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静岡地方裁判所 昭和54年(行ウ)3号 判決 1981年9月18日

原告 花井郁子

被告 静岡県知事

訴訟代理人 御宿和男 外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が建築基準法四二条二項に基づき昭和五二年五月二一日にした別紙図面一、二記載の道の指定処分(赤斜線部分)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は磐田市長の申請により、昭和五二年五月二一日、建築基準法四二条二項に基づき、別紙図面一、二記載の赤斜線部分及び青斜線部分に道の指定処分(以下「本件道指定処分」という。)をした。

2  本件道指定処分は以下の点で違法である。

(一) 建築基準法四二条二項所定の道指定の要件の欠如

(1) 右条項所定の指定要件の存否は、右条項のある同法第三章の規定が適用された際(以下「基準時」という。)の状況で判断すべきところ、本件道指定地は大正九年五月に都市計画区域に指定されているから、本件道指定地についての基準時は昭和二五年一一月二三日建築基準法が施行されたときであつて、道指定要件の存否は右時点の現況で判断すべきであるのに、被告は当時の状況を調査せず、本件道指定処分のなされた時点の状態で判断している。

(2) 右条項所定の「道」というためには、一般通行の用に供されていたことを要するところ、本件道指定地の一画は中山家の屋敷跡で、昭和二五年当時は竹材の置き場として利用されていたのであつて、当時の居住者達は特定した通路を通つていたのではなく、随時空地を通行していたにすぎず、その通行も昭和三七年頃には一般人の通行を禁止するように門扉が設けられたことからみても、一般人が通行しうる状態からは程遠いといえる。

また、「道」というためには、道としての形態が整い、道としての敷地が確定しているだけでなく、中心線が明確でなければならないところ、本件道指定地はこれらの要件を満たしておらず、到底「道」とはいえない。

(3) 仮に「道」といえるものが存在したとしても、鈴木勝久宅前の道は基準時当時畔道程度の道で、幅員が一・八メートルを満たしていないし、建築審査会の同意も得ていないから、右部分についての指定は無効である。

(4) 基準時に、本件道指定地付近に存在した建築物は増田一郎宅と鈴木勝久宅のみであるところ、本件道指定時には増田一郎は他に引越しており、このような場合増田一郎宅は考慮に入れるべきでないと解されるから、結局、基準時における建築物は鈴木勝久宅のみとなるし、仮に、増田宅を考慮に入れたとしても、本件道指定地の一画が前記のように中山家の屋敷内であつたことを考慮すれば、「立ち並んでいる」とはいえない。

(二) 振り分け(道路の境界線の引き方)の瑕疵

建築基準法四二条二項の道指定がなされた場合、中心線からそれぞれ水平距離二メートルの線がみなし道路の境界線となるべきところ、別紙図面一の原告所有の駐車場の東側部分においては、原告所有の土地側にのみ境界線が引かれており、このような振り分けは同項但書に該当するような特段の事由の存しない本件道については違法である。

(三) 本件道指定処分の公告の瑕疵

本件道指定処分は建築基準法四二条二項としての処分であるにもかかわらず、静岡県公報(昭和五二年七月一二日第八九七一号)に登載の公告の標題は「建築基準法(昭和二五年法律二〇一号)第四二条第一項第五号の規定により、道路の位置を次のとおり指定した。」となつているし、道路位置の記載に磐田市見付字境松三〇九八番一六が欠落しており、また道指定部分を特定するに足りる記載がない。

3  原告は本件道指定処分を受けた土地のうち、磐田市見付字境松三〇九八番四(以下、同字の土地については地番のみをもつて表示する。) 宅地一八二・一四平方メートル、三〇九八番一四 宅地三二・六一平方メートル、三〇九八番一五 宅地三二・八六平方メートルを所有しているが、本件道指定処分により別紙図面一の緑色部分につき建築物等の建築を制限される。

4  原告は昭和五二年八月三〇日静岡県建築審査会に対し、審査請求の申立てをしたが、昭和五四年二月九日本件道指定処分のうち三〇九八番六にかかる部分は取り消し、その余の部分は棄却するとの裁決をした。

5  よつて、原告は被告に対し、本件道指定処分の取消しを求める。

二  本案前の抗弁

1  建築基準法四二条二項に基づく道の指定は、特定行政庁が一方的に行なう確認行為であり、右指定によるみなし道路の範囲内の土地についてその所有者は、将来、建物を建築する際に建築制限を受けるけれども、右制限については建物建築段階において事件としての成熟性を生ずるものとして争わせれば足りるのであつて、現段階で抗告訴訟の対象とする必要はない。

2  また、仮に、原告の請求どおり本件道指定処分を取り消せば、原告は本件道に沿つた土地を建築物の敷地として利用することができない(建築基準法四三条)ことになるのであるから、本件道指定処分により原告所有の土地の一部に建築物の建築制限を受けることを理由とする訴えの利益に関する原告の主張は矛盾しており、結局、訴えの利益はないものというべきである。

三  本案前の抗弁に対する原告の反論

1  建築基準法四二条二項による道指定は大都市においては一括指定が行なわれているが、静岡県においては申請に基づく個別指定を認めており、本件道指定処分も磐田市長の申請による個別指定である。

2  同法四二条二項による道指定を受けると、建築物の建築や擁壁の築造が禁止され(同法四四条一項本文)、その変更、廃止も制限され(同法四五条一項)、所有権に対する重要な制限を受けることとなり、しかも土地所有者の受ける右不利益は具体的現実的なものであるから、原告は本件道指定処分の取消しを求める訴えの利益を有する。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1項の事実は認める。但し、指定した道は正確には、原告主張の部分のうち幅員四メートル未満の部分に限るというべきである。

2  同2項冒頭の主張は争う。本件道指定処分は、請求原因4項記載の裁決によつて取り消された三〇九八番六以外の部分については、道指定の要件にすべて合致しており適法である。すなわち、建築基準法施行日当時、三〇九八番四、五、一一、一四及び一九には建築物が立ち並んだ一般通行の用に供されている幅員一・八メートル以上の道が存在したものである。

(一) 同項(一)(1)の事実中、建築基準法四二条二項の道指定要件の存否は原告主張の基準時の現況で判断すべきであることは認めるが、その余は否認する。同項(一)(2)の事実中、建築基準法四二条二項の「道」というためには一般通行の用に供されていたことが必要であること、昭和二五年当時三〇九八番一四、一五、四にまたがつて竹置場があつたこと及びその後、三〇四九番三の県道に接する地点に門扉が設けられたことは認めるが、その余は否認する。右竹置場に沿つて垣根、溝又は草花によつて区分され、一般通行の用に供されている幅員一・八メートル以上の道が存在した。道の中心線が明確であることは必要でなく、道としての形態が存在すれば自ら中心線があることになるのである。同項(一)(3)の事実は否認する。同項(一)(4)の事実は否認する。基準時に、本件道指定地の北側に鈴木勝久、増田一郎及び角田敏光の少くとも三戸の建築物があつたので、現に建築物が立ち並んでいる状況にあつたといえる。

(二) 同項(二)の主張は争う。道の指定によつて指定するのは道そのものであつて、その境界線まで定めるものではない。道の指定をすればその境界線とみなされるものは中心線から二メートルのところに自ら定まるもので、境界線の表示が誤つていても道の指定の違法とはならない。

(三) 同項(三)の事実中、被告が原告主張のような公告をしたこと及び公告に三〇九八番一六が記載されていないことは認める。しかしながら、本件道指定処分は昭和五二年五月二一日付の申請者磐田市長に対する指定通知書により外部的に表示され成立しているのであつて、公告上の不備は取消理由とはならない。また、三〇九八番一六が記載されていないのは道の指定がなされていないからである。

3  同3項の事実中、原告が主張の三筆の土地を所有していること、本件道指定処分により建築制限の生ずることは認めるが、建築制限を受ける範囲は否認する。

4  同4項の事実は認める。但し、裁決の日は昭和五四年二月九日である。三〇九八番六の部分の道は幅員一メートル未満の畔道としてその部分にかかる指定が取り消されたのである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  まず、本案前の抗弁について検討する。

被告は、本件道指定処分によつて建築制限が生ずるが、それは将来建物を建築する段階において争わせれば足り、現段階で抗告訴訟の対象とする必要がないと主張するけれども、建築基準法四二条二項のいわゆるみなし道路指定であつても、一定の基準にある道路を一括して指定する方式による場合には、一般処分として事件としての成熟性を欠くといえるとしても、本件のように個別具体的に対象道路を特定してなされた場合には、これによつてみなし道路の中心線から水平距離二メートルの範囲内の土地に生ずる建築制限の効果(同法四四条一項本文)は特定の土地所有者に対して具体的に生ずるものといえるから、事件としての成熟性に欠けるとはいえず、抗告訴訟の対象たり得るものというべきである。

被告はまた、原告が右建築制限を受けることをもつて本件訴えの利益としているけれども、仮に本件道指定処分が取り消されれば建築基準法四三条により原告所有土地には全面的に建物を建築し得なくなるのであるから、結局本件訴えは訴えの利益を欠くと主張する。

しかしながら、確かに、本件道指定処分を取り消せば、その状態のままでは同法四三条により原告所有土地には建物を建築することができなくなるけれども、原告には改めて適法な道路指定(同法四二条一項五号もしくは同条二項)を受ける等の方法により所有土地に建物を建築しうる状態を作り出す途が残されているのであるから、被告主張の右事情をもつて本件訴えが訴えの利益を欠くということはできない。

したがつて、被告の本案前の抗弁はいずれも採用することができない。

三  本件道指定処分の適否について検討する。

1  建築基準法四二条二項所定の道指定の要件の存否

(一)  同条項所定の道指定の要件の存否は同法三章の規定が適用されるに至つた際(基準時)の状況で判断すべきことは右条項から明らかであり、本件道指定地についての基準時が原告主張の時点(昭和二五年一一月二三日建築基準法が施行された時点)であることは当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第一号証の一、二、同第二号証の一ないし一五、乙第四号証、同第五号証の一のうち鈴木たまのの陳述聴取部分、同第九号証の一ないし九、被告主張のような写真であることに争いのない同第七号証、証人鈴木たまのの証言により真正に成立したものと認められる同第五号証の二、同証言により被告主張のような写真であると認められる同第三号証、証人中山敬一、同鈴木たまの、同増田ちず、同北口君子(後記措信しない部分を除く。)の各証言を総合すれば、

(1) 本件道指定地一帯は戦前から訴外中山和平が自己の屋敷の敷地として所有しており、一部宅地もあつたがほとんどは畑や竹置場となつていたところ、昭和二四年頃、当時畑の状態であつた別紙図面一の現在臼井宅の存する土地を訴外増田一郎に貸し与え、増田はその直後に家を建てて同年中に居住し、また中山は昭和二五年一、二月頃にはやはり畑であつたその西側の土地(同図面の鈴木勝久宅の存する土地)を訴外鈴木勝久に貸し与え、鈴木もその直後に家を建て同年七月頃には居住していた。また当時既に(昭和二一年三月頃には)同図面の角田敏光宅の存する土地には右角田の家が存していた。

(2) そして当時中山家が竹販売業を営んでいたため、同図面の駐車場と記載された部分は一部畑もあつたがほとんどが竹置場となつており、同図面の近藤宅の南側及び時節によつては同人宅の西側にも竹材を立てかけてあつたけれども、竹材を運搬するために通路が存しており、その通路は鈴木宅と増田宅の前(南側)を東西に走り、増田宅と角田宅の中程で南に曲がり、近藤宅の西側を通り、更には同人宅の南側を通つて県道磐田天竜線に至つており、増田家や鈴木家の各家人はいずれもこの道を通行して公道に出ていた。その道は、鈴木宅前の中程から西の部分(三〇九八番六、同番二〇)は畑の畔道で道幅は一メートルにも満たないものであつたが、鈴木宅前の中程から東の部分及び増田宅前の部分(三〇九八番五、同番一一)は当時竹屋の使用人であつた鈴木勝久の父が竹を積んで幅の広いリヤカーを引いて十分に通れる程度で道幅は約一・八メートル存し、近藤宅の西側の部分(三〇九八番一四、同番四、同番一六)は自動車が一台十分に通れる程度で道幅は約四メートル存していた。

以上のとおり認められ、前掲乙第五号証の一のうち北口君子の陳述聴取部分及び証人北口君子の証言中右認定に抵触する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  そうすると、本件道指定地の基準時である昭和二五年一一月二三日当時、三〇九八番六を除く本件道指定地には少くとも三戸の建築物が立ち並んでおり、幅員が一・八メートル以上の一般の通行に供されていた道が存在していたものと認められるから、建築基準法四二条二項所定の指定要件を満たしていたものというべく、本件道指定処分にはこの点について違法とすべき瑕疵はない。

原告はこの点につき、昭和三七年の県道入口の門扉の設置を捉えて一般人の通行しうる状態でないとか、本件道指定時には増田一郎が引越していることから基準時の際の立ち並びの建築物として考慮すべきでないと主張しているが、基準時後の事情を基準時の状況として考慮するという右主張は到底採用の限りでない。

2  振り分け(道路の境界線の引き方)及び本件道指定処分の公告の瑕疵

まず、振り分けの瑕疵の点については、道の指定がなされればこれにより自動的、客観的にその中心線から水平距離二メートルの線をもつてみなし道路の境界線と定められるのであるから、被告のした境界線の表示がこれと異つていたとしても、それは表示の誤りにすぎず、これによつて本件道指定処分が違法となるものではない。

また、公告の瑕疵の点については、原告主張のような公告がなされていることは当事者間に争いがないけれども、成立に争いのない乙第二号証の一ないし四によれば、本件道指定処分の申請者である磐田市長に対しては建築基準法四二条二項による道の指定として通知されており、本件道指定処分は右通知により有効に成立しているのであつて、静岡県公報による公告の記載に不備があつたことによつて本件道指定処分自体が違法となるものではないし、右公告の道路位置の記載から三〇九八番一六が欠けているのは右土地部分の幅員が四メートル以上ある(この事実は前掲乙第二号証の四から明らかである。)から本件道指定処分の対象にならなかつたためであつて何ら違法の点はなく、また道指定部分の特定としても欠けるところはない。

そうすると、本件道指定処分には何ら違法とすべき点はなく、適法な処分といわざるを得ない。

四  よつて、本件道指定処分を違法としてその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄 松丸伸一郎 荒井勉)

図面一、二<省略>

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