静岡地方裁判所 昭和42年(行ウ)16号 判決 1970年10月13日
原告 株式会社塚本商店
被告 静岡税務署長
訴訟代理人 斎藤健 外八名
主文
一、被告が昭和四三年九月一四日付をもつて原告に対してなしたところの
(一) 原告の昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度分法人税の所得金額を金一五、七九四、六九八円とする更正決定中金七、七九一、六九八円を越える部分
(二) 過少申告加算税額を金一七三、一〇〇円とする賦課決定中金三八、〇五〇円を越える部分
はいずれもこれを取消す。
二、被告が昭和四一年四月一四日付をもつて原告に対してなした原告の昭和四〇年分源泉徴収にかかる所得税額を金三、三七二、一三〇円とする徴収処分中金三、四八〇円を越える部分の取消を求める原告の請求、および被告が同日付をもつて原告に対してなした不納付加算税額を金三三六、八〇〇円とする賦課決定の取消を求める原告の請求はいずれもこれを棄却する。
三、原告その余の請求はいずれもこれを却下する。
四、訴訟費用は四分しその一を原告の、その余を被告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、次の事実は当事者間に争いがない。
(一) 原告が、酒類ならびに食料品の販売を業としている株式会社であり、昭和四〇年一一月三〇日被告に対して同三九年一〇月一日から同四〇年九月三〇日までの事業年度の法人税の確定申告として所得金額を金五、八九七、六五七円と青色申告した。
(二) ところが、被告は、同四一年四月一四日付で原告に対して「借地権売却額過少計上」を附記理由として、右所得金額を金一五、七九四、六九八円に更正する旨の決定およびこれに伴う過少申告加算税額を金一七三、一五〇円とする賦課決定(第一次更正処分)と、これにともなつて原告の同四〇年分源泉徴収にかかる所得税額を金三、三七二、一三〇円とする徴収処分および不納付加算税額を金三三六、八〇〇円とする賦課決定(本件徴収処分)をなした。
(三) 原告は、右第一次更正処分および本件徴収処分につき昭和四一年五月九日名古屋国税局長に対して審査請求をなしたが、同局長は昭和四二年一旦三日付でこれを棄却した、
(四) また、被告は、右第一次更正処分および本件徴収処分の取消訴訟が係属中である昭和四三年九月一三日付をもつて原告に対して「更正理由の附記に一部脱漏があると認められる」との理由で、第一次更正処分を取消し、所得金額を原告の確定申告額と同一額に減額する旨の更正決定(第二次更正処分)をなしさらに、同月一四日付をもつて原告に対して前記確定申告につき、第一次更正処分とほぼ同一内容(所得金額については同一過少申告加算税額は金一七三、一〇〇円で第一次更正処分より五〇円減少)の更正、賦課決定(第三次更正処分)をなし、その附記理由として第一次更正処分に附記された理由である「借地権売却額過少計上」を詳細に説明した理由を附記した。
二、第一次更正処分の取消を求める原告の訴えの利益の有無。
前記のように被告は第二次更正処分において第一次更正処分を取消し、所得金額を原告の確定申告額と同一額に法人税額を申告額よりやや低い額に減額する旨の決定をなしている。したがつて原告の第一次更正処分の取消を求める訴は訴の利益があるかどうかがまず問題となる。この点に関して原告は、第二次更正処分は法人税法第一三〇条第二項の要件や国税通則法第二六条に定める再更正ができるための要件を充足していないからその効力に疑問がある旨主張する。しかし、更正処分を相当とし審査請求を理由なしとする裁決があつた後においても、課税庁がその更正処分に何らかの瑕疵を発見した場合その瑕疵を認めて課税庁自らがその更正処分を再更正することは原則として自由になしうるはずであり、また、その場合の再更正の内容が実質上は第一次更正処分を取消すものであつて納税義務者の確定申告額と同一の所得額申告額よりやや低い法人税額を認定しているときには、納税義務者の確定申告額より多額の所得額、法人税額を認定する更正決定とは違つて、それが納税義務者の利害に与える影響は殆どないといえるから、その再更正に附記する理由も自ずと簡単なものでよいと考えられ本件のごとく更正理由の附記に脱漏があるから取消すという程度の附記をもつて足りると解すべきであり、またその処分の限度では第一次更正処分の所得額法人税額が過大であることになるから国税通則法第二六条にも違反しない。したがつて原告の右主張は理由がない。なお、前記のように続いて第三次更正処分がなされた経過からすると本件の第二次更正処分は第三次更正処分を行なうための前提手続たる意味を有するにすぎないとはいつても、第二次更正処分が独立の行政処分であることはいうまでもない。してみると、第一次更正処分は第二次更正処分によつて取り消され、第一次更正処分の取消を求める訴は、第二次更正処分の行なわれた時以降、その利益を失つたものといわざるをえない。よつて原告の右訴は不適法なものとして却下することとする。
三、第三次更正処分の取消事由の有無。
原告は、被告の第三次更正処分をなした行為は更正権の濫用である旨主張するので、まずこの点について判断する。
前記の第三次更正処分の内容およびそれにいたるまでの経過に照らすと、第三次更正処分は、実質的には第一次更正処分の附記理由を追完する目的のみでなされたことは明白であり、このことは被告も自認するところである。第一次更正処分の附記理由として借地権売却額過少計上とあるだけでは更正決定に理由の附記を要求した法の趣旨に反し、したがつて右更正処分はそのことだけで取消の事由を包蔵していることは原告主張のとおりである。しかも、第三次更正処分は前記のように第一次更正処分の取消訴訟が係属中になされているのである。それは特に新たな調査にもとづいたわけでもない。そうすると右第三次更正処分は被告が第一次更正処分の理由附記の不備のため敗訴するのを免れるために意識的になした行為であり、行政庁の処分としては極めて公正さを欠く行為であるといわざるをえない。さらにまた、もし税務行政の運用においてこのような被告の行為が認容されるならば、第一次更正決定には法の要求をみださない簡単な理由を附記し、審査請求あるいは行政訴訟におよんだものに対してのみ法の要求をみたす程度の理由を示すというような税務行政が行なわれてもこれを否定できないこととなり、青色申告に対する更正決定に理由附記を要求する法人税法の趣旨が損われることになつてしまうといわざるをえない(更正処分に対する理由附記はそもそも追完を許すかどうか、またかりに許すとした場合何時まで許すかは問題であるが、追完を許すとした場合でもそれは審査請求の段階までで訴訟の段階にいたつてはもはや許されないと解する)。以上の理由により本件第三次更正処分は被告が更正権を濫用してなした違法な処分である。
四、本件徴収処分の取消事由の有無。
(一) 原告は本件徴収処分について、本件徴収処分は違法な第一次更正処分を前提としてなされているから、本件徴収処分もまた違法であり、また、かりに第一次更正処分が第二次更正処分によつて適法に取消されたとするなら、第二次更正処分のなされた時点において原告の塚本英吉に対する臨時的給与の支給は何ら存在しないのであるから、右臨時的給与の存在を前提とする本件徴収処分もまた取消さるべきであり、そうでないと一定時点において被告の和相矛盾する処分が並存することになる旨主張するのでまずこの点について検討する。
後に認定するように本件土地とその地上建物が譲渡され、その総代金が、土地所有者であり当時の原告代表者である塚本英吉と建物の所有者であり土地の賃借人である原告との間にいかに帰属するかについて、原告の申告した所得金額を被告が過少であるとして、一方で原告の所得の増加に伴う法人税増徴の第一次更正処分をすると共に、他方でその増加分は原告から塚本英吉への賞与と認めて所得税の本件徴収処分をした。したがつて第一次更正処分および本件徴収処分を被告がなすにいたつたその基礎となる事実は、原告の主張するようにまつたく同一の事実関係である。しかし、それだからといつてすぐに本件徴収処分は第一次更正処分を前提とするものであり、その間に少しでも矛盾があつてはいけないとはいえない。むしろ、本件徴収処分の根拠となる法律は所得税法であるのに対し、第一次更正処分の根拠となるのは法人税法であり、両者は税法を異にすること、および源泉徴収にかかる所得税を実質的に負担とするのは本件においては塚本英吉であるのに対し、第一次更正処分における法人税の納税義務者は原告であり、両者は実質的にみて納税の主体を異にすること等の事情からすれば両者はまつたく別個の処分であつて第一次更正処分の違法は原則として本件徴収処分にはなんら影響をおよぼさないというべきである。よつて、原告の右主張は採用できない。
(二) そこで次に本件徴収処分が実質的に見て適法なものであつたかどうかについて検討する。
1. 原告が訴外塚本英吉(原告の当時の代表取締役)所有の本件土地を賃借し、同地上に本件建物を所有しその事実の用に供していたところ、静岡鉄道から右各物件について買入れの交渉があり、昭和四〇年三月三日、原告は本件建物および借地権を金二二、三八九、〇〇〇円として、また塚本英吉は本件土地を金五二、二四一、〇〇〇円としていずれも静岡鉄道に売却したこと、右の原告の譲渡価額は、原告の譲渡価額と塚本英吉の譲渡価額との合計額金七四、六三〇、〇〇〇円に対し、その三〇%に当ること、静岡鉄道が本件土地を購入した目的は本件土地を更地として利用する目的であつて本件建物を利用する目的ではなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。してみると、右の売買契約においては本件土地のいわゆる借地権割合は建物の価格を考えないとして三〇%として計算されていることになる(建物の価格を考えると借地権割合は三〇%にみたない)。
2 そこで、右の借地権割合が被告主張のように本件土地の近傍における売買事例、相続税財産評価における借地権割合、精通者意見に比し異常に低価なものかどうかについて検討を加える。
イ 原告が前記売買契約を締結するに際して、原告から鑑定評価を依頼された訴外財団法人日本不動産研究所は、本件土地の借地権割合を四〇%と査定していることは当事者間に争いがない。原告はその算出方法が本件土地の場合に適当でないというが、右鑑定評価によれば差額地代資本還元法によると借地権割合が三六%となるのを慣行借地権割合五〇%と勘案して四〇%と評価したものであつて、原告のいうことはあてはまらない。
ロ <証拠省略>を総合すると、
a 訴外静岡商事株式会社は、昭和三九年一〇月自己が借地権を有していた静岡市鷹匠町一丁目六七番地の一宅地一一一、〇四平方米をその所有者である訴外鈴木光から金七〇〇万円で買い受け、さらにこれを静岡鉄道に一、六〇〇万円で売却しているが、この場合の借地権割合は、従つて五六、二%となること、
b 訴外株式会社御幸ビルは、昭和四〇年六月静岡市呉服町二丁目八番地の三外二筆合計三三九、一〇平方米の宅地をその所有者である訴外渡辺都三郎から金六九五〇円で買受けるとともに右土地に借地権を有していた訴外株式会社清水屋から右借地権を金六二七二万円で買受けていること、したがつてこの売買事例では借地権割合は約四七%であること、
c 訴外増井慶太郎は、昭和三九年九月その所有していた静岡市御幸町一〇番の一三外六筆合計五四〇、七六平方米の宅地を訴外株式会社松阪屋に対し一億五〇〇〇万円で売却しさらに右宅地上に借地権を有していた訴外嶋出秀次郎らに対し、その借地権を消滅せしめた対価として相当の金額を支払つているが、それらの事例によれば借地権割合は三九、七%から四四、五%であること、
以上の事実が認められる。右事実によれば本件土地の近傍における売買の実例では借地権割合は少くとも四〇%以上で取引されていることが推認される。
ハ <証拠省略>を総合すると、相続税財産評価基準によると静岡市における借地権割合は四〇ないし六〇%であることが認められる。
右イ、ロ、ハの各事実によれば本件土地の借地権割合は少くとも四〇%を下らないと認められる。この点に関し、原告は本件土地の地代は低価で恩恵的なものであるから借地権割合も低いと主張するが、本件土地の地代が低いとする原告の言分は、<証拠省略>に照らしたやすく認められないから、借地権割合が低いという原告の主張は採用できない。また、原告は本件土地のうち五〇、二%が空地であつたから借地権割合は店舗もしくは居住用の建物を所有する借地権に比し低率とされるとか、本件建物は滅失寸前のものであり建物の滅失により借地契約も消滅することとなることからこれまた他の場合と比較して借地権割合は低率とされるとか主張するが、前記イ、ロ、ハの事実や当裁判所に顕著な現今における強度の借地権保障の実態からして原告主張の右事実のみでは本件土地の借地権割合が四〇%を下らないとする前認定左を左右するに足りない。よつて、本件土地の借地権割合を三〇%とする本件土地の売買は、本件土地近傍における一般の取引に比し著しく借地権割合を低率に算定しているといわざるをえない。
3 もつとも原告は、本件土地に対する借地権の代替として、塚本英吉から同人が静岡鉄道より昭和四〇年四月三〇日買受けた静岡市長沼町三丁目一番の一外二筆の土地の提供を受け、それを賃借したから、原告としては本件土地の借地権を消滅させる対価として金二二、三八九、〇〇〇円を受領した他に、塚本英吉から前記土地の借地権という別個の利益を受けていることになり、本件土地近傍の売買事例と比較しても著しく不相当な価額で借地権割合を算定してはいない旨主張するので、さらにこの点について判断する。
塚本英吉が、静岡鉄道より昭和四〇年四月三〇日に原告主張の土地を買受けたことおよび原告がその土地の上に建物をその頃新築して所有したことは当事者間に争いがない。<証拠省略>を総合すると、原告は、塚本英吉が静岡鉄道から代金三一、六八四、九八五円で買受けた前記土地を普通建物所有の目的で賃借し、その賃料として月額七八、七八〇円(この賃料により前記の取得価額に対する年額賃料の割合を計算すると、それは約三%となる)を支払つていることが認められる。また<証拠省略>を総合すると、昭和四〇年頃静岡市長沼町付近の土地を新たに賃貸借する場合には、当事者間において権利金を授受する取引上の慣行はないこと、および年額賃料は更地価額に対して二ないし五%程度であること、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない(原告は被告の右調査の時期について云々するが、その時期はいつであれ昭和四〇年当時以来のことを調査したものであれば、差支えない)。
右の各事実によれば、原告が本件土地の代替地として塚本英吉からその所有の静岡市長沼町三丁目一番の一外二筆の土地を新たに賃借したことにより原告が塚本英吉より特に前記借地権割合に影響する程の経済的利益を受けたものであるということはとうていできない。よつて、原告のこの点に関する主張は失当である。
4. 右、1、2、3の事実によれば、被告主張のとおり本件土地の正当な借地権割合、すなわち静岡鉄道の総買受価額から後記建物価額を控除した残額の四〇%相当額金二九、四九二、〇〇〇円と本件建物価額金九〇〇、〇〇〇円(<証拠省略>によつて妥当なものと認める。)の合計額金三〇、三九二、〇〇〇円は本来原告の取得すべき金額であり、原告計上の譲渡価額金二二、三八九、〇〇〇円と右金額との差額金八、〇〇三、〇〇〇円は、本来原告に帰属すべきなのに土地の所有者であり原告の当時の代表者である塚本英吉の所得とされているから、原告から同人に支給したものと認めるのが相当である。そして、右金額は法人税法第三五条にいう役員に対して支給した臨時的給与(賞与)であると認められるから、所得税法第六条に定める源泉徴収義務者である原告は、右賞与につき源泉所得税の納入義務がありそれに伴い本件においては不納付加算税をも納付する義務がある。その各数額については<証拠省略>によつて認める。
よつて、被告のなした本件徴収処分は実質的にみても何ら違法な処分ではない。
五、結語
以上の次第であるから、原告の本訴請求のうち第一次更正処分の取消を求める訴は不適法として却下することとし、本件徴収処分の取消を求める請求は理由がないのでこれを棄却することとし第三次更正処分については原告の取消を求めている限度で、すなわち所得税額を金一五、七九四、六九八円とする更正決定中金七、七九一、六九八円を越える部分と過少申告加算税額を金一七三、一〇〇円とする賦課決定中金三八、〇五〇円を越える部分の取消請求を理由ありとして認容することとする。よつて、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 水上東作 山田真也 三上英昭)