告の勤務条件に関する措置の要求についてなした判定は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告の求める判決)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は静岡県立富士高等学校に教諭として勤務する教育公務員である。

二、原告は、昭和三二年二月八日

被告において、

(一)  静岡県教育委員会は、原告が宿日直勤務に服することを応諾し、かつ宿日直勤務の内容が昭和二二・九・一三発基第一七号昭和二三・四・一七基収第一〇七七号の基準を下廻らない場合に限り被告に対し原告の宿日直勤務の許可を求め、且つ、被告の許可のない限り原告をして宿日直勤務に服させないよう措置すべきことを、

(二)  静岡県は原告に対し、原告が昭和二九年四月から昭和三二年一月までの間に勤務校においてなした宿直勤務(昭和二九年七月に三回、同年五、六、九月翌三〇年三、七、八、一二月、翌々三一年三、五月に各一回、合計一二回)ならびに日直勤務につきその勤務に相応して計算される超過勤務手当、夜勤手当および休日給(これら三者を以下超過勤務手当等という)の支給額から宿日直手当としてすでに支給された額を控除した額を支給し、かつ今後原告に支給されるべき宿日直手当の額もまた超過勤務手当等の額を下廻らないよう措置すべきことを、それぞれ勧告するよう被告に対し要求した。

三、これに対し、被告は昭和三三年三月一〇日付で右要求を棄却する旨の判定をなし、該判定書は同年同月三〇日頃原告に送達された。

四、しかしながら、右判定は左の理由により違法である。

(一)  原告は高等学校の教諭であるから、原告の職務は生徒の教育を掌ることにある(学校教育法第五一条、第二八条第四項)。しかるに宿日直勤務は「正規の勤務時間外ならびに休日に、本来の勤務に従事しないで行う、庁舎設備、備品書類等の保全、外部との連絡、文書の収受および庁舎の監視を目的とする勤務」であるから、原告の職務外のものである。

明治憲法下の官吏が無定量の忠実義務を課せられていたのに対し今日における公務員の職務上の義務の範囲は法令により明定されねばならないところ、宿日直勤務が教諭の職務に含まれる旨規定したものと解しうる法令は存しない。宿日直勤務は学校という営造物の物的設備の管理保全を目的とするものであるが、かような物的設備の管理保全は教育という仕事とはなんら関係のないものであつて、法はかかる施設の管理者を教諭以外の者に定めている。すなわちその管理者は教育委員会であり、右管理保全に関する事務をその一内容とする校務は校長が掌る旨法定されているのである。

このように教諭はなんら物的施設の管理者ではないのにもかゝわらず、教諭に対し、夜間宿直をなすべき職務上の義務があるとなし、また宿直の際たまたま起つた校舎の焼失についての責任を追求するが如きことは暴論である。それは、たとえば、裁判官がその職務である裁判をなすためにはその用に供される法廷庁舎等の物的設備を管理保全することもまたその一環の業務であり従つて裁判官に宿日直をなすべき職務上の義務があるものとなし、夜間事故が起つた場合について当該裁判官の責任が追求されるべきであると論結するにひとしく、間違つた見解である。

以上のとおり宿日直勤務は、教諭たる原告の職務に属しない。

(二)  公立学校の教員である原告は地方公務員としての身分を有する(教育公務員特例法第二条)から、原告の勤務条件については原則として労働基準法の適用がある(地方公務員法第五八条)。

(1) 従つて原告の時間外、休日労働について労働基準法(以下法という)第三二条、第四〇条、第三五条の適用を除外するためには、法第三六条により原告の職場の労働者との書面による協定をなしこれを行政官庁に届け出ることを要する。

(2) もつとも法第四一条第三号は監視または断続的労働に従事する者で使用者が行政官庁の許可を受けた者について右各規定の適用を除外しているけれども、こゝにいわゆる監視または断続的労働に従事する者とは本務としてそのような労働に従事する者を指すこと左記(イ)ないし(ニ)のとおりであるから、宿日直勤務をその本務としない原告に対し右第三号を適用しえないことは明らかである。

(イ) 法第四一条の規定の仕方からも、同条各号に規定されている者はいずれも本務がそのような者であるとしか読めない。このことは同条第一、二号について明らかであるが、同条第三号についても同様であり、本務が別にあり附随的職務として監視または断続的労働に従事する者までも含む趣旨の規定であると読みとることは到底できない。

(ロ) 本条は「工業的企業における労働時間を一日八時間、一週四八時間に制限する条約」(一号)その他の国際条約を参照して設けられたものと考えられるが、右一号条約第六条は「本質上間歇的な作業に従事するある種の労働者」につき労働時間についての例外規定を各国が定めうるとしており、こゝでいう「間歇的」とは、業務自体の性質上間歇的に行われざるを得ないもののみを意味しているものと解されている。そしてかような国際条約は憲法第九八条第二項によりすくなくとも国内法の解釈にあたつて尊重されなければならない。

(ハ) かりに本条第三号に規定される者はそこに記されている労働に本務として従事している者に限られないと解釈すると、それは実質的にも不合理な結果を招来することになる。たとえば鉄道踏切番は一日交通量十往復位の限度のものについて右第三号に該当する業務であるとされている(昭二二・九・一三発基第一七号)ところ、鉄道会社職員について本号の許可が与えられた場合右職員に対する前記各規定の全面的適用除外が認められることになるから、同職員は昼休みの一時間の休憩時間中にでも、会社から昼休みに踏切番をなすよう命じられれば、これに従事しなければならないこととなる。その結果法第三四条第三項が休憩時間の自由利用を命じている意義は全く失われてしまう。同じことは法第三二条、第三五条についてもいうことができ、労働者の福祉のためにこれらの規定の置かれた趣旨が潜脱される結果となる。

(ニ) 以上の主張は労働基準局関係の行政解釈においても認められているものというべきである。

昭和二二・九・一三発基第一七号は「監視に従事する者は、原則として、一定部署にあつて監視するのを本来の業務とし常態として身体または精神緊張の少いものの意であり、……」、「断続的労働に従事する者とは、休憩時間は少いが手待時間が多い者の意であり……」とし、これらに該当する職業として具体的に、前者につき火の番、門番、守衛、水路番、メーター監視等を、後者につき修繕夫、貨物の積卸に従事する者、寄宿舎の賄人、鉄道踏切番等を例示しているが、これらの例もまたすべて本務として監視または断続的労働に従事する者である。

昭二八・二・一三基収第六三一一号は、本条第三号の断続的労働に従事する者の勤務は、「常態として断続的労働に従事する者」のそれを指すのであるから、「設問の如く、断続労働と通常の労働とが反覆するような場合には、常態として断続的労働に従事する者には該当しない」ものというべく、本号の許可をすべき限りではない旨回答している。

昭二三・五・一四基発第七六九号は、「小学校の小使の如く昼間は通常の労働に服し、夜間は引続いて常直し断続的労働と認められる際に夜間のみ断続的労働とみなしてよいか。」との問に対し「学校の小使は、通常本条第三号に該当する場合が多い」とし、かつ、「夜間のみを断続的労働として取扱うことはできない」とする旨の答を与えている。

(3) さらに労働基準法施行規則(以下規則という)第二三条には、「使用者は、宿直又は日直の勤務で断続的な業務について、様式第十号によつて、所轄労働基準監督署長の許可を受けた場合は、これに従事する労働者を、法第三十二条の規定にかかわらず、使用することができる」と規定されているが、同条は、左記(イ)ないし(ト)のとおり、労働基準法にもとづかない独自の規定であり労働者の勤務条件を施行規則で設定したものにほかならないから、労働条件の基準を法律で定めることを要求する憲法第二七条第二項に違反し無効である。

(イ) 法第四一条第三号は監視または断続的労働に従事することを本務とする者についての規定である。しかるに、規則第二三条は本務外に宿日直勤務を監視または断続的労働として許容する根拠を作る規定である。従つて規則第二三条は法第四一条にもとづかない規定である。

(ロ) 法第四一条第三号にもとづく許可の手続は、規則第三四条に規定されている。同条は「法第四十一条第三号の規定による許可は、……」と規定され、法第四一条第三号の手続規定であることが明らかである。従つて同条同号の手続規定として規則第三四条のほかに別個の規則第二三条を置く必要はないわけであり、規則第二三条は法にもとづかない独自の規定といわざるをえない。同条が規則第三四条と異なり、法第四一条第三号に触れていないのはそのためである。

(ハ) また規則第三四条の「……許可は、…受けなければならない。」という規定の仕方からみても、同条が法第四一条第三号の単なる手続規定であることは明白であるのに反し、規則第二三条は、「……許可を受けた場合は、…使用することができる。」と規定されている文理よりみても、単なる手続規定ではなくして、法に規定がないのに当該労働者を使用しうる場合を新たに創設している規定であるということが読みとられるのである。

(ニ) 規則第二三条が労働時間に関する条項の置かれている中に規定されているのに対し、規則第三四条は労働時間および休憩に関する条項の後に規定されていて、法第四一条が労働時間、休憩および休日等に関する諸条項の後に規定されているのに対応する位置を規則中に占めている。かような規定の位置からしても、規則第二三条を法第四一条第三号にもとづく規則とみなすことはできない。

(ホ) 規則第二三条は法第三二条の例外規定としてのみ規定され、法第三四条、第三五条等の例外をも規定するものではない。そして昭二二・九・一三発基第一七号は、規則第二三条によつて日直宿直勤務の許可を受けた場合には法第三五条の休日の適用を排除しないとしていた。これも規則第二三条が独自の規定であることの根拠である。

(ヘ) 労働基準局の見解においては、規則第二三条による宿日直の許可基準につき、「原則として通常の労働の継続は許可せず、定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態発生の準備等を目的とするものに限つて許可すること。」(昭二二・九・一三発基第一七号)とされて宿日直が本務でないとされ、かつ、同条の許可と宿日直の行われる頻度およびこれに対する手当との間に相関関係が持たされている。ところで、この相関関係とりわけ右許可と手当との間に相関関係をもたせるのは、法第四一条第三号とは無関係であつてこのことは規則第二三条が同条同号とかかわりのないことを示すものにほかならない。

(ト) 実質的にみても、日直、宿直は生理的心理的に労働者の重い負担となつている。たとえば女子教員が休日に家庭を外にして日直勤務に服する場合を考えてみよう。彼女にとつては、生徒に教える日常の勤務よりも、休日に家庭を離れて建物の管理、電話の収受、定時的巡視その他数多くの雑用の処理等をなす日直勤務の方が辛いことが多い。このように規則第二三条によつて、本務のほかに相当過重な労働が押しつけられることになる。その結果、労働基準法が労働時間、休憩、休日について規定を設け労働者を保護しようとした目的に反する事態になつている。このことは、宿日直が、つまり規則第二三条が、法第四一条第三号の予定するものではないことを示している。

(4) もつとも宿日直勤務の労働量が過度にわたらない限り、規則第二三条にもとづき該勤務をさせることができるとする裁判例がある。

ところで静岡県下の県立高等学校における宿日直勤務の実態は次のとおりである。

(各教員に対する宿日直の決定)

各学校では職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例(昭和二八年三月二四日条例第三二号)第九条および静岡県立学校管理規則(昭和三二年三月五日教育委員会規則第一号)第一八条にもとづくとして、宿日直に関して独自の内規を作成している。

各学校では、これにもとづいて、毎月その翌月分の宿日直割当確認簿または割当表を作成公表することによつて各教員に対し同人が翌月中に勤務すべき具体的な宿日直命令を出している。

(勤務時間)

休日の日直は午前八時から午後五時まで、土曜半日直は午後零時三〇分から午後五時まで、宿直は各日とも午後五時から翌日の午前八時までである。学校によつては、午後五時から午後六時までを日直としこれを女子教員にも割当てることが行われている。

(服務者)

各学校の教員がその学校の宿日直を担当する。

土曜半日直は男女平等に割当てる学校が多く、日曜日直は女子のみに割当てる学校が多い。宿直は男子だけに割当てられる。

校長が服務する学校は一校もなく、多くの学校では教頭、主事も服務していない。

(回数)

具体的には各学校の教員数、男女の構成によつて異なる。分校等で教員数がすくなく、しかも女子教員の比率が高い場合には、宿直回数が著しく多くなり、五日に一度という例もある。

(宿日直施設)

宿直は、主として、六畳ないし八畳の宿直室―宿直室は現在ではほゞ各学校に設けられている―において勤務される。

宿直室は、学校が教室中心に設計建設されるため、日当り通風冷暖房等の考慮を欠き、家具装飾などなく、単に寝泊りできるだけの殺風景な部屋であつて、快適な還境に在るとはいえない。蒲団は一組多くて二組置かれているだけであり、しかもそれは古い煎餠蒲団でありシーツ枕カバーもおざなりであつて、極めて非衛生的である。

学校に休養室更衣室がない場合には、宿直室がこれに兼用されている。電話が宿直室にない場合が多く、早朝深夜に度々起きて電話の付設されてある職員室まで行かねばならない。

日直は主として事務室で行われるが、そこは疲労度のすくない快的な場所であるとはいえない。

(勤務内容)

具体的な事項を例示すると、次のとおりである。

宿日直誌への記入、宿日直誌その他必要物品の引継

文書、電話、荷物の受取り、受取つたものの適切な処理

来訪者の応待、その用件の適切な処理

校舎運動場その他の貸与の事務

校内の巡視

校内の取締り―登校生徒の掌握、校内の防火設備戸締りの点検、校舎等の不許可使用の排除等

その他、宿日直時間中に発生した学校に関する一切の事務および緊急事態に対する処置

これらのため、生徒父兄との連絡等雑用が相当多く、生徒やその家族に事故災害があつて徹夜で勤務する場合もある。

定時制が併設されている場合には、生徒が午後一〇時近くまで残留するので、生徒への教育的処置や電話連絡等のことで仕事の密度は大変に高い。

勤務時間中勤務場所から離れることができず、食事風呂など自由にとれない。校長は宿日直勤務についてもこれを勤務評定の対象にするという。宿直が確実に行われているか否かを電話等で調査することがあり、自由が著しく制限されている。

自宅でなければ十分に睡眠できない人もあり、蒲団その他の設備が非衛生、不十分で、そのうえ、宿直勤務についての精神的肉体的負担は相当重く、疲労のため宿直明けの翌日の勤務に支障を来たす人もすくなくない。

病弱者にとつては、宿日直は強度の負担であり、代替者の見つからぬ場合軽度の病気には無理をおして勤務し病状を悪化させることがある。

祝祭日の場合、家庭の私的行事の場合等における私的必要が宿日直によつて犠牲にされる。

押し売り酔漢等の相手もしなければならない場合があり、また夜間の見廻りはかなりの危険を伴う。

かように、宿日直勤務は単に学校内で休養をとるをいうものではない。設備は不十分で休養自体が完全にとれないうえ積極的に幾多の肉体的精神的疲労を伴う労働を要求されているのである。

以上が静岡県下一円の県立高等学校に共通する宿日直勤務の実情であるが、原告の勤務する富士高等学校における本件措置要求当時の宿日直の状態も、次のような特異点が算えられるほか、これと大差はなかつた。

(イ) 校内の宿日直規定は、本件係争後である昭和三二年一一月二〇日に改正された。

(ロ) 宿直室は生徒会室を兼ねており生徒の出入りが多いため、宿直員は宿直室に居て解放された気分になることができず、生徒が下校してしまうまで緊張感から解放されなかつた。宿直室は古く暗く、冬の暖房は火鉢程度で非常に寒く、夏は暑かつた。蒲団は古く、シーツは汚れていた。

(ハ) 宿日直勤務の各教員への割当は事務長が行い、割当てられた者が各自確認印を押捺し、割当表は職員室の黒板に掲示された。校長教頭は右勤務を免除されていた。

平日(平日日直)と休日(休日日直)の日直は、宿直者が引続いて勤めたので、二四時間勤務となつた。

宿日直勤務簿には巡視時刻、巡視の注意点、巡視路等の記載があり、巡視のたびに巡視の時間と巡視の注意点との記入が行われた。巡視は屋外まで行われることになつていた。

上記のとおり原告ら教員の宿日直勤務の実態はその頻度、設備、勤務内容等いずれの点からみても極めて過度な疲労を伴うものであるから、仮に前記裁判例の見解によるとしても、規則第二三条によつて右のような宿日直勤務をさせることは許されないということになる。

(三)  以上のように、宿日直勤務は、原告の教諭としての職務のうちに含まれず(前記(一))、また原告の勤務条件を規整すべき労働基準法よりみても宿日直勤務を原告に無条件で義務づける法律上の根拠がない(前記(二)(1)ないし(4))のであるから、「任命権者は、職員に対し宿直勤務又は日直勤務を命ずることができる。」と規定する前記静岡県条例第九条もまた無効であり、従つて原告に宿日直勤務をさせるためには、原告のこれに応ずる意思を必要とする。

なお附言するならば、このことは教育公務員特例法第二一条の解釈によつても明らかである。宿日直勤務は同条にいわゆる「教育に関する他の事務」にあたるわけであるが、この事務に教育公務員が従事することは、任命権者においてそれが本務の遂行に支障がないと認める場合に特に許される趣旨であることが同条の規定上明白である。従つてこの規定によつても、教育公務員において本務外の教育に関する他の事務すなわち宿日直に従事することが許容されるためには、第一次的には本人にその希望があること、第二次的には任命権者においてそれが本務に支障を及ぼさないものと認めることをその前提要件としていることが明らかである。

そこで原告は、原告の応諾を待つて始めて宿日直勤務をさせるよう措置すべきことを勧告すべき旨被告に要求した。

なお仮に規則第二三条の違憲性を問わないとした場合、同条によつて原告に宿日直勤務をさせるためには被告の許可を必要とするものというべきところ、右許可は右勤務内容が昭二二・九・一三発基第一七号昭二三・四・一七基収第一〇七七号に示される基準を下廻らない場合に限つて与えられるべきである。そこで原告の応諾の存することのほかに、宿日直勤務の内容が右基準を下廻らずかつ右許可のあるときに限り、原告に宿日直勤務をさせるよう措置すべきことを勧告すべき旨被告にあわせ要求した。

しかるに被告は本件判定において職務命令で原告に宿日直勤務を命じうるという誤つた判断のもとに右各要求を棄却したのであるから、右判定のうちこの棄却部分は違法である。

(四)(1)  次に宿日直手当についてであるが、原告がすでになした前記宿日直勤務に対しては、昭和二九年四月一日以降宿日直とも一回につき金二五〇円、翌三〇年四月一日以降宿直一回につき金一八〇円日直一回につき金二三〇円の割合による金員が宿日直手当として、他の教員に対すると同様一律に支給されて来た。そしてこの支給の根拠としては、地方公務員法第二五条第一項、第二四条第六項にもとづき静岡県において昭和三一年一〇月一日から施行されるに至つたところの、静岡県教職員の給与に関する条例(昭和三一年九月二八日条例第五二号)第一九条第一項「宿直勤務又は日直勤務を命ぜられた職員には、その勤務一回につき、三六〇円をこえない範囲内において任命権者が人事委員会の承認を得て定める額を宿日直手当として支給する。」同附則第二項「この条例施行の際までに、任命権者によつてなされた給与に関する決定その他の手続は、この条例に基いてなされたものとみなす。」が挙げられる。他面、本件措置要求のなされた後に、原告の勤務する静岡県立富士高等学校長加藤周一郎より昭和三二年二月一九日付「断続的な宿直又は日直勤務許可申請書」をもつてなされた同校における宿日直勤務許可申請に対し、被告は同年三月七日静岡県人事委員会指令第二一号をもつて規則第二三条所定の許可を与えるとともに、右許可以前における原告ら教員の宿日直勤務の内容は許可以後におけるそれと同様労働密度の薄いものであるとなし、右許可のなされなかつたことの一事をもつて直ちに宿日直勤務を形式的に超過勤務等として取扱うことは妥当ではないとの見解をとつている。

しかしながら、仮に規則第二三条が適法であるとしても原告に課せられる宿日直勤務は被告の主張と異なり前記(二)(4)のような過重な労働であるから同条所定の行政官庁―本件にあつては被告(地方公務員法第五八条第三項)―が許可すべき場合に該当しないものであること既述のとおりであつて、この苛酷な労働を要する勤務の実態と右許可すらも得ることなくして原告に右勤務を余儀なくせしめたという違法性とをあわせ考慮するとき、右許可以前に原告のなした前記宿直勤務に対しては、従前の行政慣例(昭二三・四・二二基収第一〇三九号参照)にもとづき、超過勤務手当等に相応する額の手当が原告に支給されるべきである。従つて右の額から現に宿日直手当として支給された額を控除した残余の額が原告に支給されるのが当然である。

(2)  右の(1)において原告の主張したところは、前記の静岡県教職員の給与に関する条例の制定施行にかゝわりなく、その施行期日の前後を通じて妥当するものであるが、さらに右条例との関連において以下の事実が考慮されるべきである。

(a) 地方公務員法第二五条第一項第二四条第六項により地方公務員の給与は条例にもとづいて支給されなければならずまたこれにもとづかずにはいかなる支給も許されないという給与法定主義がとられているところ、静岡県の教職員について右に規定する条例がはじめて施行されたのは既述のとおり昭和三一年一〇月一日以降であるから、同日より前の宿日直手当についていかなる取扱がなされたかについて検討する必要がある。

(イ) 地方公務員法(昭和二五年法律第二六一号)第二五条の規定が施行されたのは昭和二六年二月一三日である(同法附則第一項)。同日以降昭和三一年九月末日までは同条第一項同法第二四条第六項による条例が存在していなかつた。そこで、その間の経過規定として同法附則第六項が定められ、条例が施行されるまでは、職員の給与等に関する事項につき、「なお、従前の例による」とされた。

そこで「従前の例」は何かが次に問題になる。

(ロ) 教職員は戦前官吏とされていたが、終戦後の昭和二四年一月一二日公布施行された教育公務員特例法(昭和二四年法律第一号)第三条によりはじめて地方公務員とされ、かつ、同法第三三条による同法施行令(昭和二四年政令第六号)第一一条により、「公立学校の教育公務員の給与については国立学校の教育公務員の例による」とされた。そしてそれは、前記の附則第六項が制定されたときも依然として同様であつたから、結局「従前の例」とは教育公務員特例法により地方公務員となつた公立学校の教員も、給与についてはその以前と同様国家公務員である教員と同様の取扱がなされることとなつていることを指すのである。

(ハ) そこで、次に当時の国家公務員たる教員の給与がどうなつていたかが問題になる。

右給与は昭和二四年一月一日から施行された「政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律」(昭和二三年法律第二六五号)により支給されていたのであるが、この法律では宿日直手当というものの規定がなく、国立学校の教員の宿日直勤務に対しては宿日直手当ではなく超過勤務手当が支給されていた(昭和二四年二月七日給本甲第二四号「政府職員の新給与実施に関する法律の解釈及び運用方針について」参照)。

(ニ) その後国立学校の教員について宿日直手当の制度が設けられた。それは、昭和二七年一二月二五日公布施行され附則第二項により翌二八年一月一日から適用された「一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律」(昭和二七年法律第三二四号)第一九条の二およびこれと同時に適用された人事院規則九―一五がそれであり、そこではじめて国家公務員の宿日直手当の額が一回につき金三六〇円となつた。

(ホ) 以上によつて明らかなとおり、昭和三一年九月三〇日以前における静岡県下の公立学校の教員のなした宿日直勤務に対する手当は結局国立学校の教員のそれと同一の取扱がなされるべきものとされ昭和二七年一二月三一日までは超過勤務手当相当額が、昭和二八年一月一日以降は一回につき金三六〇円が支給されるべきものであつた。

(b) 次に昭和三一年一〇月一日以降は前記条例第一九条により宿日直手当が支給されることとなつた。しかしその金額は(四)(1)冒頭記載のとおりであつて、国家公務員に支給される宿日直手当の額である一回金三六〇円を下廻つている。

このことは、同日より前までは公立学校の教員の宿日直手当の額が国家公務員のそれと同一に取扱われるべきであつたことからみても、地方公務員法第二四条第三項に違反し、違法なものであることが明らかである。

さらにまた右の事は昭和二六年六月一六日公布施行された「教育公務員特例法の一部を改正する法律」(昭和二六年法律第二四一号)によつてあらたに設けられた第二五条の五にも違反する。けだし同条は、地方公務員法第二五条第一項により公立学校の教育公務員の給与条例を作成する場合には給与の種類およびその額について国立学校の教育公務員のそれを基準にして決定しなければならないことを規定したものであるところ、静岡県においては公立学校の教員の宿日直勤務に対し国立学校の教員の宿日直手当額を下廻わる額の手当を支給する取扱をしているからである。

(3)  なお今後なされるべき宿日直の手当についてであるが、前記許可は与えられているものの、前記条例第一九条第一項により一律に三六〇円の範囲内の金額を支給すべきものとなしうる合理的根拠はない。むしろ前段に述べたところと同様の理由により、原告が特になすべき宿日直勤務に対してもまた超過勤務手当等の額を下廻らない額がその対価として支給されるべきである。

しかるに被告は宿日直手当の額はその勤務の実体からみて超過勤務手当等の額を下廻つても差支えないものとなし、かつ、昭和三二年一二月に静岡県議会議長および知事に提出した「職員の給与に関する報告並びに意見」の中で現行宿日直手当の増額方を要望し不日これが実現を期待するが故に今直ちにその勧告をなすことは差控えるのが適当であるとなしている。なお宿日直手当の額が後記第三、三、(2)末段のように推移していることもまた被告主張のとおりである。

しかし右の「報告並びに意見」書において被告は「県職員の宿日直手当は国家公務員と同様の額が支給されていたが、昭和三十年四月に減額措置がとられたので、現行の額は国家公務員より相当低額となつており、又他の都道府県職員の手当額に比べ若干低位にある」と述べ、「宿日直手当については国家公務員に比し低額であるが、他の都道府県職員との均衡を考慮し、これが増額について配慮を要望する」というのみである。この報告並びに意見は地方公務員法第八条、第二六条にもとづきなされたものであるが、同法によれば被告はかゝる場合適当な勧告をなす権限を有しているにもかゝわらずなんらそれをなしていない。しかも右書面中の説明資料によれば、原告ら教員の当時における宿日直手当は、左の通り同じ静岡県内の他の公務員と比較して最も低額であるのみならず、他府県と比較しても東京、神奈川の半額であり、他の一道一六県よりも九〇円ないし二〇円低く、原告ら教員と同額のところは僅か五県、より低いものは二県にすぎないことが明らかであつて、かように不平等で低額な宿日直手当の支給は同法第一三条、第一四条に違反していること一見明白である。

区分    宿直手当額 日直手当額

一般職員   二〇〇円  二五〇円

教員     一八〇円  二三〇円

警察官    二〇〇円  二五〇円

国家公務員  三六〇円  三六〇円

(4)  以上の次第で、原告は、前記二、(ニ)のように、超過勤務手当等から宿日直手当として支給ずみの額を差引いた残額を支給し、かつ今後の宿日直手当額をすくなくとも超過勤務手当等の額より下廻らない程度にまで増額するよう措置すべきことを勧告すべき旨被告に要求した。

しかるに被告は本件判定において右(1)、(3)中に述べたような理由のもとに右各措置要求を棄却した。宿日直手当の額についての判断に被告の裁量行為が含まれるとしても、右のような誤つた理由をもつて右各要求を排斥することは裁量権の範囲を全く無視するものであつて、本件判定のうち、右棄却部分もまた違法である。

五、よつて原告は原告の各措置要求を棄却した被告の判定の取消を求める。

第三、被告の答弁

一、原告主張の請求原因事実中

前記一ないし三の各事実

前記四(一)のうち、原告の職務が生徒の教育を掌るにあること、原告の宿日直勤務がその主張のようなことを目的とする勤務であること

(二) 冒頭の事実

(四)(1)前段の事実、(3)第二段の事実、同第三段のうち原告主張の書面にその主張のような各記載のあること

はいずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。

二、前記四(一)ないし(三)の主張に対して。

(1)  高等学校の教諭たる原告の職務が生徒の教育を掌ることにあることは原告の主張するとおりである。また原告の行うべき宿日直勤務が、右四、(一)冒頭に記載されたような勤務であること―このことは職員の給与に関する規則(昭和三二年九月一四日人事委員会規則七―二五)第二九条に規定されている―も原告主張のとおりである。従つて宿日直勤務が教諭の本来の勤務でないことは明らかである。

しかし、だからといつてこれをもつて直ちに宿日直勤務は教論の職務外のものであると結論するのは当らない。けだし、教諭の職務は生徒の教育を掌るという本来の勤務のほかになお教育目的遂行のための補助的な勤務をも含むものと解するのが相当であるところ、元来学校は人的および物的施設を含めて教育目的を達するための営造物であり、従つて生徒を教育することと直接教育の用に供される物的設備を管理保全することとは密接な関係にあるものであるから、宿日直勤務は教育業務を遂行するための一環の業務として教諭の職務に含まれる補助的な勤務であると解すべきものだからである。もとよりこの宿日直勤務は通常の時間外に勤務するのであるから、それに対しては別に相当な対価が支払われなければならないことは当然であるが、このことは職務の性質に消長を来たすものではない。

(2)  法第四一条第三号は、「監視又は断続的労働に従事する者」というのであつて、あえて「専門的に」右労働に従事する者に限る趣旨ではないから、原告にも当然適用されるべきである。

また規則第二三条は、法第四一条第三号にもとづき宿直または日直の勤務で、断続的な業務に従事させる場合の手続を定めているものであつて、法律によらない独自の規定ではないのであるから、憲法第二七条第二項に違反するいわれはない。

(3)  以上(1)(2)のことを前提として定められた職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例第九条は有効であり、従つて同条により原告に対して宿日直勤務を命ずることはもとより適法である。

三、前記四(四)の主張に対して。

(1)  原告に宿日直勤務を命ずるには法第四一条第三号規則第二三条によりあらかじめ行政官庁の許可を受けることを要する。しかるに原告の勤務する静岡県立富士高等学校においては同校校長加藤周一郎から昭和三二年二月一九日付をもつてはじめて原告主張の申請書が提出され、原告主張の日その主張のような許可が与えられているのであつて、原告がすでに行つた宿日直勤務について当時行政官庁の許可を受けていなかつたことは原告主張のとおりである。

ところで労働基準法上宿日直勤務を命ずる場合に行政官庁の許可を要するとした主旨は、名目は宿日直であつても実際は本来の業務の延長であつたり、勤務の形態が断続的労働であつてもその内容が苛酷であつたりすることを防止することにあると解される。一方、人事院規則九―一五第一条および職員の給与に関する規則第二九条は、宿日直勤務について原告自から主張するとおりの定めをなし、もつて労働基準法上の断続的労働に即応させるための宿日直勤務の内容範囲を限定し、この限定した範囲の業務を行つた場合だけを制度上いわゆる宿日直勤務であるとしている。そして原告ら教員が行つた現実の宿日直勤務の態様をみると、それは、原告の主張とは異なり、いずれも校舎教室等の定時的巡視が概ね三回程度で、その他は緊急文書の収受、電話外来者との応接など比較的手待時間の多い業務であり、その内容は労働基準法上の断続的労働および右規則第二九条に規定される宿日直勤務に相当し、その勤務の実体は本来の勤務の延長である超過勤務等とは本質的に異つたものである。従つて、行政官庁の許可を受けないで宿日直勤務をさせたことは労働基準法上の手続を欠く行為であるとはいえ、本質的には現在許可をえて行われている宿日直勤務とその内容を異にするものではない事実にかんがみ、許可を受ける手続を怠つたことの一事をもつて直ちに宿日直勤務を形式的に超過勤務等として取扱うことは必ずしも妥当なものとはいえない。

なお宿日直施設の不満については本件判定の範囲外の事柄であつて、地方公務員の勤務条件として別に考えられるべきものである。

そこで原告のなした宿日直勤務に対しそれに相応する超過勤務手当等からすでに宿日直手当として支給された金額を控除した残額が支給されるべきである旨の原告の主張は否定されるべきである。

(2)  宿日直手当については、さきに原告の述べているとおり、静岡県教職員の給与に関する条例第一九条第一項同附則第二項にもとづきその支給がなされているところ、宿日直勤務の実体が本来の勤務の延長である超過勤務等とは本質的に異なり庁舎設備書類等の保全文書の収受等を目的とする断続的労働であつて比較的手待時間の多い業務であること上述のとおりであるから、これらの勤務に対する手当は給与決定の原則からみて超過勤務手当等の額を下廻つても差支えない。

さらに本件措置要求のなされた昭和三二年二月当時の宿日直手当額については、被告委員会は同年一二月県議会議長および知事に提出した「職員の給与に関する報告並びに意見」の中でその増額方を配慮すべきものである旨を要望していたので、不日その実現することを期待し、当時直ちにその勧告をなすことは差控えるのが適当であると考えたのである。

なお宿日直手当の額の推移をみると、次のとおりであつて、他の公務員らの宿日直手当の中には、当時原告ら教員のそれより高額のものがあつたものの、現在においてはそれらと同額である。

従つて既往の右状態をもつて宿日直手当増額方措置要求の理由となすことは許されない。

昭和二八年度は国家公務員と同様に宿日直とも一回につき金三六〇円の手当が支給されたけれども、昭和二九年四月からは財政的理由により両手当とも金二五〇円に、さらに昭和三〇年四月からは宿直手当金一八〇円、日直手当金二三〇円に減額された。その後昭和三三年四月から宿直金二〇〇円、日直金二五〇円に、昭和三四年四月からは宿直金二一〇円、日直金二六〇円にさらに昭和三六年四月からは宿直金二三〇円、日直金二八〇円にその各手当(以上いずれも一回分につき)が増額されたが、昭和三六年一〇月三日附をもつて被告委員会は任命権者に対し「職員の宿日直手当は勤務一回につき金三六〇円を支給すること」を勧告し、昭和三七年四月からは宿日直手当の額は国家公務員と同様に一回につき金三六〇円支給されているのである。

よつて宿日直手当増額方の措置要求も排斥されるべきである。

四、以上のとおり本件判定は違法ではないから、これが取消を求める原告の本訴請求は失当である。

第四、被告の補助参加人の主張

甲  静岡県の県立学校教職員の宿日直手当の額は、原告の主張と異なり、教育公務員特例法第二五条の五の規定により、国立学校の教育公務員の給与の種類および金額を基準として、被告補助参加人静岡県教育委員会が、条例の委任により、条例未制定の間はその本来の権限により、決定すべきものである。以下関係法令の変遷をたどりつつ原告の主張の誤りを指摘する。

(一)  公立学校の学長、校長、教員および部局長(以下地方教育公務員という)は、昭和二四年一月一二日施行された教育公務員特例法第三条により地方公務員となつたが、それまでは国家公務員の身分を有していた。

そして同法第三三条には、「この法律若しくはこれに基く命令又は他の法律に特別の定があるものを除くほか、公立学校の学長、校長、教員及び部局長について必要があるときは、別に地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでの間は、政令で特別の定をすることができる。」と規定され、同条にもとづく同法施行令第一一条には、「公立学校の教育公務員の給与については、国立学校の教育公務員の例による。但し、政府職員の特殊勤務手当に関する政令(昭和二三年政令第三二三号)に規定する公立学校職員の特殊勤務手当については、なお従前の例による。」と規定された。

ところで当時国立学校の教育公務員の給与については、「政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律」(昭和二三年法律第二六五号)によつて一部改正された「政府職員の新給与実施に関する法律」(昭和二三年法律第四六号)が適用されていたが、同法第一条に規定された給与の種類は「俸給、扶養手当、勤務地手当、特殊勤務手当、超過勤務手当、休日給および夜勤手当」であつて、宿日直手当は廃止されていた。すなわち、国立学校の教育公務員の宿日直勤務に対しては、宿日直手当ではなくして超過勤務手当(現在の時間外勤務手当)が支給された(昭和二四年二月七日給本甲第二四号「政府職員の新給与実施に関する法律の解釈及び運用方針について」参照)。同法は昭和二四年一月一日から施行されていた(同法第三二条)のであるから、教育公務員特例法の施行により地方教育公務員の身分の切替えが行なわれた同年同月一二日当時において国立学校の教育公務員の給与にはそもそも宿日直手当という制度がなかつたのである。

その後昭和二八年一月一日から適用された「一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律」(昭和二七年法律第三二四号第五条第一項および第一九条の二によつて、あらたに国立学校の教育公務員について宿日直手当が設けられたのである。

以上のような各法規の制定実施関係は原告においてもまた指摘するところであるけれども、右のような法律の変遷をみるならば、次のように論結するほかはない。すなわち、教育公務員特例法第三三条および同法施行令第一一条の各規定により地方教育公務員の宿日直手当が「国立学校の教育公務員の例による」としても、同法および同法施行令が制定施行された昭和二四年当時にはそもそも国立学校の教育公務員には宿日直手当というものがなかつたのであるから昭和二四年一月一二日から昭和二七年一二月三一日までの間においては、地方教育公務員に対する宿日直手当は、国立学校の教育公務員の宿日直勤務に対して支給される超過勤務手当に準拠して都道府県教育委員会がその本来の権限にもとづき決定するほかはなかつたわけである(旧教育委員会法(昭和二三年法律第一七〇号)第四条参照)。

(二)  これにさきだつて、「学校教育法及び義務教育費国庫負担法の一部を改正する法律」(昭和二三年法律第一三三号)が昭和二三年七月一〇日から施行され、同年四月一日に遡つて適用された(同法附則)。同法第二条の規定により、旧義務教育費国庫負担法」(昭和一五年法律第二二号)第一条第一項に「政令ヲ以テ定ムル日直及宿直ニ関スル手当」という文言が挿入された結果、地方教育公務員の他の給与と同様にその宿日直手当についても、その半額を国庫が負担することとなつた。そして(旧)「義務教育費国庫負担法施行令(昭和二四年政令第九〇号)第四条には法第一条第二項の給与のうち「日直及び宿直に関する手当の額は国家公務員の例に準じて文部大臣が大蔵大臣と協議して定めた額」と規定され、この規定は昭和二三年四月一日(この日から義務教育費が県費負担となつた)に遡つて適用された(同施行令附則)。

右の「義務教育費国庫負担法」は義務教育に従事する地方教育公務員に対して支給される給与が国庫と地方公共団体とによつて半額づつ負担されることを定めた法律であり、その直接の目的は教育費の負担割合を定めることにあるけれども、同時にまた同法第一条同法施行令第四条は(一)冒頭掲記の教育公務員特例法第三三条にいう「他の法律に特別の定がある」場合の「特別の定」に該当するものである主管官庁である文部省もこれと同様の行政解釈を示し、「義務教育費国庫負担法に基づく同法施行令(註、第四条)において、国家公務員の例に準じて、日直宿直手当の額を定めているから、これは教育公務員特例法第三三条の特例を定めたものと解することができる旨を各都道府県知事宛てに通達している(昭和二三年八月一六日発学第三五六号各都道府県知事宛文部省学校教育局長通達「義務教育に従事する職員の退職手当及び宿日直手当の支給について」、県知事宛文部省初等中学教育局長通達「義務教育費国庫負担法施行令第四条の給与の額について」、昭和二四年七月二〇日各都道府県教育委員会教育長宛文部省初等教育局庶務課長通達「公立学校教員の宿日直手当について」参照)。

そして義務教育費国庫負担法により地方公共団体が実際に支払つた教育費の二分の一を国庫において負担したのであるから、地方教育公務員の宿日直手当の額は各都道府県教育委員会が決定した金額(その基準となるものは文部大臣が大蔵大臣と協議して定める額であり、その具体的金額については後出戍(一)参照)によつたのであつて、このことが次項(三)に述べる地方公務員法附則第六項の「従前の例」に該当するのである。

従来の下級審裁判例(神戸地裁昭和三六年八月三日判決行政事件裁判例集一二巻八号一三四、浦和地裁昭和三七年九月一三日判決、同上例集一三巻九号一一六等)は、以上のような法令の推移を綿密に検討することを怠つた結果、いずれも「地方公務員法施行後給与に関する条例の施行までの間における公立小中学校の教育公務員に対する宿日直の支給は地方公務員法附則第六項により教育公務員特例法(昭和二六年法律第二四一号による改正前)第三三条および同法施行令(同年政令第二一九号による改正前)第一一条に基づき国立学校の教育公務員と同一に取り扱うべきものと解するを相当とする」と判示し、「国立学校の教育公務員と同一に一般職の職員の給与に関する法律第一九条の二人事院規則九―一五第二条により一回につき金三六〇円を支給すべきである」と判示結論している。

しかしながら、地方公務員法の施行は昭和二六年二月一三日からであるのに、「一般職の職員の給与に関する法律」の適用をみたのは翌々二八年一月一日からであるという一事を考えてみるだけで、地方公務員法附則第六項にいう「従前の例」が右判決の結論するようなものを意味すると解することのナンセンスであり失当であることは言をまたない。「従前の例による」とされたその内容は「昭和二六年二月一三日以前の例による」ものであり既述のとおり、当時は、国家公務員たる教育公務員について宿日直手当という制度は存在せず、一方地方公務員たる教育公務員について旧教育委員会法第四条および旧義務教育費国庫負担法により宿日直手当が存在しその額が各都道府県教育委員会の権限による決定に委ねられていたのである。

(三)  地方公務員法第二五条第一項第二四条第六項の施行された昭和二六年二月一三日当時において教育公務員特例法第三三条および同法施行令第一一条はいずれも効力を有していたが、同法附則第六項にいう「従前の例による」とは、前記(二)に述べたとおり、従前当該都道府県教育委員会で定めていた宿日直手当支給規程を踏襲することであると解釈するほかはない。

右施行後同年六月一六日公布施行された「教育公務員特例法の一部を改正する法律」によつて同法第三三条が削除され、あらたに同法第二五条の五が設けられ、かつ、この削除に伴い「教育公務員特例法施行令の一部を改正する政令」(昭和二六年政令第二一九号)により同法施行令第一一条が削除された。

他面地方公務員法第五七条は、地方教育公務員の職務と責任との特殊性にもとづいて同法に対する特例を必要とするものについては別に法律で定める旨規定し、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地方教育行政法という)第三五条は、教育公務員の給与服務等に関する事項はこの法律及び他の法律に特別の定がある場合を除き地方公務員法の定めるところによると規定する。

そこで教育公務員特例法第二五条の五の規定は、地方教育行政法第三五条にいう「他の法律に特別の定がある場合」に該当し、教職員の給与につき地方公務員法に優先して適用されることは明らかであり、従つて同法附則第六項が教育公務員特例法第二五条の五の経過規定であると解する余地はない。

また前段に述べたとおり同条と入れかえに削除されて失効した前記の法第三三条および施行令第一一条が現に効力を有すると解する余地はない。

さらに右の第二五条の五第一項は「公立学校の教育公務員の給与の種類及び額は、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類及び額を基準として定めるものとする。」と規定されているところ、同条新設当時においても「国立学校の教育公務員の給与の種類」のなかに「宿日直手当」は未だ存しなかつた。

なお地方公務員法は地方公務員の任免、給与、勤務条件等に関する一般法であり、教育公務員特例法の地方公務員に関する規定は特別法であり、また同法第二五条の五は地方公務員法中の関連規定の制定施行後に新設されたものである。従つて「特別法は一般法に優先する」、「新法は旧法に優先する」という法の効力の優先順位に関する基本原則よりみて、右の第二五条の五が地方公務員法附則第六項に優先する効力をもつことは、ただちに納得首肯されるところである。

原告は、給与条例が施行されるまでは、地方公務員法附則第六項の規定により教育公務員特例法第三三条同法施行令第一一条が適用される旨主張するが、その誤りであることは、以上の諸点から考えて明らかである。

乙  仮に百歩を譲り、原告主張のような法律関係が適用されると仮定しても、教育公務員特例法施行令第一一条の「国立学校の教育公務員の例による」という規定は、静岡県における原告の宿日直手当の額が国家公務員の給与に関する人事院規則により決定されるということを意味するものではない。

(一)  まず法令用語の「例による」とは、広く制度または法令の規定を包括的に他の同種の事項にあてはめることを意味する。施行令第一一条の法意は、地方教育公務員の給与を国の教育公務員の給与に準じ、各地方公共団体が実情に応じて適宜決定するという趣旨であつて、国の給与法規が直接地方教育公務員の給与に適用されることを規定するものではない。このことは、次の四点から明らかに知ることができる。

1 憲法第九二条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」と規定する。地方自治の本旨とは、民主主義の基本原則に則り、地方公共団体の行政は住民の意思に委ねて処理し、国はできるだけこれに干渉しないということである。従つてすべての法律は憲法第九二条に則つて解釈されなければならない(憲法第九八条)。そして地方自治法地方公務員法はじめ関係法律は地方自治の基本原則を規定するにとどまる。地方公務員の給与についてその金額を法律政令等で決定した例はない。そして、施行令第一一条を地方公務員たる教職員の宿日直手当のみについて人事院規則により全国画一的に決定する趣旨であると解釈するが如きは、地方自治の本旨に違反するものであり、かりに同条がそのような意味をもつものであるとすれば、それは憲法第九二条に違反する無効な法令であるというをはばからない。

2 施行令第一一条の規定自体からみても、わざわざ但書で「……特殊勤務手当については、なお従前の例による。」とことわり、その他の「給与については国立学校の教育公務員の例による」と書きわけていることが明らかである。

同条の規定により地方教育公務員に対する給与には国立学校に勤務する教育公務員の給与のほかに特殊勤務手当が加えられているわけで、この点のみを考えても両者の給与の一致しないことが明白である。

「なお従前の例による」というのはすでに失効した関係法令の規定がそのまゝ適用される場合に用いられる法律上の用語であるのにその他の給与には単に「例による」とされていることは、とりもなおさずその他の給与に関係法律がそのまゝ適用になる趣旨ではないことを明示するものにほかならない。

もし施行令第一一条が原告主張のような法意のものであるとするならば、同条が「例による」と「従前の例による」とを書きわける必要はない。さきに引用した裁判例もまたこの点を看過し、前述のような誤つた結論に到達しているものと認めうる。

3 義務教育費国庫負担法第二条同法施行令第四条の規定により、宿日直手当の額は、既述のとおり、国家公務員の例に準じて文部大臣が大蔵大臣と協議して定めた額であると定められていた。

4 教育公務員特例法第三三条に代わつて同法第二五条の五が設けられ、公立学校の教育公務員の給与の種類および額が国立学校の教育公務員のそれを基準として定められる旨同条に規定されたことも前述したとおりである。

(二)  地方自治法施行規程(昭和二二年政令第一九号)第五五条第二項には、「……都道府県の吏員の給料その他の給与については、地方自治法第二百四条第二項の規定にかかわらず、官吏の俸給その他の給与の例による」と規定されている。右条項は、教育公務員特例法施行令第一一条と同様、地方公務員法制定に至るまでの間の地方自治法に対する例外的暫定規定であるが、施行令第一一条中の「例による」の文言は施行規程第五五条第二項中の「例による」のそれとその法意が全く同一であることはいうをまたない。

この施行規程第五五条第二項の解釈につき注目すべき判決例(岐阜地方裁判所刑事第一合議部昭和二四年一〇月二九日判決)がある。それは、岐阜県知事が忠節橋という名の橋梁の竣工にあたり功労のあつた吏員の労をねぎらうために賞与を支出したところ、官吏の給与には賞与という科目がないからその支出は同条に抵触する違法なものであるとして知事他三名が背任罪容疑の下に起訴された刑事々件についてなされた判決である。右事案の争点の一は、規程第五五条第二項の「官吏の俸給その他の給与の例による」というのは、官吏の給与をそのまゝ適用するという強行規定であるのか、それとも官吏の給与を基準として地方公共団体ごとに決定すればよいという訓示規定であるのか、ということであつた。裁判所は立案者たる総理庁官房自治課長、人事院総裁、大蔵省給与局長および行政法学者等を証人として喚問し、その一致した見解に従い、右争点につき、右規程第五五条第二項は、「国家財政地方財政その他の人事の交流物価関係等諸般の客観的事情から官公吏の給与の一体性を図つた強行規定である」とする検察側の主張を排斥し、「当裁判所は、本規程は唯都道府県の吏員に対する給与について一応の基準を示したに過ぎない訓示的規程であると解するを相当とする」と判示している。

「例による」というのは、まさに右判決のいうとおりであつて本件における施行令第一一条の解釈についてもまた同様である。従つて、かりに同条が本事案に適用されるとしても、各都道府県は地方教育公務員の給与をば国立学校に勤務する教育公務員の給与の種類および金額(人事院規則九―一五もその根拠法規の一である)を一応の基準として決定すればよいのである。

丙  昭和二九年度から翌々三一年度までの宿日直手当の額は低すぎる旨原告は主張するけれども、右宿日直手当額は右各年度の静岡県の予算に計上された宿日直勤務一回当の予算単価に従つて定められたものであり、また全国的にみて不相応に低いとはいゝ切れないものである。

丁  消滅時効の抗弁

原告が本件において支給を求めている宿日直手当は昭和二九年五月から翌々三一年五月までの分であり、「職員の給与に関する規則」(昭和三二年静岡県人事委員会規則七―二五号)第二九条第三項によつて、宿日直手当はその月分を翌月に支給する旨規定されているのであるから、原告は右宿日直手当のうち最初の分の支払を昭和二九年六月一日以降、最後の分の支払を昭和三一年六月一日以降それぞれ請求しえたわけである。ところがこれらの宿日直手当請求権の消滅時効期間は二年である(前記甲、(二)引用の各裁判例参照)から、右各宿日直手当請求権は遅くとも昭和三三年六月一日の経過とともに時効により全部消滅した筋合であり、被告補助参加人はこゝに右時効を援用する。

もつとも右の日に先きだつ昭和三二年二月八日に原告は被告静岡県人事委員会に対して右宿日直手当につき本件措置要求を申立てて受理されており、ついで翌三三年三月一〇日右要求を棄却する旨の判定がなされ、同年九月一一日右判定の取消を求める本訴が静岡地方裁判所に提起されている。しかしながら、右措置要求は下記のとおり中断事由とはなりえないのであつて、本訴提起当時にはすでに右各請求権はいずれも時効により消滅している。右措置要求が中断事由となるためには、それが民法第一四七条第一号の「請求」に該当することを要するところ、右措置要求がこの請求にあたるものと解することはできない。けだし、職員の公務災害補償の基本原則を定めているところの、地方公務員法第四五条は、その第四項において「同条第二項の規定による審査の申立ては、時効の中断に関しては、裁判上の請求とみなす。」と明定しているのに反し、勤務条件に関する措置の要求の準拠規定たる同法第四六条ないし第四八条には同法第四五条第四項のような規定が全く置かれていないのであつて、このことは、措置要求の申立が裁判所への給付の訴の提起を妨げるものではないのみならず、措置要求を時効中断事由とすることは却つて措置要求本来の制度的目的を達成することを阻害するものと考えての立法措置にほかならないと解するのが妥当であるからである。

戍 最後に事情として宿日直手当額決定の実情について財政面からの説明を附加する。

(一)  地方交付税制度は、資本主義経済の発達に伴い不可避的に発生する各地方公共団体間の財源偏在を是正し、財源の貧弱な地方公共団体においても一定水準の行政を行いうるようにすることを目的としている。この制度において、各地方公共団体が一定水準の行政を行うために必要な経費に対する財源不足額は、地方交付税法(昭和二五年法律第二一一号)第三条の規定により地方交付税で補てんする建前となつており、その補てんをなすべき最終責任は同法第四条により政府に負わされている。すなわち、各地方公共団体ごとにその基準財政需要額と基準財政収入額とがそれぞれ法定の方法によつて算出され、前者が後者を超過する地方公共団体に対して、その超過額=財源不足額を補てんするため所定の交付税額が国より交付される。

ところでこの基準財政需要額は法定の単位費用、測定単位の数値およびその補正係数の積算によつて定められるのである(同法第一一条)が、右算定の単価として用いられる教職員の宿直手当の額は、昭和二九年度ないし昭和三一年度において宿直員一人一回につきいずれも金二五〇円と定められ、これらにもとづいて計算された不足分についてのみ国よりの交付税交付という財源措置がなされていたのであつて、その後の昭和三三年度においてすら右の額は日宿直員一人一回につき金二五〇円(ただし日直手当)ないし金二〇〇円(ただし宿直手当)にとどまり、右各期間を通じて金三六〇円と定められたことは一度もないのである。

また国が同法第七条の規定によつて毎年地方公共団体の歳入歳出総額の見込額を公表する地方財政計画においても、教職員に対する宿日直手当額は昭和二九年度ないし三一年度において宿直員一人一回につき金二〇〇円と見込まれ公表されている。

かように国の財政措置においてすでに公立学校の宿日直手当額は国立学校のそれと別異に取扱われていたものである。

(二)  さらに他の都道府県における宿日直手当の支給額をみると、次のことが明らかである。

昭和三三年度における日直手当は四五都道府県のうち、日直手当については一五府県が宿直手当については一八府県がいずれも一人一回につき金二〇〇円を支給しており、これが最も多い事例となつている。国立学校の教育公務員と同額―一人一回につき金三六〇円―を支給している都道府県は、わずかに、財政力きわめて豊かな東京都、大阪府および神奈川県の三者にとどまる。

このように都道府県ごとに支給の額が異なつているという事実は宿日直手当の額が他の給与と同様国立学校の教育公務員と同額でなくてもよいということを立証するための有力な事実といわなければならない。

第五、証拠<省略>

理由

原告主張の前記第二、一ないし三の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(措置要求前段―前記第二、二、(一)―に対する判定について)

(一)  原告が静岡県立富士高等学校の教諭としてその主張の期間中に現実になした、また右期間後もなすべき宿日直勤務の実態がどのようなものであるかの点は暫く措き、かように条例規則上規定された宿日直勤務それ自体が教諭たる原告の職務であるといゝうるか否かがまず明らかにされなければならない。

学校教育法第二八条の規定だけをとり出してみると、同条第三項前段の「校長は、校務を掌る」旨の規定と同条第四項の「教諭は、児童の教育を掌る」との規定とは対等に並置されたものであつて両者は互に相排斥する関係にあり、教諭の職務は児童の教育を掌ることのみにある旨の文理解釈を試みる余地がありうるけれども、同条の前身をなす諸法規および同条の成立するに至つた沿革ならびに教育経営を目的とする人的物的手段の総合体である学校営造物の長および所属職員として配置された校長および教諭の各地位よりすれば、第三項に規定される校務は学校として、ないし学校全体としてなすべき業務を意味するとともに、第四項の規定は教諭の主要な職務を摘示することによつて学校営造物内における教諭の職員としての特質を抽象的に表現したものであつて、教諭の職務を単に狭く児童生徒の教育を掌ることのみに限定したものではないと解するのが相当である。

従つて教諭は学校所属職員として校長の監督の下に右の意味における校務を分掌すべく、特別権力関係に服する公務員に対する職務命令によつて命ぜられる宿日直勤務についても、それが学校営造物の物的管理上必要であると認められる限り、格別の法令の規定をまたず、自己の附随的職務としてこれに従事する義務があるものと考えられる。

宿日直その他の学校事務は、高等学校に必置される(学校教育法第五〇条第一項)事務職員の本務とされる(同法第五一条、第二八条第六項)ところであり、この事務職員による外的諸条件の整備確立の下に教員がその本来の職務に専心しうべきことが期待されているのである。

そして特別権力関係の下にある教育公務員といえども、往時と異なり、包括的な無定量の勤務に服する義務を課せられるべきではないことは原告の主張するとおりであつて、その職務の定量性が保障されなければならない。そこで前記職務命令による宿日直勤務に対しても、特別権力関係設定の目的に副う合理的限度が画されるべきである。

ところで職員の給与に関する規則第二九条第一項に定められている宿日直勤務は児童生徒の教育を掌ることを本務とする教員によつてその本務の傍ら右教育の直接の用に供される物的設備の管理保全を目的として行なわれるものであるから、それは、学校営造物の管理運営上教育活動の外的条件を整備するに必要なものとして教員の附随的な職務たりうるものであると同時に本務の遂行に支障を及ぼさない限度にとどまるものでなければならない。換言すれば、宿日直勤務は、かような限度において教諭の職務に含まれるものであり、かような範囲内において校長の職務命令により教諭がその校務分掌をなすべき義務を負うべきものである。

なお以上の見方からすれば、宿直中にたまたま発生された校舎の火災に関する当該宿直教諭の負責の有無、程度の問題に対しても右義務の内容程度に副つた解決が別途になされるべきであるから、この点に関する原告の主張は叙上の解釈を妨げるものではない。

(二)  公立学校の教員であつて地方公務員としての身分を有する原告の勤務条件について労働基準法が原則として適用されることは明らかというべきである。

従つて、もし法第四一条第三号規則第二三条が原告の宿日直勤務の根拠規定たりえないとするならば、法第三六条による協定および届出をまつて始めて原告を宿日直勤務に服させることができるというべきである。

たしかに、法第四一条第三号および規則第二三条が根拠法条たりえない旨の原告の主張(前記第二、四、(二)、(2)(イ)ないし(ニ)、(3)(イ)ないし(ト))には傾聴すべき多くのものが含まれている。殊に規則第二三条を法第四一条第三号にもとづく規定とみることには、通常後者においては本来の業務が断続的な場合を対象としているのに対し前者においては本来の業務が断続的でない者がその本務以外になす宿日直業務を対象としているという両者間の実質上の差異(右(2)(イ)(ロ)、(3)(イ))ならびに、規則第三四条と規則第二三条との対比・両規則の規定の仕方・規則第二三条の置かれている位置(右(3)、(ロ)、(ハ)、(ニ))等よりして、かなりの無理がある。また規則第二三条は法第三二条の適用除外を明記しているだけであるのに、これによる休憩規定適用除外のみならず休日規定適用除外までも認めるのは、右規則の解釈の限度を超えるものではないかとの疑を伴う。

しかしながら、法第四一条第三号は、本来、常態として監視または断続的労働に従事する者を対象とする規定であること既述のとおりであるが、右規定自体からは、その規制対象をこの者だけに限定する趣旨であると論結することはできない。また法第四一条第三号による許可は、同条第一号または第二号による許可の場合と異なり当該労働に従事する者について全面的に関係規定の適用外を認めることではなくして、当該労働そのものに対し、かつ、そのものだけに対し、関係規定の適用除外を認める趣旨であると解しうる。さらに法第四一条第三号の「断続的労働」と規則第二三条の「宿直又は日直の勤務で断続的な業務」とはすくなくともその業務自体の性質上労働密度が特に薄いことを通常とする点において共通する。そうだとすれば、規則第二三条は、規則第三四条とともに、法第四一条第三号の解釈規定として同号のなかに包摂されうる可能性の存することはこれを否定しえなくなる。

一般に法第四一条第三号において監視または断続的労働に対し労働時間等の規定の適用除外が認められるのは、かような労働に特有な労働密度の稀薄さのゆえにこれに対する労働時間等についての法定の制限を加えなくとも労働力の保全に支障を来たさないと認められるからである。ところで宿日直勤務の態様が行政官庁の許可基準(昭二二・九・一三発基第一七号)(一)に示されているように「定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態発生の準備等を目的とする」・断続的労働と共通する軽易な・労働に限られるものであるならば、他の業務に従事する者がこの本務以外にこれに附随して右の宿日直勤務に従事する場合においても、この両種の労働を一体としてみて、右宿日直勤務につき前記適用除外を許容しても労働力の保護に欠けるところがないと認められるときがありうる。従つてこのようなときにも、その限りにおいて法第四一条第三号の適用されることを肯定することができる。他面宿日直がわが国における労働慣行として長きに亘り行われて来ている実情に鑑みると、この現実を一応認容しつゝその勤務の実態を所轄行政官庁の許可基準をもつて規整してゆく方途を探ることもまた労働力の保全を図る労働基準法の趣旨に背くものではないと考えられる。

そこで規則第二三条は宿日直勤務のうちでも右のような比較的軽易な労働内容をもつ断続的業務について法第四一条第三号の適用のあることを示したものであり、このように限定された趣旨において規則第二三条は法第四一条第三号にもとづくその解釈規定であると解される。そして職員の給与に関する規則第二九条第一項に定められている宿日直勤務の内容は冒頭記載のとおり勤務時間条例第二条に規定する正規の勤務時間以外の時間並びに同条例第六条に規定する休日及びその他休日と定められた日に本来の勤務に従事しないで行う庁舎、設備、備品、書類等の保全、外部との連絡、文書の収受及び庁舎の監視を目的とするものであつて前記許可基準に示されているところとほゞ同様であるから、原告の宿日直勤務も、その実態が右第一項の規定に合致する限り、法第四一条第三号規則第二三条にもとづくものたりうるわけである。

原告のこの点に関する主張はすべて採用することができない。

(三)  かようにみてくると、宿日直勤務が原告の職務たりうるためにも、法第四一条第三号規則第二三条がその根拠法条たりうるためにも、原告のなした、また今後なすべき宿日直勤務は、その実態が原告の本務の遂行に支障を及ぼすものではない、比較的軽易な労働を伴うに止まるものでなければならないことは明らかである。

そこで富士高等学校において原告がなした宿日直の実情をみるにいずれも成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし三七六、第三、五号証、原本の存在および成立について争いのない甲第四号証(写し)、証人風間誠之、同加藤周一郎の各証言および原告本人尋問の結果(ただし後記不採用の部分を除く)ならびに検証の結果を総合すると、次の事実が認められる。

原告が昭和二九年五月一日以降教諭として勤務する静岡県立富士高等学校は、同県富士市松本一七番地に在り、生徒定員昭和二七年三月以降一、〇五〇名(ただし、昭和三八年度において実人員一、二一四名)、昭和二三年九月以降併設されている定時制課程生徒定員三二〇名、職員昭和三二年二月頃約四十八、九名(女子教員二、三名を含む、なお事務職員も含まれる。ただし昭和三八年度においては予算定員、現在人員とも五八名であり、そのうちに事務職員三名、事務助手二名司書助手一名備人三名合計九名が含まれている。)と校地約一二、五〇〇坪(ただしそのうち約七六八坪は昭和三五年に至つて拡張されたもの)、校舎約一、七〇〇坪―普通教室二三室、実験実習室六室、同準備室四室、図書館建坪一三九坪、講堂建坪二三〇坪昭和二九年四月竣工、体育館建坪二三四坪昭和三二年五月改造完成―とを擁する、比較的大規模な県立高等学校である。同校における宿日直勤務は、静岡県学校管理規則第一八条にもとづき同校校長が昭和三二年一一月二〇日制定した宿日直規程に従い執り行われて来ているが、右規定は、その施行以前から校長が職員会議に諮つて定め長期にわたり慣行されて来た宿日直勤務の内容を路襲整備してこれを明文化したものであり、この勤務の実際は概ね次のとおりであつた。

宿日直には同校の教諭、助教諭、養護教諭、養護助教諭、常勤講師、事務職員合計四八名位が一回に一名宛輪番に―この宿日直の割当に関する事務は事務長において取扱つたが、その順序は大体着任順により、あらかじめ定められたものが事前に公表されていた。―勤務した。ただし女子職員数名は日直のみに勤務し、病弱者は健康を快復するまでの間宿日直勤務より免除され、また校長、教頭および定時制課程主事の三名は恒常的に右勤務から免がれていたので、宿日直勤務は約四五日ないし三五日に一回程度で、日直勤務はこれよりもさらに緩やかな頻度において反覆されていつた。

日直はその日の始業時にあたる午前八時から同日午後五時まで(ただし土曜日のいわゆる半日直はその日の放課後である午後零時半頃から午後五時まで)主として同校校務室または事務室において担当日直員一名により、宿直はその当日の午後五時から翌朝始業時の午前八時まで主として同校宿直室において担当宿直員一名によりそれぞれ勤務された。

宿直室は同校正面玄関北側にある畳敷きの六畳間で寝具類を納める半間の押入が附設されてあり、西側出入口は障子二枚で仕切られ、その西側に接続する板の間を経て西側廊下に通じ、東側は四枚の腰高ガラス窓越しに校庭に面し、南側は玄関に、北側は生徒会室にいずれも壁を境にして接している。生徒会室には宿直室の西側出入口の前面にある前記板の間を通らなければ出入できない状況にあり、その部屋の内部には机、黒板などが備え付けてあり常時生徒会員の用に供されている。昭和三二年二月頃までは、右六畳間に六〇ワツトの裸電球一個がつき、押入内部に、布団二枚、枕(カバー付)一個、敷布一枚、毛布一枚の寝具合計二組が納められ電話器一個、ラジオ一台、碁盤二面が常備され、冬期暖房用に火鉢一個が加えられる程度であつたが、その後マツトレス、電気スタンド、電気炬燵、防犯ベル各一個が増設され、裸電球は螢光灯にかえられた。なお宿日直規程作成以前にあつては、校長の指示にもとづき、宿直勤務は厳正になし、宿直の巡回は夕方、就寝時および翌朝の三回にわたつて必ず行うべき旨を認めた書面が宿直室に掲示されてあつた。

宿日直員は前番者より所要の帳簿物品を受取るなどしてその事務の引継ぎを受け、勤務を終つたときその服務状況を宿日直勤務日誌に記入したうえ次番者に引継ぐのであるが、その間、(イ)外部からの文書、荷物、電話または来訪者の受領または応接とこれらについての関係職員への連絡その他の臨機の措置等の事務処理、(ロ)登校生徒の掌握、校舎運動場その他の物件のうち校長により使用を許可されたものについての管理、校舎の戸締り、防火設備の点検、施設設備の保全等の校内取締り、(ハ)引継ぎ直後、就寝前、翌朝引継前その他必要時における巡視、(ニ)臨時非常の場合における機宜の処置と校長その他関係職員への通報等に従事することをその勤務内容とした。定時制生徒のなかには夜間九時半頃まで在校するものがあり、また時にはクラブ活動のため生徒が夜間に及ぶまで校内にとどまることがあつて、これらに対する各担当教職員が配置されているものの、宿直員としても事実上これらの生徒に意を払わざるを得なかつた。(ハ)の巡視は相当広大な校舎の内外にわたつて行われるため一回に徒歩で約三五分を要した。警備員は置かれず、小使室に寝泊りしている用務員が別個に校内を見廻り戸締り等にあたつていたが、宿日直員もまたこれらの点に留意巡廻し、前後三回の定時的巡視のほかに夜間一一時頃または早朝にさらに巡視し火災予防等に万全の注意を重ねるものもあつた。

夏期および冬期休暇期間中にあつては以上と異なり二人が共に勤務する等の組替えが行われたこともあり、また通常の時期において宿日直要員間の合意の下に当番者に代わつて他の者がその勤務をなすことがあり、若い独身者等のうちにはこのいわゆる代直に快よく応ずるものも見かけられた。なお日曜日の朝からこれに続く月曜日の朝まで等接着する日直および宿直の各勤務が割当ての都合によりまた当該担当者自身の希望により同一人の手で引き続き行われることもあつた。

かような勤務態様において、手待時間は比較的多く労働密度もむしろ稀薄であるといゝうるが、他面、以上の諸業務を当面自己ひとりの責任と判断において処理してゆかなければならないという緊張感、家庭を離れ宿泊設備および環境の十分とはいゝ難い宿直室に仮泊することより起こりがちな睡眠不足、相当長時間にわたる自己の生活時間への拘束は、宿直勤務終了についで従事しなければならぬ教員の本務たる教育業務に対し時にはかなりの影響を及ぼす精神的負荷、疲労を伴い易いものであつた。

ところで原告自身は富士高等学校に教諭として勤務した当初の約一年間は英語教科を担任しつゝ、他の同僚とほゞ同様に宿日直勤務を行つたが、昭和三〇年四月以降静岡県高等学校教職員組合富士高等学校分会長に、翌三一年以降右組合富士地区長に、翌々三二年四月以降同組合本部執行委員ついで同書記長に順次選ばれて現在に至り、かつ、右執行委員に選ばれると同時に専従職員となり爾来組合活動に専念して来たため、同校における宿日直勤務は昭和三二年三月で終つた。しかもこの間にあつても組合活動に携つていたことなどの事情も加わり、また他の宿日直要員に代つて勤務してもらうことなどもあつて、右期間中において自からなした宿直勤務は昭和二九年五月に一回、六月に約一回、七月に三回、九月、翌三〇年三月、七月、八月、一二月、翌々三一年三月および五月に各一回合計約一二回を算える(この宿直勤務回数の点は当事者間に争いがない)だけであり、同期間中における日直勤務回数はさらに僅少なものであつた。

かように認められ、原告本人尋問の結果中原告が富士高等学校に勤務するようになつてから後に、通常三回の巡視のほかに「夜中の一二時に一度回れ」という趣旨の校長の命令が宿直勤務内容のことを記載し宿直室の壁にはられてあつた書面の中に記入されてあつた旨の供述部分は前示各証拠に照して採用し難く、その他叙上認定を左右すべき証拠はない。

以上の認定事実よりすれば、原告が富士高等学校においてなした宿直勤務の実態は、その一回毎の勤務だけに限定してみた場合には勤務終了の当日これに引き続いて原告のなすべき本務に対し影響を及ぼす負担疲労を伴うことのありうる労働であるというべきであるけれども、それが継続反覆してなされる全過程において、殊ににその頻度との相関関係においてこれをみるとき、それは、教諭としての原告の本務の遂行に現実に支障を及ぼすものではなく、比較的軽易な断続的労働の範囲内に含まれるものであり、日直勤務はこれよりもさらに労働密度の薄い断続的労働であつたと認められるとともに今後あるいは原告が右高校においてなすことあるべき宿日直勤務について、それが教諭の職務たりえない程の・法第四一条第三号規則第二三条をその根拠法条となし得ないほどの・過重な労働を伴うものであると認めることはできない。

なお成立に争いのない甲第六ないし第八号証の各記載ならびに証人原科治彦、同富永寿久および同久野晴彦の各証言によれば、いずれも静岡県立高等学校である藤枝西高等学校、相良高等学校および浜松北高等学校における各宿日直勤務の内容は規模の大小による差異はあるものの前記認定のような富士高等学校の宿日直勤務のそれと大体同様であること、ただし静岡県立聾学校における宿日直勤務はその勤務態度が富士高等学校におけるそれと大差がないのに職員一名につき宿直は一一日ないし一三日間に一回、日直は二ケ月に一回程度の頻度をもつて繰返えされて来ているものであつて聾学校の特殊事情を考慮しても、その労働密度が前記各県立高等学校における宿日直勤務のそれを相当上回つていることが認められる。ところで職員が人事委員会に対し勤務条件に関する措置の要求をなす場合において、要求される事項は個人的な問題に限られるものではなく、むしろ特定個人の勤務条件だけにとどまらない一般的な勤務条件の改善に関するものが多いのであるけれども、要求をなす主体はあくまで個人たる職員であり、一般的な勤務条件が問題にされるときは多くの場合このことに直接に関係をもつ個人たる職員が多数共同して一個の要求をなす形式をとることがあるにすぎない。本件にあつても原告は個人として自己のなした要求に対する人事委員会の判定の当否を争うものであるから、右判定の当否を判断するにあたつてその基礎となるべきものは原告自身の服務したまたは服務すべき宿日直勤務それ自体でありその他の者の宿日直勤務の実態は原告のそれに直接関連するものに限られるべきものと解される。従つて静岡県立聾学校における前記のような宿日直勤務の実態は、前段の認定に影響を及ぼすものではない。

(四)  従つて原告の宿日直勤務は教諭たる原告の職務に含まれるとともに、法第四一条第三号規則第二三条により原告を宿日直勤務に従事させることができるものというべきである。

かように宿日直勤務は附随的とはいえ原告の教諭としての職務に含まれるものであつて原告自身の職務にほかならないのであるからたとえば原告が自己の教諭としての職務のほかに「教育に関する他の職を兼ね、又は教育に関する他の事業若しくは事務に従事する」場合を規整する教育公務員特例法第二一条の規定対象に右宿日直勤務が包含されるいわれはないものというべく、この点においてすでに原告の同条による主張の理由がないことは明らかである。さらに原告の宿日直勤務の内容が昭二二・九・一三発基第一七号、昭二三・四・一七基収第一〇七七号に示される基準を下廻らないことは前叙認定事実によつてこれを肯定しうる(ただし右第一七号(ニ)前段の「相当の手当の支給」の点については右認定においては未だふれていないが、この点については後記のとおりである。)し、規則第二三条の許可も昭和三二年三月七日附被告委員会指令第二一号をもつて与えられたこと下記のとおりであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

よつて被告の判定前段を違法とする原告の主張はいずれも採用し難い。

(措置要求後段―前記第二、二、(二)―に対する判定について)

(一)  原告のなした宿日直勤務に対し、昭和二九年四月一日以降宿日直とも一回につき金二五〇円、翌三〇年四月一日以降宿直一回につき金一八〇円日直一回につき金二三〇円の割合による金員が、宿日直手当として他の教員のそれに対すると同様一律に支給されて来たこと、この支給の根拠規定として、静岡県教職員の給与に関する条例第一九条第一項、同附則第二項の存することは当事者間に争いがない。

他面、証人加藤周一郎、同久野晴彦および原告本人の各供述によれば、昭和二九年頃から静岡県下の県立高等学校に火災が頻発したこと等よりその宿日直勤務の態様、手当、法的根拠等が静岡県教育委員会、同県高等学校教職員組合その他の関係者間において関心の対象となり諸種の論議がなされるようになつたところ、静岡県立富士高等学校長加藤周一郎において、さきに同県教育委員会よりなされた指示にもとづき規則第二三条所定の様式による昭和三二年二月一九日付「断続的な宿直又は日直勤務許可申請書」を被告委員会に提出したこと、これに対し被告委員会は同年三月七日同委員会指令第二一号をもつて許可を与えたこと、右高等学校における宿日直勤務については法第四一条第三号規則第二三条による許可がこのときに始めて与えられたものであつて、その以前にあつては右許可なくして右宿日直勤務がなされていたものであり原告もその例に洩れるものではなかつたことが認められる(ただし右の各日時に右申請および許可がなされ、それ以前は原告が右許可なくして右勤務に服したことは当事者間に争いがない)。

ところで原告が昭和二九年五月一日から昭和三二年三月末日までの期間内に富士高等学校教諭として服務した宿日直勤務の内容はさきに認定したとおりであつて、この認定事実よりすれば、その実態は、原告の主張するようなしかく過重苛酷な労働を伴うものであるということはできず、むしろ職員の給与に関する規則第二九条第一項に規定された宿日直勤務に該当するものであり、かつ、法第四一条第三号規則第二三条による許可基準の範囲内に含まれうる―ただし手当の点については後述―ものと認められる。そして前記許可申請書に記入された宿日直の総員数、勤務時間、宿直回数、就寝設備一回の宿日直手当額および勤務の態様は昭和三二年二月当時における右高等学校の宿日直勤務の実際に概ね符合しその後における右勤務もこれに副うものであつたことは前記認定事実および証人加藤周一郎の供述によつて肯認できる。

従つて右許可以後における同校の宿日直勤務が労働基準法上適法たりうるのに反し、その以前の昭和二九年五月一日から昭和三二年一月までに原告の服務した宿日直勤務が同法に違反するものであつたことは明らかである。しかも規則第二三条による許可のなされる以前にこれなくしてなされた日直宿直については法律上これを超過勤務として取扱うべきであるとなす行政解釈(昭二三・四・二二基収第一〇三九号、なお昭二三・九・二〇基収第三三五四号)の存することは原告の指摘するとおりである。なるほど法第四一条第三号の監視断続的労働について関係規定の適用除外が認められるのは右許可を受けた場合にかぎるのであるから、右許可なくして行われた宿直または日直勤務は労働基準法上時間外または休日労働となるものというべきである。しかしながら原告のなした宿日直勤務は、既述のとおり、規則第二三条の断続的な業務であつて許可基準に該当する実質をもつ。右宿日直勤務はその性格において、原告の本務に附随するものではあるが、その態様においては概念規定においてのみならずその実態においても本務の延長でもなくまた変形でもなくこれとは別個の労働である。他方行政官庁の許可は関係規定の適用除外を容れるに足る程度の労働密度であるか否かを使用者の主観によらず客観的に確認選定することを目的としている。従つて右許可なくしてすでに行われた業務が事実上その許可に値する労働内容をもつものであるときは、その違法性とはかゝわりなく、右労働に対する対価としては、時間外または休日労働の割増賃金支払義務は発生しないものと解することができる。

しかるに超過勤務手当は、教育公務員特例法第二五条の五国家公務員法第六五条第一項第三号一般職の職員の給与に関する法律第一六条に規定されるように、正規の勤務時間をこえて勤務することを命ぜられた場合に正規の勤務時間をこえて勤務した全時間に対し支給されるものであり、休日給(同法第一七条)および夜勤手当(同法第一八条)もこれに類するものであつて、いずれも時間外または休日労働の割増賃金に相当し、いわば本来の勤務の延長されたものに対する給与にほかならない。

そこで原告のすでになした宿日直勤務に対しては超過勤務手当等相当額が支給されるべきである旨の主張をそのまゝ容れることはできない。

(二)  原告ら教員に支給された宿日直手当が昭和二九年四月以降被告主張のとおり漸次減額されていつたこと、被告が地方公務員法第八条第二六条にもとづき昭和三二年一二月静岡県議会議長および知事に対する「職員の給与に関する報告並びに意見」と題する書面を提出し、右書面中に原告主張のような各記載の存することは当事者間に争いがない。この事実に前示甲第四号証(写し)をあわせ考えると、本件措置要求のなされた昭和三二年二月当時原告ら教員の宿日直手当の額が他の都道府県のそれとの比較においてだけにとどまらず同一県内における他の一般職員および警察官のそれとの対比においても原告主張のような低位にあつたことが認められる。

極めて重要な職責をになう教員に支給されるべき宿日直手当について、何故にかような格差を付せられ、低額にとどめられたのであろうか。そこに財政面よりする制約が存するとしても、これを首肯するに足りる資料を本件記録中に見出し難い。しかしながら原告の服務した、また服務すべき宿日直勤務の実態および法的性質が叙上のとおりであるとするならば、その手当額が超過勤務手当等と均しい額でなければならないとする理由はなく、ただ規則第二三条による許可基準の一つとして挙げられている「相当の手当の支給」(昭二二・九・一三発基第一七号)が右勤務に対してなされることを要し、かつ、これをもつて足りるとしなければならない。かような観点よりみると、「相当の手当」である限り、任命権者は静岡県教職員の給与に関する条例第一九条第一項の規定に従い、勤務一回につき三六〇円をこえない範囲内において被告委員会の承認をえて財政上その他の理由により適当と認める宿日直手当額を定めることができるのであつて、以上の諸限定の下に右の額をどのように定めるかはその自由裁量に委ねられているものというべきところ、昭和二九年から昭和三二年にかけて原告主張のような宿日直手当額が決定支給されたことは右裁量の範囲を逸脱したものではないと認められ、なおまた他の公務員に支給された宿日直手当との間における原告主張の額の程度の差異は未だこれをもつて地方公務員法第一三条第一四条に違背するとなすには足りないものといわなければならない。さらにその後右宿日直手当額が年を逐つて増額され昭和三七年四月以降は宿日直とも一回につき金三六〇円の手当が支給され現在に至つているのであるから、本件判定がなされた当時における被告のこの点についての判断が仮に下当であるとしても、現在においてこの判断の当否を争う利益はないといわざるをえない。

(三)  しかしながら、原告主張の宿日直手当のうち昭和三一年九月三〇日までの勤務に対する分については、前記(一)および(二)に述べたこと以外の考慮が加えられなければならない。

けだし、原告もまたその一員である地方公務員の給与は「条例で定め」られ(地方公務員法第二四条第六項)、右給与は右「条例に基いて支給されなければならず、又、これに基かずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない」(同法第二五条第一項)ところ、静岡県の教職員についてこれにあたる条例すなわち静岡教職員の給与に関する条例(昭和三一年九月二八日条例第五二号が制定実施されたのは昭和三一年一〇月一日からであつて、地方公務員法第二四条第六項第二五条第一項が施行された昭和二六年二月一三日から昭和三一年九月三〇日までの間は、右各条項の予定する条例が制定されないまゝの状態に置かれていたからである。

そこでこの条例未制定期間における、宿日直手当支給の根拠、基準を明かにする必要がある。

1  昭和二四年一月一二日施行された教育公務員特例法により、従前政府職員の身分を有していた公立学校の教育公務員は当該地方公共団体の地方公務員に任用される(同法第三一条、なお同法第三条)とともに、右教育公務員について必要があるときは、「別に地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでの間は、政令で、特別の定をすることができる。」と規定され(同法旧第三三条)、同条にもとづく同法施行令第一一条本文に「公立学校の教育公務員の給与については、国立学校の教育公務員の例による」と定められた。

この第一一条本文の意味が争点の一つとなつている。思うに、公立学校の教育公務員は従来政府職員の一員として国立学校の教育公務員と同様国家公務員の給与関係を規整する政府職員の新給与実施に関する法律(昭和二三年法律第四六号)―政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律(昭和二三年法律第二六五号)(昭和二四年一月一日から施行)によつて一部改正される―の適用を受け、給与関係において国立学校の教育公務員と同一の取扱を受けて来たこと、ところで昭和二四年一月一二日教育公務員特例法第三条第三一条の新設により公立学校の教育公務員の身分が国家公務員から地方公務員に切替えられたのであるが、当時未だ「地方公共団体の職員に関して規定する法律」が制定されていず、地方公務員となつた公立学校教育公務員の給与についての根拠規定が全く存しないこととなるので、この空白不備を埋めるために前記の教育公務員特例法旧第三三条同法施行令旧第一一条の制定施行をみたこと、従つて施行令旧第一一条は、政府職員の身分を有していた頃の公立学校教育公務員についての給与規定であつた政府職員の新給与実施に関する法律と地方公務員の身分を有するに至つた公立学校教育公務員の給与の根拠規定としてその後に制定施行された地方公務員法第二四条第六項第二五条第一項ならびに右各条項にもとづき制定施行された条例との両者をつなぐ経過規定であつて、両者がいずれも訓示規定でないと同様施行令旧第一一条も単なる訓示規定ではないことを考えあわせると、右第一一条は、公立学校の教育公務員の給与について、その根拠規定が新たに制定確立されるまでの間は、従前と同様国立学校の教育公務員と同一の取扱をする、と定めた趣旨であると解するのが相当である。

2  その後地方公務員法第二四条第六項第二五条第一項が昭和二六年二月一三日から施行されたが、これらにもとづく条例は当時未制定であり、同法附則第六項に、「職員の・・・給与・・・に関する事項については、この法律中の各相当規定がそれぞれの地方公共団体に適用されるまでの間は、当該地方公共団体については、なお、従前の例による。」と規定された。従つて静岡県の教職員の給与については、地方公務員法施行後も、これにもとづく給与条例の実施されるまでの間は、なお「従前の例による」こととされた。すなわち静岡県下の公立学校の教育公務員の給与については、従前と同様、国立学校の教育公務員のそれと同一に取扱われることとなつた。

3  そこでまず教育公務員特例法旧第三三条同法施行令第一一条の施行された昭和二四年一月一二日当時における国立学校の教育公務員の給与規定が問題になるが、それは、すでに述べたところから明らかなように、同年同月一日から施行されていた政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律であつた。ただこの法律では従来の宿日直手当が認められないこととなつたので、宿日直勤務に対しては宿日直手当ではなく同法第二一条による超過勤務手当が支給されることとなつた(政府職員の新給与実施に関する法律の解釈及び運用方針について)。

4  ついで昭和二八年一月一日から適用された「一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律」第一九条の二により、宿日直勤務を命ぜられた職員に宿日直手当を支給する旨定められるとともに、同条にもとづきかつこれと同時に制定施行された人事院規則九―一五第二条により、「宿日直手当の額は、宿直勤務又は日直勤務一回につき三百六十円とする。但し、勤務時間が五時間未満の場合はその勤務一回につき百八十円とする。」と定められた。

5  以上のように、昭和二八年一月一日から静岡県教職員の給与に関する条例の制定実施された昭和三一年一〇月一日の前日までの期間においては、静岡県下の公立学校の教育公務員に対する宿日直手当は、国立学校の教育公務員の場合と同一に取扱われるべきであり宿日直勤務一回につき金三六〇円の宿日直手当―ただし勤務時間が五時間未満の場合はその勤務一回につき金一八〇円の手当―が支給されるべきであるといわなければならない。

(四)  前記(三)の法解釈に対し補助参加人より多くの反論がなされている(前記第四、甲乙。)

1  まず補助参加人は、教育公務員特例法第三三条同法施行令第一一条が施行された昭和二四年一月一二日当時には、その頃実施されていた「政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律」第一条の規定から明らかなように国立学校の教育公務員について宿日直手当が廃止されていたこと、その後昭和二八年一月一日から適用された「一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律第五条第一項第一九条の二によつてはじめて宿日直手当が設けられたことを捉えて、この宿日直手当の存しなかつた期間においては、地方教育公務員の宿日直手当は、「国立学校の教育公務員の例によ」りうべくもなかつたとなし、都道府県教育委員会が、国立学校の教育公務員の宿日直勤務に対して支給される超過勤務手当に準拠して決定するほかはなかつたと主張する。

しかしながら施行令旧第一一条本文の趣旨が前記(三)、1、2のとおり公立学校の教育公務員の給与については、暫定的に国立学校の教育公務員と同一の取扱をする、と定めたものであるとするならば国立学校の教育公務員に宿日直手当が廃止された期間内その宿日直勤務に対し超過勤務手当が支給されていたのと同一の取扱が公立学校の教育公務員の宿日直勤務についてもなされるべきであると論結されるだけである。超過勤務手当に準拠して都道府県教育委員会がその本来の権限にもとづき決定するほかはなかつたとする推論は、補助参加人の挙げた前記諸要件だけからは生まれて来ない。

2  次に補助参加人は、昭和二三年四月一日から適用をみた(旧)「義務教育費国庫負担法」(昭和一五年法律第二二号)第一条およびこれにもとづく同法施行令第二条第四条において日宿直手当の額は国家公務員の例に準じて文部大臣が大蔵大臣と協議して定めた額と定められているから、この規定が教育公務員特例法旧第三三条にいう「他の法律に特別の定がある場合」の「特別の定」に該当するものでありかつ、各都道府県教育委員会は右の額を基準として地方教育公務員の宿日直手当の額を決定していたのであるから、このことが地方公務員法附則第六項の「従前の例」にあたるものにほかならない旨主張する。

しかしながら(旧)義務教育費国庫負担法および同法施行令はあくまで義務教育費の経費の半額を国庫において負担すべき旨を定めることを主要目的とし、かつこの目的を達成するために必要な関連規定を設けたものであり、施行令第四条にいう「国家公務員の例に準じて文部大臣が大蔵大臣と協議して定めた額」は国庫負担額算出のための基準となるにすぎなく、この額がそのまゝ公立学校の教育公務員の宿日直手当額を定める根拠たりうるものではない。従つて、これらの規定が教育公務員特例法旧第三三条の「特別の定」にあたるものと解することはできず、また右施行令第四条の定にしたがつて各都道府県教育委員会が現実に宿日直手当額を決定していたとしても、この現状がそのまゝ地方公務員法附則第六項の「従前の例」に該当するだけの法的意義を有しうるものとすることは許されない。

なお以上のことに関連し、補助参加人は、地方公務員法附則第六項の「従前の例による」とは同法第二四条第二五条等の施行された昭和二六年二月一三日以前の例によるということであつて、この日より後の翌々二八年一月一日から適用された「一般職の職員の給与に関する法律」第一九条の二人事院規則九―一五によることが右附則第六項の従前の例によることであると解することは失当であると主張する。

なるほど地方公務員法附則第六項と一般職の職員の給与に関する法律とをそのまゝ直接に対比するときは、前者は後者に先立つて施行されているのであるから前者のいう従前の例が後者であるとすることのできないことは補助参加人主張のとおりである。しかし前記(三)1ないし5においては、そのようにいつているのではない。昭和二四年一月一二日施行された教育公務員法旧第三三条同法施行令第一一条により、公立学校の教育公務員の給与については、国立学校の教育公務員と同一の取扱をすると定められたことが、その後昭和二六年二月一三日施行された地方公務員法附則第六項の「従前の例」にあたるものと解され、同法施行後も条例未制定期間中は公立学校の教育公務員の給与について国立学校の教育公務員と同一の取扱をするという状態がそのまゝ存続させられることになつたのである。従つて右期間中に国立学校の教育公務員の給与についての取扱に変動が生ずればこれに従つて公立学校の教育公務員の給与についての取扱に同様な変動が生じて来るのはむしろ当然であり、その後に公立学校の教育公務員の宿日直手当について一般職の職員の給与に関する法律第一九条の二人事院規則九―一五の定によるようになつたのも、この意味においてである。

3  さらに補助参加人は、昭和二六年六月一六日施行された「教育公務員特例法の一部を改正する法律」によつて右特例法旧第三三条が削除されるとともに同法第二五条の五が新設され、かつ、右削除に伴い「教育公務員特例法施行令の一部を改正する政令」により同法施行令第一一条が削除された事実から、同法第二五条の五の規定の趣旨ならびに同条の地方公務員法および地方教育行政法に対する関係に論及したうえ、同法第二五条の五は地方公務員法附則第六項に優先する効力を有するものであると主張し、右第二五条の五の新設後もなお右附則第六項により教育公務員特例法旧第三三条同法施行令旧第一一条が適用されるとなすことは誤りであると主張する。

しかしながら、右第二五条の五は教育公務員特例法旧第三三条同法施行令旧第一一条のような経過規定として設けられたものではない。地方公務員法は職員の給与その他の勤務条件が各都道府県の条例によつて定められることを予定しているのである(同法第二四条第六項)が特に教育関係においては各地方の財政面等からする格差の発生することを防止する必要があるため、公立学校の教育公務員の給与を国立学校の教育公務員のそれと同一水準におくことを通じて各地方の教育水準の均衡を図ろうとしたところに、同条の立法趣旨が存する。すなわち同条は地方公務員法第二四条第六項の予定する条例が制定される際の基準を示したものである。このような条例によることなくして、右第二五条の五第一項の規定自体から公立学校の教育公務員の給与の種類と額とを定めうるものとした趣旨の規定であると同条第一項を解釈することはできない。かように同条は新たに条例を制定する際の基準を示すものにとどまるものとすれば、それは、右の条例が未だ制定されない間の給与の基準となりえないこともまた明らかである。従つて、同条が新設施行されたことの故を以て、地方公務員法附則第六項および同項による従前の例たる教育公務員特例法旧第三三条同法施行令旧第一一条が失効したものとなすことはできない。右第二五条の五の新設にかゝわりなく、条例未制定期間中はなお右の附則および条項による給与基準は存続しているものと考えられる。

4  補助参加人は、以上の各主張のほかに、前記第四、乙(一)(二)および戍(一)(二)の各事由を挙げ、これらのことからみても、前記(三)の見解は不当であると主張する。そこでこれらの主張のうち今までに触れられていない部分について考える。

地方公共団体の行政が当該地方住民の意思に委ねられ、これに対する国の干渉がさけられなければならないことは、憲法の保障する地方自治の本旨からみて当然である。地方公務員の給与についても各地方公共団体がその独自の立場から当該地方の実情に副うよう決定すべきであつて、全国画一的に一律にこれを定めることの望ましくないことは補助参加人の主張するとおりである。職員の給与その他の勤務条件等が条例で定められるべき旨地方公務員法第二四条第六項に規定されているのもこの趣旨によるものである。しかし教育公務員特例法旧第三三条同法施行令旧第一一条は、すでに述べたとおり、公立学校の教育公務員が従来の政府職員から地方公務員へとその身分を切り替えられながら、当時地方公務員として拠るべき母法をもたず、その給与の根拠規定も空白状態に置かれる惧れがあつたので、これを避けるため設けられた経過規定にほかならなかつた。その後、地方公務員法施行以降もなお条例未制定期間中は暫定的に従前と同様公立学校の教育公務員の給与を国立学校の教育公務員のそれと同一に取扱うべき旨の状況が継続されたことも、法令の未だ整備されなかつた当時としてはやむをえなかつた措置と考えられる。

地方公共団体の特殊性、自主独立性等を考慮しても、また、地方交付税制度における基準財政需要額算定の単価として用いられる教職員宿日直手当額および地方財政計画におけるそれが補助参加人主張のとおりであり、国と地方公共団体との間においてのみならず各地方公共団体相互間においても財政上等の理由により右手当額に相当の差異が存したこと補助参加人主張のとおりであるとしても、地方公共団体の右特殊性等は法第三三条施行令第一一条についての叙上の解釈を妨げるものとなすには足りず、また右各財政措置にもとづく宿日直手当支給の事実を肯定するに足りる法令上の根拠を見出し難い点からみても、右のような事実があるからといつて右解釈を否定することはできない。

教育公務員特例法旧第三三条同法施行令旧第一一条の施行以前にあつては、いわゆる単級小、中学校等に勤務する公立学校の教育公務員は政府職員として政府職員の特殊勤務手当に関する政令(昭和二三年政令第三二三号)第一二章第九二条第九三条の適用を受け特殊勤務手当を支給されていた。しかるに右特例法の施行により公立学校の教育公務員は政府職員の身分を喪うことになるため右政令の適用を受けえなくなる。さりとて右施行令第一一条本文の規定により国立学校の教育公務員の例によるとしただけでは、国立学校の教育公務員には特殊勤務手当についてよるべき例がないので、この缺陥をまかなうことができない。そこで特に但書を設けて「従前の例による」と規定し、右政令に規定する公立学校職員の特殊勤務手当がそのまゝ存置されるように取りはからわれたのである。右施行令旧第一一条がその本文において「例による」と規定しながら、但書において「従前の例による」と規定した趣旨は右のような事情によるものであるから、これらの用語の相違から直ちに本文の「例による」を補助参加人主張のような意味にとることはできない。

なお「例による」という法文用語が補助参加人主張のような意味に用いられるのが一般であり、また、地方自治法施行規定第五五条第二項の「………例による」が前記施行令旧第一一条の「例による」とその用語において全く同一であること勿論であるけれども、用語が同一だからといつてその意義を常に全く同一に解釈しなければならないという理由も存しない。各条文の成立過程、立法目的、関係条文との関連等の下に当該条文毎にその真義が探究されなければならない。右第一一条について上来考察して来たところよりすれば、施行規定第五五条第二項について補助参加人主張のような解釈を下す判決の存することを以て右第一一条の前叙解釈を動かすことはできないというほかはない。

(五)  補助参加人の消滅時効の抗弁について

消滅時効を援用しうるものは当事者に限られる(民法第一四五条この当事者とは時効の完成によつて直接に利益を受ける者であると判例上解されている。ところで補助参加人静岡県教育委員会は静岡県立高等学校の教員の任命権者であり(地方教育行政法第三四条)、右任命権者として条例により職員の給与を決定する権限を有する(静岡県教職員の給与に関する条例第三条)が右給与の支払義務者ではない。右給与支払義務者は、静岡県立高等学校の設置者たる静岡県である。従つて本件における宿日直手当請求権につき、被告は勿論補助参加人もまたその消滅時効の完成によつて直接に利益を受ける者にはあたらないものと解される。

そこで補助参加人はその主張の消滅時効を援用しうる立場にはないものというべく、右消滅時効の抗弁は、爾余の諸点について判断するまでもなく、理由がないものと認められるから、これを採用する由もない。

(六)  前述(三)によれば、原告はその主張の宿直勤務のうち昭和三一年九月末日までになした分につき、その宿直手当としてすでに受領した金員を、金三六〇円に右宿直回数を乗じた額から控除した残額を請求することができるわけである。(なお原告の日直手当の問題であるが、原告はいつどの程度日直勤務をなしたか、またどのくらいの日直手当を受けたかについてなんらの主張もしていないので、原告の日直手当の点は除外するほかはない。)

もつとも静岡県教職員の給与に関する条例附則第二項には、「この条例施行の際までに、任命権者によつてなされた給与に関する決定その他の手続はこの条例に基いてなされたものとみなす。」と規定されている。この附則第二項の趣旨は必ずしも明確ではないが、右条例施行前に原告のためすでに具体的に発生存続している宿直手当残額請求権を右規定を以て奪うことはできないものと解される。けだしこの原告のいわば既得権というべきものを条例の遡及効をもつて喪失せしめることは、これを肯定しうる合理的事由の存する場合に限定されるべきところ、本件において右のような事由は見出し難いからである。

ところで原告はその主張の宿日直勤務のうち昭和二九年四月から昭和三一年九月末日までの期間の宿直勤務についてもその勤務に相応して計算される超過勤務手当、夜勤手当および休日給の支給額から宿日直手当としてすでに支給された額を控除した残額を静岡県が原告に支給するよう措置すべきことを勧告すべき旨被告に要求している(前記第二、二(二)前段の一部)のであり、かつ、右の超過勤務手当額だけでも試みに原告主張の期間内におけるその主張の本俸の額―この数額を確認しうる資料は本件記録中に見出し難いが、原告本人尋問の結果に徴すれば原告の右期間内における本俸が右の額を下廻るものではなかつたことが推認される―によつて計算してみると、下記一覧表のとおり一回につき金三六〇円の割合の前記宿直手当額を上廻る額となつている。また超過勤務手当等と宿日直手当とはその性質において異るものがあるけれども、原告のなした宿日直勤務に対しこれに相応する対償として支給される実質においては両者は共通し、原告の求めるところもこの実質にあるものと解される。故に原告の求める右措置要求のなかには、一回につき金三六〇円の割合の前記宿直手当額から原告がすでに宿直手当として受領した額を差引いた残額の支給がなされるよう措置すべき旨の勧告のなされることを求めていることもまた含まれていると解するのが相当である。

原告の本俸

一時間当りの給与額

午後一〇時までの一時間当りの(125/100)単価

午後一〇時以後の一時間当りの(150/100)単価

宿直

日曜日直

土曜日直

一二、六〇〇円

(昭和二九年五月から同年九月まで)

六九・二三円

八七円

一〇四円

一、四二四円

六九六円

三四八円

一三、一〇〇

(昭和三〇年三月から同年六月まで)

七一・九七八

九〇

一〇八

一、四七六

七二〇

三六〇

一四、一〇〇

(昭和三〇年七月から同年一二月まで)

七七・四七二

九六

一一六

一、五八〇

七六七

三八四

一四、六〇〇

(昭和三一年三月から同年五月まで)

八〇・二一九

一〇〇

一二〇

一、六四〇

八〇〇

四〇〇

そうだとすれば、被告は、原告の前記第二、二、(二)前段の措置要求については、昭和二九年四月から昭和三一年九月末日までにわたつて原告のなした宿直勤務に対する叙上宿直手当残額請求債権の履行が静岡県によつてなされるよう措置すべき旨の勧告をなす限度においてこれを認容すべきであつたものというべく、本件判定のうち右措置要求全部を棄却した部分は違法であり、取消を免がれないといわざるをえない。

(むすび)

以上のとおり、原告の勤務条件に関する措置の要求を棄却した被告の判定のうち右(六)記載の部分は違法でありこれを取消すべきであるが、その余の部分についてはこれを違法とすべき事由を見出し難いから、原告のその余の請求は理由がなくこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九四条後段を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三関幸太郎 萩原直三 高木俊夫)

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