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静岡地方裁判所沼津支部 平成9年(ワ)511号 判決 2001年9月19日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,連帯して原告らに対し,原告らそれぞれにつき,下記の各金員及び各金員に対するそれぞれ平成9年11月1日より支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

原告

(あ)

194万2352円

(い)

177万3840円

(う)

220万4189円

(え)

163万3922円

(お)

227万0838円

(か)

204万7087円

(き)

152万0755円

(く)

164万5729円

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,被告株式会社三島新聞堂(以下「被告新聞堂」という。)の従業員のうち,「代配者」である原告らが,同じ販売課の「地区責任者」には支払われている「チラシ折込手数料」が代配者である原告らには支払われていないなどとして,被告らに対し,労働契約上の賃金請求権または債務不履行若しくは不法行為による損害賠償請求権に基づき,未払賃金相当額の支払いを求めた事案である。

2  争点

(1)  被告新聞堂と原告らの賃金の未払いの有無

(2)  被告新聞堂の原告らに対する違法な賃金格差の有無

(3)  被告株式会社エム・エス・エス(以下「被告エムエス」という。)の責任

(4)  未払賃金額,損害額

3  当事者(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

(1)  被告新聞堂

被告新聞堂は,各種新聞雑誌官報の販売などを目的とし,昭和24年3月23日に設立された資本金1440万円の株式会社であり,従業員は163名で,現在の代表者は,平成5年2月に代表取締役に就任した。同被告会社は,三島市ほか3町の新聞全紙を独占して販売するいわゆる「合売店(合販店)」である。

(2)  被告エムエス

被告エムエスは,新聞及び折り込み広告,一般広告宣伝業務,その代理業務などを目的とし,昭和48年1月8日に設立された資本金1200万円の株式会社であり,現在の代表者は,平成2年1月に代表取締役に就任した。

(3)  原告ら

原告(あ)(昭和23年12月25日生)は平成元年4月1日,同(い)(昭和23年6月28日生)は平成4年6月15日,同(う)(昭和21年9月24日生)は平成3年2月1日,同(え)(昭和35年12月24日生)は平成元年4月1日,同(お)(昭和30年9月25日生)は平成5年11月29日,同(か)(昭和39年4月15日生)は平成6年1月21日,同(き)(昭和26年6月21日生)は平成8年5月8日,同(く)(昭和39年7月13日生)は平成5年1月30日(なお,同原告は,平成8年9月27日から平成9年1月31日までの間,労災事故により欠勤し,チラシ折込業務には従事していない。),それぞれ被告新聞堂に「代配者(販売代務担当,代務担当者,代務者)」(以下「代配者」という。)として採用されて,従業員となった者である。

代配者は,「地区責任者(販売地区担当,地区担当者)」(以下「地区責任者」という。)の休日の日に,地区責任者に代わって,配布する新聞に広告を折り込んだ上で,これを配達する業務などを行うもので,昭和62年に発足した制度である。地区責任者である従業員数は約110名,代配者である従業員数は約20名で,被告新聞堂の販売課には,これら地区責任者,代配者のほかに,内勤者10名が在籍している。

第3原告の主張

1  同一労働の事実

配達労働者のチラシ折込,配達に関する労働は,機械(平成2年以降)が一定の大きさに折って重ねたチラシを新聞に組み込み,これを各家庭等に戸別配達するというものであるが,その労働は,地区責任者と原告ら代配者で違いはない。却って,地区責任者は,毎日同じ区域を配達するのに対し,原告ら代配者は,配達区域が6日間変わるという負担を有している。

被告らが地区責任者の固有の業務と主張する管理業務は,代配者も一部負担しているし,被告新聞堂では,購読料の支払いは自動振り込みがほとんどなので,集金業務は負担とならず,付随的なものにすぎす,地区責任者に特有の業務というものはない。

2  雇用契約に基づく未払賃金請求または債務不履行による損害賠償請求

(1)  被告新聞堂は,原告らを採用する際,待遇面で地区責任者と少なくとも同等以上であり,格差があってもボーナスで調整して同等の金額になるなどと説明しており,原告らと被告新聞堂との間において,被告新聞堂は,原告ら代配者に対し,賃金等待遇面で地区責任者と同等に扱う旨の労働契約が成立していた。

このことは,前記のとおり両者の労働が同一であること(同一労働同一賃金の原則)や被告新聞堂が社員募集のチラシにおいて,地区責任者と代配者とをほとんど区別することなく扱っていたことからも裏付けられる。

(2)  被告新聞堂が,平成6年3月28日,三島労働基準監督署に届出た就業規則(甲37の1)の「給与の説明」の項によれば,給与は,大きく「固定給」と「歩合給」に分かれているところ,「固定給」は「事務関係者,内務担当者」となっており,これは配達労働の代配者にはあてはまらず,「歩合給」は「新聞販売従事者」となっており,地区責任者がこれに該当するのである以上,その休日をカバーする原告ら代配者も当然「新聞販売従事者」となるはずである。したがって,両者は同じ給与体系にあり,代配者も地区責任者と同様の歩合給による給与支給がされるべきである。

また,原告らの賃金是正の求めに対し,被告ら代表者が平成9年4月12日,給与格差の是正を約束したことも,前記「賃金等待遇面で地区責任者と同等に扱う」旨の労働契約の存在を推認させる。

なお,被告らは,代配者の給与体系について,昭和62年の発足当初から固定的賃金体系に基づいて支給されてきており,平成5年ころには固定給とする慣行が成立していたと主張するが,前記就業規則届出までには7年もあり,かつ平成6年3月当時でも代配者の人数は20人以上いたのであるから,本当にかかる慣行が成立していたのであれば,このことが就業規則上記載されているはずなのに,実際には記載されていないこと,代配者の給与は,配達軒数の増減によって増減する給与体系となっていたことからすると,このような慣行が成立していたものとみることはできない。

(3)  にもかかわらず,給与の一部であるチラシ配達手数料(給与)は,平成6年6月まで,被告エムエスから,(雇用契約もないのに)地区責任者に対してのみ支払われていた。

平成6年7月以降は,地区責任者に対しては,被告エムエスに代わって,被告新聞堂が本給に含めて「折込DM」として支給するようになったが(甲2の1ないし4,4の13ないし15),支給内容,金額等の変更は一切されず,原告ら代配者に対するチラシ配達給与の不払いは継続されたままである。

そこで,原告らは,被告新聞堂に対し,労働契約による賃金請求権に基づいて,後記6の請求額記載のとおりの平成7年10月21日から平成9年3月31日までの間のチラシ配達手数料(未払賃金)の支払または民法415条の債務不履行による損害賠償請求権に基づいて,同チラシ配達手数料相当額の金員の支払を求める。

3  違法な賃金差別に基づく損害賠償請求

地区責任者と代配者との間には,同期・同日の入社の者同士でさえ,給与格差が生じており,前記のとおり両者が同一労働であることからして,「同一価値労働・同一賃金」という労基法3条,4条の精神に照らせば,被告新聞堂が原告ら代配者のみにチラシ配達給与を支給せず,大幅な賃金格差が生じていることは,不合理ないわれなき差別処遇であって,容認されない。

したがって,原告らは,被告新聞堂に対し,民法709条による損害賠償請求権に基づいて,後記6の請求額記載のとおり,前記期間のチラシ販売手数料相当額の金員の支払を求める。

4  被告エムエスに対する請求

被告エムエスは,業務範囲が被告新聞堂と混同しているなど,被告新聞堂と実質的に同一法人であり,あるいは,被告新聞堂が従業員の広告折込手数料にあたる給与部分の社会保険料,労働保険料の会社負担部分を違法に免脱する目的で法人格を濫用して設立されたものである。また,地区責任者は,平成6年7月までは,被告エムエスから折込手数料の支払いを受けていたものである。したがって,原告らの請求は,被告エムエスに対しても認められるべきである。

5  よって,原告らは,前記就業規則が有効であった平成7年10月21日より平成9年3月31日の17か月10日について,被告らとの労働契約に基づき,就業規則(甲37の1)上当然支払うべき給与たる「チラシ配達手数料」に関し,未払賃金の請求または債務不履行若しくは地区責任者と全く同一価値労働を行ったのに代配者だけにチラシ配達手数料を支払わないといういわれなき差別処遇についての不法行為に基づく損害賠償の請求をする。

6  請求額

(1)  原告ら前記請求期間における地区責任者の配達軒数1軒当りの単価(1か月)の実績額を算出するに,地区責任者である訴外(け),(こ),(さ),(し)の4人について,前記請求期間内に関する被告ら作成の被告新聞堂支給額一覧表(甲49の1ないし3)に基づき,「総支給額」から「機械折込手数料」を差引いた「差引支給額」の実額を各人の「定数」(地区責任者が基本的に配布に責任を持つ配達軒数。)で割り,4人の「定数」1軒当りの各月の平均額を算出し,その計算によると,配達1軒当りの単価は,200円から409円までの変動がある(実配達軒数より約5パーセント上乗せした数字。)。次に,原告らの請求期間における「みなし定数」を算出するに,原告ら代配者には,チラシ配達手数料が支払われていないので,「定数」は存在しないが,給与袋に入っている「実配達軒数」をみれば実際の配達軒数については把握でき,これは各原告について毎月殆ど変化はない。例えば,原告(あ)の6地区の合計軒数は2449軒(甲45)であり,これを6で割ると408となり,「定数」に準じる「みなし定数」となる。

(2)  これらを基本資料として,原告らの請求期間について,原告らの「みなし定数」と同一期間の地区責任者4人の「定数」1軒当りの各月の平均単価を掛けて月別の請求額を計算すると,別紙「月別平均額による請求額一覧表」(甲51)のとおりとなり,これを合計すると,請求の趣旨記載の金額となる。

なお,原告(く)は,請求期間の内一部を交通事故により労働していないのでその期間を除き請求する。また,原告らの同請求額には,被告らの債務不履行もしくは不法行為により原告らが被った精神的損害に対する慰謝料も含まれるものである。

第4被告らの主張

1  原告らの業務内容

原告ら代配者は,新聞・チラシ等を各家庭に配達する業務を基本とする地区責任者の休日確保のために設けられた職種であり,両者の新聞及びチラシの配達業務(チラシ折込みを含む。)は基本的に同一であるが,地区責任者は,このほかに顧客管理業務,集金業務,拡張に役立つ営業活動業務,クレーム処理業務などの地区管理業務を行っており,これらは相応の報酬を受くべき業務である。

したがって,地区責任者と代配者は,業務内容が異なるから,「同一労働同一賃金の原則」を適用することは相当ではない。

2  未払賃金の不存在

(1)  地区責任者の給与は,金額的にも項目的にも,大半が新聞の配達部数及びチラシ折込量に応じて変動する給与体系になっているのに対し,代配者については,前記の業務に安定的,長期的に従事できるように,原則として勤続年数や配達軒数を考慮し,金額的にも項目的にも,その大半を固定給として算定する固定的賃金体系を採用した。そのため,原告ら代配者の新聞及びチラシの配達という基本業務に対する対価は,基本給,職種手当,区管理手当,地区手当の基本給相当部分に包括的に組み込まれて支給されている。

就業規則(甲37の1)には,「歩合給(新聞販売従事者)」との記載があるが,同規則は現代表者が代表取締役に就任して間もない頃で,様々な社内整備を進めていた時期に,その整備の一環として就業規則を労働基準監督署に届け出る必要から,関係機関と十分協議するゆとりもなく作成されたものであって,その規定内容は未熟で,社内慣行も十分に反映しない規程となった。代配者の給与は,昭和62年の発足当時から平成5年にかけ,この慣行として固定的賃金体系に基づいて支給されてきたのであり,平成9年4月1日実施の就業規則(甲37の2)において,この慣行として成立していた固定的賃金体系を明記するようになったものである。

(2)  被告新聞堂は,代配者の応募面接時には,地区責任者との職種の違いを説明し,給与についても,原則として固定給である旨の説明をしており,原告らはその違いを認識して入社している。被告新聞堂が原告らを採用する際,代配者の給与を,業務内容や給与体系の異なる地区責任者の給与と同等に扱うという説明をした事実もないし,その必要もない。ましてや,被告新聞堂が,給与格差を説明したうえで,これをボーナスで調整する等の説明をすることは,社会通念上考えられない。

(3)  被告新聞堂は,前記平成9年4月の被告新聞堂就業規則の変更に伴い,平成8年12月,勤続年数に応じて調整金を支給したが,その際,原告らは,従前の労働条件について異議を申し立てないことに合意して,その旨の念書を差し入れ(乙13),本訴において請求している折込手数料の請求権を放棄している。

(4)  以上より,被告新聞堂は,原告らに対し,折込手数料相当分を含め賃金は支払い済みであるし,仮にこれがあるとしても原告らはその請求を放棄している。

3  違法な給与格差の不存在

前記のとおり,代配者と地区責任者は業務内容,職種が異なり,給与体系も異なっているから,給与格差が存在するとはいえない。代配者の給与が原則として勤続年数に応じて上がる年功給を基本とする固定給であることから,勤続年数が8年を超える代配者(原告(あ),同(え))については,同じ地区を担当する地区責任者の平均給与より高くなっている。

原告らの給与と地区責任者の給与を,両者の平均勤続年数を同じものと仮定して計算し直すと,その差は月額1万数千円程度であり,業務内容,職種及び給与体系の相違を考慮すれば十分許容範囲内といえるものである。

4  被告エムエスに対する請求

被告エムエスと原告らとの間に雇傭関係はないから,被告エムエスは未払賃金を請求される立場にはない。業務内容は明確に区別されているし,被告ら間に一方が他方を意のままに道具として用いるというような支配従属関係は存在しない。また,被告らの従業員,経理,税務,営業場所は,明確に区別されているのであって,被告ら間で,業務協力があるとしても,それはグループ内における末端業務の協力であって,主たる業務の混同もしくは同一を来すものではなく,被告新聞堂は同エムエスとは,実質的にも別法人である。

また,被告エムエスは,昭和48年1月8日に設立されているところ,昭和51年ころにおいて,折込手数料は被告新聞堂から支払われていたのであるから,被告エムエスが折込手数料に対する雇用保険料等の会社負担部分を免脱する目的で設立されたものでないことは明らかである。

第5当裁判所が認定した事実

証拠(以下に引用した甲号証,乙号証のほか,書証番号略,証人(け),同(す),原告(あ),同(い),被告ら各代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

1  地区責任者及び代配者の業務内容

(1)  地区責任者の業務は,チラシを折り込み,これを配達する新聞に組み込んだ上で,新聞を配達する作業が中心的なものであるが,その他の業務として,受け持ちの区域内の読者管理台帳,購読料の支払いを自動振替している顧客の明細票,読者数増減(変更,移動)のリストなどの管理・整理等をする「顧客管理業務」,自動振替を希望しない顧客(全顧客の約15パーセント程度)及び口座引き落としができなかった顧客に対し請求額の確認及び集金をする「集金管理業務」,配達に伴う入力ミス,自動振替等のクレームを処理する「クレーム処理業務」,区域内の顧客,一般人に対して,拡張に役立つように,種々の情報等を収集・提供するなどして,拡販に役立つ営業活動をする業務がある。

もっとも,このうち営業活動業務について,地区責任者は,拡張につながるように営業努力をすることとの指示を受けているものの,被告新聞堂は三島市ほか3町における新聞販売を独占して行っているので,拡販は現在の購読紙に加えもう一紙購読するかどうかが中心で,その必要性は通常の新聞販売店舗ほどには強く意識されていない。

(2)  代配者は,地区責任者の休日を確保するために,昭和62年ころから設けられた職種であり,新聞及びチラシの配達業務について,チラシ折込,組込,新聞配達の方法は前記地区責任者と全く同様で,地区責任者が休日の区域に当該地区責任者と同一の配達をする。その担当区域は,1区域を配達する地区責任者の6区域分(1区域は約400軒)であり,その6区域を日替わりで1区域ずつ配達することとなる。

なお,平成6年7月以前までは,地区責任者が事実上完全週休となっていなかったために代配者には月に3日間ほどの内勤の日があり,内勤の日の業務は,構内掃除等を行うなどで,通常の配達のある日に比して仕事量の負担は少なかったが,同月以降は,地区責任者の休日が完全週休となったことに伴い,代配者に内勤の日はなくなった。

代配者は,前記地区責任者の「顧客管理業務」,「集金管理業務」,「クレーム処理業務」に相当する業務を担当しない。ただ,代配者は,顧客から頼まれた場合,購読料を集金して,地区責任者に渡すことがあり,また,配達業務に伴う連絡業務を行っているが,これについては,「区管理手当」が支給されている。

また,「拡販に役立つ営業活動業務」に関し,代配者も,拡張をした場合,地区責任者と同様,実績に対応して出来高払いの報酬が支払われているが(拡張手当),地区責任者は日常的に拡張をすることが本来的には予定されているという点で異なる。

なお,代配者の殆どは,地区責任者に配置転換を希望しているのに対し,地区責任者から代配者への配置転換を希望する者はいない。

2  原告らが採用された当時の状況

(1)  就業規則

被告新聞堂の平成6年4月1日実施(同年3月28日,三島労働基準監督署に提出。)の就業規則(甲37の1)によれば,給与に関して,次のとおりの記述がされている。

(給与の説明)

・固定給(事務関係者・内務担当者)

1 基本給 月給制として学歴,能力,経験,その他を勘乗して決定する。

2 職務手当 職種によって経験,能力より決定する。

3 皆勤手当 1日も欠勤なき場合は月額6,000円を支給する。

4 長勤手当 勤続5年以上1,000円2年毎に500円を増額する。

上限額として55,000円とする。

5 役付手当 主任10,000円 係長20,000円 課長30,000円

部長50,000円・歩合給(新聞販売従事者)

1 基本給 配達部数により下記の通りとする。

セット紙…770円 朝刊紙…640円 静岡紙…650円 スポーツ紙・・・380円 その他・・・定価の10%

2 地区補助 市内を除く配達地区の地形等を考慮し決定する。

3 集金手当 集金締切当日に於ける集金額で下記の通りとする。

80%以上

80%未満

期日

第1回締め

4.0%

2.0%

月末2日前

第2回締め

1.0%

1.0%

月末

3 皆勤手当 1日も欠勤なき場合は月額6,000円を支給する。

4 長勤手当 勤続5年以上1,000円2年毎に500円を増額する。

上限額として5,500円とする。

5 役付手当 主任10,000円 係長20,000円 課長30,000円 部長50,000円

(2)  社員募集広告

原告らの採用当時のころにおける被告新聞堂の「社員募集広告」には,

「社員募集

・地区責任者(朝夕刊配達と集金業務) 給与/250,000円保証(配達部数によって多少異なります。)

・代配社員(休日確保のための配達要員)(集金業務はありません) 給与/250,000円保証(週休制)」

などとの記載がある(乙2・昭和64年1月6日,同様のものとして,乙1の1・平成3年3月3日,乙1の2・平成4年6月17日,乙1の3・平成5年1月23日)。

(3)  採用面接

原告らは,被告新聞堂の採用面接担当者(平成元年ころからは(せ),(そ),平成8年1月ころからは(た)。)と面接した際,代配者は地区責任者の公休日の確保のため,その公休日に地区責任者に代わってチラシ折込,新聞配達をする職種である旨の説明を受けた。給与について,代配者と地区責任者とで,差異があることについては,特に説明がなかった者(原告(う),同(お),同(か),同(お))と説明がされた者とがいるが,説明を受けた者も,両者の業務内容,範囲,給与の項目の具体的な相違点の説明までは受けていなかった。一般的に地区責任者の方が人気があり,代配者として採用された原告らは,面接時,地区責任者を希望したものの,空きがないと言われたため,仕方なく代配者として採用された者が殆どである。

なお,当時,被告新聞堂において,採用時,特に労働条件についての文書を交わすことはなく,また就業規則を交付したこともない。

3 賃金

(1)  被告新聞堂は,遅くとも昭和51年ころには,配達担当の従業員に対し,チラシ折込,新聞への組み込みの対価としての「折込料」を「給与」とは別項目で支払っていた(乙15)。昭和62年ころ,代配者が職種として登場したが,代配者には「折込料」の名目での金員は支払われなかった。平成元年ころ,折込の業務が増加したことなどから,折込料は,被告エムエスが,地区責任者に対し,「機械折込手数料」を控除した上で「差引折込料」として支払っていた(証拠略)。

平成6年7月からは,被告エムエスに代わって,被告新聞堂が,地区責任者に対して,「機械折手数料」を控除した上で差引手数料を「折込DM」として支給するようになった(証拠略)。このときには,支給額の変更はなかったが,取り扱い銀行が清水銀行からスルガ銀行に変更された。

原告ら代配者に対しては,被告エムエスからも,被告新聞堂からも,「折込DM」ないし「折込手数料」なる名目の支払いがされたことはない(証拠略)。

(2)  代配者が被告新聞堂から支給されている給与の項目は,基本給,職種手当,皆勤手当,勤続手当,特務手当,区管理手当,拡張手当,地区担当A,地区担当B,休日手当などであるのに対し,地区責任者に対する支給項目は,基本給,勤続手当,勤務手当,集金管理手当,拡張手当,折込DM,特別補助などである。

途中入社の原告(き)を除いた原告らの平成7年度の賞与部分を含めた平均年収は4,998,216円であり,同年度の地区責任者の平均年収6,839,846円よりも,1,841,630円少ない(なお,原告(あ)につき甲43)。

代配者の平成7年ないし9年の給与のうち,基本給,職種手当は,毎年4月に勤続年数に応じて上昇する以外は,月額に変動はない。勤続手当,特務手当,皆勤手当,区管理手当,地区手当Aの支給額は,ほぼ一定している。このうち,地区手当Aは,基本配達世帯である2200軒に対する固定金額で,実際には2200軒以下の場合でも支給をされており,その単価は20円から35円の範囲で,勤続年数に応じて昇給する。拡張手当(拡張実績に基づく。),地区手当B(基礎軒数を超える部分について担当軒数により変動。),休日手当等の合計については,約1万円から2万円前後の範囲(多くて約4万円)で変動している(証拠略)。

(3)  原告らの請求期間後の給与について,平成9年8月から同年10月の3か月における,代配者(平均勤続年数約6年)の基本給,職種手当,区管理手当,地区担当A,地区担当Bの合計額(平均398,327円)と,各代配者の担当の6区域の各地区責任者(平均勤続年数約9年)の基本給,折込給与DM手当の合計額(平均411,778円)の平均の差額は,13,451円だけ地区責任者の方が多い(その差は地区責任者の方が,73,371円少ないものから105,619円多いものまでの広がりがある。)が,勤続年数約8年の原告(あ)については33,711円,同日入社の原告(え)については40,713円,地区責任者よりもそれぞれ多い(乙4)。

前同期における,休日手当を除く代配者の総支給額(平均419,917円)と地区責任者の総支給額(平均488,329円)との平均の差額は,68,412円,地区責任者の方が多いが,集金管理手当及び特別補助の合計額(平均52,274円)を除いた地区責任者の支給額(平均436,055円)とでは,16,138円だけ地区責任者の方が多いが,その差は地区責任者の方が,80,168円少ないものから121,123円多いものまでの広がりがあり,原告(あ)については34,198円,同(え)については36,523円,同原告らの方が多い(証拠略)。

また,前同期における地区責任者の前記折込DM(平均97,820円)を,代配者の前記の休日手当を除く総支給額(平均419,917円)に加えると,517,737円となり,地区責任者の総支給額(平均488,329円)よりも,29,408円高くなる。

4 本件訴訟に至る経緯

(1)  訴外(ち)(当時既に退職。),同(け),同(つ)(当時既に退職。)は,平成8年9月24日,被告新聞堂に対して,代理人を介し,労働基準法違反の事実があるとして,全労働者に対し,就業規則を周知させること,年次有給休暇を与え,過去分についても金銭補償をすること(退職者も含む。),休暇の保障をし,過去分についても金銭補償をすることなどを要求した(証拠略)。これに対し,被告新聞堂は,同年10月3日,回答書を提示し,さらに,これに対して前記同人らは,同月15日,反論を加えて具体的補償の要求をした(「会社に対する要求書」)。

また,前記3名ほか5名は,同年11月9日,全従業員に関連する要求として,就業規則の周知,集金業務について集金不可能な金額についての賃金控除の中止ほか2項目をあげるとともに,同人らに対する個別的金銭支払いの要求をした(「会社に対する要求書」)。この件に関し,同月28日,被告新聞堂と前記8名(いずれの原告をも含まない。)は,双方,代理人を通じ,被告新聞堂が今後,労働基準法24条,35条,37条,39条,106条に違反することのないようにすること,解決金として,前記8名に対し,2300万円を支払うことなどを内容とする合意をした(「合意書」)。さらに,被告新聞堂は,同年12月11日ないし13日,原告らを含め,全社員に対し,前記就労条件(とりわけ年次休暇)に関し,勤続年数に応じて,調整金(一律20万円。但し,原告(き)は10万円。)を支給し,その際,原告らは,領収書兼念書(「就業規則変更に伴う調整金として受領致しましたので,今後今日までの労働条件について異議を申し立てません。」)に署名をして,被告新聞堂に提出した(証拠略)。ただ,このとき,原告らには,本件の訴訟代理人はついておらず,その内容を十分検討することのないまま,金銭を受け取り,同念書に署名した者も少なくなかった。

(2)  同月ころ,被告新聞堂は,前記平成6年4月1日実施の就業規則を原告ら従業員らに対して,初めて提示した。

原告らは,平成8年12月初旬ころ,被告新聞堂が配布した「正社員募集」のチラシに,代配者も地区責任者も変わりなく,「休日週休制,給与 340,000円以上+実績給,待遇 昇給年1回,賞与年2回,各種手当,各種社会保険,生命保険,所得補償,適格年金制度,従業員持株制度,福利厚生年金制度完備,退職金制度 例:5年・・・・594,000円,15年・・・3,630,000円,当社平均平成7年度年収実績(平均)販売課社員 6,839,846円」などと記載されていることを目にし,代配者らの年収実績がこれに比して,180万円ないし200万円少ないと認識した。そして,原告らとしては,それ以前から,チラシ配達手数料の支給の有無という格差から,地区責任者と代配者との給与に違いがあることは認識していたものの,これほどの差があるとは思っていなかったことから,労働内容が同一なのに不合理な賃金格差があるとして,被告新聞堂に対して抗議をすることとし,平成9年3月12日,被告ら各代表者と交渉をした。被告ら各代表者は,同日,地区責任者と代配者の賃金に差異があり,これを是正することの努力をする旨述べた。

(3)  被告新聞堂は,平成9年4月1日実施で,就業規則,給与規程,退職金規程を改訂し(証拠略),給与に関しては,それ以前の給与支払いの実情を盛り込んで,次のとおり記載されている。

・販売地区担当

① 基本給 日給月給制とし,各紙単価×総のべ配達部数(カレンダー日数×配達部数)。

② 集金管理手当 (原簿の総金額-証券分 ※配達区域の売上高の意味)×3パーセント。

③ 皆勤手当 月額1万円。

④ 勤続手当 勤続年数5年以上,1000円で,2年毎に500円を増額する。

上限額として5500円とする。

⑤ 折込.DM手当 配達したチラシ,DMの手数料。

⑥ 地区補助 配達区域により区域の平均化をはかるための手当。

⑦ 拡張料 各紙の拡張料に拡張部数を計算した金額。

⑧ 役付手当 副主任 5000円,主任 10,000円,課長 30,000円。

・販売代務担当

① 基本給 日給月給制として学歴,能力,経験,その他を考慮して決定する。

② 職種手当 職種によって経験,能力により決定する。

③ 区管理手当 配達している区域により決定する。

④ 地区手当A 現読世帯数を2200軒(女子社員は1600軒)とし,2200×単価(業績,能力及び勤続年数により決定する。)

⑤ 地区手当B 2200軒を超えた数×単価(単価は業績,能力及び勤続年数により決定する。)

⑥ 皆勤手当 月額1万円。

⑦ 勤続手当 勤続年数5年以上,1000円で,2年毎に500円を増額する。

上限額として5500円とする。

⑧ 拡張料 各紙の拡張料に拡張部数を計算した金額。

⑨ 役付手当

(4)  被告ら代表者は,同月12日,被告新聞堂と原告らとの交渉において,原告(あ)に対し,給与体系を是正すべく検討中である旨の発言をし,また,同年5月31日の交渉においては,地区責任者と代配者の給与体系には違いがあるが,これを平成10年4月を目途にして見直す意向で,平成9年度は賞与において加算して,調整する旨述べた。同年6月20日における交渉においても,被告ら各代表者は,前同様の説明をした上,前記賞与における加算(調整金)が5万円以上になることを述べ,これに基づいて,被告新聞堂は,平成9年7月7日,代配者に対し,調整金を加味した賞与を支給した。

原告ら代理人は,同日付けで,被告新聞堂に対し,「通知書」を発し,その中で,被告ら各代表者が,同年3月12日の交渉において,原告らに対して,地区責任者との賃金格差を是正することを確約したのに,これをあいまいにしてしまいかねないなどとして,「①会社社員の平成9年3月の格差是正確約の履行方法について,②同履行の時期および履行までの措置について,③これに関連する過去2年分の未払格差賃金の問題」を議題とする交渉を申し入れた。

同年7月21日,原告(あ),同(い),同(う),ほか訴外3名を役員とする「三島新聞堂・エムエスエス労働組合」が結成され,このことが被告ら各代表者宛てに通知された(証拠略)。

被告新聞堂は,同月30日付けの「回答書」において,地区責任者と代配者では職種が異なっていて,労働条件も異なっていることから,少なくとも同年2月以前には,労働条件の格差が問題になっているという認識はなかったこと,職種と労働条件の相違は募集時に説明していること,代配者の給与体系は固定部分が大きく,代配者の平均勤続年数が地区責任者より短く,その結果,代配者の平均年収がより低くなっていること,同年3月12日の話し合いで,格差を同5月末日までに是正すると確約した事実がないこと,同年6月20日の話し合いにおいて,5万円以上の賞与の加算についての説明をし,同年7月7日にこれが支給済みであって賃金の一部未払と非難される事実がないことを回答した。

なお,これらの交渉において,原告らは,賃金格差を是正することを交渉の中心としており,過去のチラシ折込手数料の未払というような主張はしていなかった。

(5)  被告新聞堂は,平成11年1月1日付けで,就業規則を,成果主義,能力主義をより取り入れた就業規則に改定し,同年2月度の給与より,原告ら代配者に対しても「折込手当」名目の金員が支給されるようになったが,支給総額においてはほとんど変わりはない(証拠略)。また,地区責任者への支給の名目も,「折込DM」から「折込手当」と変更され,その額は半分以下となったが,給与の総支給額においては大差はない(証拠略)。

5 被告エムエス

(1)  被告エムエスの平成9年2月における代表取締役(て),取締役(と),同(な),同(に),同(ぬ)は,被告新聞堂の代表取締役,取締役を兼ねている。

被告新聞堂と被告エムエスの従業員の採用,所属は区分されており,本人が承諾した場合,転籍することはあるが,役員を除く管理職で兼務しているのは1人である。被告らの経理帳簿は,それぞれ別個に記帳,管理されており,税務の申告,納税も区分されている。両者の営業場所は,現在同じビル内にあるが,階は異にし,被告新聞堂は4階の一部と1階,被告エムエスは3階の一部を使用し,電気,ガス等の費用も別々に支払いがされている。

(2)  原告らと,被告エムエスとの間には雇用関係はない。なお,地区責任者は,平成6年7月ころまでの間,被告エムエスから折込料の支払いを受けていた。

被告新聞堂の従業員は,新聞の各支店への配送とは別に,チラシを各支店に配送したり,夜間にチラシ広告の納入があった場合に,納入場所を指示したりすることがある。他方,被告エムエスの従業員が,被告新聞堂従業員の業務用の単車修理伝票を作成したり,一部地域で集金をしたりすることがある。

第6争点1(雇用契約上の未払賃金の有無)に対する判断

1  職種

原告ら代配者と被告新聞堂との間の雇用契約において,原告ら代配者の給与を地区責任者の給与と同等のものとすることが雇用契約の内容とされていたかどうかについて,原告(い)は,採用時,被告新聞堂の担当者から,代配者の賃金は地区責任者の給料と同等である旨(証拠略),原告(き)は,初任給が地区責任者と同等であり,代配者は毎年定期的にベースアップがあるので有利である旨(証拠略),原告(あ)及び同(え)は,毎月の給料には格差があるが,これは年2度支給されるボーナスで調整されるので年収ではほぼ同様になる旨の説明を受けたなどと主張するところ,まず両者の職種に差異があるのかを検討する。

原告ら代配者は,前記認定のとおり,地区責任者の休暇の区域に当該地区責任者と同一の配達をする業務を主とするものであり,その配達先は6通りの範囲で,毎日,変動する。

なお,平成6年7月以前は,代配者には週3日間ほどの内勤の日があり,通常の配達の日より仕事量の負担が少なかった。

これに対し,地区責任者には,配達業務のほかに,顧客管理業務,集金管理業務,クレーム処理業務及び代配者よりも積極的な拡販に役立つ営業活動業務があり,いずれも付随的な業務であるものの地区責任者のみが負担する業務である。

したがって,地区責任者と代配者の業務内容,負担には異なる部分が多く,同一の職種であるものとは認めがたい。

2  賃金体系

(1)  職種が異なる以上,被告新聞堂としては,代配者に対し,地区責任者と異なる賃金体系に基づく給与の取り決めをしたとしても,必ずしも不合理であるとはいえないところ,被告新聞堂が,前記職種の違いに応じて,実際に両者の賃金体系を異にする扱いにしていたかどうかを検討する。

前記認定のとおり,地区責任者と代配者では,給与の明細内訳は相互に異なるものが多い上,代配者に対し支払われていた基本給,職種手当,地区担当Aの単価は,勤続年数に応じて上昇する以外変動はなく,勤続手当,特務手当,皆勤手当,区管理手当,地区手当Aの支給額も,実際の担当地区の部数の減少等に影響されず,ほとんど不変であって,拡張手当(拡張数に応じて),地区手当B(配達基礎軒数を超えた軒数)等の諸手当が,約1万円から2万円程度の範囲(多くて約4万円)で変動しているのみである。これに対し,地区責任者の給与は,拡張手当のほか,基本給(配達部数及び配達日数に応じて),集金管理手当(売上高に応じて),折込DM手当(チラシの量に応じて)のそれぞれが直接に支給額と変動している。

このように,代配者の給与は,諸手当を除く基本給相当部分で,勤務年数に応じた固定給的要素の部分が地区責任者よりも多く取り入れられているところ,このことは,代配者の給与を,前記の業務内容に照らして,より安定的な収入を保障した形態のものとしたとの被告らの説明とも符合するし,平成9年の就業規則改定後の給与体系とも符合するものである。

また,原告らが未払として主張するチラシ配達手数料は,代配者が制度として発足する昭和62年よりも以前から,地区責任者には基本給等の項目とは別個に「折込料」として支払われていたものであるのに対し,代配者に対しては,発足時より,終始,かかる項目での支給はなかったものである。さらに,前記認定のとおり,折込DMとして地区責任者に支給される額を代配者にも加えると,総支給額で代配者の方が,前記平成9年8月から10月の3か月における試算(請求期間後のものであるが,請求期間のときと大差はない。)で,月額約3万円多くなり,これでは地区責任者のみが負担している集金管理等の前記諸業務を賃金の支払いにおいて評価していないこととなる。

(2)  以上によれば,代配者の給与形態は,地区責任者のそれとは異なるものであって,地区責任者に対し,「折込手数料」との項目で支給されていた給与を,代配者にも同じ形態で支給されることが予定されているとみることはできない。そして,チラシ折込,配達という作業が,新聞配達業務という本来的業務の中に含まれているとみることができることからすると,代配者に対しては,チラシ折込,配達の労働に対する対価が基本給部分に含まれるとの給与体系をとっていたと解するのが相当である。

なお,原告らが採用された当時の就業規則の「給与」の項には,前記認定のとおり,「歩合給(新聞販売従事者)」とのみ記載されていることからすると,特に地区責任者と代配者の賃金体系を区別していないようにもみえるが,同就業規則の作成された平成6年3月当時,折込手数料は,被告エムエスから地区責任者に支払われており,同就業規則には折込手数料についての何らの記載もされていない。また,同就業規則の集金手当の規定は,集金業務が義務づけられている地区責任者に対してのみ本来的に支給されるものであり,基本給の内容も配達部数のみを基準としており,代配者のみに支給されている地区手当について何ら記載がないなど,およそ代配者の従前からの給与体系に即したものとはなっておらず,同就業規則の「歩合給(新聞販売従事者)」に関する規定が代配者をも対象として規定されたものと解することはできない。同就業規則が制定された平成6年3月当時においては,地区責任者の完全週休が事実上とられておらず,代配者の業務も週のうち3日間ほどは内勤業務で,その勤務形態が内務担当者と地区責任者との中間に位置するものであったことからしても,当時の地区責任者と代配者が同一の賃金規定により定められていたと解することは不合理であり,同就業規則は代配者についての給与に関する規定を欠いた不備なものであったと認められる。この代配者についての給与規定を欠くという不備はその後も是正されず,平成9年4月1日実施の就業規則(証拠略)により初めて販売代務担当についての給与規程が明記され是正されたものである。そして,このことは,実際の賃金支払いの運用が前記のとおり地区責任者と代配者で異なるものであったが,この運用が平成6年3月制定の就業規則実施の前後で何らの変化がなかったことからも,裏付けられる。

これらの諸事情に鑑みれば,平成6年3月制定の就業規則をもって代配者に基本給等とは別個に折込手数料が支払われるべきことの根拠とすることはできないものというべきである。

3  給与未払の認識の有無

(1)  原告らが採用された当時の被告新聞堂配布の社員募集広告には,地区責任者,代配者の双方の給与支払額として同一の金額が記載されているが,同広告にも,地区責任者の給与は配達部数によって多少異なること,代配者には集金業務はないことについては記載されているし,そもそも募集広告は,労働契約の申込みの誘引にすぎず,その内容がそのまま労働契約の内容となるものでもない。

そして,被告新聞堂の担当者が,前記原告らの主張のとおり,採用面接時,原告(い)及び同(き)に対し,代配者の給与が地区責任者のそれと同等である旨,原告(あ)及び同(え)に対し,代配者と地区責任者の間には給与格差があるが,年2度のボーナスで調整されるので年収ではほぼ同様になる旨の説明をしていたとしても,原告らは,当初の頃から,代配者と地区責任者との間には,賃金に格差があることを認識し(原告(あ)・甲20の1「採用面接時に格差の説明を受け,実際に格差があることを認識していた」,原告(い)・甲20の3「仕事をしているうちに代配が地区責任者より給料が安いことが分かった」,原告(う)・甲20の4「仕事を始めてだんだんに給料のあまりの差がわかってきた」,原告(く)・甲20の8「地区責任者は数が増えれば賃金も高くなり,代配者と地区責任者の賃金の差に大きなひらきがあるということがわかっていたが,何ともいえず我慢してきた」),また代配者には地区責任者に支給されていた「チラシ配達手数料」名目の給与が支払われていなかったことを認識していた者もいたが(原告(い)・甲38),採用後,平成6年ころに至るまで,格別の不公平感は持っていなかったというのであって(甲38・原告(い)「平成6年までは受け持ち地区数の関係で代配者は,毎月3日間ほど内勤で配達に出ない日があり,そのため同等の労働とはいえないという気持ちもあり,不公平感もそれほどではありませんでした。平成6年以降は完全出勤となり,地区責任者と代配者の労働が対等となると,給与の不平等が気になりだしたのです」,甲40・原告(あ)「完全出勤するようになるまでは,そんなに不満もなかった」,被告ら元取締役(せ)「制度が完成するまでは支給しなくても良かったと思う。平成6年の時点で給与改定すべきであった。仕事に差がなくなったものね」),原告らは,採用当初のころより,代配者の賃金は,地区責任者の賃金と異なるものであるとの認識を有し,代配者に対する雇用契約上の賃金が未払いであるとの認識を何ら有していなかったものと認められる。

したがって,原告らの採用時,原告らの給与を地区責任者の給与と同等にするとか,給与に格差があっても,ボーナスでこれを調整することなどが,原告らの採用の条件となったものとみることはできない。

(2)  その後,代配者も内勤の日がなくなって,完全出勤となった平成6年7月ころから,原告らには,地区責任者と給料が違うことに不公平感が生じてきたというのであるが,同年4月の前記就業規則の実施後も,依然,従来からの給与に関する慣行に変更はなく,給与の未払いということが問題になることもなく,その後,原告らが平成8年12月ころの「正社員募集」に掲載されている平均年収額を見るなどして,給与格差の存在を問題として抗議した後も,原告らは,代配者と地区責任者との間の賃金格差を是正することを求め,その是正の方法などについては抗議をしていたものの,過去のチラシ折込料が未払いであるとの認識をもって抗議していたものではなかったのである。

4  以上の諸般の事情に鑑みれば,原告らと被告新聞堂との間の雇用契約は,原告らの採用時においても,また平成6年4月1日実施の就業規則実施以後においても,同年7月ころ代配者に内勤日がなくなり,また,地区責任者に対し,被告エムエスに代わって被告新聞堂が支払うように変更された後も,昭和62年の代配者制度の発足時の給与体系が実質的に変更されたものとは認め難い。

よって,原告らが請求する平成7年10月21日から平成9年3月31日の間の被告新聞堂と原告らとの間の雇用契約が,原告らに対し,基本給,職種手当,地区手当等以外に,別途「折込手数料」を支払うことや,地区責任者と同等の給与を支払うことを内容としているものと認めることはできず,代配者についてのチラシ折込,配達という基本業務に対する対価は,勤続年数等を考慮して算定される基本給相当部分に包含され,支払済みであると認めるのが相当である。

したがって,原告らの被告新聞堂に対するチラシ販売手数料(労働契約上の未払賃金)または同手数料相当額の債務不履行による損害賠償請求には理由がない。

第7争点2(違法な賃金格差の有無)に対する判断

1  同一労働に格差がある場合に,会社としては,労働内容に照らし,なるべく格差を調整するようにする社会的責任を負うというべきである(労働基準法3条参照)ところ,代配者と地区責任者との間に原告らが主張するような,違法な賃金差別処遇があったかどうかを検討するに,前記認定のとおり,平成7年度における地区責任者と代配者の平均年収を比較すると,184万1630円地区責任者の方が多い。

しかしながら,地区責任者と代配者は,前記のとおり,職種が異なり,その違いに応じて代配者に対しては,より安定性のある給与体系をとるべく,勤続年数に応じた固定給的要素の部分が地区責任者よりも多く設定されている。そして,昭和62年に発足した代配者の平均勤続年数は,地区責任者のそれに比し,約3年短い上,地区責任者は固有の業務として,集金業務等の管理業務を負っている。したがって,例えば,前記認定のとおり,原告らの請求期間後ではあるが同様の給与体系をとっていた平成9年8月から10月までの間における,休日手当を除いた代配者の総支給額と同じ区域を担当する地区責任者らの集金管理手当等を除いた総支給額とでは,平均額では1万6138円だけ地区責任者の方が多いものの,代配者の方が約8万円多い事例や,地区責任者の方が約12万円多い事例などばらつきがあり,勤続年数の長い原告(あ)及び同(え)は,同平均額より多いというのである。

2  地区責任者と代配者の業務負担量の違いについて,原告らは,地区責任者には地区管理業務があるといっても,代配者の配達業務は,毎日,配達先が変動するという,地区責任者以上の特別の負担を強いられているのであるから,合計の負担感では代配者は地区責任者と少なくとも同等以上である旨の主張をする。

しかしながら,配達業務について,配達先が日々変動するとはいってもその変動の範囲は6つの区域に限られていることや前記認定のとおり,原告らは,月3日ほどの内勤日があった平成6年7月以前までは支給額に違いがあることを認識しながら不公平感は持っておらず,その限りにおいて,原告らの不公平感は,月3日の内勤業務と配達業務の負担の違いだけに帰着するともいえること,原告らは,代配者には,地区責任者には支給されている折込手数料名目での支払いがないことを認識し,平成8年10月ころ以降,被告新聞堂と,従業員,労働組合との間で,労働条件に関する様々な項目の交渉を経つつも,その後,「正社員募集」のチラシを目にした後の平成9年3月ころまでの間,代配者と地区責任者の賃金格差は格別に問題とせず,平成8年12月,年次有給休暇についての処理等に関し,勤続年数に応じた調整金として,従業員全員に対し,各自20万円(原告(き)は10万円。)を支給した際には,原告ら自身,「今後今日までの労働条件について異議を申し立てません」との文言の念書に何ら留保なく署名していることなどの諸事情に鑑みれば,代配者の配達先の変動する配達業務が前記認定の管理業務等を伴う地区責任者の配達業務と同等以上の負担を伴うものとまで認めることはできない。

3  以上の諸事情に鑑みれば,地区責任者と代配者の賃金格差は,地区責任者は代配者の担当しない集金業務等の地区管理業務を負担しているという職務内容及び賃金算定方法の相異に起因するものであり,前記程度の賃金格差をもって,違法な賃金格差があり,これを被告新聞堂が漫然と放置していたものと認めることは相当でない。

したがって,被告新聞堂は,原告らに対し,賃金格差について不法行為による損害賠償責任を負うものではない。

第8争点3(被告エムエスの責任)に対する判断

被告エムエスに対する請求について,そもそも原告らと被告エムエスとは雇用関係にない上,前記認定事実によれば,被告新聞堂と同エムエスが同一系列会社にあるものとは認められるとしても,業務内容,経理内容等は,明確に区別されており,実質的に別法人であるし,被告エムエスが専ら法人格の濫用を意図する目的で設立されたものとも認めることはできないから,その請求は何らの前提となる法律関係を有しない。

したがって,原告らの被告エムエスに対する未払賃金の請求及び債務不履行または不法行為による損害賠償請求は理由がない。

第9結論

以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから,棄却することとする。

(裁判長裁判官 高橋祥子 裁判官 三木勇次 裁判官 佐藤克則)

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