静岡地方裁判所 昭和42年(む)46号 決定 1967年3月27日
被疑者 山田洋
決 定 <被疑者、申立人氏名略>
右被疑者に対する不退去被疑事件につき、静岡中央警察署司法警察員等が、(1) 昭和四二年三月二五日、静岡地方裁判所裁判官相原宏が発した捜索差押許可状に基きなした山田洋の自宅及び同人の勤務先静岡県高等学校教職員組合事務所の捜索押収処分、(2) 昭和四二年三月二四日山田洋を現行犯逮捕した際なした押収処分について、右申立人らから適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は併合して次のとおり決定する。
主文
1 司法警察員大沢金平が、山田洋の自宅で、別紙押収品目録(一)記載の物件についてなした押収処分を取消す。右司法警察員は右物件を山田洋に返還すること。
2 司法警察員鈴木明男が、静岡県高等学校教職員組合事務所で別紙押収品目録(二)記載の物件についてなした押収処分のうち、番号一、二、三の<1>、三の<2>、三の<3>、三の<4>、三の<5>、三の<6>、三の<7>の高教組新聞処分反対特集二号、四、六、七、八、九、十、十一、十三、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四、二十五、二十六、二十七、二十八、二十九、三十一、三十二、三十三、三十四、三十五、三十六はこれを取消す。右司法警察員は右物件を山田洋に返還すること。
3 申立人らのその余の準抗告の申立を棄却する。
理由
一、本件準抗告申立の趣旨及び理由は、右申立人ら作成の準抗告申立書記載の通りであるから、ここに引用する。
二、そこで先ず、山田洋宅及び静岡県高等学校教職員組合事務所(以下事務所と略称する)の捜索押収につき考察する。
(1) 一件記録によると、昭和四二年三月二五日午前七時二四分から同八時三五分まで、司法警察員大沢金平は、静岡市昭府町四八一番地山田洋宅で、静岡地方裁判所裁判官相原宏が発した捜索差押許可状に基き、別紙押収品目録(一)記載の物件を押収したこと、及び右許可状には、山田洋に対する不退去被疑事件につき、「静岡市昭府町四八一番地山田洋自宅および付属建物」を捜索し、「本件不退去被疑事件に関係ある一、指令指示、通達、通信、連絡文書、および通信記録等の文書およびその起案文書あるいは原稿、二、会議録、議事録、経過報告書、組合日誌、闘争日誌等の文書、簿冊およびそのメモあるいは原稿、三、組合規約、組合役員名簿、文書受発簿、組合行事予定表等の文書、簿冊、およびその起案文書あるいは原稿、四、闘争の組織、編成、構成員、任務分担、役員行動表等に関する文書簿冊およびその起案文書あるいは原稿、五、機関紙、速報等の連絡文書およびその起案文書あるいは原稿、六、日記、ノート、メモ、覚書、手帳、ビラ、パンフレツト等の文書、七、役員等の行動費、その他の金銭出納に関する伝票、帳簿類、八、違法行為の認識および本件行動に対する措置についての対抗策等に関する文書。」を差押えることを許可する旨を記載されていたことを認めることができる。
(2) また一件記録によると昭和四二年三月二五日午前七時五五分から午前九時四四分まで、司法警察員鈴木明男は静岡市駿府町一番一二号静岡県高等学校教職員組合事務所において静岡地方裁判所裁判官相原宏の発した捜索差押令状に基き別紙押収品目録(二)の物件につき押収したこと、及び右捜索差押令状には山田洋に対する不退去被疑事件につき「静岡市駿府町一番一二号静岡県教育会館一階内静岡県高等学校教職員組合事務所」を捜索し、前記(1) 記載と同様の物件を差押えることを許可する旨が記載されていたことが認められる。
(3) ところで本件準抗告申立の最も大きな理由は、本件押収にかかる物件は、全て何れも本件被疑事件に関係がないという点であるので、この点を検討する。
(A) まず、考えるに、憲法三五条は、差押は押収物を明示する令状によることを命じ、刑事訴訟法二一九条は捜索差押許可状には被疑者名、被疑罪名の他に「差押える物」の記載を要求している。
このように押収する物の明示を要求しているのは、捜査機関から押収に関する自由裁量の余地を奪い特定の被疑事件について、捜索者に与えることのできる差押の権限の範囲を明確にし、もし捜索者が令状によつて許された範囲外の物を押収した場合は、相手方は直ちに異議を述べ、或いは刑訴法四三〇条によつて、裁判所へ救済を求めることができるようにして、財産権の保障及びプライヴアシイの保護を全うせんとするところにある。したがつて本来「差押物件」は一つ一つその性状形体等を具体的に記載することによつて特定することがのぞましい。しかし他方捜査の初期にかかる厳格な特定を要求することは捜査者に不可能を強いることになり捜査の目的を達し難くなりまた、かえつて、法が最も嫌忌するところの自白の追求の弊を生み出すことにもなりかねない。したがつて罪名のもつ制限的機能をあわせて抽象的な説明を加えて概括的に記載することも止むをえないとされているのである。
(B) そこで、本件令状をみると、その物件の表示には差押えるべき物
本件不退去被疑事件に関係ある
(一) 指令、指示、通達、通信連絡文書および通信記録等の文書およびその起案文書あるいは原稿
(二) 会議録、議事録、経過報告書組合日誌、闘争日誌等の文書、簿冊およびそのメモあるいは原稿
(三) 組合規約、組合役員名簿、文書受発簿、組合行事予定表等の文書簿冊およびその起案文書あるいは原稿
(四) 闘争の組織、編成、構成員、任務分担、役員行動表等に関する文書簿冊およびその起案文書あるいは原稿
(五) 機関紙、速報等の連絡文書、およびその起案文書あるいは原稿
(六) 日記、ノート、メモ、覚書、手帳、ビラ、パンフレツト等の文書
(七) 役員等の行動費、その他の金銭出納に関する伝票、帳簿類
(八) 違法行為の認識および本件行動に対する措置についての対抗策等に関する文書
となつている。
(C) このように、令状に「本件に関係ある……」と記載されている場合に、或物が、被疑事件に関係ある証拠物であるか否かを判断するのは、その令状によつて押収を許された捜査官の権限の範囲内に属することではあるが、その判断にも自ら限界がある。そうでなければ、令状主義は画餅に帰してしまう(ここに刑訴法四三〇条の存在理由も存する)。とくに本件のように極めて、抽象的かつ概括的でしかも不退去という被疑事件からは必ずしも容易に推理しがたい物が記載されている場合には、その執行に当る捜査官は前記令状主義の趣旨を理解し、被疑事実との具体的関連にとくに意を用い、いやしくも、差押権限を逸脱し、その乱用に陥いることのないよう充分注意を払うことが要求される。現場においてその関連性の判断が困難だからといつて一応押収するということは許されない。
(D) また本件被疑事実は「被疑者は静岡県高等学校教職員組合の書記長であるところ、昭和四二年三月二四日静岡市追手町九番六号静岡県庁別館四階静岡県教育委員会前廊下および階段等に坐り込みを行つたため庁舎管理責任者である県出納事務局長より命を受けた県管財課員青木清吉が同日午前一〇時一九分頃から再三にわたり被疑者等に対し携帯マイクおよび携帯掲示板を使用して庁舎外に退去方を要求されたにも拘らず組合員約二百名を指揮して坐り込みを継続し、同日午前一〇時五〇分頃まで前記場所から庁舎外に退去しなかつたものである」というのである。
そこで本件各押収物件と右被疑事件との関連について考えてみると、
本件押収物件は何れも全て本件不退去の被疑事実の存否には直接関連がないことが明白である。
そこで押収をなした前記鈴木明男、大沢金平は右物件は全て不退去の組織性、計画性についての証拠として押収したとのべている。
もちろん強制処分が許されるのは、いわゆる罪体の存否に関する証拠となりうるもののみならず情状に関するものも含まれることは言うまでもない。しかしながら刑事訴訟の基本的な課題は犯罪事実の存否をまず明らかにすることであるから犯罪構成要件に該当する事実の存否に関する事実については少なくとも何らかの関連性があると認められる証拠はこれを押収することが必要とされることは当然である。そしてこの場合は、被疑事実との関連性の判断もさして困難ではない場合が多い。
ところが事件の背景的事実等を含めたいわゆる情状に関する事実は複雑多岐で類型性もなく、また被疑事件との関連性があいまいでその判断もきわめて困難な場合が多いのみならずもし、かかる事実にまで何らかの関連がある証拠だという判断のもとに押収することを許すと財産権の保障、プライヴアシイの保護の見地から問題のある場合がでてくる。さらにこれに名をかりて他の事件についての重要な証拠までも押収される可能性も否定しえない。
したがつて、情状の点にのみ関連のある証拠物が令状記載の物に含まれるか否かは当該犯罪の性質、態様及びある事実がその犯罪の情状としてもつ類型的な重要性などを考慮したうえで、かなり厳格に考える必要がある。
(E) ところで本件被疑事実は単純な不退去で被疑者が単独に問題とされている。かかる場合に組織性はもちろん、計画性が果してどれだけ意味をもつかまず疑問である。
すなわち、本件不退去に至る具体的経過をみるに、「県教育委員会が三月二二日年度末人事異動案を発表したことに対し、組合は再検討を求め折衝を重ねた結果、教育長は二三日夕刻回答すると約したのに二四日朝になつても回答がえられなかつたため、二四日午前一〇時頃から教育委員会事務室前に山田洋ほか約二〇〇名の組合員が坐りこんだ」直後に本件被疑事実が発生したのであることが認められる。
また、被疑者らは、三月二二日以前何回となく教育委員会へ動員をかけているが、これはいわゆる10・21闘争に対する処分をめぐる闘争の一かんとして行われていたものであつて、本件の直接の原因となつた人事異動に対する闘争とは一応区別されるものであることも認められる。
(F) そこで、本件各押収物件を個々的に検討すると、まず、別紙押収品目録(二)のうち六、九、一〇、一七は本件と全く関係ないことが明らかである。
次いで同目録(二)の七、二一、二九は、何れも10・21の処分の内容又はその処分の不当性に関するもので、同目録(一)の全部及び同目録の一、二、三の<1><2><3><4><5><6><7>のうち新聞二号、四、八、一一、一三、一五、一六、一八、一九、二〇、二二、二三、二四、二五、二六、二七、三一、三二、三三、三四、三五は何れも10・21処分に対する闘争方針ならびに闘争の経過に関するものであるが、右にのべた諸点を考慮すると本件不退去罪とは関係ないものと見るのが相当であると認めるので除外しなければならない。また同目録(二)の二八、三六は関連性不明である。
そうだとすると、人事異動をめぐる闘争に関する文書である同目録(二)の、三の<7>の新聞三号、三の<8>、五、一二、一四、三〇、三七のみが関係あるものといわざるをえない。
(4) 次に捜索押収手続について申立人らが主張する準抗告の理由は二つあるので順次検討する。
(A) 何ら必要がないのに事務所を閉鎖した上、入口前に警官多数を整列させる等したのは違法であるという点について
一件記録及び当裁判所の事実取調の結果を綜合すると、本件事務所の捜索は二九名の警官によつて行われ、制服一〇名と私服一名の警官が事務所外の警備につき、私服一八名が内部に入りうち四名が写真撮影に、うち四名が見取図作成にあたり直接捜索にあたつたのは一〇名であつたこと及び立会人が三名であつたことが認められる。捜索の妨害の予防、証拠隠滅の予防等の点からみて、かかる体制でのぞんだものと認められる。暴力団等特殊な事件のように危険の予想される事件の捜索とはたしかに異なる点からみると人数の点で多少疑問がなくはないが、事件の場所が私人の住居と異なり事務所であるということ、事務所の状況、そして現に捜索の途中事務所外で、多少騒ぎがあつたこと等の事情をあわせると、当不当は別として、違法とまでいうことはできない。また立会についても、本件事務所の状況及び捜索者と立会人の配置状況からみて立会がその目的を達しない程度であつたという状況にはなかつたと認められる。
(B) 立会人鈴木誠也の身体を令状なくして捜索したという点について
一件記録及び当裁判所の事実取調の結果を綜合すると、鈴木誠也が、前記目録(二)の三一を手にもち、同目録(二)の三〇が同人の上衣の内ポケツトからのぞいていたので、司法警察員望月六雄が提示を求めたところ同人が上衣の内ポケツトからとりだしたので、これを差押えたことが認められ、それ以上望月がポケツトに手をつつこんだ事実は認められない。ただ鈴木に対する提示の要求が多少執ようであつたことはうかがわれるが、身体の捜索をなしたとは認められない。
三、次に現行犯逮捕のさいの押収処分について検討する。
一件記録によると、昭和四二年三月二四日被疑者山田洋が前記次長室廊下で不退去の現行犯として逮捕されたさい、司法警察員山内春男が別紙目録(三)記載の携帯拡声機(マイク付)を差押えたことがみとめられる。
この物件は前記被疑事実及び前述したことから明らかなように、犯罪の組成物件とはいえないにしても、不退去行為の態様に関連あるものであるから除外することはできない。
四、以上の次第で、主文1、2記載の物件については、本件押収処分は違法であるから、この部分についての本件準抗告の申立は理由があることになるのでこの部分の押収処分を取消すことにし、その他の物件についての押収処分は適法であるから、その部分についての準抗告は理由がないことになるから、これを棄却することとし、刑事訴訟法四三二条、四二六条により主文のとおり決定する。
(裁判官 熊本典道)
別紙押収品目録(一)(二)(三)、準抗告申立書<省略>