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静岡地方裁判所沼津支部 平成21年(わ)285号 判決 2010年2月04日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中170日をその刑に算入する。

押収してあるカッターナイフ1本及びカッターナイフの刃片2個を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成16年11月7日午後5時40分ころ,静岡県a市b番地先路上に停車中の普通乗用自動車内において,A(当時25歳)に対し,いきなり同人に抱き付いて(省略)もって,強いてわいせつな行為をし,

第2上記犯行後,Aから「警察に言ってやる。」などと言われ,犯行の発覚を恐れて同人を殺害することを決意し,同日午後6時ころ,同県a市c番地所在の檜林内において,同人に対し,殺意をもって,持っていたカッターナイフ(刃体の長さ約8cm。)でその左右頸部を切り付け,よって,そのころ,同所において,同人を右内頸静脈及び左椎骨動脈切損により失血死させて殺害し

たものである。

(証拠の標目) 省略

(累犯前科)

被告人は,平成9年10月16日静岡地方裁判所沼津支部でわいせつ略取,監禁,強姦致傷罪により懲役5年に処せられ,平成14年8月6日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書及び判決書謄本によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法176条前段に,裁判時においてはその改正後の刑法176条前段に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし,判示第2の所為は行為時においては上記改正前の刑法199条に,裁判時においてはその改正後の刑法199条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし(その有期懲役刑の長期は,行為時においては上記改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるので,上記同様に刑法6条,10条により軽い行為時法のそれによる。),判示第2の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し,上記の前科があるので同法56条1項,57条により判示第1の罪の刑について再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるが,判示第2の罪について無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の刑を科さないこととして,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中170日をその刑に算入し,押収してあるカッターナイフ1本及びカッターナイフの刃片2個は,判示第2の殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれらを没収し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は,被告人が夕刻人気のない暗がりの道路を自動車で走行中,犬を散歩中の被害者を見つけて降車し,犬を車内に入れるなどして強引に被害者を車内に連れ込んで,近くの道外れの空き地に移動し,同所に止めた車内で,被害者に強いてわいせつな行為に及んだ後,再び自車を走行中,犯行の発覚を恐れて被害者の殺害を決意し,人気のない山林に連行してその斜面にまで立ち入らせた上,背後から被害者の左右頸部を持っていたカッターナイフで切り付けて失血死させて殺害したという事案である。

被告人は,全く面識のない被害者に対し,自己の性欲を満足させるという身勝手な動機から,容易に逃げることができない密室内において,過度のわいせつ行為をしているのであって,女性の人格を全く無視した卑劣な犯行である。

しかも,再び自動車で移動し,被害者を解放するため路上で降車させた際,被害者から大声で「絶対に許さない。警察に言ってやる。」などと言われるや,周囲には民家があること等から犯行が発覚することを恐れて,再度無理やり被害者を車内に押し込み,自車を走行させるうち,このまま被害者を解放すれば,警察に通報されてしまい,ひいては当時被告人と同居して慕ってくれていた実妹の子どもとも離され,その幸せな生活を奪われてしまうが,それはできないと考え,被害者の口を封じるために殺害を決意したというのである。犯行動機は,他人の生命よりも自己保身を優先させた理不尽極まりないものである。

その犯行態様を見ると,まず,強制わいせつという屈辱を受け,更に自動車に監禁されて恐怖心を抱いていた被害者を,両側を山林に挟まれた人気のない場所に連行している。次いで,身元が容易に判明しないようにするため,被害者に着衣を脱ぐように命じ,ほぼ全裸状態にして降車させ,そのすぐ後ろを,車内から取り出した仕事用のカッターナイフをポケットの中に隠し持ちながら,被害者の背中を押すなどして付近の山林の奥まった場所に連行した。まさに殺害に向けて段取りを踏まえた行動といい得る。そして,いきなり被害者の背後から頭髪をつかんでその首を固定した上,カッターナイフを持った右手を,被害者の右肩から前頸を経て左頸部に回し,刃先を首筋に垂直に当てて引くようにして切り付け,これを複数回繰り返し,更に前頸に刃先を当て,右頸部を切り付けたのである。その傷の長さは左右それぞれ約17.8cmと約16.5cmに及び,被害者の首回りのうちわずか約2.2cmを残してほぼ一周しており,その深さも左頸部は約2.5cmで血管,筋肉,腱を切断し,右頸部は約1.4cmで筋肉組織や静脈を切断しているのであって,被害者は大量の出血を伴って間もなく意識を喪失し,数分で失血死したと認められる。また,被告人は,強制わいせつ行為からわずか20分後に凶行に及んでいるところ,殺害を決意してからは被害者の生命に思いをかけることはなかったと述べている。以上によれば,殺害方法は,確定的殺意に基づき必殺を期した残虐で冷酷なものというほかない。

犯行直後,被告人は,現場から逃走する際に被害者の着衣を山林内に遺棄して証拠隠滅工作も行っている。

そして,本件の結果は,余りにも重大である。被害者は,全く落ち度なく,新婚生活1年余りの25歳という若さで,愛する夫,両親,姉ら身近な者との別れを交わすこともできず,突然屈辱を受けた上,生命を絶たれたのであって,その無念さは察するに余りある。残された遺族は被害者の無事を祈ったものの,その変わり果てた姿に対面して絶望し,更に犯人逮捕までの約4年半の間悲嘆に暮れていたのであって,痛ましい限りであり,当公判廷で表れた峻厳な処罰感情も無理からぬところである。また,本件が地域住民等に与えた恐怖感,不安感等も大きい。

加えて,被告人は,少年時に住居侵入,強姦罪等により中等少年院送致の保護処分を受けたほか,平成6年に強姦罪で服役し,平成9年に前記累犯前科となる強姦致傷罪等で服役していながら本件に及んでいるのであって,被告人の犯罪性向はより深化し凶悪化しているといわざるを得ない。

これに対し,弁護人は,まず,被告人には強制わいせつ時に殺意はなく,無計画で突発的に凶行に及んだことを酌むべき事情として強調する。なるほど,本件は計画的犯行ということはできないものの,先に指摘した殺害を決意してからの段取りの無駄のなさに照らすと,計画的犯行でないことを酌むべき事情として過度に強調するのは相当ではない。

また,弁護人は,本件では前科の事案とは異なり,被害者を強姦したものではなく,強制わいせつ後に被害者に繰り返し謝罪していることを酌むべき事情として強調する。しかし,被害者に対するわいせつ行為の内容は姦淫に劣らないといっていいほど屈辱的なものである。また,走行する自動車内での謝罪は,なお被害者に対する監禁状態が継続している中でのものといい得る上,その直後にいったん解放した際,被害者としては当然といえる警察に申告する旨の言動に対して,直ちに車内に押し込む行動に出たことを考慮すると,被告人の謝罪は真しなものとはいい難い。この点に関する弁護人の主張は採用できない。

さらに,弁護人は,本件の背景として,被告人が幼少期に母親の愛情に接することがなかったなど成育歴に恵まれず,かつ,男女間の正常とはいい難い性体験等を経て女性軽視のゆがんだ女性観を有するに至ったことを挙げ,これらを酌むべき事情として強調する。しかし,被告人は,本件当時38歳であり,前記のとおり服役等を通じて矯正教育を施されている上,妹らと同居し,愛情のある家庭生活に接していたことを考慮すると,この点に関する弁護人の主張は採用できない。

他方,本件は前記のとおり計画的犯行ではないこと,被告人が,当公判廷で謝罪し,反省の言葉を述べていること,これまでに生命侵害の罪による前科はないこと等の酌むべき事情も認められる。

以上の諸事情を総合して量刑を検討すると,動機は余りに理不尽で,犯行態様は悪質であり,結果の重大性等にかんがみ,被告人の刑事責任は誠に重大であって,被告人に対して有期懲役刑を選択する余地はないというべきである。しかしながら,他方,死刑が冷厳な極刑であり,その適用が慎重であるべきことにも思いをいたすと,被害者参加人の心情を最大限考慮しつつも,死刑の適用にはなおちゅうちょせざるを得ない(なお,被害者参加人の事実と量刑に関する意見陳述中,刑罰を被害者が加害者に与える報復措置の延長としてとらえる見解については賛同できない。)。結局,当裁判所としては,被告人に対し,命ある限り罪を償わせるのが相当であるとの結論に達し,主文の量刑を定めたものである。

(求刑 無期懲役,カッターナイフ等の没収)

(裁判長裁判官 片山隆夫 裁判官 松岡崇 裁判官 西谷大吾)

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