静岡地方裁判所沼津支部 平成9年(ワ)343号 判決 2001年9月19日
主文
1 被告株式会社三島新聞堂は,原告Aに対し,金22万0050円及びこれに対する平成9年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告Aを除く原告らの各請求及び原告Aのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は全部原告らの負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは,連帯して,各原告に対し,別紙請求債権目録(省略)の各合計金員(過去分)及びこれに対する厚生年金欄記載の金員については平成13年1月31日から,その余の金員については,原告H,同Iに対し,被告三島新聞堂は平成11年6月19日から,同エム・エス・エスは同月21日から,その余の原告らに対し,平成9年8月3日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,連帯して,別紙請求債権目録(将来請求。省略)記載の各原告に対して,各記載の金員を平成13年2月1日から2か月に1回の割合で各原告の年金受給資格喪失月まで支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 1につき仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,被告株式会社三島新聞堂の従業員及びかつて従業員であった原告らが,被告新聞堂及び同エムエスが,給与である折込手数料から給与として支払われるべき機械折込手数料を差し引いたとして,未払賃金の支払いを求めるとともに,折込手数料について雇用保険料,厚生年金保険料及び健康保険料が納付されていなかったために損害を被ったとしてその損害賠償を求め,さらに,原告らの労災保険に関する損害賠償及び積立家族傷害保険の解約返戻金の不当利得返還を求めた事案である。
2 争点
(1) 原告らに対する未払い賃金,不当利得の有無
(2) 原告らの雇用保険に関する不法行為,債務不履行の有無
(3) 原告らの厚生年金に関する不法行為,債務不履行の有無
(4) 原告らの健康保険に関する不法行為,債務不履行の有無
(5) 原告らの労災保険に関する債務不履行の有無
(6) 原告Gの積立家族傷害保険に関する不当利得の有無
3 当事者
(1) 被告株式会社三島新聞堂(以下「被告新聞堂」という。)
被告新聞堂は,各種新聞雑誌官報の販売などを目的とし,昭和24年3月23日に設立された資本金1440万円の株式会社であり,従業員は163名で,現在の代表者は,平成5年2月に代表取締役に就任した。静岡県三島市,駿東郡清水町,長泉町,函南町の大部分の地域と裾野市の一部の地域において,新聞全紙を独占して販売するいわゆる「合売店(合販店)」である。
(2) 被告株式会社エム・エス・エス(以下「被告エムエス」という。)被告エムエスは,株式会社三島広告社として,昭和48年1月8日に設立された資本金1200万円の株式会社で,昭和59年10月9日,現在の社名に変更され(三島総合サービスの略。),新聞及び折込広告,一般広告宣伝業務,その代理業務,損害保険代理業務などを目的とし,従業員は20名で,現在の代表者(被告新聞堂代表者が兼任。)は平成2年1月に代表取締役に就任した。
(3) 原告ら
原告らの生年月日,被告新聞堂への入社年月日及び離職年月日は,次のとおりであり,現在またはかつて被告新聞堂と雇用関係にあった配達従業員である。
file_2.jpgeB mc =D mez mes me mes mF mc mes mee mB7 mA mes miso S4A8 saantO.1 28 BaROI2.1.15 5axa15.9.27 saantes.16 sg40183.27 52409820 sBHT.L4 spani24.12 sa¥06.10.21 5B#12.1031 5aH021.9.15 sa4031.79 5a#032.12.25 AH5AR RMSAB BRROS74.1 5EAR7.1220 Baeas0.11.1 FFALe.1.90 sainso41 — FALE9.30 sainse.101 FAa427 maROOO.I1.4 FAbS5.21 maRe021 A631 marose.t1.1 FAbe228 RaROAL. 111 AeS331 sBHIS7.7.19 ALAS mareze4 = Ab7.720 septs410 | FEAK7.I27 Fpte825 GRETA) FmRH101 wafass.731 .JBEl794 4.5.20 9.1.6(なお,離職年月日は,厚生年金,雇用保険,退職金のそれぞれの関係で,前後しており,実際の退職日は判然としない。)
第3当事者の主張
1 未払賃金(機械折込手数料)(原告ら20名)
(1) 原告の主張
① 被告新聞堂と原告らの間には雇用関係が存在し,または,存在した。
② 賃金の未払
(a) 原告らは,被告新聞堂の業務命令により,チラシ広告折込,配達業務に従事した。
(b)ア 被告エムエスは,昭和63年12月ころから平成6年6月まで原告らに支払われるべき給与である広告折込手数料から,機械折込手数料を根拠なく,合意,相談,説明も一切経ることなく,控除した。
これが雇用契約上の給与であることは,折込手数料が「給与」の名称で支払われるなどしていたこと(給与明細書,銀行の振込名目,被告新聞堂の社内報)からしても,明らかである。
イ 被告新聞堂は,平成6年7月以降も,アと同様に,給与である広告折込手数料から,同機械折込手数料を根拠なく控除した。
(c) チラシ折込,配達手数料はその全額が給与であるから,労働基準法24条の労働者への給与全額払いの原則からして,これを機械折込手数料と相殺することは許されない。
③ 被告らの責任
(a) 被告新聞堂は,原告らとの間の雇用契約(②(b)アの期間,被告新聞堂の業務命令として被告エムエスの折込業務に従事したものである。)に基づき②の未払賃金(差し引き分)の支払義務を負う。
(b) 被告エムエスと被告新聞堂とは,実質的に同一の法人格を有し,また,被告エムエスを被告新聞堂と別個の法人とすることは法人格の濫用であるから,被告エムエスは,②の未払賃金を連帯して原告らに対し支払う義務がある。
(c) 被告エムエスが被告新聞堂と別個の法人であるとしても,被告エムエスは,法律上の原因なくして他人の労務により機械手数料相当額の利益を受け,原告らに損害を及ぼしているから,原告らに対し,②の不当利得を返還する義務を負う。
④ よって,被告新聞堂に対しては,労働契約に基づく未払賃金請求権に基づき,被告エムエスに対しては,労働契約に基づく未払賃金請求権,二次的には不当利得返還請求権に基づき,連帯して,(a)すでに退職した11名については退職までの2年分の賃金相当額を,(b)在職中の4名については,平成9年5月までの2年分の賃金相当額を請求する。各請求額は,別紙請求債権目録(省略)のとおり。
なお,原告Fについて,被告らは,平成5年2月及び同年3月,集金業務について,同原告の責任でない顧客からの未収金分を給与から差し引くという労基法24条違反の措置をとっていたため,賃金の額が他の月に比し極端に低額となっていることから,これらの2か月分は機械手数料の未払金額の算定から除外すべきである。
⑤ 被告らの消滅時効の抗弁について,
(a) 消滅時効の起算点
原告らが,機械手数料名目で差し引かれていた金員が給与であることを,具体的請求が可能な程度に認識したのは,本件訴訟提起時である。
(b) 権利濫用
被告らが消滅時効を援用することは,権利の濫用,信義則違反として許されない。
(2) 被告らの主張
① 被告エムエスに対する請求
被告新聞堂と同エムエスは,その業務内容,従業員,経理内容,就業規則,社員会,法定外福祉保障制度等が区別された,形式的にも,実質的にも別個の法人である。
原告らは,被告エムエスが被告新聞堂の従業員に関する社会保険料等の会社負担分を違法に免脱する目的で設立された旨主張するが,被告エムエスは昭和48年1月8日に設立されているところ,昭和51年ころ,折込手数料は被告新聞堂から支払われていることから明らかなように,法人格が濫用されて設立されたものでない。
② 被告エムエスと原告らの関係
平成6年6月ころまでの間,被告エムエスは,チラシを順番に組み,これを新聞の間に挟み込み,配達する処理は,被告新聞堂の従業員の新聞配達に附随して行うことが最も適切であると考えたことから,被告新聞堂従業員に「下請的」な業務としてこれを発注していた。チラシ折込業務の処理方法は,被告エムエスの折込機械を使用するほか,自ら手作業で処理したり,アルバイト等を使って処理したりすることが各人の自由裁量に委ねられ,具体的な指揮はなかったものであり,チラシ折込業務は「請負的」な業務であって,チラシ折込業務について,原告らと被告らと間には,雇用関係はなかった。
③ 機械折込手数料
(a) 原告らが自由裁量に任されていたチラシ折込の請負的業務の処理方法のうち,被告エムエスがリースした折込機械を使用する場合,同被告は,リース料,組み込み作業のために同被告が雇った人間にアルバイト料等を支払う必要があるので,同被告は,原告らに対し,同機械の使用料請求権(機械折込手数料)を有する。
被告新聞堂従業員が,チラシの組み込み作業を,被告エムエスの折込機械を使用せず,自らアルバイトを雇って作業した場合との公平,組み込み作業に関して実質的に労働力を提供していないこと,チラシ折込業務が「請負的」業務で受注作業の処理のため,発注者が必要な機材等を貸付すればその使用料・利用料を控除されるのは当然であることからしても,機械折込手数料の控除は相当であった。
(b) 原告らは,平成元年以降,長年にわたって何ら異議なくチラシ折込機械を利用し,かつ,機械折込手数料の控除を承諾してきたのであるから,同控除を少なくとも黙示的には承諾していたものである。
(c) 労働に対する報酬という面から考えても,チラシ折込業務において,原告ら従業員はチラシ折込機械を使用した場合は,組み込み作業に関しては実質的に労働力を提供しておらず,その部分に対する報酬を支払わないことは何ら不当とはいえないのである。
④ 被告らの支払義務
(a) 平成6年6月以前は,被告エムエスが折込手数料を支払っていたのであるから,被告新聞堂は,その支払義務を負っていない。
(b) 同年7月以降は,被告新聞堂が折込DMとしてこれを支払っているのであるから,被告エムエスは,その支払義務を負っていない。
⑤ 未払給与の額(原告阿部について)
原告Fについて,退職は平成5年3月31日であるから,過去2年分の実損期間は,平成3年4月ないし平成5年3月分となる。
⑥ [抗弁]消滅時効
(a)① 被告らは,労働基準法115条の消滅時効を援用する。
② よって,原告らが訴訟を提起した平成9年7月25日の2年前である平成7年7月25日以前の機械折込手数料の控除についての請求権は,時効により消滅している。
(b) 原告らは,機械折込手数料という名目で金員が控除されること若しくは支払いの対象となっていないことにつき「腑に落ちないという気持ちを持っていた」旨主張しており,損害の数額までは明らかでなかったとしても,損害の発生を認識していた。
2 雇用保険(原告ら8名)
(1) 原告らの主張
① 原告らは,労働の意思を有していたにもかかわらず,職業に就けない状態で,職業安定所において失業の認定を受け,一定期間,雇用保険の受給を受けた。
② チラシ折込,配達業務は,被告新聞堂の労働契約に基づく業務命令によるものであるから,その対価である給与は,雇用保険の対象である。
③ にもかかわらず,
(a) 被告らは,被告新聞堂の社会保険料等の負担を違法に免れるために被告エムエスを設立し,平成6年6月まで,本来被告新聞堂が給与として支給すべきチラシ折込給与を被告エムエスから支給することとし,被告エムエスは,チラシ折込給与について,故意に雇用保険料を納付しなかった。
(b) また,被告新聞堂は,平成6年7月以降,給与である折込手数料のうち,機械折込手数料の部分について,故意に雇用保険料を納付しなかった。
(c) そのために,原告らの受ける雇用保険給付額が少なくなり原告らに損害が生じた。
④ 被告らは実質的に同一の法人であり,連帯して責任を負う。また,雇用保険の実務上,事業主が同一である場合,原告らの保険は1つでよいとされているのであり(労働保険の保険料の徴収等に関する法律7条1号,4号),原告らは,2つの保険関係の成立を主張しているわけではない。
⑤ ③は,不法行為に該当するとともに,従業員に対する使用者の義務である広義の安全保護義務に違反したという点で雇用契約から生じる債務不履行責任を負う。
⑥ よって,原告らは,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権,二次的には,使用者の広義の安全保護義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求権に基づき,③がなければ各原告らが雇用保険の手当として受給し得る金額と現実に受給した金額の差額を請求する。なお,その算出方法は,現在の計算方法に基づくべきである(甲65,36の1等)。各請求額は,別紙請求債権目録(省略)のとおり。
⑦ 被告らの消滅時効の抗弁につき,
(a) 消滅時効の起算点
原告らが,前記損害賠償請求が可能な程度に損害を認識したのは,原告Cが代表として,公共職業安定所静岡雇用保険課において説明を受けて,原告らの雇用保険受給資格者証を調査し,各人の離職時賃金日額を確認した平成9年2月20日である。
(b) 権利濫用
被告らは,自己の不当な利益を図るため,公共職業安定所に偽りの申告をして雇用保険料を納付しなかったことにより原告らに損害を与えたのであるから,消滅時効の援用をすることは,権利の濫用,信義則違反として許されない。
(2) 被告らの主張
① 故意過失の不存在
被告エムエスは,平成6年6月まで,被告新聞堂の従業員に対し,チラシ折込業務を発注していたが,請負的な業務と認識し,雇用とは別の業務であると考えていたのであるから,雇用保険料を納付しなかったことについて故意または過失はない。
② 保険料支払義務の不存在
仮に被告エムエスの発注したチラシ折込業務が雇用であるとしても,雇用保険について,同時に二以上の雇用関係にある労働者は,そのうち一つの雇用関係(原則として,その者が生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける雇用関係)についてのみ被保険者となる(行政手引書)のであるから,被告エムエスは原告らに対し雇用保険料を納付する義務を負っていない。
③ 因果関係の不存在
仮に被告エムエスの発注したチラシ折込業務が雇用であるとしても,雇用保険基本手当受給の要件は,失業の日以前に原則として1年間に被保険者期間が通算して6か月以上あることであって(雇用保険法13条),事業主の保険料納付は要件となっていない。
雇用保険法における保険関係は,雇用関係が成立すれば法律上当然に成立し,事業主は被保険者の届出義務はあるが,その届出を怠ったとしても,労働者はいつでも被保険者資格取得の確認の請求ができ(同法8条),被保険者資格の確認を受ければ基本手当の受給資格を失うことはないのであるから,被告エムエスが折込手数料に対する雇用保険料を納付しなかったとしても,そのことから雇用保険基本手当の損害が発生するものではなく,損害との因果関係を欠く。
④ 損害額
雇用保険基本手当日額の計算方法は,1年もしくは数年毎に改正されており,算定は,現在ではなく,それぞれ退職時の計算方法に従うべきである。
⑤ [抗弁]消滅時効
(a)ア 被告らは,民法724条の消滅時効を援用する。
イ よって,原告らが訴訟を提起した平成9年7月25日の3年前である平成6年7月25日以前の損害賠償請求権は消滅している。
(b)ア 原告らは,平成6年6月4日の被告新聞堂の社員会において,原告らに対し,折込手数料を被告新聞堂の給与から支払う形態となって雇用保険料等の控除額が増加することを説明した時点において,損害を知った。
イ 原告らは,遅くとも平成6年7月以前の時点において,被告ら折込手数料に対する社会保険等の未納は問題ではないのかと認識し,損害を知っていた。
3 厚生年金(原告ら11名)
(1) 原告らの主張
① 厚生年金の受給要件の充足
老齢厚生年金は,被保険者期間を有する者が,一定の年齢に達したときに,その者に,被保険者期間であった全期間の平均標準報酬月額の1000分の10ないし7.5に相当する額に被保険者期間の月数を乗じ,更に,スライド率1.025を乗じて得た金額を支給するのであるところ(厚生年金保険法42条,同43条),原告らは同要件を充足した。
②(a) チラシ折込・配達業務は,労働契約に基づく業務命令によるものであって,その対価は給与というべきであるが,たとえ請負代金であったとしても「報酬」(厚生年金保険法3条1項3号)にあたることは明らかなのであるから,厚生年金給付の対象である。
(b) 昭和63年12月から平成6年6月まで(被告エムエスが折込手数料を支払っていた期間)の被告のチラシ折込給与につき,厚生年金保険法24条によれば,「同時に2つ以上の事業所で報酬を受ける被保険者について報酬月額を算定する場合においては,各事業所について算定した額の合算額をその者の報酬月額とする」とされており,本体給与とチラシ折込手数料は合算されなければならなかった。
なお,被告らは,原告らは被告エムエスの関係で常用的使用関係にあるとはいえないから,前記合算義務はない旨主張するが,被告らがいう「4分の3」というような形式論理で,被告らが配達労働者に対する責任を免れることができるとすれば,「高い社会保険料を節約したい」という会社の論理が全国的にもまかり通ることになり,厚生年金など社会保険制度それ自体の存立基盤を危うくし,原告らのような深刻な被害を受ける労働者が数多く生み出されかねないのであって,容認できない。
③ にもかかわらず,
(a) 被告らは,「チラシ折込手数料」に関し,適用事業所の事業主として,原告ら被保険者の資格の得喪,報酬月額に関する事項を都道府県知事に届け出ず(厚生年金保険法27条),平成6年6月まで,厚生年金を一切掛けず,合算をしてこなかった。
被告らは,平成6年7月以降は,(機械折込手数料の部分を除く)チラシ折込手数料を「折込DM」という名目にして厚生年金保険料を納付するようになったことからみても,それまでの間,合算して納付してこなかったことの違法性は明白である。
なお,厚生年金保険法施行規則2条によれば,同一都道府県内で同時に2つ以上の事業所に使用されるに至った場合,被保険者が都道府県知事に届出をしなければならないことが規定されているが,これは,ある1つの事業主が全く知らない他の事業主のもとで被保険者が労働し,労働の対償を得ていた場合を想定したものである。したがって,同じビルの中に本店を置き,代表者を含めた役員が全て同一人物で,実質的に同一の法人といわざるを得ない本件では妥当せず,原告らは,2つの厚生年金関係の成立を主張しているというわけではない。むしろ原告らのチラシ折込,配達労働は全て被告新聞堂の業務命令によるものであるから,前記届出義務は被告らにこそある。
(b) 被告らの故意過失
新聞配達と,新聞に挟み込んで配達するチラシの折込,配達の労働は,いずれの時期においても,不即不離の関係にあって,原告ら配達労働者が一括してやらざるを得ない仕事であって,原告ら配達労働者に対するチラシ折込・配達労働の労務指揮は,一貫して労働契約のある被告新聞堂がしていた。
したがって,被告エスが形式上の支払者であった昭和63年12月から平成6年6月までを取り出して,「その間は請負だった」,「被告エスは折込業務を請負と認識していた」などということはできず,被告らに故意過失があったことは明白である。
(c) 被告らがチラシ折込給与に対し厚生年金を故意に支払わなかったために,原告らに実損が発生したのであるから,その間には,相当因果関係がある。
④ 被告新聞堂は本店も役員も全く同一で,就業規則も同一の典型的な同族会社であり,従業員の認識も含めて実態は同一の会社であるから,連帯して責任を負う。
⑤ よって,原告らは,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権,二次的には使用者の広義の安全保護義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求権に基づき,③がなければ各原告らが受給し得る金額と現実に受給した金額の差額の請求権を有するが,争いのある「機械折込手数料」部分は,厚生年金保険については請求せず,同部分を除いた老齢厚生年金報酬比例部分の損害についてのみ損害賠償を請求する。具体的には,所定の「再評価率」(貨幣価値の変動を評価したもの)を活用して,(i)「チラシ折込手数料」の実額が分からない昭和50年11月1日から平成元年12月までと,(ii)被告ら提出の乙4,5により実額がわかる平成2年1月から平成6年6月までの2つの期間の確定標準報酬月額を計算をし,その合算合計(甲135の3等)を所定の計算式に代入して標準報酬月額を出し,見込額回答票(甲44の4等)による平均標準報酬月額との差額に,生年月日別乗率と被保険者期間を掛け,スライド率を掛けると,一年間の損害額が算出される。各請求額は,別紙請求債権目録(省略)のとおり。
⑥ 被告らの損益相殺の抗弁につき,
(a) 厚生年金は,被保険者資格の取得に関する届出義務や保険料の納付義務が事業主に課せられているのであり,保険料の負担は折半であるものの,双方が負担した保険料の納付義務は被告らにあるのであって,原告ら被保険者は単独では保険料を納付できないのであり,被告らの「損益相殺」の主張は不合理である。
(b) 本件は,被告らの刑事責任が問われるような故意による違法行為を永年継続していた被告らが任意の是正に応じないため,原告らがやむなくその不法行為責任を追及するため多大の犠牲を払って本訴に及んだという事案であり,被告らが損益相殺を主張することは権利の濫用,信義則違反であって,許されない。
⑦ 被告らの消滅時効の抗弁につき,
(a) 消滅時効の起算点,(b)権利濫用,信義則違反について,前記雇用保険に関する主張と同じ。
(2) 被告らの主張
① 厚生年金保険料支払義務の不存在
(a) 前記のとおり,チラシ折込業務の処理は,請負的業務であるところ,厚生年金保険の被保険者は,「適用事業所に使用される65歳未満の者」(厚生年金保険法9条)でなければならず,雇傭関係のない原告らはこれに含まれない。
(b) 仮に原告らが行ったチラシ折込業務が雇傭関係における労働であるとしても,社会保険庁の通達もしくは内覧によれば,1日または1週の所定労働時間が,同じ事業所の通常の就労者の所定労働時間のおおむね4分の3以上,1月の所定労働日数が,同じ事業所の通常の就労者の所定労働日数のおおむね4分の3以上,の2要件をみたさない場合には被保険者として取り扱う必要がないとされているところ,原告らのチラシ折込業務に要する時間は,新聞配達業務に属する順路に組む時間や,新聞配達時間と重複するチラシ配達時間を含めたとしても,なおも他の被告エムエス社員の1日の所定労働時間の4分の3に達していない。
したがって,被告エムエスは原告らを被保険者として取り扱わなくてよいのであり,被保険者資格取得の届出も,保険料納付の義務もなく,また原告らが主張する報酬の合算(厚生年金保険法24条)の必要もない。
また,2つの保険関係が成立しうるとしても,厚生年金保険に関して,同時に二つ以上の雇用関係にある労働者について,その届出義務は,事業主ではなく,労働者自身が負っているのであるから(厚生年金保険法施行規則2条),被告らは,同届出をし,厚生年金保険料を支払う義務はない。
② 故意過失の不存在
(a) 被告エムエスは,チラシ折込業務の処理方法が原告らの自由裁量に委ねられており,チラシ折込業務が「請負」であることから,あるいは,「請負」であると認識していたことから,厚生年金保険料を納付しなかったのであり,同保険料を納付しなかったことに故意ないし過失はなかった。
(b) 被告エムエスは,原告らの労働が4分の3要件に該当しないものと認識していたから被保険者資格取得の届出も保険料納付もしなかったのであり,同保険料を納付しなかったことに故意もしくは過失は存しない。
③ 因果関係の不存在
仮に原告らが行ったチラシ折込業務が雇用関係における労働であるとしても,事業主の厚生年金保険料納付は要件になっていない。厚生年金保険法における保険関係は,雇用関係が成立すれば法律上当然に成立し,事業主は被保険者の届出義務はあるが,その届出を怠ったとしても,労働者はいつでも被保険者資格取得の確認の請求ができ(同法31条),被保険者資格の確認を受ければ厚生年金の受給資格を失うことはない。被告エムエスは,折込手数料に対する厚生年金保険料を支払わなかったとしても,そのことから老齢厚生年金の損害が発生するものではないから,損害との因果関係を欠く。
④ 損害額
原告らは,平成2年5月ないし7月の折込手数料(実額)についての再評価率を使用して,昭和50年以降の折込手数料を算定しているところ,折込手数料は時代や景気によって大きく左右されており,平成2年当時のチラシ折込手数料と昭和50年以降のチラシ折込手数料が同程度であったとの推論は,社会通念上も是認できない。
⑤ [抗弁]損益相殺
厚生年金保険料は,被保険者である原告らにも半額の負担義務があるのであって(同法82条),原告らの負担部分である保険料は,損益相殺すべきである。
⑥ [抗弁]消滅時効
(a)ア 被告らは,老齢厚生年金実損額について,民法724条の消滅時効を援用する。
イ よって,原告らが訴訟を提起した平成9年7月25日の3年前である平成6年7月25日以前の損害賠償請求権は消滅している。
(b) 雇用保険に関する前記被告らの主張と同じ。原告らは,遅くとも平成6年7月以前の時点において,被告らの折込手数料に対する社会保険料等の未払は問題ではないかとの認識を有しており,遅くとも平成6年7月には損害の発生を認識している。
4 健康保険(原告D,同G)
(1) 原告らの主張
① 健康保険傷病手当金の受給要件の充足
被保険者が療養のため,労務に服することができないとき,その日より起算して第4日目より,労務に服することができなかった期間,1日に付き標準報酬日額の100分の60に相当する金額が支給されるところ(健康保険法45条),原告Dは,平成6年7月,同Gは平成4年4月,それぞれ療養のため労務に服することができなくなり,同受給の要件を各充足した。
② 前記のとおり,チラシ折込,配達業務は,労働契約に基づく業務命令によるものであって,給与であり,医療保険給付の対象である。
③ にもかかわらず,
(a) 被告らは,被告新聞堂の社会保険料等の負担を違法に免れるために被告エムエスを設立し,平成6年6月まで,本来被告新聞堂が給与として支給すべきチラシ折込給与を被告エムエスから支給することとし,被告エムエスは,チラシ折込給与について,故意に健康保険料を支払わなかった。
(b) また,被告新聞堂は,平成6年7月以降,給与である折込手数料のうち,機械折込手数料の部分について,故意に健康保険料を納付しなかった。
(c) そのために,原告らの受ける健康保険傷病手当金の額が少なくなり原告らに損害が生じた。
④ 被告らは実質的に同一の法人であり,連帯して責任を負う。原告らが2つの健康保険関係の成立を主張しているわけではない。
⑤ ③は,不法行為に該当するとともに,従業員に対する使用者の義務である広義の安全保護義務に違反したという点で雇用契約から生じる債務不履行責任を負う。
⑥ よって,原告らは,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権,二次的には,使用者の広義の安全保護義務違反(債務不履行)に基づく損害賠償請求権に基づき,③がなければ原告D及び同Gが受給し得る金額と現実に受給した金額の差額(原告Dにつき10か月分102万600円,原告Gにつき13か月分117万円)を請求する。
⑦ 被告らの消滅時効の抗弁につき,
(a) 消滅時効の起算点
原告らが,前記損害賠償請求が可能な程度に損害を認識したのは,早くとも平成9年2月20日以降である。
(b) 権利濫用
被告らは,自己の不当な利益を図るため,社会保険事務所に偽りの申告をして健康保険料を納付しなかったことにより原告らに損害を与えていたのであるから,消滅時効の援用をすることは,権利の濫用,信義則違反として許されない。
(2) 被告らの主張
① 健康保険料支払義務の不存在
仮に原告らが行ったチラシ折込業務が雇用関係における労働であるとしても,健康保険につき,同時に二つ以上の雇用関係にある労働者について,その届出義務は,事業主ではなく,労働者自身が負っているのであるから(健康保険法42条,同施行規則12条),被告らには同届出をし,健康保険料を支払う義務はない。
② 故意過失の不存在
被告エムエスは,平成6年6月まで,被告新聞堂の従業員に対し,チラシ折込業務を発注していたが,請負的な業務と認識し,雇用とは別の業務であると考えていたのであるから,健康保険料を納付しなかったことについて故意または過失はない。
③ 因果関係の不存在
仮に原告らが行ったチラシ折込業務が雇用関係における労働であるとしても,事業主の健康保険料納付は要件になっていない。健康保険法における保険関係は,雇用関係が成立すれば法律上当然に成立し,事業主は被保険者の届出義務はあるが,その届出を怠ったとしても,労働者はいつでも被保険者資格取得の確認の請求ができ(同法21条の2),被保険者資格の確認を受ければ健康保険傷病手当金の受給資格を失うことはないのであって,被告エムエスは,折込手数料に対する健康保険料を支払わなかったとしても,そのことから健康保険傷病手当金の損害が発生するものではないから,損害との因果関係を欠く。
④ [抗弁]消滅時効
(a)ア 被告らは,医療保険給付額実損額につき,民法724条の消滅時効を援用する。
イ よって,原告らが訴訟を提起した平成9年7月25日の3年前である平成6年7月26日以前の健康保険料未払による損害賠償請求権は消滅している。
(b)ア 原告らは,平成6年6月4日の被告新聞堂の社員会において,原告らに対し,折込手数料を被告新聞堂の給与から支払う形態となって社会保険料等の控除額が増加することを説明した時点において,損害を知った。
イ 原告らは,遅くとも平成6年7月以前の時点において,被告ら折込手数料に対する社会保険等の未納は問題ではないのかと認識し,損害を知っていた。
5 労災保険(原告A,同G)
(1) 原告らの主張
① 被告新聞堂には,社員福祉保障制度として,「安心して働く為に」の規定があり,「交通事故による保障制度」がある。
② 原告Aは平成5年2月21日,原告Gは平成元年9月19日,いずれも出勤途中に交通事故にあった。
③ 被告らは,これらの事故が労災該当事案であるのに,これを隠すため私的事故であると偽って,労災ではなく,虚偽の健康保険傷病手当の請求をした。
なお,原告らは,労災保険そのものではなく,被告らの社員福祉保障制度に基づき労災保険に上積みする補償として請求するものである。
④ 被告らは実質的に同一の法人であるから,連帯して責任を負う。
⑤ よって,被告らに対し,債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき,原告Aは58万2750円,原告Gは387万8280円(平成元年9月19日の交通事故に関する1日1万3609円の270日分の休業補償)の請求をする。
なお,原告Aの請求に関し,被告らが自白している額は,被告新聞堂の本体給与に関する部分のみであるが,前記のとおり,チラシ折込,配達労働の対価としては,機械折込手数料を含めたチラシ折込手数料の総支給額が支払われるべきである。そして,被告エムエスの事故前6か月のチラシ折込給与の総支給額の平均を出し(甲55の3),これと被告新聞堂の本体給与額を加えて労災の給付金124万2900円を算出し,そこから健康保険傷病手当金として支給された66万0150円を差引くと,原告Aの損害は58万2750円となるのである。
(2) 被告らの主張
① 原告Aにつき,健康保険傷病手当金66万0150円に対する労災保険特別支給金相当分(給付基礎日額の20パーセント,労働者災害補償保険特別支給金支給規則2条)である22万0050円の範囲で認め,その余は争う。
なお,被告新聞堂は,三島社会保険事務所に対し,同交通事故について申請手続の誤りを認めて健康保険傷病手当金の返還を申し出たが,時効を理由(健康保険法4条)に受領してもらえなかったことから,供託をしたものである。
② 原告Gにつき,
(a) 原告Gの労災保険金請求は,原告ら準備書面(11)の陳述によって請求を放棄したものであり,これは請求棄却の確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法267条)。
(b) 原告Gは,加害者側より458万円の賠償金を受領しているところ,労働者災害補償保険法12条の4第2項によれば,保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合,「保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは,政府は,その価額の限度で保険給付をしないことができる」と規定されている。
したがって,原告Gは請求額である387万8280円を超える458万円を賠償金として既に受領しているのであるから,労災保険の給付は発生しない。
(c) 被告Gに対する補償額は,「安心して働く為に」の交通事故による保障制度に従えば,相手方から補償される事故で,かつ,後遺障害10級であるから,後遺障害補償金限度1000万円の50パーセントの更に27パーセントである135万円にとどまる。
6 積立家族傷害保険(原告G)
(1) 原告Gの主張
① 被告らは,平成4年7月16日,原告G名義の清水銀行三島支店口座に,住友海上火災保険より,同人の積立家族傷害保険の退職に伴う解約返戻金7万3230円が振り込まれたのに,これを同原告に渡さず利得した。
同振込の事実について,誰からも原告Gには通知されず,かつ,同原告はこの金員を受領した覚えは全くない。
被告エムエスは,住友海上の代理店をしているのであるから,被告らは,同金員の振込の事実を知りうる立場にあり,また,清水銀行三島支店との密接な関係から,「代理人分」として計2枚のキャッシュカードを発行してもらうなどして,金員を流用しうる立場にあった。
② 被告らが①を利得することには法律上の原因がないところ,原告Gは①によって同金額の損害を被り,被告らは①につき悪意であった。
③ 被告らは実質的には同一の法人であるから連帯して責任を負う。
④ よって,原告Gは,被告らに対し,不当利得返還請求権に基づき,同額の支払いを請求する。
(2) 被告らの主張
原告Gが主張する解約返戻金は,原告Gが管理していた同原告名義の銀行口座に振り込まれ,同Gが受領している。原告Gは,同原告名義の銀行預金口座の通帳を自ら保管しており,またキャッシュカードも1通しか発行されておらず,引き出し先である三島函南農協西支店は,原告Gの自宅のごく近隣に存在していることからも,このことが窺われる。
第4当裁判所が認定した事実
書証番号省略,証人J及び同Kの各証言,原告C本人及び被告ら代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
1 未払賃金(機械折込手数料)に関して
(1) 被告エムエスと同新聞堂との関係
被告エムエスは,昭和48年1月8日,株式会社三島広告社として設立され,設立当初は,折込広告の受注業務がほとんどであったが,昭和59年11月に商号を現商号に変更した以後は,広告業を中心としつつ保険代理店業など幅広い範囲の事業を手がけるようになった。
被告エムエスの平成9年2月における代表者L,取締役M,同J,同N,同Oは,被告新聞堂の代表者,取締役を兼ねており,両被告会社は,株主の構成は若干異なっているものの,いわゆる同族企業の関係にある。
被告新聞堂と同エムエスの従業員の採用,所属は区分されており,本人が承諾した場合に転籍することはあるが,役員を除く管理職で兼務している者は1人だけである。経理帳簿は,それぞれ別個に記帳,管理されており,税務の申告,納税も区分され,現在の就業規則は別個に存在している。両者の営業場所は,現在同じビル内にあるが,階は異にし,被告新聞堂は4階の一部と1階,被告エムエスは3階の一部を使用し,電気,ガス等の費用も別々に支払いがされている。
被告新聞堂の配達従業員の中で,被告エムエスから「賞与」の支払いを受けていた者はいない。
(2) チラシ折込業務
被告エムエスは,顧客から,チラシ広告を新聞(朝刊)と共に配達することを請け負い,配達従業員らは,顧客から持ち込まれたチラシ広告を順番に組んで一束にした上(以下「組み込み作業」という。),これを新聞に挟み込み(以下「挟み込み作業」という。),これを家庭,事業所等に宅配をする(以下「配達作業」という。これらの3作業を合わせて,以下「チラシ折込業務」という。)。
被告エムエスの作業所に設置されている折込機械を使用する場合,チラシ折込業務をめぐる一連の流れは,およそ次のようなものである(証拠略)。
① 配達前日
被告エムエスは,受付事務所において,顧客からチラシ折込広告の配布の依頼を受け,チラシの枚数,配布場所等の確認をし,これをコンピューターに入力して,帳票化し,搬入する。被告エムエスの従業員は,チラシを各折込機械別に仕分けをして,台車に積んで,作業場所の指定号機にセットする。そして,被告エムエスが雇用した女子アルバイト(パート,現在44名)が折込機械を操作し,正社員も補助をして,チラシを一つの束にし(組み込み作業),組込後は,これを梱包して,各支店へ配送する。
② 配達当日
配達従業員は,朝刊配達前の作業として,順路帳に従って新聞を配達の順路別に組み(この作業は挟み込みの作業の後でする者もいる。),これに前日組み込まれた折込広告を挟み込む作業をした上で,チラシ広告の挟み込まれた新聞を宅配する。
なお,配達時間を含め,チラシ折込業務に要する時間は,おおよそ合計3時間30分ないし4時間であり,また,配達作業のみに従事する者はいない。
(3) 昭和63年11月ころまでの作業と給与等の支払状況
① 被告エムエスは,顧客から受注したチラシについて,昭和63年12月ころまでは,その受け付け作業,営業活動を除く,チラシ折込の全ての作業(組み込み,挟み込み,配達)を,被告新聞堂に一括して注文をし,同被告の配達従業員がこれらの作業を行っていた。被告新聞堂は,配達従業員らが組み込み作業及び挟み込み作業を行うについて,場所,時間等を特に指定,指示することはなく,処理方法についても,配達従業員本人の手作業による処理,配達従業員が雇用したアルバイトや家族等の手作業による処理,配達従業員や他の従業員が他から借りてきた折込機械を用いての処理などのいずれの方法を採るかは,各人の判断に任されていた。そして,アルバイトを雇った場合,自己が折込機械を借りてきた場合,他の従業員に折込機械を使わせてもらう場合などに要する費用は,各従業員が負担をしていた。
なお,実際にはほとんどの配達従業員は自分が雇ったアルバイトに組込作業をさせていた。
② 被告新聞堂は,チラシ折込業務に対する対価については,チラシ折込業務の完成のために用いる労務が従業員らの自由裁量的な部分が多く雇用よりも請負的要素が強かったことから,給与とは区別し,折込料(折込手当)として,手渡しで支払っていた(なお,甲60)。その際,被告新聞堂が配達従業員らに手渡していた給与等の明細書は,いずれも手書きで,(i)支給項目として給与,集金手当,職務手当など,控除項目として社会保険料,市民税,源泉税,雇用保険,医療保険などが記載されたもの,(ii)支給項目として折込手当,控除項目として預り金,財形積立,保険料(内訳は,自動車保険と積立ファミリー保険。)などが記載された「支払明細書」などであった(証拠略)。
③ 被告新聞堂は,社会保険,雇用保険について,前記②の(i)の項目に関しては,被保険者資格の届出をし,保険料を納付していたが,(ii)の項目については,前記のとおり労務の自由裁量的な部分が多く,雇用よりも請負と考えていたため,これをしていなかった。
なお,被告新聞堂は,従業員に対し,社会保険料が変わった都度,新等級,保険料を通知していた(証拠略)。
(4) 昭和63年12月ころから平成6年6月ころまでの作業と給与等の支払状況
① 被告エムエスは,配達従業員らが人手不足もありアルバイトの確保が困難になったことなどから,昭和63年12月ころから,組み込み作業の用に供するため,折込機械の導入を目指すこととした。そして,チラシ折込業務が本来,被告エムエスが注文者から請け負った業務であり,同被告が折込機械を借りてくることなどから,手作業のアルバイトに代わって,同被告が折込機械による組込作業を行うようにし,地区責任者への折込手数料を被告新聞堂に代わって自ら支払うことにした。
そのため,被告エムエスは,平成元年ころ,6台のチラシ折込機械を導入したが,組み込み作業につき,配達従業員が従来どおりアルバイトを雇って処理する方法で作業をするか,被告エムエスの折込機械を利用して作業をするかは,従来どおり,各配達従業員の任意の判断に委ねられていた。
被告エムエスは,同機械を新しく導入する際,作業所の整備費用,折込機械のリース料,機械操作のアルバイトの人件費等の費用がかかるため,配達従業員らに対し,折込機械を使用する場合には機械の使用料を負担してもらうことを求め,これを了解した配達従業員らの依頼により折込機械を使用して組込作業をした場合には,機械使用料を折込手数料から控除して支払った。被告らは,折込手数料の支払者が被告新聞堂から被告エムエスに変更されること,機械使用料の控除及びその額について社員会等で説明していたが,従業員らから格別異議は出なかった。
② 被告エムエスは,配達従業員からの折込機械による組込作業の依頼が多くなり,現状の台数では処理できなくなったことから,平成2年4月ころ,機械化,OA化を本格化して,更に人手不足を補うとともに,チラシ折込作業を近代化するため,新たに折込センターを設置し,ここに折込機械を11台設置し,これを操作する女性アルバイトも20数人採用した。
配達従業員らのうち,同年ころ,折込機械を利用していたのは,約20ないし25名で,全配達従業員の約20ないし25パーセントであったが,徐々に増加し,平成6年ころには,約90パーセントに達した。
③ 被告エムエスが(地区責任者に関し,)直接折込業務を行うようになった昭和63年12月ころから,被告らの従業員らに対する給与等の支払は銀行振込となった。
そして,折込手当(折込手数料)については,被告エムエスから,清水銀行三島支店の原告ら名義の口座に振り込まれることとなり,その支給明細書も被告エムエスから渡されることとなった。このことは,被告新聞堂の社内報「途」第76号において,「折込給与の変更」として紹介されている(証拠略)。
また,被告エムエスは,配達従業員がチラシ折込機械を使用した場合には,折込手数料総支給額から機械折込手数料を控除して,その残額を指定口座に振り込んでいた(証拠略)。その明細書には,(i)折込手数料,機械折込手数料,差引折込料(折込手数料から機械折込手数料を引いたもの。),源泉徴収と貸付金額の控除額,差引支給額が記載されている「給与明細書」の時期と,(ii)折込手当などの「支給」項目,所得税,機械バイトなどの「控除」項目,差引支給額等が記載されている「給与明細書」の時期(証拠略。なお,同給与明細書には,前記折込手当,所得税,機械バイトの項目のほかに,支給項目欄には基本給,控除項目欄には雇用保険,健康保険,厚生年金保険,チラシバイトなど項目があって,金額が空欄となっている。)とがある。
被告エムエスから振り込まれた原告らの清水銀行三島支店の普通預金口座の預金通帳には,同振込の摘要として,「給与」あるいは「給与振込」と記帳されている(証拠略)。
なお,当時,清水銀行における振込依頼の定型用紙には,名目として「給与」と「総合」の2種類しかなかった。
一方,この間の被告新聞堂の給与支給明細書には,支給項目欄には基本給,地区補助手当,集金手当,拡張手当などの項目が,控除項目欄には健康保険料,厚生年金保険料,雇用保険料,所得税,財形貯蓄,生命保険料,損害保険料などの項目があって毎月一定額が控除されている(証拠略)。
被告新聞堂から振り込まれた原告らの駿河銀行三島駅前支店の普通預金口座の預金通帳には,同振込の摘要として,「キユウヨ」と記帳されている(証拠略)。
なお,被告エムエスは,税務上,機械折込手数料は,別個,機械のリース料,人件費の形で計上されているのでこれを計上せず,折込手数料から機械折込手数料を控除したものを人件費とし,経費として申告していた。
④ 被告新聞堂は,適用事業所の事業主として,被告新聞堂による給与支払額につき,原告らの雇用保険料,社会保険料(厚生年金,健康保険)の会社負担部分を支払っていた。
被告エムエスは,折込手数料については,労務の自由裁量的部分があって雇用よりも請負的要素が強いと認識していたために,前記届出をせず,いずれの保険料も支払わなかった。
原告らは,被告エムエスから振り込まれる折込手数料に関して,雇用保険料,社会保険料が納付されていないこと,このことが将来的の保険給付額に影響が及び得ることを認識していた。
⑤ 原告らが被告新聞堂及び同エムエスから支給を受けた合計額のうち,被告エムエスからの支給額は,原告Cの場合,約32パーセント相当額である(証拠略)。また,被告エムエスが控除する「機械折込手数料」は,「折込手数料」全体の約35ないし40パーセントである(証拠略)。
なお,被告新聞堂は,平成6年4月1日,就業規則を規定し,給与の説明の項で,新聞販売従事者について,歩合給とし,支給項目として,基本給,地区補助,集金手当,皆勤手当,長勤手当,役付手当をあげている(証拠略。「折込手数料」に関する記述は同就業規則にはみられない)。
(5) 平成6年7月から平成10年12月までの作業と給与等の支払状況
① 平成6年6月ころまでに,ほとんどの配達従業員がチラシの組み込み作業を行うにあたって,被告エムエスの折込機械を使用するようになり,労務の自由裁量的部分がなくなったことなどから,被告新聞堂及び同エムエスは,同年7月より,チラシの折込業務を被告新聞堂の配達従業員の雇傭の一部としてその任務にあたらせることとした。
そして,被告新聞堂は,平成6年6月4日ころ,社員会において,折込手数料の支給が同被告からされることになること及び折込手数料(機械折込手数料を控除したもの。)に対しても保険料を納付することとなるので天引される社会保険料が増え手取り分が減ることなどを説明した。
同月の前後で,折込機械を使用していた従業員らの作業内容の実態には変化はない。
② 被告新聞堂は,配達従業員のチラシ折込業務に関する支払額を従来どおり折込手数料総支給額から機械折込手数料を控除した上,総支給額から機械折込手数料を差し引いて算出し,これを給与とし(証拠略),その支給額を配達従業員らのスルガ銀行三島支店の口座へ振り込んだ(証拠略)。
その「給与明細書」には,支給項目として,基本給,職種手当,役付手当,勤続手当,特務手当,職務手当,地区補助,集金管理,拡張手当,折込DM(折込手当)など,控除項目として,健康保険,厚生年金,雇用保険,所得税,損害保険などがあげられている。同明細書には「折込手数料明細書」が添付され,折込件数と定数によって計算した「手数料」,「機械折手数料」,手数料から機械折手数料を控除した「差引手数料」が記載され,同「差引手数料額」が,前記「折込DM」額に合致している(証拠略)。ただし,平成7年1月ころまでは,前記「折込手数料明細書」ではなく,従前からの被告エムエス名義の「給与明細書」が用いられ,同様の事項が記載されている(証拠略)。
③ 被告新聞堂は,平成6年7月以降,折込手数料の機械折込手数料を控除した残額を給与として扱い,これに対する雇用保険料,社会保険料(厚生年金,健康保険)を納付するようになった。
④ 被告新聞堂は,平成9年4月1日,従前の就業規則,給与規程を改定し,販売地区担当者について,基本給(日給月給制とし配達部数による。),集金手当,折込.DM手当(配達したチラシ,DMの手数料)などが「給与」を構成するものと規定した(証拠略)。
同年7月21日,原告Cらを執行委員とする「三島新聞堂・エムエスエス労働組合」の「労働組合結成通知」が,被告新聞堂代表者に対してなされた(証拠略)。
被告エムエスは,平成6年度に税務調査を受け,また,被告新聞堂は平成10年度に社会保険事務所の定期調査を受けたが,折込手数料の支払形態等について,改善指導等の指摘を受けたことはなかった。
(6) 平成11年1月1日以降の給与体系
被告新聞堂は,平成11年1月1日,さらに就業規則を改訂し,給与体系も大幅に変更し,平成11年2月分から,折込DMは「折込手当」として,従来の折込手数料総額に比し,減額された金額を支給するようになったが,給与の支給総額では大差はみられない。また,従前添付していた前記「折込手数料明細書」は作成されなくなった(証拠略)。
なお,同改定に対して,被告新聞堂・同エムエス労働組合は,これが労働組合を無視して強行されたものであるとして抗議をしている(証拠略)。
(7) 雇用保険
別紙請求債権目録(省略)の雇用保険欄に金額の記載のある原告ら8名は,被告新聞堂を退職後,労働の意思を有していたが,職業に就けない状態で,職業安定所において失業の認定を受け,雇用保険受給を各受けた(証拠略)。
原告Cは,平成9年2月20日,公共職業安定所静岡雇用保険課において説明を受け,原告らの雇用保険受給資格者証を調査し,各人の離職時における賃金日額を確認した。
(8) 老齢厚生年金
別紙請求債権目録(省略)の厚生年金欄に金額の記載のある原告ら11名は,厚生年金取得の要件を各充足し,厚生年金保険給付の裁定を受けた(証拠略)。
(9) 健康保険(医療保険給付・傷病手当金)
原告Dは,平成6年7月13日入院し,退院後同年9月30日まで自宅療養を行い(証拠略),また,同Gは平成4年4月8日入院し,同年5月31日退院しその後加療通院をし(証拠略),それぞれ療養のため労務に服することができなくなって,健康保険受給の要件を充足した。
(10) 労災保険
① 原告Aは,平成5年2月21日,出勤途中,原付バイクで転倒をし,左膝蓋骨骨折,右肩鎖関節脱臼,左膝打撲挫創等の傷害を負った(証拠略)。
被告新聞堂は,同事故が,原告Aが買い物に行く際にブロック塀にぶつかったことが原因であるものとして,同年6月18日,健康保険傷病手当金の請求をし(証拠略),その支給決定を受け,同年7月13日,傷病手当金合計66万0150円の支払いを受けた(証拠略)。
被告新聞堂は,平成10年7月30日,三島社会保険事務所に対し,健康保険傷病手当金を受け取ったことが間違いであったとして,同額及びこれに対する前記給付日から同日まで年5分の割合による遅延損害金の合計82万6815円について現実の提供をしたが,時効を理由(健康保険法4条)に受領されず,同年9月29日,同額を供託をした(証拠略)。
② 原告Gは,平成元年9月19日,バイクの衝突事故によって,右足関節胚腓靱帯損傷,右足月状骨骨折により,同日から平成2年10月31日まで,自宅加療をした(証拠略)。同原告は,これにより10級の後遺障害が残存すると診断された。
そして,原告Gは,加害者である堀江健一と同年11月,堀江が原告Gに対し,合計992万円(慰謝料等533万9486円,後遺症に対するものとして458万円。内金284万3194円は支払い済み。)を支払うことを内容とする示談をし(証拠略),その金額の支払いを受けた。
③ 被告新聞堂及び同エムエスの社員福祉保障制度(「安心して働く為に」,昭和53年1月制定,平成6年4月1日改訂。証拠略)には,「交通事故による保障制度」(改訂後のもの)として,相手のある事故で,相手側から補償される事故の場合,入院1日(180日限度)につき,最高8000円で,その50パーセント相当額が支給される旨記載されている。
(11) 積立家族傷害保険
被告新聞堂は,原告Gを被保険者とする積立傷害保険に加入していたが(証拠略),平成4年7月11日,同契約は同人の退職に伴い解約された。その解約返戻金は,7万3230円で(証拠略),同月16日,同額が,住友海上火災保険より,清水銀行三島支店の原告G名義の口座(普通2037595)に振り込まれた(振込後の残高7万5664円)。同月25日,同口座から,7万0103円が,三島函南農協西支店を利用して,引き出された(証拠略)。
原告Gは,同原告名義の銀行預金口座の通帳を自ら保管している。また,同口座のキャッシュカードは,書留郵便で,清水銀行から,本人宛に郵送されており,1通しか発行されていない(証拠略)。
なお,被告エムエスは,昭和54年5月から住友海上火災保険の代理店をしている(証拠略)。
第5以上の認定事実に基づく当裁判所の争点についての判断
1 争点1(未払い賃金)について
(1) チラシ折込業務の性質
チラシ折込業務の性質に関し,平成6年7月以降分については,これが雇用であることについて,結論的には争いがない。
そして,被告らは,昭和63年12月ころから平成6年6月ことまでのチラシ折込業務については,被告エムエスが,被告新聞堂の従業員らに対し,これを「請負的な業務」として発注していたものである旨主張するところ,たしかに,昭和63年11月ころまでは,組み込み作業以降の折込業務の処理は,自らアルバイトを雇うなど,その処理方法,作業場所,時間等の選択が配達従業員らの任意の判断に委ねられていたばかりでなく,被告新聞堂としても折込機械を提供するなど,チラシ折込業務には一切の関与をせず,また,チラシの量も少ないなど,その労務関係には,請負的な色彩の強いものであった。
しかしながら,平成元年以降,折込機械が導入され,次第にこれが浸透した後は,折込機械を使用するかどうか自体は,各人の判断に委ねられていたものの,折込機械を利用した場合には,折込業務のうち組み込み作業は,被告エムエスが折込機械の操作のために雇っている複数の女子アルバイト(パート)が,同被告の作業所において,一定の時間に,折込機械を操作することによって達成されるというものである。また,配達当日に行われる新聞への挟み込み作業は,元来,配達従業員らの裁量の幅の狭いものであるし,チラシ配達作業は,本来業務である新聞の配達と不可分のものであって,全般的に規則性,継続性の強い業務であるというべきである。さらに,平成6年7月以降の被告新聞堂の雇用の一部としての折込業務と,それ以前の折込業務とで,労働内容には何らの変更がなかったこと,実際,被告エムエスは,当該手数料を「給与」の名目で支給していたこと(証拠略),原告らは,平成6年6月以前から,折込手数料に社会保険等が掛けられていないことが将来の給付に影響があるのではないかと心配するなどして,折込業務が雇用との意識を持っていたことなどに照らせば,昭和63年12月ころから平成6年6月ころまでの間における被告エムエスの折込業務は,雇用に基づくものであったとみるのが相当である。
(2) 雇用の当事者
以上よりすれば,昭和63年12月ころから平成6年6月ころまでの間,原告らは,被告新聞堂と同エムエスの両方に雇用されていたこととなる。
原告らは,被告らは実質的に同一の法人ないし法人格を濫用した法人であるから,両者は一体のものとして扱うべきである旨主張するけれども,被告新聞堂は,新聞の販売・配達を主たる業務とする会社であるのに対し,被告エムエスは,広告業務等の拡大に対応して設立された会社で,チラシ折込業務を中心として,広告代理業務,保険代理業等を行う企業であって,業務内容,従業員,経理内容,就業規則,社員会は,実際に区別されているのであって,同一グループ内企業として相互協力の関係にはあるとしても,被告エムエスが,被告新聞堂と実質的に同一の法人格を有するものとは認められない。また,被告エムエスは昭和48年1月8日に設立されているところ,昭和51年においても折込手数料は被告新聞堂から支払われていることなどからすると,被告エムエスが,原告らが主張するような,被告新聞堂の従業員の社会保険料等に関する会社負担分を免脱,節約する目的で設立された法人格の濫用であるものとも認めることはできず,昭和62年以降,被告エムエスが折込手数料を支払うようになったことが,社会保険等を免脱,節約する目的であったことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告らは,実質的にも別法人であるといわざるをえず,原告らは,同時に被告新聞堂と同エムエスの両者に雇用されていたこととなる。
ただ,折込業務のうち,挟み込み作業は被告新聞堂に対する労働の中心である新聞配達の業務に随伴する業務であり,配達業務は不可分の関係にある業務というべきであるから,被告新聞堂との関係が断たれれば,被告エムエスとの労働関係は存続せず,懲戒,解雇等人事権は被告新聞堂が掌握しているものといえることなどからすれば,原告らの被告エムエスに対する雇用関係は,被告新聞堂との雇用関係のような包括的なものではなかったというべきである。
(3) 機械折込手数料の性質
原告らが未払いであると主張する機械折込手数料の性質について検討するに,同手数料は,原告ら配達従業員が,チラシの組み込み作業をするに際し,被告エムエスの折込機械を利用することを選択した場合にのみ発生するものであるところ,前記のとおり,同機械を利用した場合,折込作業のうち組み込み作業は,被告エムエスが折込機械の操作のために雇っている複数の女子アルバイト(パート)がこれを操作することによって達成されるものであり,組み込み作業に関して原告らは労務を実質的に提供しておらず,組み込み作業に要する同機械のリース料,同アルバイト料,電気代などは,被告エムエスが負担しているものである。
したがって,原告らが被告エムエスの折込機械を利用した場合,本来,労働の対価として支払われるべきものは,組み込み作業を除いた挟み込み作業及び配達作業に対する対価のみであるとみるのが合理的である。
これに対し,配達従業員が手作業で組み込み作業をする場合には自ら労働を提供するし,配達従業員が自己のアルバイトに組み込み作業をさせたり,自ら折込機を他所から借りてきてこれを用いて処理する場合には,自らアルバイト料や折込機械利用料を負担しているが,これらの場合,折込業務についての労働の対価には,本来的に,チラシの組み込み作業の部分も含まれているものである。
したがって,機械折込手数料は,チラシの組み込み作業に対する対価に対応するものであり,配達従業員らが被告エムエスの折込機械を使用しない場合には,組み込み作業を同従業員側がしていることになるから支払われるべきであるが,折込機械を使用する場合には,組み込み作業をしていないのであるから,支払われなければならないものではない。
(4) 機械折込手数料の控除
以上のような機械折込手数料の性質に鑑みれば,本来,被告エムエス(昭和63年12月から平成6年6月)または被告新聞堂(平成6年7月から平成10年12月)としては,配達従業員が被告エムエスの折込機械を利用した場合には,チラシの挟み込み作業及び配達作業に対する対価のみを給与額として提示すれば足り,機械折込手数料を含んだ折込手数料を提示する必要はなかったものといえる。
ただ,被告らは,折込機械導入前,折込業務には,チラシ組み込み作業が必ず伴っていて,折込業務に対する対価を組み込み作業を含めて一括して「折込手数料」と位置づけていたところ,かかる賃金体系を,折込機械導入後も,折込機械を利用する者と利用しない者が併存していたことなどから変更せず,そのまま維持したため,折込機械を利用した場合には,労働の対価として支払う必要のない「機械折込手数料」相当額を控除するという賃金計算をしていたものである。そして,かかる賃金計算の明細を「給与明細書」に掲げたり,(昭和63年12月から平成6年6月)あるいはこれを「折込手数料明細書」として給与明細に添付する(平成6年7月から平成10年12月)慣行が長らく続いたものである。
なお,かかる給与明細のうち,被告エムエスが渡していた給与明細書の中には,折込手当を「支給」項目とし,機械バイトを「控除」項目として記載したものを配布していたものがあり(証拠略),かかる給与の支払い方法は,労働基準法24条の労働者への給与全額払いの原則(合意によって相殺する場合には,過半数労働者との書面による協定が必要。)に抵触するのではないかとの誤解を与えかねないものとなっていたが,前記のとおり,配達従業員が被告エムエスの折込機械を利用した場合は,元来,機械折込手数料相当額部分を除いた部分のチラシ折込手数料が給与であって,機械折込手数料の部分は労働の対価を構成していないこと,上記給与明細が用いられていた一部の時期の前後においては,長らく,機械折込手数料の控除は本体の給与明細ではなく,別添の「折込手数料明細書」で計算され,本体の給与明細書には,控除後のもののみ記載されていたことなどからすれば,これが違法な控除にあたるものとは認められない。
さらに,原告ら配達従業員らは,平成元年ころ以降,当初より機械折込手数料が控除されることを了解の上でチラシ折込機械を利用し,機械折込手数料を差し引いた額が実際には支給されてきたことを認識しながらこれに異議を述べなかったのであることに照らしても,従業員らとしても,機械折込手数料相当額を控除した折込手数料の部分が給与であることが認識されていたものとみるのが相当である。
(5) 以上よりすれば,原告らは,機械折込手数料相当額が給与であるとして,その支払いを請求することはできないものというべきである。
よって,原告らの,機械折込手数料について,被告新聞堂に対する労働契約に基づく未払賃金請求権,被告エムエスに対する労働契約に基づく未払賃金請求権,不当利得返還請求権は成立しない。
2 争点2(雇用保険)について
(1) 前記のとおり,チラシ折込業務は雇用契約上の労務で,機械折込手数料を控除した部分のチラシ折込手数料は給与の性質を有しているものであるから,原告ら(原告Cを除く。)は,失業の日の以前1年間以上被告エムエスに雇用され,被告エムエスとの関係で,被保険者期間の要件はみたしていたものの(雇用保険法13条),被告エムエスは,平成6年6月ころまでの間,被用者である原告らに関し,雇用保険の適用事業の事業主としての所定の届出(同法7条)をせず,雇用保険料を納付しなかったものである。
しかしながら,雇用保険については,同時に二以上の雇用関係にある労働者については,当該二以上の雇用関係のうち,一の雇用関係(原則として,その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係。)についてのみ被保険者となるものとされ(証拠略),運用されており,両社で加入することは許されていない。(なお,適用事業に雇用される労働者が,その雇用関係を存続したまま他の事業主に雇用されるに至ったこと(在籍出向)により同時に二以上の雇用関係を有することとなった者についても,その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける主たる雇用関係についてのみ,その被保険者資格を認めることとされている。)
この点,原告らは,被告新聞堂と同エムエスは,一体のものとして扱うべきあり,1つの保険関係である旨の主張をするが,前記のとおり,両社は実質的にも別法人であるといわざるをえない。したがって,原告らは,同時に被告新聞堂と同エムエスの両者に雇用されていることとなるから,主たる賃金の支払いをする雇用関係ではない被告エムエスは,原告らに対し雇用保険料を支払う義務を負わないものというべきである。
そして,被告新聞堂は,同被告が支払う原告らに対する給与に対しては,雇用保険料を納付していたものである。
よって,被告エムエスが,平成6年6月までの折込業務を「請負的な業務」であると認識していたことに関係なく,同期間において,被告エムエスに雇用保険の納付義務はなかったものというべきである。
(2) 次に,平成6年7月以降については,原告らは,被告新聞堂が給与である機械折込手数料に雇用保険料を納付しなかったことを主張するところ,原告C(平成9年1月30日離職)の「退職前6か月分」の全部の期間,原告D(平成6年9月30日離職)及び同E(同年8月31日離職)の「退職前6か月分」の一部の期間がこれに該当するものであるが,そもそも前記のとおり,機械折込手数料相当額は,給与とは認められないのであるから,同部分について,被告新聞堂は雇用保険料を納付する義務はないものというべきである。
そして,被告新聞堂は,平成6年7月以降は,「折込DM」を含む部分については,雇用保険料を納付していたものである。
したがって,平成6年7月以降,被告らには,雇用保険の未納があったものとは認められない。
(3) 以上より,結局,被告らには,原告らが主張するいずれの期間においても,不法行為も,安全保護義務違反も成立しない。
3 争点3(老齢厚生年金)について
(1) チラシ折込機械の導入された平成元年1月ころ以降のチラシ折込業務は,前記のとおり,雇用契約上の労務というべきで,機械折込手数料を差し引いたチラシ折込手数料は,給与の性質を有し「労働の対償」たる「報酬」(厚生年金保険法3条1項3号)に該当し,また,原告らは適用事業所に使用される65歳未満の者で被保険者(同法9条)に該当する。そして,厚生年金の適用事業所の事業主は,被保険者の資格の得喪,報酬月額を都道府県知事に届け出て(同法27条),保険料の半額を負担し,自己の負担する保険料と被用者たる被保険者の保険料を納付する義務を負うところ(同法82条1項,2項),被告エムエスは,平成元年1月ころから平成6年6月ころまでの間,同届出をせず,厚生年金保険料を納付してこなかったものである。
本件において,原告らは,被告新聞堂と同エムエスが一体のものとして扱うべきであり,1つの保険関係として扱うべきとの主張をするが,前記のとおり,両社は実質的にも別法人であるといわざるをえず,原告らは,同期間において,被告新聞堂及び同エムエスと双方と雇用関係があったのであるから,2つの雇用関係を前提に検討することとなる。
厚生年金保険法上,同時に二以上の事業所で報酬を受ける被保険者の報酬月額は,各事業所について算定した額の合算額であるものとされているが(同法24条2項),同時に二以上の雇用関係にある労働者についての,前記届出義務は事業主ではなく,労働者自身が負っているものとされている(厚生年金保険法施行規則2条)。そして,かかる場合,被保険者は,同一の都道府県(社会保険事務所)内にある二以上の事業所に使用されるようになったときに,10日以内に,「被保険者所属選択,二以上事業所勤務届」(被保険者の生年月日,基礎年金番号,各事業所の事業主の氏名または名称および住所,各事業所の名称及び所在地)を,都道府県知事(社会保険事務所)に対して提出しなければならないものとされている。そして,かかる届け出をして,要件をみたした場合にのみ,保険給付額が2つの事業所から受ける報酬を合算した総報酬に基づいて算定された標準報酬月額により計算され,同標準報酬月額に応じた額を各事業所での報酬額に按分し,事業主が他の被保険者分と同様に納めることとなるのである(証拠略)。
(2) なお,この規定によって「二以上の雇用関係」があるといえるためには,それぞれの雇用関係において,社会保険の被保険者資格を有することが前提となっているというべきところ,同資格が認められるためには,短時間就労者ではなく常用的使用関係があるものと認められることが必要とされ,運用されている。具体的には,1日(日によって勤務時間が変わる場合は1週間の平均)の所定労働時間が,同じ事業所の同種の業務を行う一般社員の所定労働時間のおおむね4分の3以上で,かつ,1月の所定勤務日数が,その事業所で同種の業務を行う一般社員の所定労働日数のおおむね4分の3以上,との要件をみたさない場合には,被保険者として取り扱われないものとされている(昭和55年厚生省保険局保険課長等の都道府県民生主管部保険課課長宛内簡)。
もっとも,上記の4分の3以上という要件は,あくまで目安にすぎず,これに該当しなくとも,就労の形態,内容などを総合的に勘案した結果,社会保険事務所が常用的使用関係を認めた場合には被保険者となるとされているけれども(証拠略),本件において,原告らの被告エムエスにおける業務はパートタイマー的なものであるというべきであり,常用的使用関係とはいい難い。
そして,仮に常用的使用関係にあるとされ,原告らに「二以上の雇用関係」があったとしても,前記厚生年金の届出義務は,原告らが負っていたのに,原告らはその届出をしなかったものである。
(3) また,労働者は,いつでも自ら都道府県知事による被保険者資格取得の確認を請求することができるところ(同法31条1項),被保険者資格の確認請求をし,同確認が得られれば,その上で前記「二以上事業所勤務届」を提出し,同時に二以上の事業所で報酬を受ける被保険者として,その合算額をもって報酬月額と算定される可能性があった。
そして,原告らは,被告エムエス名義の「給与」明細書を受け,折込手数料について社会保険料が控除されていないことが同明細書からも,被告らの説明からも明らかであり,また,原告らの中には,これが将来の社会保険受給額に影響があることを不安に思っていた者もいたのであるから,自らの被保険者資格について,疑義をもち,都道府県知事(社会保険事務所)に対し,確認を請求することによって,自己らの厚生年金保険に加入する権利を保全するための行動をとることが可能であった。また,原告らは,平成6年6月4日の被告新聞堂社員会において,今後はこれまで掛けられてこなかった折込手数料(機械折込手数料を控除したもの。)についても社会保険料納付の基礎とされることを具体的に認識していたものであるのに,厚生年金保険への加入について,特段の要求,疑問の提出等をすることなく,前記確認請求の手続も講じなかったのである。
なお,原告らは,二以上の適用事業所の事業主が同一である場合,社会保険庁長官の承認で一の適用事業所とできる規定(厚生年金保険法8条の2)があり,これを適用すれば,一の雇用関係であったこととなる旨主張するが,被告エムエスは,前記のとおり,被告新聞堂とは別個独立の事業主というべきであるから,同規定を適用することはできない。
以上の諸事情からすれば,昭和63年12月ころから平成6年6月ころまでの期間,被告エムエスが,折込手数料について厚生年金の被保険者の届出,厚生年金保険料の納付をしなかったことと,原告ら主張の損害の発生との間には,相当因果関係を欠くというべきである。
(4) 折込機械の導入前である昭和63年11月以前については,前記のとおり,被告エムエスが同新聞堂に一括してチラシ折込業務を依頼したが,同時期における,チラシ組み込み作業には,前記のとおり,多分に請負的な要素があったから,これを請負的業務と信じて被保険者の届け出をしなかった被告新聞堂には過失責任を問いがたいというべきである。また,原告らは,前記のとおり,都道府県知事に対して被保険者資格の確認請求をしなかったことからすれば,被告新聞堂が,折込料について厚生年金の被保険者の届出,厚生年金料の納付をしなかったことと,原告ら主張の損害の発生との間には,相当因果関係を欠くものであるということもできる。
したがって,結局,いずれの期間においても,被告らには,原告らが主張する不法行為も,安全保護義務違反も成立しない。
4 争点4(健康保険)について
(1) チラシ折込機械の導入された平成元年1月ころ以降のチラシ折込業務は,前記のとおり,雇用契約上の労務というべきで,機械折込手数料を控除した部分のチラシ折込手数料は,給与の性質を有し,「労務ノ対償」たる「報酬」(健康保険法2条1項)に該当し,かつ,原告らは強制適用事業所に使用されている者(同法13条)に該当する。そして,被保険者を使用する事業主は,被保険者の異動,報酬等を届け出て,保険料を納付する義務を負うところ,被告エムエスは,平成元年1月ころから平成6年6月ころまでの間,同届出をせず,健康保険料を納付してこなかったものである。
しかし,前記のとおり,被告新聞堂と同エムエスは,実質的にも別法人であるから,2つの雇用関係を前提にせざるをえず,また,原告らは,同期間において,両被告会社と雇用関係があったものというべきであるところ,同時に二以上の事業所に使用される被保険者の保険者は厚生大臣の定めるところによるとされ(健康保険法42条),健康保険についても,前記厚生年金と同様,同時に二以上の雇用関係にある労働者についての,届出義務は,事業主ではなく,労働者自身が負っているものと規定され(健康保険法施行規則2条,12条),被保険者は,同一の都道府県(社会保険事務所)内にある二以上の事業所に使用されるようになったときに,10日以内に,「被保険者所属選択,二以上事業所勤務届」を都道府県知事(社会保険事務所)に対し提出しなければならないものとされ,運用されている(証拠略)。
したがって,前記健康保険の届出義務は,原告らが負っていたものである。
(2) また,労働者は,いつでも都道府県知事による被保険者資格取得の確認を請求することができ(同法21条の2第1項),同確認が得られれば,前記「二以上事業所勤務届」を提出し,同時に二以上の事業所で報酬を受ける被保険者として,その合算額をもって報酬月額と算定される可能性があったところ,前記のとおり,原告らは,被告エムエス名義の「給与」明細書を受け,社会保険料が控除されていないことが明らかであったのに,同確認請求をしなかったものである。
以上の諸事情からすれば,昭和63年1月ころから平成6年6月ころまでの期間,被告エムエスが,折込手数料について健康保険の被保険者の届出,保険料の支払いをしなかったことと,原告ら主張の損害の発生との間には,相当因果関係を欠くというべきである。
(3) 折込機械の導入前である昭和63年12月以前については,前記のとおり,被告新聞堂の従業員らの作業には多分に請負的な要素があり,これを請負的業務と信じて被保険者の届出をしなかった被告新聞堂には過失責任を問いがたいというべきであるし,原告らにおいて都道府県知事に対する被保険者資格の確認請求をしなかったことからすれば,被告新聞堂が,折込手数料について健康保険の被保険者の届出,厚生年金料の支払いをしなかったことと,原告ら主張の損害の発生との間には,相当因果関係を欠くものということもできる。
また,平成6年7月以降については,被告新聞堂は「折込DM」についても健康保険料を納付するようになったところ,原告らは,給与である機械折込手数料に健康保険料が納付されていない旨主張するが,前記のとおり,機械折込手数料相当額は,給与とは認められないことからすれば,この部分について,被告新聞堂は健康保険料を納付する義務はない。
したがって,結局,いずれの期間においても,被告らには,原告らが主張する不法行為も,安全保護義務違反も成立しない。
5 争点5(労災保険)について
(1) 原告Aについて
原告Aは,平成5年2月21日,出勤途中の交通事故に遭遇し,これは労災が適用される事案であるが,被告新聞堂は,健康保険法に基づく傷病手当金を請求できないのに,健康保険傷病手当の請求をし,同手当金66万0150円を受領したものである。
原告Aは,労災保険が適用された場合の給付金としては,本体給与のほか機械折込手数料を含めたチラシ折込手数料を加算した額が労災給付金になると主張して,具体的には,被告エムエスの事故前6か月のチラシ折込手数料の平均額と被告新聞堂の本体給与額の合計である124万2900円が労災給付金であるはずと主張し,そこから健康保険傷病手当金として支給された66万0150円を差引いた額が損害額であると主張する。
しかしながら,原告Aは,被告エムエスについて健康保険の被保険者資格を確認されていないのであるから,同被告からの給与である折込手数料を健康保険傷病手当金の標準月額報酬として捉え,これを損害の基礎として計算することはできないものというべきである。
そして,労災保険特別支給金は給付基礎日額の80パーセントであるのに対し,健康保険傷病手当金は60パーセントであるから,結局,被告新聞堂の給付基礎日額の20パーセント相当額が,被告新聞堂が,労災を適用しなかったために生じた損害というべきである。
この点,被告新聞堂は,健康保険傷病手当金として受領した66万0150円(75日分)に関する給付日額の20パーセントである22万0050円の限度で,原告Aに損害が生じたことを自白している。
したがって,原告Aの同請求は,被告新聞堂に対する22万0050円の請求の限度で理由があり,被告エムエスに対する請求及び被告新聞堂に対するその余の請求は理由がないものである。
(2) 原告Gについて
① 原告Gの請求に関し,被告らは,原告代理人が同請求を放棄している旨主張するが,本件記録によれば,原告ら代理人が請求を撤回しているのは,「被告らの社員の福祉保障制度である安心して働くためにに基づく請求」の交通事故に関する一日当たり4000円の90日分合計36万円の補償金の請求であることが認められるから,被告らの同主張は失当である。
② 原告Gは,平成元年9月19日の交通事故によって,10級の後遺障害を残し,これについて加害者側より458万円(慰謝料等を含めると992万円。)の示談金を受領しているところ,保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合,保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは,政府は,その価額の限度で保険給付をしないことができるものとされている(労働者災害補償保険法12条の4第2項)。そして,このことは,被告新聞堂に,労災保険に上積みする補償として,社員福祉保障制度があるかどうかにかかわらない。
したがって,既に原告Gは,請求額である387万8280円を超える賠償金を受領しているのであるから,労災保険の給付に基づく請求はできないものというべきである。
6 争点6(積立家族傷害保険)について
原告Gは,平成4年7月16日,同原告名義の清水銀行三島支店口座に,住友海上火災保険より,同人の退職に伴う積立家族傷害保険の解約返戻金7万3230円が振り込まれたのに,被告らがこれを同原告に渡さず不当に利得した旨主張するところ,原告G自身が同金員を引き出したかどうかは定かではないとしても,前記認定のとおり,同金員は原告Gが管理し,自ら預金通帳を保管している前記口座に振り込まれたのであること,キャッシュカードについても1枚しか発行されていないことが認められる。そして,被告らが原告Gに無断でカードをもう1枚作るなどして,これを引き出したことを窺わせる証拠は何ら存しない。
したがって,被告らが,同金員を不法に取得したことは,これを認めるに足りる証拠がないから,原告Gの同主張には理由がない。
第6結論
以上のとおりであるから,原告らの請求は,原告Aの被告新聞堂に対する22万0050円の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから,棄却することとする。
(裁判長裁判官 高橋祥子 裁判官 三木勇次 裁判官 佐藤克則)