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静岡地方裁判所沼津支部 平成22年(ワ)1015号 判決 2012年10月02日

静岡県沼津市<以下省略>

原告

同法定代理人成年後見人

同訴訟代理人弁護士

増田健二

静岡県沼津市<以下省略>

被告

同訴訟代理人弁護士

土居千之价

後藤真理

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は、原告に対し、別紙不動産目録1、2、6ないし23、29ないし37記載の不動産につき、平成22年4月29日遺留分減殺を原因として、持分5億5569万1854分の1億3829万0088の所有権一部移転登記手続をせよ(平成23年9月15日付け訴えの変更申立書には、「別紙不動産目録1ないし23、29ないし37記載の不動産につき」とあるが、明らかな誤記と認める)。

2  被告は、原告に対し、別紙不動産目録24ないし26記載の不動産につき、平成22年4月29日遺留分減殺を原因として、持分77億7968万5956分の1億3829万0088の所有権一部移転登記手続をせよ。

3  被告は、原告に対し、別紙不動産目録27、28記載の不動産につき、平成22年4月29日遺留分減殺を原因として、持分122億2522万0788分の1億3829万0088の所有権一部移転登記手続をせよ。

4  被告は、原告に対し、4784万1080円及びうち86万3181円に対する平成22年4月30日から、うち4697万7899円に対する平成23年1月27日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、被相続人Aの妻である原告の成年後見人が、遺言により被相続人の全財産を相続した長男である被告に対して、遺留分減殺請求を行ったが、被告が消滅時効を援用してこれを争った事案である。

1  争いのない事実

(1)  A(大正10年○月○日生、以下「A」という。)は、平成20年10月22日に死亡した。

Aの法定相続人は、別紙亡A相続関係図のとおり、原告(妻)、分離前相原告(平成21年(ワ)第670号遺言無効確認等請求事件原告)B(養子、以下「B」という。)、C(二女、以下「C」という。)、被告(長男)、D(養子、被告の長男、以下「D」という。)、分離前相原告(同事件原告)E(二男、以下「E」という。)の6名であり、原告の法定相続分は2分の1、遺留分は4分の1である。

(2)  Aは、平成16年1月1日付け、同年12月1日付け、平成18年1月1日付け、平成19年1月1日付けの遺言書を残したが、直近の平成19年1月1日付け遺言書には、Aの財産を被告に相続させる旨記載されていた。

(3)  Aの遺産は、別紙一覧表のとおりである。

被告は、平成19年1月1日付け遺言書に基づき、別紙不動産目録1ないし23、29ないし37記載の不動産については、別紙登記目録1記載のとおり、別紙不動産目録24ないし26記載の不動産については、別紙登記目録2記載のとおり、別紙不動産目録27、28記載の不動産については、別紙登記目録3記載のとおり、各移転登記手続を行った。

被告は、その後、別紙不動産目録3ないし5記載の不動産を売却した。

(4)  平成22年4月27日、原告について後見を開始し、成年後見人としてFを選任する旨の審判が確定した。

(5)  原告法定代理人成年後見人Fは、同月29日、原告の遺留分4分の1について、被告に対し、遺留分減殺請求を行った。

(6)  被告は、平成21年10月22日の経過により、原告の遺留分減殺請求権の消滅時効が完成したと主張し、第1回口頭弁論期日(平成23年1月14日)に陳述された答弁書により、時効を援用した。

2  争点

(1)  消滅時効の起算日

ア 被告の主張

原告は、A及び被告夫婦と平成15年11月に被告代理人事務所を訪問しており、この時に、Aが遺言書を作成すること及び作成する遺言書の内容が被告に全財産を相続させるという内容であることを承知していた。原告は、平成16年1月にも、Aとともに被告代理人事務所を訪問しており、Aが持参した手書きの同月1日付け遺言書を被告代理人が見分し、様式的に大丈夫であるという返事をする際にも同席していた。その後、Aは、平成18年、平成19年にも同じ内容の遺言書を作成しているが、その際、原告は同席していた。

従って、原告は、Aの死亡時、Aの遺言により自分が全く遺産の相続をせず、被告が全財産を相続する事実を熟知していた。

また、原告は、平成20年10月26日に行われたAの葬儀の喪主を務め、住職との打ち合わせにも同席しているから、Aの死亡の事実が分からなかったはずはない。

なお、原告は、G弁護士(以下「G弁護士」という。)との間で締結していた任意成年後見契約を、平成21年7月24日に解除しているが、その際、原告の意思能力は、公証人によって確認されている。

以上によれば、原告が、平成20年10月22日のA死亡時に意思能力を備えていたことは明らかである。

従って、遺留分減殺請求権の消滅時効の起算日は、Aが死亡した日の翌日である平成20年10月23日である。

イ 原告の主張

原告は、認知症が進行しており、Aが死亡した平成20年10月22日時点で、既に意思能力や事理弁識能力が欠ける状態であった。従って、この時点で、Aが死亡した事実や相続の開始、更には減殺すべき贈与又は遺贈があったことを認識できない状態にあった。

従って、遺留分減殺請求権の消滅時効の起算日は、原告がこれらを認識できるようになったと評価すべき時点、すなわち成年後見人が選任されるとともに、後見開始の審判が確定した時点から開始すると解すべきである。従って、平成22年4月7日に後見開始の審判が確定した後、同月29日に行使された本件遺留分減殺請求について、消滅時効は完成していない。

(2)  時効の起算日がAの死亡日であるとした場合の時効の停止

ア 原告の主張

仮に、原告が平成20年10月22日において、Aが死亡したこと及びAが被告に対して全財産を相続させる旨の遺言をしていたことを認識していたとしても、その後遺留分減殺請求の1年の時効期間が満了する前6か月のうちに意思能力や事理弁識能力が欠ける状態になった場合には、民法158条1項類推により、その後、原告に成年後見人が選任され、後見開始の審判が確定してから6か月を経過するまでは、時効は完成しないと解すべきである。

原告は、G弁護士との間で任意後見契約を締結しており、平成21年6月30日に、G弁護士から任意後見監督人選任の申立てがなされているから、遅くとも同日までには、原告の意思能力や事理弁識能力が欠ける状態に至ったと考えられる。そうであるとすれば、原告の後見が開始され、成年後見人が選任された審判が確定してから6か月を経過するまでは、消滅時効は完成しないと解すべきである。

なお、上記任意後見契約について同年7月24日付けで解除通知がなされているが、これは、原告の事理弁識能力の欠如に乗じて、原告以外の者の意思で作成されたものである。

また、原告の認知症は、同年12月18日にa病院で行われた検査の結果、やや高度ないし非常に高度な程度にあり、脳の萎縮が顕著に進行していて、明確なアルツハイマー型老年痴呆と診断されている。これだけの認知症がわずかな期間に急激に進行したとは考えにくいから、上記診断の約2か月前であって、A死亡の1年後である同年10月22日時点において、原告は既に事理弁識能力を喪失していたことは明らかである。

イ 被告の主張

民法158条1項類推の主張は争う。

また、任意後見契約の解除の際には、公証人が原告に意思能力があることを確認している。

(3)  権利濫用

ア 原告の主張

被告は、G弁護士が行った成年後見監督人選任の申立てについて、静岡家庭裁判所沼津支部の本人面接への立ち合いや録音を要求し、担当調査官から拒まれるや、ただちに原告に成年後見契約の解除通知書を作成させて、裁判所に送付した。また、平成21年8月5日、B及びEは、原告について、同裁判に後見開始の申立てを行ったが、被告は、原告に対する鑑定手続に協力せず、原告を自宅から連れ出すことも認めず、保佐の申立てをして対抗した。これらは家庭裁判所による任意後見監督人または法定後見人の選任を妨げるものであり、このことにより、任意後見監督人または法定後見人の選任がなされないままA死亡時から1年が経過してしまった。

これらの事情に鑑みると、被告の消滅時効の援用は、権利の濫用として許されないというべきである。

イ 被告の主張

原告代理人は、B及びEの主張にのみ依拠して、あたかも被告が原告の後見開始の申立てを妨害したかの主張を展開しているが、極めて不当なものである。

被告は、原告と同居し療養監護を担っていたものであるから、原告の状態についてはB及びEなどとは比較にならないくらい熟知していたものであるのに、両名は、被告に事前に相談もせずに突如として平成21年8月5日に後見開始の申立てを行った。

両名は、この申立ての前である同年5月20日には、被告を債務者として処分禁止の仮処分を申し立て、同年6月16日の仮処分決定に対しては、被告から起訴命令の申立てがなされている。

家庭裁判所調査官の被告面接は、同年10月8日に実施されているが、既に、B及びEから被告としては理不尽と思われる仮処分が乱発されていた状況下で、遺留分減殺請求のみを目的としてB及びEが行った後見開始申立てに、被告が協力できるような状況ではなかった。

(4)  遺留分減殺請求が認められる場合の遺留分侵害額

ア 原告の主張

Aの遺産は、別紙一覧表のとおり、積極財産総額5億5569万1854円であり、固定資産税253万1500円の債務を負担していたから、これを控除した5億5316万0354円が遺留分算定の基礎となるべき財産であり、これに原告の遺留分4分の1を乗じた1億3829万0088円が遺留分侵害額となる。

従って、原告は、被告に対し、別紙不動産目録記載の不動産については、5億5569万1854分の1億3829万0088の割合による共有持ち分を、別紙預貯金目録記載の各預金債権については、相続開始時における総額346万8527円に上記割合を乗じた86万3181円とこれに対する遺留分減殺請求の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求できる。

ただし、被告は、平成23年1月27日、別紙不動産目録3ないし5の不動産を売却し、第三者が移転登記手続を経た。この結果、原告は同不動産のうち、前記共有持ち分に相当する価額について損害を被った。これらの不動産の同日時点の価値は少なくとも1億8877万1563円を下らない。

従って、原告は、被告に対し、別紙不動産目録3ないし5の不動産に関して、不法行為に基づく損害賠償請求として、この価格に遺留分割合(共有持ち分の割合)の5億5569万1854分の1億3829万0088を乗じた額である4697万7899円及びこれに対する不法行為たる処分時の平成23年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める。

イ 被告の主張

Aの遺産については、明らかに争わない。

被告の不動産の一部売却が原告に対する不法行為になるとの主張は争う。

第3判断

1  争いのない事実に、証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実を総合すれば、本件経過は以下のとおりである。

(1)  A及び原告は、長男である被告、その妻H(以下「H」という。)及びDら孫3人と同居して生活していた。

(2)  Aは、平成13年12月、G弁護士に相談し、同月29日付けで自筆証書遺言を作成した。その内容は、被告、E、C及びBに、それぞれ相続させる不動産を指定し、その余の遺産すべてを原告に相続させるというものであった。なお、この遺言書の原本は、発見されていない。(甲21、22、24、証人G)

(3)  平成15年8月ころ、被告は、菩提寺の住職に、墓の承継や相続について相談をしたところ、住職から、相続に関しては弁護士である被告代理人土居千之价(以下「土居弁護士」という。)に相談したらどうかと紹介され、まず、被告1人で被告代理人事務所を訪れ、Aに遺言書を書いてもらうようにとの助言を得た。

そこで、同年11月ころ、A、原告、被告及びHが、被告代理人事務所を訪問した。土居弁護士は、旺文社の社長が毎年年頭に遺言書を書いていることを例にあげて、気持ちが変わればいつでも書き直せば良いこと、一番新しい遺言書が有効になるから、二男から遺言書を書くように言われたら、言われたとおりに書けば良い、元気なうちは、元旦に一年を振り返って遺言書を書くように等の助言をしたうえで、自筆証書遺言の書き方を教えた。

Aは、平成16年1月1日、自宅で「私Aの名義の全ての財産はA家長男Yに全部相続させます。」という内容の遺言書を作成した。作成の際には、被告と原告が立ち会っていた。

同月中旬ころ、Aは、被告とともに被告代理人事務所に行き、作成した遺言書を土居弁護士に確認してもらった。その際、土居弁護士からは、この内容では、今後遺留分侵害のことで争いが起きるかもしれないとの話があったが、Aは、B及びEには既に十分にしてやっている等と話した。(甲1、乙7、13、証人H、被告)

(4)  原告は、平成16年5月から平成19年1月まで、b施設に入居していた。これは、被告及びDが自宅を建て替えるにあたり、原告の足が悪いこと等から建て替え期間中施設に入居することになったもので、自宅は平成18年12月ころ完成した。(丙32の3、証人H)

(5)  Aは、平成16年12月ころ、再びG弁護士に相談し、同月1日付けで自筆証書遺言を作成した。Aは、原告と被告夫婦の仲が良くないことを心配しており、被告、E、C、B及びDに、それぞれ相続させる不動産を指定して、その余は、原告に相続させることとし、Bに原告の養護、介護を求めるという内容であった。(甲2、23、24、証人G)

また、Aは、平成17年5月12日、Eを後見人とする任意後見契約を締結した。その後、原告も、Aに言われて、同年8月ころ、Eを後見人とする任意後見契約を締結した。(甲25、27)

(6)  その後、Aは、平成18年1月1日と平成19年1月1日に、自宅で土居弁護士の助言を受けた平成16年1月1日作成の遺言書と同様の内容の遺言書を作成した。このときは被告が立ち会っており、Hも近くにいたが、原告は施設に入所中でいなかった。(証人H、被告)

(7)  平成18年2月27日、Aは、G弁護士と任意後見契約を締結した。同年3月31日、原告もG弁護士と任意後見契約を締結した。(甲26、丙16の3、証人G)

同年8月2日、G弁護士は、Eから求められ、静岡家庭裁判所沼津支部に、Aについて任意後見監督人選任の申立てを行い、平成19年2月19日、I弁護士が任意後見監督人に選任された。(甲27、丙11の3、証人G、E)

(8)  平成20年10月22日、Aが死亡した。

葬儀の打ち合わせは、檀家となっているc寺の住職と、被告、H及び原告が行い、同月26日、原告が喪主となって葬儀が行われた。(乙12、証人H)

(9)  平成21年2月6日、静岡家庭裁判所沼津支部において、Aの遺言書の検認期日が開かれ、平成16年1月1日付け、平成16年12月1日付け、平成18年1月1日付け、平成19年1月1日付けの各遺言書の検認が行われた。(丙3、4)

(10)  平成21年6月16日、静岡地方裁判所沼津支部において、B及びEの申し立てにより、Aの遺産であり被告所有となった不動産のうち合計13筆について、所有権の一部20分の1について譲渡等禁止の仮処分決定が出された。(甲9の1、2)

(11)  同月30日、G弁護士は、Eからの依頼により、静岡家庭裁判所沼津支部に、原告の任意後見監督人選任申立てを行った。G弁護士は、申立てにあたり原告には会っていない。申立書に添付された原告の診断書(同月27日付け)には、原告が認知症であり、自己の財産を管理・処分することができない旨の記載がある。(丙16の1、33、証人G)

(12)  平成21年7月24日、原告は、静岡地方法務局所属公証人Jの面前で、G弁護士との任意後見契約を解除した。

同月28日、被告は、静岡家庭裁判所沼津支部に、原告が任意後見契約を解除した旨G弁護士に通知したことを連絡するとの上申書を提出した。上申書の起案は土居弁護士がしたものである。(乙10、丙16の5、6、証人H、被告)

(13)  平成21年7月27日、B及びEは、静岡地方裁判所沼津支部に、平成21年(ワ)第670号遺言無効確認等請求事件の訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)

同年8月5日、B及びEは、静岡家庭裁判所沼津支部に、原告について後見開始の申立てを行った。(丙11の1)

同月21日、G弁護士は、任意後見監督人選任申立てを取り下げた。(丙16の8、9)

同年10月8日、静岡家庭裁判所沼津支部で、被告及び土居弁護士が家庭裁判所調査官と面接した。被告及び土居弁護士は、Eらが原告に事前の相談なく後見開始の申立てを行ったことに対して、原告が強い憤りを示し、鑑定手続にも一切協力しないと述べていたと陳述し、被告としても、原告は被告の家族の下で幸せに暮らしており、原告の置かれた状況に特段の問題は感じないため、そもそも申立ての必要がないと感じているし、申し立てをするのであれば被告に何らかの相談があっても良いはずであると陳述し、Eらの強引なやり方によって申し立てられた本件手続については、被告及び原告は一切協力するつもりはなく、鑑定手続に協力するつもりもないと陳述した。ただし、土居弁護士は、同月末日までに、医師の意見書を提出すると約束した。(丙11の3)

(14)  同年11月6日、被告は、原告について、保佐開始の申立てを行った。

同年12月18日に行われた検査によれば、原告の長谷川式簡易知能評価スケールは6点であった。

平成22年2月10日、被告は、保佐開始の申立てを取り下げた。(丙13の1ないし4、14、20)

(15)  原告は、時期は不明であるが、「私Xのざいさんすべて長男Yに相ぞくさせる」と記載のある平成21年3月22日付けの遺言状を被告に見せた。(乙11、証人H、被告)

(16)  原告は、後見開始の後も、被告と同居し、被告が身上監護を行っており、原告の生活費の負担等も全て被告において行っている。(B、被告)

2  消滅時効の起算日について検討する。

(1)  上記のとおり、原告は、平成20年10月26日に行われたAの葬儀について、被告らとともに住職との打ち合わせを行ったうえで、自ら喪主を務めている等の事実が認められ、原告が相続の開始を知ったのは、同月22日のA死亡時であると認められる。

また、その後、平成21年7月24日にG弁護士との任意成年後見契約を解除した際に、公証人により原告の意思能力が確認されていること等によれば、A死亡時においても、原告の意思能力はあったと認められる。

Eは、原告は、Aが亡くなったことがわからなかったようだと感じた等と供述し、Bも、原告は、Aが亡くなったことで悲しさを表したことはなかった等と供述するが、上記認定を左右するには足りないというべきである。

(2)  また、上記のとおり、原告は、平成15年11月にAらとともに被告代理人事務所を訪問し、Aが被告に全財産を相続させる内容の遺言書を作成することや毎年1回遺言書を作成すると良いことについて土居弁護士から説明を受ける際に同席し、Aが平成16年1月1日付け遺言書を作成する際に同席し、その後、Aが土居弁護士に作成した遺言書を見分してもらった際にも同席していたこと、Aの直近の平成19年1月1日付け遺言書は、平成16年1月1日付けの遺言書と同一の内容であること、原告は、Aが土居弁護士に教示を受けたと同様の内容である被告に全財産を相続させる旨の遺言書を自らも作成していること等の事情が認められ、以上の事実に照らすと、原告は、平成19年1月1日付け遺言書の作成には立ち会っていないものの同遺言の内容を知っていたと認められ、A死亡時には、「減殺すべき贈与又は遺贈があったこと」を知っていたと認めることができる。

原告代理人らは、原告作成の遺言書(乙11)は、平成22年4月29日に原告から遺留分減殺請求があったあと、本件訴訟に提出する目的で、被告が、原告をして、その意思能力の欠如に乗じて、作成日付を遡らせて作成させたものであると主張するが、原告は、被告と同居して、被告が身上監護を行うほか生活費の負担もしており、Aと同様、被告に全財産を相続させようと考えることは不自然なことではなく、また、原告自身に確たる資産がないからといって、遺言書を作成することが不自然であるとも言い難い。遺言書作成にあたって、被告の意向が働いていたとしても、被告が、原告にも遺言書を作成してもらうにあたって、特に原告の意思能力の欠如に乗じる必要もなかったものと考えられる。従って、原告作成の遺言書の効力を否定する根拠は乏しいものと考える。

(3)  以上によれば、原告の被告に対する遺留分減殺請求権の消滅時効の起算日は、Aが死亡した平成22年10月22日と認められる。

3  民法158条1項の類推適用の可否について検討する。

原告代理人らは、民法158条1項の類推適用により、時効の停止が認められるべきであると主張するが、同条項は、「時効の期間の満了前6か月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないとき」と定めており、成年後見開始の要件を備えていても、成年後見開始の審判がなされていない者には適用がなく、このような者について当然に類推適用が認められるということはできない。

原告が引用する判決(最高裁判決平成10年6月12日民集52巻4号1087頁、大阪高裁判決平成6年3月16日判例タイムズ862号206頁)は、予防接種禍集団訴訟において、不法行為を原因として心神喪失の常況にある被害者の損害賠償請求権と民法724条後段の除斥期間に関するものであり、本件にあてはめるのは適切ではない。また、青森地裁判決昭和45年3月31日(丙25)は、法定代理人を欠いていた10歳の未成年者について、減殺すべき贈与を知っていたと認められないと判断したものであり、やはり、本件とは事案を異にするというべきである。

4  被告の消滅時効の援用が、権利濫用に該当するかについて検討する。

上記のとおり、G弁護士が行った成年後見監督人選任の申立ての後に行われた任意後見契約の解除は、原告自身が公証人の面前で解除したものであると認められるから、このことが、被告の意向に沿うものであったとしても、被告の消滅時効援用を妨げる事情にはあたらないというべきである。

また、B及びEが平成21年8月5日に行った後見開始の申立てについては、これ以前にB及びEにより被告を債務者とする処分開始の仮処分が申し立てられるなど、推定相続人らの人間関係が悪化している中で、原告と同居している被告に対して連絡もなく申し立てられたものであるから、被告が、これに直ちに協力しなかったとしてもやむを得ない状況であったと認められるし、原告本人も、申立てを知って憤りを見せていたことがうかがわれ、また、同年10月8日に行われた家庭裁判所調査官との面接に際して、被告は鑑定手続に協力するつもりはないと述べたものの、被告の委任を受けていた土居弁護士において、医師の意見書を提出すると約束しており、これらの事情によれば、被告が、鑑定手続に協力せず、保佐の申立てをしたこと等は、原告の遺留分減殺請求権の消滅時効を完成させるためにことさらに行った引き延ばし行為であるとも認めがたく、被告の消滅時効援用を妨げる事情にはあたらないというべきである。

5  以上のとおり、原告の遺留分減殺請求権は、消滅時効が完成し、被告の援用により消滅したものと認められるので、その余について判断するまでもなく、原告の本訴請求には理由がない。

よって、原告の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 古閑美津惠)

(別紙)亡A相続関係図

<省略>

(別紙)不動産目録<省略>

登記目録<省略>

一覧表<省略>

預貯金目録<省略>

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