静岡地方裁判所富士支部 昭和45年(ワ)198号 判決 1973年8月22日
原告
小山か祢
ほか八名
被告
岳南鉄道株式会社
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告は原告小山か祢に対し金一〇九万三二〇五円及びこれに対する昭和四五年二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告赤池てる子、同佐野たけの、同小山政幸、同小山勝守及び同小山幸久に対し各金三二万六六二九円及びこれに対する昭和四五年二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は原告望月邦彦、同望月美好及び同望月里美に対し各金七万九〇五二円及びこれに対する昭和四五年二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 仮執行の宣言
(被告)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者双方の主張
(請求の原因)
一 当事者の地位
1 訴外亡小山良作(以下たんに亡良作という)は後記自動車事故の被害者であり、原告小山か祢はその妻、同赤池てる子はその長女、同佐野たけのはその二女、同小山政幸はその三男、同小山勝守はその四男、同小山幸久はその五男、同望月邦彦は亡良作の三女訴外望月やす子(昭和四三年五月一四日に死亡)の長男、同望月美好は同じく右訴外人の二女、同望月里美は同じく右訴外人の二女である。
2 被告は鉄道、定期バス等の営業をする者にして、昭和四五年二月一五日当時静岡二か第一三一七号乗用自動車(バス用)(以下被告車という)を所有し、これを富士中央駅曽比奈間の路線の定期バスとして使用し、その運行供用者であり、また、訴外勝又徳夫を雇い、同人を定期バス運転車として使用していたものである。
二 本件事故の発生
1 発生時 昭和四五年二月一五日午前六時五二分頃
2 発生地 静岡県富士市八王子本町一七三七番地(富士市曽比奈バス停留所)付近道路
3 事故車 被告車(訴外勝又徳夫運転)
4 被害者 亡良作(歩行者)
5 態様 訴外勝又徳夫が被告車を方向転換のため後退中その後部車輪で亡良作を轢いたもの。
6 被害 亡良作は左第二ないし第七肋骨骨折および右骨盤骨折の重傷を負わせ、同人をして殆ど即死せしむ。
三 責任原因
1 運行供用者責任
被告は被告車の運行供用者として自動車損害賠償保障法三条の規定により本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
2 使用者責任(仮定的主張)
(一) 訴外勝又徳夫の過失
勝又は昭和四五年二月一五日本件自動車を運転し、富士市曽比奈バス停留所に至り、午前六時五〇分頃同所で折返しのため方向転換した。本件自動車は当時ワンマンバスであり、車掌が乗つて居らず、方向転換に際して運転者を誘導する者が居なかつたから、運転者のみで方向転換することは危険であり、右バス停留所から更に北方に進行し、バス方向転換用の空地に至つて方向転換した上で南行して右バス停留所に戻り乗客を乗せることになつていたのであるが、勝又は右バス方向転換用空地まで往復する労をいとい、早朝であつて通行人がほとんどないため危険がないものと速断し右バス停留所がある県道吉原御殿場線上で右バスの方向転換をした。そのため本件自動車の真うしろが見えないにもかかわらず無謀にも本件自動車の後退を開始した過失により、同日午前六時五二分頃右停留所で富士急行株式会社のバスに乗るため立つていた亡良作が同バスの進行して来るのを認め同バスの停車する位置の方へ歩み寄る際に被告車の後方で石につまづいたかしたため転倒したのを発見することができず被告車の後退を続け、その後輪で同人を轢き、同人に左第二乃至第七肋骨々折及び右骨盤骨折の重傷を負わせ、同人をしてほとんど即死せしめた。
従つて、被告は勝又の使用者として民法第七一五条の規定により、右事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。
四 損害
1 亡良作は明治三三年六月二〇日生であつて、本件事故発生当時満六九才であり、その平均余命は九・五三年、就労可能年数は四・八年(実際には同人は健康であつて農業に従事しており農業労働者は八〇才位まで働くことが少ないから少くともなお六年位は就労が可能であつたが、ここでは、一般の例にならない運輸省自動車局保障課発表の政府の自動車損害賠償保償事業損害査定基準により平均余命の二分の一にする)であり、少なくともなお四・八年は労働に従事することができた。同人は畑七、七三二平方メートル及び山林二三、四三四平方メートルを所有し、野菜陸稲及び苗木栽培等の農林業及び養豚業をしており、経費を控除して一年につき金一一二万六八四二円を下らない利益があり、同人の生活費は一か月平均金二万円で足りたから、これを差引き一年につき(一)金八八万六八四二円の純益が残り、その四・八年分は金四二五万六八四一円であり、これから中間利息を控除するため右(一)の金額にホフマン式計算による係数四・三六四を乗じた(二)金三八七万一七八円の得べかりし利息を喪失し、右重傷を負い直ちに死亡し、甚大な肉体上精神上の苦痛を受けたからこれを慰藉するためには(三)金一〇〇万円の慰藉料の支払を受けるのを相当とし、右(二)及び(三)合計(四)金四八七万一七八円の損害を蒙つた。
2 亡良作の死亡により同人の妻原告小山か祢、長女同赤池てる子、二女同佐野たけの、三男同小山政幸、四男同小山勝守及び五男同小山幸久並びに孫同望月邦彦、孫同望月美好及び孫同望月里美が昭和四五年二月五日その相続をし、その相続分は民法の規定により原告小山か祢が六三分の二一、原告望月邦彦、同望月美好及び同望月里美が各六三分の二、他の原告等が各六三の六であるから原告等は右割合に応じて右(四)の損害賠償債権を承継した。
3 亡良作の屍体は死亡後直ちに富士市今泉米山病院に運ばれ、医師の検案を受け、原告等は昭和四五年二月中旬その処置費(五)金五五〇〇円を同病院に支払い、同額の損害を蒙つた。
4 原告小山か祢は亡良作の妻として、原告赤池てる子、同佐野たけの、同小山政幸、同小山勝守及び同小山幸久はその子とし、亡良作の悲惨な死にあつて、精神上多大の苦痛を蒙つたから、これを慰藉するため原告小山か祢は内金一〇〇万円、原告赤池てる子等は各(七)金三〇万円の各慰藉料の支払を受けるのを相当とする。
五 原告等は昭和四五年三月頃自動車損害賠償保障法第一六条の規定により大正海上火災保険株式会社に対し本件事故に対し本件事故に基く損害賠償の請求をなし、同会社は同年四月中原告等に対し右(二)の損害額の内金一八八万円、(三)の慰藉料の内金五〇万円、(六)及び(七)の慰藉料合計金二八〇万円の内金二〇〇万円並びに(五)の損害金五五〇〇円合計金四三八万五五〇〇円を支払つたから、原告等が小山良作の相続によつて承継した被告に対する債権は右(二)の損害金の残額金一九九万一七八円、(三)の慰藉料の残額金五〇万円合計(八)金二四九万一七八円となつた。同会社が支払つた前記(六)及び(七)の慰藉料の内金二〇〇万円を相続分の割合である原告小山か祢二一、原告赤池てる子外五名各六の割合で充当するときは、原告小山か祢に対し金七三万六八四一円原告赤池てる子外四名に対し各金二一万五二七円となり、原告小山か祢の(六)の債権の残額は(九)金二六万三一五九円、原告赤池てる子外四名の(七)の債権の残額は各(十)金八万九四七三円となつた。前記(八)の債権額を原告等の相続分の割合によつて分けると、原告小山か祢が(十一)金八三万四六円、原告望月邦彦、同望月美好及び同望月里美が各(十二)金七万九〇五二円、他の原告等が各(十三)金二三万七一五六円となる。従つて、原告等が被告に対して有する債権は原告小山か祢が右(十一)及び(九)の合計(十四)金一〇九万三二〇五円、原告望月邦彦同望月美好及び同望月里美が右(十二)の各金七万九〇五二円、他の原告等が右(十三)及び十の合計(十五)金三二万六六二九円となる。
六 なお、原告等は亡良作の葬式費用金五五万九、五〇〇円を支払つたが、被告は昭和四五年二月一六日原告等に対し香典ともつかず葬式料ともつかずに金二〇万円を支払つたから、これを右葬式費用の損害金の内金に充当し、残の葬式費用の損害は本訴においては請求しない。
七 よつて、本訴請求に及んだ。
(請求の原因の認否)
一 請求の原因一、1の事実は不知。
同一、2の事実は認める。
二 同二、の事実は認める。
三 同三、1の事実は認め被告に損害賠償義務があるとの主張は争う。
同三、2の事実は否認する。
四 同四、の事実は争う。
五 同五、のうち、原告主張の保険会社がその主張の如き保険金額を原告らに支払済みの点は認め、その余は争う。
六 同六、のうち被告が原告ら主張の金額を支払つたことは認める。右金員は原告らの損害の一部に充てるため被告が支払つたものである。
七 同七、は争う。
(被告の主張)
一 本位的主張
訴外勝又には原告等主張の如き過失はなかつた。却つて訴外亡良作に次のように重大な過失があり、本事故の最重要因素となつたものである。
即ち亡小山は訴外勝又が方向転換のため後退運転を始めた時にはその場所より北側の富士急行株式会社設置の停留所で車まちして立つていたのである。同場所に立つていれば右勝又のバス後退には何ら無関係の位置であつたところ、その頃南方よりバス停留所に向け進行してきた富士急行バスに乗車しようとして、その頃勝又運転のバスが後退してきた直前を横切ろうとして同停留所から突如馳出し勝又運転バス後方の路上の石につまづき転倒したものである。右勝又としては訴外亡小山の前記行動は全て予期できない且つ死角内に生じた事態であつて不可避のものであつた。
二 仮定的予備的主張
被告に万が一本件事故につき何らかの責任ありとされた場合は前記本位的主張で明らかにした如く亡良作に重大な過失があつたのであるから損害額算定にあたり相当斟酌ありたい。
(被告の主張に対する原告の認否)
被告の主帳は全部争う。
第三立証〔略〕
理由
一 請求の原因一、2同二、同三1の各事実は当事者間に争いがなく、同一、1の事実は弁論の全趣旨により認められるから、被告は免責等の抗弁が認められない限り被告車の運行供用者として本件事故により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
二 免責の抗弁
被告は、亡良作が後退中の被告車の直前を横切ろうとして飛出し被告車の後方の石につまづき転倒したもので、被告車の運転手である勝又としては亡良作の右行動は全く予測できず且つ死角内に生じた事態であつて不可避のものであつたと主張する。
〔証拠略〕によれば訴外勝又徳夫は被告会社のワンマンバスの運転手であるが、昭和四五年二月一五日午前六時四五分曽比奈始発吉原中央駅行ワンマンバスの運転を命ぜられ、被告車(大型ワンマンバス)を運転北進して右始発駅である富士市八王子本町一七三七番地先の富士急行、岳南鉄道共用の曽比奈バス停留所(吉原中央駅方面行曽比奈バス停留所は別紙図面〔略〕記載イ地点に富士本方面行曽比奈バス停留所は同図面記載ロ地点に存在する)附近道路に到着し同日午前六時五二分頃同所で北向から南向へ折返しのための方向転換をするため別紙図面〔略〕記載<1>地点から<2>地点を経て該道路西側曽比奈公民館前空地へ時速四ないし五キロメートルで後退左折を開始したこと、そのとき、右後退中の被告車の左後方にある前記富士本方面バス停留所の傍のA地点に佇立していた亡良作は、被告車の進路を北から南に向け横断しようとして被告車の後方の別紙図面〔略〕記載B地点でつまずいて転倒し被告車の右後輪で轢かれたこと、被告車の直後はその運転席から死角となつていて亡良作が転倒したことは運転席から見えないこと、以上の事実を認めることができるけれども、右認定の事実だけでは訴外勝又徳夫が無過失であつたことを認めるに足りず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
却つて前記証拠によれば、被告車はワンマンバスであつて車掌は乗つて居らず、現場にも方向転換に際して運転者を誘導する者が居なかつたから、運転者のみで方向転換することは被告車の後方に死角を生じて危険であり、右バス停留所から更に北方に進行し、バス方向転換用の空地に至つて方向転換したうえで南行して右バス停留所に戻り乗客を乗せるように定められていたにも拘らず、訴外勝又徳夫は右バス方向転換用空地まで往復する労をいとい、早朝であつて通行人がほとんどないため危険がないものと速断し、被告車の直後が殆ど見えないのに被告車の後退を開始したこと、しかも、右後退を開始するに際し訴外勝又徳夫は左バツクミラーで亡良作が前記A地点に佇立しているのを認めたのであるから、同人の動向に対する注意を十分に払えば同人が北方から南方に向けて被告車の後方進路へ入り込もうとするのを発見できた筈なのに、亡良作は富士本方面行きのバスを待つているものでその場から動くことはないものと速断し、同人に対する注意を怠つたまゝ後退を継続した過失があることが認められるから被告の免責の抗弁は理由がない。
三 過失相殺の抗弁
前記認定事実によれば亡良作にも後退する被告車の直後を横断しようとして被告車の進路上で転倒した過失のあることは明らかであるから、訴外勝又徳夫の前記過失と亡良作の右過失との比較検討すると、亡良作と訴外勝又徳夫の過失割合は亡良作が三、訴外勝又徳夫が七の割合であると認めるのが相当である。
そうすると過失相殺により原告らの後記損害のうち三割を相殺すべきこととなる。
四 損害
そこで本件事故により原告らが蒙つた損害について判断をすゝめる。
1 亡良作の逸失利益
(一) 〔証拠略〕によれば、左記事項を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
事故時の職業 農業
亡良作の所有地 現況畑六筆面積合計六五〇八平方メートル、現況山林一二筆面積合計二万五六五八平方メートル
作物 陸稲九九一平方メートル(一反)里芋二四七九平方メートル(二反五畝)、甘藷二九七五平方メートル(三反)、原苗畑一九八三・四平方メートル(二反―檜一年生苗一二万本杉一年生苗二万四〇〇〇本)、山行畑五九五〇・四〇平方メートル(六反、檜二年生苗檜一〇万本、杉二年生苗二万本)
家畜 親豚三頭による仔豚の生産養育
農業従事者 亡良作、小山良江、原告か祢等
亡良作の生活費 亡良作は自宅を有の且つ主食および野菜を自給できたのでその生活費は原告において自認する月額金二万円年額金二四万円を超えない。
生年月日 明治三三年六月二〇日
事故時年令 満六九年七月
健康状態 健康
推定余命 九・五三年(昭和 年簡易生命表による)
就労可能年数 四・八年(運輸省自動車局保障課発表の政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準による)
ホフマン係数 四・三六四
(二) 原告らは、亡良作の右農業等による事故当時の年間純益は金一一二万六八四二円を下らないと主張する(その算出の根拠は必ずしも明らかではない)けれども企業主が生命または身体を侵害されたため企業に従事することができなくなつたことによつて生ずる財産上の損害額は特段の事情のないかぎり、企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべきであり(最高裁判所昭和四三年八月二日判決参照)、このことは家族労働により支えられる農業においても同様であると考えられるところ原告らが亡良作の寄与率によつて損害額を算定せずに全純益をもつて逸失利益として請求していることは弁論の全趣旨より明らかであるから、仮に亡良作死亡当時の全純益が原告らの主張とおりの金額であるとしても、亡良作の財産上の損害は右金額に亡良作の寄与率を乗じた金額となるべきことは明らかである。
そして〔証拠略〕を総合すると、亡良作方では通常亡良作、その妻である原告小山か祢、原告小山政幸(亡良作三男)の妻小山良江の三人で農業に従事しており、農繁期には原告小山政幸も手伝つていたこと、および亡良作の全家族労働のなかに占める割合は、同人が満六九才に達していることも考慮すると、その五割を上廻ることはないと認められるから、亡良作が本件事故により蒙つた財産上の損害の現価は前記金一一二万六八四二円に右寄与率〇・五を乗じた積である金五六万三四二一円から亡良作の生活費金二四万円を差引き、これに就労期間四・八年のホフマン係数四・三六四を乗じた金額である金一四一万一四〇九円二四銭を上廻ることはないと推認される。
2 そうすると仮に原告ら主張のその余の損害について原告ら主張のとおりの金額(亡良作の慰藉料金一〇〇万円原告らのうち亡良作の子である原告赤池てる子ら五名の慰藉料計金一五〇万円、屍体処置費金五五〇〇円)が認められるとしても、その損害総額は金四九一万六九〇九円二四銭となるにすぎないことが認められるから、前記過失相殺により右損害総額のうち三割を相殺すると、過失相殺後の残額は金三四四万一八三六円四六銭となる。そして原告らが自動車損害賠償責任保険から金四三八万五五〇〇円の保険金の支払を受けたことは原告らにおいて自認するところであるから、結局原告らの損害賠償請求権は全額消滅し、残額はないこととなる。
五 以上の次第であるから、損害額の確定等原告ら主張のその余の点についての判断に立入るまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないから失当としていずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺剛男)