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静岡地方裁判所沼津支部 平成12年(ワ)62号 判決 2001年12月26日

主文

1  原告が被告山宗株式会社に対して労働契約関係に基づく地位を有することを確認する。

2  原告の訴えのうち,この判決の確定の日の翌日以降に支払期日の到来する賃金等請求にかかる部分を却下する。

3  被告株式会社山宗は,原告に対し,金1583万4027円及びうち別紙1賃金債権目録(省略)の計欄記載の各金員に対する各支払年月日欄記載の翌日からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  被告株式会社山宗は,原告に対し,平成13年9月からこの判決が確定するまで,毎月25日限り金42万6290円並びに毎年7月10日限り及び同12月10日限り金69万1580円を支払え。

5  原告のその余の請求を棄却する。

6  訴訟費用は全部被告らの負担とする。

7  この判決は,第3,4項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1本件請求

1  原告は,被告山宗株式会社(被告甲会社という。)との労働契約に基づき,被告株式会社山宗(被告乙会社という。)沼津営業所に勤務する地位にあることを確認する。

2  被告乙会社は,原告に対し,金1605万6775円及び別紙2賃金債権目録(省略)の計欄,別紙3一時金債権目録(省略)中の支給額欄記載の各金員に対する各支払年月日欄記載の日の翌日からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告乙会社は,原告に対し,平成13年8月25日から毎月25日限り金44万7190円,同年12月10日から毎年7月10日及び12月10日限り金70万3380円を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第2項,第3項につき,仮執行宣言

第2事案の概要等

1  事案の概要

原告は,被告甲会社に雇用され,被告乙会社に出向していたが,被告甲会社による転勤命令を拒否したことを理由として,同被告から懲戒解雇された。そこで,原告は,上記転勤命令は無効であるから懲戒解雇は無効であるとして,被告甲会社に対し,同被告との労働契約に基づき,被告乙会社沼津営業所に勤務する地位にあることの確認を求めるとともに,同被告に対し,解雇期間中の賃金,賞与の支払を求めている。

2  争いのない事実及び確実な証拠により容易に認定できる事実

(1)  被告甲会社は,名古屋に本店を,愛知,静岡県下等に営業所を置き,従業員約300名を擁して,各種プラスチック素材の製造販売等を行っている株式会社である。

被告乙会社は,静岡に本店を,静岡県沼津市等に営業所を置き,各種プラスチック素材の販売等を行っている,従業員約50名の株式会社である。 (証拠略)

原告は,昭和50年11月,被告甲会社に入社して農業用プラスチック資材の販売に従事し,昭和53年10月,同被告岐阜営業所に転勤となり,プラスチック板材料及び製品の販売に従事し,昭和55年2月,同被告豊橋営業所で同様の職務に従事し,昭和63年,営業主任に昇格した。平成4年8月には,同被告から被告乙会社沼津営業所へ出向し,従来とほぼ同様の営業を担当していた。

(2)  被告甲会社は,平成10年12月29日,原告に対し,同人を同被告の小牧配送センターへ異動させると口頭で通告し,平成11年1月5日,朝礼での年始挨拶の際,同被告の常務取締役Aは,他の従業員の前で原告が小牧配送センターに異動になると述べた。

原告は,同月18日,Aに対し,同転勤命令には異議がある旨述べたが,被告甲会社は,原告に対し,同年2月21日付けで小牧配送センターへ転勤を命ずる旨の辞令を交付した(本件転勤命令という。)。 (証拠略)

(3)  被告甲会社は,同年2月24日,原告に対し,業務命令に違反しているので,速やかに着任するよう通知したが,原告はこれを拒否した。そこで,同被告は,同年3月18日,原告に対し,懲戒通知書により,原告が小牧配送センターへの転勤命令を拒否し就業規則に違反したことを理由として諭旨解雇とし,同月24日までに退職願を提出しないときは,懲戒解雇とする旨通知したが,原告は,退職願の提出をしなかったので,被告甲会社は,同月25日付けで原告を懲戒解雇とした(本件懲戒解雇という。)。 (証拠略)

(4)  被告甲会社において,本件懲戒解雇当時施行されていた就業規則には,次のとおりの規定がある。 (証拠略)

5条2 従業員の資格区分

総合職(1) 22才以上

(2) 企画力,判断力,対外折衝力などを要する業務を担当ないし担当する可能性がある。

(3) 勤務地の限定なし

専門職(1) 18才以上

(2) 倉庫の商品管理並びに配送業務を専門とする。

(3) 専門分野における業務を遂行する上で必要な地域で勤務

資格区分の変更

従業員の資格区分は取締役会の承認により変更することができる。

15条1 総合職については会社は業務上の都合により従業員に転勤,派遣,駐在,応援,職場変更,出向等の異動を命ずることがある。

2 前項の異動を命ぜられた従業員は指定された日までに赴任等しなければならない。

78条 懲戒の種類および程度は次のとおりとする。

⑤ 諭旨解雇 退職願を提出させて退職させる。この処分を受けて1週間以内に退職届を提出しないときは懲戒解雇とする。

⑥ 懲戒解雇 予告期間を設けることなく即時解雇する。

79条 従業員が次の各号の一つに該当するときは,前条に定める各号により懲戒処分を行う。

⑤ 業務上の指示,命令に違反し,又は怠ったとき

(5) 被告乙会社における賃金は,毎月20日締切りの同月25日払いである。

原告は,被告乙会社在籍中は,同被告から賃金の支給を受けており,原告の平成11年2月分賃金は,本棒22万2700円,加給金5万4240円,家族手当2万2500円,皆勤手当5000円,職能給5万7800円,業務手当1万円の合計37万2240円であった。 (証拠略)

3  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  本件懲戒解雇の有効性

(被告らの主張)

ア 原告は,主任として,他の営業担当者より高度の営業成績を期待されていたが,自己より経験の浅い他の営業担当者と比べても劣るほど成績が悪く,また,営業上の失敗もあった。被告乙会社では,平成10年3月の決算時に原告の人事査定を行い,原告が主任として不適格であると判断したが,再度の機会を与えることとし,同年4月以降,原告に対し,従前の担当を免除し,もっぱら新規開発を担当させることとした。それにもかかわらず,その後半年間にほとんど成果が見られなかったため,同年9月,主任から降格させた。

被告乙会社沼津営業所のプレート課は,被告らが全国に設置しているプレート課の中で唯一赤字を計上してきた部署であるところ,Aは,原告をそのまま残しておいては同営業所全体の営業成績の向上が望めないとして,同部署の立直しを図るため,原告を他の営業所に配置転換すべく,いくつかの営業所責任者に受入れを打診したが,結局受入先がなかった。

そのころ,丁度被告甲会社直轄の小牧配送センターの切断工場を新設することとなったので,業務上の必要から,原告を同工場の管理者として配置換えすることとしたのである。

イ 本件転勤命令は,当然に資格変更による賃金変更を伴うものではなく,仮に専門職に資格変更をすることになったとしても,変更後の賃金は専門職の賃金規程により支給するものであり,原告に格別重大な不利益を与えるものではない。また,本件転勤命令により原告が事実上単身赴任せざるをえなかったとしても,それは原告の年代の会社員であれば当然覚悟しているはずの通常甘受すべき程度の不利益である。

ウ しかしながら,原告は,本件転勤命令にもかかわらず,指定の期日に新たな勤務地である小牧配送センターに出勤せず,業務命令違反で懲戒の対象になる旨告知され,同命令に従うよう勧告されたが,これに従わないので,被告甲会社は,原告に対し諭旨解雇処分をした。さらに,原告は1週間以内に退職届を提出しなかったので,同被告は,就業規則78条,79条に基づき,原告をやむなく懲戒解雇処分としたのである。

エ 原告は,静岡地方裁判所沼津支部平成11年(ヨ)第65号事件の仮処分決定において,被告甲会社の従業員たる地位が認められたに止まり,沼津営業所に勤務する地位については却下されたにもかかわらず,平成12年2月16日,労働組合を結成したとして,同営業所への復帰を求める要求事項を提示し,協定書の締結を求める等当事者間の信頼関係を自ら損なう行動を取ったから,原告には,被告甲会社で就労する意思がないというべきである。

オ Aの言動に関する原告の主張は争う。Aは,被告らの常務取締役として沼津営業所の管理を担当し,平成11年1月からは同営業所に常駐して立直しを図ることになったが,その際,Aの原告に対する対応は,あくまで上司と部下としての事柄であり,営業上の問題に関する注意はあっても,それ以上に個人的に恨んだり,いじめたりすることはなかった。

カ 以上,本件転勤命令は,企業の合理的運営のためなされたものであり,これを拒否した原告に対する本件懲戒解雇は,やむを得ず有効な処分である。

(原告の主張)

ア 平成8年10月から平成9年3月までの期では,原告は,原告より年上で沼津営業所における経験年数が長いBよりも売上実績は上であり,同年度の新入社員のCに対し,原告の担当の一部を割り振ったという事情がある。同年4月から平成10年3月までの期については,売上実績,新規開発実績がプレート課内で最低であったということはない。同年4月から平成11年3月までの期については,新規開発業務のみでの実績である上,原告は,その中で横浜ゴム,東芝EMI,旭化成等といった将来的に大きな売上げを期待することができる大手企業との新規取引を獲得した。

原告の営業実績がDやCと比べて多少劣るのは,得意先を通じての情報,営業会議での情報が原告には一切伝えられなかったこと,営業所責任者のAが,原告の担当する得意先にはほとんど挨拶に行かず,逆に売上トップの株式会社プラエンジに,担当者の原告ではなく,わざわざ担当外のDらを連れて新年の挨拶に行く等の非協力的態度で原告の売上増進に歯止めをかけたことによる。

鷹岡プラスチック加工との取引の一時停止に関しては,当時の沼津営業所長Eに報告し,同人と相談の上実行したことであり,Aからも責任を追及されていない。原告担当の有限会社カナガワに対する144万円余りの回収不能債権の発生は,ある意味において避けられないものであるし,Aの発言が同社の信用を一層失わせる一因ともなっていた。

イ 本件転勤命令発令までの被告らの原告に対する対応からすると,被告らが真に原告を小牧配送センターに増設された切断工場の運営責任者にしようとしていなかったことは明らかであり,被告らの主張する業務上の必要性は,本件懲戒解雇後に同解雇を合理化するために案出されたものにすぎない。

ウ 被告らは,本件転勤命令前から原告を総合職から専門職へ降格させることを予定していたところ,その資格変更は,45号給で年額62万9000円の賃金減額を伴い,号給が上がれば減額幅がさらに大きくなる。同減額は,退職金,厚生年金にも影響するから,原告にとって重大な不利益である。

原告は,営業職として採用されたのであるから,異業種の倉庫管理業務を命じることは,それ自体原告と被告甲本社との労働契約に違反する上,総合職である原告の資格を原告の同意なく専門職へ降格することは労働契約の一方的不利益変更であって無効である。また,被告らは,平成7年に初めて作成した就業規則を根拠に,取締役会の承認があれば資格変更が可能であると主張するが,原告は同就業規則の存在すら知らされておらず,就業規則の作成,周知義務に反するから,同就業規則自体無効である。

さらに,原告は,本件転勤命令に応ずる場合,家族の事情から単身赴任せざるを得ず,そのこと自体重大な不利益である上,単身赴任者に提供される被告甲会社の独身寮に原告が入った場合,被告らから住居手当が支払われないとすると,当時,二子を抱えていた原告の生活は成り立たなかった。

このように,原告が本件転勤命令によって被る経済的,精神的不利益は,被告らの無きに等しい業務上の必要性に比べて過大である。

エ Aは,人の好き嫌いが激しく,過去7年間に4名の気に入らない営業担当従業員を退職に追い込んだものであるが,さらに気に入らない原告に対しても,被告ら代表者に沼津営業所の経営不振の原因が原告にあると報告して運営者会議への出席を拒否させる等して営業に必要な情報から遮断させ,平成5年ころには,実質的に原告を主任の仕事から外し,しばしば退職を迫るようになり,平成6年2月4日には,営業会議の席で,「売上が上らないのはバカ所長とバカ主任がいるからだ。」「リストラナンバー1はE,ナンバー2は原告だ。」「お前を切りたい」等と言って原告及びEを罵倒し,その後,自己診断書を提出させて退職を迫った。そして,Aは,平成9年1月17日,原告に対し,同月末までに退職届を出すよう迫った上,平成10年4月以降,原告の従来の客先担当をすべて外し,新規開発のみを担当させた。

Aは,同年10月1日,原告を主任から一般職員に降格させ,原告に対し,到底実現不可能な売上目標を課し,これを達成できない場合には同年12月末までに辞めるよう要求し,その後さらに退職を迫るなど,本件転勤命令を発令する以前から,原告を何とか退職に追い込もうとしていた。しかし,原告がこれに応じないのを知って,倉庫係への転勤を新たな手段として持ち出すこととし,Aは,同年12月29日,原告に対し,平成11年3月21日付けで小牧配送センターに転勤だと通告し,同年1月5日の新年の朝礼の席で,原告が同年2月21日付けで小牧配送センターの倉庫係に転勤になる旨発表し,同年1月11日,原告に対し,小牧配送センターへの転勤に応ずるのか否か回答を求めた際,転勤後の賃金は大幅ダウンになる旨述べ,その後再度,退職届を出すよう強要した。さらに,Aは,原告に本件転勤命令の辞令を交付した際,「小牧配送センターの人員は既に決まっている。お前が行っても仕事はない。

退職届を出すか否か,2月1日までに回答せよ」と命じた。

このように,本件転勤命令は,Aが,原告を退職に追い込もうとして,原告を罵倒,侮辱し,仕事を取り上げ,退職するよう迫ったが,原告がそれに応じないため,退職に追い込み,あるいは解雇の口実を作るため,被告代表者らにも働きかけて発令に至ったことは明らかであり,不法不当な目的に基づくものである。

オ 被告らの主張エは争う。原告が,被告らに対し,被告乙会社沼津営業所での職場復帰を求めたことをもって,被告らが,原告に就労の意思がないと主張するのは,労働基本権を軽視した許されない態度といわなければならない。

カ 以上,本件転勤命令は無効であり,同転勤命令拒否を理由とする本件懲戒解雇は,解雇理由がないか又は解雇権の濫用で無効である。

(2)  賃金等請求権の有無

(原告の主張)

原告は,被告乙会社に対し,次の賃金等請求権を有する。

ア 賃金                      確定額1233万6880円

原告の平成11年4月から平成13年7月までの間の賃金は,別紙2賃金債権目録記載のとおりであり,その合計は1233万6880円である。

また,同年8月以降の賃金は月額44万7190円である。

イ 遅延損害金

別紙2賃金債権目録中の各計欄記載の賃金額につき,これに対応する支払年月日欄記載の日の翌日から,それぞれ支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金である。

ウ 賞与                       確定額371万9895円

平成11,12年の各7,12月及び平成13年7月の基本給額(別紙2賃金債権目録中の本給と加給に職能給を加えたもの)に,被告乙会社における一時金支給率実績を乗じて算出された金額であり,その合計は金371万9895円である。

また,同年12月及び平成14年以降の各7,12月に支給される賞与は,少なくとも基本給額35万1690円に最低一時金支給率2.0を乗じた金70万3380円である。

(被告乙会社の主張)

ア 別紙2賃金債権目録中の職能給欄には,月額5万7800円とあるが,原告は,平成10年9月以降は主任ではなかったのであって,5万1900円の誤りである。解雇直前まで5万7800円の支払を行っていたことは,被告乙会社の過誤であった。同様の理由で,原告主張の賞与金額も,いずれもその基準となる基本給を5900円過大としている誤りがある。

イ また,平成12年4月以降の家族手当は,配偶者と在学中の一子を抱えることを前提とした月額1万7500円に止まる。

ウ さらに,本件の場合,仮に原告の主張が容認されるとしても,現実に業務に従事していないことは明らかな事実であり,真面目に勤務している他の従業員との均衡を失するから,月々の賃金相当額の支払はなされるべきとしても,一時金については信義則上相当額の減額がなされるべきである。

第3争点に対する判断

1  事実の経過

前記第2の2記載の事実に後掲の証拠を総合すると,次の事実が認められる。

(1)ア  被告甲会社には,子会社,関連会社が3社あり,これら全体を山宗グループと称しているところ,被告乙会社は同グループ傘下にある。(証拠略)

イ  平成4年8月当時,被告乙会社沼津営業所の総責任者は同被告常務取締役のAであり,同人は,同営業所には常駐せず,週に数回,静岡の同被告本社から出張してきていた。原告の上司には所長兼課長のEがおり,主任である原告の部下には,B(原告より4歳年上),F,D(原告より13歳年下),G(当時入社1年目)の4人の営業担当従業員がいた。

平成6年4月,所長兼プレート課長のEが退職してからは,沼津営業所に所長,課長といった職位の従業員は配置せず,Aが,平成10年12月までは本社から週に数回来所し,平成11年1月以降は沼津営業所に常駐して,直接指揮命令するようになった。原告が主任から一般営業職員に降格となる直前の平成10年9月ころには,同営業所プレート課主任は,原告とDの2名であった。

本件転勤命令当時,沼津営業所は,プレート課(プラスチックの素材の問屋業務を担当する。)と合成樹脂課(プラスチックの商品や製品を作る原料を販売する商社的業務を担当する。)からなり,その従業員は,プレート課の営業担当5名,合成樹脂課の営業担当2名のほか,事務員2名,配送係1名の計10名で構成されていた。

沼津営業所プレート課の売上実績は,平成6年度以降徐々に伸び,平成9年度は営業所開設以来最高の3億0681万1000円を記録したが,平成10年度には2億6539万2000円に止まった。人件費は,平成6年度以降増加し続け,平成8年度3635万3000円,平成9年度3924万9000円,平成10年度4381万円となった。なお,経費合計は,平成8年度5368万8000円,平成9年度5655万7000円,平成10年度6012万円であった。営業利益についてみると,平成6年度から平成10年度までの間は連続して赤字であり,平成6年度184万円,平成7年度84万円,平成8年度227万9000円,平成9年度233万8000円と増減していたが,平成10年度には突如1202万4000円の大赤字を計上するに至った。そのころ,山宗グループの全部で11か所あるプレート課の中で,赤字を出していたのは沼津営業所だけであった。 (証拠略)

ウ  上記従業員のうち,Bは,昭和45年9月に被告甲会社に入社し,営業を担当してきたが,平成9年1月にAから営業成績の不振を理由に退職届の提出を迫られたり,営業担当の全部移動を告げられたりしたこと等から退職を決意し,同年9月,同社を退職した。その際,Bは,Aに対し,退職後は浜松市内にある実兄の経営する会社に勤めることも考えていると述べたが,実際には同社には入社しなかった。Gは,入社1年後の平成5年3月,AがEや原告に対し,営業成績が上がらないことを厳しく叱咤するのを目の当たりにして,営業としてやっていく自信を失い,退職した。Fは,平成5年10月にAから成績不振を理由に退職勧奨され,同年12月,退職した。Eは,取引先社長からの個人的な借金がもとで同人と諍いになり,取引停止とされたことがあったにもかかわらず,再度他の取引先から借金をしていることが会社に発覚し,平成6年4月,退職した。 (証拠略)

(2)ア  原告は,平成4年8月以降,沼津営業所プレート課において,プラスチック板材料及び製品の営業を担当し,担当地区内のプラスチック加工店,看板店,ガラス店その他の得意先を回って販売等をする業務(ルートセールス)及び新規取引先の開拓の業務を行っていた。原告は,総合職であり,同営業所赴任当初,同課主任として,上記営業業務のほか,売上計画の作成,実行,部下の教育,指導,仕入れメーカーとの交渉といった業務を担当していたが,平成5年には,営業業務以外の主任としての上記業務を全て外され,同業務はDが行うようになった。 (証拠略)

イ  平成8年度下半期(平成8年10月から平成9年3月まで)における原告の売上実績は3051万3000円(売上目標に対する達成率69%)で,新規開発実績はゼロであった。同期間中,Bの売上実績は2690万5000円(達成率72%),うち新規開発実績は3万2000円であり,Dの売上実績は5835万8000円(達成率101%),うち新規開発実績が79万1000円であり,C(原告より17歳年下の営業担当従業員)の売上実績は3446万7000円(達成率96%),そのうち新規開発実績が265万9000円であった。上記期間中の営業担当従業員は,上記の4名のみである。

平成9年度1年間における原告の売上実績は6352万円(達成率は81%),そのうち新規取引先の開発実績が87万5000円であった。同期間中のDの売上実績は1億0923万8000円(達成率91%),うち新規開発実績が608万9000円であり,Cの売上実績は8047万2000円(達成率109%),そのうち新規開発実績が1385万5000円であった。また,平成9年度における株式会社プラエンジ及び有限会社岩崎樹脂加工への売上実績は,沼津営業所プレート課全体に占める売上高の構成比がそれぞれ1位,3位であり,上記2社はいずれも原告の開発した得意先であるが,その売上高の構成比の率は,7.02%と4.61%で,プレート課全体の売上高の11.63%である。上記期間中の同課営業担当従業員は,上記3名の他Bと新入社員のHの2名がいたが,Bは同期間途中で退職し,Hがその後を引き継いでいた。

Aは,平成10年4月ころ,原告をルートセールス(客先担当)の業務から外した。その結果,従来取引のない新規顧客の開拓業務のみの担当となった平成10年度中の原告の売上実績は,新規開発による売上げのみで217万5000円(達成率12%)であったが,同期間中の原告の新規開発実績先の中には,横浜ゴム三島工場,東芝EMI御殿場工場が含まれていた。同2社のような大手企業との取引は,スポットで,しかも取引額は大きくないが,長期間の取引実績を有する納入業者に固定化していた分野であり,被告らも実績を積み重ねることにより徐々に取引額を増やすことが期待できる。上記期間中のDの売上実績は6303万4000円(達成率76%)であるが,新規開発実績はゼロであり,Cの売上実績は7492万円(達成率87%),うち新規開発実績は232万6000円であった。なお,上記期間における原告の売上目標は,平成10年度上半期には設定していなかったが,Aから設定を命じられると,原告は,下半期だけで上半期実績を大幅に上回る1720万円の新規開発売上を達成するとの目標を設定した。すると,Aは,原告に対し,同目標を達成できなければ被告乙会社を退職してもらうと告げた。平成10年度中の営業担当従業員は,上記3名の他,H,新入社員のIがいた。 (証拠略)

(ア)  原告は,平成7年10月から担当していた有限会社カナガワに対し,支払が遅れ気味になっていたにもかかわらず,独断で,従来と異なる先日付小切手での支払を容認し,売上限度額も増額させたところ,支払が滞ったため,現金売りに切替え,平成9年3月,未払金296万円余につき,訴訟による回収を試みた。しかし,平成10年9月,同社が手形不渡りを出し,工場閉鎖,代表者行方不明となったため,結局売掛金債権144万5171円が回収不能となった。原告は,Aに求められて,この件についての反省等を記載したA宛の報告書を提出した。(証拠略)

(イ)  鷹岡プラスチック加工は,年間1200万円から1300万円の売上実績がある得意先であったが,原告が担当を引き継ぐと,前任者と異なり高い価格設定をし,値引きに応じなかったとして,原告が同社社長から怒りを買い,平成5年3月,同社から取引停止とされた。原告は,取引停止につき,A,Eに報告したが,Aからは事後に叱責されたにとどまり,始末書の提出も求められなかった。同社との取引は,Dの努力により平成6年2月から復活した。 (証拠略)

(ウ)  原告は,ミタカ樹脂株式会社との価格交渉を決裂させて同社からの発注を打ち切られたことがある。これについては,Dが担当を引き継ぎ,他の営業所の協力を仰ぐ等の工夫をして受注を復活させた。もっとも,原告は,この件につき,Aから始末書の提出等を求められたことはない。 (証拠略)

エ  山宗グループでは,被告ら代表者及び浜松,静岡,沼津の各プレート責任者が集まり,当該月の反省と次月の販売目標を検討する運営者会議を開き,得意先の情報の交換等をしていたが,原告は,平成5年2月,被告代表者から以後の同会議への出席を拒否され,沼津営業所からはEのみが出席するようになったため,同会議における情報は,Dらと同様,Eを通じて知らされた。そして,同営業所では,営業方針について協議する営業会議が開かれていたが,平成8年以降,原告は出席を拒否されるか,一番最初に報告させられ,報告が終わると退室を命ぜられるようになった。ただし,各営業担当者に対しては,個別に得意先の情報が提供されていた。

また,Aは,原告の担当する得意先であった株式会社プラエンジへの新年挨拶回りに,原告以外の営業担当者だけを連れて行ったことがある。 (証拠略)

(3)  被告甲会社は,平成10年秋,愛知県春日井市味a町所在の物流センター(小牧配送センターという。)横の敷地にプラスチック切断工場を増設する事業を行うことを決定した。同事業は,①切断加工の内製化による材料拡販,②特定材料の回収,リサイクルの確立,③同業他社との差別化を目的として,同年11月10日に始まり,同年12月15日には建築業者,建築図面が決定され,同月19日から平成11年3月31日までの工事期間が予定され,同年4月6日に完成した。同事業は,総額3900万円余りの設備投資を見込んだものであり,実際建築費に1764万円を要し,同工場内には購入金額1400万円の自動裁断機のほか,計120万円の結束機,自動梱包機等といった加工設備が備え置かれた。

同事業計画当初は,同工場での作業人員は当面1名とし,アシスト役として配送センター専門職従業員のJの配置が提案され,作業人員には被告甲会社プレート産業資材部の人員を充てることが検討されていた。現在は,プレート産業資材部長が工場責任者を兼務し,切断工場専属の専門職を1名配置し,配送センター勤務の専門職2名,パートタイム従業員2名と一体となって業務に従事している。 (証拠略)

(4)  原告には妻と二子があり,本件転勤命令当時,長男は専門学校生,二男は高校生であり,同命令に応じるとすれば,単身赴任とならざるを得なかった。

原告は,被告甲会社沼津営業所勤務中,借上社宅として現住所地に居住しており,同被告から家賃の一部月額6万3000円の補助を受けていた。転勤命令に応じて単身赴任する場合,赴任手当として月額3万円が支給される。被告らは,原告のために,小牧配送センターから約10kmの距離にある,月額家賃5000円の単身寮を用意していた。

原告が単身赴任した場合の現住所地の家賃補助の有無,金額については,当時は社宅管理規程上規定がなかったが,本件懲戒解雇後の平成11年5月に新設された規定によれば,原告の場合,転勤後1年間は月額6万3000円を支給されるが,その後は漸次減額され,5年目以降は住宅手当として月額1万5000円の支給を受けることになる。 (証拠略)

(5)  被告乙会社における賃金の支給項目は,被告甲会社のそれと同一である。

本棒,加給金は,号俸に応じて支払われる基本給である。号俸は,毎年4月に1号俸昇給し,平成11年2月当時,原告は45号俸であった。

職能給は,学歴,経験,勤続成績を勘案し,社員資格等級の種類によって決定する能力給である。一般職の間は,号俸に応じて等級が上昇するが,5-2等級が上限であり,主任以上の役職に就かない限り,4-0以上の等級への昇格はない。総合職5-2等級は月額5万1900円,4-0等級は月額5万7800円である。

管理職手当は係長以上の管理者に支給され,主任は月額1万5000円である。

業務手当は,業務内容に応じて支給する手当であり,営業担当者には支払われていた。

被告甲会社における専門職の給与体系は,同じ号俸であれば,本俸については総合職と同一金額である。加給金は,専門職45号俸で5万6130円であるのに対し,総合職では5万0240円で専門職の方が高いが,職能給は,5-2等級で専門職は3万6500円に止まり,総合職の方が高い。専門職係長には役職手当2万円が支給され,それ以外の一般社員には業務手当1万円が支給される。その結果,45号俸,5-2等級の従業員の場合,賞与が年間計4か月分支給されると仮定すると,年間賃金は,総合職の方が専門職より額面で15万2160円高いことになる。 (証拠略)

(6)  被告甲会社における就業規則は,被告乙会社を含む山宗グループ全社で使用している。昭和51年10月1日に施行された就業規則(乙9の1)には,従業員の資格区分に関する規定がなく,その後改訂され,平成7年3月21日に施行された就業規則(乙10)には,総合職を22歳以上の大卒男子社員,専門職を18歳以上の高卒,専門学校卒の男子社員とする資格区分が設けられ,専門職につき,営業,事務部門の社員に限り,22歳から取締役会の承認後総合職へ組み入れる旨付記された。同就業規則は,平成10年3月31日及び同年9月21日に一部改訂され,同日施行された就業規則(乙31)には,資格区分につき,前記第2の2(4)のとおり規定された。被告らは,同年11月21日,同就業規則を名古屋北労働基準監督署に提出し,そのころ,一般従業員に対し,朝礼等の機会に口頭説明し,あるいは,抜粋部分を各従業員に配布する等して周知させた。被告乙会社沼津営業所では,Aが同就業規則を管理していたが,原告は,本件転勤命令前に同就業規則全文を見たことがない。 (証拠略)

上記認定に反し,原告は,就業規則の内容が従業員に対して朝礼等の機会に周知されていたことはないと主張し,原告本人はこれに沿う供述をするが,証人Kの証言に照らせば俄に措信し難く,同主張には理由がない。

(7)ア  被告乙会社は,平成10年9月21日,原告の営業成績が芳しくなく,主任として不適格であるとして,原告を主任から一般営業職員に降格させることとし,同年10月1日,原告にその旨告知して,同月以降主任手当の支給を停止した。被告代表者は,同年10月の取締役会において,山宗グループ全社のプレート関係部門の責任者に対し,沼津営業所の営業成績が悪く,原告を転勤させたいから受け入れて欲しいと要望したが,受入れを希望する者はなく,プレート関係部門への転勤実施を断念した。そのころ,前認定のとおり,被告甲会社では,小牧配送センター切断工場設立事業を展開し,同工場に専門職1名を充てる計画があったことから,被告代表者は,総合職の原告であっても,工場の運営責任者として転勤させればよいとして,同年12月15日ころ,原告を同工場へ転勤させることとした。そして,被告らは,同月28日,取締役会において,原告を被告甲会社小牧配送センターへ転勤することを決定した。その間,Aは,同年11月に入ると,原告が唯一担当していた新規開発業務をDに引き継がせ始め,同月11日,原告に対し,「今年中に退職するならば,退職届を提出せよ。」と求めたが,原告は,Aに対し,退職させる理由を書面にするように求めて抗議した。

原告は,同年12月29日,2週間前にAから命じられていた年末大掃除の便所掃除を終えると同人から呼び出され,掃除のやり方が悪いと叱られた。その際,Aは,原告に対し,「平成11年3月21日付けで小牧配送センターの倉庫係として転勤することが決まった。」と口頭で転勤内示を伝えた。その際,Aの原告に対する掃除の注意の仕方が,「おまえは便所掃除もできんのか。ばかやろう。」という言い方であったために,便所掃除の非難のついでに小牧配送センターの倉庫係への転勤を通告されたように感じられ,また,その場では異議を述べられる状況ではなかったため,原告は,その場では異議を述べなかった。すると,新年休暇明けの平成11年1月5日の朝礼の際,Aは,他の従業員の前で,「原告が小牧配送センターに倉庫係として赴任することが決まった。」と述べ,同月11日,転勤後の賃金について原告が尋ねると,大幅ダウンになる旨述べた。

原告は,同月18日,Aからの転勤内示の意思確認に対して異議を述べた。しかし,Aは,同月29日,原告に対し,本件転勤命令の辞令を交付し,その際,「同センターでは他の人員を補充するように動いているので,現状では原告が同命令に従ったとしても,原告を受け入れられない可能性がある。」旨述べた。原告は,同年2月1日,Aからの意思確認に対し,再び異議を述べ,同月2日,被告甲会社総務,財務部長のKから本件転勤命令に従うよう説得された。また,被告甲会社は,同年2月5日,原告が倉庫係へ配転すると通告された旨の記載のある原告代理人の質問書に対し,倉庫係への配転を否定することなく,小牧配送センターの増設拡張により従業員が必要となったので,原告に転勤の発令をしたこと,原告が転勤命令を拒否しているので,やむなく他の従業員の配転をせざるを得ず,同センターの従業員は選定中であること,転勤後は折りをみて,資格を総合職から専門職に変更する様考えていること,賃金についても専門職に資格変更したときは専門職の賃金規程に基づき支給すること等を回答した。原告は,着任を命ぜられた同月21日にも小牧配送センターには出勤しなかったので,被告甲会社は,同月24日,原告に対し,速やかに着任するよう文書で指示した。原告は,同月26日,Kと面会した際,同人から本件転勤命令に従わないと懲戒処分の対象になる旨告げられたが,Aに対する鬱積した不満を述べ立て,支援者の手前今更後に引けない,裁判も辞さない等と告げた。Kは,原告が小牧配送センターに着任してから同年4月1日までの間に詳しい業務の説明をして教育する予定としていたが,原告との上記面接時にはその旨の説明はしなかった。被告甲会社は,同年3月8日,原告に対し,同センターの従業員がまだ決まっていないことと転勤後は折を見て資格変更をする考えがあることを再度通知した。原告は,同年3月12日及び16日には,沼津営業所に出勤したが,Aから小牧配送センターへの出勤を促され,就労を拒否された。そして,原告は,同月18日,諭旨解雇処分を受け,一週間後の同月24日までに退職届を提出しなかったため,同月25日付けで本件懲戒解雇となった。 (証拠略)

イ  原告は,転勤内示から本件懲戒解雇に至るまでの間,AやKから転勤先である小牧配送センターでの原告の担当業務や転勤の条件について具体的な説明を受けたことはない。 (証拠略)

ウ  原告は,倉庫係は,商品の出入れ,配達,倉庫の掃除を業務内容とするものと理解しており,倉庫係への転勤は完全なる降格であり,原告を退職させる手段ではないかとの疑念を払拭することができなかった。原告代理人からの質問書に対する被告らの前記回答も,倉庫係への転勤が誤りで切断工場の責任者とすることには触れておらず,原告としては,倉庫係への転勤命令に合致するものと受け取れたので,上記誤解を解消することができなかった。 (証拠略)

2  争点1(本件懲戒解雇の有効性)について

第2の2の事実及び前記1に認定した各事実を総合して,本件転勤命令の有効性を検討する。

(1)  前認定のとおり,①被告甲会社の就業規則15条1項には,同被告は業務上の都合により従業員に転勤,職場変更を命ずることができる旨の定めがあり,現に3度にわたり原告が被告らの営業所間を転勤したことがあること,②両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を限定する旨の合意はなされなかったこと,③被告らにおける従業員の資格区分は,平成7年3月21日施行の就業規則で初めて規定されたものであり,原告については,労働契約成立当初から営業担当総合職としての職種特定の明示ないし黙示の合意が成立していたとまで認めることはできないこと,以上の事情の下においては,被告甲会社は,個別的同意なしに原告の勤務場所を決定し,転勤を命じて労務の提供を求める権限及び原告の職務を決定し,または職種変更を命じて営業職以外の職種への従事を求める権限を有すると解するのが相当である。

なお,原告は,上記就業規則が,労働者に対する周知義務を欠き,無効であると主張するが,就業規則の効力が生ずるためには,必ずしも労働基準法106条1項所定の方法で周知させることは要せず,何らかの周知方法が取られていれば足りるところ,前認定のとおり,被告らにおいては,一般従業員に対し,就業規則の内容につき,改訂する毎に朝礼等の際に口頭説明を行い,あるいは,抜粋部分を各従業員に配布する等して周知させるといった方法が取られている以上,就業規則の効力を否定すべき場合に当たらないことは明らかである。また,原告は,被告甲会社に営業職として採用された以上,異業種への配置換えを命じること自体が労働契約違反であると主張するが,前認定のとおり,同契約成立当初から職種特定の合意はなかった上,単に長期間同一の職種に就いていただけでは職種が特定しているとはいえないから,同主張には理由がない。

(2)  そして,上記(1)の事情のもとにおいては,使用者は,業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所,職種を決定することができるものというべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから,使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもない。しかし,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。しかも,上記の業務上の必要性については,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化等企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。

(3)  以下,これを本件について検討する。

ア 前認定のとおり,平成6年度以降,被告乙会社営業所プレート課における売上実績は徐々に伸び,平成9年度には最高の売上実績を達成したが,その間の営業利益は連続して赤字であり,黒字転換を果たせなかったこと,平成10年度には売上実績が大きく落ち込み,営業損失は前年度比5倍以上に膨れあがったこと,経費合計に占める人件費の割合は,平成8年度67.7%,平成9年度69.4%,平成10年度72.9%と徐々に増えていること,また,山宗グループ内の全11か所あるプレート課の中で,赤字を出していたのは,唯一同営業所だけであったことを総合すれば,被告乙会社においては,沼津営業所プレート課の営業成績不振を解消し,黒字転換させることが喫緊の課題となっていたことが明らかである。

そして,前認定のとおり,被告甲会社が建設した小牧のプラスチック切断工場は,その事業目的,規模から見て,同被告における重要な事業の一つに位置づけられ,同事業が,同工場完成の平成11年4月を目処に着実に進行していたことに加え,同事業の立上げ当初から,同工場に専従の従業員1名を配置することが提案されていたのであるから,他の部署に配属されている被告らの従業員のうち,何人かをもって,同工場の専従従業員に充てることは,必要かつ合理的な措置であったということができる。なお,原告は,同工場の現在の人事配置として,同工場専従の専門職従業員が1名配置されているほか,隣接する小牧配送センターの従業員4名が一体となって業務に従事し,工場責任者は,プレート産業資材部長が兼務していることから,原告を同工場に配置させる必要はなかったと主張するが,同人事措置は,原告が本件転勤命令を拒否したことを受けて執られたものであるから,原告の同主張には理由がない。

そうだとすると,前記のとおり,業績不振の赤字部署である沼津営業所の業態改善を目的として,同営業所所属の従業員1名を異動させ,新規事業である小牧プラスチック切断工場専属とする転勤命令をすることは,被告らにとって,労働力の適正配置,業務の能率増進等企業の合理的運営に寄与するものといえ,上記転勤命令は業務上の必要に基づくものと認められる。

イ また,平成8,9年度における原告の営業成績は,総売上実績,新規開発実績,達成率において,いずれもD,Cに劣ること,平成8年度においては,売上実績でBを上回ったものの,達成率では劣っていること,平成9年度以降のD,C,B以外の営業担当従業員はいずれも新入社員で,原告の営業成績との比較対象として不適切であること,平成5年以降,営業業務以外の主任としての業務はDが担当し,原告の管理職としての業務負担は相当軽減されていたことを考え併せると,原告が被告乙会社沼津営業所営業職員の中で営業成績において主任としてふさわしい実績を上げていないだけでなく,営業職員としても,決して十分な成績を上げていなかったことは明らかである。そして,前認定のとおり,原告は,以前,担当得意先2社との価格交渉を決裂させ,発注を打ち切られたことがあるほか,平成10年9月,有限会社カナガワの件につき,回収不能債権を生じさせたこともある。他方,原告は,本件転勤命令を受けることにより,単身赴任,専門職への資格変更,賃金減額等が予想され,その生活関係上少なからぬ不利益を受けることは否定できないが,前記のとおり,転勤命令自体に業務上の必要性が認められるのであるから,上記不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものとまではいえないというべきである。しかも,前認定のとおり,被告甲会社としては,原告を上記切断工場の運営責任者として処遇することを決定していたのであるから,原告が,約23年間営業以外の職務に従事したことがないとはいえ,本件転勤命令による職種の変更が直ちに原告に対し著しい不利益を生じさせるものということはできない。

そうだとすると,被告沼津営業所における人事刷新,業態改善の方策として,1名を上記切断工場に転勤させることとした場合,原告をもって充てることは,合理的な判断ということができる。

この点,原告は,被告乙会社が,平成10年4月以降,原告を新規開発業務専属とし,あえて達成不能な売上目標を設定させ,同目標を達成できないことをもって退職勧奨ないし解雇の口実とした等,本件転勤命令が不当な動機,目的をもってなされたと主張する。しかし,新規開発業務が,通常当初から大きな売上実績を達成することは望めないが,長年にわたり実績を積み重ねることにより徐々に取引額を増やすことが期待できるという性質を有することに鑑みれば,被告乙会社沼津営業所における数年連続した赤字を解消するための手段として,新規開発業務を充実させ,新たな客先を確保しようとする経営戦略は,その着想自体不合理ということはできず,営業担当の従業員が,漫然と同じ態様で業務に従事するのではなく,担当業務に差異を設け,沼津営業所の業績不振の原因,責任を明確化するためには有益であると考えられるから,原告の上記主張には理由がない。もっとも,上記の人事措置にもかかわらず,平成10年度では,前記のとおり,赤字幅の拡大を招くこととなったが,これはあくまで結果論であって,人事措置自体の不合理性を裏付けるものではない。

ウ そうすると,原告に対する本件転勤命令は,業務上の必要に応じてなされた合理的なものであると認めるのが相当であり,同転勤命令が,他の不当な動機,目的を持ってなされたと認めることはできないし,労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認めることもできない。したがって,本件転勤命令は,これをもって転勤命令権の濫用と評価することはできず,有効なものであるというべきである。

(4)  しかしながら,前認定のとおり,①原告に対して本件転勤命令の内示を行う際,既に被告ら代表者が原告を小牧配送センターのプラスチック切断工場の運営責任者として処遇する旨決めていたから,転勤後直ちには賃金の減額はなく,将来的に専門職への資格変更があるとしても,額面で年間15万円程度の賃金減を伴うに止まるはずであったというにもかかわらず,Aは平成10年12月29日,原告に対し,転勤の内示を伝える際に上記の事実を正確に伝えることなく,単に「小牧配送センターの倉庫係として転勤することが決まった」と告げただけであり,平成11年1月5日の朝礼の際にも,他の従業員の前で原告が小牧配送センターの倉庫係として赴任することが決まったと述べるだけで,同月11日,原告から転勤後の賃金を尋ねられても「大幅ダウンになる」と述べて,本件転勤命令による原告の処遇について正確な情報提供をすることをせず,原告に実際よりも多大な不利益を生ぜしめるとの誤解を形成させたこと,②小牧配送センターへの原告に代わる異動者は,平成11年3月に至っても,未だ決まっていなかったにもかかわらず,Aは,同命令発令の際,原告の代わりの人員補充がされ,原告を同センターで受け入れられない可能性がある旨原告に告げたこと,③被告らにおいて,同命令が発令されること自体が未だ決定されていない平成10年11月ころ,Aが,原告の担当営業業務を全て奪い,同月11日,仕事がないから同月中に退職するよう勧奨する等露骨な嫌がらせ行為を行い始めていたこと,④平成10年度下半期の売上目標設定の際,原告が,Aから同目標を達成できなければ退職してもらうと告げられていたこと,以上の諸事実からすれば,本件転勤命令を発するにあたってAから原告に対してされた説明は,不正確,かつ原告の不安を徒に煽る形で行われたものというべきであって,原告が同命令に従って転勤した場合,余剰人員として,仕事のない部署に配置され,賃金が大幅に下げられた上,早晩退職に追い込まれると考えたとしても無理からぬ状況にあったというべきである。

そのうえ,<ア>被告らは,平成11年2月2日,本件転勤命令に対して異議を述べていた原告に対し,本社から財務部長Kを派遣して,同命令に従うよう説得を図ったが,その際も上記のAから伝えられた不正確な情報を訂正することなく,ただ本件転勤命令に従うことを指示したに止まり,<イ>原告代理人介入後の同月5日に至っても,増設拡張予定の小牧配送センターに従業員が必要となったので,原告に転勤の発令をしたこと,折をみて,資格を総合職から専門職に変更すること様考えていること,同センターに他の従業員を配転させるべく選定中であることを回答したこと,<ウ>同年3月8日にも,同センターの従業員がまだ決まっていないことを明らかにしたものの,配転後は折をみて資格変更を行い,その後は専門職の賃金規程に基づき支給すると述べるのみで,具体的な賃金額や同センターにおける原告の転勤後の職位には一切言及しなかったこと,<エ>原告の要求にもかかわらず,被告らの就業規則や専門職賃金規程が開示されず,原告において自らの転勤後の処遇,待遇を知りえなかったこと等を考え併せると,原告は,前認定のように,賃金ダウンの幅が年間約15万円に止まり,原告は同センターでは運営責任者として処遇されるといった事実を,被告甲会社財務部長Kからも聞かされることがなかったのであって,本件転勤命令発令の際,原告の異動先の地位に既に人員補充がされていたことはないということ以外は,Aからの説明をそのまま信じるしかない状況におかれたものということができる。

そうだとすれば,原告が,本件転勤命令に従った場合に原告に生じる不利益が著しいとして,これを違法無効な命令と捉え,同年2月21日以降の同センターへの出勤を拒否したことは,やむを得ないと解さざるを得ない。

(5)  以上によれば,本件転勤命令が,業務上の必要に応じた合理的なものであるとしても,原告は,その発令状況から,転勤後の自らの地位,待遇に強い不安を抱くのも無理からぬ状態におかれた上,被告甲会社は,原告からの再三の説明要求にもかかわらず,同転勤命令の合理性につき真摯に説明を行わず,むしろ専ら誤解を招く方法で説明したのであって,同転勤命令を拒否してもやむを得ない事情にあったと評価し得る。したがって,被告甲会社が,原告が同転勤命令に従わず,小牧配送センターに出勤しなかったことをもって,業務上の命令に違反したとして,就業規則79条⑤に基づく懲戒処分として,同規則78条⑤を選択,適用し,諭旨解雇としたことは原告にとってきわめて苛酷,かつ不合理なものというべきであり,その諭旨解雇には理由がなく,同解雇の意思表示は,社会通念上相当なものとして是認することはできない。

よって,同諭旨解雇にしたがい一定期間内に退職届を提出しないことに基づいてされた本件懲戒解雇による解雇の意思表示は,解雇権の濫用として無効になると解するのが相当である。

3  争点2(賃金等請求権の有無)について

(1)  原告は,将来における賃金請求につき,期間を限定せずに請求しているので,民訴法135条の趣旨に照らし,職権をもって訴えの利益の存否を判断すると,乙38の1によれば,被告乙会社は,原告に対し,本件仮処分決定により命ぜられた金員の仮払を行っていることが認められるから,本判決主文において,原告が被告甲会社に対して労働契約関係に基づく地位を有することが確認されることにより,被告乙会社が,その地位に基づく賃金の支払を任意に履行しないであろうことを認めるには足りないから,本判決確定以降における賃金の支払を予め請求する必要があるということはできない。したがって,原告の同被告に対する将来の賃金の支払請求のうち,本判決確定の日の翌日以降に支払期日が到来する部分については,同条の趣旨に照らし,訴えの利益を欠き,不適法というべきである。

(2)  第2の2(5)の事実に後掲の証拠を総合すれば,次の事実が認められる。

ア 被告乙会社における賃金のうち,総合職従業員の各号俸に対応する本棒,加給金は次のとおりである(必要部分のみ。証拠略)。

46号俸:本俸22万6700円,加給金5万4640円

47号俸:本俸23万0800円,加給金5万5270円

48号俸:本俸23万4900円,加給金5万8990円

イ 家族手当は,配偶者,在学中の子女等がいる場合には,支給対象となり,配偶者及び在学中の二子がある場合は月額22500円である。在学中の子が1人の場合は月額1万7500円である。原告の場合,平成12年3月までは在学中の子は2人であったが,同年4月以降1人である。

皆勤手当は,1か月間の営業日に皆勤した者に対する手当である。

原告は,本件懲戒解雇後,賃借人を原告名義に変更して現住所地に居住し,月額10万円の家賃を全部自己負担している。

被告らにおいては,平成11年7月,12月には,平均して基本給(本棒+加給金),職能給合計の各2.00か月分,平成12年7月,12月,平成13年7月には,それぞれ2.20か月分,2.30か月分,2.32か月分が賞与として支給され,その支払期日は,毎年7月10日及び12月10日である。 (証拠略)

(3)  上記第3の2に説示のとおり,本件懲戒解雇は無効であるから,原告は,民法536条2項に基づき,上記(2)ア記載の基本給(各年度に応じたもの)及びイ記載の家族手当(ただし,平成12年3月までは月額2万2500円,同年4月以降は月額1万7500円),前記1(4)記載の住宅手当(月額6万3000円),職能給(月額5万1900円)の賃金請求権を有し,同各金員に対する各月の賃金支払期日(同各月25日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金請求権を有する。なお,原告は,上記各金員のほか,業務手当(月額1万円),皆勤手当(月額5000円)に相当する金員の支払を求めているが,いずれも現実に業務に従事してはじめて請求権が発生するというべきであるから,その部分は失当である。

また,賞与については,(2)認定のとおり,毎年夏期,冬期の2回支給された実績があるから,基本給(本棒+加給金),職能給合計の平均支給月分相当額を支払うべきことは,原告被告乙会社間における労働契約の一部となっていると認めるのが相当であり,原告は,上記説示の賃金請求権と同様,民法536条2項に基づき,平成11年から同13年までの間は,(2)記載の平均支給月数分の,それ以降本判決が確定するまでは,特段の事情がない限り,それまでの支給実績に照らし,少なくとも基本給,職能給合計の各2か月分の賞与の請求権を有するものというべきである。そして,(2)認定のとおり,支払期日は毎年7月10日,12月10日であるから,原告の請求する各賞与の支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金請求権を有する。この点,被告乙会社は,原告が現実に就労していないことをもって,信義則上相当額の減額がなされるべきと主張するが,原告は,被告による無効な本件懲戒解雇の結果就労不能の状態におかれたのであるから,単に就労しなかったことは減額の理由とならない。

4  被告乙会社沼津営業所に勤務する地位の確認請求について

上記認定のとおり,原告は,当初被告甲会社に採用され,後に被告乙会社に出向した者であるが,被告両会社が独立の法人格を有し,賃金等の支払が被告乙会社からなされていたとしても,被告両会社間の労働条件に差異がなく,人的,資本的な結びつきが強い上,出向元である被告甲会社が被告乙会社への出向,出向後の勤務場所の指定,被告甲会社への復帰の決定等の人事権を掌握していることが窺えるから,原告の平成4年8月の被告乙会社への出向は,転籍ではなく,被告甲会社内部の配置換えないし転勤命令と同一とみるのが相当である。すると,原告は,被告乙会社への出向後においても,被告甲会社との間で労働契約上の地位を有していると認められ,前説示のとおり,本件懲戒解雇が無効である以上,現在においても同様である。

しかしながら,前説示のとおり,本件転勤命令は,業務上の必要に応じてなされた合理的な業務命令であるから,本件懲戒解雇が無効であるとしても,平成11年2月21日以降は被告甲会社の小牧配送センターに勤務する地位にあったのであって,原職である被告乙会社沼津営業所で勤務する地位にはないことが明らかである。

よって,原告の地位確認請求は,被告甲会社との間で労働契約関係に基づく地位を有するとの範囲においてのみ理由があり,その余は理由がない。

なお,被告らは,原告に就労の意思がないと主張するが,これを疑わせるに足りる証拠はなく,被告らの同主張には理由がない。

第4結論

以上によれば,原告の請求は,主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,本判決の確定する日の翌日以降に支払期日の到来する賃金等請求にかかる部分は不適法であるからこれを却下し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条ただし書,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋祥子 裁判官 三木勇次 裁判官 藤澤裕介)

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