静岡地方裁判所富士支部 平成13年(ワ)157号 判決 2003年8月19日
原告
松永善彦
同訴訟代理人弁護士
立石健二
被告
日本道路公団
同代表者総裁
藤井治芳
同訴訟代理人弁護士
杉田雅彦
被告補助参加人
稲葉勝芳
同訴訟代理人弁護士
小川良昭
被告補助参加人
西村邦江
同訴訟代理人弁護士
本野仁
被告補助参加人
稲葉洋子
外2名
上記3名訴訟代理人弁護士
田中薫
主文
1 被告は、原告に対し、525万円及びこれに対する平成13年9月13日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決の第1項は、仮執行をすることができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は、原告が、被告から買い受けた土地に隠れた瑕疵があったとして損害賠償を請求したのに対し、被告が、瑕疵担保責任免除の特約を主張して争った事案である。
1 争いのない事実等
以下の(1)及び(2)は当事者間に争いがなく、(3)の事実は、証拠(甲2、3、11、12)によって容易に認めることができる。
(1) 当事者
ア 原告は、自動車用精密金型の製造・加工業等を目的とする有限会社松永精巧(以下、松永精巧という)の代表取締役を務めるものである。
イ 被告は、日本道路公団法に基づき、有料道路の建設及び管理等を事業目的として設立された特殊法人であり、平成12年当時、第2東名高速道路を建設する目的で、事業用地の買収を行っていた。
(2) 本件土地売買契約の締結
ア 原告は、別紙物件目録(1)記載の土地(以下、本件売渡土地という)を所有し、土地上の建物を自宅兼松永精巧の事務所としていたところ、本件土地は、第2東名高速道路の事業用地として買収の対象となった。
イ 原告は、上記買収に応じることとしたが、その際、金銭による買収ではなく、自宅兼松永精巧の工場を建築できる代替地の取得を希望した。
ウ その結果、原告は、被告、代替地提供者である補助参加人稲葉勝芳、同西村邦江、同稲葉洋子、同稲葉智洋、同稲葉雅之の5名(以下、補助参加人らという)との間で、平成12年12月8日、①原告は、被告に対し、本件売渡土地を被告の事業用地(第2東名高速道路用地)として代金6218万6544円で売り渡すこと、②被告は、補助参加人ら所有の別紙物件目録(2)ないし(6)記載の5筆の土地(以下、本件買受土地という)を買い受けたうえで、これを被告が本件売渡土地の代替地として原告に代金6000万円で売り渡すことを内容とする三者間の土地売買契約(以下、本件契約という)を締結した。
(3) 本件買受土地の隠れた瑕疵
原告は、本件契約に基づき本件買受土地の引渡しを受けた後、本件買受土地を敷地とする自宅及び工場の新築計画を進め、平成13年5月16日、本件買受土地の造成工事に着手し、さらに、建物の基礎工事にも着手したところ、本件買受土地の土中に、コンクリート砕塊、木屑、ビニール塵その他の産業廃棄物が埋設されていることが判明した。
2 主な争点
本件の主な争点は、①本件契約に関し、瑕疵担保責任免除の特約が存在したか否か(争点1)、②原告の損害(争点2)である。
3 争点1についての当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 確約書等の提出
本件買受土地は原告自らが選定し、代替地提供者との間で話をまとめたものであり、被告は何ら関与していない。したがって、本件買受土地の売買に関する実質的な契約当事者は原告と代替地提供者なのである。
しかし、原告及び代替地提供者から連名で確約書(乙1、以下、本件確約書という)が提出され、さらに、原告から要望書(乙2、以下、本件要望書という)が提出されたので、被告は事務手続を進めて本件契約に至ったものである。
イ 確約書等の内容
(ア) 本件確約書には、代替地提供者が本件買受土地を原告に譲渡すること、代金を6000万円とすることに加えて、仮に本件買受土地に瑕疵があったとしても、「境界形状、地積の不足等の瑕疵が発見された場合等については、甲(原告)と乙(代替地提供者)が責任をもって解決し、公団に対してはいかなる名目の請求も行わないことを確約します。」と明記されている。
(イ) また、本件要望書には、本件売渡土地の買収にあたり、代替地提供者から租税特別措置法の優遇措置(1500万円の特別控除及び軽減税率の適用)が受けられるならば、本件買受土地を提供するとの確約が得られたので、三者契約による事務手続を被告に依頼する旨が記載されている。
(ウ) 以上のように、原告と代替地提供者は、当事者間で本件買受土地の譲渡について合意し、そして瑕疵が発見された場合にも当事者間で解決して被告にはいかなる請求も行わないことを確約し、その上で、原告は被告に対し、三者契約による事務手続を進めるように依頼しているのである。このように、原告と被告間には、瑕疵担保責任免除の特約が成立しており、したがって、原告が隠れた瑕疵に基づく損害賠償を請求するのは失当である。
(2) 原告の主張
以下の理由から、本件確約書により、瑕疵担保責任免除の特約が成立したことなどありえない。
ア そもそも、本件の土地売買契約書(甲1)には、被告が主張するような瑕疵担保責任免除の特約の存在を窺わせる条項は一切ないし、本件契約が正式に締結される席上でも、そのような特約については一片の説明すらされた事実は存しない。
隠れた瑕疵についての売主の担保責任を免除するという「瑕疵担保責任免除の特約」は、宅地を買い受けようとする買主にとって、よほど特別の事情がない限り承諾できないという意味で、重大な関心事項であることはいうまでもないところである。そのような買主にとって重大な意味を有する特約が、本件契約の本体的条項を定めた土地売買契約書(甲1)にも明記されていないし、本件契約の席上で説明すらもなされなかったのである。この事実は、被告の主張するような特約について、原告が承諾したことはないことを物語るものである。
また、原告は、本件買受土地の売買を仲介した不動産業者の株式会社悠豊(以下、悠豊という)から、平成12年12月6日、重要事項説明書(甲8)に基づいて重要事項の説明を受けたが、その際にも、上記のような瑕疵担保責任免除の特約が説明されたことは一切なかった。
イ 本件確約書等の作成経過
(ア) 原告は、本件買受土地上に、松永精巧の工場兼自宅の建物を建築する予定であり、建築士として活動していた二男の松永務(以下、務という)に建物の設計及び施工管理を任せる予定であった。そこで、原告は、被告との交渉の重要な節目には、務及び長男で跡取りの松永秀彦(以下、秀彦という)を同席させることとし、その旨を被告担当者に申し入れ、被告担当者もこれを了解していた。
(イ) 平成12年10月初めころ、被告の担当者伊丹康浩(以下、伊丹という)は、松永精巧の工場に原告を訪れ、原告に対し、「今後の買収の手続に必要なので」とだけ述べて、確約書と要望書に押印してくれるよう求めた。原告は、従前から被告との間で重要な取り決めや話し合いをするのであれば、必ず務を同席させ、また、本件買受土地の売買を仲介していた不動産業者の悠豊も立ち会うことになっていたし、被告担当者もそのことは了解していると思っていたところ、その場では、被告担当者は、単に「今後の買収の手続の上で必要なので」と説明するのみで、それ以上文書の具体的内容について何の説明もしようとしなかった。そこで、原告は、伊丹が求めているのは、単に本件買受土地の所有者に租税上の特典を与えるために必要な事務手続上の書類であろうと信頼し、これに押印した。伊丹は、原告に押印させた後に、原告及び補助参加人らの押印が全て未了の文書のコピー1枚(甲6)を原告に渡して帰って行った。
(ウ) その数日後になって、伊丹は、松永精巧の工場に再度原告を訪れ、同所に居合わせた原告に対し、「名前の一部に誤りがあったので、もう一度押印して下さい。」とだけ述べて、確約書に押印してくれるよう求めたので、原告は、前回のいきさつから何の疑問も抱かずに、これに押印した。伊丹は、原告に押印させた後に、補助参加人らの押印が既にされている文書のコピー1枚(甲7)を原告に渡して帰って行った。
ウ 本件確約書及び要望書の記載内容
(ア) 本件契約は、本件買受土地の所有者である補助参加人らが、租税特別措置法上の優遇措置(公共事業用地の代償地として被告公団に売却することによる租税優遇措置)を受けられることとするため、土地売買契約を三者契約の形式で行うこととなった。その前提として、三者契約の事務手続は、原告から被告が特に要望されたという体裁を整えるため、被告の手によって一方的に起案・用意され、作成されたのが本件要望書である。
(イ) 本件確約書には、確約事項の1つとして「3この代替地の境界を、現地立会のうえ確認したこと」という記載があるが、実際にこの確約書が作成された平成12年10月6日当時には、原告が被告や不動産仲介業者らと代替地の現地に赴き、その境界を確認した事実はなかった(実際に現地の境界確認をしたのは、同年11月中旬ころであった)。
また、本件確約書には、なお書きとして「なお、代替地に物件が存する場合・・・、及びこの代替地の境界形状、地積の不足等の瑕疵が発見された場合等については、甲乙が責任をもって解決し、貴公団に対してはいかなる名目の請求も行わないことを確約します。」という文言が記載されているが、それ以上に、代替地(本件買受土地)の土中等に隠れた瑕疵が存在しないという趣旨の記載はない。
なお、この確約書も、被告があらかじめその文面を作成し、原告と代替地所有者が、あらかじめ自己の記名が印字された記名欄に押印すれば足りるように被告によって用意されていた書面であった。
エ 本件確約書の効力
(ア) 本件確約書自体、本件買受土地に隠れた瑕疵があった場合についてまでも、被告の担保責任を免除する旨の瑕疵担保責任免除の特約を直接定めた記載は一切ない。かえって、「なお書き」の趣旨は、本件確約書の「この代替地の境界を、現地立会のうえ確認したこと」という記載と相まって考えれば、本件買受土地について売買当事者である原告及び被告が、本件買受土地の境界形状等、外形的外部的に見える点について、現地確認をし合うなどして、買主としてあらかじめ調査しようと思えばできる事項について、将来本件買受土地について法的、外形的な障害や制約等があることが判明したとしても、その責任を問わないことを確認する趣旨であるとしか理解できず、決してそれ以上の意味を有するものではない。
(イ) 百歩譲って、本件確約書の記載が瑕疵担保責任免除の特約を含むものと解する余地があるとしても、そのような内容の特約を示す部分は単なる例文であり、本件買受土地の売買契約当事者である原告が、被告の一方的に用意したそのような文言に合意したとは到底認められず無効である。
すなわち、上記(イ)で述べたような本件確約書の作成経過からすると、被告は、本件確約書に原告に押印させるについて、その記載内容につき何らの説明もしなかった。被告は、本件確約書に実際にはまだ行われてもいない事実(現地境界確認の事実)を既に行ったものと記載するなど、客観的事実に反した記載すらしており、しかも、そのことを原告に説明・確認もしないまま、性急に押印だけ求めたのである。原告は、本件土地売買に至るまでの手続の中で、節目節目の重要な行為の際には、建築家である二男の務を同席させることとし、そのことを被告は十分に承知していた。また、不動産仲介業者である悠豊に本件買受土地売買の仲介を依頼している以上、工場併用住宅を建築する予定の宅地である本件買受土地の売買につき「瑕疵担保責任免除の特約」という買主にとって真に重大な意味を有する特約について、仲介業者たる悠豊から、原告に丁寧に説明させるなどした上で、その承諾をするかどうかを慎重に検討する機会を与えてしかるべきであった。しかるに、被告は、務にも悠豊にも同席させる機会を与えないまま、原告を訪ねて、具体的説明もせずに原告に押印させたのである。
本件確約書のようなもので瑕疵担保責任免除の特約の効果が認められることは実質的にみても余りにも不当である。そもそも、被告がいわゆる三者契約を結ぶにあたって、瑕疵担保責任の免除を得たいというのであれば、その特約については、買収地提供者だけでなく代替地所有者も含めた三当事者間でその内容を十分に調整吟味した上で、正式の三者契約の契約書の中に代替地所有者の責任条項を盛り込んで定めるべきであろう。そのような配慮がなされないまま、本件確約書のように、被告と買収地提供者である原告との二者契約の形式で定められ、これが有効とされると、本件のような隠れた瑕疵が発見された場合、直接の売主である被告に対しては、瑕疵担保責任免除の特約を理由に損害賠償ができないばかりか、代替地所有者に対しては売買契約の当事者でないことを理由に瑕疵担保責任を問えなくなるおそれが生じるのである。このような結論は法的正義に反するといわざるを得ない。
(3) 原告の主張に対する被告の反論
ア 確約書等の作成経過
原告は、本件確約書等の作成にあたり、被告の担当者が内容を全く説明しなかったなどと主張するので、反論する。本件確約書等の作成経過は次のとおりである。
(ア) 被告の担当者伊丹は、平成12年9月ころ、被告の富士工事事務所において、原告と代替地提供者の仲介を行い、両者から契約手続を任されていた悠豊の担当者植田欣弥に対し、確約書の用紙を渡し、その内容を説明したうえで、代替地提供者から押印してもらうよう依頼し、同年10月初めころ、代替地提供者全員の押印済みの確約書(甲7の原本)を受領した。
(イ) その後、伊丹は、原告に対し、事前に電話で「契約上必要な書類があるので」と理由を述べて原告の工場を訪問する約束を取り付けた上、原告の工場を訪問し、その場にいた原告に対し、三者契約の流れを説明する中で、事前に確約書及び要望書の提出が必要であること、確約書については、記載内容の1項から3項までの項目を読み上げ、売買金額6000万円を確認するとともに、何かトラブルがあった際には、原告と代替地提供者で解決する書面であること、要望書については、原告が三者契約をしたいと要望する書類であることを説明し、原告にその文面について確認してもらい、原告から実印による押印を得て、本件確約書(乙1)及び要望書(乙2)の提出を受けた。その際、伊丹は、確約書の内容を原告が確認できるように、代替地提供者全員の押印済みの確約書の写し(甲7)を原告に渡した。
(ウ) なお、乙5の確約書が作成された経緯は、次のとおりである。
a 伊丹は、原告から本件確約書(乙1)の提出を受けた後、悠豊から、代替地提供者の1人、稲葉雅之の代理人が稲葉洋子から鈴木美恵子に変更になることを聞き、それに対し、改めて確約書を提出してもらいたい旨を返答したところ、悠豊から代替地提供者の人数が多いので、本件契約を締結する日にお願いしたいとの申し入れがあった。
b そこで、伊丹は、稲葉雅之の代理人を稲葉洋子から鈴木美恵子に変更した確約書(甲6の原本)を持参して原告と面会し、既に提出してもらった本件確約書を修正のうえ、再度、契約日に提出してもらう予定であることを説明した。その際、伊丹は甲6の確約書の写しを渡していない。
c 契約当日、被告は、稲葉雅之の代理人を鈴木美恵子とした契約書類と甲6の確約書を用意し、これを原告と代替地提供者に渡して説明したところ、その場にいた出席者から、稲葉雅之の代理人鈴木美恵子は、あくまで相続のときの代理人であって、土地売買契約には関係がないとの指摘があり、急遽、契約書類とともに甲6の確約書の稲葉雅之の代理人表示を鈴木美恵子から稲葉洋子に変更した。
d 以上の経過で、伊丹は、契約関係書類とともに稲葉雅之の代理人を稲葉洋子に再変更した確約書を原告及び代替地提供者に提示し、原告と代替地提供者全員から実印にて押印を得た。これが乙5の確約書である。しかし、この確約書は、日付を本件確約書が成立していた平成12年10月6日とすべきところ、契約日と同じ平成12年12月8日と記入したため、提出を受けたものの受理しなかった。
イ 本件確約書の効力
(ア) 上記アのとおり、伊丹は、原告に対し、本件確約書の内容を説明し、文面を確認してもらったうえで押印を求め、原告は、何ら異議を述べることなく実印を押捺しているのである。
原告は、内容がよく理解できなかったなどと主張するが、本件確約書は、一目見れば内容を理解できる書類であるし、伊丹は、原告に対し、代替地提供者全員の押印済みの確約書の写し(甲7)を渡しているから、原告は、確約書の文面が理解できていなければ、後に被告に問い質すことも可能であった。
さらに、被告は、原告と代替地提供者が一堂に会する契約調印の場でも再提出してもらう確約書(甲6)を提示しているが、その場で確約書について異議を唱えたものはおらず、当事者全員において確約書(乙1)及び本件契約書に実印で判を押したのである。
以上の事情からして、本件確約書が有効に成立していることは明らかである。
(イ) 務の同席について
原告は、本件契約の重要な話し合いに二男の務を同席させることを被告担当者に連絡し、被告担当者もこれを承知していたと主張する。
しかしながら、被告は、原告から二男務が建築関係の仕事をしているので、同席した方が心強い、何かあったら家族と相談する旨の発言を聞いていたが、原告から被告との交渉手続上重要な責任は務を同席させる旨の発言については聞いていないし、連絡通知も受けていない。実際にも、原告は被告との交渉の席に常に務を同席させていたわけではなく、務が同席していなくても交渉に応じていたのである。また、務が同席していた場合でも、被告は、務を原告の相談相手としか認識していなかった。
よって、被告は、原告との交渉条件で、売買取引の重要な席に務を同席させることとはなっていなかったのであり、務を同席させないことが、本件確約書等の成立に影響を与えるものでないことは明らかである。
(ウ) 本件確約書の文言について
原告は、本件確約書に、本件買受土地に隠れた瑕疵があった場合についてまで被告の担保責任を免除する旨を直接定めた記載はないことから、本件確約書は隠れた瑕疵についてまで被告の担保責任を免除していないと主張する。
しかしながら、本件確約書の「代替地の境界形状、地積の不足等」という部分は、責任が免除される瑕疵を限定列挙しているのではなく、責任が免除される瑕疵について例示しているに過ぎず、隠れた瑕疵を含む一切の瑕疵について、原告と代替地提供者が責任をもって解決し、被告に対して、いかなる名目の請求も行わないことを確約するものである。
(エ) 本件確約書の実質的正当性について
前記(1)アで主張したとおり、本件契約は、被告が代替地提供者から本件買受土地を一旦買い取り、原告の本件売渡土地の代償として、本件買受土地を原告に売り渡す形式の契約を締結しているが、本件買受土地については、原告自らが悠豊を通じて選定し、代替地提供者との間で売買金額等をまとめてきたものであり、被告は何ら関与していないのである。これを実質的にみても、被告が本件確約書で瑕疵担保責任免除の特約を設けることは何ら不当なことではない。
第3 争点に対する判断
1 争点1(瑕疵担保責任免除の特約の成否)について
(1) 前記第2の3に記載の当事者双方の主張よりすると、原告が自らの意思に基づいて本件確約書(乙1)に実印で押印したことは当事者間に争いがない。
そこで、本件確約書の効力について、以下検討する。
(2) 代替地の売買に関する被告の関与
ア 前記争いのない事実等に証拠(甲1、6ないし8、10ないし12、16、乙1ないし6、証人須釜章、同伊丹康浩、同松永務、原告)を総合すると、以下の事実が認められる。
(ア) 本件売渡土地は、被告の建設する第2東名高速道路の事業用地として買収の対象となり、このため、原告は、平成6年ころから、被告の開催する買収予定地の所有者を対象とする説明会に参加するようになった。説明会では、買収地所有者が買収に応じる場合の選択肢として、被告との二者契約により、買収地の代金を受領する方法と、代替地提供者及び被告との三者契約により、代替地を取得する方法とがあることが説明されていた。ところで、原告は、自動車部品の金型を製造する松永精巧を経営しており、本件売渡土地上には、原告の自宅兼松永精巧の事務所の建物が建てられていたが、原告は、買収に応じるにあたり、自宅の移転と同時に、富士宮市小泉にあった松永精巧の工場を新築することを計画し、被告に対し、自宅兼工場を建築できる代替地の取得を希望した。
(イ) 平成11年4月ころ、被告から原告に対して代金の提示があった。原告は、代替地上に建築する予定の建物の設計及び施工管理を、二男で一級建築士の務に依頼するつもりであったので、建築関係の諸法令に詳しい務を被告との重要な交渉の席には同席させたいと考え、その旨を被告担当者に伝え、実際にも、上記代金提示の席に、務及び長男で跡取りの秀彦を同席させた。その席で、務は、被告の担当者に対し、代替地には自宅兼工場を建築する予定であるが、それには用途地域が工業地域でなければならないなどの法令上の制約があるので、代替地が自宅兼工場の建築ができる土地であるかどうかについて、被告に調査してもらいたい旨を申し入れ、被告担当者もこれを了承した。
(ウ) その後、被告は、原告に対し、代替地の候補地をいくつか紹介した。しかし、それらの候補地は、いずれも原告の希望する条件を満たすものではなかった。このため、被告の担当者から、原告の側でも地元の不動産業者から情報を得るなどして代替地を探して欲しいとの申し入れがあり、原告も不動産業者や金融機関に相談して代替地の情報を得るように努めた。しかし、そのようにして情報を得た物件も、用途地域、敷地面積、金額などの点で原告の希望に沿うものでなく、代替地はなかなか決まらなかった。
なお、原告が不動産業者などから情報を得た物件の一つは建築基準法上の接面道路が狭く、道路から後退して建物を建築しなければならない(いわゆるセットバック)という問題点があり、結局代替地とはならなかったが、被告は、このような建築法令上の問題点についても、原告の求めに応じて調査を行い、原告に具体的なアドバイスを行っていた。
(エ) 平成12年5月に至り、原告は、地元の不動産業者である悠豊から代替地の適地として本件買受土地の情報を得た。原告は、現地を見に行って本件買受土地が気に入ったので、被告にその旨を連絡し、本件買受土地に自宅兼工場の建築が可能かどうか調査をしてくれるよう依頼した。これを受けて被告の担当者は、登記簿及び公図を調査するとともに、同土地が工業地域内にあることを確認し、自宅兼工場の建築は問題がない旨を原告に連絡した。そこで、原告は、悠豊を仲介業者として本件買受土地の所有者である補助参加人らと交渉し、売買の話を進めることとした。
ところで、被告は、宅建業協会との間で代替地斡旋に関する協定を結んでおり、同協会に所属する不動産業者は、同協定に基づいて被告の事業に協力し、他方、被告は、同協定に基づいて仲介業務を行った不動産業者に対し、仲介手数料を負担することとなっていた。そこで、本件買受土地の仲介を行うこととなった悠豊は、同協定に基づき、被告と密接に連絡を取り合い、本件買受土地の売買が円滑に進むよう協力し、また、被告は、悠豊の仲介業務に関し、その手数料を全面的に負担した。
(オ) 原告は、同年9月ころ、悠豊を通じて本件買受土地の代金の交渉を行い、本件買受土地の造成工事及び土地上の古い建物の解体工事は原告側で行うことを前提として、代金を6000万円とすることで事実上合意した。
その後、悠豊は、原告及び被告に、本件買受土地の所有者である補助参加人らが、本件買受土地を譲渡するについては、租税特別措置法上の優遇措置を受けられるように、被告を間にはさんだ三者契約を希望していることを連絡した。原告はそのような契約の形式をとることに何ら異存はなく、また、被告も、買収地提供者が代替地を希望した場合、代替地提供者に租税上の優遇措置を与えるため、三者契約の方式を採用するのが通例であったので、三者契約を前提とした事務手続をすすめることとした。
(カ) 被告の事務手続上、三者契約を締結する場合には、買収地提供者と代替地提供者の連名による確約書と買収地提供者による要望書を提出してもらい、これに基づいて事務手続をすることとなっていた。そこで、被告の担当者は、後記(3)アのとおりの経緯で、原告から本件確約書及び本件要望書の提出を受けた。
(キ) 同年11月ころ、被告と悠豊は、代替地について境界を含む現地確認を実施することを相談した。代替地提供者側は、悠豊が代理で出席することとなり、また、原告との日程の調整は、被告の担当者が行うこととなった。原告は、被告担当者から現地確認の日取りの連絡を受けたが、その際、被告担当者に現地確認に立ち会うように依頼し、被告担当者もこれを了承した。以上のような経過を経て、同年11月中旬ころ、悠豊の担当者、被告の担当者、原告、務、秀彦が出席し、現地確認が実施された。
(ク) 同年12月8日、被告の富士工事事務所に、補助参加人ら、悠豊の担当者、被告の担当者、原告、務、秀彦が集合し、本件契約が締結された。本件契約書は、あらかじめ被告において作成して準備したものであり、原告及び補助参加人らは、その内容を確認したうえで、実印にて本件契約書に押印した。
イ 以上の事実関係によると、被告は、原告所有の本件売渡土地を第2東名高速道路の事業用地として買収するという目的を有しており、その目的を実現するために、自宅兼工場を建築できる代替地の取得を希望していた原告に対し、①代替地の候補地を紹介し、②原告の要望に応じて、代替地が自宅兼工場の建築が可能な土地であるかどうかなどの調査を行い、③地元の宅建業協会との間で協定を締結し、同協会に所属する不動産業者との間で連絡を取り合い、代替地の斡旋及び売買が円滑に進むよう相互に協力するとともに、売買が成立した場合の仲介手数料を負担し、④三者契約の方式を採用して、代替地提供者が税制上の優遇措置を受けられるようにし、その結果として、買収地所有者である原告が代替地を取得することが容易になるよう配慮をし、⑤境界その他の現地確認にあたり、日程の調整を行い、原告の要望に応じて現地確認に立ち会い、⑥三者契約の契約書を作成して準備するなどの事務を行っていたものである。被告は、原告が適切な代替地を取得して自宅等の移転を行わなければ、本件売渡土地の買収ができないという立場にあり、したがって、原告と補助参加人との間で代替地の売買契約が成立し、かつ、その契約が速やかに履行されることについて、重要な利害関係を有していた。そして、そのような利害関係のもとに、上記①ないし⑥のとおり代替地の売買契約成立に向けて積極的に活動し、代替地の価格決定については関与していないものの、それ以外の面では原告に対し、原告の要望に沿った調査やアドバイスを行うなど、全面的な支援をしていたものである。
被告は、代替地の売買契約において、実質的な当事者は原告と代替地提供者であり、被告は形式上当事者の立場になったに過ぎないと主張するが、上記のような事情のもとでは、被告の主張は実態に合致するものとはいえない。他方、原告は、被告の事業に協力するため、やむなく自宅の移転等を行うという立場にあったのであるから、被告に対し、適切な代替地の選定や、法令上の諸調査など、代替地の売買契約成立に向けて協力を求めるばかりでなく、仮に契約が成立した後であっても、代替地に瑕疵が発見されるなどして建物の建築に支障を生じた場合には、その解決のために被告が責任をもつことを期待するのはむしろ当然というべきである。
(3) 本件確約書の作成経過
ア 証拠(甲1、6ないし8、10ないし12、16、17、乙1ないし6、証人須釜章、同伊丹康浩、同松永務、原告)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(ア) 被告担当者伊丹は、平成12年9月ころ、悠豊から、代替地提供者が税制上の優遇措置を受けるため、三者契約を希望していることを聞き、被告内部の事務手続を整えるため、確約書及び要望書の作成に取りかかった。
まず、伊丹は、被告の内部で通常用いている文面を用い、当事者の欄には原告及び補助参加人らの住所氏名を印字して確約書の用紙を作成し、これを悠豊の担当者に渡し、代替地提供者から押印してもらうように依頼した(補助参加人稲葉雅之は未成年者であったので、法定代理人として親権者の稲葉洋子を記載した)。同年10月初めころ、補助参加人らの認印による押印がなされた確約書(甲7の原本)が被告の富士工事事務所に届けられた。
(イ) そこで、伊丹は、同年10月5日ころ、原告に電話して、事務手続上必要な書類があるので押印してもらいたいとの趣旨を伝え、翌日に松永精巧の工場を訪問する旨の約束を取り付けた。その際、原告から、実印を押した方がよいかどうかと尋ねられたので、伊丹ができれば実印の方がよいと答えると、原告は、実印を用意しておくとの返事であった。翌6日、伊丹は、原告の工場を訪れ、原告に対し、要望書及び補助参加人らの押印済みの確約書を示し、三者契約をするため被告の事務手続上必要な書類である旨を説明し、原告に押印を求めた。原告は、伊丹の説明から、補助参加人らが税制上の優遇措置を受けるための事務手続上の書類に過ぎないと考え、その内容を良く読むことなく実印で押印し、これにより本件確約書(乙1)及び本件要望書(乙2)が作成された。伊丹は、補助参加人らの押印済みの確約書のコピー(甲7)を原告に渡して帰った。
(ウ) その数日後、伊丹は、悠豊から、補助参加人稲葉雅之の代理人が親権者の稲葉洋子から特別代理人の鈴木美恵子に変更になったとの連絡を受けた。そこで伊丹は、確約書を作り直す必要があると考え、補助参加人稲葉雅之の代理人欄を特別代理人鈴木美恵子と書き換えた確約書の用紙を作成したうえ、再度悠豊に補助参加人らの押印を依頼した。しかし、悠豊の担当者は、補助参加人全員の押印をもらうのは大変なので、契約当日に全員が集まるときにしてもらいたい旨を返答した。そこで、伊丹は、確約書に押印してもらうのは契約当日に行うこととし、ただ、原告に確約書の変更を説明しておいた方がよいと考え、原告の工場を訪問し、上記の経過を説明し、作り直した確約書のコピー(甲6)を原告に渡しておいた。
(エ) 上記(イ)、(ウ)の経過で、原告は、伊丹から確約書のコピー2通(甲6と甲7)を受け取ったが、上記(イ)のとおり、確約書及び要望書は、補助参加人らが税制上の優遇措置を受けるための事務手続上の書類に過ぎないと考えていたので、それらの内容を良く読むことも、また、悠豊や務に相談して内容の確認をしてもらうこともせず、工場の机の中にしまっておいた。
(オ) 原告は、同年12月6日、務及び秀彦とともに、悠豊の担当者植田欣弥から、重要事項説明書(甲8)に基づいて、本件買受土地についての重要事項の説明を受けたが、その際、本件確約書についての説明は一切なかった。
(カ) 本件契約の当日、被告の富士工事事務所に、補助参加人ら、原告、務、秀彦、悠豊の担当者植田、被告の担当者伊丹が集合し、伊丹が用意した契約書を説明し、その調印を行うこととなった。しかし、その席上、司法書士から、補助参加人稲葉雅之の特別代理人鈴木美恵子は、遺産分割の関係で選任されただけであり、土地の売買の際には関係がないとの指摘がなされた。このため、伊丹は、急遽、本件契約書の補助参加人稲葉雅之の代理人欄を、特別代理人鈴木美恵子から親権者稲葉洋子に変更した書類を作成し、原告及び補助参加人らから実印による押印を得て、本件契約書を作成した。その際、確約書についても、同様に補助参加人稲葉雅之の代理人欄を鈴木美恵子から稲葉洋子に書き直した書類を作成し、原告及び補助参加人らから実印で押印してもらい、日付は売買契約の当日である平成12年12月8日を伊丹が記入して確約書(乙5)を作成した。しかし、この折りにも、伊丹から、従前提出してもらった書類の書き換えをして欲しいとの説明があっただけで、それ以上に確約書の内容にわたる説明は全くなされなかった。このように、乙5の確約書を作成したものの、被告内部の事務手続上、確約書は契約の前に作成されている必要があったので、契約日が記入された乙5の確約書は、被告内部の正式な書類とはならなかった。
(キ) 本件買受土地の土中から産業廃棄物等が発見された後、原告は、すぐに悠豊に連絡を取り、悠豊を通じて、被告及び補助参加人らの双方に現地を見に来てもらって何らかの対応を取るよう求めた。しかし、悠豊の話では、被告は、地主と原告との問題であり、確約書に印をもらっているので被告は無関係であると言っているとのことであった。そこで、務が直接被告に電話して再度対応を求めたが、やはり同様の回答であった。原告は、確約書のことはすっかり忘れていたが、被告の回答を聞いてそのような書類に押印したことを思い出し、確約書を探してみたところ、工場の机の中から甲6及び甲7の確約書のコピーが出てきた。
イ 以上の認定に関して補足する。
(ア) まず、本件確約書(乙1)の補助参加人らの押印は、悠豊の担当者が取りまとめたとの点について、植田は、陳述書(甲10、甲16)において、本件確約書の作成に関与したことはなく、そのような書類は、本件買受土地の土中に産業廃棄物等が発見されて紛争になるまで見たことはなかった旨を供述する。しかし、本件買受土地の売買において、補助参加人らとの交渉窓口は終始悠豊であったものであり、被告の担当者が悠豊を通じずに、直接補助参加人らから確約書の押印をもらうような行動をとる必然性は全くなく、伊丹の供述との対比で検討しても、植田の前記供述はたやすく信用できず、他に、上記認定を覆すに足りる証拠はない。
(イ) 次に、原告は、数通の確約書に押印した経緯について、平成12年10月初めころ、伊丹が最初に工場を訪れた際に持参して、原告が押印した確約書は、補助参加人らの押印のないもの(甲6)であり、その数日後、伊丹は補助参加人稲葉雅之の代理人が変更になったのでもう一度押印して欲しいといって来たので、押印したが、その書類は、補助参加人らの押印がなされたもの(甲7)と、誰も押印していないもので、後者がその後乙5の確約書となったと思われる旨を供述する(甲11及び甲17の陳述書、本人尋問)。しかし、本件契約の当日、司法書士の指摘により、本件契約書中の補助参加人稲葉雅之の代理人の記載を鈴木美恵子から稲葉洋子に改めたとの経緯(ア(カ))を前提とすると、確約書中の補助参加人稲葉雅之の代理人欄の記載が変遷した経過を述べる伊丹の説明は最も自然で合理的であり、原告の前記供述は、その記憶の正確性という観点からみても、たやすく信用することができない。同様に、本件契約の当日に、確約書(乙5)を作成したという事実はない旨の原告、務、植田の各供述も信用することができず、他に、本件確約書の作成経過に関する前記認定を覆すに足りる証拠はない。
(ウ) 最後に、伊丹は、原告に本件確約書に押印してもらった際、確約書の内容を一つ一つ説明し、原告に文面を確認してもらったと供述する。しかしながら、本件確約書の第3項には、原告と補助参加人らとが代替地の境界を現地立会のうえ確認したことを確認する旨が記載されているところ、前記(2)ア(キ)のとおり、原告と補助参加人ら(実際には悠豊が代理した)とが現地で境界確認を実施したのは平成12年11月中旬であり、上記確約書の記載は客観的事実に反している。したがって、伊丹が確約書の内容を説明したというのであれば、境界確認に関して事実に反している理由や意味を説明しているはずであるし、原告もその点を疑問にもつはずである。しかるに、伊丹の供述によっても伊丹がその点を説明した形跡は見当たらない。この点の外、原告の供述との対比によっても、伊丹の前記供述は信用できず、他に、伊丹が原告に本件確約書の内容を説明しなかったとの前記認定を覆すに足りる証拠はない。
ウ 前記アの事実に基づき検討するに、本件確約書には、その効力を認めるについて、以下のような疑問がある。
(ア) 本件確約書「なお書き」が、原告と被告間において、本件買受土地についての被告の瑕疵担保責任を免除するものであったとすると、それは、原告と被告間の売買契約の特約(しかも重要な特約)であることになる。そうだとすると、本件契約書において、その特約を明記することが契約内容を明確にするために適当であるが、本件契約書にはその特約についての記載は全くない。仮に、本件契約書とは別に本件確約書によって特約を設けるとしても、本件契約の当日、本件契約書の内容を確認し、契約の諸条件を確認する際には、改めて本件確約書による特約の存在、内容などを確認するのが、契約当事者として当然の行動というべきところ、本件契約の席上で本件確約書の内容、意味などが確認されたことはなかった(乙5の確約書に調印する作業が行われたものの、それは調印作業にとどまり、内容の確認は行われていない)。
(イ) 本件確約書中の「なお書き」は、法律の専門家や不動産取引を熟知している者以外の一般人にとっては、その内容を正確に理解することは相当に困難な記載であり、専門家である被告の担当者において、買収地の所有者にその内容を十分理解してもらうためには、懇切な説明が不可欠である(被告は、一目見れば容易に理解できる内容であると主張するが、賛同しがたい)。実際にも、原告は、法律の知識や不動産取引の経験を豊富に有しているわけではなかったから、被告との重要な交渉の席には、一級建築士の務に同席してもらっていたのであり、そのことは被告の担当者も知っていた。このような事情のもとでは、被告の担当者は、務のいる席で本件確約書の内容を説明し、あるいは悠豊を通じて本件確約書の説明をさせるという配慮をすることが望ましかった。しかるに、被告担当者はそのような配慮をしなかったばかりか、原告に対しても本件確約書の内容を十分に説明していない。
(ウ) 本件確約書の主要な内容は、原告と補助参加人らにおいて①補助参加人が代替地を収用の対償にあてるため原告に譲渡すること、②代替地の売買代金を6000万円とすること、③代替地の境界を現地立会のうえで確認したことの3点である(瑕疵担保責任免除の部分は「なお書き」の記載に過ぎない)。しかるに、その主要な部分のうちの一つ(③の点)が、客観的事実に反しており、しかも、被告の担当者は、そのことにさしたる意を払うこともなく、原告に押印させており、そのようなこと自体が、本件確約書の重要性を疑わせるものである。
エ 上記ウ(ア)ないし(ウ)の諸事情によると、本件確約書中の「なお書き」部分は、それが被告の瑕疵担保責任を免除するという重大な効果を有する内容でありながら、それについて、原告に十分に理解させたうえで承諾してもらうという手続が踏まれていないものである。この点に、前記(2)で検討した原告と被告のそれぞれの立場、専門的知識能力の格差などを総合すると、本件確約書中の「なお書き」の記載について、単なる被告内部の事務手続に関する書類という以上に、文言どおりの効力を認めることは相当でなく、本件確約書により、原告と被告間で、本件買受土地に瑕疵があった場合の被告の担保責任を免除する特約が成立していたと認めることはできないというべきである。
仮に、本件確約書を有効であるとしても、前記の諸事情のもとでは、本件確約書の効力は、法律の知識や不動産取引の経験を持たない通常人が、本件確約書を一読してそれなりに理解できる限度で、すなわち、現地の境界確認が行われたことを前提として、土地の境界形状、面積など、外形的な調査によって判定することが可能な瑕疵について、被告の担保責任を免除する趣旨として限定して解釈すべきであり、それ以上に、土中から産業廃棄物が発見された場合など、隠れた瑕疵についてまでも被告の担保責任を免除する効力は有しないと解するのが相当である。
以上によると、被告の瑕疵担保責任免除の特約の抗弁は採用することができない。
2 争点2(損害)について
(1) 証拠(枝番を含む甲2ないし4、11ないし15、証人松永務、原告)によると、以下の事実が認められる。
ア 原告は、本件契約締結後、本件買受土地の引渡を受け、同土地上に自宅兼工場の建物を建築するため、務の作成した設計図に基づき、数社の建築請負業者から見積書を提出してもらい、その比較検討を経て、平成13年5月ころまでに、井上建設株式会社(以下、井上建設という)を選定して、同社に建築請負工事を発注した。
ところで、井上建設の提出した本件工事の見積書(甲14の3ないし5)には、本件買受土地上に存在する建物の解体費用及び新たに建築する建物の基礎工事費用が計上されており、見積書作成の段階で設計者である務と井上建設との間でやりとりされた質疑事項(甲14の2)でも、既存建物及び構造物の撤去処分が本工事に含まれることが確認されていた。
イ 原告は、平成13年5月ころ、本件買受土地の造成工事に着手したところ、同月16日、本件買受土地の2か所の深さ1メートルほどの土中に、以前に存在していたと思われる建物の基礎コンクリートや、大量のコンクリート砕塊、木屑、ビニール屑などの産業廃棄物が埋め立てられているのが発見された。
ウ さらに、原告は、同年6月ころ、建物の基礎工事に着手したが、建物の敷地となる予定の場所の深さ3メートルほどの土中に、さらに広範囲に大量の基礎コンクリートや、木屑、ビニール屑などの産業廃棄物が埋め立てられているのが発見された。
エ このため、原告は、井上建設に依頼し、上記の地中障害物の解体及び産業廃棄物の廃棄処分を行い、それらの処理に要した費用として、井上建設に対し、見積書(甲4の1ないし3)の合計金額529万800円から値引きを受けた525万円を平成14年2月13日に支払った。
(2) 補助参加人稲葉勝芳は、原告の請求する産業廃棄物等の処理費用のなかに、旧建物の解体工事費用、新建物の基礎工事の費用が含まれている疑いがあると主張するが、上記の事実によると、原告の請求金額にそれらが含まれていないことは明らかである。
以上によると、本件買受土地の隠れた瑕疵により、原告の受けた損害は525万円であったと認められる。
3 結論
よって、原告の請求は理由がある。
(裁判官・倉澤千巖)
別紙物件目録<省略>