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静岡地方裁判所沼津支部 平成10年(ワ)190号 判決 2000年6月09日

主文

一  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告乙山春子は、原告に対し、金1億1,507万2,339円及び内金8,817万1,200円に対する平成9年7月15日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員、内金314万6,000円に対する平成9年7月26日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の2分の1と被告乙山春子に生じた費用を被告乙山春子の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告乙山夏子に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

一  被告乙山春子は、原告に対し、金5,753万6,169円及び内金4,408万5,600円に対する平成9年7月15日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員、内金157万3,000円に対する平成9年7月26日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告乙山夏子は、原告に対し、金5,753万6,169円及び内金4,408万5,600円に対する平成9年7月15日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員、内金157万3,000円に対する平成9年7月26日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による金員を支払え。

(予備的請求)

主文第二項と同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が被告らに対し、原告と丁野松夫(以下「松夫」という。)との間において締結された銀行取引契約に基づき貸し付けた貸金債務等について、<1>主位的請求として、被告乙山春子(以下「被告春子」という。)及び同乙山夏子(以下「被告夏子」という。)に対し、原告と乙山一郎(以下「一郎」という。)(被告春子及び同夏子は一郎の相続人である。)との間において締結された、右銀行取引契約に基づき松夫が原告に対し負担する債務についての連帯保証契約又は代理貸付に際し締結された連帯保証契約に基づき、連帯保証債務の履行を請求し、<2>予備的請求として、被告春子に対し、一郎を本人とする右各連帯保証契約を締結するに際しての無権代理人としての履行責任を追及した事案である。

一  争いのない事実等(特記しない限り当事者間に争いがない。)

1  (銀行取引契約)

原告と松夫は、平成4年3月6日、松夫が原告に対して負担する債務につき履行遅滞があったときは、原告の請求により、すべての債務の期限の利益を喪失し、支払うべき元本に対し年14パーセントの遅延損害金を支払う等を内容とする銀行取引契約(以下「本件取引契約」という。)を締結した(甲1)。

2  (竹郎、梅子の連帯保証契約)

丁野竹郎(以下「竹郎」という。)、丁野梅子(以下「梅子」という。)は、原告に対し、平成4年3月6日、本件取引契約に基づき、松夫が原告に対し負担する債務につき、極度額1億8,000万円の限度で連帯保証した(甲2)。

3  (本件消費貸借契約(一))

原告は、松夫に対し、平成4年6月30日、本件取引契約に基づき、6,000万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件消費貸借契約(一)」という。)(甲3)。

(一) 元金弁済方法 平成4年11月から平成24年5月まで毎月末日限り25万6,000円ずつ(ただし、最終回は9万6,000円)

(二) 利息 年7.375パーセント(変動金利)(年365日の日割計算)

(三) 利息支払方法 平成4年6月30日を第1回とし、以後毎月末日限り、その翌月の1か月分を前払いする。

(四) 損害金 年14パーセント(年365日の日割計算)

4  (本件消費貸借契約(二))

原告は、松夫に対し、平成4年12月3日、本件取引契約に基づき、3,000万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件消費貸借契約(二)」という。)(甲4)。

(一) 元金弁済方法 平成5年1月から平成24年5月まで毎月末日限り12万9,000円ずつ(ただし、最終回は7万2,000円)

(二) 利息 年6.875パーセント(変動金利)(年365日の日割計算)

(三) 利息支払方法 平成4年12月3日を第1回とし、以後毎月末日限り、その翌月の1か月分を前払いする。

(四) 損害金 年14パーセント(年365日の日割計算)

5  (本件代理貸付)

(一) 原告は、環境衛生金融公庫の代理人として、松夫に対し、平成5年2月1日、500万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件代理貸付」という。)。

(1) 元金弁済方法 平成6年4月から平成11年12月まで毎偶数月末日限り14万3,000円ずつ(ただし、初回は13万8,000円)

(2) 利息 年5.2パーセント(年365日の日割計算)

(3) 利息支払方法 平成5年4月30日を第1回とし、以後毎偶数月末日限り、それまでの2か月分を後払いする。

(4) 損害金 年14.5パーセント(年365日の日割計算)

(5) 期限の利益喪失 松夫が環境衛生金融公庫の債務の1つでも期限に弁済しなかったときは、環境衛生金融公庫からの請求によって、債務の全部について、期限の利益を失う。

(二) 原告は、環境衛生金融公庫との間において、昭和47年7月1日、環境衛生金融公庫法20条に基づき、同公庫の業務である資金の貸付及び貸付金の管理回収について業務委託契約を締結し、貸付金の最終弁済期以降6か月を経過しても元利金の全部又は一部について支払がなかったときは未収元利金の8割に相当する金額を同公庫に対し弁済し、引き続き当該貸付金債権の管理回収を行うことを約した。

(三) 松夫は、原告との間において、平成5年2月1日、本件代理貸付について保証委託契約を締結した。

(四) 原告は、環境衛生金融公庫に対し、平成9年7月25日、本件代理貸付について同日までの債務額の8割に相当する金額である272万0,739円を代位弁済した(以上甲5、弁論の全趣旨)。

6  原告は、松夫に対し、平成9年7月1日、同年7月15日までに本件消費貸借契約(一)(二)に基づくすべての債務、同月25日までに本件代理貸付に基づくすべての債務を支払うよう催告した(<証拠略>)。

7  一郎は平成8年12月20日死亡した。被告春子は一郎の妻である。被告夏子は一郎の子である。乙山秋子(以下「秋子」という。)は一郎の子であるが、一郎の相続人として相続放棄をした。また、被告春子及び同夏子は、限定承認の申述受理を申し立て、平成10年12月11日、東京家庭裁判所八王子支部において、被相続人亡一郎の相続財産管理人として被告春子が選任された。

8  原告は、被告ら(主位的請求)又は被告春子(予備的請求)に対し、左記金員の支払を求めている(原告は、主位的請求として、被告春子が一郎を代理して原告一郎間の連帯保証契約が有効に成立したとして一郎の共同相続人である被告両名に対し、それぞれ左記金員の2分の1の金額について連帯保証人の責任を追及している。また、原告は、予備的請求として、仮に被告春子が右代理行為に際し無権代理であった場合について、左記金員全額について無権代理人である被告春子の責任を追及している。)。

(一) 本件消費貸借契約(一)(二)に基づく残元金1億1,167万1,414円及び内金8,817万1,200円に対する平成9年7月15日から支払済みまで年14パーセントの割合による遅延損害金

(二) 本件代理貸付に関する求償債務272万0,739円及び内金251万6,800円に対する平成9年7月26日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による遅延損害金

(三) 本件代理貸付契約に基づく残元金68万0,186円及び内金62万9,200円に対する平成9年7月26日から支払済みまで年14.5パーセントの割合による遅延損害金(原告は、環境衛生金融公庫との貸付業務委託契約に基づき、貸付金債権の管理回収の責任を負っている。)

二  原告の主張

1  (連帯保証契約の成立)

被告春子は、原告に対し、平成4年3月6日、本件取引契約に基づき、松夫が原告に対し負担する債務につき、極度額1億8,000万円の限度で連帯保証した(以下「本件連帯保証契約(一)」という。)(甲2)。

また、被告春子は、環境衛生金融公庫及び原告に対し、平成5年2月1日、本件代理貸付に関し松夫が環境衛生金融公庫及び原告に対し負担する債務につき、連帯保証した(保証約定書(甲2)5条参照)(以下「本件連帯保証契約(二)」という。)(甲5)。

2  (代理権)

一郎は、被告春子に対し、本件連帯保証契約(一)(二)の締結に先立ち、それらの代理権を与えた。すなわち、一郎の当時の日常の行動、状態に照らせば、被告春子は、一郎の了解のもとに本件連帯保証契約(一)(二)を締結したというべきである。

3  (無権代理人の本人相続)

本件連帯保証契約(一)(二)は、いずれも妻である被告春子が本人である一郎を代理してなされたものである。仮に被告春子が無権代理人であったとしても、無権代理人である被告春子が本人である一郎を相続し、本人と代理人の資格が同竹郎に帰するに至った場合、本人自らがその無権代理行為たる法律行為をしたのと同一の法律上の効果が生じるとされるべきである。

4  (予備的請求-代理権なきことについての善意無過失)

仮に被告春子が無権代理人であったとしても、無権代理人である被告春子は、民法117条により、本件連帯保証契約について、その保証債務の履行をする責任を負う。原告の担当者が被告春子に電話をして本人の保証意思を確認していること、保証意思の照会状に対し被告春子が保証意思のある書面を作成し返送していること(甲7の1、2)からすると、原告において、被告春子が代理権がないことを知らず、かつ、知らなかったことについて過失がなかった。

5  (権利濫用)

原告の被告らに対する本訴請求は、前記4の事情に照らせば、権利の濫用に当たるものではない。

三  被告らの主張

1  (保証契約の不成立)

被告春子は本件連帯保証契約(一)(二)の契約書(甲2、5)に署名押印する際、これらが保証契約に関する契約書であることを認識していなかった。すなわち、被告春子は、妹である梅子から「迷惑は絶対掛けないから名前だけ書いてくれ。」と言われて、契約書に署名押印したにすぎない。

2  (代理権のないこと)

被告春子は本件各行為について代理権を有していなかった。すなわち、被告春子は、契約書に署名押印する際、一郎に相談していない。また、平成4ないし5年当時、一郎は、痴呆状態が著しく、代理権を授与することができる状態ではなかった。

3  (無権代理人の本人相続)

無権代理人であった被告春子は被告夏子と共に一郎を共同相続したが、無権代理行為を追認する権利はその性質上相続人全員に不可分的に帰属しており、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきであり(最高裁判所平成5年1月21日判決民集47巻1号265頁参照)、被告夏子の追認がない本件においては、被告春子の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。

4  (予備的請求-無権代理についての原告の悪意又は有過失)

被告春子が代理権を有していなかったことについて、原告は知っていたか、又は知らなかったことについて過失がある。すなわち、原告の貸付担当者である丙田は、松夫から事前に一郎の痴呆状態がひどく病院に入院するような状態であることを告げられていたにもかかわらず、松夫に対する融資を実現するため、一郎が連帯保証人としての適格を欠いていることを知りながら、一郎に対し連帯保証意思の確認をしないで、これをあえて無視して一郎を名目上の連帯保証人として松夫に対する融資を実行したものである。甲7号証の1の書類の一郎の署名押印については、被告春子が連帯保証の意味を良く理解もせずに書類に署名押印してしまったものと推察される。

5  (権利濫用の抗弁)

原告の被告らに対する本訴請求は、前記3の事情に照らし、権利の濫用に当たり許されない。

四  争点

1  本件連帯保証契約(一)(二)の成否

2  被告春子の代理権の有無

3  被告春子の無権代理についての原告の過失の有無

4  原告の本件請求は権利濫用であるか。

第三  争点に対する判断

一  争いのない事実等及び<証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  (当事者)

一郎は、昭和6年2月5日生まれであり、平成8年12月20日死亡した。被告春子は一郎の妻である。秋子は一郎の長女である。被告夏子は一郎の二女である。梅子は被告春子の妹である。松夫は梅子の夫である。

一郎は、平成4年当時、東京都町田市の自宅土地建物(土地の地積は153.46平方メートル)を所有していた(甲10、11)。

一郎は、初老期痴呆の診断を受け、平成元年10月16日から同年12月2日まで、国立相模原病院に入院した(乙1)。同人は、健忘、見当識障害の症状があり、痴呆証の診断を受け、平成3年7月27日から平成4年4月11日まで、町田市民病院神経科に通院治療を受けた(乙2)。平成4年当時、一郎は歩くことはできたが、言語障害や記憶障害があり、電話の受け答えもできない状態で、話しかけても会話にならないような状況であった(証人秋子)。また、同人は、アルツハイマー病、脂肪肝、肝臓癌、骨粗鬆症の診断を受け、平成4年5月15日から平成6年8月11日まで、永生病院に入院したが、入院中、言語障害等の痴呆症状が見られた(乙3)。さらに、同人は、初老期痴呆の診断を受け、平成6年8月11日から同年10月21日まで、医療法人社団玉栄会東京天使病院に入院した(乙7)。そして、同人は、平成6年10月1日から同人が死亡した日である平成8年12月20日まで、社会福祉法人福音会特別養護老人ホーム福音の家に在籍していた(乙8)。

2  (本件取引契約)

松夫は、原告(松田支店)との間において、平成3年6月ころから、スーパーマーケットの出店のために原告から融資を受けることを希望し、その交渉を行っていた。当初、保証人としては、松夫の仕事関係の知人であったTが予定されていたが、同人から病気のため保証人になることを断られ、松夫及び梅子は、被告春子に対し、一郎に保証人になってもらえるよう懇願した。松夫及び梅子は、原告の担当者であった丙田に対し、一郎を保証人にすることを相談したところ、一郎の自宅土地建物の登記簿謄本を取り寄せるように依頼され、これを取り寄せて丙田に渡した(証人丙田3項、証人松夫12項)。また、丙田は、平成4年2月ころ、松夫の自宅を訪れた際、梅子から一郎の自宅に電話してもらい、被告春子と話をし、一郎は今不在であるが、松夫への融資について一郎が保証人となる件について、承知しているとの返事を受けた(証人丙田5、15、17項)(なお、甲3及び4号証における一郎の保証意思確認方法の欄には、「平成4年3月9日午後7時電話にて意思を確認する。後日書類を送りますのでよろしくとお願いした」、「平成6年4月19日午後7時50分自宅<略>に電話し、意思確認する。営業不振を心配していました」という記載があるが、前記1の一郎の病状に照らせば、直接一郎本人から右記載どおりの意思確認をしているものとは考えにくい。)。丙田は、本件当時、一郎について、現在無職であると聞いていた(証人丙田18項)。

原告と松夫は、平成4年3月6日、松夫が原告に対して負担する債務につき履行遅滞があったときは、原告の請求により、すべての債務の期限の利益を喪失し、支払うべき元本に対し年14パーセントの遅延損害金を支払う等を内容とする本件取引契約を締結した。

3  (本件連帯保証契約(一))

被告春子は、一郎の署名押印を代理する形式で、原告との間において、平成4年3月6日、本件取引契約に基づき、松夫が原告に対し負担する債務につき、極度額1億8,000万円の限度で連帯保証する旨の本件連帯保証契約(一)を締結した(甲2)。平成4年2月7日付けの一郎の印鑑登録証明書が原告に交付された(甲8、証人松夫15項、証人丙田7項)。

原告は、一郎に対し、同年6月29日、本件連帯保証契約(一)について書面で照会し、被告春子は、一郎の署名押印を代理する形式で、同年7月2日付けで「貴行と締結した銀行取引約定書並びに保証約定書の各条項承認のうえ連帯保証したことを確認します」と記載された書面に一郎の署名押印をした上、これを原告に返送した(甲7の1、2、被告春子(第7回口頭弁論調書)20項、被告春子(第8回口頭弁論調書)8、15項)。

4  (本件消費貸借契約(一)(二))

原告は、松夫に対し、平成4年6月30日、本件取引契約に基づき、6,000万円を前記第二の一の3記載の約定で貸し付けた(本件消費貸借契約(一))。原告は、松夫に対し、平成4年12月3日、本件取引契約に基づき、3,000万円を前記第二の一の4記載の約定で貸し付けた(本件消費貸借契約(二))。

5  (本件代理貸付、本件連帯保証契約(二))

原告は、環境衛生金融公庫の代理人として、松夫に対し、平成5年2月1日、500万円を前記第二の一の5の(一)記載の約定で貸し付けた(本件代理貸付)(甲5)。被告春子は、一郎の署名押印を代理する形式で、環境衛生金融公庫及び原告に対し、平成5年2月1日、本件代理貸付に関し松夫が環境衛生金融公庫及び原告に対し負担する債務につき、連帯保証した(甲5、被告春子(第8回口頭弁論調書)7、10項)。平成4年12月11日付けの一郎の印鑑登録証明書が原告に交付された(甲9)。

6  (原告から一郎への通知催告)

松夫は、原告からの融資等に基づき、スーパーマーケットを開店したが、経営は思うようにいかず、平成6年4月ころには売上不振に至るようになった(甲4、丙1)。

本件消費貸借契約(一)に基づく分割弁済金等の支払が滞ったため、原告は、一郎に対し、平成6年6月24日、同月30日までに弁済するよう催告した(甲15の1、2、16の1、2)。

7  (原告から一郎への通知催告)

本件消費貸借契約(一)に基づく分割弁済金等の支払が滞ったため、原告は、一郎の共同相続人に対し(なお、一郎は平成8年12月20日死亡した。)、平成9年7月1日、同月15日までに弁済するよう催告した(甲17の1、2、18の1、2)

8  (事実認定の補足説明)

前記認定のうち、甲2号証(保証約定書)の連帯保証人欄の「乙山一郎」の署名押印を実際に行った者が誰かについて、被告春子は被告春子が署名したかどうかについて記憶がないと供述している(被告春子(第7回口頭弁論調書)14項、被告春子(第8回口頭弁論調書)1項)。しかしながら、平成4年3月ころ当時、一郎は、痴呆症で町田市民病院神経科に通院治療を受けていたこと、被告春子が「乙山一郎」の署名を代理したことを自認している他の書類(甲5、7の1)における「乙山一郎」署名部分の筆跡と対照すると明らかに類似していること、被告春子が押印された実印(甲2、8)の保管場所を知っていたこと(被告春子(第7回口頭弁論調書)14項、被告春子(第8回口頭弁論調書)16項)、その際の印鑑登録照明書の取得に被告春子が関与していること(証人梅子8項、被告春子(第7回口頭弁論調書)11項、被告春子(第8回口頭弁論調書)23項)からすると、被告春子が「乙山一郎」の署名押印を代理したものと認められ、これに反する被告春子の供述部分は採用しない。

二  争点1(本件連帯保証契約(一)(二)の成否)に対する判断

1  前記認定のとおり、本件連帯保証契約(一)(二)の各契約書(甲2、5)の連帯保証人欄に、被告春子により、それぞれ一郎の署名押印がなされていること、原告との取引に関して被告春子による一郎の署名押印が複数回にわたって行われていること等の事実を総合すれば、被告春子は、保証契約書の内容どおりの意思表示をしたものと推認することができる。

2  これに対し、被告春子は、「妹の丁野梅子が白紙の書類を持ってきて、一切迷惑はかからないから名前だけ書いてほしいと頼まれたことはあります。」と供述し(被告春子(第7回口頭弁論調書)6項)、証人梅子も、「一番最初に持っていった書類は金額が記載されていないものだったという記憶があります。」(証人梅子7項)と証言する。しかし、本件連帯保証契約(一)について連帯保証人欄が記載される前に金額が記載されていたこと(甲2、14)、証人梅子は「店をやるにあたりどうしてもお金が必要で、松夫の友人に保証人を頼んだけれども駄目になったので、一切迷惑をかけないから姉さんのほうで保証人をやってくれないかと書類を持って行き頼みました。」と具体的に証言していること、被告春子自身、梅子が甲5号証を持参した際に「『保証人』とは言って」いたことを自認していること(被告春子(第8回口頭弁論調書)11項)からすると、右供述部分及び証言部分は採用できない。

三  争点2(被告春子の代理権の有無)に対する判断

原告は、一郎が被告春子に対し、本件連帯保証契約(一)(二)の締結に先立ち、それらの代理権を与えたと主張する。しかしながら、本件連帯保証契約(一)(二)について、委任状等代理権を直接に証する証拠はない。また、本件全証拠によっても、代理権が授与されたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、本件以前から一郎が継続的に松夫の債務の保証をしていたような事情も窺われず、前記認定のとおり、本件当時、一郎は痴呆症等により入退院を繰り返しており、同人の意思能力に問題があったこと等を勘案すると、被告春子について代理権は授与されていなかったものと認められる(なお、前記の一郎の病状を勘案すれば、一郎の追認もなかったものと認められる。)。

そうすると、無権代理人であった被告春子が被告夏子と共に一郎を共同相続したことになるが、無権代理行為を追認する権利はその性質上相続人全員に不可分的に帰属しており、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきであり(最高裁判所平成5年1月21日判決民集47巻1号265頁参照)、被告夏子の追認がない本件においては、被告春子の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。

四  争点3(被告春子の無権代理についての原告の過失の有無)に対する判断

1  被告春子は、被告春子が代理権を有していなかったことについて、原告は知っていたか、又は知らなかったことについて過失があると主張し、具体的事情としては、原告の貸付担当者である丙田が、松夫から事前に一郎の痴呆状態がひどく病院に入院するような状態であることを告げられていたにもかかわらず、松夫に対する融資を実現するため、一郎が連帯保証人としての適格を欠いていることを知りながら、一郎に対し連帯保証意思の確認をしないで、これをあえて無視して一郎を名目上の連帯保証人として松夫に対する融資を実行したものであると主張する。

2  この点について、証人丁野松夫は、保証人を高原から一郎に代えることになったことを丙田に説明する際に、仕事について話さなかったが、「一郎が病院に入院して」おり、「痴呆症みたいな病気ではないか」と話し、丙田は、「あとはこちらで調べます。」、「別の保証人を探してもらうことになるかもしれない。」と答え、これに対し、松夫は、他に保証人を頼める人がいなかったので、「もしそうなったら融資の申し込みはやめる。」と話した旨証言する。これに対し、原告の担当者である証人丙田太郎は、一郎が病気であるという説明は一切受けていない旨証言する。

そこで、検討すると、たしかに、甲3及び4号証における一郎の保証意思確認方法の欄に記載されたような意思確認がなされたことには疑問がある。しかしながら、本件各融資の交渉は平成3年6月ころから行われ、途中保証人の予定者が交替するなどの事情がありながらも最終的に前記各融資の実行に至っていること、本件各融資の実行等によりスーパーマーケットは開店したものの、経営は思うようにいかず、最終的に本件各融資の返済ができない状態に立ち至ったこと、一郎の病状が原告担当者に知らされていれば融資の実行が行われなかった蓋然性が極めて高いこと、本件各融資交渉当時、松夫は原告からの融資を受けたかった事情があり、松夫の妻である梅子や梅子の姉である被告春子も松夫と同様の利害関係にあったこと、原告担当者において本件当時被告春子が署名代理形式で保証を行っていることを知っていた事情も窺われないこと等の事情も考え併せると、松夫の前記証言は信用できない。これに対し、丙田の前記証言は大筋で信用できる。

3  さらに、前記認定のとおり、<1>平成4年6月29日原告が本件連帯保証契約(一)について一郎に書面で照会し、同年7月2日付けで「貴行と締結した銀行取引約定書並びに保証約定書の各条項承認のうえ連帯保証したことを確認します」と記載された書面に一郎の署名と実印の押印がなされて返送されたこと、<2>丙田が平成4年2月ころ松夫の自宅を訪れた際、梅子から一郎の自宅に電話してもらい、被告春子と話をし、一郎は今不在であるが、松夫への融資について一郎が保証人となる件について、承知しているとの返事を受けていることも認められる。そうすると、原告が代理権のないことを知っていたこと又はこれを知らなかったことに過失があることについて、これらを認めるに足りる証拠はなく、被告春子の主張は理由がない。

五  争点4(原告の本件請求は権利濫用であるか)に対する判断

被告らは、原告の被告らに対する本訴請求は、権利の濫用に当たり許されないと主張し、その根拠として、前記四の1の事情を挙げる。しかしながら、これらの事実を認めるに足りる証拠がないことは前記認定のとおりであるから、被告らの右主張は理由がない。

六  したがって、原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山地修)

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