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静岡地方裁判所沼津支部 昭和58年(ヨ)214号 判決

一 債権者が本件実用新案権を有すること、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載が債権者主張のとおりであること、本件考案が債権者主張のAないしCの構成要件(必須要件項)からなるものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二 債務者秋山産業が、本件煮沸装置を製造、販売したこと、債務者加藤弁作が本件煮沸装置を、債務者野村茂一が本件第二煮沸装置を使用していることは、いずれも当事者間に争いがない。なお、本件煮沸装置の構造に関し、煮沸ケースが最上昇時及び最下降時において、出入口の釜羽及び煮汁排出口との間に「隙間が残る」構造か、「所定の間隔が設けられている」構造かの一点についてのみ争いがあるが、いずれにしても、ある程度の間隔が存在していること自体は当事者間で争いがない。

三 そこで、本件煮沸装置が本件考案の技術的範囲に属するか否かを考察することになるが、まず本件考案の構成要件Bの「盲板」の意義について検討する。

1 本件考案の構成要件Bは、「煮沸ケースの上下面に盲板を配」するというものであるが、建築用語の「盲壁」や、労働安全衛生規則第二七五条等の法令上の用語からも明らかなように、「盲板」という用語は、一般的には「隙間あるいは穴のあいていない板」という意味に用いられている。

本件考案の明細書(成立に争いのない疎甲第二号証)の詳細な説明中には、「断熱用の盲板」という文言が、第2欄第三六行、第3欄第四行、第六行、第七行に記載され、その実施例として「断熱材16を充填したステンレスケースにより構成」(第3欄第四行、第五行)(第1図)することが示されており、本件考案の作用効果のひとつは、従前技術の熱損失が大きかつた点を改良し、「盲板」に断熱機能を課していることは、右の記載により明らかである。そして、右機能を奏させるためには、「隙間あるいは穴のあいていない板」を蓋板とすることが効果的であることはいうまでもない。そうだとすれば、本件明細書の詳細な説明に照らしても、「盲板」を債権者の主張するような先の一般的意味と異なつた解釈をすべき根拠は見い出せない。

もつとも、右詳細な説明中には、「上昇時には下断熱用の盲板12が煮沸槽2の出入口4を略密閉し、下降時には上断熱用の盲板11が煮沸槽2の出入口4を略密閉する蓋構造となつている。尚、この蓋構造は、完全密閉型とする必要はない。」(第3欄第五行ないし第九行)という記載がある。右の末尾は、完全な密閉としなくとも大部分を密閉すればよいとの趣旨ではあるが、これは、前後の文脈文言に照らせば、上下の蓋板と煮沸槽の出入口との関係に関する記述と解するのが相当であり、両者の間にある程度の間隔が存在してもよいとの意味にすぎず、蓋板自体の構造に触れた記述と解することはできない。

2 成立に争いのない疎乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし三によれば、債権者は、本件考案を出願した後、同じく煮沸装置について、昭和五三年九月一二日、別紙公開実用新案公報(公開昭和五五年三月二一日・昭五五―四三五二四)記載の考案を、昭和五三年一二月一四日、別紙公開実用新案公報(公開昭和五五年六月一六日・昭五五―八七二三六)記載の考案を出願したこと、右両者とも債権者が審査請求しなかつたため、前者につき昭和五七年一一月二五日、後者につき昭和五八年二月二四日、出願取下げとみなされたことが認められる(以下、前者を取下考案(一)、後者を取下考案(二)という。)。

取下考案(一)にかかる実用新案登録願(疎乙第一号証の二)、手続補正書(疎乙第一号証の三)の考案の詳細な説明中、煮沸ケースの上下面の天板及び底板について、「天板11は密閉型が安全であるが、煮沸槽2内の熱湯の状態が確認できるようにのぞき窓11aを切設したものでも良い。」並びに「底板は盲板が安全であるが、煮沸ケース3の下降時の熱湯5の抵抗を考慮してパンチングボード若しくは格子状板でも良い。」との記載がある。また、取下考案(二)にかかる実用新案登録願(疎乙第二号証の二)の考案の詳細な説明中、煮沸ケースの上下面の天板及び底板について「天板13は密閉型が安全であるが、煮沸槽2内の熱湯の状態が確認できるよう四端部に覗窓を切設すると共に、該覗窓13aに取手15が取付けられた蓋板16を開閉自在に設ける。」並びに「底板14は盲板が安全であるが、煮沸ケース3の下降時の熱湯5の抵抗を考慮してパンチングボード若しくは格子状板でもよい。」との記載がある。これらの記載によれば、債権者自身が、取下考案(一)、(二)の出願の際には、「天板」、「底板」の下位概念として「盲板」、「パンチングボード」、「格子状板」を位置付け、「盲板」を「パンチングボード」や「格子状板」と異る隙間あるいは穴のあいていない板と解釈していたことが明らかである。

右事実に、前掲疎乙第一号証の一、第二号証の一により認められる本件考案、取下考案(一)、(二)が全て同じ弁理士の手により出願手続が代理されていることを併せ考えると、取下考案(一)、(二)の出願からさほど時間の経過していない時点で出願のなされた本件考案においても、出願の際には、債権者自身「盲板」という用語をこれと同様に解釈していたものと容易に推認することができる。

なお、債権者は、取下考案(一)、(二)の出願後、手続の代理をした弁理士において検討したところ、取下考案(一)、(二)が本件考案の技術的範囲に属するとの結論に達したので、審査請求をせず取下げとみなされるに至つたと主張するが、右主張は、少なくとも本件考案出願の際には、右弁理士自身も「盲板」という用語を隙間や穴のあいていない板と解釈していたことと、何ら矛盾するものではない。

3 以上の点から考えると、本件考案の構成要件Bの「盲板」という用語は、上下面に隙間あるいは穴のあいていない板として用いられていると解するのが相当であり、債権者は天板及び底板を「盲板」と限定することによつて、隙間あるいは穴のあいている板を登録請求の範囲から意識的に除外したものと解せざるを得ない。

四 右三の盲板についてした認定判断を前提とすれば、本件煮沸装置は本件考案の構成要件の一部を欠くものと認めざるを得ないが、すすんで本件考案と本件煮沸装置とがその構成及び作用効果において同一な、いわゆる均等の関係にあるか否かについて検討しておく。

弁論の全趣旨により成立の認められる疎甲第六号証、成立に争いのない疎乙第四号証の一、第七号証の一ないし三、債務者秋山産業代表者本人尋問の結果と、これにより秋山平八が撮影した同会社の昭和四六年あるいは同四八年当時における魚類用煮沸装置の写真であると認められる疎乙第四号証の二(昭和四六年当時)、第五号証の一ないし四(昭和四八年当時)及び前掲疎甲第二号証に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

本件考案の出願前における魚介類等を燻製する一段階としての煮沸装置に関する公知の技術としては、魚介類を入れたセイロを積み重ね、これを上下から鉄製の枠板で囲まれた板あるいは格子状の板で押えて、ホイストクレーン等によつて吊るして煮沸槽中に漬け、セイロ中の魚介類を煮るというものであり、その際、積み重ねられたセイロは湯面の下に沈むことになる。そのため煮沸中熱湯槽が常時開口されているので、作業に危険が伴うばかりか熱損失が大きく、また安定昇降も困難であつた。本件考案は、かかる構造上の欠点を改良したもので、特に構成要件Bとの関係では、上下に盲板を配することにより、煮沸ケースの最上昇時、最下降時に煮沸槽が略密閉の状態となるので、作業員が煮沸槽へ落下する危険がなく、かつ熱効率が良いという作用効果が得られた。しかしながら、本件考案では、煮沸ケースが煮沸槽内を昇降する時、盲板の水抵抗が大きいので、急激な速度で昇降すると煮沸槽内の熱湯が一挙に溢出する可能性があり作業上危険が大きいところから、熱湯の溢出しないような緩慢な昇降速度に自ら制約され、煮沸ケースの出し入れが非能率となり、また天板が盲板であるので煮沸中の魚類の状態、熱湯の沸騰やアク発生の状況が現認できないし、煮汁による汚損度の激しい煮沸槽内の掃除もしにくいという欠点があつた。本件煮沸装置は、これらの構造上の欠点を異なる形状により改良したもので、(1)煮沸ケースの底板には開閉自在な煮沸槽内部の掃除用マンホールを設け、(2)底板及び掃除用マンホールに湯通し孔を多数穿設し、(3)天板には点見孔を多数穿設した。この結果(2)の構成により煮沸ケースの上昇時及び下降時に湯通し孔を熱湯が通過するので、水の抵抗が軽減されて煮沸ケースの昇降速度が速く、しかも煮沸槽外への熱湯の溢出がなく、また(3)の構成により魚類の冷却を促進させて品質の低下を防ぐとともに搬出作業を短縮し、かつまた、煮沸中の魚類状態、熱湯の沸騰、アクの発生などの状況を確認しながら、加熱蒸気量、圧力、熱湯等を調節して製品の品質を向上させることができる。さらに、(1)の構成により掃除用のマンホールを開くことにより煮釜の内部を適宜掃除することができるという作用効果を奏する。債務者秋山産業の代表者秋山平八は、昭和五八年九月二二日、本件煮沸装置そのものにかかる別紙実用新案公報(公告同年四月二六日・昭五八―二〇一八一)記載の公案を出願し、債権者から特段異議申立等もなされぬまま、昭和六〇年一一月八日に登録査定を受け、昭和六一年三月一三日登録された。

以上の事実によれば、本件煮沸装置は、本件考案とは構成並びに作用効果を異にすることは明らかであり、本件考案と均等の装置であるということもできない。

そうすると、その余の点について判断をなすまでもなく、本件煮沸装置が本件考案の技術的範囲に属しないことは明らかで、債務者らが本件実用新案権を侵害していると認めることはできない。

五 よつて、債権者の本件申請は被保全権利について疎明がないことに帰し、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないから、本件申請を失当として却下することとする。

〔編註その一〕本件における申請の理由は左のとおりである。

1 債権者は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の権利者である。

(一) 登録出願日      昭和五三年五月二九日

(二) 出願公告日と公告番号 昭和五八年四月二六日(昭和五八―二〇一八一)

(三) 考案の名称      煮沸装置

(四) 登録日        昭和五九年四月二五日

(五) 登録番号       第一五四〇〇二三号

(六) 実用新案登録請求の範囲

別紙本件実用新案公報の該当欄に記載のとおりである。

2 本件考案の必須要件項(構成要件)は、分説すれば、左のとおりである。

A 上面に出入口4が開口された煮沸槽2と煮沸ケース3及び煮沸ケース3の昇降機構とからなり、

B 煮沸ケース3の上下面に盲板11、12を配し、

C 煮沸ケース3の最上昇時及び最下降時において煮沸槽2の出入口4を略密閉しうるようになした煮沸装置。

3 本件考案は、右の構成をとることにより次の作用効果を得ることができる。

すなわち、本件考案においては、煮沸ケースの上下の盲板により煮沸槽が常時略密閉状態になるので、作業者が煮沸槽中の熱湯の中に落ちて大火傷をする等の事故の心配がなく、かつ煮沸槽からの熱湯の蒸発による熱損失が防げるので熱効率も良好となる。(以下省略)

〔編註その二〕本件に関する物件目録は左のとおりである。

第一物件目録

添付の図面及び後記説明に示される煮沸装置

第一 図面の説明

第一図は、本煮沸装置の正面斜視図、第二図は背面斜視図を示す。

第三図は縦断側面図、第四図は縦断正面図にして、いずれも煮沸ケースが最上昇時にある状態を示す。

第五図は縦断側面図、第六図は縦断正面図にして、いずれも煮沸ケースが最下降時にある状態を示す。

第七図は天板11の平面図を示し、第八図は、底板12の平面図、第九図は底板12の断面図を示す。

第一〇図は、煮沸槽平面図を示し、第一一図はそのA―A´線断面図、第一二図はB―B´線断面図を示す。

第二 符号の説明

2 煮沸槽 3 煮沸ケース 4 出入口 5 釜羽 6 煮汁排出口 7 煮汁排出溝 11 天板 12 底板 13 点見窓 14 湯通し孔 15 掃除用マンホール 17 フレーム 20 ガイドレール 21 ガイドローラー 22 昇降用エアーシリンダー 23 シリンダーロツド 24 安全用ブレーキシリンダー 25 セイロ押えシリンダー 26 煮沸ケース停止装置

第三 構造の説明

一 煮沸槽2の上面には出入口4が開口され、出入口の正面及び両側面の三面には釜羽5が取り付けられ、背部の残り一面には一段下がつた煮汁排出口6とこれに連通する煮汁排出溝7が設けられている。

煮沸槽2の上方には昇降機構のフレーム17が設けられ、このフレームの上方には昇降用エアシリンダー22、及び安全用ブレーキシリンダー24が搭載され、そのシリンダーロッド23は煮沸ケース3の天井部に連接されている。

なお、本装置の煮沸ケース停止装置は、符号26で示される構造となつている。

二 煮沸ケース3の上面には天板11を、下面には底板12が張設され、

1 天板11には、セイロ押えシリンダー孔と煮熟中の魚類状態を視認する箱型長方形の点見窓13が所定数穿設され、

2 底板12には、多数の湯通し孔14を穿設すると共に、同様の湯通し孔14を有する開閉可能な掃除用マンホール15が設けられている。

三 煮沸ケース3の底板12には、左右にガイドローラー21が設けられ、ローラー21は煮沸槽2に付設されたガイドレール20を外嵌して回動する。

四 煮沸ケース3は、前記エアシリンダー22及び安全ブレーキシリンダー24により煮沸槽内を上下に昇降し、煮沸ケースの最上昇時においては第三、四図で示す位置にあり、最下降時においては第五、六図で示す位置にあつて、いずれも出入口の釜羽5及び煮汁排出口6との間に隙間が残る構造。

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〔編註その三〕本件実用新案の明細書添付の図面は左のとおりである。

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