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静岡地方裁判所 昭和62年(ヨ)4号 決定 1987年8月31日

債権者 平山嘉繁

<ほか二一二名>

債権者ら訴訟代理人弁護士 田中薫

同 田中晴男

債務者 富士製紙協同組合

右代表者代表理事 遠藤武久

<ほか二名>

債務者ら訴訟代理人弁護士 市川勝

同 青島伸雄

主文

一  債権者らの申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

第一申請の趣旨

一  債務者富士製紙協同組合は、債務者渡邉林産株式会社が施行している別紙物件目録記載の土地の産業廃棄物(PS灰)処理施設設置工事を直ちに中止させ、工事を続行させてはならない。

二  債務者富士製紙協同組合及び同春日製紙工業株式会社は、債務者渡邉林産株式会社をして、別紙物件目録記載の土地に設置した産業廃棄物(PS灰)処理施設に産業廃棄物(PS灰)を運搬・搬入・投棄・埋立をさせてはならない。

三  債務者渡邉林産株式会社は、別紙物件目録記載の土地の産業廃棄物(PS灰)処理施設設置工事を直ちに中止し、工事を続行してはならない。

四  債務者渡邉林産株式会社は、別紙物件目録記載の土地に設置した産業廃棄物(PS灰)処理施設に、産業廃棄物(PS灰)を運搬・搬入・投棄・埋立をしてはならない。

五  執行官は、前四項の趣旨を公示するため、適当な方法をとらなければならない。

六  申請費用は、債務者らの負担とする。

第二申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

(申請の理由)

第一当事者及び債務者らの行為

一  債権者らは、別紙物件目録記載の土地(別紙一図面中赤く塗った部分、以下「本件予定地」という。)の東側(同図面中青線で囲んだ部分)の通称富士急大渕団地に、土地・建物を購入する等して家族と共に居住している者たちである。

二  債務者富士製紙協同組合は、昭和四九年一月二四日富士市内の製紙業又は製紙関連事業者を組合員として設立された組合で、組合員のために、製紙スラッジ(PS)の焼却施設の運営とその管理等を主たる事業として行っている。

債務者春日製紙工業株式会社は、昭和一四年三月二四日設立された紙類パルプ並びにその副産物の製造加工及び販売等を目的とする株式会社である。

債務者渡邉林産株式会社は、昭和五六年五月二五日設立の産業廃棄物の収集及び運搬並びに最終処分業・土木工事の請負業等を目的とする株式会社である。

三  債務者らは、本件予定地に、富士市内に存する三三社の製紙会社から排出される産業廃棄物たる製紙かすの燃えがら(PS灰)を最終埋立処分するため、土地を掘削し、土砂を搬出して処理施設を設置し、同所にPS灰を搬入し、投棄・埋立する計画(以下「本件計画」という。)をしている。

四  本件予定地に設置されるPS灰埋立処理施設の設置者は、債務者富士製紙協同組合である。そして、この処理施設の工事施行者は、債務者渡邉林産株式会社である。

また、設置された処理施設には、債務者富士製紙協同組合及び債務者春日製紙工業株式会社から排出されたPS灰が埋立てられるものである。債務者渡邉林産株式会社は、債務者富士製紙協同組合及び債務者春日製紙工業株式会社から、埋立処分を一括して専属的に請負い、運搬・搬入・投棄・埋立をする。

すなわち、債務者富士製紙協同組合は、債務者渡邉林産株式会社に請負わせて、本件PS灰最終処理場造成工事を行わせ、さらにPS灰の搬入・投棄・埋立をさせるものである。

債務者春日製紙工業株式会社は、債務者渡邉林産株式会社に請負わせて、本件PS灰最終処理場にPS灰の搬入・投棄・埋立をさせるものである。

債務者渡邉林産株式会社は、本件PS灰最終処理場造成工事を施行し、その後PS灰の搬入・投棄・埋立を請負い、直接行うものである。

第二本件計画の概要

一  債務者らは、昭和五九年二月一四日、富士市に対し、富士市の自然環境の保全と緑の育成に関する条例第一五条第一項の規定により、本件予定地に燃えがらの最終処分場(埋立)をなす旨の土地利用事業の届出をし、同年三月二八日、富士市長から、条例に基づく勧告はしない旨の通知書を受領した。同日、債務者らは、静岡県知事に対して、産業廃棄物最終処分場を目的とする林地開発行為の許可申請をし、同年四月一二日、同知事から、これに対する許可書を受領した。債務者らは、さらに、同知事に対して、産業廃棄物処理施設(最終処分場)の設置届をし、同年四月一八日には、静岡県知事から、届出内容は相当である旨の産業廃棄物処理施設審査通知書を受領した。

しかし、債務者らは、その後大渕地区町内会連合会との協議に基づき、当初計画の規模を縮小し、改めて富士市に対し、土地利用事業変更届(目的 燃えがらの最終処分(埋立))書を提出して、昭和六一年一二月九日、同市長から、条例に基づく勧告はしない旨の通知書を受領し、また、静岡県知事に対して、林地開発許可変更申請書を提出して、同年一二月一三日、同知事から、これに対する変更許可書を受領し、さらに、同知事に対して産業廃棄物処理施設(最終処分場)の変更設置届書を提出して、昭和六二年一月二七日、届出内容は相当である旨の審査通知書を受領した。

二  本件計画は、まず山林である本件予定地の立木を伐採し、土地を掘削し、土砂を搬出し、周囲はブロック積築堤をし、最終処分場法面には防水シートを張り、その中にPS灰を投棄・埋立をし、埋立完了後は覆土を一メートル行い、植林するというものである。

三  債務者らの当初の事業計画の概要は、左記のとおりであった。

(一) 土砂搬出計画

① 土砂の搬出に使用する車輛等

一一トン車及び八トン車を使用

一一トン車 七立方メートル積載

八トン車 五立方メートル積載

② 一日の搬出台数

最大 一〇〇台/日 七〇〇立方メートル 仮置場へ

最大 三五台/日 二五〇立方メートル 市内埋立現場へ

合計 一三五台/日 九五〇立方メートル

③ 土砂の仮置場の所在

富士市大渕字城山二二三四番地の四外五筆

地目 山林

面積 約一万〇〇〇〇平方メートル

富士市大渕字鳥追窪八三二八番地の一外

地目 山林

面積 約一万〇〇〇〇平方メートル

④ 土砂の数量

切土 五万四二四三・〇九立方メートル

床掘 九万〇四〇四・四一立方メートル

盛土 九一二九・三六立方メートル

遮水土 四九五三・三七立方メートル

覆土 二万〇九一六・〇一立方メートル

(二) 燃えがらの埋立処分計画

① 土地に関する事項

土地の所在 富士市大渕字城山二二四七番地の一外五筆

土地の面積 登記簿 二万五二六八平方メートル

実測 二万六〇六一・八二平方メートル

土地の地目・現況 山林

② 処理施設に関する事項

施設の面積 上部 二万〇九四八・四四平方メートル

床部 四六九五・七五平方メートル

容量 燃えがら 二二万〇五一五・一四立方メートル

覆土(表土) 二万〇九一六・〇一立方メートル

遮水土 四九五三・三七平方メートル

③ 燃えがらの処分に関する事項

処分量 三九万六九二七・二五立方メートル(立積×沈下率一・八〇)

処分期間 五か年間 (工事期間を含む)

搬入量 最大三五〇立方メートル/日 平均三〇〇立方メートル/日

搬入車輛 四トン車 二五台/日 最大延べ三〇台/日

八トン車 五台/日

可動日数 二五日/月 三〇〇日/年

排出事業所名及び排出量(月間)

富士製紙協同組合 五〇〇〇立方メートル/月

春日製紙工業株式会社 五〇〇立方メートル/月

四  債務者らの縮小された後の事業計画の概要は、左記のとおりである。

① 跡地の利用形態 覆土(一・〇〇メートル)をして檜苗木を植林し山林として復元する。

② 区域の保安距離(人家より工事区域への保安距離) 最近距離で五〇メートル以上

③ 土地掘削の方法 南側基準地より最大三メートルにおさえる

④ 掘削土砂数量 切土量 五万四二四三・〇九立方メートル

床掘量 一万二五九七・五二立方メートル

盛土量 九一二九・三六立方メートル

覆土量 二万〇九一六・〇一立方メートル

遮水土量 四九五三・三七立方メートル

⑤ 場外搬出入土砂 搬出土砂量 六万六八四〇・六一立方メートル

搬入土砂量(遮水土) 四九五三・三七立方メートル

⑥ 産業廃棄物分量等 埋立面積 一万八四九二・四九五平方メートル

埋立容量 一六万三六二四・二六立方メートル

産業廃棄物量 一四万二七〇八・二五立方メートル

⑦ 産業廃棄物運搬方法 富士市桑崎字孤久保五二五―二外一三筆の孤久保第一工区最終処分場に埋立済みとなっている産業廃棄物(燃えがら)を再度運搬し埋立処分する。また、今後排出事業所より排出する産業廃棄物(燃えがら)は一旦右処分場に処分し、再度城山処分場に運搬する。

運搬する際は孤久保処分場内に加湿設備を設け再度加湿し運搬する。

⑧ 産業廃棄物運搬車輛 一一トン車を削除し四トン車とする。

一日の運搬台数 原則として五台日量七往復

⑨ 浸出液処理施設 二基

⑩ プラコン管及び集水管 二七〇メートル 一か所

⑪ 処分場遮水方法 法面 ダイポリンシート張

底面 遮水土(〇・五〇メートル)及びダイポリンシート張

⑫ 工作物の設置 南側区域境界より二・〇〇メートル(基礎工まで)以上離し、間知ブロック(最大H=五・〇〇メートル)積を行い、東西の地山にすり付け築堤とする。

⑬ 安全対策 区域北側の道路境界には防護柵(仮囲いH=三・〇〇メートル)を設置するとともに、その他の周囲には鉄線等による柵を設け、箇所に立入禁止の標示板を設置する。また、出入口には仮囲いの出入口による完全なる扉を設ける。

⑭ 工事期間 処分場設置工事 工事着手より六か月間

埋立工事 二か年間

第三被害発生の蓋然性

本件予定地に本件計画が強行され、PS灰埋立がなされると、債権者ら及びその家族は、その生命・身体・財産及び環境に対し、次のような重大な損害を蒙る蓋然性が高い。

一  PS灰による被害

1 PS灰の性状及び毒性

PS灰は、製紙工場から排出される製紙かす(PS)を焼却して灰化したものである。この製紙かすは以前田子の浦のヘドロとして知られていた物で、このヘドロが姿・形を変えたものがPS灰である。

形状はセメントの粉ないし石灰のような超微細粉末であり、PH一一・三ないしPH一二・八の強アルカリ性の物質である。

さらに、債権者らが富士市内の既存の処分場からPS灰を採取して、愛媛大学農学部環境化学研究室にその分析を依頼したところ、PS灰中からPCB(ポリ塩化ビフェニール)及びPCDD(ポリ塩化ダイオキシン)が検出された。そして、PCB及びPCDDは、その毒性・有害性について広く知られているところであり、本来検出されてはならない有害物質であって、その含有量が微量だからといって、安全ということはできない。

2 PS灰による地下水汚染

本件計画によると、PS灰埋立処分場は、掘削した窪地にビニールシートを張りめぐらし、その上に遮水土を五〇センチメートル転圧した上に投棄埋立される。ところで、このビニールシートはわずか肉厚〇・一ミリメートル程度で破れ易く、これまでのPS灰埋立場においてこのビニールシートが破れている状況が見られる。そのため、PS灰の中に含まれている物質は地下に浸透し、地下水を汚染する等して人体に及ぼす影響がある。

なお、PS灰埋立場底部には、侵出液誘導管が敷設され、集水堅管で集水し、これを水中ポンプで揚水して浸出液処理槽に流入させ処理することになっている。しかしながら、これまでの他の処理場には一滴の水さえ貯まっていないのが実情であり、本来集水処理されるべき汚水が現実には集水処理されていないのであり、対策としては不十分であることが明らかである。

3 PS灰の空中飛散による危険

(一) PS灰は、超微細粉末である。しかも、強アルカリ性の物質である。このようなPS灰が風で飛散し、人の目に入れば容易に角膜を損傷し、失明のおそれがある。このことは、家庭向けの医学百科書にも、次のとおり記載されている。

「眼瞼の腐触傷は、軽い場合は皮膚がわずかにはれて赤くなる程度ですが、重くなると皮膚に水泡ができたり、組織が壊死したりします。結膜の腐触傷の場合には、激しい急性結膜炎の症状がおこって目が赤くなり、はれて涙がでます。重い場合には、いろいろの合併症をおこし、のちに形成手術を必要とすることがあります。角膜がおかされた場合は角膜に灰白色の濁りがあらわれ……重ければ白色の濁りは潰瘍となり最後には瘢痕となって視力の障害は永久に残ります。腐触傷のうちで、アリカリ傷は、酸によるものに比べ障害が深いところまで及び、重傷の場合が多いので注意が必要です。」

「洗眼がおくれると目の腐触がひどくなって失明することがあります。」

このように、強アルカリ性のPS灰が飛散し、人間の目に入った場合に生ずる被害は、重大なものである。

また、PS灰の一一・三あるいは一二・八という数値が、いかに強アルカリ性を示すもので危険性が強いかということは、新聞報道からも明らかである。すなわち、最高PH九・六の水が原因で養殖場のニジマス約八〇万匹が死亡し、一方石灰が流れ込んで川の水がPH八~九・六となり、二〇〇〇匹のコイやフナが死亡したというのである。これは、強アルカリがいかに生物に対し危険なものであるかを示しているものである。

また、空気と共に吸い込むことで喉を痛め、気管疾患を起こす恐れもある。

また、空中に飛散したPS灰が、屋根・アルミサッシュ・自動車等に付着すると、その強アルカリ性のため、短期間で腐食を起こす。さらに、PS灰は灰色の粉末であり、これが洗濯物に付着すると、洗濯物が汚れる等の被害がでる。また、PS灰が債権者らの所有地に飛散し、土壌を汚染し、植木等に与える影響もある。

(二) これに対して、債務者らの計画では、運搬の際PS灰を十分湿らせ飛散を防ぐことになっているが、PS灰を十分湿らせることは不可能である。また、広大な面積に投棄されたPS灰を全面的に湿らせるための散水設備等全くない。

(1) PS灰の道路からの飛散

債務者らは、PS灰の空中飛散による被害については、飛散防止対策をとると言う。

しかしながら、仮にPS灰を加湿したり、また、処分場に散水施設を設けて散水したとしても、PS灰の飛散を防ぐことはできない。

すなわち、PS灰は、処分場からの直接の飛散だけではなく、ダンプカーのタイヤに付着し、道路に持ち込まれたものも飛散する。これについては、搬入後処分場から出車するダンプカーのタイヤがすべて洗浄されない限り防ぐことはできない。PS灰を処分場に搬入し投棄したダンプカーは、埋め立てたPS灰の上を走行する。このPS灰が加湿されていると、ダンプカーのタイヤの溝には容易にPS灰が付着し、道路に持ち込まれ、道路を汚染し滞留する。道路を汚染し、滞留したPS灰は、乾燥し、舞立ち、債権者ら通行人・道路周辺の住宅・店舗、さらには周辺にも飛散する。まして道路上は、頻繁にPS灰運搬車輛が走行し、いわゆる舞い上がり状況が起きるのである。

その結果、債権者らは、この強アルカリ性でダイオキシンやPCBを含むPS灰を吸引することになるのである。これが二年もの間、連日繰り返されることは極めて重大である。

(2) PS灰の処分場からの飛散

処分場におけるPS灰の飛散を防ぐことも、不可能である。特に、本件処分場からのPS灰の飛散は、その地形・位置関係などから、すべて高台にある債権者らの住宅の方に向かって行くものである。債務者らは、処分場北側道路境界に高さ三メートルの防護柵を設置することを言うが、これでもって飛散を防止することは不可能である。

また、債務者らは、PS灰が飛散しないよう加湿するというが、二〇~三〇パーセント加湿しても、結局処分場において投棄する際に飛散を防ぐことはできない。また、埋立処分中は散水する旨主張するが、そもそもその水源はどこに求めるのか、現地にはそのような水源はない。仮に城山町の水源を使用するものとしたら、今度は債権者らが生活用水に支障をきたすことになる。そもそも城山町の貯水槽は、三四〇戸に供給するには容量が小さく、現在でも高台では使用量のピーク時には水圧も低くなり、水の出が悪くなり、困っているのが実情である。債務者らは、処分場に散水施設を設け、散水して飛散防止に努めると言うが、広大な面積に投棄されたPS灰を全面的に長期間散水し続けるための具体的な設備、その水源はどうするのか、債権者らにとっては大きな疑問である。

二  土砂搬出・PS灰搬入による被害

本件計画によれば、土砂・PS灰の搬出・搬入に際しては、おびただしい台数の車輛―ダンプカーが、債権者らの生活道路を往復する。すなわち、土砂の搬出の際には、一日最大一三五台のダンプカーが一日九五〇立方メートルの土砂を搬出のため運搬する。さらにPS灰の埋立については、一日最大三〇台のダンプカーが一日平均三〇〇立方メートルのPS灰を搬入のため運搬する。

これらのトラックは、幅四メートルから六メートルの道路を毎日運行するのである。債務者らの事業計画書によると、「幅員は八メートルで、交通量は朝夕若干見られるだけ」と記載されているが、これは明らかな虚偽であり、幅員は前述のごときもので、債権者らの通勤路・子供達の通学路であって、債権者ら及びその家族にとっては重大な生活道路である。

そこで、このような多量のダンプカーが年間を通じ通行されることは、その振動・排気ガス・落下物・交通事故等の危険が極めて高く、そのための対策は全くない。

三  環境破壊の被害

本件計画により、豊かな緑に囲まれ、カッコウが鳴き、ウグイス等の小鳥も棲息していた良好な環境も破壊され、景観も変貌する。そのため、債権者ら及びその家族は、これまで豊かな自然環境から受けていた恩恵を喪失し、また環境破壊による土地等の財産評価の低下の損害も蒙るものである。

第四手続の違法性

一  事前手続の欠如

1 債務者らは、債権者らの居住地に近接して、前述のような被害が予測され、住民に多大な不安と影響を与える本件計画を行うのであるから、事前に十分な調査を行うべきである。

すなわち、予め人体や環境に与える影響や被害に関する事前評価を行い、PS灰の処分方法として他に相当な方法があるか、予定地として他に適切・妥当な場所がないか等についても十分研究調査をした上、十分な安全性と他に適当な場所がないこと、その上公害防止対策についても十分な施策をする旨を債権者らに対し説明すべき義務を負っている。

しかるに、債務者らは、これらの事前手続を一切行わないばかりか、計画を債権者らには知れないように隠密裡に進めた。

2 そればかりか、債務者らは、昭和五九年二月九日、富士市の土地利用委員会に対する届出に先立ち、予め債権者らが居住する富士市大渕城山町町内会の当時の町内会長に対し、金一〇〇万円を交付し、PS灰の埋立などの本件計画に賛成するよう工作をし、工事に関する同意書に捺印させるなどした。

3 ところで、本件計画に先立ち、昭和五八年五月ころから、本件予定地の北側にある総面積一万二三二五平方メートルの土地につき、債務者渡邉林産株式会社により立木の伐採が行われ、チェーンソーが使用され、同年八月初めころからはダイナマイトを使って岩盤を掘削する作業が行われた。工事現場にはジャイアントブレーカー三台、ブルドーザー及び砕石機が設置され、砕石の搬出が行われていた。

この工事は、住居地からわずか七〇メートルの至近距離で、ダイナマイトを使用し、さらにジャイアントブレーカーが使われるなどしたため、債権者らの中には、振動・爆風により家屋・浴槽に亀裂が生じ、騒音のため夜勤者の昼間の仮眠に対する被害・乳幼児への心理的恐怖・粉じんによる家屋や洗濯物の汚染等多くの被害を与えた。

4 このような中、昭和五九年四月一六日付当時の町内会長自筆の回覧板が廻り、そこで、債権者らは、右工事がダイナマイトを使用しているものであり、また、債務者らにより本件予定地がPS灰埋立場となることを知った。

このように、昭和五九年五月に至りようやく債権者らは、本件計画はすでに昭和五九年四月一八日付で静岡県の林地開発許可が出されていることを知るに至った。

5 そこで、債権者らの城山町町内会は、会合を開いた結果、何らの説明を受けていないこと、PS灰埋立に対する不安等から、PS灰埋立工事反対を決議した。

そして、その後債権者らは、富士市長・富士市議会議長に対しPS灰埋立工事反対の陳情をし、債務者らに対し本件計画を中止するよう要求書を出すなどした。

二  債権者らと債務者ら間の話合い

1 本件計画が債権者らに発覚した後、債権者らと債務者ら及び富士市との間では、次のように話合いがもたれた。

第一回 昭和五九年七月二七日

第二回 昭和六〇年二月七日

第三回 昭和六〇年二月二七日

しかしながら、この話合いでは、債務者らから債権者らに対し、具体的・十分な説明はなく、平行線のままであった。そればかりか、債務者らは、昭和六〇年一〇月、本件予定地の立木伐採を始めるなどした。

一方、昭和六〇年一一月一六日、前述の債務者渡邉林産株式会社のダイナマイト使用等により被害を蒙った七世帯は、損害賠償請求の訴えを静岡地方裁判所に提起した。

2 こうした中、昭和六一年一月一六日第四回の話合いの席上、債務者ら出席者代表者は「皆さんの御賛同がなければ、工事はやらない。皆さんを差しおいてやる様なことはしない」旨明言した。

この第四回話合いから、大渕地区町内会連合会も参加するようになった。

3 そして、昭和六一年二月二六日第五回の話合いの席上、債務者らは、突然規模を縮小した案を打ち出してきた。しかし、債権者らはこの縮小案を十分に検討したが、この縮小案も、一日あたりの土砂運搬車輛台数・PS灰運搬車輛台数は従前の計画と全く変りなく、公害防止対策には具体性が欠け、その他年限の縮小以外、債権者らの不安・被害を解消するものではなかった。

4 ところが、昭和六一年六月九日、大渕地区町内会連合会は城山町内会に対し、債権者らの総意に基づくPS灰埋立反対の意思表示にもかかわらず、城山町の総意とは認め難いとの申入書を出してきた。

そして、昭和六一年六月一七日、債権者らの全員が属する城山町町内会の会長眞崎敏重に対し、城山町町内会を大渕地区町内会連合会より除名する旨通知してきた。

三  債権者らを除外した確認書の作成

1 前述のような経過の下、昭和六一年七月二八日、富士市議会議長は、債権者らから提出された陳情書に対し、「陳情者並びに周辺町内関係者と起業者、市当局においても話し合いを重ね、問題解決に努力されるよう当市議会として当局に要望」「地元とは、城山町を指す」旨の通知書を出した。

また、富士市長も、昭和六一年七月三一日、債権者らの陳情書に対し、「地元とは、城山町を指す」旨の回答書を出した。

2 しかるに、債務者らは、昭和六一年一一月二一日、前述の債務者らの本件計画の縮小案に対し、富士市長立会の下に、大渕地区町内会連合会が工事に同意する旨の確認書を作成した。

3 これは、明らかに、本件工事により直接かつ重大な被害と影響を蒙る、真の地元住民である債権者らの意思を無視した不当なものである。

まして、大渕地区町内会連合会から債権者らの城山町町内会を除名し、その上で大渕地区町内会連合会が地元代表者として確認書を作成する等悪辣な方法である。

4 その後、債権者らは、この確認書に不服申立をする旨の通知を、債務者ら、富士市及び大渕地区町内会連合会に送付したが、いずれも不誠実な回答しかない。特に債務者らは、債権者らの申入れには法的根拠がない旨回答してきた。

このように、債務者らは、確認書を得たことで、もはや債権者らと話合い等には全く応じる意思はないことが明らかとなった。

第五被保全権利

一  人格権(生命・身体・健康を守る権利)に基づく差止請求権本件PS灰埋立場は、公害発生の蓋然性が高いことは明らかであり、そのため債権者ら及びその家族の生命・身体・健康を脅かすものであり、債権者らが蒙る不安は計り知れず、債権者らは人格権に基づく差止請求権を有する。

二  環境権に基づく差止請求権

人は、よき環境を享受し、かつ、これを支配し得る排他的権利いわゆる環境権を有している。就中子どもたちに良い環境を与えることは大人の責任である。

債権者らは、特に富士市内においても、交通や買物の利便よりも、澄んだ空気、豊かな緑、静かな環境を求めて、それぞれ土地や建物を購入して、移り住んできたものである。

ところが、PS灰埋立場が造成され、PS灰の搬入・投棄・埋立がなされるようになると、前述のごとく債権者らのこれまでの良好な環境が破壊され、汚染されることは必至であり、債権者らには環境権に基づく差止請求権が存する。

三  財産権(土地・建物の所有権、占有権)に基づく差止請求権

債権者らは、本件予定地の東側で、本件予定地に最も近い者は一五メートル、離れている者でも六〇〇メートルのところに土地・建物を所有し、かつ居住している者である。

本件予定地にPS灰埋立場が造成されると、前述のとおり、このPS灰の搬入のためのトラックの振動等による家屋への影響、PS灰の空中飛散によるアルミサッシュ、トタン屋根、とい及び自動車等の腐食が生じ、財産上の損害を蒙る。また、居住地に近接してPS灰埋立場が存在することで、当然これまでの良好な環境が侵害され、したがって、債権者らは、土地・建物の所有権・占有権に基づく差止請求権を有する。

四  不法行為に基づく差止請求権

債務者らは、PS灰埋立に伴い、債権者ら及びその家族に対し、身体・健康等に重大な被害を及ぼし、良好な環境を破壊し、その生活を脅かすことを十分知悉しながら、PS灰埋立場を造成しようとしている。

特に、そのため林地開発許可申請にあたっての「事業計画書の『民家等の状況』欄に約三〇〇世帯の富士急行株式会社の山林分譲開発による団地(城山町)が東へ広がっていますが、本申請地に及ぼす影響はほとんどありません」等と全く虚偽の事実を記載し、さらに、工事着手にあたっては地元住民の同意を得るようにとの行政指導を受けながら、そのための努力もせずに、全く債権者らの意思を踏みにじる行為に出ている。

このような債務者らの所為は、明らかに不法行為といわざるを得ない。

よって、債権者らは不法行為の差止としての請求権を有する。

第六保全の必要性

一  前述のとおり、債務者らの本件計画は、債権者ら及びその家族に多くの被害と影響を与えるものである。それにもかかわらず、債権者らは、債務者らの事前手続を全く欠いた隠密裡の金員寄附工作等により、すべての許可が下りるまで、本件計画を全く知ることはできなかった。その後、債務者らから債権者らに対する十分な説明・防止対策の提示もなかった。そして遂には、債権者らを全く無視して、新たに確認書を作成するに至り、この確認書を理由に、もはや話合いをする姿勢すらない。

その上、市民の立場に立つべき富士市までが、債権者らを全く無視した行動に出ている。

二  そこで、債権者らとしては、自己及び家族の生命と健康と財産と豊かな自然環境を守るため、本件計画中止の本案訴訟を提起すべく準備中である。

しかしながら、本件計画が実行に移されると、もはや現状に復することはできず、回復し難い損害を蒙ることになるので、債務者らに対し申請の趣旨記載の裁判を求め、本申請に及んだ。

(申請の理由に対する認否及び債務者らの反論)

第一申請の理由第一(当事者及び債務者らの行為)について

一  同一のうち、債権者らが本件予定地に近い富士急大渕団地に居住していることは認め、その余の事実は明かに争わない。

二  同二の事実も明かに争わない。

三  同三の事実は認める。

四  同四の事実は明かに争わない。

第二同第二の事実(本件計画の概要)は全部認める。

第三同第三(被害発生の蓋然性)について

同第三の一の事実のうち、PS灰が製紙工場から排出される製紙かす(PS)を焼却して灰化したものであり、その形状はセメントの粉ないし石灰のような超微細粉末であることは認めるが、同第三のその余の事実は否認する。そして本件予定地において本件計画が実施され、PS灰が埋め立てられたとしても、債権者ら及びその家族の生命・身体・財産及び環境に重大な被害を及ぼす恐れなど全くない。

以下、債権者らの主張に沿って逐一反論する。

一  PS灰による被害について

1 PS灰の性状及び毒性について

本件PS灰は有害物質ではない。

埋立処分に係る有害物質の判定基準は「金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準を定める総理府令」の定めるところであり、これによれば、産業廃棄物中PCBにつき検液一リットルにつき〇・〇〇三ミリグラム以下については有害物質ではないとされている。

静岡県においては、「有害産業廃棄物処理要領」により、有害産業廃棄物の定義として「『廃棄物の処理及び清掃に関する法律』に規定する産業廃棄物のうち、重金属類等が基準値の二分の一以上含まれる燃えがら、汚でい、鉱さい、ばいじん及び一三号廃棄物をいう。」とされており、産業廃棄物中PCBにつき検液一リットルにつき〇・〇〇一五ミリグラム以上について有害物質とされている。そして、産業廃棄物に含まれる金属等の検定方法については、環境庁告示第一三号、第四四号により溶出方法により検液を作成し、告示第五九号付表五に掲げる方法によりPCBの重量を求めるのである。また、右の分析を行う検査機関は、静岡県衛生部が認めた第三者機関で行うことになっている。静岡県においては、右の検査により検液一リットルにつき〇・〇〇一五ミリグラム以上のPCBが検出された場合には、有害物質を含む埋立処分基準により、埋立の許否が決定されるのである。

債務者らは、右の検査基準に従い、PS灰を株式会社東洋検査センターに検査させたところ、PCBは検出されず富士保健所の検査においても検出されなかった。この結果、債務者らは、有害物質を含まない埋立処分基準に従い、適法に埋立処分をするのである。

債権者らの主張する分析結果は、法に定める検査方法とは異り、成分検査に基づくものであり、仮にこの検査により微量のPCB・ダイオキシンが検出されたからといって、これが何ら人体に影響を及ぼすものではない。このことは、愛媛大学農学部環境化学研究室の分析担当者脇本忠明が「検出されているPCDDは8塩化物のみで、毒性の低い化合物と考えられていることから、あまり問題はないと思われる」との所見を述べていることから明らかである。

なお、ダイオキシンについては、昭和五八年にごみ焼却場の焼却灰や集じん灰からダイオキシン等が検出されて問題になり、昭和五八年一二月厚生省に「廃棄物処理に係るダイオキシン等専門家会議」が設置され、種々検討されて、昭和五九年五月報告書が提出された。厚生省は、この報告書に基づき、昭和五九年五月二四日環整第六八号により、ごみの焼却処理に伴う一般住民及びごみ焼却施設内の作業に従事する職員への影響については、四塩化ジベンゾーPジオキシン(TCDDS)の考えられる最大曝露量を仮定しても、現段階では健康影響が見出せないレベルである(TCDDSはポリ塩化ジベンソーPダイオキシン(PCDDS)の中で最も強い毒性を示すものである)とされるとともに、焼却灰等の埋立処分に関しても当面現行法令の基準に従い適切に実施することが必要である旨の通達を各都道府県知事宛に出している。

債務者らは、現行法令に従い、適切に埋立処分するものであり、本件PS灰埋立に関しては何ら問題はないものである。

2 PS灰による地下水汚染について

債権者らは、PS灰埋立により地下水が汚染される旨主張するが、本件埋立予定地と債権者らの居住地との立地条件を考えると、債権者らの居住地は本件埋立予定地より高台にあり、債権者らに地下水汚染による被害があろうはずもない。

のみならず、本件計画は、掘削した窪地の底部に遮水土(厚さ〇・五メートル)を設け、その上に厚さ〇・一七ミリメートルのポリエチレンシート(銘柄名ダイポリンシート)を張りめぐらし、その上にPS灰を埋立てるものである。そして、埋立場底部に浸出液誘導管を敷設し、集水堅管で集水し、これを水中ポンプで揚水して浸出液処理槽に流入させて処理するものである。これまで他の埋立場に設置した集水堅管で集水した水の分析結果では、人体に影響を及ぼす物質はみられない。

3 PS灰の空中飛散による危険について

PS灰が超微細粉末であることは、既に認めたとおりである。しかし、これまで富士製紙協同組合はPS灰を三か所に埋立処分してきたが、処分の前後を通じて、これにかかわって来た作業員及び付近住民に、債権者らが主張するような被害発生の事実はない。

また、本件計画においては、債務者らは、次の粉塵対策を講じることになっているから、PS灰が空中に飛散する恐れはない。

粉塵対策

一 運搬時に飛散しないよう加湿(二〇%~三〇%)して飛散防止に努める。

二  運搬車輛に飛散防止シートを設置する。

三  処分場内にダンプする時は、ホッパー等高所よりのダンプは避け、処分場内に車輛を乗り入れ低所よりダンプし飛散防止に努める。

四  廃棄物(PS灰)埋立処分中は、ブルドーザー及び転圧ローラーにより転圧し、散水施設を設けて散水し、飛散防止に努める。

五  市道穴ケ原次郎長線の境界には防護壁を設置し、より一層の安全を図る。

さらに、債務者らは、当初、加湿したPS灰を排出事業場から直接本件最終処分場へ運搬埋立をする予定であったが、PS灰の飛散防止のためこれを変更して、既に富士市桑崎字孤久保最終処分場に埋立済みとなっているPS灰を再度本件処分場に運搬して埋立処分することとした。これは、既に埋立済みとなっているPS灰は、雨水等の水分を吸収しており、排出事業場からの搬出直後のPS灰より含水率が約六%高く、飛散防止に効果があるからである。また、埋立済みとなっているPS灰は粒子が固形化しており、搬入直後のものより比重が高いので運搬及び埋立時の飛散防止に効果がある。

そのうえ、車輛(四トン車)にてPS灰を本件埋立地に運搬するに際しても、荷台に積込んだ後さらにシャワーで加湿し、荷台をシートで覆い運搬するのであるから、運搬に際しての飛散のおそれはない。本件埋立地において埋立をするに際しては、仮設道路にて埋立地底部までダンプカーを乗り入れて投棄し、直ちに埋立転圧ローラーにて転圧して作業を進めてゆき、転圧後表面が乾燥した時には、スプリンクラーによって散水し、飛散を防止するのである。

債務者らは、以上のようにPS灰の運搬、埋立の際における飛散防止につき万全を期しているのであり、PS灰の空中飛散の恐れはない。

二 土砂搬出・PS灰搬入による被害について

債務者らは、交通対策として次のとおり行う。

(一) 学童等の登校、下校及びラッシュ時間帯を考慮し、車輛通行時間を通行路線中野一丁目交差点において午前八時三〇分から午後四時〇〇分までとする。

(二) 運行車輌については、制限速度内での走行はもちろん、車輛運転者のマナー及び管理を徹底する。

(三) 運行車輛には、富士製紙(協)の表示板(色―黄色、大きさ―約三〇センチメートル×五〇センチメートル、番号―通しNo.)を車輛ボデー両側の見やすい箇所に設置し、一般車との区別をする。

(四) 万一にも道路破損等が生じた場合においては、直ちに原状に復旧し、車輛通行に支障がないよう努める。

(五) 大渕地区町内会連合会の要請があった場合は通行監視人を置き、安全なる指導をする。

(六) 道路が汚れた場合は直ちに清掃を行い、交通安全に努める。

(七) 廃棄物(PS灰)運搬車輛は四トン車を使用するとともに、別紙二運搬径路図に基づき運行する。

(八) 廃棄物運搬車輛は原則として五台、日量七往復とする。

(九) 県道元吉原・大渕・富士宮線、中野交差点を中心として東西南北において交通渋滞及び歩行者(通学児童・老人等)に危険が生じる恐れがある場合は、連合会の要請により路線変更をするものとする。

従って、債権者らが主張するような危険性はない。

三 環境破壊の被害について

債務者ら及び本件予定地所有者は、環境保全のため、本件予定地埋立後は同土地上の植樹をする予定であり、これが完成すれば、現在以上に地形の整備が図られるはずであり、土地等の財産評価が低下するはずもない。

第四同第四(手続の違法性)について

一  同第四の事実中以下の主張に反する部分は、否認もしくは争う。

二  本件計画に関し債務者らが富士市長又は静岡県知事に対してした届出又は許可申請等の経過は、次のとおりである。

(一) 富士市の自然環境の保全と緑の育成に関する条例第一五条第一項の規定により土地利用事業届出(目的 燃えがらの最終処分(埋立)を富士市に提出

(二) 土地利用委員会が前記届出書の内容を検討

(三) 土地利用の届出に対する富士市長からの通知書を受領(昭和五九年三月二八日)

(四) 静岡県知事宛に前記(三)の通知書を添付書類として林地開発許可申請書を提出

(五) 静岡県知事から林地開発行為についての許可書受領(昭和五九年四月一二日)

(六) 静岡県知事宛に前記(三)、(五)の通知書及び許可書を添付書類として、産業廃棄物処理施設(最終処分場)の設置届を提出

(七) 静岡県から産業廃棄物処理施設審査通知書受領(昭和五九年四月一八日)

債務者らは、以上のような法的手続を踏んだ上でPS灰埋立処分をするのであり、何ら手続の違法性はない。

三  のみならず、債務者らは、法的義務はないものの、付近住民との円満なる話合いの下での埋立処分を目指し、昭和五八年一〇月八日大渕地区町内会連合会の会議において、各町内会長(債権者らの居住する城山地区町内会長も出席)を通じて、計画説明をし、昭和五九年三月三一日には、富士市長、債務者ら、城山町新旧役員(町内会長宮田玄英)、城山町町内会員約七〇名位出席の上、埋立についての協力を要請し、反対の意見もなく町内の合意をえた。しかし、その後、他の住民の反対運動がおこったため、昭和六一年一月二七日、大渕公民館にて本件埋立地に隣接する城山町(町内会長、本件債権者真崎敏重、八王子一、八王子二、次郎長、大富、中野一の各町内会長、本件債権者平山嘉繁、同渡辺頼雄、同鳥居厚夫及び債務者らが出席の上協議した結果、当初の本件計画を各町内会の意向に添うような形で債務者らが次回縮小案を提示するということで話合いがついた。そこで同年二月二六日、債務者らから縮小案を提示説明して各町内会の意見を聞くこととした。そして、幾度となく話し合った結果、昭和六一年一一月二一日、債務者らと大渕地区町内会連合会会長村松延郎との間で、富士市長立会の下で縮小案について確認書の締結をしたのである。これに先立ち、城山町町内会長真崎敏重は絶対反対の態度を固執したため、同年六月一七日、大渕地区町内会連合会より除名されている。

そして、右確認書に基づき、次のとおり変更計画の諸手続を行った。

(一) 富士市の自然環境の保全と緑の育成に関する条例第一五条第一項の規定により土地利用事業変更届出(目的 燃えがらの最終処分(埋立))を富士市に提出

(二) 土地利用委員会が前記届出書の内容を検討

(三) 土地利用の変更届出に対する富士市長からの通知書を受領

(昭和六一年一二月九日)

(四) 静岡県知事宛に前記(三)の通知書を添付書類として林地開発許可変更申請書を提出

(五) 静岡県知事から林地開発行為についての変更許可書受領(昭和六一年一二月一三日)

(六) 静岡県知事宛に前記(三)、(五)の通知書及び許可書を添付書類として、産業廃棄物処理施設(最終処分場)の変更設置届を提出

(七) 静岡県から産業廃棄物処理施設変更審査通知書受領(昭和六二年一月二七日)

第五同第五(被保全権利)について

一 同第五の一及び三の主張は争う。

債務者らは、人格権及び財産権が被保全権利たりうることを否定するものではないが、事後の損害賠償の域にとどまらず、事前に本件埋立処分行為自体の差止めまで許容されるためには、第一にその行為の結果、単に抽象的に現在の生活環境が悪化するというだけでは足りず、具体的に被害者の生命・身体あるいは財産への侵害が発生することが予測され、第二にその侵害の程度が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えるというだけでなく、右受忍限度を著しく逸脱すると認められる程に違法性の強い場合であることを要するものと解すべきである。

前述したように、PS灰には、PCBは含まれておらず、また、PS灰の運搬についても運搬方法・運搬径路等、生活環境の保全を十分考慮しているのであり、債務者らの本件埋立工事による債権者らへの影響は、社会生活上受忍すべき限度を超えるものではない。

二 同第五の二の主張は争う。

債権者らは環境権を主張するが、環境権の根拠とする憲法第一三条、第二五条は国の国民に対する責務を定めた綱領規定であり、これによって個人の具体的権利が発生するものではないし、また、債権者らのいう環境権の具体的内容、すなわち環境の内容と範囲、環境権者の範囲、差止めを請求できる環境破壊の程度なども明らかでないのであって、環境権をもって被保全権利とすることはできない。

三 同第五の四の主張も争う。

第六同第六(保全の必要性)について

債権者らが主張するような保全の必要性はない。

前述のとおりPS灰には債権者らの主張するような有害物質は含まれていないものであり、債権者ら及びその家族に何らの被害を与えるものではない。のみならず、債務者らは、付近住民の生活環境等を十分考慮の上、付近住民の意見をもとに従来の埋立計画を縮小し、確認書のとおりにしたものである。仮に本件埋立場へのPS灰の運搬に際し多少交通事情が混雑し、また騒音等が発生したとしても、これらの事情は債権者らが受忍すべき限度内であると言わざるをえない。

(債務者らの反論に対する債権者らの再反論)

第一被害発生の蓋然性について

一  債務者らは、変更計画により、PS灰の飛散防止対策として既に他の埋立地に埋立済みとなっているPS灰を本件処分場に埋立するもので、埋立済みのPS灰の含水率は約六パーセント高い旨主張する。

しかしながら、債務者らが含水率が高いとするのは、広大な埋立地の中にわずかな穴を掘って取り出したPS灰をサンプルとして計量された含水率を根拠とするものである。それがわずか六パーセント高かったからと言って、含水率が高い等とは到底言い難い。

既に埋立処分済みのPS灰を掘り出すというのであるから、桑崎孤久保の広大な処分場の覆土をすべて除き、PS灰をショベルカー等で掘り出し、ダンプカーに搭載することになる。すなわち、覆土を除かれたPS灰は表面から乾燥し、債務者らのサンプルによる計量証明による含水率より低くなることは自明である。また、ショベルカー等で掘り出す際には、多少のかたまりはあっても、レンガ・ブロックのような固形化している訳ではなく、飛散防止に効果がある程のものではない。仮に含水率が多少高くなっても、わずか六パーセント程度の差では飛散防止に効果があるものではない。

二  次に債務者らは、ダンプカーに積み込んだ後シャワーによって加湿する旨主張する。

ところで、債務者らの計画によれば、一日四トン車三五台分のPS灰を運搬することになっている。この一日三五台分にシャワーによる加湿をするには、多量の水が必要である。しかしながら、PS灰が埋立てられている桑崎孤久保処分場には加湿のための水道施設もなく、また水源もない。債務者らのダンプカーに積み込んだ後シャワーによって加湿するとの主張は、全く具体性・実現性のないものである。

三  さらに債務者らは、ダンプカーの荷台をシートで覆う旨主張する。

しかしながら、これについても遵守される可能性は極めて少ない。なぜなら、現在造成工事により掘削した土砂・岩石の搬出についても十分な安全対策をとる旨明言しながら、ダンプカー荷台後部の囲いを外したまま一般道路を走行し、急停車あるいは振動により土砂・岩石等を落下させ、通行者・通行車輛に危害を与える危険を平然と行っているのである。結局債務者らは利潤追及を優先させ、安全性のための施策や手間等無視しているものであり、シートについても建て前だけに終るものであることは自明である。

四  加えて債務者らは、埋め立ての際地底部までダンプカーを乗り入れて投棄し、直ちに転圧ローラーで転圧し、表面が乾燥したときにはスプリンクラーによって散水する旨主張する。

しかしながら、ダンプカーが地底部まで乗り入れても、投棄する際にはダンプカーが荷台を上げ投棄するのであり、その都度PS灰が舞い上がることを防ぐことはできない。まして、ローラーによる転圧は、投棄されたPS灰の表面をならすことにはなっても、舞い上がり・飛散防止にはならない。

また、散水については、全く期待できない。水源も施設もない。本件処分場は、変更計画後といえども一万八四九二・四九五平方メートルもの広大な面積すなわち穴の口の広さがそれだけある―であるので、そこに埋立投棄されるPS灰の表面が乾燥しないように散水をするためには、多量の水が必要である。その水の水源はどこにあるのか、具体的な散水施設とは何か、結局債務者らは明らかにできなかったものであり、散水も机上のものに過ぎない。

五  債権者らは、本件処分場の造成工事及びPS灰の搬入・投棄・埋立により蒙る被害につき、その危険性の存在を疎明すれば足りるものである。換言すれば、本件処分場の造成工事が環境を破壊し、PS灰に有害な物質が含まれていること、また強アルカリ性で飛散しやすいこと等を疎明しさえすれば、それが債権者らの身体、家屋等に到達し、これに被害を及ぼすことは事実上容易に推定されるものというべきである。それ以上に、債権者らにおいて、被害の具体的内容や程度をすべて疎明し尽くす必要はないのである。反対に債務者らの方から、本件処分場の造成工事は環境を破壊するものではなく、またPS灰は無害であること、仮に有害であっても債権者らには何んら被害を与えないことを明らかにする責任があるのである。

そしてこのことは、本件処分場の造成工事内容及び処分場の施設の構造・投棄・埋立形態・PS灰の成分等の詳細を、債権者らが事前にかつ全面的に把握しあるいは調査することが、現在の法制上また事実上至難のことであることからもいえる。また、債権者らには、これらについて調査・研究する十分な能力も資力もない。一方債務者らは、利潤追求を目的とする経済活動を行っているもので、そのために一方的な環境破壊をし、本件処分場造成工事をした上、PS灰の投棄・埋立をなすのである。そこにおいては、公平の原則からも、被害が発生せず、あるいは防止策が万全であることは、債務者らが立証すべきことである。

すでに債権者らは、本件処分場造成工事及びPS灰の投棄・埋立により債権者らが蒙る被害につき予測される危険性を疎明したものである。

第二債務者らの手続における欺瞞性

一  債務者らは、昭和六一年一一月二一日本件計画の縮小案について確認書を締結し、それに基づき変更計画の諸手続を行った旨主張している。なる程、昭和六一年一二月八日変更の理由書が静岡県知事宛出されている。

しかしながら、この変更理由書に添付された地元町内会(城山町)会長の同意書は、昭和五九年二月七日付の宮田玄英名によるものである。また同じく添付されている隣地所有者である大日産業株式会社の同意書も、昭和六〇年一〇月四日付である。これは、いずれも変更計画以前のものである。変更理由書に添付されている他の書類がすべて昭和六一年一二月八日付で、変更計画後に作成されたのとは全く異っている。債務者らは、明らかに違法な手続をしたのである。これは、許されない悪質なものである。

二  なぜなら、昭和五九年二月七日付の宮田玄英の城山町町内会会長としての同意書こそ、債務者らが金一〇〇万円で買収して同意させたものである。このような違法な方法で取り付けた同意書であることは、債務者らは十分知悉していた。また、この同意書が債権者ら地元住民の真意・総意に基づくものではなく無効なものであることは、その後の話合い、金一〇〇万円の供託等の経緯から明らかである。債務者らも、当然同意書が無効であったことを認めていたからこそ、債権者らとの話合いを持ち、その後計画変更に至ったのである。それにもかかわらず、変更の理由書にこの買収同意書を地元町内会・利害関係者の同意書として平然と添付したことは、明らかな違法行為である。昭和六一年一一月二一日以降地元町内会である城山町の町内会会長真崎敏重名で同意書を取り付け、それを添付すべきである。

三  また、隣地土地所有者である大日産業株式会社の同意書も昭和六〇年一〇月四日付のものであり、これも明らかに変更計画後のものではなく不当である。

さらにこの点については、債務者らは、先の計画変更前の手続については、隣地土地所有者の同意書を添付していなかった違法をおかしていたことが明らかである。すなわち、債務者らは、当初の計画については昭和五九年四月一八日すべての法的手続を完了し、手続に違法性はなかった旨主張するが、少なくとも隣地土地所有者の大日産業株式会社は、その段階では未だ同意をしていなかったのである。そして、昭和六〇年一〇月四日に至り漸く同意したにすぎない。それも「工事に際しては付近住民と十分話し合い問題が生じない事」を条件としていたのである。

四  債務者らは、このように全く欺瞞に満ちた行為を行っているもので、その手続に違法性があることは明らかである。

債務者らの主張するように、債権者ら付近住民の意見の下に埋立計画を縮小したというのであれば、これら二通の同意書は新たに何ら問題なく取り付け、添付することができた筈である。それができなかったからこそ、わざわざ無効だと知りながら、二年一〇か月も前の同意書や一年二か月も前の同意書を添付するなどの欺瞞に満ちた行為をしたのである。これこそ債務者らの違法性・悪質性を示す証左である。

第三保全の必要性

一  債務者らは、保全の必要性はなく、仮に被害が発生したとしても受忍の限度内であると反論する。

しかしながら、人は誰も平穏でかつ安全な環境に生存する権利がある。まして次代を担う子供達には、まずその生命・身体・健康に危険がなく、かつ、静かで豊かで良好な環境が必要である。

それを突然債務者らの一方的な利潤追求のために侵害されることはないのである。債務者らがそもそも受忍の限度云々等というのは許されない。住宅地の、それも住居の直近に巨大なPS灰埋立地を造成され、それも車輛が頻繁に長期間継続的にPS灰運搬の為に走行し、さらに隣接地に猛毒物質を含むPS灰が未来永劫埋立てられたままでいることになって、それをすべて受忍の限度内だと沈黙し、容認するのが一般的であるというのであろうか。

また、債務者ら代表者あるいはその親族社員らは皆、債権者らの立場に置かれたら、受忍の範囲内として債務者らの本件計画に何ら異議を述べず、認めるということであるのか。

そのいずれもが肯定されない限り、債権者らに受忍の限度内である等と決めつけるのは、債務者らの一方的な押しつけである。

二  確かにこれまで、富士市内においてPS灰の埋立処分が行われてきた。しかしながら、本件のような住居地に隣接し埋立てられたことは一度もないのである。そして、仮に本件の債権者らの仮処分申請が認められないようなことがあるとすると、今後富士市内においては、PS灰の埋立処分はさらに住居地に行われることになる。その結果、富士市民全体に及ぼす影響は計り知れないものとなり、将来にわたり回復しがたい重大な損害を及ぼすこととなるのは必定である。

(疎明)《省略》

理由

一  申請の理由第一(当事者及び債務者らの行為)の事実中、一の債権者らが本件予定地に近い富士急大渕団地に居住していること及び三の事実(債務者らが、本件予定地に、富士市内の製紙会社から排出される産業廃棄物たる製紙かすの燃えがら(PS灰)を最終埋立処分するための処理場を造成し、同所にPS灰を搬入・投棄・埋立する本件計画を有していること)は、いずれも当事者間に争いがなく、その余の事実は、債務者らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二  申請の理由第二(本件計画の概要)の事実は、すべて当事者間に争いがない。

三  申請の理由第三(被害発生の蓋然性)の事実のうち、PS灰が製紙工場から排出される製紙かす(PS)を焼却して灰化したものであり、その形状はセメントの粉ないし石灰のような超微細粉末であることは、当事者間に争いがないが、その余の事実については債務者らが争うので、以下債権者らの主張に沿って、順次検討する。

1  PS灰の性状及び毒性について

(一)  PCB及びダイオキシン含有の有無及び毒性の程度について

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実を一応認めることができる。

イ PCBは、二個のベンゼン核(より正確にはフェニール基)が直接結合した構造をもつビフェニールの塩素(複数)置換体であって、これが体内に取り込まれると、カネミ油症事件にみられるように、深刻な健康被害を惹起する有毒物質であり、一〇年余り前から、厳重な使用及び排出規制が行われている。

ロ ダイオキシンとは、通常、二個のベンゼン核を二個の酸素原子で橋渡しした骨格を有する化合物デイベンゾパラダイオキシンをいい、その塩素(複数)置換体がポリ塩化ダイオキシン(PCDD)である。ダイオキシンの塩素置換体(塩化ダイオキシン)には、置換する塩素原子が一個のもの(一塩化物)から八個のもの(八塩化物)まで八種類あり、異性体の数は全部で七五ある。このうち二塩化物から七塩化物までは、毒性が認められているが、その程度はそれぞれに異り、四塩化物(TCDD)特に2378TCDDが最も毒性が強い(しかし、化学的には不活性で、水には溶解しない。)。一塩化物と八塩化物については、毒性の有無は明かでない。

人体に対する2378TCDDの致死量は、体重一キログラムあたり〇・五ないし一ミリグラム程度と推定され、その慢性毒性としては、発ガン性・催奇性・皮膚障害・肝機能異常等が、長期摂取による疾患として懸念されており、米国の環境保護庁(EPA)は、これらの影響を考慮して、毒性学的影響を認めない基準を〇・〇〇一μg/kg日と定めている。また、米国では、住宅地の土壌中のダイオキシン濃度が一PPD以下なら、一応人間の健康に実害はないと考えられているとのことである。

(2) 次に、《証拠省略》によれば、次の事実を一応認めることができる。

すなわち、債権者平山嘉繁及び同伊藤喜彦は、昭和六一年三月一九日、富士市内の笹場処分場及び桑崎処分場において、分析資料とすべきPS灰を採取し、同年一一月、愛媛大学農学部環境化学研究室に対して、焼却灰中のPCB・PCDD等の含量につき、分析を依頼した。同研究室では、脇本忠明助教授が「脇本らの方法」(その具体的内容は、Environmental Health Perspectives誌一九八五年五九巻一五九~一六二頁に記載されている。)によって分析を行ったが、その結果、資料(1)(笹場処分場から採取したもの)については、PCBが二・六ng/g(資料一グラムあたり一〇億分の二・六グラム)、PCDD(八塩化物)が〇・三二ng/g検出され、また、資料(2)(桑崎処分場から採取したもの)については、PCBが一・三ng/g、PCDD(八塩化物)が〇・二五ng/g検出された。

(3) しかしながら、これと同時に、《証拠省略》によれば、右分析を担当した脇本助教授は、分析結果につき、次のような所見を表明していることが一応認められる。

イ PCBの含量について

西日本七か所の都市ごみ焼却場の焼却灰では〇・四~一八〇ng/gであり、これに比べれば、右分析における測定値は、低い方に属する。

ロ ダイオキシンについて

昭和六〇年度の環境庁大気保全局の報告によると、焼却灰五検体の検査では、PCDDが九・二五~四三・一ng/g、PCDFが〇・六二~五八・九ng/g検出されており、これに比べれば、右分析における測定値は、この点でも低い方に属する。また、検出されているPCDDは八塩化物のみで、毒性も低い化合物と考えられていることから、あまり問題はないと思われる。

また、右脇本所見において比較の対象とされた、都市ごみ焼却場の焼却灰におけるダイオキシンの含量等については、《証拠省略》により、一応次の事実を認めることができる。

すなわち、昭和五八年一一月、国内七都市のごみ焼却場の焼却灰等からダイオキシンが検出されたことが報道され、住民の不安等社会的関心が高まるなどのことがあって、同年一二月厚生省に「廃棄物処理に係るダイオキシン等専門家会議」が設けられた。同会議は、国内外の文献をレビューした結果から得られた知見を基礎とし、これに各専門家が専門的観点から検討を加えて、報告を取りまとめた。これによれば、「ごみの焼却処理に伴う一般住民及びごみ焼却施設内の作業に従事する職員への影響については、四塩化ジベンゾーP・ジオキシン(TCDD)の考えられる最大曝露量を仮定しても、現段階では、健康影響が見出せないレベルであった」旨報告されている。より具体的にいえば、現在のごみ焼却炉において、排出ガス中のばいじん濃度の規制が守られている限り、ダイオキシンの最大着地濃度から計算しても、一般住民の吸入量は〇・〇〇二ng/kg/日以下であり、焼却施設内の環境における作業者の吸入量も平均〇・〇二ng/kg/日以下であって、いずれも、安全圏として設定された評価指針〇・一ng/kg/日よりはるかに低く、健康影響はない、ということである。

(4) さらに、有害な産業廃棄物に係る判定基準を定める総理府令(昭和四八年府令第五号)は、その第一条において埋立処分に係る判定基準につき規定するが、これによれば、特定事業場工場からの排出汚でい、これを焼却して生ずる燃えがら・ばいじん及びこれらを処分するために処理したもの等におけるPCBについては、環境庁長官が定める方法により産業廃棄物に含まれるPCBを溶出させた場合における濃度を、検液一リットルにつき〇・〇〇三ミリグラム以下と定める。そして、産業廃棄物に含まれる有害物質の検定方法(昭和四八年環境庁告示第一三号)は、検液の作成・検定の方法及び濃度の算定等につき規定するが、これによれば、PCBに関する検定方法は、昭和四六年一二月環境庁告示第五九号付表五に掲げる方法又は日本工業規格K〇〇九三に定める方法によるべきものとしている。

また、《証拠省略》によれば、静岡県においては、有害産業廃棄物の適正な処理につき必要な事項を定めることにより生活環境の保全を図るため、有害産業廃棄物処理要領を設け、廃棄物処理法に規定する産業廃棄物のうち、重金属類等が基準値(前記総理府令に規定されている埋立処分に係る判定基準値をいう。)の二分の一以上含まれる燃えがら・汚でい等を有害産業廃棄物と定義して、所要の規定をおくほか、右分析を行う検査機関には、静岡県衛生部が認めた第三者機関があたることになっていることが、一応認められる。

しかるに、《証拠省略》によれば、債務者らが、右の検査基準に従い、製紙かす(PS)及びPS灰の検査を株式会社東洋検査センター及び富士保健所に依頼したところ、PCBは、製紙かす及びPS灰のいずれからも検出されなかったことが、一応認められる。

(5) 最後に、《証拠省略》によれば、債務者富士製紙協同組合は、PS灰の再利用として、昭和六一年四月から同年一一月までの間、日本セキソー工業株式会社八社に対し、一か月平均約三七八トンのPS灰を出荷し、自動車内装用アスファルトシート充填材料、セメント化粧板用材料、果樹園等の土壌改良材等に使用されていることが、一応認められる。

(6) 以上において一応認定したところによれば、株式会社東洋検査センター及び富士保健所による検査(主として溶出試験であるが、後者では成分試験も行っている。)では、本件PS灰からPCBは検出されなかったが、愛媛大学における成分分析では、PCB及びダイオキシンが検出されているから、その供試々料がわずか二点にすぎず、試料のばらつきやサンプリング問題等を考慮しても、PCB及びダイオキシン含有の事実を否定し去ることはできない。

しかしながら、その含量は、一般に健康に影響はないと理解されている都市ごみ焼却場の焼却灰と比較してもなお低い方に属し、本件PS灰の埋立処分が公法上の規制に適合しているというに止まらず、検出されたダイオキシンは、毒性の低い八塩化物のみであって、脇本助教授も、あまり問題はない旨の所見を表明しているところからみれば、公法上の規制に適合することが、直ちに本件において個々の債権者に対する安全性を意味するものではないけれども、本件PS灰自体のPCB及びダイオキシンを含有することによる毒性は、かなり弱いものというべきである。

債権者らは、PCB及びダイオキシンはおよそ検出されてはならない有毒物質であって、含有量の多少にかかわらない旨主張するが、この主張に沿う疎明資料はなく、かえって、一般にこの道の専門家がこれとは異なる見解を持っていることは、さきに一応認定した事実から明らかである。

(二)  強アルカリ性物質であることについて

《証拠省略》によれば、本件PS灰はPH一一・三ないし一二・八(試験方法は規格一二・一)であることが一応認められ、この事実によれば、本件PS灰は強アルカリ性物質であるということができる。

2  PS灰による地下水汚染について

この点につき、債権者らは、PS灰中に含まれている物質が地下に浸透し、地下水を汚染するなどして、人の健康に影響を及ぼすおそれがある旨主張するが、このように極めて抽象的な主張に終始し、さらに進んで、PS灰中に含まれるいかなる物質がどの程度地下水に浸出するおそれがあるか(この関係では、各物質毎に水に対する溶解度を検討する必要があろう。)、本件PS灰自体が強アルカリ性物質であることは、既に検討したとおりであるが、これが地下に浸透して、どの程度地下水をアルカリ性化するおそれがあるか、汚染された地下水は、いかなる経路態様により各債権者の土地及び身体に到達するおそれがあるか、到達地点において地下水の汚染はなお人の健康に影響を及ぼす程度のものであるか否か等の諸点について、なんら具体的な主張立証をしない。

債権者らは、これに関連して、既存の処分場におけるビニールシートの破損や浸出液処理装置が機能していないことを問題とするが、これら既存の処分場において、現実に地下水が汚染されていることについては、なんら立証をしない。かえって、《証拠省略》によれば、既存の処分場における浸出水の分析結果では、PHは八・一ないし九・三であり、PCBは検出されていないことが、一応認められる。

債権者らは、また、仮処分債権者としては、本件PS灰中には有害物質が多少なりとも含まれており、それ自体強アルカリ性物質であることを疎明しさえすれば足り、それにもかかわらず、本件PS灰が実質的に無害であること、仮に有害としても債権者らに何らの被害も与えないことは、むしろ仮処分債務者において疎明すべき責任を負う旨主張する。しかしながら、いわゆる公害事件の特殊性を考慮してもなおかかる見解を採りえないことは、多言を用いるまでもなく、明らかであろう。

かかる見地に立ち、また、既に検討したとおり、本件PS灰自体の毒性がさして強いものでないことも考えれば、債務者らの行為により地下水を汚染し、これによって各債権者の健康に影響を及ぼすおそれがあるということは、できないものというべきである。

3  PS灰の空中飛散による危険について

(一)  PS灰がセメントの粉ないし石灰のような超微細粉末であることは、当事者間に争いがないから、状況如何により空中に飛散する可能性があることは、これを推認するに難くない。また、疎甲第五四、五五号証によると、本件工事における土砂の搬出等によって、土ぼこりが一部債権者らの居宅にまで到達していることが、一応認められる。そして、これらの事実に《証拠省略》を併せ考えれば、本件計画が実施された場合、状況如何によっては、PS灰が本件処分場から直接に、あるいはこれに通ずる道路に一旦持ち出されたうえで、空中に飛散し、債権者ら居宅の方向に流れる可能性のあることを、一応認めることができる。

これに対して、債務者らは、当初、加湿したPS灰を排出事業場から直接本件処分場に運搬して埋立をする計画であったが、PS灰の飛散防止のためこれを変更して、既に桑崎処分場に埋立済みになっているPS灰を再度本件処分場に運搬して埋立をすることにしたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、桑崎処分場に埋立済みのPS灰は、右処分場への搬入直後に比し含水率が約六パーセント高く、相当程度固型化が進んでいることが、一応認められる。また、《証拠省略》によれば、債務者らは、PS灰の飛散防止対策として、諸々の方策を実施する計画であることも、一応認められる。そして、これらの方策がどこまで完全に実施されるかについては、予想される散水設備及び使用水量上の制約等から、ある程度不安が残ることは否定しえないとしても、これらの計画変更及び諸対策が、PS灰の空中飛散に対して、多かれ少なかれ抑制的効果をもつことは、これを肯定してもよいであろう。

(二)  PS灰の空中飛散の可能性及びそれに対する債務者らの対策は右のとおりであり、他方、本件PS灰が強アルカリ性の物質であって、PCB含有の事実も否定しえないことは、既に一応認定したところである。しかしながら、さらに進んで、いかなる状況のもとにおいてどの程度のPS灰が個々の債権者の土地及び身体にまで到達するか、そしてまた、債権者ら主張のごとき健康被害が生ずるためには、最少限度どれだけのPS灰及びPCBが身体にふれ、又は体内に吸入されることを要するかという点については、これを疎明すべき資料がない。かくして、結局、本件PS灰の空中飛散により債権者ら主張のごとき健康被害が発生するおそれについては、疎明なきものというほかはない。

また、債権者らは、PS灰の空中飛散により、債権者ら居宅の屋根・アルミサッシュ及び自動車等を腐食し、洗濯物を汚し、土壌を汚染し、あるいは植木等に悪影響を及ぼすと主張するが、かかる事実を疎明すべき適確な資料がないうえに、右被害は、その性質上いずれも回復すべからざる損害ということはできない。

(三)  債権者らは、PS灰に有毒物質が含まれていることと、PS灰が超微細粉末であって、空中に飛散しやすいことを疎明しさえすれば足り、それにもかかわらず、債権者らに被害が発生せず、あるいは飛散防止策が完壁であることは、債務者側で立証しなければならないと主張するが、かような見解は、挙証責任の分配に関する一般の理解に沿わないものであって、当裁判所の採らないところである。

4  土砂搬出・PS灰搬入による被害について

本件計画によれば、土砂・PS灰の搬出・搬入のために、かなりの台数のダンプカーが、債権者らが居住する団地近傍の道路を通行することは明かであるが、他方、疎甲第二〇号証によれば、債務者らは、大渕地区町内会連合会との合意に基づき、債務者ら主張のごとき多岐にわたる交通対策の実施を予定していることが、一応認められる。

そして、このような事情のもとにおいて、右ダンプカーの通行によりどの程度の振動及び排気ガスが発生し、また、それがどの程度個々の債権者の土地及び身体にまで到達するかについては、何ら具体的な主張立証がない。道路上における落下物や交通事故等による危険についても、同様である。

四  これまで説示してきたとおり、債権者らは、その主張するいずれの点においても、本件計画の実施により、私法上保護された利益を侵害されるおそれがある、ということはできない。したがって、債務者らが本件計画を推進してきた手続の当否や受忍限度につき検討をするまでもなく、人格権又は財産権に基づく差止請求権は認められない。

債権者らは、被保全権利のひとつとして、環境権に基づく差止請求権も主張するが、現行法上一般にかかる権利を承認しえないことは、既に判例の明かにしているところである。また、不法行為に基づく差止請求権も援用するが、不法行為に基づく法律効果は、特別の規定がないかぎり、損害賠償請求権のみに限られ、差止請求権発生の余地がないことについても、多くの説明を要しないであろう。

かくして、債権者ら主張の被保全権権利は、いずれも認められず、本件事案の性質上、保証を立てさせてこれに代えることも相当でないから、進んで保全の必要性につき判断するまでもなく、本件申請を失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 長嶺信榮 樋口英明)

<以下省略>

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