静岡地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決 1984年4月26日
静岡県加茂郡河津町梨本三五九番地
原告
天城自然公園株式会社
右代表者代表取締役
岡運平
右訴訟代理人弁護士
末政憲一
同
叶幸夫
右訴訟復代理人弁護士
佐藤恭一
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
住栄作
右指定代理人
高須要子
同
工藤聡
同
藤井光一
同
山田好一
同
小林茂吉
同
宮嶋洋治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金二九八二万九九〇〇円及びこれに対する昭和五一年五月一八日から支払ずみまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の昭和四七年度(昭和四七年四月一日から翌年三月三一日までの事業年度。以下同様。)、四九年度の所得金額及び納付すべき税額は、従前、原告の納税申告及び減額更正(昭和四九年度)により別紙目録一記載1のとおりに確定され、原告は同記載の金額の法人税を納付ずみであった。
原告は、昭和五一年五月一七日右各年度につき同目録記載2の内容の修正申告書を提出し、同日未納分の法人税を納付した。
原告は、同月三一日昭和五〇年度の所得金額及び納付すべき税額について別紙目録一記載3のとおり記載した確定申告書を提出し、同日同記載の金額の法人税を納付した。(右各修正申告及び確定申告を以下「本件各申告」という。)
2(一) 右修正申告にかかる昭和四七年度の所得金額及び法人税税額中には、原告が同年度に別紙目録二記載1の温泉権全部及び同記載2の温泉権の持分二分の一(以下、あわせて「本件温泉権」という。)を岡運平に代金六五〇〇万円で売り渡したこと(以下「本件売買」という。)を前提とする譲渡所得及びこれに対応する法人税税額が含まれている。
右修正申告ないし確定申告にかかる昭和四九年度及び昭和五〇年度の所得金額及び法人税税額中には、原告が右売買代金六五〇〇万円を岡運平に貸し付けたことを前提としてその貸付により発生する利息相当額及びこれに対応する法人税税額が含まれている。
(二) 本件温泉権はもともと原告のものではなく訴外岡運平が所有していたものである。仮りに原告が所有していたことがあったとしても原告はそれを昭和四五年一二月一五日岡運平に譲渡ずみであった。
よっていずれにしても本件売買がなされた事実はなく、本件売買の存在を前提とする本件各申告はその内容において誤りがある。
(三) 前記各年度の正しい所得金額及び法人税税額は別紙目録一記載4のとおりである。
よって原告は右各年度の法人税について合計二九八二万九九〇〇円を過剰に納付したことになる。
3(一) 原告の経理担当者である岡秀彦は前記2(二)の本件温泉権の譲渡について全く知らされていなかったため、昭和四六年度以降も原告の経理上本件温泉権を資産として計上し、減価償却を続けていた。
岡運平は昭和四七年七月二四日本件温泉権、山林一二筆、田畑五筆及び右土地上の立木をあわせて代金一億三〇〇〇万円で東洋ホーム株式会社(旧商号東亜ハウス株式会社)に売り渡した。その際右各土地が岡享の名義になっていた関係で、本件温泉権については岡運平から代金六五〇〇万円で同会社に対して売り渡したことにし、その旨確定申告した。
(二) 昭和五一年春下田税務署は原告に対する税務調査の結果、右各事情から、本件温泉権は右売買当時原告が所有していたものであり、これを原告が岡運平に譲渡したものをさらに同人が株式会社東洋ホームに転売したものと認定した。そして原告に対し右認定に従った修正申告等を行うよう求めた。
(三) 岡運平は、株式会社東洋ホームが昭和四九年七月一日に倒産して廃業したこと等の事情から、昭和五〇年四月同会社に対し本件温泉権の売買を解除する旨の意思表示をなしていた。
そこで岡運平及び岡秀彦はそれぞれ原告の代表者及び経理担当者としての立場から、税務調査に来た梅田統括官に対し、「契約は解除になっているのだから税金は払わなくてもよいのではないか。」と質問した。これに対し梅田統括官は、「正式な解除になればすぐにお金は返す。更正決定をする期限が昭和五一年五月三一日に迫っているし、更正決定をすると重加算税がかかる可能性があるので、ここのところはとりあえず代金六五〇〇万円で修正申告してくれ」と回答した。
(四) よって岡運平及び岡秀彦は、どうせ税金はすぐに返ってくるのだから、今税務署とけんかをする必要はないと判断して、梅田統括官の言うがままに、原告と岡運平間で本件売買がなされたことにして修正申告することとし、原告の帳簿上は、代金六五〇〇万円を岡運平に貸付けたことにして本件各申告を行った。
4(一)(1) 本件のように税務調査の結果、税務署の担当係官との間の話し合いに基づき、契約の解除によって税金のとり戻しができることを前提として修正申告をしたような場合は、一種の契約が成立したものと見なすことができるので、税務行政上の大量迅速処理の要請は後退し、民法九三条但書の規定が類推適用されるものと解すべきである。
(2) 原告は、前記のとおり、本件売買が架空のものであることを知りながら、本件各申告を行ったものである。
本件各申告の相手方である下田税務署長は、担当所部係官を通じて本件売買が存在しないことを知っていた。仮に知らなかったとしても、原告は昭和四七年七月二四日になされた本件温泉権の売買の当事者ではなく、本件温泉権の同年ころの価格は、下田周辺の温泉権の相場からみて一〇〇〇万円程度であり、税務調査の際も岡秀彦が梅田統括官に右価格が六五〇〇万円もするはずはないことを述べていること等の事情からすれば、知らないことについて過失があったものというべきである。
(3) よって本件各申告は民法第九三条但書を類推適用して無効と解すべきである。
(二)(1) 昭和五一年一二月二一日東京簡易裁判所において岡運平と東洋ホーム株式会社との間で、本件温泉権の売買契約が解除されたことを確認し、岡運平が、既に受領していた代金一〇〇〇万円を翌年一月末日限り右会社に払い戻すのと引き換えに、本件温泉権の返還を受ける旨の調停が成立した。
(2) そこで原告は、昭和五二年二月二八日梅田統括官との約束に基づき、下田税務署長に対し右解除を理由として昭和四七年度、四九年度、五〇年度の所得金額及び法人税税額を別紙目録一記載4のとおりとする更正の請求を行った。
しかし右請求は同年九月二一日棄却され、これに対し審査請求を申し立てたが昭和五四年一一月二七日棄却の裁決を受けた。
(3) よって原告には訴訟以外に救済手段がなくなっている。
(三) 以上からすれば原告は被告に対し本件各申告の無効を理由に過払の税額について不当利得の返還を請求することができるものと解すべきである。
5 よって原告は被告に対し前記誤納金合計額二九八二万九九〇〇円及び右金員に対する誤納日の翌日である昭和五一年五月一八日から支払ずみまで国税通則法所定の年七・三パーセントの割合による還付加算金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1の事実のうち原告主張のとおりの各申告及び更正がなされたことは認める。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同2(二)の事実は否認する。
(三) 同2(三)の事実は否認する。
3(一) 同3(一)前段の事実のうち原告が昭和四六年度以降も本件温泉権を資産として計上し、減価償却を継続していたことは認める。
後段の事実のうち岡運平が原告主張のとおりの内容の確定申告をしたことは認める。
(二) 同3(二)の事実は認める。
(三) 同3(三)前段の事実は不知。後段の事実は否認する。
梅田統括官は、別訴において岡享との間で本件温泉権の所有権の帰属が争われていたことに関し、仮に原告の所有が否定された場合には本件各申請を行っていても後から更正の請求ができ、その結果納付した税金は還付される旨の説明をしたにすぎない。
(四) 同3(四)の事実は不知。
(五) なお、原告が修正申告をなすに至った経緯は次のとおりである。
下田税務署長は、岡運平と東洋ホーム株式会社との間で本件温泉権の売買契約が締結されたことを契機にして、所部職員をして同売買契約につき調査せしめた。その結果、原告は温泉掘さくを目的として加茂郡河津町梨本三五九番地において温泉旅館業を営む法人で、別紙目録二記載2の温泉権について、昭和三六年一一月一三日掘さく許可をうけて訴外株式会社中山ボーリングに掘さくを請け負わせ、また、同目録記載1の温泉権については、掘さく中のものを昭和四三年七月社団法人菫十字社から取得して、これらの温泉権について減価償却を行い各事業年度においてこの償却費を損金に計上していたこと等が判明した。
そこで下田税務署所部梅田統括官は、本件温泉権が原告の資産であったものと判断して、昭和五一年三月一五日から一九日にかけ原告の代表者である岡運平、同人の養子で本件各申告当時原告の実質的代表者であった岡秀彦及び原告の顧問税理士の佐野靖晃と面接し、同人らに対し、本件温泉権は原告の資産として計上されていること及び原告から岡運平に対する本件温泉権の譲渡については法人税法二二条二項の適用があること等について説明し、本件温泉権の帰属及び譲渡経過について調査、検討するように要請した。
同人らは右調査、検討を十分行い昭和五一年五月一七日本件温泉権は原告が昭和四七年四月岡運平に売渡したものである旨記載した理由書を提出すると共に前記各修正申告をなした。
4(一) 同4(一)(2)の事実は否認する。
(二)(1) 同4(二)(1)の事実は認める。
(2) 同4(二)(2)前段の事実のうち原告主張の日に原告主張の金額による更正請求がなされたことは認める。後段の事実は認める。
(三) 同4(三)の主張は争う。
納税者が過誤により過大な所得を申告した場合には、更正の請求によってこれを是正すべきであり、右手続によらずに直ちに不当利得返還請求をなすことは許されないものというべきである。
第三証拠
本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。
理由
一 本件各申告及び法人税の納付
請求原因1の事実のうち原告主張のとおりの各申告及び更正がなされたことは当事者間に争いがない。
原告主張のとおりの金額の法人税が納付されたこと(納付日の点は除く。)は弁論の全趣旨によりこれを認める。
二 請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。
三 本件各申告に至る経緯
1 成立に争いのない甲第六、第九号証、第一〇号証の三、六及び乙第六号証の二、第八号証、原本の存在、成立ともに争いのない乙第五号証、証人梅田博義の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証、証人梅田博義、同岡秀彦(後記採用しない部分を除く。)の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば以下の事実が認められる。
(一)(1) 原告は昭和三六年一一月一三日別紙目録二記載2の温泉権の掘さく許可を受け、株式会社中山ボーリングに掘さくを請け負わせ、昭和三八年三月一五日右掘さく工事が完了した。原告は経理上これを昭和三九年四月取得した取得価額二七二万円の減価償却資産として計上し、減価償却を行っていた。
(2) 原告は昭和四三年七月社団法人菫十字社から掘さく工事中の同目録記載1の温泉権を旅館天城荘とともに買い受けた。昭和四四年六月二二日掘さく工事は完了し、原告は経理上これを昭和四四年九月取得した取得価額四五七万一八六〇円の減価償却資産として計上し、減価償却を行っていた。
(3) 右各経理上の処理は昭和四六年度に至っても継続されていた。
(二)(1) 静岡県下田保健所の別紙目録二記載1の温泉権の温泉台帳には、昭和四五年一二月一五日受付で、岡運平が同温泉権を社団法人菫十字社から譲渡されたとする温泉譲受報告書が提出された旨の記載がなされている。
(2) 同保健所の同目録記載2の温泉権の温泉台帳には、昭和四七年五月受付で、原告が同温泉権を岡運平に対し譲渡したとする温泉譲渡報告書が提出された旨の記載がある。
(三) 原告代表者岡運平は、昭和四八年三月一五日同人が個人として昭和四七年本件温泉権を東洋ホーム株式会社(旧商号東亜ハウス株式会社)に代金六五〇〇万円で売り渡し、総合譲渡所得二六九三万一六六六円を得たとする所得税の確定申告を行い、右所得に対する所得税を納付した。
(四) 下田税務署所部梅田統括官は原告に対する税務調査の結果、右(一)ないし(三)の事実を知った。そして右(一)の事実から昭和四七年七月当時は本件温泉権は原告の資産であったものと推認し、したがって本件温泉権が原告から岡運平に譲渡されていない以上右(三)の事実の説明がつかないと考えたことから、昭和五一年三月末から四月初めにかけて何度か原告の代表者の岡運平、取締役で経理担当者の岡秀彦、原告の顧問税理士の佐野靖晃らと面接し、本件温泉権の所有関係、譲渡関係を調査し、本件温泉権を原告が岡運平に譲渡した事実があるのならば、右譲渡による所得を計上した修正申告を行うよう求めた。
(五) 右面談に際し、原告側からは次のような主張が出された。
(1) 岡運平は、本件温泉権はもともと原告のものではなく運平個人の所有である旨主張した。
(2) 岡秀彦は、本件温泉権は右面接時まで引き続き原告の資産であり、これが他に譲渡されたことはないと主張した。
(3) また原告側から、岡運平と岡享との間の訴訟において別紙目録二記載2の温泉権に対する原告の所有権が争われていたことから、右訴訟が解決するまで修正申告を留保できないかとの申し出がなされた。
(4) さらに原告側から、東洋ホーム株式会社が倒産したこと等の理由により、岡運平が同人と同会社間の前記売買について同会社に対し昭和五〇年四月に解除通知を行い、解除に向けて交渉中であったことから、右売買が解除されれば修正申告は不必要になるはずで、したがって右状況下にある現段階においては修正申告をする必要はないのではないかとの申し出がなされた。
(六) これに対し梅田統括官は、
(1) 前記(一)、(三)の事実からすれば、本件温泉権が原告から岡運平に譲渡されたものと解さざるを得ないこと。
(2) 前記(五)(3)の申し出については、訴訟となればすぐに決着がつかないので待つわけにはいかないこと。また、一度修正申告をし、税金を納付しても、右訴訟の結果本件温泉権に対する原告の所有権が否定された場合には、その時点において更正の手続をとり納付した税金の還付を受けられること。
(3) 前記(五)(4)の申出については、契約は一方的な通知により解除できるものではないこと。
(4) 任意の修正申告がなされない以上、更正決定や重加算税の賦課もあり得ること。
等を説明し、同年五月中ごろまでに修正申告を行うよう説得した。
(七) 岡運平、岡秀彦は、修正申告をすることについて不満はあったが、佐野税理士と相談のうえ、
(1) 税務署と争うのは利益にならないと判断したこと。
(2) 更正決定、重加算税の賦課を受けるのは避けたかったこと。
(3) 前記(五)(4)の事情から、岡運平と東洋ホーム株式会社との間の売買契約がやがて解除されるに至るのは確定的であると予測されたこと。
等の事情から、とりあえずは、原告において、本件温泉権が原告から岡運平に譲渡されたことを前提とする修正申告及び納税を行い、右解除が確定した時点で納付した税金の還付の手続をとることにした。
(八) そこで、佐野税理士が梅田統括官に対し本件温泉権は昭和四七年度に原告から岡運平に譲渡されたものである旨説明をなしたうえで、原告において本件各申告を行った。
2 証人佐野靖晃、同岡秀彦の各証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、にわかに採用できない。
なお、証人佐野靖晃、同岡秀彦は、梅田統括官が本件温泉権の売買契約が解除になれば、原告と岡運平との間の本件温泉権の売買契約も当然解除されることになる旨、そしてその際には修正申告に基づいて納付した税金は返す旨述べたと証言するが、右証言は、証人梅田博義の反対趣旨の証言に照らしにわかに採用できない。
四 原告は、本件各申告は民法九三条但書の準用により無効と解すべき旨主張する。
しかし、前記三(七)、(八) の事実からすれば、原告は、本件各申告に際し、申告内容の一部についてこれを真実であると認めていない部分があったにしても、当該申告書記載の内容の納税申告及び納税を行う意思は有していたのであるから、右法理の準用により本件各申告を無効と解することはできない。
よって、原告の右主張は採ることができない。
五 また、事実に相違した内容を記載した納税申告書を提出した場合は、その是正は原則として税法所定の方法によるべきであり、税法所定の方法以外にその是正を許さなければ納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限り、納税者は右方法によらずに右相違を主張することができるものというべきであるところ、本件では右特段の事情についての主張及び立証がいずれも充分にはなされていない。
よってその余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
六 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 北村史雄 裁判長裁判官近藤壽夫、裁判官中山顕裕は転補のため署名押印することができない。裁判官 北村史雄)
目録一
<省略>
目録二
1 温泉権
加茂郡河津町梨本字立硲一一三一ノ一所在
掘削番号 昭和四三年九月一七日医第四-三一号
2 温泉権
同町梨本字前の川四三九-一-二所在
掘削番号 昭和三六年一一月一三日医第一-九六号