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静岡地方裁判所 昭和44年(行ウ)6号 判決 1970年10月06日

原告 池上重一

被告 浜松市

訴訟代理人 白石信明 外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

「被告が昭和四二年一一月一日原告に対してなした昭和四二年度国民健康保険料を金一九、八八七円とする賦課処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二、被告

主文同旨の判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  被告は原告に対して、昭和四二年一一月一日付をもつて昭和四二年度国民健康保険料を金一九、八八七円とする賦課決定をなした。

(二)  しかし、右賦課決定は次に述べる理由による違法な処分である。

1. 現行の浜松市国民健康保険条例によれば、保険料のうち所得割は前年度の所得を対象に賦課されている。しかし、いわゆる社会保険制度における被保険者に対する賦課保険料は、基本的には「国民の生存権の実現を意図して所得の再分配を通じてすべての国民の最低生活を確保すべきものでなければならない」とする方向を指向して、しかも制度上現実に健全な運営がなされるように務めたものでなければならない。したがつて、国民健康保険を除く他の医療保険においては、いわゆる応能主義の原則によつて各月の収入に応じてその保険料を負担させている。ところで、被保険者を一般の被用者とは異にし、収入あるいは所得が各月不定である自営業者その他を対象とする国民健康保険においては、他の医療保険におけるように被保険者である被用者の各月の給料あるいは俸給たる額と定められた料率に基いてその保険料を賦課することは不可能であり、年額所得などに基いて保険料を賦課する方法をとることには異論がないが、しかし、応能主義の立前として当該年度の保険料はあくまで当該年度の所得を算定の基礎とすべきである。この点について被告は国民健康保険においては、合理的な運用方法として前年度所得を標準として所得割を算定する方法がやむを得ない措置であると主張しているが、これはたとえば次に述べるようなしくみを考慮すれば妥当とはいえない。すなわち、国民健康保険における当該年度の被保険者の保険料を年度をずらせて翌年度において確定算出するものとして、当該年度においてはあくまでも概算仮算出額として賦課および徴収しておいて、これを翌年度において確定算出することによつて調整するのであればそれは実質的に当該年度応能主義を実現したものといえよう。

なお、右の不合理は原告のように他の社会保険制度から国民健康保険制度に移動した者にとつては一層顕著である。すなわち、原告は昭和四一年度の所得につき原告が以前に勤務していた本田技研工業株式会社健康保険組合より合計一八、四八〇円の健康保険料を徴収されている。しかるに、その間同じ昭和四一年度分の所得を基準として昭和四二年度の国民健康保険料を徴収することはさらに不合理なものといわざるをえない。

かりに前述のような当該年度応能主義をとることが不可能であると仮定しても、原告のごときその年度において所得が急減した被保険者の場合における不合理を個別的に是正する方法は配慮されてしかるべきである。

すなわち、前年度に比して当該年度所得が急減した被保険者に対しては、一定限度(たとえば前年度所得に対して当該年度の所得が二分の一以下となる場合としてもよい。)を定めて被保険者の申告などに基いて賦課保険料を減額するしくみを設けて是正をはかれば不合理は解消されるともいえよう。このことは他ならぬ浜松市国民健康保険条例第一九条の規定や同条例第二八条の規定においてすでに保険料を後から是正する趣旨が生かされている場合があることに鑑みれば、決して実行不可能ではないというべきである。なお原告の場合には右の二規定は適用されない。

このように不合理な賦課処分は国民健康保険の目的および憲法で保障された生存権を侵すものである。

2. また原告に対してなされた本件保険料の賦課決定は、前述のように所得割の賦課が不合理であるばかりでなく、資産割の賦課処分もまた次に述べる理由により違法である。

イ 資産割額は、浜松市国民健康保険条例第一三条によつて「当該年度分として納付した、または納付すべき固定資産税額に一定率を乗じて算定する額」とされているが、そもそも市町村税たる固定資産税が賦課および徴収されることとなる賦課期日(賦課を決定する期日)は地方税法第三五九条により、当該年度の初日の属する年の一月一日とされている。しかるに原告の場合は、その賦課期日(昭和四二年一月一日)においては浜松市国民健康保険被保険者ではなく、それ以前の給与所得生活者として職域健康保険被保険者であつた。そしてその後昭和四二年二月二四目浜松市国民健康保険被保険者の資格を取得したものであり、この時期より国民健康保険加入による利益を受けはじめたのである。したがつて、原告に対して国民健康保険料の資産割を賦課すべきは資格取得の期日以降における固定資産の賦課期日(昭和四三年一月一日)によつて算定した資産割額から賦課すべきが正当である。

ロ 国民健康保険制度において、資産割を基礎として保険料を算定することは、社会保険制度の理念(生存権の実現、所得の再分配)上からも疑念がある。現に保険料の算定の基礎として資産割をまつたく使用しない方式を採用している市町村も多くある。

ハ また、資産割保険料が賦課される根拠となる固定資産といえども、現実には種々の内容のものがある。原告の場合は、給与所得生活者当時に公的住宅融資制度の援助により居住用の土地、建物を取得し、現在にいたるも割賦償還を続けている状態であるから、形式的には所者であつても実質的には所有者たるものとしては疑問がある。したがつて応能主義による資産割は、その固定資産の所有が相当の経済能力を有するものと認められる場合、たとえば店舗、工場、貸家等において賦課するのはよいとしても、原告のごとく日常生活の居住の用に供するに必要な限度における固定資産に至るまでは保険料を賦課すべきではない。

3. さらに原告になされた本件保険料賦課決定のうちの被保険者均等割(以下均等割という)および世帯平等割額(以下世帯割という)もまた次の理由によつて違法である。

均等割および世帯割は、浜松市国民健康保険条例第二〇条の二の規定によつて低所得世帯においてはその保険料を減額される配慮がなされている。しかしながら、それはあくまでも前年度所得を基準にして減額される規定であり、これは前述した所得割と同様原告のごとくその経済生活がおびやかされた直接の当該年度において何ら配慮されるものとはならない。したがつて、これもまた所得割同様に当該年度において右条例第二〇条の二の保険料減額規定の方式が実質的に適用される配慮がなされてしかるべきである。

(三)  そこで原告は、昭和四一年一二月四日付をもつて静岡県国民健康保険審査会に対して本件賦課処分につき審査請求をなしたが、同審査会は同四四年三月一〇日付をもつて原告の請求を棄却する旨の裁決をなした。よつて本訴におよんだ次第である。

二、請求原因に対する被告の答弁および被告の主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)1.の事実中被告が前年度(昭和四一年度)の原告の所得を基準として所得割額を計算し本件賦課処分をなしたことは認める。

なお本件賦課処分は浜松市国民健康保険条例第一一条乃至第一四条により算定したもので、その算定基準と算式は次のとおりである。

(1)  賦課基準

イ 当該年度分として納付した市民税所得割額(条例第一二条) 一一、一八〇円

ロ 当該年度分として納付した固定資産税額(条例第一三条)

浜松市萩町一、二〇五番三七

家屋番号 同町二〇番一二の家屋 三、七一七円

家屋番号 同町一、二〇五番三七の家屋 二、五七七円

合計 六、二九〇円

ハ 原告世帯の被保険者数 五人

(2)  保険料率(昭和四二年一〇月四日付浜松市告示第一一三号)

イ 所得割 一〇〇分の一二五

ロ 資産割 一〇〇分の三二

ハ 被保険者均等割合 五四〇円

ニ 世帯平均割額 一、二〇〇円

(3)  保険料額

イ 所得割額    11,180×125/100 = 13,975円

ロ 資産割額     6,290×32/100 = 2,012円

ハ 被保険者均等割額     540×5 = 2,700円

ニ 世帯平均割額             1,200円

計               19,887円

ところで原告は前年度の所得を対象にして保険料を賦課するのは違法である旨主張する。しかし、国民健康保険の保険料額をどのような標準で賦課するかは本来立法政策の問題である。そして、なるほど応能主義を貫く限り当該年度の所得額を標準として保険料を算定するのが理想的であるが、しかし国税である所得税の所得算定期間は一月一日から一二月三一日であるのに対し、国民健康保険の当該年度は四月一日から翌年三月三一日までであるので、国民健康保険の保険者において所得税の課税標準とは別個に独自に一四万余名(約四万世帯)に及ぶ多数の被保険者の当該期間の所得を算定することは不可能に近くまた、可能としてもその経費と労力は図り知れないものがある。したがつて経費を最低限にし、保険料の負担を低くして健康保険をもつとも合理的に運用するための次善の策として、前年度の所得額によつてその経済能力を計り、これを標準として保険料を算定することはやむをえないものといわざるをえない。

また、原告は前年度の所得を標準とすると前年度と比較して当該年度の所得が減つたとき不合理である旨主張する。しかし被保険者によつては前年度に比べて当該年度の所得が急増する場合もあるのであつて長期間に亘り観察すれば、被保険者の経済能力に応ずるものであるということができる。しかも当該年度の所得が急激に低下し、その結果生活に困窮し、保険料の負担能力もなくなるという特別の場合には、条例第二八条により保険料の減免措置を定めており、条例はこの点でも欠けるところがないといえる。

2. 原告は、資産割額について、原告が浜松市国民健康保険被保険者としての資格を取得する(昭和四二年二月二四日)以前の同年一月一日を賦課期日とする固定資産税額を基準として賦課するのは違法である旨主張する。

しかし、昭和四二年一月一日を賦課期日として保険料を賦課するわけでなく、当該年度分として納付した、または納付すべき固定資産税額に保険料率を乗じて算出した資産割の保険料(条例第一三条)を同年四月一日を賦課期日として賦課した(条例第一九条)ものである。ところで、同年四月一日には原告が浜松市国民健康保険の被保険者の資格を取得していたことは原告の自認されるところであり、なんら違法ではないというべきである。

3. 原告は、公的住宅融資を受けて固定資産を取得し、その割賦弁済が終了していないから固定資産の所有は形式的なものであり、この形式的所有をとらえて資産割の保険料を課するのは不合理である旨主張する。

しかし、固定資産税は、固定資産の価値に着目し、その所有に担税力ありとして、その所有者に課そうとするものであつて、その所有者である限りその取得資金が借り入れによるか否か、その返済が未済か否かによつて差別すべきものではない。このことは、応能主義の一つの表われである国民健康保険の保険料の資産割額についても同様である。原告の主張は、負債が多ければ保険料を賦課すべきではないということに帰し、その主張の不合理であることはいうまでもない。

第三、立証<省略>

理由

一、被告が原告に対して、原告の昭和四一年度の所得を基準として昭和四二年度分国民健康保険料を金一九、八八七円とする賦課決定を同年一一月一日付でなしたこと、これに対して原告が同年一二月四日付で静岡県国民健康保険審査会に対して審査請求をなしたこと、そして右請求に対し同審査会が同四四年三月一〇日付で右請求を棄却する旨の裁決をなしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで本件賦課処分が違法な処分であるかどうかについて検討を加える。

(一)  原告は、前年度の所得額を基準として当該年度の国民健康保険料の所得割を算定するのは、いわゆる応能主義の原則に反ししいては社会保険制度の目的憲法の定める生存権の保障の趣旨に反する旨主張する。

しかし、国民健康保険の保険料をどのような基準で算定するかは、本来立法政策の問題であるから、国民健康保険法の委任によつてその算定基準を定める条例が違法であるといいうるのは、原則としてその算定基準が憲法における生存権の保障の規定や国民健康保険法の目的に照らし明らかに不合理であるといいうる場合のみであると考えられる。しかるに、本件における浜松市国民健康保険条例(昭和四二年一〇月四日付浜松市告示第一一三号)における保険料の算定基準は、たしかに前年度の所得額を基準として保険料の所得割額を算定しているとはいえ同条例第一九条第二八条では年度によつて所得が急減した場合などの修正減免措置を定めており、また被告が主張するように長期間に亘つて観察すれば前年度の所得を基準とすることも必ずしも不合理なものともいえないし、保険料徴収の経費と労力の節約制度の能率的運営という観点からすればむしろこの方が適当な算定方法ともいえるのであつて、憲法の生存権保障の規定や国民健康保険法の目的に明らかに反する程に不合理な算定基準であるとはいえず、この点に関する原告の主張は採用できない。

(二)  この他原告は、資産割額、均等割額、世帯割額についてもその算定基準の不合理性を主張している。しかし、原告のこの点に関するいずれの主張も、その算定基準の当、不当をいうのみで、立法論としてはともかく、本件賦課処分の違法性を理由づける主張としては、前述したように憲法の生存権保障の規定等からみてその算定基準が明らかに不合理であるといいうる場合以外には、原則としてその算定基準が違法であるとはいえないというべきであるから、明らかに失当な主張であるといわざるをえない。

(三)  よつて、原告の本件賦課処分が違法だとの主張は全て採用できない。

三、以上の次第であるから、原告の本訴請求は結局理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水上東作 山田真也 三上英昭)

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