静岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)11号 判決 1993年10月01日
原告
鈴木吉雄
同
聞間久
同
笹島亀三
同
島一郎
同
松尾光貴
同
山田富三
右六名訴訟代理人弁護士
佐藤和夫
同
内山修一
同
井口寛二
被告
静岡県熱海市長 内田滋
右訴訟代理人弁護士
堀家嘉郎
同
石津廣司
右指定代理人
川口市雄
同
中田智
同
杉崎三郎
同
竹下栄二
同
高木靖之
同
平澤英敏
同
田村邦雄
同
小林修二
理由
三 地方自治法二三四条一項、二項違反の主張について
1 原告らは、随意契約の方法によってなされようとしている本件賃貸借契約について、地方自治法施行令一六七条の二第一項各号所定の事由がないから、本件賃貸借契約の締結は地方自治法二三四条一項、二項に違反する違法がある旨主張し、これに対し、被告は、本件賃貸借契約は同法施行令一六七条の二第一項二号に該当し、随意契約の方法により得る場合である旨主張する。
ところで、同法施行令一六七条の二第一項二号の「その性質又は目的が競争入札に敵しないもの」とは、契約の性質又は目的に照らして一般競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難である場合のみをいうものとまで限定的に解すべきではなく、契約価格の多寡というような競争原理にのみ基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性の点を犠牲にする結果になるとしても、地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定し、その者との間で契約の締結をするという方法をとることの方が、当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該地方公共団体の利益の増進にもつながると合理的に判断されるような場合も、右の「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するものと解するのが相当である。そして右のような場合に当たり、随意契約によることができるか否か、先契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として地方公共団体の契約締結の方法に制約を課した地方自治法及び同法施行令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して、地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断によって決定されるべきものである。
2 そこで、本件賃貸借契約の目的等についてみると、〔証拠略〕によれば、本件賃貸借契約の目的は、単に本件土地を民間企業に貸与して賃料収入を得るというにとどまらず、本件土地において民間企業に水族館を建設、経営させ、その水族館経営を通じてもたらされる観光客の増加をてことして、熱海市の観光振興に寄与をもたらし、さらには熱海市全体に経済的波及効果を招来させることを意図するものであることが認められる。
すなわち、右各証拠及び弁論の全趣旨によれば、熱海市は、全国有数の温泉観光都市でありながら、近年は観光客の長期的減少傾向に苦慮していたものであるが、これに対処するため、新たな観光資源を得る方策として、本件土地を水族館用地として利用することを計画したものであり、したがって本件土地の貸与は、単に賃料収入によって熱海市が経済私益を得ることを目的とするものではなく、熱海市の観光振興政策の一環としての性質を有し、そのような市の政策目的に沿って行われるものであることが認められる。そうすると、本件土地の賃貸借契約の相手方は、とりもなおさず右のような政策目的を担う水族館の建設、経営を委ねる企業となるのであるから、その相手方の選定を、賃料の多寡という経済的競争原理のみに基づいて行うことは相当ではなく、右政策目的に直接関わる当該企業の熱海市における集客力の優劣という観点、当該企業は水族館の建設のため当初巨額の資金を要するのみならず、右政策目的上、長期にわたって経営を継続することが必要とされることから、当該期間にわたり当該企業の経営の安定が保証されているといえるかどうかという観点、あるいは当該企業が水族館経営に関して十分な技術、経験を有しているかどうかという観点などからの判断に基づいて行われることが相当であることは明らかである。したがって、本件土地の賃貸借契約は、その契約の性質及び目的に相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定して契約を締結する随意契約の方法によることがより妥当であると合理的に判断される場合に当たるものというべきである。
3 なお原告らは、十分な資力及び信用を有し、かつ、水族館経営に関する技術ないし技能を保持する企業は訴外会社に限られるわけではないとか、集客力についても各企業によって顕著な差異はないとして、本件土地の賃貸借契約の締結が競争入札の方法に適さないとすることはできない旨主張するが、地方公共団体において、当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定し、その者との間で契約の締結をするという方法をとることが、当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であると合理的に判断されるためには、当該目的等に相応する資力、信用、技術、経験等を有する相当方が一社しか存在しないことまでをも必要とするものとは解されないから、右のような条件を具備する企業が訴外会社以外にも存在するというだけでは、本件土地の賃貸借を随意契約によることとした被告の判断に合理性が欠如するということはできない。また、原告らは、他の地方公共団体において公有地を貸与する場合にはコンペ方式でその貸与先を決めているのが通常である等とも主張するが、そもそもコンペ方式は、各企業から企画を出させ、その企画の優劣によって契約の相手方を選択する方法であり、法的には随意契約であって競争入札ではないし、コンペ方式によれば、結局のところ当初の企画の優劣によって契約の相手方を選択することになるから、建物の設計などの一回的な契約を締結する場合においては有効な方法であるといえるとしても、賃貸借契約のような継続的契約の場合おいてもなお有効なものであるか否かについてはさらに検討を要するところであって、本件賃貸借契約を随意契約の方法により得るとした前記の諸事情も併せ考えれば、本件賃貸借契約において随意契約の方法によったうえで、コンペ方式を採用しなかったからといって、その被告の判断が合理性を失うものということはできない。
4 したがって、本件賃貸借契約に地方自治法二三四条一項、二項に違反する違法があるとの原告らの主張は理由がない。
四 裁量権の逸脱濫用の主張について
1 原告らは、本件賃貸借契約の締結が随意契約の方法により得る場合に当たるとしても、その相手方選定に当たって公正さを担保するような手続がとられていないうえ、十分な調査、検討に基づかないで、訴外会社を相手方に選定したものであるとし、また、契約内容が極めて不合理であるとして、被告が訴外会社を相手方として本件賃貸借契約を締結するに当たって、その裁量権を逸脱、濫用した違法がある旨主張する。
しかして、地方公共団体が契約の締結を随意契約の方法によって行うことができるか否かについては、個々の具体的な契約ごとに、契約担当者の合理的な裁量によって決定されるべきであることは右三の1で述べたとおりであるが、さらに随意契約の方法により得るとした場合の具体的なその相手方の選定についても、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮した契約担当者の合理的な裁量判断に委ねられることはいうまでもない。そうすると、具体的な契約の締結が随意契約の方法により得るとした場合においても、契約担当者がその相手方を選定した判断に合理的な裏付けが全く認められなかったり、あるいはその選定が不公正な動機に基づくなど、相手方選定の判断に公正さを妨げる事情があるものと認められる場合においては、相手方選定についての裁量権の行使がその範囲を逸脱し、あるいは濫用にわたるものとして、契約の締結が違法とされる場合があるものと解される。
なお、この点に関して、原告らは、随意契約が例外的な場合に限って許されることに鑑みれば、本件土地の賃貸借契約の締結に当たっては、相手方の選定や契約内容の決定に第三者機関を関与させるなど、競争入札の方法による場合に匹敵し得るような公正さを担保し得るような手続を経ることが必須の要件である旨主張する。
確かに、地方公共団体が随意契約の方法によって契約の締結をなし得る場合においても、その相手方選定の公正さを担保するための手続がとられることが望ましいことは一般的には否定し得ないし、また甲第三一、第六七、第七六、第九四号証及び弁論の全趣旨によれば、他の地方公共団体において随意契約の方法によって契約を締結する場合にそのような手続を経ることによって、相手方選定の判断の公正さの担保に意が払われることが少なくないことも窺われる。
しかしながら、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号の趣旨について右三の1で述べたことに照らせば、同号に該当するとして、契約の締結を随意契約の方法により得るものとされた場合においては、その相手方を選定する際にどのような手続を経るかについても、地方公共団体の契約担当者による相手方選定についての裁量判断の一環として、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮した合理的な判断に委ねられるものと解するのが相当である。そうすると、右のような手続の要否等に関しては、具体的な契約につき地方公共団体の契約担当者によってなされた相手方の選定がその裁量権を逸脱濫用するものであるかどうかを判断するための基礎となる事情の一として、右選定の過程において契約担当者が現実に経た手続、経過に基づき、それが相当方選定の判断の公正さを担保するに欠けるところがあると客観的に認められるか否かを判断すれば足りるものと解される。原告らの前記主張が叙上と異なり、随意契約の方法によって契約を締結する場合に、相手方選定の公正さ等を担保するための手続を経ない限り当該契約が違法となるとか、本件賃貸借契約につき主張の手続を経ていなければ本件賃貸借契約が違法であるとする趣旨であれば、右主張は失当である、
2 そこで本件賃貸借契約について、右のような観点から、被告による裁量権の行使に逸脱濫用があるといえるかどうかを検討するに、〔証拠略〕を総合すると、本件賃貸借契約の相手方として訴外会社が選定され、被告と訴外会社との間で本件賃貸借契約の原案についての合意がされるまでの経緯につき、次の事実を認めることができる。
(一) 市当局は、昭和五六年に熱海観光港開発促進本部を、昭和五九年四月には、その事務局として開発室を設置して、開発促進本部を中心に、本件土地の利用計画を含めた熱海観光港開発計画の具体的検討を進めることとした。
他方、市議会も、昭和五六年六月に、右と同様の事項について審議を行うために、総議員二八名中、一〇名の議員によって構成される特別委員会を設置した。
(二) 開発促進本部は、昭和五九年から、本件土地の利用計画の一環としての水族館建設計画の検討を開始するとともに、水族館建設計画を決定した場合の管理運営方法として、市の直営方式とするか、民間企業に本件土地を賃貸して建設、経営をさせる民営方式とするか、市と民間企業との合併による第三セクター方式とするかを併せ検討し始め、その調査のため、昭和六〇年一月には、全国の水族館のほとんどすべてに当たる公営水族館一八箇所、民営水族館二七箇所に照会文書を送付し、右照会文書に対し回答を得られなかった水族館に対しては電話によって照会事項の聴取を行うなどし、あるいは社団法人日本動物園水族館協会発行の日本動物園水族館年報や、ダイヤモンド社発行の会社要覧等を閲読するなどの方法で、水族館経営企業の各施設の概要並びに各企業の経営実績、資力、信用等の調査を行った。
また、開発促進本部は、昭和六〇年以後、近隣の水族館である訴外会社経営の伊豆三津シーパラダイスを見学するなどして水族館経営の実情を調査し、その調査の際の訴外会社との折衝のなかで、訴外会社が条件があれば本件土地へ進出する可能性があるとの感触を得ていた。
(三) 市当局は、昭和六一年一月に、被告のほか、助役、収入役、担当部課長が出席した会議を開き、右(二)の開発促進本部の調査、検討の結果を踏まえて、水族館の管理運営方法を民営とし、本件土地を民間企業に貸与して水族館の建設、経営を委ねること、誘致交渉の相手方としては訴外会社とすることを、市当局の方針として決定したが、右決定の根拠は次のとおりである。
(1) 水族館の管理運営方法を民営としたのは、水族館の建設、運営には、その建設費だけでも巨額の資本投下が必要となることが予想されるので、これを市が直接行い、又は市の出資を伴う第三セクターを設立して行う方式によるとすれば、市に重い財政負担を強いることとなって、熱海市の財政規模では対応できないと考えられるのに対し、民営方式によれば安定した賃料収入を得られるほか、水族館の経営による観光客の増加をてことして市の観光振興に寄与し、熱海市の活性化を図るという目的も達成し得るものと考えられ、その方が結局、市の財政上有利であること、また、水族館経営には、特殊な技術、技能を必要とし、かかる能力を有する企業にその運営を委ねる必要があると判断されることによるものである。
(2) 訴外会社を誘致交渉の相手方としたのは、訴外会社が、西武鉄道株式会社を親会社とするいわゆる西武グループに属する企業であり、十分な資力、信用を有していると認められること、伊豆三津シーパラダイスを長年経営している実績があることなどに照らし、水族館経営の技術、技能面でも優れていると認められること、熱海市やその周辺において手広く観光事業を営むとともに交通手段も有しており、いわば足を熱海市に有していて、熱海市近辺において集客力を有しているものと認められることなどから、訴外会社を誘致することが、熱海市への集客を図り、ひいては熱海市全体への経済的波及効果を得るために最適であると判断されることによるものである。そして、右判断は、開発促進本部が予め調査して得た全国の各水族館経営企業の経営実績、資力、信用等に関する資料に基づき、展示物の入替え等が期待できる近隣の神奈川県、静岡県で水族館を経営する企業及び入場者数が全国で一〇位内にランクされる水族館の経営企業を選び、その中から誘致先として適しないもの(学校法人、社会福祉法人、個人及び遠方にある水族館の経営企業)を除外して残った企業について、前記資料に基づき、その資力、信用、水族館経営の経験及び技術、熱海市における集客力の各点を比較検討することを通じて得られたものであった。
(四) 右(三)の決定をした市当局は、昭和六一年四月から、当初、松田参事を担当者とし、後に、桜井開発本部長を担当者として、訴外会社を相手方として正式な誘致交渉を開始し、同年六月ころに、訴外会社に対して第一回目の条件提示をした。
(五) また、市当局は、昭和六二年六月ころ、本件土地に水族館を建設した場合の経済的波及効果についての調査、検討の結果を取りまとめた。
(六) 訴外会社は、昭和六二年六月、市当局に対し、水族館の施設概要の計画案を提出したが、同計画案は市当局から特別委員会に審議資料として提出された。
なお、同じころ市当局は、地元住民に水族館建設の説明会を開く必要があったことから、被告のほか助役、収入役及び担当部課長が出席した打合せ会議を開き、誘致企業を訴外会社とすることの妥当性について再度確認を行ったが、誘致企業としては、訴外会社を最適とする旨の判断は維持された。
(七) 特別委員会の委員は、同年七月三〇日、三一日の両日にわたって、神奈川県三浦市所在の油壷マリンパーク及び千葉県鴨川市所在の鴨川シーワールドを視察し、その施設概要、経済波及効果等について調査した。
(八) 市の主導による水族館建設計画に反対する市民から、同年一一月二五日付で、地方自治法七四条一項に基づき、水族館建設計画に係る住民投票実施の条例の制定を求める直接請求が市議会に提出され、同請求は、結局、市議会において否決されたが、市当局は、右請求がなされたことから、判断の慎重を期するため、同年一二月、再度訴外会社を誘致企業とすることの妥当性について検討する機会を持ったが、やはり訴外会社を誘致企業として最適であるとするとの判断が維持された。
(九) そして、被告は、昭和六三年二月一〇日、訴外会社との間で本件賃貸借契約の原案について合意をしたが、右合意に係る賃貸借の条件は、開発促進本部が昭和六三年一月中旬に不動産鑑定業者である河口不動産鑑定事務所及び財団法人日本不動産研究所に依頼して行わせた本件土地の更地価格の鑑定の結果に基づき(なお、右両鑑定に係る鑑定書の作成日付は右合意の日以後の日であるが、市当局は、右合意の日までに鑑定結果の報告を受けていた。)、その二社の鑑定価格の平均値(一平方メートル当たり一九万四九〇〇円)を本件土地の更地価格としたうえで、横浜市八景島の賃貸事例における横浜市の賃貸条件の算出方法を参照し、更地価格の五〇パーセント相当額(一〇億一七九八万七〇〇〇円)を借地権価格として権利金をこれと同額に設定し、かつ、更地価格から右借地権価格を控除した底地価格の三パーセント相当額(三〇五四万円)を年間賃料とする(ただし、契約締結の日から訴外会社が水族館を建設し、その営業を開始する日の前日までは賃料の支払を免除する。)というものであった。
(一〇) 本件賃貸借契約をめぐってされた市議会及び特別委員会での審議等の内容は、証拠上認められる限りにおいて次のとおりである。
(1) 市当局は、昭和六〇年六月の市議会定例会において、本件土地の利用については第三セクター方式によることを第一次的に考えているが、開発全般の問題について特別委員会に諮りながら進行させたいとの意向を表明した。
(2) 市当局は、昭和六〇年夏ころ、開発促進本部による昭和六〇年夏ころまでの調査、検討結果を踏まえて、本件土地を水族館建設用地として利用する方針を固め、同年九月二八日、特別委員会において、市の観光活性化のため本件土地を水族館用地として利用することを計画していること、その経営方法も含めて特別委員会で討議してもらい、事務局で事務を進行させたい旨の意向を表明したが、特別委員会の委員から資料不足を指摘され、また委員のなかには別の目的での利用を提案する者もあり、右市当局提案の水族館建設計画についての特別委員会としての意見は留保された。市当局は、右特別委員会での意向表明の後、さらに、同年九月期の市議会定例会において、特別委員会に水族館建設計画を提案をした旨の報告をし、水族館を本件土地利用の一つの検討課題とする旨の表明をしたが、その際においてもその経営方法については未定である旨の答弁をするにとどまった。
(3) 市当局は、昭和六〇年一一月二八日の特別委員会に、市当局において作成した他の観光施設との対比表、主要水族館の経営状況一覧表を提出し、市当局が策定した水族館建設計画について同委員会の検討に委ねたところ、委員のうちから水族館建設についての疑問も提出されたが、特に積極的な反対もなく、概ねその計画を前提とする質疑がなされたので、市当局としては、水族館建設という方向で計画を進めることとして、そのころ、特別委員会においてその旨の表明をした。ただし、その内容として、いかなる経営方法によるかは、市議会の審議に委ねるとの方針が表明されるにとどまった。
(4) 市当局は、同年一二月の市議会定例会において、右の同年一一月における特別委員会での審議状況を報告し、次回にはその内容を市議会定例会に提示してその審議に委ねる予定である旨を表明したが、その際においても、本件土地を水族館用地として利用することだけが表明されていた。
(5) 市当局は、昭和六一年二月二六日、特別委員会において、観光港整備基本計画(案)の説明をし、その際、民間企業に本件土地を貸与して、その企業に水族館経営を委ねる方向で計画を進めたい旨の意向を表明し、さらに同年三月一四日の特別委員会において、本件土地の賃貸借につき訴外会社を相手として契約交渉を進めたい旨及び同社との交渉については特別委員会にその都度報告し、その内容について同委員会の審議に委ねたい旨の意向を表明したが、右の市当局の提案について委員から積極的な反対はなされず、同委員会としては概ねその了解が得られた。
右を受けて被告は、同年三月の市議会定例会において、本件土地を水族館用地として利用するに至った判断理由の説明をした。
(6) 同年六月の市議会定例会において、市当局者より、訴外会社と慎重に交渉中であること、訴外会社としても契約締結に向けて熱心であることが報告され、また同年七月一一日の特別委員会において、静岡県知事に対し埋立免許に係る本件土地の用途を観光施設用地と変更申請することに関連する審議がされた際、市当局者から、訴外会社とは、現在三、四回目の交渉がされているが、右交渉は、訴外会社が相手方として確定したことを前提とするものではないとの答弁がなされた。
(7) 市当局は、同年一二月一六日の特別委員会において、審議資料として開発室作成の熱海観光港観光施設用地利用計画(案)を提出したが、同計画(案)には、主要水族館における施設の概要及び入場者数の一覧表が添付され、また市が自ら水族館を建設する場合についても言及されていた。
(8) 右(六)のとおり、市当局は、昭和六二年六月の特別委員会において、審議資料として訴外会社から提出を受けた水族館の施設概要の計画案を提出し、その内容について同委員会の審議に委ねた。
(9) 市主導による水族館建設計画に反対する市民より、昭和六二年一一月二五日付で、地方自治法七四条一項の規定に基づき、水族館計画に係る住民投票実施の条例制定を求める直接請求が提出されたが、市議会は同請求を否決した。
(10) 被告は、昭和六三年三月一日、右(九)のとおり、同年二月一〇日に訴外会社との間で合意に達した賃貸借契約の原案を、地方自治法九六条一項六号の規定に基づいて市議会定例会に付議し、市議会において同月一九日に可決された。
(二) また市当局は、昭和六一年一一月、行財政審議会に対し本件土地の利用方法に関して諮問したが、同審議会における審議経過は次のとおりである。
(1) 被告は、昭和六一年一一月五日、行財政審議会に対し、本件土地を民間企業に貸与し、その企業に水族館経営を委ねる方針についての是非を問う諮問をし、同日、市当局者から諮問の趣旨内容の説明がなされた後、同審議会の各部会において討論がなされた。なお、右諮問に係る諮問事項においては特定の企業名が挙げられてはいなかったが、市当局者の説明において貸与先を訴外会社とすることが明らかにされ、また、審議の際に訴外会社を選定した理由につき、伊豆三津シーパラダイスを長年経営していることから、技術、経験に優れていること、西武系列であって、資力、信用があること、熱海市に観光バス等のいわゆる足を持ち、集客力に秀でていることなど、概ね右(三)の(2)と同旨の内容の説明があったので、同審議会の審議は、これらを前提としてなされた。
(2) 同月一五日に右諮問について二度目の行財政審議会が開催された後、同月二五日、同審議会より「大勢において妥当」との答申がなされた。また、右答申に際して、行財政審議会から被告に対し、「有機的な駐車場対策を図られたい」との意見が付記された。以上の事実を認めることができる。
なお、原告らは、市議会に付議された本件賃貸借契約の原案が昭和六三年三月一九日に可決された際、被告が訴外会社の資力、信用に関する資料を市議会に退出していなかったとか、本件土地の隣地を駐車場とする旨の被告と訴外会社との約束が、市議会に対して隠されていたとかと主張するが、右認定の事実に徴すれば、従前の審議の過程で必要な資料は既に市議会に提出されている事実が窺えるのみならず、訴外会社が熱海市近辺において観光事業を展開している地元企業であり、かつ日本でも有数の企業グループである西武鉄道グループに属する企業であることは、市議会議員にとって公知の事柄であったものと推認されるから、仮に、右の付議に当たって改めて訴外会社の資力、信用に関する資料の提出がなかったとしても、各議員において、右の点を判断の資料とし得なかったものとはいえないし、また、甲第一五号証、乙第六号証及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の隣地である下水道施設用地を公営駐車場として利用する意図を市当局が有していることは、既に昭和六一年二月の特別委員会で市当局者から表明されており、さらに、その以前である昭和六〇年九月には新聞報道もされている事柄であって、これを被告が市議会に対し秘匿していたとの非難を容れる余地はないというべきである。
3 右2の認定事実によれば、被告を始めとする市当局は、本件土地の賃貸借契約の相手方を選定するに当たり、その候補と考えられる水族館経営企業につき一応可能な手段を尽くして資料収集に努め、かつ、その資料に基づく慎重な検討の結果、訴外会社を賃貸借契約の相手方と選定したものであること、被告が右のように訴外会社を賃貸借契約の相手方とした判断根拠は右2の(三)の(2)のとおりであることが認められるところ、前記三の2で認定した本件土地の賃貸借契約を締結する政策目的に照らし、右根拠に基づいて訴外会社を相手方として選定した被告の判断それ自体に合理性に欠けるところがあるということはできないから、本件賃貸借契約が十分な調査、検討に基づかないで訴外会社を相手方に選定したものであるとする原告らの主張は失当である。
また、右2の認定事実によれば、被告が本件賃貸借契約の相手方として訴外会社を選定するまでの間に、被告ないし市当局が、賃貸借契約の相手方の選定につき直接第三者機関を関与させたり、あるいはこれを直接特別委員会等の決定に委ねたような事実は窺えないが、被告ないし市当局が、訴外会社を交渉の相手方とすることを内部決定した後、その交渉と並行して、幾度も市議会又は特別委員会において、その経過報告をして意見を仰いだこと、また行財政審議会に対し、訴外会社を契約の相手方とすることを明らかにしたうえで、実質的に本件賃貸借契約について諮問していること、右のような市議会若しくは特別委員会又は行財政審議会の審議を経たうえで、最終的に訴外会社との間で賃貸借契約の原案について合意するに至ったことは右2で認定したとおりであり、そして、右の市議会若しくは特別委員会又は行財政審議会の審議における直接の議題として、訴外会社を本件土地の賃貸借契約の相手方とすること自体の当否が取り上げられたことはないものの、かといって被告ないし市当局がこの点についての審議を拒否したりことさら避けたような形跡も認められないのであるから、右の審議に際しては、市議会議員若しくは特別委員会委員又は審議会委員において、その審議の当然の前提として訴外会社を相手方とすることの当否を踏まえたうえ、水族館建設計画につき審議していたものと解するのが相当である
そうだとすれば、訴外会社を右相手方に選定した被告の判断に対しては、事後的にではあれ、訴外会社との間で賃貸借契約の原案について最終的に合意するまでの間に、市議会及び特別委員会並びに行財政審議会による批判検討を経ているということができるのであるから、原告らの主張するように、賃貸借契約の相手方の選定につき直接第三者機関を関与させる等の手続を経なかったからといって、訴外会社を右相手方に選定した被告の判断が、客観的に見て、公正さに欠けるところがあったとすることは到底できない。
4 原告らは、被告が昭和六〇年一二月二三日に訴外会社の会長である堤との間で、澤田政廣記念館の用地賃貸の承諾と引換えに、訴外会社に本件土地を貸与して水族館経営を委ねるとの密約をし、これに基づいて訴外会社との間で本件賃貸借契約を締結しようとしているものであって、本件土地の賃貸借契約の相手方に訴外会社を選定したことには不公正な動機が存すると主張する。
しかして、右2で認定した訴外会社が本件土地の賃貸借契約の相手方として選定された経過に関する事実に、証人藤間昭二、同柚木敏郎の各証言を併せ考えれば、従前、訴外会社は、その所有土地を澤田政廣記念館用地として利用させることを熱海市から要請されていたものの、これを頑なに拒否していたのに、この状態を打開するため昭和六〇年一二月二三日にもたれた被告と堤との会談を契機として、右澤田政廣記念館用地に関しては訴外会社が熱海市に賃貸することで解決がみられたこと、一方、市当局は、昭和六〇年一二月の市議会定例会のころまでは、水族館の経営方法すら確定していなかったのに、堤と被告の会談の結果、訴外会社から澤田政廣記念館用地の利用の承諾が得られると間もなく、市当局内部において本件土地を訴外会社に賃貸して水族館経営を委ねるとの決定がされたこと、右会談の際、雑談の中においてであるとはいえ、堤が水族館建設に前向きな発言をし、被告がこれに対して好意的に応じたことが認められる。しかしながら、右2で認定した訴外会社が本件土地の賃貸借契約の相手方として選定された経過に関する事実に、〔証拠略〕を併せ考えると、熱海市と訴外会社間で、澤田政廣記念館用地の賃貸借契約問題と本件土地の利用問題とは、熱海市側の担当者を異にして、それぞれ独自に契約交渉が進められ、澤田政廣記念館用地の賃貸借契約は、昭和六一年一二月二三日に正式に締結をされたが、本件土地の賃貸借契約の交渉は、その後も継続して行われていたことが認められ、この事実に照らせば、前記の事実が認められるからといって、被告が堤との間で、澤田政廣記念館用地の貸借を受けることと引換えに本件土地を訴外会社に貸借する密約をし、それに基づいて訴外会社を本件土地の賃貸借の相手方として選定したとの事実を推認することは困難であり(なお、堤の水族館建設に前向きな発言に対して、被告が好意的に応じたとしても、それは会談の際の社交的な儀礼にすぎないものと解するのが相当である。)、他に、原告らの右主張を認めるに足りる的確な証拠もない。
5 なお、以上のほか、原告らは、本件賃貸借契約の内容が不合理であるとも主張するが、その主張するところは、不動産鑑定業者二社に本件土地の更地価格の鑑定を行わせた際、被告と訴外会社との間の約束で、本件土地の隣地を熱海市の費用負担で駐車場とすることとされていたのに、いずれの業者に対してもそのことを告げなかったため、本件土地の更地価格が過小に評価する鑑定がなされ、その結果、本件賃貸借契約の賃料が低廉なものとなったとか、本件賃貸借契約において訴外会社が水族館を建設してその営業を開始する日の前日までの賃料を免除することとされていることに合理的理由がないとかというものであって、要するに、本件土地の賃貸借契約に係る対価(賃料)が適正ではないというに帰着するものであるところ、後記六のとおり、右賃料額及び賃料免除の約定を含む本件賃貸借契約の原案が地方自治法九六条一項六号に基づいて市議会に付議され、その議決を経たことは前記2の(九)及び(一〇)の(10)のとおりであり(なお、右議決の際に本件土地の隣地を駐車場とすることが秘匿されていたとの主張が失当であることも前記2のとおりである。)、右議決を経たことにより、右の対価が適正でないとしても、本件賃貸借契約の違法事由を構成するものではないと解すべきことは後記六のとおりであるから、原告らの右主張は失当である。
6 以上によれば、被告が本件土地の賃貸借契約の相手方として訴外会社を選定したことにつき、その裁量の範囲を逸脱し、あるいは裁量権行使に濫用があったものと認めることはできず、右逸脱濫用があったとする原告らの主張はいずれも理由がない。
五 公有水面埋立法違反の主張について
原告らは、本件土地につき賃貸借契約を締結する場合、公有水面埋立法二七条二項四号によって、賃借権設定の相手方の選考方法が適正であることが、賃貸借契約の適法要件であると主張したうえ、右の選考方法が適正であるとは、公募による場合を指し、公募により難い特別の事由があるときに限り、公募以外の方法によることができるものと解すべきであるのに、被告は、公募により難い特別の事由がないのに随意契約の方法によって訴外会社との間で本件賃貸借契約を締結しようとしているので、本件賃貸借契約の締結は違法であると主張する。
しかしながら、公有水面埋立法二七条二項四号は、埋立地につき賃借権の設定等をしようとする当事者が、同条一項に基づいて知事に対しその許可を申請した場合における許可要件を定めた規定であるから、本件賃貸借契約が右規定を充足していないことは、それにもかかわらず知事がこれを看過して右許可をした場合に、その許可処分の違法事由とはなり得ても、本件賃貸借契約自体の違法事由としては考慮する余地はないものというべきである。
したがって、原告らの右主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
六 市条例違反の主張について
原告らは、市条例四条によって、熱海市が普通財産を無償貸付、又は減額貸付をする場合の相手方は「他の地方公共団体その他公共団体又は公共的団体」に限定されているところ、本件賃貸借契約においては、その契約締結の日から、訴外会社が水族館を建設してその営業を開始する日の前日までは賃料を免除するものとされており、これは当該期間についてみれば市条例四条にいう無償貸付であり、契約全体からみれば同条にいう減額貸付に当たるが、訴外会社が、同条の「他の地方公共団体その他公共団体又は公共的団体」に該当しないことは明らかであるから、本件賃貸借契約は市条例に違反する違法があると主張する。
しかしながら、地方自治法九六条一項六号によれば、条例で定める場合以外の場合においても、地方公共団体が、議会の議決を経たうえで、適正な対価なくして財産の貸付けを行うことができることは明らかであるところ、右内容の賃料免除の約定を含む本件賃貸借契約の原案が同号に基づいて市議会に付議され、昭和六三年三月一九日に可決されたことは、前記四の2の(九)及び(一〇)の(10)のとおりであるから、本件賃貸借契約が市条例に違反するとの原告らの主張は理由がない。
七 結語
以上によれば、本件賃貸借契約の締結が違法なものであるとする原告らの主張は、いずれも理由がないことになり、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないこととなるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒川昂 裁判官 石原直樹 森崎英二)