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静岡地方裁判所 昭和37年(行)9号 判決 1965年4月27日

原告 半場良平

被告 静岡県教育委員会

主文

本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、昭和三四年四月一日付をもつてなした静岡県熱海市立綱代小学校への転任処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

「一、原告は富士市立田子浦小学校に勤務する教員であつたが被告は原告に対し昭和三四年四月一日付で熱海市立綱代小学校へ転任を命ずる旨の処分をなした。

二、しかしながら本件転任処分は次のような瑕疵があり違法であるから取消さるべきものである。

(一)  市町村立小学校の教職員の任命権は県教育委員会に属するが、被告が本件転任処分をなすに当つては地方教育行政の組織および運営に関する法律第三八条ないし第四〇条の規定するところに従い富士市教育委員会および熱海市教育委員会の内申をまつて行うべきにもかかわらず、その内申を経ておらず、かつ学校長の意見具申もなされていない。被告は富士市、熱海市各教育委員会からそれぞれ内申の権限を委任された富士市教育長および熱海市教育長から本件転任処分をなすに当り内申があつた旨主張するけれども本件のごとき転任処分についての内申の権限は教育委員会に賦与された固有の権限であつて単なる教育行政事務と異なり教育長に委任することの許されない権限であり教育長の内申をもつて教育委員会の内申とすることはできない。

(二)  本件転任処分は原告の教育権を不当に侵害した違法な処分である。

すなわち、憲法第二三条とこれに基く教育基本法第一〇条によつて外部の不当な圧力から教育の自由が保障されたのであるから、教師の児童を教育する権利は裁判官の裁判する権利と同様他の何者にも支配されない職務の独立性が制度的に保障されねばならないのである。

そこで教職員の転任処分等についてもその教育権を侵害しないように配慮することが必要であり、任命権者たる被告においても単なる裁量行為として一方的に転任処分をなすことは許されないものといわねばならない。

原告は昭和三一年四月富士市立田子浦小学校に着任したが、三年目である昭和三三年四月第三学年を担任するや、従来の児童の能力差を無視した画一的授業の教育効果に疑問を抱き、第一学期から第二学期にかけて児童に種々の学力テストを施して個別的能力の把握に努めその結果に基いて第三学期からは児童を能力別に分類したうえ能力に応じた授業をはじめたのであるが、その当時同小学校の第三学年の学級担任はそのまま進級後も同じ学級を担任するいわゆる持上りが一般的慣例となつていたので、原告も当然持上るものと考え次年度は右能力別授業を本格的に軌道に乗せるべく教育計画を立案しており、このことは機会ある毎に同小学校の教頭、教科主任に意を通じていたのである。

ところが被告は原告に対し突如として昭和三四年四月一日付をもつて本件転任処分を下したのであつてこのため原告は右能力別授業についての教育計画の挫折を余儀なくされそれまでの努力は徒労に帰したのである。

本件転任処分は原告を転任させることにより上述のような原告の教育する権利の行使を妨げた違法な処分である。

三、そこで原告は静岡県人事委員会規則(一一―二)により被告を相手方として昭和三四年五月二八日本件転任処分は原告に対する不利益処分であるとしてその取消を求めるため訴外静岡県人事委員会に対し審査を請求したが、昭和三六年九月一三日本件転任処分を承認する旨の判定がなされたのでさらに昭和三七年三月一〇日同委員会に対し再審を請求したが同年六月一八日に至りこれを却下された。

よつて原告は被告に対し上述のような瑕疵の存する本件転任処分の取消を求めるため本訴におよぶ。」と述べ、

被告の本案前の抗弁に対する主張として、

「一、被告は本件転任処分は司法審査の及ばないところであり取消訴訟の対象たり得ない旨主張するが、原告は右処分により富士市立田子浦小学校教諭としての地位と権利を奪われたのであり、右処分は被告の裁量権の範囲を著しく超えているのみならず乱用にわたるものと認められるから当然司法審査の対象となる。

二、被告は原告の本訴請求が行政事件訴訟特例法第五条に定める出訴期間経過後に提起された不適法な請求である旨主張するけれども、静岡県人事委員会規則(一一―二)第一四条は不利益処分の審査請求事件において判定に同条所定の事由が存する場合は再審を請求することを認め人事委員会は審査の結果再審事由があると思料するときは最初の判定がなかつた状態に手続を戻して改めて審査する旨を定めているのであるから本件におけるごとく人事委員会の判定を不服として更に再審を請求した場合においてはこれに対する裁決のあつたことを知つた日すなわち本件においては再審請求が却下された昭和三七年六月一八日から出訴期間が進行するものというべく同年九月二九日に提起された本訴請求はこの点何らの瑕疵はなく適法な訴であることは明白である。」と述べた。

被告訴訟代理人は本案前の申立として、「本件請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、本案に対する申立として主文同旨の判決をそれぞれ求め、

本案前の抗弁として、

「一、被告は市町村立小学校教職員たる原告の任命権者であり被告と原告の法律的関係はいわゆる特別権力関係にある。本件転任処分は特別権力関係における任命権者たる被告の自律権に基く行政作用であり、単に特別権力関係内部においてこれに服する原告の地位に影響を与えるにとどまるいわゆる内部関係事項であるから純粋に行政権内部の問題であつて司法審査の範囲外にあるもので行政訴訟の対象となし得ないものである。従つて原告の本訴請求は不適法として却下さるべきである。

二、仮に右主張が認められないとしても、本件転任処分に対し、原告は昭和三四年五月二八日訴外静岡県人事委員会に不利益処分であるとしてその取消を請求したところ、同委員会は昭和三六年九月一三日本件転任処分を承認する旨の判定を下し、その判定書は同年一〇月三日原告と被告にそれぞれ送達された。右判定は行政事件訴訟特例法第二条に規定する訴願の裁決に該当するから原告の本訴請求は同法第五条の規定するところに従い右判定書送達の日から六ケ月以内に提起さるべきところ右出訴期間経過の後である同年九月二九日に提起されたものであるからこの点において不適法たるを免れず却下さるべきである。原告は本件においては再審請求に対する裁決のあつたことを知つた日から出訴期間が進行する旨主張するが、再審請求は人事委員会に対しその下した判定の誤りを指摘して職権の発動を促すにとどまり行政事件訴訟特例法第二条にいう訴願に当らないから再審請求に対する裁決のあつたことを知つた日を出訴期間の起算日とする余地はないのみならず、本件においては原告の再審請求は却下されたのであり、却下されたからには遡つて請求の効力自体失うものというべく出訴期間の起算日は前記昭和三六年一〇月三日であつて、再審の請求が却下された日ではないのである。」と述べ、

原告の請求原因に対する答弁として、

「一、請求の原因第一項の事実は認める。

二、(一) 同第二項(一)の事実のうち市町村立小、中学校の教職員の任命権が県教育委員会に属すること、その行使につき原告主張の規定が存することは認めるがその余の事実はすべて否認する。

被告が静岡県下の市町村立中、小学校教職員の人事異動をなすについては地域的立場を離れて全県的視野にたつて教授力の地域差、学校差をなくし教職員構成の均衡化をはかることを目的とし、教職員の特性、能力、年令、性別、教科の特色、資格等を勘案しており、原告に対する本件転任処分もこのような方針に基いて昭和三三年度末に行われた静岡県下教職員人事異動の一つである。

熱海市教育委員会および富士市教育委員会ではそれぞれ教育委員会規則により市教育長に対し県費負担教職員(校長を除く)の任免その他進退につき県教育委員会に内申する権限を委任しているところ、本件転任処分については昭和三四年三月一五日熱海市教育長より、同月二〇日富士市教育長よりそれぞれ被告に対し内申がなされた。

すなわち同年三月当時熱海市立綱代小学校では小学校助教諭の免許を有する女子職員が退職することとなり、さらに小学校教諭の免許を有する男子教員が熱海市立第二小学校へ転任することが予定されていたので同校校長としてはその後任として小学校教諭の免許を持つ年配の老練な教員を希望し市教育委員会を通じて被告の東部教育事務所の管理主事と相談のうえ下選考の結果当時富士市立田子浦小学校に勤務していた原告が適任と認めその旨熱海市教育長に意見を具申し、同教育長は同月一五日被告に対し同趣旨の内申をなした。そこで被告は富士市教育長にこれをはかつたところ同教育長は同市立田子浦小学校長の意見具申を得たうえ原告を熱海市立綱代小学校へ転任させることが相当である旨内申したので、原告が小学校教諭二級普通免許を有する当時五八歳の老練な男子教員であつて平素の勤務成績も良好であり既に富士市立田子浦小学校には三年間勤務していること等を総合判断したうえ教授力、教職員の人事構成の均衡化のため適切な人事異動であると認めて本件転任処分をなしたものであつて法規上定められた手続はすべて適正に履践しており何らの違法もないのである。

(二)  同第二項の(二)の事実は否認する。

原告は既に新任校において三年生を担任し既に教育に当つているのであり、その職務上の教育活動は維持充足されており、被告がこれを侵害した事実はない。

三、同第三項の事実は認める。」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、まず被告の本案前の抗弁につき検討するに

(一)  被告は本件転任処分は特別権力関係における任命権たる被告の自律権に基く内部的行為であつて司法裁判所の審査の対象とならない旨主張する。

被告が市町村立小学校の教員たる原告の任命権者であることは当事者間に争がないところで、従つて被告が教育人事行政上必要と認められる限りにおいて包括的な支配権を有し原告はこれに服従すべき関係にあるものと認められ転任処分を行うについては一応被告の自由な裁量に委ねられていると解されるけれども、地方教育行政の組織および運営に関する法律によれば、都道府県教育委員会が県費負担教職員の任免その他の進退を行うについては市町村教育委員会の内申をまつて行うべきこと、校長は所属の県費負担教職員の任免その他の進退に関する意見を市町村教育委員会に具申することができることをそれぞれ定めている点からも窺えるとおり教職員の職務の特殊性に鑑み都道府県教育委員会の人事行政上の権限の行使には自ら限界が存するのであつて殊に転任処分は教職員の身分上の利害に大きく関係しその影響も単に内部的なものに止まらないのであるからこれを特別権力関係における内部的行為ということはできず擅にこれを行うときは違法性を帯びることもあるべく、司法審査の対象となるものと解するのが相当である。

(二)  次に被告は本訴請求は原告が本件転任処分についての静岡県人事委員会の判定が下されたことを知つた日から六月の出訴期間を徒過した後に提起されたもので不適法であるから却下さるべきである旨主張するので案ずるに、

本件転任処分につき原告が当時施行されていた「不利益処分に関する審査に関する規則」(静岡県人事委員会規則一一―二)に基いて昭和三四年五月二八日訴外静岡県人事委員会に対し不利益処分であるとしてその取消を求めたところ同委員会は審理の結果昭和三六年九月一三日右請求を認めず本件転任処分を承認する旨の判定を下し右判定書は同年一〇月三日原告に送達されたこと、そこで原告は更に昭和三七年三月一〇日同委員会に対し再審を請求したが、同委員会は同年六月一八日これを却下したこと、原告は同年九月二九日本訴を提起したことはいずれも当事者間に争がないところであり、原告の本訴提起が同委員会の本件転任処分を承認する旨の判定の結果が原告に送達された日から六ケ月以上を経過した後になされたことは明らかである。

しかしながら、同規則は第五節(第一四条ないし第一八条)において再審を規定し、人事委員会の判定に関して第一四条第一項所定の事由が存するときは審査の当事者は判定書の送達を受けた日から六月以内に再審を請求することができ、この請求は単に人事委員会の職権の発動をうながすに止まらず人事委員会は調査のうえこれを受理すべきか否かを決定する義務を負い調査の結果却下すべき旨決定したときはその旨請求者に通知しなければならないことを定めている。そこで人事委員会の判定について不服な審査請求者は行政事件訴訟特例法第二条、第五条に規定する訴願に対する裁決を経たとして訴訟の提起が許されるのは勿論であるが、これとは別にさらに再審請求によつて再度人事委員会の判断を求める途が残されているのである。もとより再審請求は同規則第一四条第一項所定の事由ある場合に限り許されるものでその要件が厳格であるけれども、再審事由の有無は実体的な事実の問題であるからひつきよう人事委員会が調査のうえ判断すべきことになるのであり、この意味において不利益処分に関する人事委員会の審査手続には二段階の不服申立の途が用意されているといえる。従つて再審請求を機能的にみるときは行政事件訴訟特例法第二条、第五条にいう訴願に該当すると解するのが相当である。

そして本件におけるごとく人事委員会に対し審査を請求した者がその判定に再審事由ありと主張して更に再審を請求した場合にはたとえその請求が再審事由がないから受理すべきでないとして却下された場合でもこれをもつて行政事件訴訟特例法第五条にいう訴願の裁決としその決定のなされたことを知つた時から原処分についての出訴期間が進行すると解するのが右規則の再審を認めた趣旨に合致するゆえんである。けだし再審事由の有無はその他の再審の要件と異なり極めて実体的な事実問題であつてひつきよう人事委員会の調査による事実認定にまたねばならぬ場合が多く、請求者があくまで再審事由ありと考えて再審請求した場合にも人事委員会が調査の結果これがないとして却下したときには既に原処分の出訴期間が徒過しており訴訟の提起ができないという事態が生ずるのでは請求者はやすんじて再審請求ができないことになるおそれがあるからである。

そこで原告が人事委員会の再審請求却下の決定がなされたことを知つた日である昭和三七年六月一八日から六ケ月内である同年九月二九日に提起した本訴請求は被告主張のような出訴期間経過の違法はない。

以上被告の本案前の抗弁はいずれも理由を欠き失当である。

二、次に本案の請求につき判断するに、

(一)  原告は富士市立田子浦小学校に勤務する男子教員であつたが、被告が原告に対し昭和三四年四月一日付をもつて熱海市立綱代小学校へ転任を命ずる旨の本件転任処分をなしたことは当事者間に争がない。

(二)  原告は被告が本件転任処分をなすに際し地方教育行政の組織および運営に関する法律第三八条ないし第四〇条に規定する市教育委員会の内申を得ておらず、また所属学校長の意見具申もなされていない旨主張するに対し、被告は所属学校長の意見具申もなされ、市教育委員会から内申の権限を委任された市教育長から内申があり、これをまつて本件転任処分をなしたものである旨抗争するので審案するに、いずれも成立に争のない乙第一号証の八、第一号証の一四ないし一九、第一号証の二二、第一号証の四九の各記載および証人佐野和一の証言を総合すると、被告は昭和三四年三月末から四月はじめにかけて昭和三三年度末の市町村立中、小学校教職員の大巾な人事異動を行つたが、原告に対する本件転任処分もその一環として行われたものであること、本件転任処分当時原告が勤務していた富士市立田子浦小学校は富士市教育委員会の、原告が転任を命ぜられた熱海市立綱代小学校は熱海教育委員会のそれぞれ管轄に属すること、綱代小学校の教職員数は校長以下一七名で年令構成は校長五三才、教頭四四才、三〇才以上三五才まで五名、三〇才未満一〇名で比較的若く、資格は小学校一級普通免許状所有者四名、二級普通免許状所有者五名、仮免許状所有者四名、助教諭免許状所有者四名であつたこと、ところが同年度末の人事異動に際し右教職員のうちから小学校助教諭免許状を有する女子教員一名が退職し、普通免許状を有する男子教員一名が他校へ転任を予定されるに至つたので当時校長訴外田畑宗夫は同小学校の右のような年令構成、資格構成さらには同小学校の校区は漁業に従事する者が多く父兄、児童ともに気風が荒いという特殊な地域的事情も考慮したうえ、後任者には普通免許状を有する比較的年輩の老練な男子教員が望ましいと考え昭和三四年二月二五頃当時熱海市教育長であつた訴外武藤正己にその旨意見を具申したこと、同年三月一三日沼律市内の旅館で被告の東部教育事務所管内の市町村教育委員会の教育長、管理主事等が会同して年度末人事異動について意見を調整した際綱代小学校長の希望にかなう者として原告の名があげられたこと、そこで武藤教育長は翌一四日熱海市内の中、小学校長を集めた席上田畑校長に対し原告が後任の候補にあげられた旨伝えたところ、その内諾を得たので翌一五日被告に対し原告の転任に関する内申も含め「昭和三三年度熱海市人事異動について内申」と題する書面をもつて内申したこと、他方当時富士市教育委員会の教育長であつた訴外湧田隆一は同月一九日頃被告を綱代小学校に転任させることにつき当時田子浦小学校長であつた寺田理平の内諾を得たうえ翌二〇日頃被告に対し原告の異動に関する内申も含め「教諭異動案について」と題する書面をもつて内申したことがそれぞれ認められ、乙第一号証の三〇ないし三四の各記載、証人西川満夫、同岩沢昭、同田中圭吾の各証言もいまだ右認定を左右するに足りず他にこれを覆すに足る証拠はない。

原告は市教育委員会の有する市立中、小学校教職員の異動に関する内申の権限は教育委員会に賦与された固有の権限であつて市教育長にこれを委任することは許されない旨主張するけれども地方教育行政の組織および運営に関する法律第二六条第一項は教育委員会は教育委員会規則でさだめるところによりその権限に属する事務の一部を教育長に委任し又は教育長をして臨時に代理させることができる旨定めている。そして右規定に基き熱海市教育委員会は昭和三一年一〇月一日教委規則第五号により、富士市教育委員会は四月三日教委規則第一〇号によりそれぞれ「教育長に対する委任事務規則」を公布し、この規則の中で県費負担教職員たる校長を除く県費負担教職員の任免その他の進退について内申することを教育長に委任しているものであつて、その内申の権限を教育長に委任できない権限と解すべき合理的根拠は見出し難い。

してみれば被告は本件転任処分をなすにつき必要な手続を適法に履践しているものと認められ、この点に関しては何等の瑕疵も認められない。

(三)  次に原告は被告は本件転任処分によつて原告の教育権を侵害した旨主張するがそのいうところは要するに原告が富士市立田子浦小学校に在勤三年目から能力別授業を目論みまず担任児童に各種学力テストを施してその能力を把握し四年目から本格的にこれを実施すべく計画していたところ、本件転任処分により熱海市立綱代小学校へ転任を余儀なくされ右計画はそのなかばにして頓挫したというにある。

そして原告本人尋問の結果によれば原告は田子浦小学校に着任三年目の昭和三三年四月第三学年を担任したときからかねて疑問を抱いていた従来の面一的な授業方法を排して能力別授業を行うべく計画し第一年度は児童にいろいろな学力テストを施して個別的に能力を測定し、次年度には持上つて同じ学級を担当して右計画を実施に移すつもりであつたことが認められ右認定を左右する証拠はない。

しかしながらいわゆる教員の「教育権の独立」とは教育の自主性を阻害する不当な行政的権力的な支配の排除されなければならないことをいうのであつて、そのような不当な干渉にわたらない限りにおいては教員も教育行政の責任を負うものが教育運営上必要の見地から行なう権限の行使に対してこれを認容すべきものである。ところで、本件転任処分が静岡県下の市町村立中、小学校教職員の年度末人事異動の一環として先に認定したような経緯によつて行われたものであり、本件全証拠によるも特に原告の右計画を妨害する意図の下に行われたものであることは認められない。してみれば右転任処分の結果原告が意図していた授業計画が希望通りに実施できなくなつたとしてもこれは年度替りにおける担任の変更ないし転任処分によつて転任を命ぜられた者に通常惹起するやむを得ない事態であつて受忍すべきものであり、これをもつて直ちに本件転任処分が違法であるとは認めがたい。

そこで本件転任処分の違法をいう原告の主張はいずれもその理由を欠き失当であるから本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大島斐雄 高橋久雄 高木俊夫)

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