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静岡地方裁判所 昭和60年(行ウ)9号 判決 1988年9月30日

原告 株式会社甲野塗装工業所

右代表者代表取締役 乙山一郎

右訴訟代理人弁護士 佐々木敏雄

被告 浜松税務署長 金原春三

右指定代理人 合田かつ子

<ほか五名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告の昭和五七年七月一日から同五八年六月三〇日までの事業年度の法人税について、昭和五九年三月三〇日付でした更正のうち、所得金額五六一〇万八一六四円を超える部分及び同日付過少申告加算税賦課決定のうち、これに対応する部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地において金属製品塗装業を営む株式会社である。

2(一)  原告は、昭和五七年七月一日から同五八年六月三〇日までの事業年度の法人税について、法定申告期限内に、所得金額を三九七一万一一五三円とする確定申告をした。

(二) 被告は、これに対し、昭和五九年三月三〇日、右所得金額を一億九六七七万九六六四円とする更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税を三二九万四五〇〇円とする賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。

(三) そこで、原告は、本件更正のうち所得金額五六一〇万八一六四円を超える部分及びこれに対する賦課決定につき、昭和五九年三月二九日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は、同六〇年六月六日右審査請求を棄却する裁決をした。

3  しかし、本件更正のうち、所得金額五六一〇万八一六四円を超える部分は、次の理由によって違法であり、また、これに対する賦課決定も違法であるから、いずれも取消を免れない。

(一) 本件更正の理由附記の不備

(1) 被告は、本件更正に当たり、役員退職給与の損金不算入額について次のとおりの理由を附記している。

「貴社が昭和五七年一〇月一四日に支給し損金の額に算入されました前代表取締役甲野太郎に対する役員退職給与の額二億七二六九万一五〇〇円は、貴社と同種の事業を営み事業規模が類似すると認められる法人(類似法人)五社の役員に対する役員退職給与の支給状況(別表一)に照らし、不相当に高額と認められます。

当該類似法人における功績倍率の平均は二・五、最低は一・〇、最高は四・一であることから、最高の四・一により甲野太郎に対する退職給与の額を計算しますと下記のとおり一億三二〇二万円となりますので、これを超える部分一億四〇六七万一五〇〇円は、法人税法第三六条の規定により損金の額に算入することができません。

退職給与適正額132,020,000円=最終月額報酬1,400,000円×勤続年数23年×功績倍率4.1倍

注一 最終月額報酬一四〇万円については、昭和五七年六月分源泉徴収簿に記載された甲野太郎の昭和五七年六月分役員報酬によります。

二  勤続年数は、甲野太郎が創立者であるため、貴社が設立された昭和三四年八月から甲野太郎が死亡した昭和五七年七月までの二三年間であります。」

(2) しかし、別表一に記載された勤続年数、最終月額報酬、支給退職金額及び功績倍率の各数値と、被告が、本訴提起後の昭和六一年一月三〇日頃から同年二月一四日頃にわたり調査した結果であるとして主張する別表二の類似法人八社に係る各数値とを比較すると、一つとして合致するものがない。したがって、原告と類似法人であるとして本件更正の理由に附記されたAないしEの五社は実在せず、仮に実在するとしても、ここに記載された勤続年数、最終月額報酬、支給退職金額及び功績倍率等は、いずれも虚偽の数値である。

(3) また、被告は、右AないしE社の所在地、業務内容、過去の実績、退職金支払い能力などの内容を明らかにしていない。

(4) よって、被告が本件更正に附記した理由のみでは、法の要求する更正の理由附記として不十分である。

(二) 役員退職給与の適正額

(1) 原告は、昭和五七年七月二九日株主総会を開催し、次の各事情を基礎として、甲野太郎に対する退職給与の額を金二億七二六九万一五〇〇円とする旨決議し、これを支給した。

① 甲野太郎は、昭和二七年頃、金属塗装業を営む甲野塗装を創業、昭和三四年頃私財の全てを投入してこれを法人組織にし、それ以来昭和五七年七月一八日死亡するまで約二三年間にわたり原告の代表取締役としてその存続発展に尽力して、原告会社を浜松地域における業界随一の会社に興隆せしめた。

② 本件退職給与支給日の属する事業年度の原告の従業員数は約一一〇名、総資産(貸借対照表の借方総合計金額)は一六億六七二六万一五五八円、年間売上高八〇億四五九二万一八四〇円、課税所得金額は三億二二四七万四九三三円、利益積立金七億〇一九八万九九一九円である。

③ 原告は、甲野太郎の生前同人を被保険者として、日本団体生命保険株式会社との間に新大型保証プラン、浜松郵便局との間に簡易保険、大同生命保険相互株式会社、AIU保険会社との間に経営者大型総合保障制度等の各保険契約を締結しており、甲野太郎の死亡によって昭和五七年九月六日から同年九月三〇日までの間に総額二億七五二五万一六〇〇円の支払いを受けた。

(2) 役員の退職給与額の決定にあたっては、創業者か否か、会社設立後の経過年数、売上高、所得金額、利益準備金の有無及びその金額、保険金の有無及び金額などの諸点が十分に考慮されるべきである。

しかるに、被告は、(1)①ないし③の各事情を考慮せずにAないしBの五社の功績倍率を原告会社に機械的に適用し、甲野太郎に対する退職給与の適正額を判定し、一億三二〇二万円を超える額の損金算入を否認したのであるから、これに基づく本件更正は違法である。

4 よって、原告は、本件更正のうち所得金額五六一〇万八一六四円を超える部分及び本件賦課決定のうちこれに対応する部分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)、(二)の事実は認める。

同2(三)の事実のうち、原告が審査請求をした日付を否認し、その余は認める。右日付は、昭和五九年五月二九日が正しい。

3  同3(一)(1)の事実は認める。

同3(一)(2)の事実のうち、AないしE社の各数値と被告が本訴において主張する類似法人八社の各数値が、一致していないことは認め、その余は否認する。被告が退職給与の適正額の算定を本件更正時より厳正に行うため、新たな抽出基準を設定し、類似法人を求めたところ、AないしE社が該当しなかったに過ぎない。

同3(一)(3)の事実は認める。しかし類似法人の所在地は、守秘義務によって明らかにできないのである。

同3(一)(4)は争う。

4  同3(二)(1)の冒頭部分のうち、原告が株主総会において甲野太郎に対する退職給与の額を二億七二六九万一五〇〇円とする旨決議し、これを支給したことは認め、その余は不知。

同3(二)(1)①の事実のうち、甲野太郎が昭和三四年頃原告会社を設立した創業者であることは認め、その余は不知。

同3(二)(1)②の事実は不知。

同3(二)(1)③の事実のうち、甲野太郎の死亡により二億七二六九万一五〇〇円の保険金が支払われたことは認め、その余は不知。

同3(二)(2)は争う。

三  被告の主張

1  法人税法(以下単に「法」という。)三六条は、役員に対する退職給与の額が、不相当に高額である場合には、損金の額に算入しない旨規定し、同法施行令(以下「施行令」という。)七二条は、退職給与額が相当であるか否かは、当該役員の業務従事期間、退職事情、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員退職給与支払状況等に照らし、これを判定するべき旨規定している。

右施行令七二条の規定の趣旨に照らせば、原告の支給した本件の退職給与が不相当に高額であるか否かについては、原告と同種の事業を営み、かつ、同程度の事業規模を有する法人の退職給与の支給事例を抽出して、これら役員退職給与の額が当該役員の退職時における最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額にいかなる倍率(以下「功績倍率」という。)を乗じたものであるかを求め、この功績倍率を比較して判断するのが、合理的というべきである。

なぜなら、役員の最終報酬月額は、特別な場合を除いて役員の在職期間中における最高水準を示すとともに、役員の在職期間中における会社に対する功績を最もよく反映しているものであり、また、役員の在職期間の長短は、報酬の後払いとしての性格の点にも、功績評価の点にも影響を及ぼすものと考えられ、更に、右功績倍率は、会社の営業規模及び経営成績などの不確定な功績要素をも総合評価した係数であると考えられるからである。

2(一)  被告は、前項で述べた判定方法を適用するために、静岡県内及び豊橋、岡崎、刈谷、西尾の各税務署管内において、原告と同種の事業を営み、かつ、原告と同様な次の基準(以下「類似法人の抽出基準」という)に何れも該当する法人について、抽出調査を行った。

(1) 昭和五六年一月から昭和五八年一二月までの間に役員である代表者等が退職していること。

なお、代表者等とは、法人の代表者(実質上代表者であると認められる者及び代表者に準ずるものも含む。)で、かつ、その法人の創業者(創業者に準ずるものを含む。)をいう。

(2) 当該役員に対し、退職金等が支払われていること(未払計上を含む。)。

(3) 日本標準産業分類(行政管理庁)の分類項目表による大分類F―製造業のうち、中分類28―金属製品製造業から中分類32―精密機械器具製造業までに含まれる事業を営んでいること。

(4)イ 売上金額

当該役員の退職事業年度前の三事業年度の平均売上金額が、二五億円を超え、二五〇億円以下のものであること。

ロ 所得金額

当該役員の退職事業年度前の三事業年度の平均所得金額が、一億円を超え、一〇億円以下のものであること。

ハ 総資産額

当該役員の退職事業年度直前の事業年度の総資産額が、五億円を超え、五〇億円以下のものであること。

ニ 資本金

当該役員の退職事業年度直前の事業年度の資本金が、一〇〇〇万円を超え、五億円以下のものであること。

但し、右イないしニの金額は、調査日現在で確定している申告又は調査後の金額による。

(二) 右類似法人の抽出基準に対応する原告の各状況を示すと、次のとおりである。

(1) 昭和五七年七月一八日、原告の創業者であり当時の代表取締役である甲野太郎が、死亡により退職した。

(2) 原告は、右同人に対して、弔慰金八五〇万円とは別に、昭和五七年一〇月一四日に退職金二億七二六九万一五〇〇円を支払った。同人の死亡時の報酬月額は金一四〇万円であり、役員在職年数は二三年である。

(3) 原告の事業種目は、金属製品塗装業であり、日本標準産業分類によると、二八六二に分類される事業である。

(4) 原告の売上金額等

イ 三年間の平均売上金額 金六七億九八七四万三〇〇〇円

ロ 三年間の平均所得金額 金二億六九三四万三〇〇〇円

ハ 総資産額 金一三億八一九七万二〇〇〇円

ニ 資本金 金一二〇〇万円

(三) 右調査の結果、類似法人の抽出基準に合致する法人は、八社で、その退職給与の支払い状況及び功績倍率等は、別表二記載のとおりであることが判明した。

これによれば、功績倍率の最高は三・四一、最低は一・一二で、その平均は二・二となり、右平均値に基づき本件退職給与の額のうち損金算入が認められる適正額を算出すると、次の式のとおり金七〇八四万円になる。

(算式)

最終報酬月額1,400,000円×勤続年数23年×功績倍率2.2=退職給与適正額70,840,000円

したがって、甲野太郎に対する退職給与の額二億七二六九万一五〇〇円のうち、右適正額を超える部分の金額二億〇一八五万一五〇〇円は、不相当に高額な部分の金額として損金算入を否認されるべきものである。

なお、別表一の類似法人の退職給与支給状況に対応する原告の支給状況は、別表三のとおりである。

(四) 被告が本件更正処分において認定した不相当に高額な部分の金額は、甲野太郎に対する退職給与の額のうち、功績倍率を四・一として算出した適正給与額(一億三二〇二万円)を超える部分の金額一億四〇六七万一五〇〇円であるが、右金額は、前記(三)で算定した不相当に高額な部分の金額二億〇一八五万一五〇〇円の範囲内であるから、右認定に基づく本件更正処分及び本件賦課決定処分は、いずれも適法である。

3(一)  被告は、本訴において、退職給与の適正額の算定をより厳正に行うために、類似法人の抽出基準を本件更正時と変え、その結果抽出された類似法人も、本件更正時とは異なるものとなった。

(二) 原告の法人税の申告は、青色申告であったが、青色申告についても、更正処分において附記されていない事由をその取消訴訟において主張することは、許されるというべきである。なぜなら、青色申告に対する更正処分に理由附記が要求される(法一三〇条二項)のは、処分庁の判断の慎重さ、合理性を担保し、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申し立てに便宜を与える趣旨であるところ、右理由附記が不備であれば、税額の当否とは別にそれだけで更正処分が違法として取り消されることになるのであるから、これをもって理由附記制度の目的はそれなりに達成されるのであって、右制度は、附記された理由以外の事由について当該取消訴訟において主張、立証することを許さないとする保証まで納税者に与えたものとはいえないからである。

(三) 仮に、課税処分取消訴訟において、あらゆる場合に更正の理由に附記された理由以外の事由を主張して更正の正当性を主張することが認められないとしても、少なくとも当該取消訴訟における主張と更正処分に附記された理由とが、実質的に同一のものであれば、課税庁は、当該訴訟において更正の理由以外の事由により更正の正当性を支持する主張ができるというべきである。

本件更正の附記理由においても、被告の本訴における主張においても、甲野太郎に対する退職給与の額が不相当に高額であると主張している点には変わりがなく、ただ類似法人の抽出基準が改められたことにより、不相当に高額であるとする部分の具体的額が移動したに過ぎないものである。したがって、本訴における被告の主張は、更正の附記理由と基本的事実についての同一性が認められるから、被告が、本訴において新たに類似法人を抽出して退職給与の適正額について主張することは何ら差し支えないものというべきである。

(四) また、本件において被告は、訴訟提起後に更正処分当時その理由として示したものと異なる資料を新たに求め、事後的に自らの判断の正当性を主張しているが、課税処分取消訴訟の審判の対象は、当該処分により認定された課税標準等が客観的に存在するか否かによって違法性の存否を明らかにすることにあるから、課税庁は、課税処分取消訴訟において、更正処分の基礎となった資料及びそれに基づく別異の認識判断をも主張、立証することが許されるというべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張2(二)の(1)及び(2)の各事実、(3)の事実のうち原告の事業種目が金属製品塗装業であること、(4)の事実は、いずれも認める。

2  被告の主張するその余の事実は、いずれも不知。

3  被告が本訴において主張する類似法人の抽出基準及び抽出方法の妥当性等については、特に争わない。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  青色申告に対する更正処分に理由附記が要求されるのは、処分庁の判断の慎重さ、合理性を担保し、その恣意を抑制するとともに、処分理由を相手方に知らせて不服申し立てに便宜を与える趣旨であるから、右趣旨に従えば、青色申告に対する更正処分の取消訴訟において、更正処分を維持するため、更正通知書に附記されていなかった理由を主張することは許されないというべきである。なぜなら、もし取消訴訟において更正通知書に附記されていない理由を自由に主張できるとすれば、更正が安易に流れ、処分庁の判断の慎重さも減殺される恐れがあり、前記の趣旨が没却されることとなるからである。

2  被告は、更正処分時の理由と本訴における主張は基本的に同一であり、ただ類似法人の抽出基準が改められたことにより具体的額が異動したに過ぎない旨主張するが、そもそも本件においては類似法人の抽出基準が問題となるものであるから、この基準の変更がある以上、両者が基本的に同一であるということはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実及び同2(一)、(二)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

同2(三)の事実のうち、原告の審査請求の日付を除く部分は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告が国税不服審判所長に対して審査請求をしたのは、昭和五九年五月二九日であることが認められる。

二  本件更正の理由附記不備の主張について

1(一)  被告が本件更正に当たり、役員退職給与の損金不算入額について附記した理由が、請求原因3(一)(1)のとおりであることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件更正当時、原告に対する調査を担当した杉谷美佐夫統括国税調査官(以下「杉谷調査官」という。)は、原告が甲野太郎に対して支給した退職給与の額が過大であるか否かを判定するため、税務署が売上金額によって区分けしている高階級、中階級、低階級の各法人のうち高階級法人で、かつ、甲野太郎が退職した昭和五七年七月の前後一、二年の間に役員に対して三〇〇〇万円以上の退職給与金を支給した事例を抽出することとした。

(2) 杉谷調査官は、浜松税務署管内の法人については、自ら法人税申告書及び相続税申告書に基づいて右基準に該当する事例を選び出し、また静岡県下の他の税務署及び愛知県等名古屋国税局管内の他県の税務署に対して、右基準に該当する事例につき、その法人名、業種、業種番号、資本金、売上金額、所得金額、当該役員の名前、役員の就任年月日、勤続年数、退職給与金の支給額、最終月額報酬の回答を求めた。

(3) 杉谷調査官は、浜松税務署管内及び各税務署からの回答分を合わせた十数社の法人の中から原告と同じ製造業の法人五社を選定し、右五社について、浜松税務署管内の法人は自ら調べた結果に基づき、各署に照会した分は各署からの回答に基づき、当該役員の勤続年数、最終月額報酬、支給退職金額を、それぞれ別表一のとおり記載した。

(二)  右認定に対し、成立に争いのない甲第一号証の裁決書謄本には、原処分庁(被告)が、浜松税務署管内に本店を有する法人一二社を抽出してその中から原告と同種の事業である製造業を営み事業規模が類似すると認められる法人五社を選定した旨の記載部分があるが、右記載部分は、右裁決における認定の資料となった原処分関係資料が不明であることと、原処分時に直接調査を担当した証人杉谷美佐夫の証言に照らし、信用しがたい。

(三)  また、原告は、被告が本訴提起後に調査したとする別表二の類似法人八社に係る各数値と別表一のAないしEの五社の各数値とでは、一つも合致するものがないので、AないしEの五社は実在せず、仮に実在するとしても別表一の各数値はいずれも虚偽の数値であると主張する。しかし、前記(一)のとおり、本件更正時のAないしEの五社の抽出基準は、高階級法人で、製造業を営み、かつ、甲野太郎が退職した昭和五七年七月の前後一、二年の間に役員に対して、三〇〇〇万円以上の退職給与金を支給した事例というものであるのに対し、《証拠省略》によれば、本件類似法人抽出基準は、法人の事業種目が、日本標準産業分類(行政管理庁)の分類項目表による大分類F―製造業のうち、中分類28―金属製品製造業から中分類32―精密機械器具製造業までに含まれる事業を営んでいることというように狭くなり、その売上金額等も被告の主張2(一)(4)イ、ロ、ハのように限定されたことが認められ、別表二の類似法人八社にAないしE社が含まれなくなったのは、このように抽出基準が改められたことによるものというべきである。したがって、別表二の類似法人八社にAないしE社が含まれていないことをもって、直ちにAないしE社が存在せずまた別表一の各数値が虚偽の数値であるということはできず、他に前記認定に反する証拠はない。

2(一)  法一三〇条二項が青色申告書に係る法人税の更正通知書に理由を附記しなければならないとしているのは、処分庁の判断の慎重さ・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えることにある。

(二)  被告が本件更正において甲野太郎に対する退職給与の支給額のうち一億四〇六七万一五〇〇円の損金算入を否認した理由は、右部分の金額が、原告と同種の事業を営み事業規模が類似すると認められる法人五社の役員に対する退職給与の支給状況に照らし、不相当に高額であるというものであり、被告は、右理由及び不相当に高額な部分の額の計算根拠として類似法人における功績倍率の最高値による計算を附記し、更にその資料として別表一のとおり類似法人の役員退職給与の支給状況を添付している。

(三)(1)  確かに、被告は、右類似法人の名称及び所在地を明らかにしていないが、これは、被告が国家公務員法一〇〇条、法人税法一六三条の規定により守秘義務を課せられていることによるものと考えられるから、被告が右名称等を明らかにしていないからといって、理由附記が不備であるとはいえない。

(2) また、被告は、本件更正の附記理由においては、別表二におけるような類似法人の事業種目、三年間の平均売上金額、三年間の平均所得金額、総資産額、資本金等の各項目を明らかにしていない。しかし、別表一のように退職役員の勤続年数、最終月額報酬、支給退職金額の各項目の数値を明らかにするのみでも、課税庁が恣意的に退職金額を不相当に高額であると認定するような事態を避けるという理由附記の目的は達成しうるし、被告は、原告と同種の事業を営み事業規模が類似すると認められる法人五社について功績倍率を調査したと附記しているので、事業規模等が類似していることを示す具体的な数値まで示さなくても、原告は、自己と同種・同規模の法人の役員退職給与の支払い状況を調べるなどして、本件更正処分に対し不服申立てをするか否かを判断することが可能であるということができる。したがって、被告が、類似法人の事業種目、売上金額等の項目を明らかにしなかったとしても、法が理由附記を要求する趣旨に欠けるところはないというべきである。

3  よって、本件更正は、合理的な資料根拠に基づきなされたものであり、また、その理由にも法が理由附記を要求する趣旨に欠けることがないというべきであるから、手続的に瑕疵はないと解するのが相当である。

三  役員退職給与の適正額について

1  法三六条及び施行令七二条において、法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支払状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認める金額を超える場合には、その超える部分の金額は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入しない旨を定めた理由は、法人の役員に対する退職金が従業員に対する退職金と異なり、法人の益金処分たる性質を含んでいることに鑑み、右基準に照らし、一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額を超える部分は、益金処分として損金算入を認めない趣旨であると解される。

2(一)  《証拠省略》によれば、被告は、本件更正時においても、本訴においても、原告と同種の事業を営み、かつ、同程度の事業規模を有する法人の退職給与の支給事例を抽出し、各事例における功績倍率を比較して、退職給与の適正額を判断していることが認められる。

(二)  功績倍率は、実際に支給された役員退職給与の額が、当該役員の退職時における最終報酬月額に勤続年数を乗じた金額に対し、いかなる比率になっているかを示す数値であるところ、役員の最終報酬月額は、特別な場合を除いて役員の在職期間中における最高水準を示すとともに、役員の在職期間中における会社に対する功績を最もよく反映しているものであり、また、役員の在職期間の長短は、報酬の後払いとしての性格の点にも、功績評価の点にも影響を及ぼすものと解され、功績倍率は、当該役員の法人に対する功績や法人の退職金支払い能力等の個別的要素を総合評価した係数というべきであるから、類似法人の功績倍率を比較検討して、退職役員に対する退職給与の支給が不当に高額であるか否かを判断する被告の前項の判定方法は、前記法令の趣旨に合致する合理的なものというべきである。

(三)  確かに、《証拠省略》によれば、甲野太郎は、昭和二七年頃、金属塗装業を営む甲野塗装を創業、昭和三四年頃私財を投入してこれを法人組織にし、それ以来昭和五七年七月一八日死亡するまで約二三年間にわたり原告の代表取締役としてその存続発展に尽力して、原告会社を浜松地域における業界随一の会社に興隆せしめたことが認められるが、甲野太郎の原告に対する功績は、その最終月額報酬に反映しているはずだから、右の事情は、被告による退職給与金適正額の算定に当たって考慮されているというべきであるし、また、別表一、二の各法人においてもそれぞれ右に類似し、あるいはそれに匹敵する事情がありうわけであるから、右事情は、原告会社の甲野太郎に対する退職給与の金額を類似法人の役員退職給与の支給額より、著しく高額にするべき理由とはならない。

3(一)  《証拠省略》によれば、原告は、甲野太郎の生前同人を被保険者として、日本団体生命保険株式会社との間に新大型保証プラン、浜松郵便局との間に簡易保険、大同生命保険相互株式会社、AIU保険会社との間に経営者大型総合保障制度等の各保険契約を締結しており、甲野太郎の死亡によって昭和五七年九月六日から同年九月三〇日までの間に総額二億七五二五万一六〇〇円の支払いを受け、同人にこれと同額の退職給与を支給したことが認められる。

(二)  しかしながら、このように保険金収入と同額の金員を当該死亡役員の退職給与として支給した場合であっても、利益金としての保険料収入と、損金としての退職金支給とは、それぞれ別個に考えるべきものであるし、一般に会社が役員を被保険者とする生命保険契約を締結するのは、永年勤続の後に退職する役員に退職給与金を支給する必要を充足するためと、役員の死亡により受けることがある経営上の損失を填補するためであるというべきであるから、会社が取得した保険金中、当該役員の退職給与の適正額より多額であると認められる部分は、役員の死亡により会社の受ける経営上の損失の填補のために会社に留保されるべきものである。

したがって、被告が保険金の支払いの有無を甲野太郎に対する退職給与の適正額算定の資料として特段の斟酌をしていないとしても、これをもって、不当な算定方法であるということはできない。

四  処分理由の差し替えについて

1  被告が、本件更正において甲野太郎に対する退職給与適正額の算定の資料として理由に附記した別表一の類似法人と、本訴において算定資料としている別表二の類似法人が全く別のものであることは当事者間に争いがない。

2  ところで、前記のとおり法一三〇条二項が青色申告書に係る法人税の更正通知書にその更正の理由を附記しなければならないとしているのは、処分庁の判断の慎重さ、合理性を担保し、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申し立てに便宜を与える趣旨であるところ、前記に認定したところによれば、本件更正の附記理由においても、被告の本訴における主張においても、被告が、原告の甲野太郎に対する退職給与の額が不相当に高額であると主張している点及び類似法人の功績倍率を比較して退職給与の適正額を判断するという算定方法により原告の甲野太郎に対する退職給与の額が不相当に高額であると主張している点に変わりがなく、ただ類似法人の抽出基準が改められ、それによって抽出された類似法人が更正当時の五社とは別の八社に変更されたことにより、甲野太郎に対する退職給与のうち不相当に高額であるとする部分の具体的金額が異なるものとなったに過ぎないものであって、被告の本訴における右主張は、更正の附記理由と、基本的に異なるものではないというべきであるから、被告の本訴における右主張が、更正処分に理由附記を要求している趣旨を没却するものということはできない。また、本件の更正及び賦課決定の取消訴訟における審判の対象は、右更正及び賦課決定において認定された原告の所得の金額及び税額が客観的に存在するか否かを判断することによってその違法性の存否を明らかにすることにあると解するのが相当であるから、被告が、本件取消訴訟において、更正後に収集された資料によって本件更正及び賦課決定が正当である旨を主張することも許されるものと解するのが相当である。

五  被告が本訴で主張する退職給与の適正額について

1  《証拠省略》によれば、被告の主張2の類似法人の抽出基準に従って、被告が別表二の類似法人八社を抽出したことが認められ、原告は、右類似法人の抽出基準及び抽出方法の妥当性等については、争ってはいない。

2  別表二によれば、類似法人八社の功績倍率の最高は三・四一、最低は一・一二で、その平均は二・二となり、右平均値に基づき本件退職給与の額のうち損金算入が認められる適正額を算出すると、次の式のとおり金七〇八四万円になる。

(算式)

最終報酬月額1,400,000円×勤続年数23年×功績倍率2.2=退職給与適正額70,840,000円

そして、被告が本件更正において認定した不相当に高額な部分の金額は、甲野太郎に対する退職給与の額のうち、功績倍率を四・一として算出した適正給与額(一億三二〇二万円)を超える部分の金額一億四〇六七万一五〇〇円であるところ、右金額は、功績倍率二・二によって算定した不相当に高額な部分の金額二億〇一八五万一五〇〇円の範囲内であるから、右認定に基づく本件更正処分及び本件賦課決定処分は、いずれも適法であるというべきである。

六  以上のとおり、本件更正処分及び本件賦課決定処分に違法はないから、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 松津節子 中山幾次郎)

<以下省略>

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