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静岡地方裁判所沼津支部 平成21年(わ)544号 判決 2010年3月17日

主文

被告人を懲役8年に処する。

未決勾留日数中80日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,兄の経営する静岡県a市b番地所在の飲食店「甲」に勤務しつつ,同店住居部分に居候していたものであるが,義姉であるAから冷たくあしらわれたとして不満を抱き,さらに,立ち退く際に兄が約束してくれた当座の費用の支給にまでAが反対したことに憎しみを募らせた挙げ句,平成21年10月14日午前9時15分ころ,同店店内において,同人(当時26歳)に対し,殺意をもって,その腹部を持っていた筋引包丁(刃体の長さ約25.8cm)で突き刺したが,同人に入院加療約1か月間を要する腹部刺創,小腸穿孔及び小腸腸間膜損傷を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目) 省略

(累犯前科)

被告人は,平成17年3月31日和歌山地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪により懲役2年6月及び罰金30万円に処せられ,平成19年11月18日その懲役刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の捜査報告書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法203条,199条に該当するが,所定刑中有期懲役刑を選択し,前記の前科があるので同法56条1項,57条により同法14条2項の制限内で再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は,被告人が,兄の妻に憎しみを募らせ,同人の腹部を包丁で突き刺して殺害しようとしたが,未遂に終わったという事案である。

まず,行為の態様を見ると,被告人に暴力を振るわれて110番通報をしようとしていた被害者に対し,突然,その右腹部を切れ味よく研がれた筋引包丁(刃体の長さ約25.8cm)で突き刺し,刃体のほとんどを被害者の身体に刺し入れるほどの力を込めている。無防備な者に対する,強固な殺意に基づく甚だ危険な犯行というべきである。

この点,弁護人は,被告人が被害者を1回しか刺していないことなどから,殺意は強固ではないと主張する。しかし,凶器の形状や身体の枢要部に向けた凶器の使用態様のほか,重傷を負って呆然とする被害者の身体を,更にいすで叩いたり足蹴りするほど憎悪していたことに照らして,被告人の一撃は必殺を期したものというほかなく,弁護人の上記主張は採用できない。

また,弁護人は,犯行は計画的ではなく,悪質ではないとも主張する。確かに,被告人は,被害者に向けて,犯行前夜に用意した包丁を直ちに使用していないが,犯行の際,この包丁をバッグの中に隠し入れて身近に置いていたのであり,直前にこれを取り出して使用したことに照らすと,計画的犯行ではないことを特別有利な事情として強調することはできない。

そして,本件の結果は重大である。被害者の右腹部を刺した包丁の刃先は,腹腔内を貫通して反対側の左腹部の腹膜まで達しており,被害者は,手当てが遅れれば出血性ショック等により死亡する危険があるほどの重傷を負ったのである。被害者の肉体的,精神的苦痛は大きく,厳しい被害感情を表明しているのも無理からぬところである。しかも,本件犯行は,兄の経営する飲食店内で同人が制止するのを振り切って行われたことに照らして,同人の処罰感情が厳しいのも理解できる。ところが,被告人は,被害弁償を全くしていない。

ここで犯行動機を見ると,被告人は,前記のとおり被害者に対する憎しみを募らせて犯行に至っているが,被害者の言動には,弁護人が指摘するように被告人に対する配慮に乏しいと思われる点もうかがえる。しかし,そうであるからといって,本件犯行を正当化することはできない。被告人は,兄が救いの手を差し伸べてくれたにもかかわらず,その兄に対して事前に十分相談するなどの方法をとらず,同居してからわずか2か月余りで,一方的に被害者に対する憎悪の気持ちを爆発させてしまったのであり,やはり身勝手というべきである。

加えて,被告人は,前記累犯前科を含めて多数の服役前科を有し,その多くが暴行,傷害といった粗暴犯であったことを考慮すると,被告人には法を守ろうとする意識が欠けていたことは明らかである。被告人が再び犯罪を犯すのではないかという懸念をぬぐい去ることはできない。

以上によれば,被告人の刑事責任は重いというべきである。

他方,迅速な救命措置が行われたためではあるが,犯行は未遂に終わったこと,被告人が事実を認め反省の言葉を述べていること,被害者及び兄に対する謝罪文を作成し,弁護人を通じて兄宛てに送っていること,姉が公判廷で,被告人の帰りを待ち,その更生に協力したいと述べていること等の酌むべき事情も認められる。

これらの事情や量刑の動向も総合考慮すると,検察官の求刑はやや厳しいものと思われ,当裁判所は,主文掲記の量刑を定めたものである。

(求刑 懲役10年)

(裁判長裁判官 片山隆夫 裁判官 松岡崇 裁判官 西谷大吾)

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