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静岡地方裁判所沼津支部 平成13年(わ)111号 判決 2002年1月24日

主文

被告人甲を懲役4年10月に,被告人乙を懲役2年4月に処する。

被告人両名に対し,未決勾留日数中各250日を,それぞれその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

1  被告人両名及び被害者丙の身上経歴等

(1)  被告人甲は,平成9年3月に静岡県御殿場市内の私立高等学校を卒業後,運送会社や建設会社に勤めたものの数か月で辞めて無職となり,平成10年夏ころには家を出て,サラ金から金員を借りたり,友人等から借金をし,車中やモーテルで寝泊まりする生活を送るようになり,平成11年秋ころからは,交際中の女性と2人で同様の生活を続けた。

(2)  被告人乙は,被告人甲と高校も学年も同じで,高校卒業後,同市内のゴルフ場管理等を業とするD株式会社で稼働していた。

(3)  被害者の丙は,被告人両名と同じ高校の1学年上で,高校卒業後,D株式会社に入社し,被告人乙より1年前から同社で稼働していたが,平成12年3月ころ退社し,以後無職となった。

2  被告人両名及び丙が交際するようになった経緯

(1)  被告人両名は,高校時代同じクラスであったが,被告人甲はいわゆるつっぱりグループに,被告人乙はいわゆる真面目グループに属していたため,親しい間柄ではなかったが,高校卒業後,たまたま同じ自動車教習所に通うようになったことから,他の友人らも交えて遊ぶようになり,平成11年1月の成人式を迎えたころからは,1週間に3,4回くらいの頻度でカラオケやボーリング等をして遊ぶ仲となった。

(2)  被告人乙は,D株式会社に就職後,既に同社で稼働していた丙と同じ班で働くことになり,同人が母校の先輩であったことや同人から仕事を教えてもらったりしたことなどから親しくなり,入社直後からカラオケなどに一緒に行ったりして親しく付き合っていた。

(3)  そして,被告人甲は,被告人乙を介して,丙と知り合い,以後,被告人両名及び丙は,頻繁に3人で遊びに出かけるようになった。

3  丙と被告人甲及びその交際中の女性との共同生活の開始と生活状況

(1)  丙は,平成12年1月ころには,サラ金業者6社から合計200万円余りを借り入れるほど金員に窮し,同年3月ころにはD株式会社を辞めて無職となったため,さらに金員に窮し,同年4月以降は,友人等に借金方を申し込んだり,同年7月には,父親に借金の返済のために100万円を工面してもらうなどしたが借金はなくならず,自宅に居づらくなったため家を出て,被告人甲に頼み,被告人甲及びその交際中の女性と共に車中やモーテル等で寝泊まりする生活を送るようになった。

(2)  被告人甲ら3人は,毎日仕事もせずに遊んで暮らし,その生活費や遊興費は,被告人甲や丙が友人から借金をしたり,友人にサラ金から借りてもらったりして捻出していたが,月によっては出費が月額約200万円にも及ぶような遊興生活を繰り返していたため,他家への侵入窃盗なども敢行していた。

さらに,同年8月ころになると,被告人甲は,被告人乙に対し,「丙が俺の名前を出して何か悪いことをしたようで,ヤクザが絡んできて,俺や俺の家族がやばい状況なんだ。どうしても必要だから,20万くらい貸してほしい。」などと言って,これまで他の友人らから借りていたのと同じように言葉巧みに虚偽の事実を申し向け,被告人乙から数十万円の単位でサラ金から金員を借りてもらったりし,丙も,被告人乙に対し,「後輩がヤクザ関係でトラブルを起こしたから金を貸してほしい。」などと言って,被告人乙から数万円を借りたりしていた。

このようにして,被告人甲と丙が,同年12月ころまでに友人等から借り入れた金員の合計は,被告人甲が約1600万円余り,丙が700万円余りに達し,そのうち被告人乙から借りた金員の合計は,被告人甲が230万円余り,丙が20万円余りとなっていた。

4  被告人両名が丙に暴行を振るうようになった経緯

(1)  被告人甲と丙は,2人とも車が好きで趣味が共通していたことなどから遊ぶことに関しては意気投合していたが,被告人甲は,丙と一緒に暮らすうち,丙が洋服を脱ぎっぱなしにしたり,食べた物の後片づけをしないことなどについて,だらしがないとして苛立ち,何度か注意したものの一向に改まらなかったため,苛立ちが募り,平成12年11月ころからは,丙に対し,手拳で殴打したり,足蹴にしたりする暴行を加えるようになった。そして,被告人甲は,丙に対して暴力を振るうことを繰り返すうち,次第に抵抗がなくなり,丙の態度に苛立ったときばかりでなく,単なる憂さ晴らしのような気持ちからも暴力を振るうようになった。

さらに,被告人甲は,友人から借金の返済を迫られると,その友人の前で,「借りた金返せ。」,「ふざけんな。」などと言いながら,何度も丙を殴ったり,蹴ったりした上,丙に「明日までに絶対お金を集めますので待ってください。」などと言わせ,自分に返済を迫る友人に対し,「1回こいつを信用してみるから,明日まで待ってやってくれ。」などと言って,丙が金員を用意しないために自分が返済できないかのような芝居をし,友人らに対する返済を免れるために丙に暴力を振るうこともあった。

(2)  ところで,被告人甲及び丙は,前記のとおり,金員に窮して侵入窃盗をも敢行していたが,平成12年9月ころには,被告人乙の自宅にも窃盗目的で侵入したことがあった。このとき,ちょうど帰宅した被告人乙の母親が丙と被告人甲を見かけ,被告人乙にその旨を話したため,被告人乙は,裏切られた思いで立腹し,被告人甲らとしばらく連絡を取らずにいたが,被告人甲が,被告人乙に対して,言葉巧みに被告人乙宅に侵入したのは丙とその後輩らしいとの話をしてきたため,被告人乙は,結局,被告人甲はその件には関わっていないものと信じる一方,丙に対しては,頼まれて何度も金を貸しているのに,全く返済してくれないばかりか,自宅にまで盗みに入るなど,恩を仇で返されたというような気持ちになり,非常な怒りを覚えるに至った。そのため,同年11月中旬ころ,被告人甲が,丙に対し,被告人乙の目の前で,被告人乙の家に盗みに入ったことを被告人乙に謝れなどと言って激しい暴行を振るい,あたかも丙だけが被告人乙宅に侵入したかのような芝居をした際,被告人乙は,丙が被告人甲から殴られるのは当然のことだなどと思い,被告人甲を止めようとしなかった。そして,その後も,被告人乙は,何度か被告人甲に呼ばれ,被告人甲の指定した場所に赴くと,その度に丙が金を返さないなどの理由で被告人甲が丙に暴行を振るうところを見ていたが,いつも被告人甲を止めようとはしなかった。

ところで,同年12月初旬ころ,被告人乙は,被告人甲がいつものように被告人乙の目の前で丙に暴行を振るっていた際,被告人甲から,「被告人乙もやれよ」などと声をかけられた。被告人乙は,それまで他人に暴力を加えたことは全くなかったので,しばらく躊躇したが,貸した金を全く返さない丙に対する苛立ちがあったこともあり,丙の腹部を手拳で2,3回殴った。

そして,これ以降,被告人両名は,丙が借金を返さないことや,丙が他人の家に盗みに入ったことを咎めることを口実にして,度々殴る蹴るの暴行を振るい,平成13年1月中旬ころには,丙の手の甲にライターのオイルを垂らして火を付け,火が手の甲を包むようにして燃え上がり,丙が「あちっ。あちっ。」と叫んで逃げまどいながら火を消す姿をおかしいと言って笑いながら見ていたり,また,丙の陰毛等をライターで焼いたりするなどその暴行の程度も次第にエスカレートしていった。

(4)  被告人両名は,上記のように丙に対してひどい暴行を振るっていたが,丙と一緒に遊びに行くことはやめず,被告人甲が交際中の別の女性と会ったりするときなど都合が悪くなると,丙だけをコインランドリーなどに残して遊びに行くこともあった。そして,被告人両名は,平成13年1月31日から同年2月1日の深夜にかけて,丙を被告人乙宅の前に残し,「盗んだり,変なことするんじゃないぞ。」などと言い残し,他の友人のところに遊びに行ったが,被告人両名がいなくなった後,丙は同所付近に駐車中の車の中から現金等を窃取した。

その後,被告人両名が丙のところに戻った際,丙が落ち着きのない不審な態度を取ったことから,被告人両名が問いつめてみると,丙が窃取の事実を認めたため,被告人両名は,丙が自分達の言うことを聞かず,盗みを行ったなどとして腹を立て,それぞれ丙に殴る蹴るの暴行を加えた。

(罪となるべき事実)

被告人甲と上記丙(当時23歳)は,平成13年2月3日,一緒に遊んだ後,同日午後10時ころ,被告人乙宅へ赴いたが,同宅前において,被告人甲が,被告人乙と話をしているうちに,その前々日に丙が行った上記窃取行為等が再び話題となり,被告人甲において,「やる?」と言い,被告人乙において,「そうするか。」などと答え,上記窃盗をしたこと等を咎める口実で丙に暴行を加えようということになり,ここに被告人両名は共謀の上,丙を静岡県御殿場市E字Ff番g所在のIゴルフ倶楽部へ連れて行き,同ゴルフ倶楽部御殿場コース17番ホール北東側路上において,同日午後10時15分ころから同日午後11時ころまでの間,被告人甲において,丙に対し,丙の両手をロープで後ろ手に縛り,丙の腹部等を手拳で殴ったり,回し蹴りしたりし,被告人乙において,丙の顔面を殴打したり,腹部を足蹴にするなどし,被告人両名において,こもごも,丙の全身を,ステンレス製のロープ止め棒(通称クロス棒,長さ約99.4センチメートル,直径約10ミリメートル)及び鉄製の棒(長さ約95センチメートル,直径約13ミリメートル)で多数回殴打する暴行を加え,さらに,被告人甲において,丙を上記17番ホールのティーグラウンドの斜面(法面の長さ約16.8メートル,傾斜角度約40度)から突き落とすなどし,よって,同人に左右大腿部前後面皮下及び筋肉内出血,背部,腰部,下肢背面皮下及び筋肉内出血等の傷害を負わせた上,被告人甲において,同日午後11時40分ころ,同市中清水所在の中清水共同墓地前路上に同人を置き去りにし,同月4日午前3時35分ころから同日午前6時ころまでの間に,同人を上記傷害に基づく外傷性ショックにより,上記中清水共同墓地南方の同市G字Hh番地i所在の丁方敷地内において死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)及び(法令の適用)

記載省略

(量刑の理由)

1  本件は,被告人両名が,共通の友人である被害者に対し,約2か月間に約10回程,被害者が盗みを行ったことを咎めることなどを口実として,激しい暴行を振るい,かつ,これをエスカレートさせていったところ,本件犯行当日も,被害者に対し,同様に激しい暴行を加えた上,厳寒の2月の真夜中に戸外に置き去りにし,被害者を外傷性ショックにより死亡させたという傷害致死の事案である。

2  被告人両名に共通する事情について

被告人両名は,被害者が金員に窮して盗みを行ったことを咎めるなどの理由で,被害者に対し,暴行を加え続けていたものであるが,被告人両名においては,被害者に対して何度も暴行を加えるうち,次第に暴行を加えること自体が快感となっていったものであって,その実質は被告人両名の単なる憂さ晴らしのための暴行であったというべきで,本件犯行における暴行もその一環としてなされたものであるから,本件犯行の動機に酌量の余地は全くない。また,暴行の態様について見るに,被害者が,暴行を受けても抵抗せず,「すみません。すみません。」などと言うだけで,被告人両名からなされるままに,激しい暴行に耐え続けていたのに,手加減することもなく多数回殴打,足蹴にしたり,ライターの火で手の甲を焼くなど次第に陰湿,残虐になっていき,本件犯行においても,被害者の両手を背中に回してその両手首をロープで縛った上,被害者の全身を手加減することなく多数回殴打,足蹴にし,さらに,ステンレス製の棒や鉄製の棒で多数回殴打し,被害者がほとんど立つこともできない状態にあるのに約1時間近くにわたって執拗に凄まじい暴行を加え続けたものであり,犯行態様も悪質極まりないものというべきである。

被害者は,本件犯行時においても全く抵抗せず,肉体的,精神的苦痛を受け続けた上,道路脇に雪が残る2月の真夜中に置き去りにされ,寒さと痛みに苦しみもがきながらその命を奪われたもので,痛ましい限りであり,未だ23歳という若さでこの世を去ることになった無念は計りしれない。また,男手一つで被害者を養育し,突然息子を失った父親や,たった一人の弟を失った兄の悲しみも深く,容易に癒し難い。以上によれば,被告人両名の刑事責任は極めて重大である。

3  被告人甲の個別事情について

被告人甲は,被害者に対し,初めに暴行を加えるようになった者であるのみならず,被告人乙の家に盗みに入ったのは被害者とその後輩らしいと言葉巧みに申し向けて被告人乙にその旨信じさせ,被告人乙の怒りを被害者のみに向けさせ,さらに,それまで他人に暴力を振るったことのなかった被告人乙に対し「乙もやれよ。」と申し向けて,被告人乙を本件一連の暴行に参加させ,以後,主導的立場を維持しながら,被告人乙と共に被害者に激しい暴行を加えるようになったもので,本件犯行を招来せしめた首謀者というべきであり,その責任は極めて重い。

しかも,被告人甲は,本件犯行後,深く傷ついた被害者を厳寒の中に置き去りにしたまま交際中の女性に会いに行ったもので,その責任も極めて大きい。そして,被告人甲は,早朝になって同所付近に戻った際,被害者が死亡して道路脇に横たわっているのを発見したにもかかわらず,何の処置も取らなかったばかりか,かえってその場から逃走し,被害者と共に行動していたこと等を隠すため,被害者所有の車両内に残っていると思われた自分の指紋をタオルで拭き取ったり,被害者の所持品を川に捨てるなどの証拠隠滅工作をしており,本件犯行後の事情も悪質である。

また,被告人甲は,友人らに対し,言葉巧みに虚偽の事実を述べて借金方を申し込み,サラ金から借りてまで被告人甲に金員を渡していた友人達の信頼を裏切り,これを遊んで過ごすだけの生活費や遊興費に充てていた上,侵入窃盗なども行っていたもので,その生活態度も不良,不真面目であったものである。そして,犯行後においても,当初は,拘置所内の生活について,「とても楽しい日々を過ごしている」,「拘置所の飯はうまいねぇー!」などと記載した手紙を被告人乙に宛てて送るなどし,一人の命を奪ったことに対し,反省の態度すらうかがわれなかったものである。

しかしながら,被告人甲は,現在では,被害者のために写経し,謝罪の手紙に写経したものを添え,被害者の父親宛てに送ったり,朝晩には被害者のために手を合わせて冥福を祈ったりして,被害者のことを思い,悔悟の日々を送るようになり,真摯に反省する態度もうかがわれるようになったこと,被告人甲の父親が,被害者の父親に,賠償金として金350万円を支払って,損害賠償については示談が成立しており,また,被告人甲は現在23歳であって,これまで前科もないことなど被告人甲のために斟酌すべき事情も存する。

そこで,前記2及び上記に掲げた諸事情を総合考慮すると,被告人甲については,主文掲記のとおり,懲役4年10月に処するのが相当であると思料する。

4  被告人乙の個別事情について

被告人乙においては,被害者に暴行を加えることになった契機が被告人甲に誘われたことによるものではあるが,その後は,被告人甲と共に被害者に対し,容赦なく暴行を振るい,次第に被告人甲と同じように,暴行を振るうこと自体に快感を覚えるようになり,自らの意思で何度も被害者に暴行を加えたほか,本件犯行時においても,被告人乙において,ステンレス製の棒や鉄製の棒を探し出してきて,被告人甲と共に激しい暴行を加えているのであって,本件において,被告人乙の果たした役割は決して小さくなく,単に被告人甲に従属して暴行を振るっていただけというものではない。

また,被告人乙においても,本件犯行後,被告人甲と共に神奈川県内まで被害者の着衣等を捨てに行ったり,逮捕前に警察から事情を尋ねられても虚偽の供述をし,交際相手にアリバイ工作を頼むなどして罪証隠滅工作を図っているのであって,犯行後の事情も芳しくない。

なお,被告人乙は,被告人甲が本件犯行後,厳寒の真夜中に丙を置き去りにすることは予想しなかった旨述べるが,丙の死因は,外傷性ショックであり,これは,前示のとおり,被告人両名が被害者に対し,ステンレス製や鉄製のロープ止め棒まで用いて多数回殴打するなどの激しい暴行を加えたことによって生じたものである上,被告人乙においても,本件暴行の後,被害者に対する救護の措置を何ら取らないのはもちろん,その身を案じることなく帰宅したのであるから,仮に,別れた後の被告人甲の行動を予測できなかったとしても,被害者の死の結果について責任を免れ得るものでないことは当然である。

しかしながら,被告人乙は,被告人甲や被害者のためにサラ金業者から200万円近くを借り入れ,これを被告人甲や被害者に貸しており,金銭面においては被害を受けていた上,被告人甲から,その怒りや苛立ちが被害者のみに向けられるように言葉巧みに騙されていたという点において,また,一連の暴行及び本件犯行は,いずれも被告人乙から持ちかけたものではなかったという点において,酌量の余地がないわけではない。さらに,被告人乙は,本件犯行を心から反省し,悔悟していることが認められ,これまで前科,前歴もなく,真面目に稼働してきており,被告人甲と同じく,まだ弱冠23歳の青年であること,被告人乙の両親は,毎月,月命日には被害者宅を弔問し,銀行から借入れをして可能な限りの金員を工面し,本件の賠償金として金500万円を被害者の遺族に支払い,損害賠償の面では示談が成立していることなど,被告人乙のために斟酌すべき諸事情が認められる。

そこで,被告人乙については,前記2及び上記の諸事情を総合考慮すると,主文掲記のとおり,懲役2年4月に処するのが相当であると思料する。

(検察官加藤雄三,被告人甲の私選弁護人沼澤龍起,被告人乙の私選弁護人三輪泰二各出席)

(求刑 被告人甲につき懲役6年,被告人乙につき懲役5年)

(裁判長裁判官 増山宏 裁判官 鎌田豊彦 裁判官 松岡千帆)

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