静岡地方裁判所掛川支部 平成15年(ワ)17号 判決 2005年1月31日
静岡県<以下省略>
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
名倉実徳
大阪市<以下省略>
被告
日本アクロス株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
熊谷信太郎
同
布村浩之
同
吉村洋文
主文
1 被告は,原告に対し,金1423万2388円及びこれに対する平成15年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金2355万3980円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,被告に委託して行っていた商品先物取引について,被告の従業員に違法な行為があったと主張して使用者責任に基づき,あるいは,受任者の債務不履行があったと主張して債務不履行責任に基づき,損害の賠償を求めた事案である。
2 前提となる事実関係(証拠等により認定した事実については,その認定に用いた証拠を適宜掲記した。)
(1) 当事者について
原告は,昭和32年○月○日生の男性であり,妻と子供3人及び両親と同居して生活しており,農業及び製茶の仕事に従事していた。(甲27)
(2) 原告は,平成14年6月ころ,被告従業員であるB(以下「B」という。)から,勧誘の電話を受け,その後,数回にわたり,同人から,電話により,コーンなどに関する商品先物取引についての勧誘を受けたり,同取引のパンフレットの送付を受けたりし,そして,平成14年9月6日,静岡県<以下省略>のファミリーレストランで同人と会って,同人から直接勧誘を受け,被告に委託して商品先物取引(以下「本件取引」という。)を行うことにした。(甲27,乙13)
(3) 本件取引は,被告従業員であるC(以下「C」という。)を担当者として,平成14年9月9日にコーンの買建40枚から開始されたものであり,その後,被告従業員であるD(以下「D」という。)も担当者として加わり,その後は,Dを主な担当者として,継続的に取引がなされたが,平成14年11月11日に全残玉が仕切られ,本件取引が終了した。(甲27,乙14)
この間になされた本件取引の客観的経過は,別紙「建玉分析表」のうち「No.」欄ないし「差引損益累計」欄(ただし「新規索引」欄部分を除く)記載のとおりである。
本件取引終了時における原告の損失は,2155万3980円であった。
(4) 原告は,平成15年3月17日,本件訴訟を提起した。本件訴訟において,原告は,本件取引における被告従業員らの違法な行為によって損害を被り,その損害額は,上記(3)の損失額に弁護士費用200万円を加算した合計2355万3980円であると主張している。
3 争点及びこれに対する当事者の主張の要旨
(1) 不法行為の成否又は債務不履行の有無
(原告の主張)
本件取引については,次に指摘するような多数の違法な点が存在し,被告は,全体として不法行為責任あるいは債務不履行責任を負担することは明らかである。
ア 勧誘の違法性
原告は,平成14年6月初めころより,Bから度々電話を受けたり,パンフレットを送付され,断ってもそれが続き,同年9月初めころ,あまりのしつこさに,会って話を聞き,取引を承諾したものであって,これらの経緯は,迷惑,執拗な勧誘に該当する。
イ 適合性原則違反
原告は,これまで,先物取引はもちろん,株式投資などの投資行為もしたことはなく,先物取引のような,あらゆる情報により頻繁に相場が変動し,即時の対応を求められる取引において,知識も経験もなく,海外も含めた情報も知らず,取引に時間を割くような余裕もない状況で,到底自ら取引できるものではなかった。そして,本件取引は,Bから受けた通り一遍の説明で取引できるような単純な取引ではなく,担当者の指導,指示に依存せず,対等の立場で取引を指示できるだけの知識,経験,情報の取得が必要とされる取引であったのに,実際には,担当者にお任せという形でしか取引できなかったものであるから,適合性原則に違反している。
ウ 断定的判断の提供
原告は,Bから,いろいろな資料を示されながらコーンが値上がりして利益になることを強調され,それを信用して本件取引を承諾したものであり,さらに,Bは,先物取引を投資として認識し,原告に積極的に取引を進めたのであって,このような勧誘は,断定的判断の提供にあたる。
エ 重要事項の説明義務違反
Bは,先物取引の説明として,ガイドブックによる一般的な説明をし,その中でリスクもあると触れたのみであって,頻繁な売買や追証がすぐ発生すること,その対応として両建が必要になることなど,実際の取引における生の危険性については全く説明していなかったのであり,その説明は,重要事項の説明義務違反を構成することは明らかである。
オ 新規委託者保護義務違反
原告は,新規委託者であるところ,平成14年9月25日には,取引枚数合計240枚委託証拠金2010万円,同年10月11日には,取引枚数合計658枚委託証拠金1648万9000円に達しており,被告の管理規則などからしても,原告の当初の投下予定資金800万円を遙かに超えるものであって,不相当であり,新規委託者保護義務に違反する。
カ 違法な両建
本件取引には,13件の同限月及び異限月両建が存在しているが,両建は,双方から証拠金を徴収されなかった時代の手法であり,今日これを行う意味はなく,本件においても,両建をせずに損切りをした上で逆の取引をすれば,損失は少なくてすみ,証拠金も必要なかったのであるから,違法である。そして,両建勧誘禁止の趣旨,沿革等から,同限月の両建に限らず,異限月による数違いの両建も禁止されているものと解すべきであり,本件取引における両建は違法である。
キ 無断売買,一任売買
本件取引には,多数の無断売買が存在し,商品変更も連絡なくして行われている。先物取引未経験者の場合,取引能力が存在せず,実質的一任売買とならざるを得ないが,本件では,形式的にも一任売買である。
ク 手数料稼ぎの転がし,無意味な反復売買
本件取引においては,いわゆる特定売買として,直し15件,途転7件,日計り2件,両建13件,不抜け6件の計43件があり,重複分9件を除くと34件となり,仕切回数は84回で,いわゆる特定売買比率は40.4%,売買回転率は,売買日数64日間で月に39回,手数料の損失に対する割合は47.9%であり,いずれも極めて高率であり,明らかに手数料稼ぎの転がし,無意味な反復売買といえる。
ケ 仕切要求の拒絶
原告は,平成14年10月25日ころ,本件取引をやめたいとDに要求したが,Dは,利益の生じる見通しがないのに,持ちこたえれば必ず挽回できるなどと述べて,応じなかったものであり,これは仕切拒否にあたる。
コ 差し玉向かい
被告は,委託玉の売り枚数と買い枚数の差を埋める形で自己玉を建てることによって,資金の外部への実質的流出を防ぎ,外部との競争を避け,もっぱら委託者から預かった証拠金を手数料として取り込むことを中心として取引を行っており,さらに,このような取引においては,被告は,毎取引日,自己玉を委託玉全体と対向させ,しかも,その枚数差を接近させることを中心として取引し,個々の委託者の損益は関心の外に置かれるのである。すなわち,差し玉向かい取引は,構造的に被告会社のための取引であって,委託者の利益を無視するものであり,被告の利益を優先し,原告の利益を害する違法な行為である。
サ 薄敷取引
被告担当者は,原告の取引が根洗により追証になっているにもかかわらず,新たに建玉を続けていたものであり,証拠金なくして取引をしてはならない規則に反して取引したものであり,薄敷取引に該当する。
(被告の主張)
以下に述べるとおり,本件取引における被告担当者の行為は,不法行為や債務不履行を構成するものではないから,被告は何らの責任も負わない。
ア 勧誘の違法性
Bは,通常の勧誘,提案行為を行ったに過ぎないのであり,迷惑,執拗な勧誘にはあたらない。
イ 適合性原則違反
原告は,取引開始当時45歳であって,社会経験も積み,一般的に判断力等においても最も取引に適する年齢であったし,自営業者であり,相応の収入も資産も有しており,特にお茶の相場については,毎朝最新の情報を入手していたのであり,職業上,農産物相場に通じていたから,適合性を欠くということはない。
ウ 断定的判断の提供
Bは,コーンの値上がりが期待できるのではないかという見通しを示し,その根拠を説明しているが,必ず値上がりするなどとは言っていないのであり,断定的判断の提供をしてはいない。
エ 重要事項の説明義務違反
Bは,原告との面談の際,資料を示しながら,取引の仕組みや流れ,証拠金制度,追証,取引中の留意点,予測が外れた場合の対処方法,取引の危険性についても十分説明しているのであって,重要事項についての説明義務違反はない。
オ 新規委託者保護義務違反
原告の主張を争う
カ 違法な両建
両建には,目先の相場の見通しが立ちにくい時などに,決済をして損失を確定してしまうことなく,反対に放置して追証が発生する等のリスクも避けつつ,相場の様子を見ることができるなど,現実の商品取引におけるメリットがあるのであり,原告は,Bから,両建についてのメリット・デメリットの説明を受け,納得して取引をしたものであるから,本件における両建が違法となることはない。また,同一限月のみならず,異限月の場合も両建として同視できる旨の原告の主張は妥当ではない。
キ 無断売買,一任売買
被告担当者は,予め原告と打ち合わせをした上で取引を執行しており,原告からも連絡があって取引をしていたのであるから,無断売買であるとはいえないし,原告が十分に納得して,理解して取引しようとしていたことは明かであるから,完全にお任せの取引であったということはなく,一任売買でないことも明かである。
ク 手数料稼ぎの転がし,無意味な反復売買
原告の算定する特定売買比率や売買回転率は,それ自体合理的な意味を有する数値ではなく,また,原告の計算方法も妥当ではないし,特定売買が不当であるという前提自体偏ったものであるから,これらを根拠として無意味な反復売買があったということはできない。
ケ 仕切要求の拒絶
被告担当者は,平成14年11月11日まで,本件取引を終了するという意思を原告から表示されたことはないから,仕切拒否があったとはいえない。
コ 差し玉向かい
原告の主張は,売り枚数と買い枚数を一致させておけば,被告社内から外部に資金が流出しないということを前提としているが,その前提自体は誤りであるし,自己玉自体は認められたものであり,もっぱら投機的利益の追求を目的として,受託業務に係る取引と対当させて,過大な数量の取引をすることが禁止されているに過ぎないところ,そもそも原告の主張する差し玉向かいという概念自体不明確であって,そのような差し玉向かいにより本件取引が違法になるという原告の主張には理由がない。
サ 薄敷取引
原告の主張を争う。
(2) 過失相殺の可否について
(原告の主張)
本件については,過失相殺されるべきではない。原告と被告は対等な立場にはなかったものであり,取引未経験な原告に対し,被告担当者らは,取引指導の立場を巧みに利用し,原告に損害を被らせたものであって,原告を投機に誘ったのも被告であり,本件取引を継続させたのも被告であるから,被告は,原告に対して,過失を主張する立場にはない。
そして,被告が信義則上原告に対してその落ち度を咎めることができない以上,それ以外の何人も原告を非難すべきではなく,裁判所による公権的過失相殺もおよそ許されないというべきである。
第3争点に対する判断
1 本件取引に関する事実経過について
上記争いのない事実等,証拠(甲1,21ないし23,25ないし27,29,30,36,乙1ないし5,8ないし15,証人B,証人D,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引に関する事実経過について,次のような事実が認められる。
(1) 原告の最終学歴は,a大学農獣医学部農学科卒業であり,本件取引を開始するまで,先物取引や株式投資,投資信託等の経験は全くなかった。
(2) 平成14年6月ころより,被告従業員から資料送付や電話による先物取引の勧誘があったものの,特に関心もなかったので,そのままにしていたが,そのうちコーンの相場変動の話が出たこともあって,一度会って話を聞いてみることにした。
(3) 平成14年9月の本件取引に関する事実経過について(本項における年月日の表示については,平成14年9月との記載を省略する。)
6日,原告は,静岡県<以下省略>のファミリーレストラン「bレストラン」で,Bと会い,コーンの相場についての話を聞く中で,Bから,資料等(甲1,乙2,3)を示されて,エルニーニョ現象によりコーンの相場が上がる可能性が高いこと,その場合コーンの先物取引により利益が出ることなどの説明を受けるとともに,商品先物取引一般についての危険性や予想が外れた場合の対処方法等についての説明も受け,コーンを取引対象商品とする本件取引を始めることにした。そして,この時,原告は,20枚から始めたい旨申し出たが,Bから,他の客も40枚から始めてもらっているという説明を受けて,40枚から始めることになった。なお,この日に先物取引の対象商品として説明されていたのは,コーンだけであり,それ以外の商品については全く話が出ていなかった。
9日,原告は,貯蓄から合計400万円を調達して送金し,Cを担当として,同日,40枚の買玉を建てた。
10日,原告は,相場が上昇し利が乗ったということで買増し等をしたとの連絡を受けた。
12日,原告は,さらにコーンの相場の上昇が見込めるということで送金を依頼され,合計210万円を送金した(なお,上記210万円のうち,10万円は,12日に原告の本件取引口座に入金され,残り200万円は,13日に,下記400万円と合わせて上記口座に入金された。)。
13日,原告は,Cから,コーンの相場が下がったため,このままでは大変なことになる,あと400万円を送金するようにとの説明を受け,この時点における状況について説明を受けたが,その内容が完全には理解できず,送金しなければ大きな損失になるとの説明を受けて,400万円を送金した。また,この日,売りを60枚建てたことの説明を受けた。
17日,原告は,これまでの取引によるマイナスを取り戻すために出っぱりを作る必要があるので100万円を送金するよう説明を受け,内容が十分には理解できなかったものの,とにかく100万円を支払えばこれまでのマイナス分が取り戻せると考えて,100万円を送金した。
なお,このころ,原告は,被告管理部の従業員E及びFに会い,資産調査額の変更を要求され,これに応じた。また,このころより,本件取引の担当者としてDが加わり,Dが本件取引を主として担当するようになった。
18日,前日と同様に,原告は,これまでの取引によるマイナス分を取り戻すためには,もっと出っぱりを作る必要があるので,もう50万円を送金して欲しいと言われ,50万円を送金した。
19日,前日及び前々日と同様に,原告は,出っぱりによるマイナス分の取り戻しの説明を受け,さらに50万円の送金を求められたので,50万円を送金した。
20日,原告は,さらにマイナスを取り戻すためにお金が必要との説明を受け,合計400万円を送金した。
25日,原告は,コーンでは挽回できないので,灯油を建てたとの連絡を受けた。
27日,原告は,コーンを決済して灯油を買ったとの連絡を受けたが,この日のコーンの損切りについての説明は受けなかった。
30日,原告は,さらに80万円の送金を要求されたので,80万円を送金した(なお,送金手続きをした時間の関係で,翌10月1日送金という扱いとなり,本件取引口座には同日に入金された。)。
(4) 同年10月の本件取引の事実経過について(本項における年月日の表示については,平成14年10月との記載を省略する。)
原告は,1日に,灯油が上がるからコーンを決済して灯油を建てたとの連絡を受け,2日にも,灯油を建てたとの連絡を受けた。
7日,原告は,灯油とコーンではだめなので4日にガソリンを建てたとの連絡を受けるとともに,さらに100万円の送金を指示され,集められるだけ集めた98万円を送金した。
8日,原告は,コーンの損切りについての説明を受けたが,十分には理解できなかった。
10日,原告は,さらに60万円の送金の指示を受け,60万円を送金した。
15日ころ,原告は,売買報告書のマイナスが気になり,Dに連絡をしようとしたが,Dとは別の従業員が電話で対応し,まだ挽回できるとの説明を受けた。
原告は,18日に,金を建てたとの連絡を受け,21日には,金を決済したとの連絡を受けた。
22日,原告は,追証のための300万円の送金を指示されたので,23日に300万円を送金した。
25日ころ以降,原告は,証拠金等不足額請求書(甲21)等の記載から本件取引においてマイナスが嵩んでいることが気になり始め,Dに対し,本件取引を終了したいと相談したが,持ちこたえれば挽回できるとの説明を受けて,そのまま取引を継続したものの,個々の取引については,結局事後的な連絡しかなかった。
(5) 同年11月の本件取引の事実経過について(本項における年月日の表示については,平成14年11月との記載を省略する。)
5日,本件取引口座に100万円が入金され,その後も,8日まで,取引がなされた。
11日,原告は,本件取引の終了を要求し,本件取引が終了した。
(6) なお,Dは,①本件取引において,原告と連絡を頻繁にとっており,原告の方から積極的に連絡がなされることもあった,②個々の取引の執行についても原告に対し事前に連絡していた,③平成14年10月下旬ころに原告から仕切の話は出なかった,などと証言している。しかしながら,これらの点に関する同人の証言内容自体,曖昧であるか,あるいは,抽象的なものにとどまっており,また,一般論に終始しているところも多い上,ある程度具体的であり詳細な内容となっている原告の供述や原告とDとの電話での会話を録音したテープの反訳書(甲23)の記載とも照応しない部分もあり,さらに,Cが担当していた時期の取引に関する部分の証言については,Cまたは第三者からの伝聞に過ぎないものとなっている。また,本件取引の当初の対象商品であったコーンに加えて,灯油,ガソリン及び金を追加していった経緯についても,時期的にはD自身も本件取引を担当していたにもかかわらず,記憶が曖昧であるとか,Cがしていたと思うので自分は知らない旨証言するなど不自然不合理な内容となっており,さらに,同年10月下旬には,本件取引における損失が数字的に顕在化していた時期であったにもかかわらず,そのころに,取引終了も含めた本件取引のその後の展望についての話が全く出なかったということ自体も不自然不合理である。そして,これらに加えて,結局のところ,Dの上記証言内容を裏付ける客観的かつ的確な証拠も存在しない状況にあることなどの事情にも照らすと,Dの上記証言をそのまま採用することはできない。
2 以上の事実関係を前提に,本件取引について検討する。
(1) 勧誘の違法性について
上記のとおり,本件における,Bの原告に対する勧誘内容は,3か月程度の間に複数回にわたって,電話を架けたり,パンフレットを送付したという程度のものであって,このことから直ちに,迷惑,執拗な勧誘に該当するとまではいえず,社会通念上適切さを欠くとまではいえないというべきである。
(2) 適合性原則違反について
上記のとおり,原告は,昭和32年生まれで,大学(農獣医学部農学科)を卒業後,農業や製茶業に従事していたものであって,本件取引の当初の運用資金も貯蓄から調達したものであるというのであるから,原告が,これまでに,商品先物取引はもちろん,株式取引や信託取引などしたこともないことを考慮すると,本件取引のような,頻繁な売買を伴う形態の取引についての適合性が十分にあったというにはなお疑念の余地があるといわざるを得ないものの,原告が,商品先物取引に関わる適格性を当初から欠いていたとまでいうことはできないものといわざるを得ない。
(3) 断定的判断の提供について
たしかに,原告は,Bからエルニーニョ現象によりコーンの値上がりが期待できる旨の説明を受けるとともに,同時に,商品先物取引一般についてのリスクに関する説明も受けているところであるが,上記(2)のとおり適合性原則について疑念の余地が否定できない本件においては,Bのなした原告に対する商品先物取引の説明内容は,総論としては,商品先物取引であるのでリスクを伴う可能性が一般的にあるが,各論としては,コーンについてはエルニーニョ現象などの事情により値上がりが期待できるとの趣旨の説明であると理解することができ,結果としてコーンの値上がりによる利益が期待できることについて重点的に印象を与えるような内容であるといえるから,その説明は,当該コーンについての断定的判断の提供にあたるということができ,この点において,社会通念上適切でない。
(4) 重要事項の説明義務違反について
Bは,商品先物取引一般についての危険性や予測が外れたときの一般的な対処方法についての説明をしたが,上記(3)のとおり,コーンについてのリスクに関する説明が十分ではなかった点にかんがみると,重要事項についての説明が十分ではなく,その説明義務を怠ったものといわざるを得ず,この点において,社会通念上相当ではない。
(5) 新規委託者保護義務違反について
本件取引開始時には,当初3か月間の原告の取引予定資金が800万円以下とされていたにもかかわらず,被告従業員は,他の顧客も同様にしている旨のごく簡単な説明をしたのみで,本件取引の初回から40枚もの取引に入っており,また,取引開始から10日も経たないうちに,取引予定資金額を増額させ,その後の本件取引内容は,平成14年9月25日には,合計240枚,委託証拠金2000万円強となり,同年10月11日には,同658枚,同1648万9000円に達し,その後も本件取引内容は拡大していったものであり,先物取引経験のない新規委託者である原告に対して,このような取引を勧めていった被告従業員の姿勢は極めて安易であって,このような被告従業員の行為は,新規委託者保護義務に反するものであり,社会通念上不適切であることは明らかである。
(6) 違法な両建について
本件取引においては,同一商品,同一限月の売建玉と買建玉を同時期に保有するいわゆる両建がなされたことがあるところ,商品先物取引において両建がおよそ意味のない取引であるか否かという点はさておき,両建という方法は,新たな資金や手数料を必要とし,また,どの段階でいずれの建玉を仕切って両建を解消するべきかという複雑かつ高度で困難な判断を重ねて強いられることをも考慮すると,原告のように商品先物取引の経験が全くなく,したがって相場に対する的確な判断力も乏しい者にとっては,両建をしてまで建玉を維持することについての特別の合理性を見出すことは困難であり,先物取引はもちろん,株式投資すらしたことのない原告が,このような合理性を見出し難い取引を自己の自由な意思で行ったとは到底認め難く,被告担当者からの示唆を受けて取引経験に乏しい原告が応じてしまった結果であるというべきであり,さらに,本件取引でなされた当該両建が,顧客である原告の利益を害しないことについての具体的な事情もうかがわれない本件においては,当該両建が,手数料稼ぎを目的としたものであると評価されてもやむを得ないものであり,本件取引は,この点においても,社会通念上不適切な部分があるといえる(なお,原告の主張する異限月の両建についても,複雑かつ高度で困難な判断を重ねて強いられるという側面においては,同一限月の両建と通じるところがあり,取引状況によっては,ほぼ同様に考えることも可能である。)。
(7) 無断売買,一任売買について
本件取引においては,コーンについては,本件取引の早期の段階から,取引執行直後に被告担当者から原告に対して報告がなされることがあったり,また,コーンによる損失を回復するためとして,コーンに加えて灯油やガソリン,金などの商品を追加した際も,事後に原告に対しその旨の報告がなされていたことがあったりしたなどの経緯を前提とすると,本件取引における個々の取引執行の一部について予め原告に説明をしていたことがあったり,原告と被告従業員が相互に連絡を取り合う回数が少なくなったとしても,本件取引が比較的短期間のうちに相当多数回にわたってなされたものであることや原告の商品先物取引についての経験の浅さや判断力の乏しさ等をも照らし合せると,本件取引は,形式的には原告と連絡を取って行われたような形跡がうかがえるところがあるとしても,その実情は,そのような外観を有しているに過ぎず,原告の具体的な委託に基づかない実質的な一任売買であるといわざるを得ないのであり,したがって,この点においても社会通念上不適切である。
(8) 手数料稼ぎの転がし,無意味な反復売買について
本件取引においては,手数料の損失に対する割合は,47.9パーセントと相当高率であり,売買回転率も,売買日数は64日間で,仕切回数84回であるから,月39回程度に達している。そして,被告の指摘するように,一般的には,これらの数値については,取引態様や内容に左右される可能性があることは否定できないが,本件においては,これらの数値の基礎となる取引態様や内容について,特にその数値的意味合いを減殺するような事情はうかがわれないところであって,かつ,これらの数値が高率高値であったとしても原告の利益は害されていないということを根拠付ける具体的事情はうかがわれないのであり,したがって,これらの数値から,本件取引が,意味のない反復売買であって,手数料稼ぎのための転がしであるとの側面を否定できないと評価されても仕方がないものであって,本件取引は,この点においても社会通念上相当ではない。
(9) 仕切要求の拒絶について
原告は,平成14年10月下旬ころから,本件取引においてマイナスが嵩んでいることが気になり始め,Dに対して,本件取引を終了したい旨の意向を伝えていたが,Dは,持ちこたえれば損失を挽回できる旨の説明をしたのみで,取引終了の場合の具体的方法や継続した場合と終了した場合とを比較してメリット・デメリットがどのように異なるのかといったようなことについて特に具体的に詳細な説明したことをうかがわせる形跡は全く見当たらないのであって,これらの事情に照らすと,結果的に本件取引が継続されることになったとしても,この段階でなされた原告の本件取引継続についての黙認的な姿勢は,Dの取引継続の示唆を受けて取引経験の乏しい原告が特段の異議も述べないで不用意にこれに応じてしまった結果であると見るほかなく,実質的には仕切要求の拒否がなされたものと評価されても仕方がないのであって,この点においても社会通念上不適切である。
(10) 差し玉向かいについて
本件においては,原告が差し玉向かいと主張する取引によって,委託者である原告の利益が具体的にどのように害されることになったのかについては判然とせず,原告の主張するような取引構造上の問題点が仮にあるとしても,被告と原告との間の本件取引との関係において,違法となるとまではいい難い。
(11) 薄敷取引について
原告は,本件取引について,薄敷取引があった旨主張するが,その取引についての具体的特定がなく,上記主張をそのまま採用することはできない。
3 本件取引における不法行為性の有無について
以上の検討からすると,本件取引における被告従業員の言動については,上記説示のとおりの点において,不適切ないし不相当な点が見受けられ,これらを全体として観察するとき,被告従業員らの勧誘から手仕舞いまでの一連の行為は,全体として違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである。
そして,上記のとおり,被告従業員が,被告の業務の執行について,上記不法行為をなしたことが認められる本件においては,被告は,使用者として,原告の被った損害について責任(使用者責任)を負うことになる。
4 損害について
ところで,本件においては,原告は,本件取引に際して,東京工業品取引所受託契約準則が記載された文書(甲25)や商品先物取引についての解説が記載されたガイドブック(乙2)を被告から受け取っていること,先物取引の危険性について了知した旨の記載がなされた約諾書(乙1)に署名して被告に差し入れていること,商品先物取引の危険性や委託追証拠金,予測が外れた場合の売買対処方法についてある程度具体的な説明がなされ,かつ,それらの説明を受け理解した旨の記載がなされている書面(乙3)に署名して被告に差し入れていること,被告の管理部が実施した新規委託者に対するアンケート文書(乙4)において,商品先物取引の危険性や取引の仕方などについて理解できた旨の回答をしたり,同部からの確認事項とそれを確認した旨の記載がある書面(乙5)に署名押印して被告に差し入れていること,残高照合通知書(乙15)に記載された相違ないとの文言に○印をつけ,署名押印して被告に差し入れていることなどの事情もうかがわれるところであって,原告が,商品先物取引の内容や危険性についてある程度理解し得る状況にあったものということができること,本件取引を開始するにあたって,原告は,取引期間や規模,終了させるべき事情などについての自分なりの展望を全く持っておらず,被告に任せておけば特段の困難もなく利益を上げることができるなどと考え,取引のリスクについて特に具体的なイメージを持つこともなく,安易に本件取引を開始して継続していること,これらの事情に加えて,原告の年齢や社会経験の有無・内容など本件に現れた諸事情を考慮すると,本件取引によって損失が発生・拡大したことについて,その全ての原因を被告側の事情のみに求めるのは妥当ではなく,損害の公平な分担という見地から,過失相殺をするのが相当である。
そして,上記の諸事情を勘案すると,その過失相殺の割合は,4割とするのが相当である。
5 したがって,原告が被った損害のうち,被告に対して賠償請求し得る損害の額は,原告が受けた損失額2155万3980円からその4割に相当する額を控除した残額である1293万2388円,並びに,本件事案の内容,認容額等の諸事情から相当な損害と認められる弁護士費用の額である130万円の合計1423万2388円である。
6 よって,原告の本訴請求は,被告に対し,損害金1423万2388円及びこれに対する遅延損害金(訴状送達日の翌日である平成15年4月8日から起算)の支払を求める限度で理由がある。
第4結語
以上によれば,原告の請求は一部理由があるからこれを一部認容し,その余は失当であるからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 三島琢)
<以下省略>