静岡地方裁判所沼津支部 平成21年(わ)411号 判決 2010年2月17日
主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中130日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,Aに対する嫌がらせの目的で,同人ほか3名が現に住居に使用する静岡県a市b番地所在のA方(木造瓦葺平家建,床面積約164.55m2)を焼損しようと企て,平成21年7月25日午後1時40分ころ,同人方敷地内において,あらかじめ灯油を染み込ませた紙片等に持っていたライターで点火して,これを同建物北西角13畳洋室の腰高窓から同室内のベッド上に投入して火を放ち,その火をベッドから同室窓枠に燃え移らせ,よって,A方を焼損(焼損面積約0.1184m2)したものである。
(証拠の標目) 省略
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法108条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中130日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の事情)
本件は,被告人が,嫌がらせの目的で,灯油を染み込ませた紙片等を民家の窓から投げ入れて放火したが,早期に消火されたため,窓枠部分約0.1m2を焼損したという事案である。
放火の方法は,灯油を染み込ませた紙片をビニール袋に入れ,これに点火して被害者方洋室のベッドの上に投げ入れたというのであって,たちまち強い炎が上がり燃え広がる危険性の高いものである。被告人は,人気のないセルフ式ガソリンスタンドで灯油を入手した上,白昼,帽子をかぶって顔を隠し,周囲を見回しながら被害者方裏手の畑地の方から近付いたのであって,本件は計画的で大胆な犯行である。
焼損面積自体は小さなものといえるが,それは,たまたま被害者方を訪ねた近隣住民が異臭に気付き,数人で消火に努めたからである。その当時,家人が二人在宅していたところ,火元となった13畳洋室内は黒煙に包まれて,家人は強い恐怖感を抱いた。そして,天井,壁等の修繕費用として200万円を超える金額が見込まれており,財産的被害は大きい。ところが,被告人自身は被害弁償をしておらず,被害者側の処罰感情は厳しい。
また,被告人は,自分が実妹の突然の死亡等の不幸に見舞われたのは,元をたどれば被害者の一人であるAも関与して,同人の実父の妻であった被告人の実母を離婚させ,一方的に追い出すという仕打ちをしたためであるなどと思い込んで恨みを募らせ,Aに対する嫌がらせの目的で本件に及んでいる。その動機は逆恨みというほかなく,身勝手なものである。
この点,弁護人は,被告人の実母の離婚問題についてAにも配慮の足りない点があったと主張する。しかし,被告人の実母とAの実父には協議離婚が成立したと認められ,当公判廷では,被告人自ら自分の素行の悪さが離婚の原因になったと思うと述べている上,離婚成立後,被告人の実母が離婚について不服を述べていた形跡はうかがえない。むしろ,離婚成立から10か月後に本件犯行を敢行していることを考慮すると,弁護人の主張を踏まえても,酌むべき点に乏しいといわざるを得ない。
加えて,被告人は,平成21年1月に,Aの兄が住む住居に台所の窓から侵入したという事案で懲役10月,3年間保護観察付き執行猶予に処せられ,自分を戒め行動を自重しなければならない執行猶予期間中に本件犯行に及んでいるのであって,法を守ろうという意識に乏しい。
他方,焼損面積自体は,結果として小さなものであったこと,被告人が,事実を認め謝罪文を作成した上,二度と被害者らに迷惑をかけない旨を誓うなど反省の言葉を述べていること,被告人はうつ病にかかっていること,知人が,当公判廷で,今後の生活を支援する意思を表明していること,本件により前記執行猶予が取り消され,合わせて服役することが見込まれること等の酌むべき事情も認められる。
なお,弁護人は,本件当時,被告人はうつ病が悪化し,心神耗弱とまではいかないが,判断能力が相当低下した状態であったと主張する。しかし,被告人のかかりつけの医師は,本件当時「精神病性の症状はなく,現実検討能力は保たれていた」と判断していること,本件犯行の計画性や手段の合目的性等に着目すると,弁護人が主張するような状態にはなかったと認められ,被告人の病状を過度に考慮するのは相当でない。
以上の諸事情を総合すると,被告人の刑事責任は相当重いと考えられるが,被告人に有利な事情のうち,特に焼損面積自体は小さいこと,被告人が反省の言葉を述べていること等を考慮すると,有期懲役刑の最下限の刑に処するのが相当である。
(求刑 懲役6年)
(裁判長裁判官 片山隆夫 裁判官 松岡崇 裁判官 西谷大吾)