静岡地方裁判所沼津支部 昭和49年(わ)80号 判決 1974年7月05日
主文
被告人を懲役一年に処する。
未決勾留日数のうち九〇日を右刑に算入する。
本件公訴事実のうち通貨変造の点については、被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 昭和四九年二月一二日午後〇時ころ、沼津市駿河台一八番地の四付近路上において、後藤重作所有の原動機付自転車一台(時価五万円相当)を窃取した
第二 前同日午後一〇時ころ、駿東郡長泉町中土狩一、〇一六番地付近路上において、小林清二所有の原動機付自転車一台(時価五千円相当)を窃取した
第三 前同日午後一一時ころ、三島市西若町八番四号付近路上において、向山安夫管理の原動機付自転車一台(時価一万二千円相当)を窃取した
第四 同月一三日午前四時三〇分ころ、駿東郡清水町堂庭所在の沼津卸売商社団地一七号総合給油所建設現場において、田中慧所有の動力盤中味など二九点(時価合計四一万四、四〇〇円相当)を窃取した
第五 前同日午前一一時四〇分ころ、前同町新宿一六九番地付近路上において、土屋弁造所有の原動機付自転車など三点(時価合計二万一、五〇〇円相当)を窃取した
ものである。
(証拠の標目)(省略)
(累犯前科)
被告人は、(1)昭和四二年一一月二四日当支部において、通貨変造未遂、詐欺、窃盗の各罪により、懲役二年に処せられ、昭和四四年九月二四日右刑の執行を受け終り、(2)昭和四六年七月一四日神戸簡易裁判所において、窃盗罪により、懲役六月に処せられ、昭和四七年一月三日右刑の執行を受け終り、(3)昭和四七年六月七日沼津簡易裁判所において、窃盗罪により、懲役一年二月に処せられ、昭和四八年七月七日右刑の執行を受け終つたものであつて、この事実は検察事務官作成の前科調書とこれに対応する判決書の謄本によつてこれを認める。
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも刑法二三五条に該当するところ、前記の前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により四犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第四の窃盗罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、加重した刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち九〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については刑訴法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。
(一部無罪の理由)
被告人に対する昭和四九年四月一六日付起訴状記載の通貨変造の公訴事実は「被告人は昭和四九年一月二八日ころ、沼津市東沢田九一〇番地の三の自宅において、行使の目的をもつてほしいままに、真正な日本銀行券一、〇〇〇円二枚を用い、うち一枚を水でぬらしてはがれやすくしてから手でもんで表と裏に剥離し、鋏で各二片に切断し、一、〇〇〇円券片四片を作り、うち三片につき印刷のない片面を内側にして間に厚紙を挿入し二つ折にして糊付けし、残り一片につき印刷のない片面を内側にして間に厚紙を挿入し四つ折にして糊付けするとともに、他一枚を鋏で二片に切断し、一、〇〇〇円券片二片を作り、いずれも裏面を内側にし四つ折にして糊付けし、もつて真正な日本銀行券一、〇〇〇円券の外観を持つ一、〇〇〇円券合計六枚を変造したものである。」というものであつて、被告人の右所為は刑法一四八条一項の通貨変造罪に該当するというのである。
よつて判断するに、通用の銀行券を変造したというためには、真正な銀行券に加工して銀行券の外観を有するものを作出し、しかも作出されたものが一般人において不用意にこれを一見した場合真正な銀行券と誤認する程度に達していることを要し、その選択した加工方法によつてはその程度に達する銀行券の外観を有するものを作出することが不可能であるような場合には通貨変造罪の保護法益である通貨に対する公共の信用を害する危険性はないのであつて、変造とはその行為類型を異にするものであるから、このような事態を犯罪として考えようとすれば、その作出者ないし所持者が現実にこれを行使して財物を騙取したような場合に詐欺罪の行為手段として評価すれば十分であると思料される。
しかるところ、被告人の司法警察員に対する昭和四九年二月二六日付、同年三月四日付、検察官に対する同年三月一四日付、同年四月一三日付各供述調書と押収してある日本銀行券一、〇〇〇円券片六片(昭和四九年押第三七号の一、二)によると、被告人は前記公訴事実記載の日時、場所において、真正な日本銀行券一、〇〇〇円札二枚を使用し、同公訴事実記載のとおりの方法により、表裏とも真正な一、〇〇〇円札の一部分からなる同札四つ折大のもの三枚(縦七・五センチメートル、横三・九センチメートル、同押号の一のうちの三枚)と同じく八つ折大のもの三枚(縦三・九センチメートル、横三・八センチメートル、同押号の一の残り一枚と同押号の二)を作出したことが認められるのであるが、被告人によつて作出された右六枚のものはいずれも糊付けされている固い面子様のものに過ぎず、銀行券を扱う場合の通例に従つて開こうとしても簡単に開くことはできないものであることは勿論、銀行券としての通常の用法に従い使用する限りでは一般人において不用意にこれを一見した場合にも真正な銀行券と誤認するに足る外観を有していないことは明らかである。
そうすると、被告人の選択した方法によつては、真正な銀行券と誤認させるに足る外観を有するものを作出することは不可能であつたのであり、従つて前記の所為は日本銀行券一、〇〇〇円札を変造したことにもその未遂罪にも該当しないのであるから、本件通貨変造の公訴事実については訴因自体が犯罪を構成しないものとして、刑訴法三三六条により被告人に対し右の点についての無罪の言渡をする
よつて、主文のとおり判決する。