静岡地方裁判所沼津支部 平成18年(ワ)779号 判決 2009年11月30日
原告
X
被告
アクサ損害保険株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
佐藤光則
訴訟復代理人弁護士
永松正悟
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、
(1) 金八一六万八八六八円、
(2) 内金七三七万九二六六円に対する平成一七年一二月四日から支払済みまで年六分の割合による金員、
(3) 内金七八万九六〇二円に対する平成一七年一二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員、
を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
(1) 原告は、被告との間で、次のとおり、アクサダイレクト総合自動車保険契約(以下、次のアの保険契約を「本件保険契約一」と、次のイの保険契約を「本件保険契約二」という。)を締結した。
ア 本件保険契約一
(ア) 被保険者 原告
(イ) 被保険自動車 スバルサンバー(《ナンバー省略》)
(ウ) 保険期間 平成一七年一一月二一日から平成一八年一一月二一日まで
(エ) 担保種目
対物賠償保険 無制限
搭乗者傷害保険 一〇〇〇万円
人身傷害補償担保特約 三〇〇〇万円
イ 本件保険契約二
(ア) 被保険者 原告
(イ) 被保険自動車 ニッサンキューブ(《ナンバー省略》)
(ウ) 保険期間 平成一七年三月二日から平成一八年三月二日まで
(エ) 担保種目 車両保険 一八〇万円
(2) 本件保険契約一及び本件保険契約二に係る普通保険約款/特約条項では、次の旨が定められている(乙一)。
ア 対物賠償(第一章九条①(1))
被告は、保険契約者又は記名被保険者の故意によって生じた損害に対しては、保険金を支払いません。
イ 搭乗者傷害保険(第四章三条①(2))
被告は、被保険者がシンナー等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転している場合に、その本人について生じた損害に対しては、保険金を支払いません。
ウ 人身傷害補償担保特約((6)人身傷害補償担保特約七条①(2))
被告は、被保険者がシンナー等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転している場合に生じた損害に対しては、保険金を支払いません。
エ 車両保険(第五章五条(1))
被告は、保険契約者又は被保険者がシンナー等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転している場合に生じた損害に対しては、保険金を支払いません。
(3) 原告は、次のとおり、自動車事故(以下、次のアの事故を「本件第一事故」、次のイの事故を「本件第二事故」という。)を起こした。
ア 本件第一事故
(ア) 発生日時 平成一七年一二月四日午後八時四六分ころ
(イ) 場所 静岡県伊東市<以下省略>
(ウ) 車両 本件保険契約一被保険自動車(以下「本件第一事故車両」という。)
(エ) 態様 右にカーブしている事故現場を走行していたところ、ガードレールに衝突した。
イ 本件第二事故
(ア) 発生日 平成一七年一二月五日午前
(イ) 場所 静岡県伊東市十足
(ウ) 車両 本件保険契約二被保険自動車(以下「本件第二事故車両」という。)
(エ) 態様 左にカーブしている緩い下り坂を走行していたところ、車道を外れて走行不能になった。
二 争点
(1) 原告の主張
ア(ア) 原告は、本件第一事故の、発生日時及び場所において、本件第一事故車両を運転し、右にカーブしている事故現場を時速約四〇キロメートルから五〇キロメートルで走行していたところ、折からの雨で路面が濡れていたこともありスリップし、ガードレールに衝突した。
(イ) 原告は、本件第一事故により、頸椎捻挫等の傷害が発生し、また、静岡県熱海土木事務所管理のガードレールを破損させた。
(ウ) 原告が、本件保険契約一に基づき、被告に対し、本件第一事故につき保険請求する内容は、次のとおり合計七三七万九二六六円である。
a 対物保険 九万三四五〇円
ガードレール 九万三四五〇円
b 搭乗者傷害保険 一七万〇〇〇〇円
(a) 後遺障害保険金 二万〇〇〇〇円
(b) 医療保険金 一五万〇〇〇〇円
c 人身傷害補償担保特約 七一一万五八一六円
(a) 治療費 九万〇六六〇円
(b) 通院交通費 七五〇〇円
(c) 休業損害 一六八万七二〇〇円
(d) 傷害慰謝料 八四万九〇〇〇円
(e) 後遺障害逸失利益 四〇八万一四五六円
(f) 後遺障害慰謝料 四〇万〇〇〇〇円
イ(ア) 原告は、本件第二事故の、発生日及び場所において、本件第二事故車両を運転し、左にカーブしている緩い下り坂を時速約三〇キロメートルから四〇キロメートルで走行していたところ、脇見のためハンドル操作を誤り、道路右側にある斜面に乗り上げた。
(イ) 原告は、本件第二事故により、本件第二事故車両が損傷し、修理費相当額の損害が発生した。
(ウ) 原告が、本件保険契約二に基づき、被告に対し、本件第二事故につき保険請求する内容は、車両保険金七八万九六〇二円である。
ウ よって、原告は、被告に対し、①本件保険契約一に基づき、本件第一事故につき、金七三七万九二六六円及びこれに対する本件第一事故日である平成一七年一二月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、②本件保険契約二に基づき、本件第二事故につき、金七八万九六〇二円及びこれに対する本件第二事故日である平成一七年一二月五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張
ア(ア)a 原告は、本件第一事故及び本件第二事故当時、シンナーの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、被保険自動車である本件第一事故車両及び本件第二事故車両を運転し、本件第一事故及び本件第二事故を起こした。
b したがって、被告は、本件第一事故及び本件第二事故における、搭乗者傷害保険、人身傷害補償担保特約及び車両保険につき、前記一(2)イ、ウ及びエの各特約により免責される。
(イ)a 原告は、本件第一事故当時、シンナーを吸引した状態で、あるいは吸引しながら、車両を運転すればいかなる結果が生じるか当然に認識していたはずであるにもかかわらず、本件第一事故車両を運転し、本件第一事故を発生させているから、原告は、本件第一事故を認容していた。すなわち、原告は、故意により本件第一事故を起こしたと評価すべきである。
b したがって、被告は、本件第一事故における対物賠償につき、前記一(2)アの特約により免責される。
イ(ア) 原告は、本件第一事故において休業するほどの傷害を負っていない。仮に原告が本件第一事件後休業する必要があったとしても、それは、シンナー服用等による病変や既往症によるものであるから、本件第一事故と原告の休業との間には相当因果関係はない。
(イ) 原告は、本件第一事故により後遺障害を負わなかった。
(ウ) 本件第二事故車両が、本件第二事故により損傷していない。
(3) 被告の主張に対する原告の主張
原告は、本件第一事故及び本件第二事故当時、シンナーの影響により正常な運転ができないおそれがある状態ではなく、また、故意により、本件第一事故を発生させていない。
第三当裁判所の判断
一 前記第二の一の各事実、《証拠省略》を総合すると、次のことが認められる。
(1) 原告は、昭和○年○月○日生まれであるところ、昭和五九年(一七歳)ころから塗装の仕事に就いた。
(2) 原告は、平成六年(二七歳)ころから、嫌なことがあるとシンナーを吸引するようになった。シンナーを吸引するとぼーっとして嫌なことが忘れられるので、毎日吸引するようになった。
(3) 原告は、平成九年(三〇歳)ころから、独立して塗装業を営むようになり、仕事でシンナーを吸い、シンナーが身近にあったこともあって、シンナーの吸引を続けた。妻に吸引を止めるように言われると四、五日は吸引を止めるが、その後は再び吸引を続けた。
(4)ア 原告は、平成一五年三月上旬、シンナーを吸引した上で、配達の車からジュースを盗んだ。このことは断片的に覚えている。
イ 原告は、平成一五年八月下旬、シンナーを吸引し、パトカーを傷つけた。
ウ 原告は、平成一五年九月中旬、仕事から帰る途中、車内でシンナーを吸引した。
エ 原告は、平成一五年九月一四日に駐車中の普通貨物自動車内においてシンナーの吸引をしたことなどで、平成一五年一二月八日に懲役六か月、三年間の執行猶予の判決を受けた。
(5)ア 原告は、シンナー依存として、平成一五年一二月一五日から平成一六年二月九日まで、NTT東日本伊豆病院に入院した。
イ 原告は、元請から入院しないと仕事の発注をしないと言われ、やむなく入院した。そのため、シンナー依存の治療につき関心が持てず、上記病院が、シンナー依存による身体への影響や、精神依存の形成などの教育を重ねても、「もうやらねえ。」と言うだけで、興味を示さなかった。
ウ 原告は、シンナー依存につき完治していなかったが、他の入院患者とカラオケに行ったため、上記病院から退院を求められ、平成一六年二月九日、上記病院を退院した。
(6) 原告は、スバルサンバー(本件第一事故車両)を仕事用として使い、シンナーを積んでいた。スバルサンバー(本件第一事故車両)内は、常にシンナー臭がしている。
(7)ア 原告は、平成一七年一二月二日午後一時五七分ころ、スバルサンバー(本件第一事故車両)を運転して、静岡県伊東市<以下省略>先路上を走行中、片側一車線で追越禁止の規制がされていたにもかかわらず、ふらついて中央線をはみ出して走行し、対向車のミラーに接触した(以下「別件第一事故」という。)。
イ 原告は、平成一七年一二月二日午後二時六分ころ、スバルサンバー(本件第一事故車両)を運転して、静岡県伊東市<以下省略>先路上の交差点を右折しようとしたが曲がりきれず、ポールに衝突した上に、信号待ちをしていた対向車に衝突し、そのまま一〇〇メートル逃走したがタイヤがパンクしたため停車した(以下「別件第二事故」という。)。
(8)ア 原告は、平成一七年一二月四日午後八時四六分ころ、スバルサンバー(本件第一事故車両)を運転して、自宅から宇佐見の兄が営む居酒屋に向かう途中、静岡県伊東市<以下省略>先路上の岩松交差点の手前において、ガードレールに衝突した(本件第一事故)。原告が走行してきた片側一車線の道路は、緩やかなカーブであり、交差点の見通しも悪くない。
イ 原告は、救急車で伊東市夜間救急医療センターに運ばれて治療を受けた。その際、原告は、酒酔い運転中の事故であると説明した。原告は、意識は正常であるが、目が据わっており、会話の受け答えが不明朗で、何か不穏で、もうろう状態であった。また、病院に付き添った者の説明も明らかではなかった。
(9)ア 原告は、平成一七年一二月五日午前中、月出整形外科で診療を受けた。医師は、原告がもうろうとして受け答えがおかしかったので、頭部の外傷を疑い、原告の妻に対し、原告の頭部外傷の有無を電話で聞くと、原告の妻は、仕事でシンナーを使うため、中毒症状でないかと答えた。
イ その後、原告は、平成一七年一二月五日午前中、妻とのけんかをきっかけにキューブ(本件第二事故車両)で自宅を飛び出し、放浪していたところ、静岡県伊東市十足の川沿いの狭い林道において、道路右側の溝にタイヤが落ち、走行不能となった(本件第二事故)。
ウ 原告は、平成一七年一二月五日夜間、友人から借りたアクティを運転し、海沿いに新しく建設される予定のバリ風のホテルを見に行くため、静岡県伊東市<以下省略>付近の川奈ホテルゴルフコース手前の道路を走行していたところ、右斜面に落ちてしまった(以下「別件第三事故」という。)。
(10)ア 原告は、平成一七年一二月六日午前七時ころ、妻との口論から、知人の修理工場に侵入して、シンナー一〇〇ミリリットルを飲み、左前腕からシンナーの静脈注射を試みた。同日夕方、病院で受診し、点滴を受けて帰宅したが、嘔吐が治まらないため、同日夜、伊東市民病院を受診したところ急性腎不全等が指摘され、輸液等を行った後、静岡市立静岡病院に救急搬送された。
イ 原告は、静岡市立静岡病院において、急性腎不全、肺水腫等の診断を受け、平成一七年一二月七日から平成一七年一二月二〇日まで、静岡市立静岡病院に入院した。
静岡市立静岡病院の診療録には、一〇年以上の吸引歴があり、慢性シンナー中毒との記載がある。
二(1)ア 原告が、平成一七年一二月二日に別件第一事故及び別件第二事故、同月四日に本件第一事故、同月五日に本件第二事故及び別件第三事故と続けて五件の交通事故を起こしていること(前記一(7)、(8)ア、(9)イ、ウ)からすると、原告が、このころ、車両を正常に運転できる状況でなかったものとうかがえる。
このことに加え、原告が、平成六年ころから常習としてシンナー吸引をし(前記一(2)から(4))、シンナー依存の治療のため入院したが、治療の意欲もなく、完治せずに退院していること(前記一(5))、本件第一事故直後における伊東市夜間救急医療センターにおける原告の状況等(前記一(8)イ。なお、原告は、飲酒しないのである(原告の供述)から、原告の上記状況が飲酒によるものではない。)、本件第二事故直前の月出整形外科における原告の状況等(前記一(9)ア)、本件第二事故の翌日である平成一七年一二月六日におけるシンナーを用いた原告の異様な自殺方法(前記一(10))を併せ考えると、原告は、シンナーの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、本件第一事故車両及び本件第二事故車両を運転して、本件第一事故及び本件第二事故を起こしたものと認められる。
イ 原告は、平成一一年ころからシンナーを吸引していない旨供述し(同人の陳述書である甲一五にも同様の記載がある。)、原告の妻の陳述書(甲一四)には、原告と交際を始めた平成一四年から原告がシンナーを吸引していない旨の記載があるが、これらは、前記一の認定に反するものであり、いずれも採用できない。
ウ したがって、被告は、本件第一事故及び本件第二事故における、搭乗者傷害保険、人身傷害補償担保特約及び車両保険につき、前記第二の一(2)イ、ウ及びエの各特約により免責される。
(2) また、本件第一事故に係るガードレールの損害については、原告と静岡県との間で、判決の確定、裁判上の和解、調停又は書面による合意が成立していない(弁論の全趣旨)から、被告に対し、上記損害に係る保険金を請求するには前提を欠くことになる(第六章二〇条①(1)。乙一)。
(3) 以上のことからすると、原告が主張する本件第一事故及び本件第二事故の損害に係る被告に対する保険請求は、いずれも認められない。
三 よって、原告の請求は理由がないからいずれも棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 栗原洋三)