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静岡地方裁判所下田支部 平成24年(ワ)25号 判決 2013年6月27日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、九一六万〇四六六円及びこれに対する平成二〇年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告が、原動機付自転車(以下「本件車両」という。)を運転中、被告の管理する町道に空いた穴にそのタイヤがはまり、転倒したことにより(以下「本件事故」という。)、損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、損害金のうち九一六万〇四六六円及びこれに対する本件事故の当日である平成二〇年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  当事者の主張

(1)  原告の主張(請求原因事実)

ア 営造物の管理の瑕疵について

(ア) 平成二〇年六月一日当時、別紙図面一ABCDAの各点を順次直線で結んだ範囲内にある、被告が管理する静岡県賀茂郡河津町見高の町道(以下「本件道路」という。)の、別紙図面二(なお、同図面は、本件道路を拡大したもの。)「穴があった位置」記載の位置には、同図面記載のとおりの形状の穴(以下「本件穴」という。)が空いていた。

(イ) 本件道路は、周辺住民が日常使用している道路であり、原動機付自転車も日常的に走行することが当然予想される道路であるが、本件穴により、同所を通る原動機付自転車がいつ転倒してもおかしくない状態であり、その通常有すべき安全性を欠いていた。

(ウ) 被告は、本件事故直前にも住民から本件道路の補修等をすべきである旨の指摘を受けていたにもかかわらず、本件穴に対し、根本的な対策をせず、放置していた。

(エ) よって、河津町には、営造物の管理の瑕疵がある。

イ 損害の発生及び因果関係について

(ア) 原告は、平成二〇年六月一日、本件車両を運転して本件道路を通行するに際し、本件穴に同車両のタイヤがはまり、転倒した(本件事故)。

(イ) これにより、原告は、次のとおり、合計一一二四万三〇八三円相当の損害を被った。

a 治療費 二二万三六三〇円

b 通院交通費 一〇万二五八〇円

c 入院雑費 一一万七〇〇〇円

d 義肢等の費用 八万六二一三円

e 診断書料 二万七三〇〇円

f 入通院慰謝料 二三四万〇〇〇〇円

g 後遺障害慰謝料 二九〇万〇〇〇〇円

h 後遺障害逸失利益 四六一万六三六〇円

i 弁護士費用 八三万〇〇〇〇円

(2)  被告の主張(請求原因に対する認否)

ア 営造物の管理の瑕疵について

いずれも否認する。

なお、本件道路には、乙第七号証の二の写真(以下「写真一」という。)中央の穴(以下「被告主張の穴」という。)が空いており、平成二〇年五月一九日、周辺住民から、被告に対し、同穴について、補修等の要望が出されたという事実はあるが、同穴は本件穴とは異なるし、被告が上記要望を放置した事実もない。

イ 損害の発生及び因果関係について

(ア) 原告が運転する本件車両のタイヤが本件穴にはまった点については否認し、その余は不知。

(イ) 前記(1)イ(イ)の事実のうち、aないしeの事実は不知、その余は否認ないし争う。

第三当裁判所の判断

一  営造物の管理の瑕疵について

(1)  判断

本件においては、原告の主張する位置に本件穴が空いていたと認めるに足りる的確な証拠はない。

よって、原告の主張する営造物の管理の瑕疵は認められない。

(2)  補足説明

ア 原告の主張等について

(ア) 原告の主張等

原告は、本件道路の別紙図面二「穴があった位置」記載の位置に同図面記載のとおりの形状の本件穴が空いていたと主張し、原告本人、証人A(以下「証人A」という。)及び同B(以下「証人B」という。)はこれに沿う供述ないし証言(以下、併せて「原告らの供述等」という。)をしている。

しかしながら、以下で述べるとおり、上記供述ないし証言は、客観的証拠及びこれに基づく間接事実と矛盾、抵触する上、その内容自体信用性が高いとはいえないことから、これらを採用することはできず、他に上記主張を認めるに足りる的確な証拠もないから、上記主張は採用できないというべきである。

(イ) 原告の主張等と矛盾、抵触する客観的証拠・間接事実の存在

a 平成二〇年五月一三日頃、本件穴が存在しなかったこと

証拠(乙七の一、二)によれば、本件道路の周辺住民が、被告に対し、平成二〇年五月一九日、被告主張の穴について写真一を添付の上補修要望を出したこと及び同写真の裏面には平成二〇年五月一三日にプリントアウトされた旨印字されていることが認められ、上記事実からすれば、同写真は、同日頃撮影されたものと考えるのが相当である。

そして、写真一には、原告が、本件穴があったと主張する位置も写っているものの、同所に本件穴は見当たらず、穴が補修された痕跡のみが認められる。

なお、仮に、同時点で本件穴が空いていれば、一緒に補修要望が出されるのが自然であるところ、そのような事実がないことからしても、同時点で本件穴がなかったと考えるのが相当である。

b 平成二〇年六月三日、本件穴が存在しなかったこと

証拠(乙二、同五(枝番号も含む)、証人C(以下「証人C」という。)一頁ないし八頁)によれば、証人Cらは、本件事故の二日後である平成二〇年六月三日、河津町議会議員のD(以下「D」という。)から本件事故の報告を受け、同日、本件事故現場付近を調査したこと、その際、同人らは、被告主張の穴しか発見できなかったため、同穴により本件事故が起こったものと考え、これを写真撮影したこと、その際の写真が乙第五号証の二の二枚の写真であること(以下、このうち上の写真を「写真二」という。)が認められる。

そして、写真二には、原告が、本件穴があったと主張する位置も写っているものの、同所に本件穴は見当たらず、写真一同様の穴が補修された痕跡のみが認められる。

なお、証人Cの上記事実に係る証言内容は、写真二の上記内容と合致していること、被告は当初から上記事実関係を前提に原告と交渉していること、仮に、前記痕跡部分に本件穴があれば、証人Cらは、同穴も明確に写真撮影したであろうし、仮に、被告に有利に働くように本件穴を隠そうとしたのだとすれば、上記痕跡部分が写っているような写真二を撮影することや、それを原告に提示することは考え難いことなどから、優に信用することができる。

また、証人Cは、写真二に写った上記痕跡について、上記写真撮影の際、「確認はしていないと思います。」などとも証言しているが(二〇頁)、証言全体から考えれば、同証言は、同所には穴が空いていなかったので特にその状態を意識的に確認していない趣旨であると考えるのが相当であり、前記証言内容と矛盾、抵触するものではない。

c 上記二時点間に本件穴が空き、補修された事実が認められないこと

写真一及び写真二の前記各痕跡は、その形状が酷似しており、別の機会に補修されたものとは考え難い。

また、本件事故当時、本件穴が空いていたとする原告本人、証人A及び証人Bの供述ないし証言を除いて、平成二〇年五月一三日頃から本件事故までの間に、一度補修された本件穴が、コンクリートが剥げるなどして再び空いたとの事実をうかがわせる証拠は存在しないし、原告本人及び証人Aも、本件穴について、一度補修された後、コンクリートが剥がれるなどして再び穴が空いたような事実はない旨供述ないし証言している(原告本人一七、一八頁、証人A一五、一六頁)。

さらに、被告が、本件事故後、平成二〇年六月三日までの間に、本件穴を再び補修したとの事実をうかがわせる証拠はなく、前記のとおり被告が本件穴の存在を隠そうとしたとも考え難いし、被告以外の者が、被告の管理する道路に空いた本件穴を補修したとは考え難く、このような事実をうかがわせる証拠もないのであるから、上記各事実も認められない

なお、この点について原告は、写真一の撮影時点で補修された本件穴が、その後、ダンプカーの通行等によりコンクリートが剥げるなどして、本件事故時には空いており、その直後、再び補修され、写真二が撮影された可能性がある旨主張しているが、上記再補修について、当初、Dが、本件事故当日埋め戻した旨述べていた(乙三の一)のを、同人が埋め戻したとの点は事実誤認であった旨訂正しており(乙四)、その後は、いつ頃、誰が補修したか等の具体的な事実は主張していない。

また、証人Bは、Dから、本件事故の二、三日後、同人が被告に対し、直ぐに穴を埋めろと言ったと聞いた旨述べている(甲一二)が、前記のとおり、証人Cらは、上記報告を受け、前記調査を行い、被告主張の穴を発見し、写真二を撮影したのであって、上記供述から被告が、本件事故後、本件穴を再補修した事実は推認できない。

よって、この点に関する原告の主張は、抽象的な可能性を指摘するものにすぎず、採用できないというべきであって、前記二時点間に本件穴が空き、再補修されたとの事実は認められないというべきである。

d 小括

以上のとおり、本件事故前後のそれぞれ同時点に近接した日時において本件穴は存在せず、その間、本件穴が空き、補修されたとの事実も認められないから、本件事故当時も本件穴が存在しなかったものと認めるのが相当である。

(ウ) 原告らの供述等の信用性が高いとはいえないこと

a 客観的証拠による裏付けを欠くこと

原告らは、前記のとおり、本件事故当時、本件穴が存在した旨供述ないし証言しているものの、これを裏付ける客観的証拠は一切存在しない。

b 誤認、混同した記憶が形成された可能性について

原告らが供述ないし証言したのは、本件事故の約五年後である平成二五年四月二二日のことであり、本件記録上最も早期に作成された原告の事故発生状況報告書(乙三の二)でさえ平成二三年六月七日頃作成されたものと考えられることからすると、時の経過により、同人らが、本件事故以前に補修されたと考えられる本件穴と本件事故当時その近くに空いていた被告主張の穴とを誤認、混同して記憶を形成した可能性は否定できない。

特に、原告本人尋問及び証人尋問当時、原告は七九歳であり、証人Aは七八歳であったことに鑑みれば、上記記憶の不正確性の危険は比較的高いというべきである。

c 原告本人の供述内容の矛盾点について

原告は、本件事故の状況について、当初、事故発生状況報告書(乙三の二)において、本件車両を運転して本件道路左側を進行中、進行方向左手に駐車車両(軽トラック。以下「本件軽トラック」という。)があったため、同車両の右脇を走行しようとしたところ、同車両の右側に空いていた穴にはまった旨報告し、次いで、陳述書(甲一一)では、本件軽トラックの右側を進行し、再び道路左端に戻るためハンドルを左へ切った瞬間、本件穴に自車のタイヤがはまった旨供述し、原告準備書面(2)では、本件穴は、本件軽トラックの前方の直ぐ右側に存在した旨主張しており、原告本人尋問の際には、「トラックを避けて通ったら、ちょうど瞬間的に穴にはまってしまいました。」と供述しているのであって(二頁)、本件軽トラックと本件穴との位置関係及び本件事故の態様について、主張、供述に変遷が認められる。

また、E(以下「E」という。)は、本件事故当時、別紙図面二記載の空き地辺りに本件軽トラックを駐車させていた旨説明しており(乙八(枝番号を含む))、証人Aも、普段、Eは、同図面記載のカーブミラーの(原告の進行方向に従って)右側に同車両を駐車していた旨証言し(一〇頁)、これに沿う再現写真が作成されているところ(乙一一の二)、いずれも原告の主張する本件軽トラックと本件穴との位置関係と矛盾するものである。

そうすると、原告が、本件事故当時の状況を正確に把握し、記億していたかについては疑問であるといわざるを得ない。

d 以上のとおり、原告らの供述等には、客観的証拠による裏付けがなく、誤認混同して記億が形成されたおそれがある上、原告本人の本件事故についての認識、記憶の正確性にも疑問があることからすると、原告らの供述等の信用性は高いとはいえないというべきである。

(エ) 小括

よって、原告らの供述等は、前記客観的証拠及びこれに基づく間接事実と矛盾、抵触し、また、その内容自体信用性が高いともいえないから、これらを採用することはできず、他に的確な証拠もないから、これらに基づく原告の主張は採用することができないというべきである。

イ 本件事故の原因について

(ア) なお、念のため付言するに、上記認定によっても、本件車両のタイヤが被告主張の穴にはまって本件事故が発生した可能性は十分に認められる(なお、この点について、原告は一切主張立証しようとしない。)。

この点、原告本人は、本件事故直後、痛みが強くて動けない状態だったものの、本件車両を別紙図面二にガードレールと記載されている所辺りに立て掛けた旨供述しているところ(三頁)、写真二によれば、被告主張の穴と同写真に写っているガードレールとの間にはやや距離があり、同穴にはまって転倒した後、原告が、本件車両を上記ガードレールまで運ぶことが可能であったかについては、疑問がないではない。

しかしながら、原告が、どのような態様で転倒したか、その際、どのくらいの速度を出していたか等については証拠上明らかでないといわざるを得ず、その内容如何によっては、本件車両のタイヤが被告主張の穴にはまり、転倒し、原告及び本件車両が上記ガードレール付近で倒れることも十分に考えられるというべきであるから、上記事情のみから、およそ被告主張の穴が本件事故の原因となり得ないということはできない。

(イ) また、そもそも、原告の主張立証のみによれば、原告が道路に空いた穴とは無関係に転倒した可能性も完全には否定できない。

(ウ) よって、本件事故の原因から考えても、前記認定が不自然、不合理であるということはできない。

(3)  小括

以上の次第で、前記のとおり、原告の主張する営造物の管理の瑕疵は認められない。

二  結論

よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 古賀大督)

別紙図面一・二<省略>

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