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静岡地方裁判所沼津支部 平成13年(わ)129号 判決 2001年10月11日

主文

被告人を懲役10年に処する。

未決勾留日数中180日をその刑に算入する。

押収してあるサバイバルナイフ1丁(平成13年押第28号の1)及びナイフ1丁(同号の2)をいずれも没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

1  被告人は,静岡県裾野市内にある自動車会社でトラックの運転手として稼働してきたものであるが,平成13年2月16日午後6時ころから,会社の上司の退職慰労のための送別会に出席した。被告人は,翌日は朝早く親戚の葬儀のために福島県白河市へ向かわなければならなかったため,早めに帰宅するつもりであったが,同僚らに誘われスナック,居酒屋などに行き,結局,翌17日午前零時半過ぎころ,軽四乗用自動車(スズキ・ジムニー。以下「ジムニー」という。)を飲酒した状態で運転し,自宅に戻った。ところが,静岡県御殿場市Cd番地のe所在の被告人宅付近の路上脇には,前々日に降った雪が残り,路面も凍結していたため,被告人は,翌朝早い時間だと車庫前の門扉が凍りついて開かなくなるかもしれないと考え,ジムニーを車庫に入れず,被告人宅南側前の道路(市道3434号。幅員4.8メートル。以下,被告人宅南側前の道路部分を「本件道路部分」という。)上に,被告人宅の塀から約30センチメートルほどまで幅寄せして駐車し,同日午前1時過ぎに家の中に入った。

2  被害者乙は,御殿場市内の工場で寮に寄宿しながら工員として稼働していたものであるが,同日午前3時ころまで,同僚とスナック等で飲み歩いた後,同僚を送って行こうと飲酒した状態で普通乗用自動車(ニッサン・シーマ。以下「シーマ」という。)を運転し,同日午前3時30分ころ,市道3434号の別紙図面の被告人宅東方の南北に走る道路部分を南下し,西方にほぼ直角に屈曲したカーブに差しかかったところ,路面が凍結していたため同カーブ内で横滑りしながら回転し,同カーブから約20メートル余り西方に駐車してあったジムニーの運転席側の車輪フェンダー部分に,シーマの前部バンパーの助手席側部分が食い込むような形でシーマを衝突させ,シーマの後部バンパーは被告人宅と反対側にあった道路脇の鉄製フェンス下部のコンクリート部分に乗り上げてしまい,結局,この事故の結果,シーマは,北東方向に斜めに向いた状態で,幅員約4.8メートルの本件道路部分を完全に塞ぐ形となってしまった(以下,乙が発生させたこの事故を「本件事故」という。なお,本件事故現場付近の道路状況と双方の車両の衝突後の状況の概要は,別紙図面のとおりである。)。

乙は,本件事故発生後,シーマを動かそうと試みたが動かなかったため,シーマに乗車していた同僚は,同所付近に住むシーマの所有者に連絡を取るためその場を離れ,乙は,ジムニーは駐車してある場所の前の家の人の所有であろうと考え,ジムニーの方を動かしてもらおうと思い,被告人宅の玄関チャイムを鳴らした。

3  被告人宅には,80歳になる被告人の母親丙子が,被告人と2人で居住していたが,上記のとおり,玄関チャイムが鳴ったので,就寝中だった丙子が目を覚まし,玄関に出てみると,乙から,「ここにある車はお宅の車かな。」などと大声で何度も尋ねられたりしたため,丙子は,乙が酔っていて,自分では対処できないと考え,自宅の2階で就寝中だった被告人を起こし,被告人に応対してもらうことにした。

丙子に起こされた被告人は,玄関に降りると,乙から,「おやじ,悪いけど車どかしてくれ。」などと言われたため外に出てみると,上記のような本件事故の状況を現認した。被告人は,車をぶつけておきながら乙の態度が横柄であると感じて,少し腹が立ったものの,道路上にジムニーを止めた自分の方も悪いと考え,自宅から車のキーを取ってきてジムニーのエンジンをかけてみたが,シーマがジムニーに食い込むような状態で衝突していたため,ジムニーは前後に30センチメートル位動くだけで,移動させることはできなかった。

4  ところが,乙は,平成9年10月13日に運転免許取消処分を受け,本件事故当時は運転免許を有していなかったため,無免許運転及び酒気帯び運転が発覚することを恐れ,被告人がジムニーを動かそうとしているにもかかわらず,「早くしろよ。おやじよ。道塞いでんだからよ。」などと言ったため,被告人は,「この状態では無理だ。どかせない。」などと言い返したところ,乙から,「この野郎。お前がこんな所に車を止めておく方が悪い。」などと言われた。また,被告人が,乙に対し,「お前免許持ってんのか。」と聞いたところ,乙が,「そんなもの持っちゃいない。」などと言ったため,被告人が,「だったら警察呼ぶしかないな。」と言うと,乙は,再度,「とにかく道塞いでんだから何とかどけろよ。」などと言い返し,開いていたジムニーの運転席窓から被告人の襟首辺りを掴み,殴りかかろうとしたため,被告人は,「何すんだ。ぶん殴るならやってみろ。」,「歯の2,3本折ってみろ。殴ってみろ。この野郎。」などと怒鳴り,双方が大声で怒鳴り合う状態となった。そのうち,被告人は,これ以上我慢できないなどと思い,ナイフで脅かしてでも乙をおとなしくさせようと思い,趣味の狩猟に使用するためにジムニーの運転席の下に置いてあったナイフ(刃体の長さ約18.7センチメートル,平成13年押第28号の2)を取り出し,同ナイフの鞘をはずしながらジムニーを降りた。乙は,ナイフを持ってジムニーから降りてきた被告人の様子を見て,後ずさりしたものの,「この野郎」,「こんな物出しやがって」などと言って,被告人が持っていたナイフを奪い取ろうと被告人の方に向かってきたため,被告人と乙はもみ合いとなり,その結果,被告人は,乙からナイフを取り上げられた。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成13年2月17日午前4時ころ,上記のとおり,前記被告人宅前の路上に駐車しておいた被告人所有の前記ジムニーに,乙(当時32歳)が同人運転に係る前記シーマをぶつけ,しかもシーマがジムニーに食い込んでいてジムニーを移動させることができなかったのに,乙から,ジムニーを早く動かせなどとせっつかれ,被告人の襟首辺りを掴まれ殴りかかろうとされたりしたことから立腹し,怒鳴り合いになったため,乙を大人しくさせようとして前記ナイフをジムニーから持ち出したが,逆に反撃されて乙と揉み合っているうちに,乙からナイフを取り上げられ,そのため,被告人は,乙が右手に持ったナイフを奪い返そうとしたが,その際,左手でナイフの刃をつかんでしまい,自己の左手指をナイフで切り,激しい痛みを感じるとともに,自己の指から血が溢れ出てきたのを目にしたため,「やられた。」との思いから怒りが一度に込み上げてきて,この際,自分が殺しても,相手から殺されてもやむを得ないという気持ちになり,ジムニーに戻って同車の後部荷台に積んであった狩猟用のサバイバルナイフ(刃体の長さ約25.6センチメートル,平成13年押第28号の1)を持ち出し,ジムニーから3,4メートル位離れた場所に立っていた乙の方へ向かって行ったが,その際,乙が,「なんだ。おやじやるのか。」などと言ってナイフを右手に持ったまま構えるような姿勢を取ったため,さらに激昂し,乙が持っていたナイフを振り落とそうとして,乙の方へ小走りに走って近づき,乙の右腕目掛けてサバイバルナイフを振り下ろしたが,乙はナイフを落とさず,数分の間,被告人と乙は,被告人がサバイバルナイフ,乙がナイフをそれぞれ手に持ち,時には振り回し合ったりしながら,双方共に譲らない体勢で必死にもみ合いを続けたが,そのうちに,被告人が,ナイフを持っていた乙の右手を自己の左手で掴み,自己の右手に持ったサバイバルナイフの刃を乙の首筋に押し当てる状態となった。そこで,被告人は,乙に対し,「まだやるか。」と言ったが,乙から,「やれるものならやってみろよ。」などと言われたため,乙が自分のことを馬鹿にしているように感じ,怒りが全身に沸き上がり,「この野郎許さねえ。ぶっ殺してやる。」などと言いながら,殺意をもって,乙の首筋に押し当てたサバイバルナイフを,乙の左頸部から右頸部にかけて一気に押し切るようにして,その前頸部を切り裂き,よって,そのころ,同所において,同人を左総頸動脈切断により失血死させて殺害し,

第2上記日時,場所において,業務その他正当な理由による場合でないのに,上記のとおり,上記サバイバルナイフ及び上記ナイフ各1丁を携帯したものである。

(証拠の標目)及び(法令の適用)

記載省略

(量刑の理由)

1  本件は,前記のとおり,深夜に発生した本件事故をきっかけとして,被害者と被告人が怒鳴り合いになり,被告人がナイフを持ち出したところこれを被害者に取り上げられ,被告人がさらにサバイバルナイフを持ち出し,両者が必死にもみ合いを続けた後,逆上した被告人が,殺意をもって,被害者の前頸部を切り裂いたことにより,被害者がその場で失血死したという殺人及びその際の銃砲刀剣類所持等取締法違反の事件である。

2  前記犯行に至る経緯に見たように,本件事故を発生させたのは被害者の方であり,しかも,シーマがジムニーに食い込んでいて被告人がジムニーを移動させようとしても移動させることができなかったのに,被害者が自己の無免許運転及び酒気帯び運転の発覚を恐れ,被告人に対し早くジムニーを移動させろと無理を言ったことなどの経緯については,被害者の取った行動に適切を欠く面のあったことは否定できない。また,本件犯行前に,被告人が,母親に対し,「酔っぱらって話にならないから110番して。」,「もうすぐ,警察が来るから心配しないで中に入ってな。」などと言っていたことや,本件犯行前に双方が大声で怒鳴り合うのを聞いたという付近住民の供述などに照らすと,被告人だけでなく,被害者の方も相当興奮した状態にあったことも認められる。

深夜に突然起こされた上での被害者のやや横柄な態度に,被告人が相当立腹したことについては,理解できないことはない。

3  しかし,それだからといって,被告人が,前記ナイフを持ち出したのは,あまりにも軽率で愚かな行為であったというほかはなく,そのナイフを被害者に取り上げられるや,さらに,全長約39センチメートル,刃体の長さ約25.6センチメートルもあり,ナイフよりも殺傷能力のより高い前記サバイバルナイフを持ち出すなど,被告人の取った行動は,弁解の余地のない行為であったものというべきであり,この点について,酌量の余地は全くない。

そして,判示のとおり,両者が激しくもみあった後,被告人は,被害者の左頸部にサバイバルナイフを押し当てた際,被害者の態度にさらに激昂し,そのまま被害者の右頸部方向にサバイバルナイフで一気に押し切るようにその頸部を切り裂いており,その犯行態様は残虐極まりなく,その結果,被害者は,左右耳介の下方間にわたってすさまじい切創を負い,その深さは約7.5センチメートルに及んで前頸部は大きく裂け,左総頸動脈,静脈は共に切断され,右外頸動脈は切断,同静脈は折損し,左頸部の切れ込みは椎骨に達し,甲状軟骨は声帯上部で切断されるなど,犯行現場が血の海となるほど凄惨を極める状態で死に至ったもので,誠に痛ましい限りである。

4  被害者は,まだ32歳で,結婚を予定していた女性もおり,子供のころからサッカーを愛し,町内のサッカー部の主将もやっていたスポーツマンであり,とても家族思いな青年であったのに,まさにこれからというときに,このような無惨な結果となって息絶え,将来の夢も希望も断たれたものであって,その無念さは計り知れない。また,突然,息子を失った被害者の両親の悲しみは深く,到底筆舌に尽くし難いものであり,被告人に対して厳重処罰を望んでいるのも無理からぬものというべきである。

5  しかしながら,本件犯行は,計画的なものではなく,前記のとおり,被害者が本件事故を発生させたことに起因して,被害者と被告人がどなりあうトラブルとなり,互いに感情的となった上での犯行であって,その意味で,偶発的なものであること,被告人は,被害者が倒れた瞬間から我に返り,大変なことをしてしまったと後悔し,以後,自らの犯した罪の重さと大きさを思い知り,心から反省している様子がうかがわれること,そして,被害者及び遺族の方に対し,言葉では表現できないほどお詫びをしたい旨述べていること,被告人は,成人した後は,昭和58年に業務上過失傷害で罰金8万円に処せられた前科があるものの,それ以外には前科はなく,タクシー運転手やトラック運転手として真面目に稼働してきており,目の悪い母親の面倒も見てきたこと,被告人の人柄は,普段は温厚で面倒見がよく,勤務態度も真面目で,町内の自治会の仕事も進んで行ったりしていたことから,多数の者が被告人に寛大な処罰を求める旨の嘆願書も作成されていることなど,被告人のために斟酌すべき諸事情も認められる。

6  そこで,以上の2ないし5の諸事情を総合考慮すると,被告人を懲役10年に処するのが相当であると思料する。

(検察官細川充,私選弁護人三輪泰二各出席)

(求刑 懲役12年,サバイバルナイフ及びナイフの没収)

(裁判長裁判官 増山宏 裁判官 鎌田豊彦 裁判官 松岡千帆)

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