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静岡地方裁判所沼津支部 平成10年(ワ)84号 判決 2001年4月18日

原告 A野太郎

他1名

原告ら訴訟代理人弁護士 後藤正治

同 井口賢明

同 近藤浩志

被告 B山松夫

他1名

上記被告ら訴訟代理人弁護士 田中薫

同 角田由紀子

被告 C川梅夫

他1名

上記被告ら訴訟代理人弁護士 髙木陸記

主文

一  被告B山松夫及びC川梅夫は、連帯して、原告らに対し各金三八三八万八五九八円及びこれに対する平成一〇年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告B山竹子及び同C川春子は、連帯して、原告らに対し各金五五〇万円及びこれに対する平成一〇年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の四〇分の二四と被告松夫、同梅夫に生じた費用の各一〇分の三、被告竹子、同春子に生じた費用の各一〇分の九を原告らの負担とし、原告らに生じた費用の四〇分の七と被告松夫に生じた費用の一〇分の七を同被告の負担とし、原告らに生じた費用の四〇分の七と被告梅夫に生じた費用の一〇分の七を同被告の負担とし、原告らに生じた費用の四〇分の一と被告竹子に生じた費用の一〇分の一を同被告の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告春子に生じたその余の費用を同被告の負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、連帯して、原告らに対し、それぞれ、金五五二一万二五九九円及びこれに対する平成一〇年三月一二日から年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、平成九年四月一三日、自宅において自殺をした高校生の両親である原告らが、自殺の原因は、同人に対して、恐喝行為を繰り返していた二人の少年及びこれを放置して監督を怠ったその親権者らにあるとして、これらの者に対し、不法行為に基づく損害賠償として五五二一万二五九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二  争点

(1)  被告B山松夫の責任の有無

(2)  被告C川梅夫の責任の有無

(3)  被告B山竹子の責任の有無

(4)  被告C川春子の責任の有無

(5)  損害額

第三争いのない事実及び容易に認定できる事実

一  当事者

(1)  A野一郎及び原告ら

亡A野一郎(死亡時一六歳、以下「一郎」という。)は、昭和五五年六月一二日、原告A野太郎(本件当時四一歳、以下「原告太郎」という。)と原告A野花子(本件当時三九歳、以下「原告花子」という。)との間の子として出生し、以来、同原告らと同居してきた。一郎は、平成五年四月、静岡県《地名省略》所在の町立D原中学校に入学し、同中学校を平成八年三月卒業し、同年四月一日、私立E田高等学校普通科へ入学し、自殺時において、高校二年生であった。

(2)  被告B山松夫及び同B山竹子

被告B山松夫(本件当時一六歳、以下「被告松夫」という。)は、昭和五五年四月二六日、被告B山竹子(以下「被告竹子」という。)とA田春夫との間の子として出生したが、一歳のときに父親であるA田は死亡し、以後は、被告竹子と二人だけで同居し生活してきた。

被告松夫は、一郎と同じく、平成五年四月、D原中学校に入学し、一郎とは、中学一年生のとき、同じクラスであったが、特に親しかったわけではなく、中学三年生のころには、被告松夫が不登校状態となったことからも、両者が会うことはほとんどなかった。平成八年三月に同中学校を卒業後は、土木作業員やアルバイトをして稼働していた。

被告松夫は、平成八年一一月一二日、自動車窃盗及び無免許運転を非行事実として、家庭裁判所に送致され、保護観察処分を受けた。また、同被告は、本件恐喝を非行事実として、平成九年六月六日、中等少年院に送致された(《証拠省略》)。

(3)  被告C川梅夫及び同C川春子

被告C川梅夫(本件当時一六歳、以下「被告梅夫」という。)は、昭和五六年二月一一日、被告C川春子(本件当時四三歳、以下「被告春子」という。)とC川夏夫との間の子として出生した。C川夏夫は、昭和六二年ころ、心臓機能障害のため、左上下肢不全麻痺、高度の痴呆症となり、いわゆる植物人間状態になって、回復の見込みがないまま静岡県富士市内の身体障害者施設「B野」において長期療養中である。本件恐喝時、被告梅夫は、同春子と同居していた。

被告梅夫も、平成五年四月、D原中学校に入学し、一郎とは三年間同じクラスの同級生で、親しい関係であって、同中学校を平成八年三月卒業し、私立C山高等学校へ入学後も、何度か学校の帰りに一緒にゲームセンター等に遊びに行くなどしていた。一郎の自殺時においては高校二年生であったが、後に中退した。

被告梅夫は、同松夫とは、中学校一年生のとき、同じクラスであったが、中学校時代は、特に親しいという関係ではなかった。

被告梅夫は、以前に粗暴犯の非行歴はなかったが、本件一郎に対する恐喝、傷害と、平成九年一月一八日の自動車窃盗、同年二月二日の無免許バイク運転、同年三月二〇日のバイク窃盗の非行事実と合わせて、家庭裁判所に送致され、中等少年院(一般短期の処遇勧告付き)に送致された。

二  一郎の自殺

一郎は、平成九年四月一三日、静岡県《番地省略》の自宅において自殺を図り、搬送先の病院で死亡した。

第四原告の主張

一  一郎に対する恐喝暴行及び自殺

(1)  被告松夫は、一郎に対し、平成八年八月ころから暴力を振るっていたことから、一郎は同被告と会わないように避けていたところ、被告松夫は、この一郎の態度に怒り、一郎を脅かす機会を作ろうとしていた。

被告梅夫は、平成九年二月二一日、一郎が被告松夫から恐喝されることを知りながら一郎を松夫に会わせるために、帰宅しようとしている一郎を押し止めた。このため、一郎は、被告松夫に捕まり、被告松夫は、一郎に対し「ここで殴られてグズグズにされるか、一五万円を持ってくるかどちらかにしろ」と言いながら下駄で一郎の足や顔を数回跳り上げて脅迫し、一郎に一五万円を支払うことをやむなく承諾させるや、一郎が原告らから金員を借りる口実として、被告梅夫が一郎に対して、金を貸していることにした。こうして被告梅夫は、同月二二日、情を知らない原告太郎から、一五万円を受け取り、被告松夫及び同梅夫は、一五万円を喝取した。

(2)  さらに、被告松夫及び同梅夫は、一郎から一〇万円を喝取することを謀り、一郎を執拗に捜し出して被告松夫の車に乗せ、一郎の持っていた傘で一郎の頭や背中などを五、六回叩き、下肢上部を一〇回くらい突いてから「俺たちから逃げたよなあ。今度は、詫び料として一〇万円を持って来い、持ってこなければ、殺すぞ」などと脅かし、一郎に一〇万円を持ってくることを約束させた。そして、一郎は、同年四月一〇日午後六時三〇分ころ、被告梅夫に対し、自宅のベランダから一万円を庭に投げ、これを喝取された。

(3)  ところが、被告松夫は、一郎が上記のとおり一万円を寄こしただけで一〇万円を用意できなかったことに腹を立て、同被告らは更に一郎から金員を喝取することを企てた。そして、被告梅夫において、同月一一日午後四時四〇分ころ、JR御殿場線E川駅で一郎を待ち伏せして、梅夫の自宅へ連れていき、同人着用のブレザーが汚れたり傷ついたりして暴行等が発覚することを恐れ、一郎着用の制服(ブレザー)を被告梅夫のダッフルコートに着替えさせた上、被告松夫及び同梅夫は、一郎に対し、静岡県《地名省略》のC林川河川敷において、「俺たちをなめるな」など申し向けて、脅しを受けて無抵抗の一郎に対し、長さ六〇センチメートル位の木刀で、同人の股、顔、頭、及び背中などを多数回殴り続け、肘打ち、足蹴りなど合計三〇回にも及ぶ暴行を加え、その結果、一郎に対して、前歯折損、顔面出血、鼻骨骨折などの傷害を負わせた上、一郎に対し、「一〇万円を土日で用意しろ、俺たちからバックれるなよ」と申し向けた。

(4)  他方、原告らは、前述の一郎の突然の一五万円もの借金と、その後の上記受傷の原因を不審に思ったが、一郎が被告松夫や同梅夫から言われていたとおり、「三人組の男に因縁をつけられた」などとの虚偽の説明をしたため、一郎が被告松夫及び同梅夫の暴行・脅迫に苦しんでいることを知り得なかった。

(5)  被告梅夫は、一郎宅に同月一三日午前一〇時ころD川と名のって電話をかけ、一郎に対し「一〇万円の金は用意できたか」などと言って脅かした上、一郎を自宅近くのスーパーさかなやの裏に呼び出し、自動車の中で、被告松夫において、「金は出来たか」などと脅しながら、一郎の頭や顔を二、三回殴打した。

そして、一郎は、前記暴行・脅迫の事実を家族にも相談できず、今後の金策のめどが立たないことから、被告松夫と同梅夫の暴行や借金などについて家族である原告らを偽る精神的な負担に耐えられなくなり、死を決意するに至り、遺書を残して自殺をした。

二  被告松夫及び同梅夫の不法行為責任

被告松夫及び同梅夫の一郎に対する違法行為の存在は、前記のような激しい暴力、傷害行為からして明らかであり、同被告らには同違法行為による一郎及び原告らの損害について、民法七〇九条、七一九条による責任がある。

自殺は、一郎の選択行為という側面があるが、一郎はあえて死の道を選ばなければならなかった。被告松夫及び同梅夫は、一郎が自殺した当日の、自殺の直前まで、暴行行為を行なっていたところ、これは前日の暴行と同じ目的のために行われているのであるから、一郎としては、これに応じなければ、再びこれまで以上の激しい暴行が行われるであろうことを考えたとしても当然である。そして、被告松夫及び同梅夫としては、一郎が両被告を避けていることなどから、一郎が度重なる暴行・脅迫により精神的・肉体的に追い込まれた状態にあることを容易に知り得たにもかかわらず、執拗に前記の暴行・脅迫行為を繰り返した。しかるに、被告松夫及び同梅夫の両名の行為の内容程度からすれば、一郎の自殺は予見でき、被告松夫及び同梅夫は、一郎の自殺の結果を回避する義務があったにもかかわらず、この義務に違反して暴行を行ってきたのであり、被告松夫及び同梅夫の不法行為と一郎の自殺との間に因果関係を認めることができる。

三  被告竹子及び同春子の不法行為責任

被告竹子は、同松夫の親権者として、被告春子は同梅夫の共同親権者として、それぞれ被告松夫又は同梅夫の生活関係全般にわたって監護教育すべき義務があり、少なくとも自らの子が他人の生命又は身体に危害を加えるなどの社会生活を営むうえでの基本的規範に抵触する行為を行わないように日頃から社会規範に対する理解と認識を身につけさせるべき義務を負う。そして、子である被告松夫ないし同梅夫が他人の生命又は身体に危害を与えた場合には、親権者としての監護教育義務を怠ったものとして、民法七〇九条によりそれによって生じた一郎及び原告らの損害を賠償すべき責任を負う。

(1)  被告竹子は、同松夫が暴走族「A川」に加わることを放置し、同松夫が中学時代の同級生等に何度も恐喝等をし、自らも被害者の親族に対して示談をするなどし、被告松夫が他にも自動車窃盗、無免許運転、自動販売機荒らしなどの非行を繰り返していることを、警察に出頭することなどを通して熟知していたのであり、同被告がさらに本件のような恐喝行為をする予見可能性があった。

(2)  被告春子は、同梅夫が平成九年一月ころ、自動販売機荒らしを行うなど、被告松夫と同梅夫が一緒になって犯罪行為を行っていることを知っていたこと、警察から被告松夫と付き合わないよう注意をされていたことからすれば、被告梅夫が、同松夫と共同して、窃盗犯から更に他の財産犯に及ぶことの予見可能性があった。

(3)  そして、一般人の見地から見ると、被告松夫及び同梅夫の激しい暴行から、ひいては、人を死に至らしめる可能性、自殺の可能性もあったのであり、被告竹子及び同春子としては、かかる結果を回避する義務があった。

にもかかわらず、被告竹子及び同春子は、被告松夫ないし同梅夫に対し、社会規範の理解と認識を深めさせるための教育をすることなく、漫然とそのまま放置し、そのため一郎を自殺に至らせたものであるから、民法七〇九条、七一九条の各規定に基づき、それによって生じた損害に対し共同して賠償すべき責任を負う。

四  損害

(1)  一郎の損害

一郎は、被告らの前記不法行為により、次のとおり合計八二四二万五一九八円の損害を被って、被告らに対して同額の損害賠償請求権を取得し、原告らは、相続によって各自四一二一万二五九九円の損害賠償請求権を承継した。

ア 被害金 一六万円

一郎は、被告らの平成九年二月二一日及び同月二二日の暴行・脅迫により現金一五万円、同年四月一〇日の暴行・脅迫により現金一万円の合計一六万円を喝取されているところ、これは被告らの暴行・脅迫という不法行為に起因する損害である。

イ 逸失利益 五七二六万五一九八円

一郎は、死亡当時高等学校二年生(一六歳)であって、前記の経緯で自殺するに至らなければ、少なくとも満一八歳に達したときから満六七歳に達するときまでの四九年間は就労して収入を得ることができたはずであるのに、平成九年四月一三日に死亡したことにより、五七二六万五一九八円(収入額を平成七年度賃金センサスに基づく男子労働者産業計・新高卒計平均年収額金五二五万三一〇〇円により、その五分の二を生活費として控除して、ライプニッツ係数一八・一六八七を用いて現価計算した額)の得べかりし利益を失った。

ウ 慰謝料 二五〇〇万円

① 一郎が被告松夫及び同梅夫から、死を選ぶ外なかったほどの度重なる激しい暴行、脅迫を受けたことによって被った精神的苦痛を慰謝するには、二五〇〇万円が相当である。

② 仮に傷害のみについての損害としても、平成九年二月二二日、同年四月一〇日及び同月一一日の各暴行行為は、強度のものであり、一郎の被った精神的苦痛は、多大である。

また、被告松夫及び同梅夫は、平成八年八月ころから一郎が死に至るまで、暴行傷害行為を繰り返していたのであり、これら執拗な暴行脅迫による精神的損害としても二〇〇〇万円は下らない。

(2)  原告らの固有の損害

原告らは、被告らの前記不法行為によりそれぞれ次のとおり一四〇〇万円の損害を受けた。

ア 葬儀費用 二〇〇万円

一郎に要した葬儀費用は、二〇〇万円である。

イ 慰謝料 各一〇〇〇万円

一郎が存命中に受けた死にも比肩すべき一郎の受傷について、原告らが被った精神的損害及びこれにより一郎が自殺を余儀なくされ、死亡に至ったために原告らが被った精神的苦痛を慰謝するには、原告ら各自について一〇〇〇万円が相当である。

ウ 弁護士費用 各三〇〇万円

原告らは、本件訴訟の提起及び追行を本訴原告ら代理人弁護士らに委任し、その報酬として各自三〇〇万円を支払うことを約束して、同額の損害を被った。

(3)  よって、原告らは、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、連帯して各五五二一万二五九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年三月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第五被告松夫及び同竹子の主張

一  一郎の死亡についての被告松夫の責任の不存在

(1)  原告らは被告松夫が一郎に対して暴力を振るっていたのが平成八年八月ころからであると主張するが、同被告が同時期から暴力を振るっていた事実はなく、一郎に対する暴力は、①平成九年二月二一日午後七時ころの恐喝、②同年四月六日ころの恐喝、③同月一一日の暴行、傷害、④同月一三日午前一〇時ころの暴行の四回に尽き、決して長期間の執拗なものではなかった。

このうち、①のきっかけは、被告松夫が同梅夫から、一郎が「B山は片親だからああなった(暴走族等に加入し非行化した)」ということを言っていた旨聞かされ、被告松夫は、自己の母親をも貶められたと感じ、一郎に確認して謝らせようと考えたというもので、当初、一郎に対し暴行等をすることまでは決意しておらず、被告梅夫とこれを謀議したこともなく、計画的なものではなかった上、暴行自体激しいものではなかった。この後、被告松夫は、前記②に至るまでの間、一郎に対して、なんらの接触をしたことはなく、同年四月上旬ころ、被告松夫と同梅夫が一緒に居た際、たまたま一郎と出会ったのに、同人が同被告らを避けたことがきっかけで、②の暴行を加え、一万円を喝取し、これがその後の③、④の暴行等に一連のものとなったのであるが、被告松夫が暴行を加えた時間・部位・程度等は必ずしも甚大なものではなく、③の暴行により一郎が負った傷害の程度は、せいぜい全治約一週間程度にすぎず、④の暴行も、車の中でのもので、激しいものではなかった。

(2)  被告松夫は、一郎が前記②ないし④の暴行などにより自殺するかもしれない等とは全く予見しなかったし、できなかった。被告松夫と一郎とは、本件以前に特に交際していたことがなく、被告松夫は、一郎の性格等について知る機会がなく、一郎と中学時代から親しく交際しその性格等を知っていたという被告梅夫においてすら一郎が自殺することなど全く予見していなかったことに照らしても、被告松夫が一郎の心情をうかがい知る手がかりは何らなかった。

通常問題とされる「いじめ自殺」事件は、学校生活という集団の中で、組織的・継続的・隠湿ないじめにより、被害生徒が逃げ場のない日常生活の中で救済されないまま心理的に追いつめられ、遂に死を選ぶというのが多くの事例であるところ、本件は、被告松夫が一郎と日常生活を同じ場所で過ごすということはなく、暴行等の行為も組織的かつ長期間にわたる執拗かつ隠湿なものというものではなかったのであって事情を異にする。

(3)  結局、被告松夫は、自己及び被告梅夫の行為により一郎が自殺するかもしれないことを全く予見しておらず、その予見可能性もなく、被告松夫らの行為と一郎の死という結果との間に相当因果関係はなく、被告松夫に一郎の死についての不法行為責任はない。

仮りに、本件において被告松夫に賠償責任があるとすれば、一郎より喝取した金員及び暴行傷害の治療費、慰藉料の範囲内にとどまる。

二  被告竹子の責任の不存在

(1)  被告竹子は、日頃から被告松夫に対し、問題行動があったときはその都度注意をし、交友関係の先輩を尋ねて話しをしたり、自宅で不審なバイクを見つけたときには交番に届出相談し、自宅を訪れる友人達には声を掛けて話しをするなど、日頃から被告松夫の行状を知るための努力をし、被告松夫に対し、親として日常的にできるだけの指導・監督をしていた。

(2)  被告竹子は、被告松夫が一郎に対し、暴行・脅迫・恐喝行為をしていたことは全く知らず、知る術もなかった。ましてや被告竹子には、被告松夫が暴行、傷害によって人を死に至らしめる可能性、自殺に至らしめる可能性など予見することはできなかった。一郎と生活を共にし、一五万円もの金銭を用意したり、傷害について診察を受けさせたりした原告らでさえ一郎の自殺を全く予見し得なかったことに照らしても、被告竹子がこれを予見し、防止することは不可能であった。

(3)  被告松夫には、犯罪行為が数多くあったということはなく、逆に先輩らから暴行を受けたり恐喝される被害を受けたこともあったところ、被告松夫は、この年齢の同世代の少年(一郎や被告C川梅夫ら)と同様、親に多くを語らず、親が少年の行動の全てを把握することはできず、被告竹子が、他の親達と比べ特に被告松夫を放任していたということはない。また、被告竹子は、被告松夫が警察から特別な注意を受け、マークをされているなどということも知らなかった。

(4)  以上より、被告竹子は、一郎の自殺について予見可能性がなく、過失はなく、不法行為責任を負わない。

三  損害

被告松夫の一郎に対する暴行・脅迫が死と同視できる内容であるとはいえない。

傷害の損害として二〇〇〇万円は過大である。

第六被告梅夫及び同春子の主張

一  被告梅夫の責任の不存在

(1)ア  平成九年二月二一日の恐喝行為

被告梅夫は、体格的に劣るためいじめの対象になりがちで、被告松夫からも、いじめの対象とされ、同被告を避けており、被告松夫らから詫び料名下に一〇万円を喝取されることなどもあった。その後、被告松夫は鋒先を一郎に向けたが、被告梅夫としては、それまでの執拗な脅迫と強要によって服従を強いられ、万一拒否したときに自己に危害が及ぶことからこれを避けるため、仕方がないと観念し、平成九年二月二一日の一郎に対する恐喝に至ったものである。そして、被告梅夫は全く暴行脅迫をせず、喝取金のうち被告松夫からいわば駄賃の二万円を得たにすぎなかった。

イ 同年四月一〇日の恐喝行為

被告松夫は、同年四月上旬ころ、一郎を見た際、同人が逃げたものと考えて、腹を立て、同月六日、一郎を自動車内に乗せ、暴行を加えて、詫び料名下に一〇万円の支払いを承諾させたが、その際も、被告梅夫は暴行脅迫をしなかった。被告梅夫は、使い走りで一郎から受け取った一万円を直ちに被告松夫に渡した。

ウ 同月一一日の恐喝行為

被告松夫は、一郎が前記一万円しか渡さなかったことに腹を立て、被告梅夫に対し、「明日A野を捕まえておけ」と命令したところ、同被告は、これに反対しようとしたものの口に出すことはできなかった。被告梅夫は、翌一一日午後四時半ころ、E川駅で一郎に出会った際、同人の気持ちを察し、「松夫に会えば、今まで以上に暴力を受けるかもしれない」などと伝え、会うか、逃げるかということを話しあったが、一郎は会うことを選んだので、二、三度にわたって「会うことでいいの? 会って大丈夫?」と熟慮を求め、一郎が被告松夫に会わずに逃げることを選択させようとした。一郎としては、被告松夫に会うのが嫌であれば、会うのをやめて、親や警察等に助けを求めることは十分可能であったが、あえて被告松夫に会うことを選択したものである。また、同日の被告松夫の暴行により、一郎が負った傷害は、杉本医師の診断結果たる全治七日間の傷害の程度にとどまる。

エ 本件自殺当日の経過

被告松夫は、同月一三日、被告梅夫に命じて、一郎を呼び出させ、被告松夫は、恐喝をしたが、その際も被告梅夫は何ら暴行脅迫行為をしなかった。

(2)  被告松夫の暴行による一郎の負傷の程度は、全治約七日間という軽傷であり、暴行の程度も、金員喝取を目的とするものであったので必然的に高度の傷害を与えないよう手加減をしていた。また、被告松夫が一郎に暴行を加えていたのは比較的短期間で、かつ単発的なものであったことからしても、これを原因として自殺することは、被告梅夫や原告らを含め、何人にとっても予見することが不可能であった。

また、一郎は、暴行、恐喝に対し、親に対する報告、警察への届出、被告梅夫を通じて拒絶の回答をするなどの方法があったのに、かかる措置を全く採らず、むしろ被害を積極的に隠蔽し、突如自殺の道を選んだこと、この種のいじめは、全国的にみて無数に存在するがそれを苦にしての自殺は希有であり、いじめの結果自殺に至るのは、特異な被害者にみられる希有なものであることからしても、一郎の自殺と被告松夫の暴行・恐喝、被告梅夫の加担行為との間には相当因果関係がない。

(3)  以上より、原告らは、被告梅夫に対し、一郎の自殺の結果に対する責任は負わず、被告松夫の暴行恐喝の実行行為への加担行為の範囲に限定し、一郎の受けた損害についてのみ損害賠償請求権を有するに留まる。

二  被告春子の責任の不存在

一郎の自殺が誰も予見することが不可能であったことは前記のとおりであり、被告春子は、粗暴犯の非行歴がなく、むしろ体格的に劣りいじめの対象になりがちであった被告梅夫が粗暴犯の加害者になり、まして被害者が自殺するなどとは全く予見し得なかった。

また、被告春子の夫は、約一二年前に植物人間状態になり、回復の見込みがないまま身体障害者療養施設に長期入所し、被告春子は、被告梅夫を女手一つで養育し、自分の置かれた生活環境の中で、被告梅夫に対して、精一杯の指導監督をしてきた。仮に、原告らの論旨を容認するならば、些細な非行歴でも、これを有する少年の親権者は、すべて過失責任を負うという不当な結果を招く。親権者は、具体的な環境や本人の性格その他一切の事情を勘案して最も適切であると信ずる方法で監督指導すべきで、置かれた立場や結果回避のための努力を無視した結果責任を負わせることになってはならない。

三  過失相殺

(1)  前記の事情からすれば、一郎には、自ら命を絶ったことにつき、過失があることは明白であり、仮定的に過失相殺の規定の類推適用による損害の減額を主張する。

(2)  また、原告らは、一郎に対する指導監督義務を怠っており、過失相殺の対象となる。一郎は、中学一年生のときから、よくいたずらされ、病気以外の精神的なことで学校を休んだり、病院に入院することがあったところ、原告らは、一郎が、平成九年二月初めころの夜一二時ころ帰宅した際、「監禁などされた」旨、同月中旬ころには、「C川君(被告梅夫)がE原君を裏切ったのでE原君と見張っていた」旨、同月二一日には「C川君に一五万円借りているので返してほしい」ことなどが説明されていた。ところが、原告らは、一郎に対し、真相の告白を求めたり、警察に相談するなど、被害を防ぐための指導監督を怠ったのであり、原告らと一郎との間に、日常打ち解けた会話や意思の疎通がなかったことが窺われる。原告らが一郎に対する指導監督を怠ったため、結果的に、一郎が、暴行脅迫等の被害を受けたり、ひいては突発的に自殺する行為に走る一因をなしていることからすると、仮定的にも過失相殺の主張をせざるを得ない。

四  損害

仮に、被告らに責任があるとしても、原告らの被告梅夫に対する損害賠償は、同松夫と連帯して、共同不法行為たる暴行、傷害の治療費、加療期間相当の通院費、慰謝料(暴行一回または通院一日当たり五〇〇〇円ないし一万円)、恐喝被害額一六万円の範囲にとどまる。

前記のとおり、一郎が「自殺を余儀なくされた」ことは、何人も予見し得なかったことが明らかであるから、これを理由とする一郎の逸失利益、一郎自身の慰謝料、葬儀費用、原告ら近親者固有の慰謝料の請求権は存在しない。

一郎自身の慰謝料を、一郎が傷害を受けたことに対する慰謝料と読み替えたとすれば、相続人である原告らには、その限度において請求権はあるものの、傷害の程度が全治一週間という軽度のものであることに照らせば、原告の要求は法外である。

近親者固有の慰謝料請求権は、加害者が被害者の生命を害したり、死に匹敵するような重傷や、それに伴う後遺障害を負わせた場合にのみ生じるものであるから、一郎の傷害が全治約一週間という軽度のものである本件の場合に、両親である原告らには固有の慰謝料請求権がない。

第七当裁判所が認定した事実

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

一  一郎に対する恐喝以外の事実

(1)  一郎は、比較的内向的なおとなしい性格で、中学一年生のとき、美術の時間に級友からボンドを付けられるなどのいたずらをされることがあり、このことなどから週に一、二回学校を休むなどし、中学二年生及び三年生のときも精神的なことでそれぞれ約一〇日間位休み、その間、中学三年生の四月ころには精神的な面を休めるために国立東静病院に約五日間入院した。

(2)  被告松夫は、中学生のころから、短気で、気に入らないことがあるとすぐに暴力を振るう傾向があるといわれていたが、一方では、その先輩らから暴行や恐喝を受けることもあった。中学校を卒業後は、土木作業員などとして稼働し、平成八年六月ころには、暴走族「剛志連合會『A川』」に加入し、以後、自動車やオートバイによる暴走行為を繰り返していた。

被告松夫は、同年七月ころ、B原秋夫らと共同して、中学校のときの同級生であるC田冬夫に対し、三度にわたり恐喝をして合計約一三万円を喝取した。これに対し、C田の叔父であるD野一夫は、被告松夫及びB原秋夫をその親らと共にD野宅に呼び出し、被告竹子に対しても、前記恐喝の事実を告げて被害金の返還などを求め、被告竹子は、D野に対し、被告松夫が使ったという七万円を支払った。

さらに、被告松夫は、同年一一月一二日、静岡家庭裁判所沼津支部において、自動車窃盗及び無免許運転により保護観察に付された。

(3)  被告松夫と同梅夫は、平成九年一月ころまでは特につきあいはなかったが、同月初旬ころから、被告梅夫の高校からの帰宅後、行動を共にするようになり、その際、被告梅夫としては、特に被告松夫に対して恐怖心を抱いていたというわけではなかった。被告松夫及び同梅夫は、同月中旬ころの深夜一二時ころ、中学時代の同級生であるE山二夫、E原三夫とともに、静岡県《番地省略》所在のA山株式会社に設置してある自動販売機をバール等でこじ開け、金員を窃取しようとしたが、犯行の途中でE原のみ警察に逮捕された。E原は、警察で取調べを受けた際に、他の共犯者の名前を出し、続いて被告梅夫が、取調べの際に、同松夫やE山の名前を出したところ、被告松夫及びE山はこれを知って、被告梅夫に対して、数回に渡って「何で俺達の名前を出した」などと詰問し、暴行を加えたり、被告梅夫及びE山がこの件とは無関係である旨の虚偽の事実を取調官に対して述べるよう強要し、もし真相を述べた場合には、被告梅夫がE山に対し三〇万円を支払うことなどを約束させ、その支払いの名目として「E山のバイクを盗んだ修理代」とする借用書を作成させた。その後、被告松夫は、この件で、被告竹子に付き添われて、任意に警察に出頭したが、取調べにおいては、同被疑事実を否認した。

そして、被告松夫及びE山は、被告梅夫に対し、この件で、名前を出したことについて詫び料を支払うことを強要し、被告梅夫は、やむなく同年二月九日ころ、被告春子に対し、窃取してきたバイクの修理代に必要であるなどと嘘を言って、被告春子から同被告の一月分の給与額にあたる一五万円を借りた上、このうち一〇万円を被告松夫に対し、五万円をE山に対し、詫び料名下に各交付した。被告松夫は、同月一五日ころ、同梅夫に対し、さらに五万円を交付することを強要し、同梅夫は、同春子に対して、「被告松夫の祖父の入院費」が必要であるなどと嘘を言って、五万円を借り、これを被告松夫に交付した。

(4)  被告松夫は、上記のほか、バイク窃盗、自動車窃盗、傷害で、六回くらい警察に補導され、被告竹子も、親権者として警察に呼ばれたことがあった。また、警察の補導を受けるまでには至らなかった暴行や恐喝事件により、被告竹子が中学校から呼び出され、被害者のところに謝罪に行くなどしたものも数件あった。さらに、被告松夫は、中学校三年生のとき、家出をしたことがあったほか、被告竹子は、同松夫から、暴走族のバイクの修理代が要るといわれて、同被告に金銭を渡したことが二、三度あった。

(5)  被告梅夫は、中学時代は万引きをして補導されたことがあった程度であったが、高校に入学後の平成九年一月ころには非行が進み、同月一八日、静岡県《番地省略》先路上において第一種原動機付自転車一台を窃取し、同年二月二日には静岡県《番地省略》先路上でこれを無免許運転し、また、前記(3)の自動販売機荒らしをしたほか、同年三月二〇日には、同《番地省略》において第一種原動機付自転車一台を窃取した。被告春子は、同年二月二日、被告梅夫の身柄引受けに行った際、警察官から、被告松夫が自動販売機荒らしの件で警察からマークされているから、被告梅夫を被告松夫と付き合わせないようにとの注意を受け、また、被告春子は、そのころには、息子である被告梅夫が母親である自分の意見、忠告に耳をかさず、毎日の様に夕方になると外出し、家にはただ寝に帰るか着替えに来るだけで、ときには外泊もするといった状態となっていたため、心配ではあったものの、夫が病床にあり、一家の生活を自分で支えなければならなかったこともあって、被告梅夫に対し、格別の教育、指導をせず、被告梅夫は、いわば放任状態に置かれていた。

(6)  被告松夫は、同年二月ころ、トヨタクレスタ車(沼津《省略》。同車の所有名義は転々とし、本件当時は前記暴走族「A川」の構成員であるB川四夫名義であった。)を手に入れ、自宅付近である静岡県《地名省略》所在特殊製紙の向い側のセブンイレブン西側駐車場にこれを駐車し、同車を運転して無免許運転を繰り返した。被告梅夫は、同松夫が無免許であることを知りつつ、これに何度も同乗することがあった。

二  平成九年二月二一日の恐喝行為

(1)  被告梅夫は、同年二月一五日以降の中旬ころ、同松夫から、C原五夫から被告梅夫が「たまごっち」を売ってもらい、これを被告松夫に渡すことを指示されていたが、結局これを手に入れることができず、被告松夫との約束の場所にも赴かなかった。そのため、被告松夫は、立腹し、被告梅夫を捕らえるため、一郎に対して、被告梅夫宅を午前三時まで見張ることを命じた。一郎は、夜遅くなったので見張りを途中で止めて帰宅したところ、被告松夫は、今度は一郎に対して激怒し、被告梅夫に対し、「A野のやろう。俺からバックれた。もう何か持ってこいとか言わないから俺からバックれないでくれよ」などと言った。

(2)  また、被告梅夫は、平成八年夏ころ、一郎が被告松夫のことについて、「母子家庭だと不良になるのかな」などと言っていたことに対し、自分の家庭も父親が入院中で長期不在のため実質的には母子家庭であることを知っていながらそのような発言がされたと感じ、これが脳裏に残っていたところ、平成九年二月一八日ないし一九日ころ、一郎のこのような発言が被告松夫に伝われば、今まで被告梅夫に向けられていた矛先が一郎に向けられるかもしれないと考えて、被告松夫に対し、同発言を知らせた。これに対し、被告松夫は、自分の母親をも貶められたと感じ、一郎に対して立腹した。

(3)  さらに、被告松夫は、同月二〇日ころ、D田六夫に連絡したところ、たまたま一郎が電話口近くにいたことから、電話を一郎に替わってもらい、一郎に対し、「E野から『たまごっち』を借りて来い」などと指示し、その後も、何度か、「とにかくE野を探して『たまごっち』を持って来い。連絡をよこせ」などと命じたが、一郎が連絡をしてこなかったため、被告松夫は立腹した。

このようなことがあって、被告松夫は、同日、被告梅夫に対し、「(一郎から)一〇万くらい取ってやるか、うまくいけば一万円をやる」などと一郎から金員を喝取することを持ち掛け、「A野を探してつかまえておいてくれ」などと言った。

(4)  これを受けた被告梅夫は、翌二一日午後五時ないし五時三〇分ころ、一郎に対し、「今からちょっと遊ぼうよ」などと言って、自宅に呼び寄せ、二人でテレビを見るなどしていた。同日午後六時二〇分ころ、一郎が「帰る」と言ったことから、被告梅夫は、「もう少し、もう少し」などと言って、一郎をその場に引き止めた。その後、被告松夫が、電話で、被告梅夫に対し、「今すぐ行くからA野には俺が行くことは言わずにA原整形のところまでうまく連れて来い」などと言い、被告梅夫は、同日午後六時三〇分ころ、一郎を連れて、静岡県《地名省略》所在のA原整形外科医院駐車場まで自転車で行った。被告松夫は、同月午後七時ないし午後七時二〇分ころ、被告梅夫及び一郎よりも後で同所に到着し、一郎に対し、「バックレてんじゃねえぞ。ここでグズグズにされるか、一五万円を持って来るかどっちがいい」などと申し向けながら、自己の下駄ばきの足で、一郎の大腿部付近や頭部などを四、五回足蹴にした。その上で、被告松夫は、一郎に対し、「(一郎が金を作る方法については、)俺が考えてやる。ウメ(被告梅夫)に借りたことにして親に言って出してもらえ」などと言って、同日午後八時ころ、同所を先に去り、その後、被告梅夫は、上記の被告松夫の言を忖度し、一郎に対し、前述の被告梅夫が被告春子からバイクの修理代として借りた一五万円が、実は被告梅夫が一郎に対し、一郎が二人組の知らない男に脅かされたために貸している金員で、これがまだ被告梅夫に返済されていないため、被告梅夫から返して欲しいと言われていることにして、一郎が原告らから金員を調達してくることを提案した。

(5)  一郎は、帰宅後、原告花子に対し、「二人組に脅され、親にこれを言うと火をつけるとか殴り殺すとか言われたので、梅夫に相談し、梅夫がその母に金を借りてくれた。一五万円を出してもらっていて、これを二二日中に返さなければならない」などと言った。他方、被告松夫は、電話で、被告梅夫に対し、「お前が行って話しをしなければしょうがねえじゃねえか。成功したらお前の方で一万円取ってもいいから、お前が直接親と話しをしろ。それが済んだらまた電話を入れろ」などと指示した。そこで、被告梅夫は、原告花子に対し、貸した金を返して欲しい旨の電話をかけはじめたが、一〇円しかなかったことから途中で通話が切れてしまったため、午後九時三〇分ころ、原告ら宅を訪れて、原告花子に対し、「お金を貸しているんで、返して欲しいんですけど」などと言った。

被告梅夫及び一郎の言を信用した原告太郎は、翌二二日午後三時一〇分ころ、一五万円を用意し、同日午後五時三〇分ころ、被告梅夫の指定した待ち合わせ場所である静岡県《地名省略》所在のB田パチンコの駐車場に赴いた。そして、原告太郎は、同日午後六時一五分ころ、向北側駐車場において、同原告のワゴン車内において、被告梅夫に対し、前記一五万円を交付し、被告梅夫はこれを受け取った。その後、被告梅夫は、同松夫宅に赴き、同日午後七時一五分ころ、被告松夫に対し、このうち一三万円を手交し、二万円が被告梅夫の取り分となった。被告松夫は、その一三万円をスロットマシンの遊興費、被告梅夫との食事代、カラオケ等の遊興費などに費消した。

なお、このころから被告梅夫は、あまり自宅におらず、夜になると、同松夫の自宅に頻繁に行って、遅くまでゲームをしたりして、泊まっていくこともしばしばあり、そのほか一緒にパチンコ店に遊興に行ったり、ドライブをするなど、被告松夫と親しい付き合いをしていた。

三  同年四月六日の恐喝行為

(1)  原告太郎は、一郎の身に不安を感じ、その後、同年三月初めころまでの間、一郎を高校までの送り迎えをした。また、被告梅夫は、同年四月上旬に至るまでの間、被告松夫に言われて一郎宅に電話をかけることもあったが、一郎には取り次いでもらえず、この間、同被告らと一郎が接触したことはなかった。

被告松夫及び同梅夫は、同月五日ころの午後六時ころ、原動機付自転車に乗って、D原中学校の前を走り過ぎた際、一郎とC野七夫が一緒にいるのを見たが、Uターンして戻ると、すでに一郎らがおらず、発見できなかったことから、被告松夫は、一郎が逃げたものと考え、腹を立てた。そして、被告松夫は、一郎を呼び出して暴行を加えて恐喝をしようと考え、被告梅夫に対し、「一郎から、さっきバックれたのを理由に今度は一〇万円を取るか」などと言った。これに対し、被告梅夫は、特に反対することもなく、喝取金のうち少しは分け前をもらえるのではないかという気持ちもありつつ、これに同意した。

(2)  そして、被告松夫と被告梅夫は、翌日である同月六日ころ、被告松夫の家でゲームをするなどして過ごした後、一郎と会うこととし、被告松夫は、直接自分や被告梅夫が電話をしても一郎に取り次いでもらえないことから、C野に対して、電話で「今日、誰が何と言おうと、A野やるから、A野を呼び出してくれ」などと言った。被告松夫を恐れていたC野は、これを受け、一郎に電話をして「一緒に遊ぼう。さかなやまで来て」などと嘘を言って一郎を呼び出した。

被告松夫及び同梅夫は、前記トヨタクレスタ車に乗り込み、被告松夫がこれを無免許運転して原告ら宅付近まで来たところ、ちょうど原告ら宅から出てきた一郎を発見し、被告松夫は、同人に対して「この間バックレただろ」などと言って、同日午後六時ころ、一郎を同車後部座席に乗せて発進し、静岡県《地名省略》所在のA村マンション前駐車場まで赴いた。そして、同所に停車中の車内において、被告松夫において、一郎に対し、一郎が持っていた傘の先端部分や取っ手の部分で、一郎の大腿部、頭部、背中、腹部、足等を一五回以上、突いたり、殴打したりしながら、「この間バックレたんだろう」などと因縁をつけた。その上で、被告松夫は、一郎に対し、「今度は詫び料として一〇万円、絶対持って来い。一〇万円くらいなら友達から借りてどうにかなるだろう」などと要求した。その間、被告梅夫は、同車の助手席にいて、手を出すということはなかったものの、被告松夫と共に「俺達から確かにバックれた」などと言ったりして、被告松夫の暴行、脅迫を制止するどころか加勢する態度を示し、結局、被告松夫及び同梅夫において、一郎を車内に約四〇分ないし五〇分間にわたり閉じこめた。

(3)  同月八日または九日ころ、原告宅には、一郎の友人であるD田六夫やC原五夫の名で、被告梅夫から何度か電話がかかってきたが、原告花子は、一郎が電話を避けている様子からこれを取り次がなかった。同月一〇日午後六時三〇分ころ、一郎の妹一江が電話を取った際、原告太郎が一郎に対し、「いつまでも逃げてないで出ろ」などと言って、電話機を渡したため、一郎は電話に出たところ、被告梅夫から、前記の一〇万円の支払いを要求された。一郎は、同日、ひそかに原告花子の財布から抜き出した一万円しか用意できなかったことから、同日、原告ら宅を訪れた被告梅夫にその一万円を差し出したところ、いったんは同被告から一万円では不足であるとその受領を拒絶されたものの、その後、気を取り直した被告梅夫から指示されたとおりに、その一万円札を、静岡県《番地省略》原告ら方前の空き地に、自宅ベランダから、洗濯バサミに鋏んで落として被告梅夫に拾わせ、同被告がこれを持ち帰った。

四  同月一一日の恐喝行為

(1)  被告梅夫は、同日午後八時過ぎころ、被告松夫宅において、一郎から得た上記一万円を被告松夫に手交したが、被告松夫は、一郎が一〇万円を用意できなかったことから、被告梅夫に対し、「A野の野郎また嘘をついたな。A野の野郎、何で連絡をよこさないんだ。俺たちをナメている。カツを入れれば、一〇万円くらいは集めるだろう。明日A野を捕まえておけ。捕まえたら連絡をくれ」などと言った。このとき、被告梅夫としては、被告松夫が今まで以上の暴行を一郎に加えて、一〇万円を要求するであろうと認識していた。

被告松夫と同梅夫は、同日、前記一万円で食事をしたりし、残りは被告松夫のガソリン代等として消費した。

(2)  被告梅夫は、翌一一日午後四時四〇分ころ、JR御殿場線E川駅付近の公衆電話から、一郎に電話をかけて呼び出そうと、電話が空くのを待っていたところ、たまたま一郎が同駅を降りて帰宅しようとしていたのを発見して、これを呼び止め、同人を自宅へ連れて行った。被告梅夫は、一郎を自宅へ連れて行く途中、歩きながら、同人に対し、被告松夫が怒っていて、殴られるかもしれないこと等を告げるなどし、とりあえずは被告梅夫宅に行った。そして、被告梅夫は、被告松夫と電話で打ち合わせ、合流場所を静岡県《番地省略》所在のセブンイレブンA本駅西通り店とし、一郎に、同被告のダッフルコートを着せ、一郎のブレザーは被告梅夫宅に置いて、一郎と共に同待ち合わせ場所に向かった。

(3)  被告梅夫は、一郎を同所まで連れて行ったところ、被告松夫は、同所に、同日午後七時ころ、前記クレスタ車で到着した。被告松夫は、同所において、一郎を見るや、同人の大腿部ないし腹部付近を足蹴にして、同人を同車に乗せ、静岡県《番地省略》所在のB沢金属株式会社の南方約一〇〇メートル先のC林川左岸堤防まで連行した。そして、被告松夫は、同日午後七時二〇分ころ、同所において、一郎を降ろし、運転席とコンソールボックスとの間に置いてあった全体を黒色ビニールテープで巻いた長さ約六〇センチメートルの木刀を取り出し、被告松夫を先頭にして、三人で、護岸壁を下って、川の方へ向い、周囲を葦や雑草等が生い茂っている河川敷の未舗装の道を歩いた。

そして、被告松夫は、堤防壁下から、約二五・六メートル川寄りの少し広くなった全く人気のない場所において、川を背にして、一郎と約一メートル位の間を取って向き合い、一郎の背後約一・二メートルの位置に被告梅夫が立った。そして、同日午後七時三〇分ころ、被告松夫が、一郎に対し「なんで一万しか持ってこねんだ。俺達をなめるなよ」などと言いながら、手にした木刀で一郎の大腿部付近を五、六回ほど殴打した上、腕、肩、脇腹、顔面を一五回くらい殴打し、一郎が頭部を腕等で庇い、前にかがむような格好になったところで、一郎の背中を木刀で上から振り下ろして殴打したり、木刀を下からはね上げるなどして、頭部、顔面等を数回殴打した。さらに、被告松夫は、木刀を被告梅夫に渡して、今度は、自己の右手手拳で一郎の顔面を殴打したり、腹部、大腿部付近を五、六回、膝蹴りにするなどの暴行を加えた。この間、被告梅夫は、直接暴行行為をすることはなかったものの、「何で連絡しなかった。バックれているよなあ」などと言ったりし、被告松夫の暴行を制止することもなく、被告松夫に殴打され、被告梅夫の方へよろけた一郎が倒れないよう、背後から一郎を押さえるなどしていた。

一郎は、かかる暴行により、顔面全体に全治一週間を要する打撲傷、皮下出血、擦過傷、挫傷等の傷害を負ったほか、口腔内の上顎左右の中切歯(前歯)二本の折損、上唇及び下唇の皮下出血及び挫創、背部二箇所の皮下出血などの傷害を負った。

被告松夫は、約一五分間くらい暴行をした後、一郎に対し、「一〇万円を土、日で用意しろ。バックレるなよ」などと金員を要求して立ち去り、被告梅夫は、前記恐喝、傷害が発覚しないようにするため、一郎に対し、当該負傷が「イトーヨーカ堂で知らない三人組の男に因縁をつけられたので一郎から先に手を出したらやられてしまった」こととするよう指示し、さらに一郎の負傷の状況を隠蔽するため、近くの神社において、一郎に烏龍茶で口を洗わせたり、顔面の血を拭いたりするなどした上で、被告梅夫宅で制服に着替えさせて一郎を帰宅させた。

(4)  被告は、帰宅した一郎の負傷に気付いた原告花子から事情を聞かれたが、真実を告げずに、「イトーヨーカ堂のところで、三人組に因縁をつけられ、ケンカになり、殴られ怪我をさせられた」などと、前記指示されたとおりに嘘を言った。そして、原告太郎は、翌一二日午後一時三〇分ころ、一郎を近所の静岡県《地名省略》所在の杉本クリニックに連れて行き、一郎は杉本綱之医師の治療を受けた。

五  同月一三日の恐喝行為

(1)  一郎は、同日午後九時ころ、高校の友人であるD山八夫に対して電話をかけ、「悪いけどマジで金貸してくんねェかなァ。とにかくヤバイから」と頼み、金がないと答えた同人に対し、さらに「頼むから、金貸してくれよ」と頼んだが、D山は貸すことのできる金銭がなく、アルバイトをしていて金を持っていると思われた友人三人分の連絡先を教えた。

(2)  被告松夫及び同梅夫は、同日夜、ドライブをするなどして行動を共にし、静岡県《地名省略》所在の特殊製紙前のセブンイレブン駐車場において、前記クレスタ車中で寝て、翌一三日午前九時三〇分ころに目覚めた。そして、同被告らは、同車内で食事をした後、期限であるのに一郎からの連絡がなかったことから、一郎を呼び出すこととし、原告ら宅付近の静岡県《地名省略》所在の有限会社D原ショッピングセンターD谷駐車場まで前記クレスタ車を運転した上、同車内において、同日午前一〇時ころ、被告梅夫において原告ら宅へ電話をかけ、自分の名前では電話口に出してもらえないことから、C原五夫の名前を使って、一郎を電話口に出そうとした。電話を取った一郎の妹A野一江(一二歳)はいったん「お兄ちゃんは怪我をしていて電話に出れません」と断ったが、執拗に電話口に出すことを要求したので、一郎に電話を取り次いだ。そして、被告梅夫は、一郎に対し、「今D谷の裏の駐車場にB山といるんだけど来てくれない。ちょっとで済むから」などと言って、一郎を前記駐車場に呼び出し、一郎は約五分後に到着し、同車内の後部座席に乗った。

(3)  当時、一郎の顔は、前記一一日の暴行で口付近や頬骨付近が腫れていたりなどしている状況であったが、被告松夫は、車内において、おびえている様子の一郎に対し、さらに「金は出来たか。本当にできるのか」などと執拗に金銭の支払い方を要求した上、一郎の頭部や顔面を右手手拳で三、四回殴打し、これによって、一郎は顔面に更なる挫傷等の傷害を負った。その間、被告梅夫は、助手席にいて、自ら手を出すことはなかったが、これを制止することもなかった。そして、被告松夫は、「金ができたらなるべく早く持って来い。できたらすぐに連絡しろ。バックれるなよ」などと言って、ようやく一郎を解放した。

六  自殺

(1)  一郎は、同月一三日午前一〇時三〇分ころ、帰宅したが、一郎にとって一〇万円は大金であったところ、一郎は前記一五万円について原告らに嘘を言ったことや前記一万円を原告花子の財布から密かに持ち出したことなどについて、原告らに対する申し訳ないという自責の念にかられるとともに、前記暴行、脅迫等の事実を原告らに相談できず、かといって金策の目途も立たず、度重なる暴行による極度の恐怖心に耐えられなくなって、自殺を決意し、「お父さん、お母さん、ごめんなさい。ついさいきんお父さんの頭にしらががあるのにきづきました。ちょうど一五万のことがあってからです。自分にはそのしらががとってもこころぐるしいというより自分にはそれをみてとてもつらくなるばかりです。そのおやからもうお金なんてとれません、かといって自分でもかせげません。もうなぐられるのがいやなんじゃありません。もう自分いがいの人にめいわくをかけるのがいやなんです 自分はだれからもお金なんてかりてません。…ぼくは死にます…人生最後のわがままお許し下さい」との「遺書」を自室において記した上、同日午前一一時五〇分ころ、自室の天井の蛍光灯を吊すフックにビニール紐をかけて、首を吊って自殺を図り、搬送された病院において、首吊りによる低酸素脳症により、同日午後九時二九分ころ死亡した。

(2)  なお、一郎の自殺後である同月二二日ころ、被告松夫は、中学校時代の同級生で、同被告を避けるようになっていたE海九夫に対し、「俺に付き合え。逃げても無駄だ」などと言った上、「A野をやったのは俺だ。木刀でずたずたにしてやった。前歯や鼻の骨を折ってやった」などと言って同人を脅したが、同人は、被告松夫の隙をついて近くの工場に逃げ込んで、難を逃れた。

第八争点一(被告松夫の責任)に対する当裁判所の判断

一  被告松夫が平成九年二月二一日、同年四月六日、同月一一日、同月一三日、一郎に対して行った前記認定のとおりの一連の恐喝、傷害行為が一郎に対する不法行為を構成することは明白で、被告松夫は、民法七〇九条により、これによって生じた損害を賠償する責任がある。そして、一郎は、平成九年二月二一日、被告松夫らに恐喝され、原告らに嘘をついてまで一五万円を作って翌二二日被告松夫らにこれを交付したのに、さらに同年四月六日、被告松夫らから傘を使用した暴行を受けた上、一〇万円を要求されたが、これを用意できず、密かに母親の財布から抜き取った一万円を交付したが、被告松夫らは、同月一一日、要求された一〇万円に足りなかったことを理由に約一五分間に渡って木刀や手拳による強度の暴行行為によって前歯を折られるなどの傷害を負わされ、被告松夫らから上記の一〇万円を要求されたがどうすることもできないままでいたところ、その翌日にも自宅で安静加療中にもかかわらず呼び出されて追い打ちをかけるようにして、被告松夫らから暴行を受けて執拗に金員を要求され、両親にこれ以上嘘をつくこともできず、金策のあてもなく、再び強度の暴行が加えられることから逃げ場のない状況下で、一層深刻な状態に陥り、これに対応できる余裕のないまま、閉塞した心理状況から逃避するため自殺を決意するにまで追い込まれた挙げ句、首つり自殺を敢行したことが認められるのであるから、被告松夫らの恐喝等の不法行為と一郎の自殺の結果との間には相当因果関係が認められる。

二  なお、被告松夫は、一郎が自殺することまでは予見できなかった旨主張し、被告らの行為が短期間で、かつ、集団の陰湿ないじめのようなものでもなかったことなどを指摘する。しかし、一郎は、被告松夫らから、執拗に暴行、脅迫を受けて恐喝をされ、傷害を負わされ、前記のとおり、閉塞した心理状況に追い込まれたのであり、その肉体的、心理的苦痛ははかりしれないものであるから、このような一郎の悲惨な状況に思いを致すならば、一般的に心身とも未成熟で情緒的にも不安定とされる思春期にある少年が極度の恐怖心から逃れるために自殺を選択することも、十分に予見可能な範囲内であるというべきである。現に被告松夫及び同梅夫は、一郎が同被告らを避けていることを十分認識していた上、一郎の自殺の報に接して、その自殺が同被告らの恐喝等によるものと受けとめていたことが認められ、他方、他に一郎の自殺の原因となっている問題があったことを認めるに足りる証拠も何ら存しないことからすれば、被告松夫らが内向的でおとなしい一郎の性格につけ込んで恐喝行為を繰り返した末、一郎の自殺という結果が生じたものというべきであり、被告松夫は、一郎の自殺の結果生じた損害について不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

第九争点二(被告梅夫の責任)に対する当裁判所の判断

一  被告梅夫は、前記認定のとおり、平成九年二月二一日、同年四月六日、同月一一日、同月一三日における一連の恐喝、傷害行為の各場面において、直接に暴行行為を行っていたわけではないが、被告松夫が気に入らないとすぐに暴力を振るう粗暴な性格で、被告松夫が一郎に対し、暴行、脅迫によって恐喝行為をすることを十分承知しておりながら、一郎を言葉巧みに呼び出した上、被告松夫と行動を共にして、被告松夫が無抵抗の一郎に暴行を加えるのを現場で見ながら、何ら制止することなく、被告松夫の暴行を容認する態度を示してこれに同調し、また、一郎が原告らから金員を調達してくる方策を具体的に指示して、自ら原告ら宅まで赴いて虚構の話しをして、原告らを騙して一五万円の交付を受けるなどして恐喝行為について積極的に重要な役割を果たすなどしたり(二月二一日の恐喝行為)、一郎に対し、被告松夫とともに「俺達から確かにバックれた」、「バックれているよなあ」などと申し向けて威勢を示して恐怖を与えているのみならず(四月六日及び同月一一日の恐喝行為)、喝取金の一部である二万円を取得したり、喝取金を被告松夫と共に飲食、遊興等に消費していた(二月二二日及び四月一〇日に取得したもの)ものである。これらのことからすれば、被告梅夫が単なる傍観者であったとは到底いえず、被告松夫の恐喝行為に積極的に加担、加勢していたことは明らかであり、共同不法行為の成立を免れない。

なお、被告梅夫は、被告松夫の命令に従わざるを得なかった旨の主張をするところ、確かに、被告梅夫は、平成九年二月一五日ころまでは、被告松夫から「詫び料」の支払いや「たまごっち」を他者から譲り受けてくることを強要されるなどしたことがあったものの、その後、被告松夫が鉾先を一郎にしてからは、一緒にパチンコ屋で遊興をしたり、被告松夫の自宅に頻繁に行って夜遅くまでゲームなどをしたり、泊まることもしばしばあるなど親しい交際を継続していたことからすると、被告松夫から一方的に命ぜられるままに本件の一連の恐喝、傷害行為にやむなく加担したということはできない。

したがって、一郎に対する前記一連の恐喝、傷害行為は被告松夫及び同梅夫の共同不法行為を構成し、被告梅夫にはこれによって生じた損害について被告松夫と連帯して賠償する責任(民法七〇九条、七一九条一項)がある。

二  一郎は、被告松夫及び同梅夫のかかる行為によって自殺せざるを得ない心理状態に追い込まれた挙げ句、自宅で首つり自殺を敢行したというのであるから、一郎の自殺の結果との間に相当因果関係が認められることは、前記被告松夫について認定したとおりである。また、被告梅夫は、被告松夫の加えた暴行、傷害の内容を十分承知していた上、中学校のころから、一郎と親しく、同人がいじめや精神的なことから学校をしばしば休むなどしていたことを知っていたし、同人の性格を熟知していたのであるから、一郎の自殺に対する予見可能性がなかったということはできない。

第一〇争点三(被告竹子の責任)に対する当裁判所の判断

一  前記第八及び第九認定のとおり、被告松夫及び同梅夫の一郎に対する前記恐喝、傷害は一郎に対する不法行為を構成するものである。

そして、被告松夫は、平成六年四月二六日に一四歳となっており、一郎に対する前記恐喝等の行為時において、その責任を弁識するに足りる能力を有したとはいえ、被告竹子は、被告松夫の親権者として同被告が不法行為をすることのないよう監護教育すべき義務を負っていた。

二  被告竹子は、前記第七、一認定のとおり、被告松夫が短気で、気に入らないことがあるとすぐに暴力を振るう傾向があり、平成八年六月ころからは、暴走族「A川」に加入し、恐喝行為などをしていることを知っており、具体的にも、同年七月には、被告松夫がC田冬夫に対して合計一三万円の恐喝をしていたことを知り、七万円を被害弁償するなどのこともあったのである。その後も、被告松夫は、非行を繰り返し、同年一一月一二日には、静岡家庭裁判所沼津支部において、自動車窃盗及び無免許運転で、逮捕され身柄送致された保護事件により保護観察に付されるなど、被告竹子は、警察や家庭裁判所等から、再三にわたり、被告松夫の家庭における指導、監督につき注意を与えられていたものと認められる。にもかかわらず、被告松夫は、暴走族グループから抜けることもなく、平成九年一月には、自動販売機荒らしで警察に呼ばれたりするなど、被告松夫の非行性は一向に改まる気配のないことを被告竹子としては、充分了知していたというべきである。

そして、これらの諸事情からすれば、被告竹子としては、平成九年二月ないし四月ころの時点において、被告松夫をそのまま放置したのでは、他人に対し社会通念上許容できない危害を加え得ることを予見しまたは予見し得たものとみるのが相当である。

したがって、被告竹子としては、被告松夫の再三の非行やその粗暴な性格を踏まえ、被告松夫の行状について常日頃から実態を把握して注意をし、被告松夫の非行性を改善させるべく積極的に取り組む努力をし、被告松夫が他人に暴行、恐喝等の粗暴な行動に出ることのないよう充分に指導、監督すべき注意義務があったものというべきである。被告竹子は、母子家庭で、働きに出ていて、被告松夫と接する時間が短かったものとは認められるものの、親権者の指導監督義務は、子の生活関係全般に及ぶものであり、被告松夫と起居を共にし、共同生活を営んでいる被告竹子としては、親権者として被告松夫との間で心情的交流を深めることにより、被告松夫の非行を抑制することが求められていたというべきである。

三  そして、被告竹子が同松夫の行状を継続的に観察してその心情を的確に把握しておれば、被告松夫の言動、態度等から、再び恐喝行為等を行っているのではないかと心配して解明し、今後さらに他人に対する恐喝行為や傷害事犯等が発生するのではないかとの懸念を持って、適切な方策を講じ、これを有効に阻止することは不可能ではなかったというべきである。にもかかわらず、被告竹子は、かかる注意義務を怠り、被告松夫と心を開いた対話をすることもなく、ほとんど放任して実効的な方策を講じなかったため、被告松夫の一郎に対する深刻な恐喝行為が行われていることを認識できず、これに対する適切な措置をとることができないまま推移したものであると認められる。

したがって、被告竹子には、被告松夫の加害行為を予見することが可能で、これを回避できたにもかかわらず、加害行為を阻止しなかったことについて過失があるから、親権者としての監督義務を怠った責任を負わなければならない。

四  被告松夫らによる本件恐喝と一郎の自殺との間に相当因果関係があることは前記第八、二認定のとおりであるところ、被告竹子に一郎の「自殺」についても損害賠償責任が肯定されるためには、被告竹子において、一郎が本件恐喝行為等により自殺するに至り得ることについて、予見しまたは予見可能な状況があることを要する。

しかるに、被告竹子が一郎に対する被告松夫による前記認定の一連の執拗な恐喝行為を具体的に認識していたことを認めるべき証拠はないことからすれば、被告竹子において、本件当時、被告松夫の不法行為により一郎が自殺するに至ることを予見できたとまでを認めることはできない。

五  以上によれば、被告竹子は、本件恐喝により一郎の被った被害のうち、本件自殺当日ころまでの被告松夫の恐喝行為を防止し得なかったために一郎が受けた肉体的、精神的苦痛に対しては、民法七〇九条、七一九条一項により、被告松夫及び同梅夫と連帯して賠償すべき責任を負うけれども、一郎が自殺したことによる損害賠償責任は負担しないというべきである。

第一一争点四(被告春子の責任)に対する当裁判所の判断

一  前記第八及び第九認定のとおり、被告松夫及び同梅夫の一郎に対する前記恐喝、傷害は一郎に対する不法行為を構成するものである。

そして、被告梅夫は、平成六年二月一一日に一四歳となっており、一郎に対する前記恐喝等の行為時において、その責任を弁識するに足りる能力を有したとはいえ、被告春子は、被告梅夫の親権者として同被告が不法行為をすることのないよう監護教育すべき義務を負っていた。

二  前記第七、一認定のとおり、被告春子は、被告梅夫が同松夫とつき合うなどし、平成九年二月には無免許運転、バイク窃盗で警察に補導されるなどの非行があったことを了知し、また、被告梅夫の生活態度が乱れていたことを十分認識していた。したがって、被告春子が親権者として、被告梅夫の行状について関心を持ち、その把握のために適切な努力をしていれば、被告梅夫が他人を恐喝したり傷害を与えることを認識し得たはずであったのに、上述のとおり、被告梅夫を放任状態にして、適切な指導監督を怠ったために、本件の一郎に対する深刻な恐喝行為が行われていることを認識できず、これに対する適切な措置をとることができないまま推移したものであると認められる。

したがって、被告春子には、被告梅夫の加害行為を予見することが可能で、これを回避できたにもかかわらず、加害行為を阻止しなかったことについて過失があるから、親権者としての監督義務を怠った責任を負わなければならない。

三  ただ、被告春子が一郎に対する被告梅夫らによる本件の一連の恐喝行為を具体的に認識していたことを認めるべき証拠はないから、被告春子において、本件当時、被告梅夫の不法行為により一郎が自殺するに至ることを予見することができたとまで認めることはできない。

四  以上によれば、被告春子は、本件恐喝により一郎の被った被害のうち、本件当日ころまでの被告梅夫の恐喝行為を防止し得なかったため、一郎が受けた肉体的、精神的苦痛に対しては、民法七〇九条、七一九条一項により、被告松夫及び同梅夫と連帯して賠償すべき責任を負うけれども、一郎が自殺したことによる損害賠償責任は負担しないというべきである。

第一二争点五(損害額)に対する判断

一  被告松夫及び同梅夫に対する請求

(1)  一郎の損害

ア 死亡による逸失利益 四四四一万七一九六円

一郎は、本件当時一六歳の男子であったところ、同人の本件事故時における逸失利益を、平成九年賃金センサスによる高卒男子、全年齢平均の年収額である五三九万〇六〇〇円を基礎収入とし、その間の一郎の生活費控除割合を五割とし、これらを基礎に中間利息をライプニッツ式で控除する方法(一六歳から六七歳までの五一年の労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数である一八・三三八九から就学期間である一六歳から一八歳までの二年に対応するライプニッツ係数である一・八五九四を差し引いた一六・四七九五を乗じて算定する。)により一郎の死亡による逸失利益の現価を求めると次の額となる。

539万0600円×0.5×16.4795=4441万7196円

イ 慰謝料 二〇〇〇万円

本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、本件自殺により、一郎の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円とするのが妥当である。

ウ 喝取金 一六万円

一郎は、喝取金合計一六万円の損害を被った。

エ 原告太郎は一郎の父であり、原告花子は一郎の母であるから、原告らは一郎の前記アないしウの合計額である六四五七万七一九六円の損害賠償請求権を各二分の一の割合で承継し、各三二二八万八五九八円の損害賠償請求権を取得した。

(2)  原告らの固有損害

ア 慰謝料 各二〇〇万円

一郎の死亡による原告らの被った精神的苦痛の慰謝料としては、原告それぞれにつき二〇〇万円と認めるのが相当である。

イ 葬儀費用 一二〇万円

原告らは一郎の葬儀費用を支出したところ、一郎の年齢その他の事情を考慮すると、原告らが出捐した費用のうち、原告らが本件不法行為による損害として、被告らに対し賠償を求めうる葬儀費用は一二〇万円と認めるのが相当である。

ウ したがって、原告ら固有の損害額は各二六〇万円となる。

(3)  過失相殺

被告らは損害賠償額の算定に当たって、自殺を回避する手段をとりえなかった一郎及び原告らの過失を斟酌すべきである旨主張する。

しかし、前記認定の本件恐喝行為等の内容及び経過等からすれば、一郎及び原告らに関する事情を慰謝料額の算定に当たって考慮すべき事情とはいえるとしても、本件における被告松夫及び同梅夫の不法行為は極めて悪質かつ巧妙なものといわざるを得ず、これと対比すると、一郎には同損害額の算定について公平の観点から過失相殺による減額をすることを相当とするほどの過失があるとは認められないから、同主張を採用することはできない。

二  被告竹子及び同春子に対する請求

(1)  一郎の損害

ア 一郎が本件恐喝、傷害等を受けたこと自体により被った肉体的、精神的苦痛は深刻かつ甚大なものであったというべきであり、前記のような本件恐喝、傷害等の行為の態様、経過、これに対する一郎の対応、被告竹子及び同春子の義務違反の程度、原告らの一郎に対する監護、その他前記認定のとおりの一切の事情を考慮すると、一郎の同精神的苦痛に対する慰謝料の額としては、一〇〇〇万円が相当というべきである。

イ 原告太郎は一郎の父であり、原告花子は一郎の母であるから、原告らは一郎の上記損害賠償請求権を各二分の一の割合で承継し、各五〇〇万円の損害賠償請求権を取得した。

(2)  原告らの固有の損害

被告竹子及び同春子に対する請求について認められる損害は、一郎が自殺したことによる損害を除いた本件恐喝、傷害行為によるものであるところ、本件恐喝の程度、内容等からすると、原告らは、被告竹子及び同春子に対し、一郎が本件恐喝を受けたこと自体に基づく原告らの固有の慰謝料までは求め得ないものというべきである。

三  弁護士費用

本件事案の性質、本件訴訟の経緯、前記認容額等に照らし、原告らが弁護士らに対して支払いの約束をした報酬のうち、本件と相当因果関係のある損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用は、被告松夫及び同梅夫に対して、原告ら各自につき三五〇万円、被告竹子及び同春子に対しては、原告ら各自につき五〇万円をもって相当と認める。

第一三結論

以上によれば、被告松夫及び同梅夫は、連帯して、本件に基づく損害賠償として、原告らに対し各三八三八万八五九八円及びこれに対する遅延損害金の支払い義務があり、被告竹子及び同春子は、連帯して、原告らに対し各五五〇万円及びこれに対する遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。そして、被告らの原告らに対する同損害賠償義務は相互に不真正連帯債務の関係にある。

よって、原告らの本訴請求は、上記の限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 高橋祥子 裁判官 三木勇次 佐藤克則)

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