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静岡地方裁判所 昭和47年(ワ)44号 判決 1975年3月11日

原告

北村栄美

北村寿子

北村きよ子

右三名訴訟代理人

秋山泰雄

外一名

被告

金山光義

佐野延孝

右両名訴訟代理人

勝山国太郎

被告

日産ディーゼル静岡販売株式会社

右代表者

山田了一

右訴訟代理人

川崎友夫

外三名

主文

被告金山光義、同佐野延孝は各自、原告ら各自に対し、それぞれ金二五八万五、七六〇円およびこれに対する昭和四六年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告金山、同佐野に対するその余の請求および被告日産ディーゼル静岡販売株式会社に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告金山、同佐野との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告らの、その余を同被告らの連帯負担とし、原告らと被告日産ディーゼル静岡販売株式会社との間に生じた分は全部原告らの負担とするこの判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  被告らは各自原告ら三名に対し、各金七二九万七、七三四円およびこれに対する昭和四六年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二、被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、原告らの請求原因

1  当事者

(一) 原告北村栄美(以下原告栄美という。)は後記交通事故(以下本件事故という。)で死亡した訴外北村孝彦の妻、原告北村寿子(以下原告寿子という。)、同北村きよ子(以下原告きよ子という。)はいずれも北村孝彦の実子である。

(二) 被告佐野延孝(以下被告佐野という。)は本件交通事故の際後記トラック(以下本件トラックという。)を運転していたもの、被告金山光義(以下被告金山という。)は右トラックの所有者である。

(三) 被告日産ディーゼル静岡販売株式会社(以下被告会社という。)は自動車の販売・修理・整備等を業とし右トラックを被告金山に売渡し、被告金山から後記の修理を依頼されたものである。

2  交通事故

(一) 日時

昭和四六年五月一五日午後四時八分ころ

(二) 場所

沼津市石川東名高速道路上り111.5キロメートルポスト附近

(三) 事故の状況

北村孝彦運転の乗用車(日産ブルーバード)が東名高速道路上り線を進行して右地点にさしかかつた際、被告佐野運転の日産ディーぜル6TW13S型トラックから脱落して走行車線上に落ちていたピローブロック(後輪二軸車である本件車種の伝導装置の一部であつて、車体下部中央附近のシャシーにボルトをもつて取付けられたシャフト、ベアリング、ケースカバーなどからなる鉄製部品である。)に乗り上げて操縦不能に陥り、進行方向左側のガード・ロープに激突し、さらに前方に停車していた右トラック後部に激突したものである。

(四) 被害

北村孝彦は右事故の結果、右同日午後四時四七分死亡した。

3  責任

(一) 高速道路で自動車を運転する運転者は、通常路面上に運転の障害となるべき障害物はないと信じているから道路上の障害物に対して比較的注意を払つていないうえ、高速度で運転しているから、障害物を発見したのち制動をかけたり転把するなどの措置をとつても障害物の回避に間に合わないことが多い。また、急速な制動・転把の措置自体が自車ならびに後続車、並進車あるいは対向車等にとつて極めて危険であるのが普通である。

従つて、高速道路上に自動車の走行の障害となるべき物体を落としたり放置しておくことは、それ自体他の自動車の走行に危険を及ぼす違法な行為である。

(二) 被告佐野は本件高速道路を走行するにあたつて、本件トラックの諸装置が車体から脱落する危険がないことの点検をすべき義務があるのにこれを怠り、また運転中にピローブロックを車体に固定するボルトの締付けがゆるんで異音を発していたのであるから停車して異音の原因を調査すべき義務があるにもかかわらず、これを無視して漫然と走行を続けたため、本件事故発生地点において遂にピローブロックを車体から脱落せしめる結果を惹起したのであるから、民法七〇九条により原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

(三)(イ) 本件ピローブロックの脱落は、ピローブロックをシャシーに取付けていたボルト(四本)の締付けが不充分であるのに自動車の走行を継続した結果、走行による振動のためボルトのゆるみが次第に拡大し遂に抜け落ちたことによつて生じたものである。

本件車種については、ピローブロックの取付けボルトがゆるんだり、取付けられたシャシーにひび割れが生ずる等の傾向があるとされており、ことに積荷が重かつたり、悪路を走行したり、あるいは高速度で走行するなどの条件が加わると、この傾向は強まるとされている。

従つて、被告会社は、被告金山に本件トラックを売渡すにあたつて、これらの特性を告知し、運転をなすについては、ピローブロック取付ボルトのゆるみに充分注意を払うべき旨を告げるとともに、売渡し後においても定期的な点検サービスを行うなどの制度をもうけて、ボルトのゆるみが放置されるのを防止するために必要な措置をとる義務がある。

(ロ) 仮に右に述べた程度の義務まではないにしても、仮に右に述べた程度の義務まではないにしても、いかなる部分についてであれ整備・点検をなす機会が生じた場合には必ず取付けボルトにゆるみが生じているか否かを点検し、ゆるみが生じている場合には締付け直すべき義務がある。

しかるに、被告会社は、昭和四六年二月ごろ、被告金山から依頼されて海中に転落して破損した本件トラックの全面的な修理・整備を行つた際に取付けボルトのゆるみを点検し、締直す措置をとらなかつた。

また被告会社は右修理・整備にあたつて、本件トラックのシャシーに生じた歪みを修正する処置を行つているが、この処置はそれ自体取付けボルトにゆるみを生じさせ、あるいは、拡大させる危険のあるものであつた。

(ハ) 本件ピローブロックの脱落原因たる取付ボルトのゆるみは、被告会社の右処置の際に生じたか、あるいは本件トラックの前記特性の結果生じたかのいずれかである。そのいずれの場合であつても、被告会社は前述の義務を果すことによつてこれを防止し得たのに、これをなさなかつたのであるから、民法七一五条により原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

(四) 被告金山は、所有者として本件トラックを運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

なお被告金山は被告佐野を自己の事業に使用していたものであり、本件損害は被告佐野がその事業の執行につき加えたものであるから、民法第七一五条による責任も免れない。

4  北村孝彦の死亡による損害

(一) 北村孝彦は歯科医であり、静岡市において歯科医院を開業し、原告栄美、同きよ子を扶養していた死亡当時五六才(大正四年三月一八日生)の男子である。

(二)(イ) 同人の歯科医としての収入は、年額金三二三万五、六三〇円を下らなかつた

(ロ) 開業歯科医は満七〇才位まで就労できるのが通例であるから、同人は少くともあと一〇年間は就労し得たというべきである。

(ハ) 同人の生計費は、多くとも月金四万円以下であつた。

(ニ) 従つて、年五分の割合による中間利息を控除した同人の得べかりし利益の死亡当時の現価は金二、一八九万三、二〇四円である。

(三) 同人の死亡に対する慰謝料としては金五〇〇万円が相当である。

(四) 従つて、本件事故により原告らの受けた損害は合計金二、六八九万三、二〇四円であるところ、原告らは右損害に対し自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の支払を受けたので、残損害金は金二、一八九万三、二〇四円である。

原告らは同人の右損害賠償請求権を法定相続分に従い三分の一宛相続したので、各原告の相続した損害賠償請求権は各金七二九万七、七三四円となる。

よつて原告ら三名は、被告ら各自に対し、各金七二九万七、七三四円およびこれに対する北村孝彦死亡の日である昭和四六年五月一五日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告らの請求原因に対する認否

1  請求原因第一項の(一)は不知、同項の(二)、(三)は認める。

2  同第2項の(一)ないし(四)はすべて認める。

3  同第3項は争う。

4  同第4項の(四)のうち原告らが自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の支払を受けたことは認める。

三、被告金山、同佐野の主張

1  本件事故は北村孝彦の重大な運転操作ミス(過失)によつて惹起されたものであり、被告金山、同佐野は本件事故につき直接の責任はない。

即ち、北村孝彦は本件事故直前同方向に時速約八〇キロメートルで進行する訴外古橋良次運転の四トントラックを不安定な走行方法で追越し、同車の前方至近距離で追越車線より走行車線に進入して、前方注視を怠つたため、本件ピローブロックの脱落地点まで黄色のタオルを円を画くように振つて駆けてきた被告佐野および本件ピローブロックの発見が遅れてこれに触れ、自車の走行態勢を崩して本件事故を惹起したものであつて、本件事故は北村孝彦がその重過失によつて自ら招いた事故である。

2  仮りに本件事故が本件トラックの整備不良によるピローブロックの脱落に基因するものであるとしても、その責は被告会社においてこれを負うべきものである。

本件ピローブロックはその構造、取付個所からして、運転者の仕業点検時にその安全確認をなしうるものではなく、この種の構造部分は車両修理・整備の専門担当者の点検整備の所管分野に属するものである。被告金山は後記海中転落事故前は本件トラックの必要な整備は法定上も滞りなく訴外有限会社望月自動車工業に依頼してきた。本件トラックは昭和四六年二月七日に海中転落事故を起こしたため、被告金山は被告会社にその修理を依頼し、同年四月末ころ一旦被告金山のもとへ戻されたが、走行具合の不良のため再び被告会社に修理に出され、同年五月初めに漸く修理が完了して被告金山のもとへ返され、以後被告佐野が専用で砂利運搬に使用していた。海中転落事故により当該車両のうける損傷部位程度の多数ないし大であることは疑いのないところであり、その修理を求める以上は同車両を再び運行の用に供する意図があることは明らかであるから、かかる場合整備を依頼された被告会社としては当該車両が通常の運行に障害のないように各構造部分の全てを入念にチェックして整備する義務があるといわなければならない。しかるに被告会社の右修理完了後、一週間ないし一〇日を経て本件ピローブロック脱落事故が生じたものである。

四、被告会社の主張

1  被告会社には過失がない。

(一) 原告らは本件トラックがいわゆる欠陥車であることを前提とし、これを販売する被告会社の注意義務違反を主張する。

しかし本件トラックは欠陥車ではない。即ち、欠陥車とは道路運送車両法の保安基準に適合していない車両であつて、通常の方法で走行した場合に突如走行不能に陥るなど一般に予知できない状態が発生して、道路の安全運行を阻害するものをいうところ、右車種は同法所定の保安基準に適合しているのは勿論、突如走行不能に陥つたことは一度もなく、何らかの故障が発生しても予知することが可能であるから、欠陥車種ではない。

本件トラックの車種は昭和三二年九月から昭和四八年一月までの間に一万一千台製造販売されており、悪路にも過積にも強い一〇トン積み大型車種として好評を受けていた。本件車種のピローブロック取付用ボルトは十分な強度を持つており、またゆるみ止めとしてダブルナット方式がとられていた。本件トラックは製造時においてピローブロックの取付ボルト・ナットなどの締めつけに異常がなかつたことは検査確認済である。ピローブロックの増し締めに関しては、使用者に三カ月ごとの定期的点検整備義務が法定されているから、使用者がこの義務を忠実に履行していればピローブロックのゆるみによる脱落は未然に防止できるようになつている。ピローブロックの脱落例は本件が初めてであり、他に事故例はなかつた。被告会社は昭和四六年四月一七日、本件トラックを修理してこれを被告金山に引渡した。以来本件事故発生までの一か月間、本件トラックは過積・悪路・激務などの過酷な使用に耐えてきたのであるから、本件トラックが欠陥車でないことは明らかである。

(二) 被告会社には本件トラックのピローブロックの点検修理義務はなかつた。

即ち、昭和四六年二月七日本件トラックが海中転落事故を起こしたため、同年三月初旬被告金山から被告会社に対し、本件トラックのエンジン内部の海水除去と、転落して凹んだ部分や曲りを復元することのみを内容とする修理の注文がなされ、被告会社はこれを承諾して、右修理請負契約が成立した。右請負契約上被告会社にはピローブロックの締めつけ点検義務は存在しない。

またフレームの曲りを修正するときピローブロックの取付ボルトはゆるみをきたすことは絶無である。

被告会社は、昭和四六年四月一六日、事故修理完成後、本件トラックを約一キロメートル試運転し、ハンドル操作、プレーキのきき具合、震動・異音の有無などを点検したが、走行に支障なく、異常のないことを確認した。

2  仮りに被告会社に原告ら主張の過失があつたとしても右過失と本件事故発生の結果との間には相当因果関係がない。

(一) 本件事故は北村孝彦の無謀追越、前方注視義務違反の結果惹起されたものであり、北村孝彦が自らの重過失によつて自ら招いた事故である。

北村孝彦の右過失の内容は、被告金山、同佐野の主張1に記載されているものと同一である。

(二) 本件ピローブロックの脱落は左の事実からすれば、専ら被告佐野および同金山の過失によるもので、被告会社は右脱落に何らの原因も与えていない。

(イ)本件トラックを被告金山に引渡してから本件事故まで約一か月経過している。(ロ)右引渡時には本件トラックに異常は全くなかつた。(ハ)ピローブロックのねじのゆるみによる異常を被告佐野は本件事故二日前には感知していたはずである。(ニ)被告佐野は少なくとも一分間(約1.66キロメートル)は異常音を聞きながら、本件トラックを漫然と走行させた。(ホ)本件トラックは約一か月間過酷に使用された。(ヘ)部品の集合体であるトラックが、日々の点検もうけずに一か月間も過酷に使用されれば、ねじ等のゆるみが生じることは避けられない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因第1項の(二)、(三)および同第2項の(一)ないし(四)の事実はすべて当事者間に争いがなく、<証拠>によれば同第1項の(一)の事実が認められる。

二被告らの責任につき判断する。

1  被告佐野の過失

<証拠>によれば被告佐野は本件事故発生の七日ないし一〇日前から、本件トラックを運転して山梨県と静岡県沼津市との間を一日二、三回往復していたこと、同被告は本件ピローブロックが脱落する約一分前から、本件トラックから異音が発するのを聞き、さらにハンドルに振動が伝わつてきたため、本件トラックに何らかの異常が生じていることを知覚していたがそのまま運転を継続しているうちに、本件ピローブロックの脱落を生ぜしめたこと、

<証拠>によれば、本件ピローブロックがその取付個所から脱落したのは、二日くらい前からピローブロックを取付けている四本のボルトが自然にゆるみ除々にピローブロックから外れたことによると考えられること、ボルトがゆるみその一部が外れた状態で運転していると、運転席に異音・振動が伝わり、その異常を確知することができること、本件ピローブロックは脱落前には一本のボルトだけで支えられており、その状態では異音と振動により運転を直ちに中止しなければならないほどの危険を感じること、

以上の事実が認められ、右各認定を左右するに足る証拠はない。

原告ら主張のとおり、高速道路での自動車車運転の特質からすれば、高速道路上に自動車の走行の障害となる物体を落としたり、放置しておくことは、直接に交通事故と結びつくようなきわめて危険な行為であることは明らかであるから、被告佐野は高速道路を走行するにあたつて、本件トラックの諸装置が車体から脱落する危険がないことの点検をすべき義務と同時に運転中に車両の装置に異常を感じたときは直ちに停車してその原因を調査すべき義務がある。しかして右認定の事実によれば、被告佐野は本件事故発生の二日くらい前から本件トラックの装置に異常が生じていることを知覚していたと推定され、少なくとも本件事故発生一分前には本件トラックの袋置に運行の障害となりうる異常を感じていたのであるから、その時点で本件トラックを停車させその異常の原因を点検してみれば、本件ピローブロックの脱落を未然に防止しえたはずである。しかるに、被告佐野は本件トラックの右異常に気づきながら漫然と走行を継続した結果、本件ピローブロックを脱落せしめたのであるから、本件事故の発生につき被告佐野に過失があるといわなければならない。

2  被告金山、同佐野はその主張1において、本件事故は北村孝彦が自らの過失により招いた事故であつて、被告佐野の右過失と本件事故との間には因果関係がないと主張する。

本件事故の態様は本件全証拠によつても必ずしも詳らかではないが、しかし<証拠>によれば、次の事実が認められ、<証拠>のうちこれに反する部分は採用しない。

本件事故現場は、ゆるやかに右カーブを描いた見通しのよい道路上にある。被告佐野はピローブロックの脱落に気づいてから落下地点より約七二メートル先の路肩に本件トラックをとめ、車を降りて黄色のタオルを振りながら約六八メートル引返した。その間一二、三台の車が追越車線を通過していつた。被告佐野は右地点付近でピローブックの部品を拾つていて北村孝彦運転の乗用車がピローブロックに乗りあげるに至る経緯はこれを目撃しなかつた。

訴外古橋良次は、本件事故発生前四トン車を運転し、本件高速道路上り走行車線上を時速約七、八〇キロメートルで進行していた。そのとき前方に走行する乗用車はなかつた。古橋はピローブロック脱落地点の約二〇〇メートル手前でピローブロックを発見し、黒いタイヤのチューブのような障害物が落ちていると思い、これを自車で跨いで行くつもりでいた。右古橋が右地点から約三二メートル進行したところで、その前方約三六メートルに北村孝彦運転の乗用車を認めた(即ちその間に古橋は北村孝彦運転の乗用車に追越されたことになる。)。そのうちに北村孝彦は本件ピローブロックに乗りあげ、本件事故が発生した。古橋はブレーキをかけ自車の底部にピローブロックをあてて停車した。

右事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

ところで、<証拠>によれば、北村孝彦は二〇数年の自動車運転歴を有し、その間事故を起こしたことはなく、昭和四二年度には交通安全協会から優良運転者として表彰されたことがあつたこと、本件事故当日は伊豆長岡で一泊する予定で、妻栄美と孫慶史を同乗させて午後三時半ころ自宅を出て本件事故現場を通りかかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によれば、北村孝彦は走行車線上を時速約七、八〇キロメートルで進行する訴外古橋運転の四トン車を追越車線上で追越したが、追越車線から走行車線に進入するに際し、後車との間に安全な車間距離を保つとともに前方に進行の障害となるもののないことを確認しながら徐々に進入すべき注意義務があるのに、右四トン車を追越したのち急激に追越車線から走行車線に進入し前方注視を怠つた過失により、ピローブロックの発見が遅れ、これを避けることができずに乗りあげて本件事故を惹起するに至つたものと推定される。そして北村武彦運転の乗用車を乗用車を除き被告佐野の後続車一二、三台は本件ピローブロックを避けて通過することが可能であつたのであるから、本件事故の発生には北村孝彦の右過失が与るところが少なくないといわなければならない。しかして被告佐野の前示過失と本件事故発生との間の因果関係が切断されるには、本件事故が北村孝彦の故意によつて惹起されたものであること(いわば自殺行為であること)を要すると解されるが、右認定の事情の下では、北村孝彦に右故意があつたものとは認め難く、本件事故は先づ被告佐野が高速道路上に本件ピローブロックを脱落させた過失に基因するものであつて、北村孝彦の右過失がこれに競合したために惹起されたものと認めるのが相当である。

以上のとおりであつて、被告金山、同佐野の主張1は採用できない。

3  被告会社の責任(なお、被告金山、同佐野の主張2についてもここに併せて判断する。)

(一)  請求原因第3項の(三)(イ)について

<証拠>によれば、次の事実が認められ、<証拠>のうちこれに反する部分は採用しない。本件トラックの車種は昭和三二年九月から昭和四八年一月までの間に約一万一千台製造販売されており、一〇トン積み大型車として好評をうけていた。ピローブロックの脱落例は本件が初めてであつて、他に事故例はなかつた。本件事故後全国的に適宜約三〇〇台のトラックを調査したところ、六台にピローブロックのボルトのゆるみがみられたが、いずれも運転手は異音によつてボルトのゆるみを自覚しており、ボルトの増し締めをしなければならない時期にきていることを知つていた(なおボルトがゆるみその一部が外れた状態で運転していると、運転席に異音・振動が伝わり、その異常を確知することができることは前認定のとおりである。)。本件ピローブロック取付用ボルトは、強度・太さ・本数において十分な安全性が考慮されており、またボルトのゆるみ、脱落防止措置としてダブルナット方式がとられている。本件トラックはその製造時においてピローブロックの取付ボルト・ナット等のしめつけに異常がなかつたことの検査確認済である。被告会社は本件車種の買主ごとに、各部品の定期点検整備期間などが記載された整備手張を交付している(なおピローブロックは車両の使用者に三か月ごとの定期的点検整備義務が法定されている。)。被告金山は昭和四五年九月から昭和四六年二月までの間、本件トラックの運転者から性能に異常がある旨の報告をうけたことはなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件トラックの車種に通常の運転使用に伴う部品のいたみのほかに、特段に構造上ピローブロックの取付けボルトがゆるんだり、取付けられたシャシーにひび割れが生ずるなどの傾向があるとは認められないから、本件トラックに右構造上の欠陥があることを前提として被告会社の注意義務の存在を主張する原告らの請求原因第3項の(三)(イ)は、その余につき判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

(二)  請求原因第3項の(三)(ロ)および被告金山、同佐野の主張2について

本件トラックが昭和四六年二月ころ海中転落事故を起したため、被告金山は被告会社にその修理を依頼したことは、全ての当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

右修理の依頼をうけて被告会社と被告金山との間に、本件トラックの転落事故による破損個所の復元のみを内容とする修理請負契約が成立した(ピローブロックのボルトのしめつけ点検整備は右契約内容に含まれていなかつた。)。本件トラックは車全体が歪み、運転台の屋根がつぶれており、エンジン内部に海水が浸入していた。被告会社はエンジン・ブレーキ・電気まわりなどの修理は自社でなし、運転台・フレーム・荷台を上げ下げする装置の修理はそれぞれ下請に出した。フレームとピローブロックとは約二、八メートル離れており、それぞれ別の取付板に取付けられているうえ、フレーム修正の工法はピローブロックの取付ボルトに急激な力は加わらないようになつているから、フレームの曲りを修正する際にビローブロックの取付ボルトにゆるみをきたすことはない。被告会社は右事故修理が完成した昭和四六年四月一六日、本件トラックを約三キロメートル試運転して、ハンドル操作・ブレーキのきき具合・振動・異音の有無などを点検し異常のないことを確認した。翌一七日、本件トラックは被告金山に引渡された。

以上の事実が認められる。右認定の事実によれば、被告会社が本件トラックの右修理の際に本件ピローブロックの点検整備をなすべき義務があつたとは認められないし、また右修理によつてボルトのゆるみに原因を与えたり、ゆるみを拡大させたとも認めることはできないから本件ピローブロックの脱落について被告会社に過失があるとする原告らの請求原因第3項の(三)(ロ)は理由がないといわなければならない。

被告金山、同佐野は、本件ピローブロック脱落の責任は被告会社においてこれを負うべきであるとするその主張2において、被告金山は右海中転落事故前、本件トラックに必要な整備は滞りなく訴外会社に依頼してなしてきたし、本件トラックは前示引渡ののち走行具合の不良のため再び被告会社に修理に出され、同年五月初旬漸く修理が完了して被告金山のもとへ戻された(そしてその後一週間ないし一〇日を経て本件事故が発生した)と主張し、被告金山本人の供述のうちには右主張に添う部分もみられるが、いずれも措信するに足る裏づけを欠くものであつてにわかに採用できないし、他に右主張を認めるべき証拠はない。

そうすると、原告らの請求原因に対し右説示したところと同一の理由により、被告金山、同佐野の主張2も理由がないといわなければならない。

4  以上検討したところによれば、被告金山、同佐野の主張はいずれも理由がないから、被告佐野は本件事故によつて北村孝彦に生じた損害を賠償すべき責任があり、被告会社は本件事故につき過失があつたとは認められないから、右損害賠償責任を負わないというべきである。

5  被告金山の責任

<証拠>によれば、本件事故は被告金山の被用者である被告佐野が、被告金山のトラック運送の事業の執行のために、被告金山所有の本件トラックを運行中に惹起させたものであることが認められ、これに反する証拠はないから、被告金山は自動車損害賠償保障法第三条に基き、北村孝彦に生じた損害を賠償すべき責任がある。

6  損害

(一)  北村孝彦の逸失利益

<証拠>によれば北村孝彦は死亡当時五六才(大正四年三月一八日生)の男子であり、昭和三〇年ころから静岡市において歯科医院を開業して、原告栄美、同きよ子を扶養していたこと同人の歯科医としての年収は金三二三万五、六三〇円を下らなかつたこと、同人は生活費として月額金四万円程度の支出をしていたことが認められ、これに反する証拠はない。

そして開業歯科医は六六才くらいまで就労できるのが通例であるから、同人は少なくともあと一〇年間は就労しえたというべきである。

そうすると北村孝彦は本件事故に遭遇していなければあと一〇年間、毎年金二七五万五、六三〇円ずつの利益を得ていたものと推認される。

従つて、北村孝彦のその間の得べかりし利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡当時の現価を求めると金二、一八九万三、二〇四円(円未満切捨)となる。

(二)  過失相殺

前記のとおり、本件事故の態様は必ずしも明らかではないが、既に検討したところによれば、前示した北村孝彦の高速道路上での無理な追越(追越車線から走行車線への急激な進入)、前方不注視などの過失が本件事故発生に相当程度寄与しているとみるべきであるから、北村孝彦の右過失を考慮すれば、同人の損害額は右認定額の一〇分の四である金八七五万七、二八一円(円未満切捨)にとどめるのが相当である。

(三)  慰藉料

本件事故による北村孝彦の精神的苦痛を慰藉するには本件事故の態様および北村孝彦の前示過失の程度など諸般の事情を考慮して金四〇〇万円をもつて相当とする。

(四)  相続

原告らが北村孝彦のうけた右損害に対し、自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の支払をうけたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らは北村孝彦の損害賠償請求権を法定相続分に従い各三分の一宛相続し、右自賠責保険金五〇〇円をその相続分に応じ各三分の一ずつ右請求権に充当したことが認められる。

(五)  そうすると原告らは各自、残損害合計金七七五万七、二八一円の各三分の一である金二五八万五、七六〇円(円未満切捨)の損害賠償請求権を取得したことになる。

7  結論

以上検討したところによれば、原告らの被告金山、同佐野に対する本訴請求は、同被告らに連帯して原告ら各自に対し、それぞれ金二五八万五、七六〇円およびこれに対する北村孝彦死亡の日である昭和四六年五月一五日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべく、同被告らに対するその余の請求および被告会社に対する本訴請求はいずれも失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(松岡登 穴戸達徳 坂本慶一)

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