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静岡地方裁判所浜松支部 平成13年(ワ)306号 判決 2004年4月15日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

名倉実徳

福岡市<以下省略>

被告

さくらフューチャーズ株式会社

同代表者代表取締役

Y1

福岡市<以下省略>

被告

Y1

被告ら訴訟代理人弁護士

新道弘康

紫牟田洋志

主文

1  被告さくらフューチャーズ株式会社は、原告に対し、金360万1255円及びこれに対する平成13年8月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告Y1に対する請求及び被告さくらフューチャーズ株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告さくらフューチャーズ株式会社においては、原告に生じた費用と同被告に生じた費用を2分し、その1を原告の負担とし、その余を同被告の負担とし、原告と被告Y1との間においては、全部原告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは原告に対し、連帯して金744万2240円及びこれに対する平成13年8月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、原告が、トウモロコシ等の商品先物取引に関する被告さくらフューチャーズ株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員らの勧誘等の一連の行為が不法行為に該当するとして、また、従業員の選任及び業務遂行についての監督をしていた被告会社の代表者取締役である被告Y1には従業員の不法行為について選任、監督上の責任があるとして、被告両名に対し、民法715条1項、2項に基づき、右取引により被った損害(実損害664万2240円と弁護士費用相当額80万円の合計744万2240円)及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金(起算日は訴状送達の日の翌日)の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  被告会社は、顧客から委託手数料を得て、トウモロコシ等の農作物の売買の委託を受け、自己の名をもって、委託者の計算において、右売買等の取引をなすことを業とする株式会社であって、穀物商品取引所の会員たる商品取引員である。

(2)  被告Y1は、被告会社の代表取締役である。

(3)  原告は、昭和46年○月生まれの独身男性で、平成元年3月に高校卒業後a製作所に勤務している現場労働者であり、これまで商品先物取引は勿論、株式投資もしたことがなかった。

(4)  本件取引

被告会社と原告は、平成13年6月5日、商品先物取引委託契約を締結し、被告会社は、右契約に基づき、原告の計算において、別紙建玉分析表(甲19)のとおり、トウモロコシ、コーヒーの先物取引を行った(以下「本件取引」という。)。

(5)  原告は、被告会社に対し、委託証拠金として、同年6月7日に800万円、同月11日に440万円、同月27日に80万円、同月29日に236万1050円をそれぞれ預託した。

(6)  原告は、同年7月9日、全建玉を仕切って手仕舞いし、被告から905万8540円の払戻を受けた。そして、本件取引の結果、原告の売買損は127万8000円、委託手数料は510万8800円、本件取引にかかる消費税額は25万5440円であった。

2  争点

(1)  被告会社従業員らの一連の勧誘行為等が不法行為に該当するか。

(2)  被告会社代表取締役の被告Y1の民法715条2項に基づく不法行為責任の成否。

(3)  原告の損害額及び過失相殺の可否。

3  争点に関する当事者の主張

(一)  被告らによる不法行為の成否

(原告)

(1) 適合性原則違反

原告は、現場労働者であり、これまで先物取引は勿論、株式取引の経験もなく、先物取引の何たるかも知らず、先物取引をする能力を欠いていたもので、原告は先物取引の適格性がなかった。

(2) 危険等重要事項の説明義務違反

A社員は商品先物取引委託のガイド等について一通りの説明をし、その中にはハイリスクの点も触れられてはいるが、商品先物取引の仕組み、用語の解説などが中心であり、さらに、委託者債権の保全のしくみ、商品取引員の禁止行為、委託者保護の手当てなどにも及んでいるが、取引の危険性については僅かしか触れられず、取引開始後の頻繁な取引、度重なる証拠金の預託要求などについては全く予想されておらず、危険等重要事項の説明義務を尽くしたとは言えない。

(3) 断定的判断の提供

被告会社従業員のB社員は、原告に対し、電話で「福岡コーンが値上がりする。元本保証だからやりませんか。」と勧誘し、また、A社員は、平成13年6月5日、原告に対し、トウモロコシの値段が上がることが予想されることを前提にして、種々の資料を示して、トウモロコシが1枚1000円上がった場合の利益合計を書き出して示し、さらに、コーヒーについて、アラビカを売建してロブスタを買建すれば、ローリスク・ローリターンだと述べるなど、利益が出ることの断定的判断を提供した。

(4) 新規委託者保護義務違反

被告会社の管理規則(乙18)6条は商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領を定め、新規委託者からの預託金額の外務員判断枠を200万円と定め、委託者から判断枠を超える要請があり、それが500万円を超える場合、総括責任者の承認のもとに受託すると規定しているところ、A社員は原告が希望しないのに原告の預託額を600万円から800万円に増額させているもので、これは、上記管理規則の趣旨に明らかに反するものであり、また、被告会社は、原告の預託額について、平成13年6月7日要請預託額800万円、範囲預託額1000万円を総括責任者において許可し、同年6月11日要請預託額1240万円、範囲預託額1500万円を許可する各手続がとられているが、しかし、これでは専ら被告会社の担当社員らの判断で預託額が増額されていくことになり、事実上判断枠が無いに等しく、上記各許可手続がとられているからといって、新規委託者保護義務違反は免れない。

(5) 実質的一任売買

本件取引は、実質的に一任売買(商取所法136条の18第3号、同法施行規則46条3号)であったということができる。

(6) 仕切拒否

原告は、6月29日、A社員から証拠金500万円の預託を求められて、同社員に対してもう貯金がないから払えないので全部仕切って欲しいと強く求めたが、同社員からこれを事実上拒否され、残りの貯金250万円を下ろして支払ったところ、さらに250万円を作るよう要求され、原告はとても無いと答えて全部仕切って欲しいと再度求めたが、同社員は、「それはできない。3,4日待つから金融から借りて何とかなりませんか。それまで立て替えるから。」と言って原告の仕切指示を拒否した。

(7) 違法な両建の勧誘

原告は、6月21日、A社員から「両方持ってほしい。損失を凍結し、時期が来れば値が動くので処分するから」と言われ、売り58枚の両建となった。同じ限月の両建勧誘は法律で禁止されているという説明はなく、原告は、両建で様子を見るのがいいと言われ、そういうものかと信じて応諾した。

(8) 手数料稼ぎの反復売買(ころがし)

本件取引全体における手数料の割合が実に76・91%と高く、特定売買の比率も、買直し5件、途転5件、日計り1件、両建3件、不抜け1件の合計15件で、重複2件を除き、22件の仕切り中13件で、59%であり、さらに、売買回転率も1か月20回と高率であり、これらのことからして、本件取引は明らかにころがしの手数料稼ぎであるということができ、違法行為を構成する。

(9) 違法な向い玉取引

本件取引について、取引対応表(甲21)、被告会社の自己玉損益表(甲22)から判断すると、被告会社は、基本的には全量向い玉の手法の取引により原告に損害を与えていると言える。これは、上記取引対応表から分かるとおり、被告会社の自己玉が原告の玉と対向していることが多いこと、原告の全損失664万2240円(甲19)に対し、原告玉の取引と同一場節、同一限月における被告会社の自己玉取引の損益合計が467万5000円と利益を上げていることから推認される。さらに、被告会社の自己玉取引の中に損益零というものが7回に及び、不自然さが顕著であり、取引操作の可能性が大きい。

(被告ら)

(1) 先物取引不適格者に対する勧誘について

原告は、十分な理解力を有する大人で、相場取引に必要な十分な資金と時間を持っていたものであり、先物取引適格者である。

(2) 危険等重要事項の説明義務違反について

A社員及びC社員は、本件取引開始時、原告に対し、商品先物取引委託のガイドなどを交付して商品先物取引の仕組み等につき説明し、中でも商品先物取引の投機性やリスクを伴うことを十分に説明し、さらに、取引開始後、被告会社本社管理部のC社員が原告に対し再度商品先物取引について、特に、商品先物取引の投機性やリスクについて説明しているもので、原告主張の説明義務違反などない。

(3) 断定的判断の提供について

被告会社の担当社員が原告に対し、「元本保証」とか「やって絶対大丈夫」などと述べたことは断じてない。被告会社担当社員は、その当時の状況から、相場の予測を説明したに過ぎず、その予測通りにいけば利益が生じる旨を説明したに過ぎない。なお、C社員やB社員のなしたトウモロコシやコーヒーの相場の予測の説明は、当時の状況からすれば、十分に根拠のあるもので、何ら虚偽の事実を述べていたものではない。

(4) 新規委託者保護義務違反について

原告は、A社員らの勧誘はあったものの最終的には自ら納得して投資金額を増額したもので、投資金額に異議を述べたことはなく、また、被告会社では、新規委託者の保護と育成のため社内審査制度を設けているが、原告については右社内審査を経て本件取引が継続されたもので、本件において新規委託者保護義務違反はない。

(5) 一任売買について

本件取引期間中原告と被告会社とは常に連絡をとってその当時の値動きや材料、予測を話し合って本件取引を進めてきたもので、一任売買などということはあり得ない。

(6) 仕切拒否ついて

原告は、平成13年6月29日にA社員が原告の仕切要求を拒否した旨主張するが、しかし、原告はその後直ぐに約240万円を入金して本件取引を継続する選択をしたのであり、仕切拒否などなかった。

(7) 両建の勧誘について

まず、商取所法施行規則46条11号で禁止されている両建は、同限月・同枚数の両建であるところ、本件取引においては、同限月・同枚数の両建は1つもない。また、両建自体は違法なものではなく、顧客の十分な理解を得ることなく、それを利用した手数料稼ぎと認められる場合に違法となるのである。本件取引のうち、両建が行われたのは、相場が下がるおそれがあったためにそのリスクを回避する必要があったのであり、その旨原告の了解を得てなされたもので、何ら手数料稼ぎの意図があったわけではない。

(8) 手数料稼ぎの反復売買について

原告が違法性の徴憑とする特定売買率、手数料率などは何らの根拠もないもので、本件取引の違法性の判断根拠となるものではない。特定売買と呼ばれる取引についてもそれぞれにメリットがあり、その存在のみで違法であるというわけではない。個々の相場の状況において、そのメリットを生かすような取引がなされておらず、何らの意図もなくそれらの取引がなされた場合に初めて違法と評価できるのである。本件においては、個々の取引はそれぞれ何らかの意図を持って行われているのであり、違法な点はない。

(9) 向い玉取引について

被告会社の向い玉のうち僅か数回について原告の相対玉にたまたま損害が発生した取引があったとしても、商取所法施行規則46条2号が明示している「もっぱら投機的利益の追及を目的として」なされたとの立証はなく、「受託業務に係る取引と対当させて」いる訳でもないから、被告会社が向い玉取引をしているからといって、これをもって、顧客である原告の利益を害する違法な行為とはならない。

(二)  原告の損害額と過失相殺の可否

(原告)

(1) 原告は、本件取引により、売買差損127万8000円、委託手数料510万8800円、消費税25万5440円の合計664万2240円の損害を被った。

(2) 過失相殺の不可

先物取引における新規委託者と業者とは、知識、経験、情報量などの点で対等ではなく、業者が一方的に指導、指示する関係にあり、さらに、委託者に生じた損害が業者の不当勧誘、不当な指導による不法行為あるいは債務不履行によって生じたとみられる場合、業者が自らの責任で惹起させた損害について委託者の過失を主張するのは公平の観念、信義に反し、許されるべきでない。

(被告ら)

上記7月4日の本件取引の時点において40万1000円の売買益金が出ていたが、7月9日の原告代理人よりの全てを仕切る指示により全てを仕切ったところ、この仕切により167万9000円の売買損が発生し、結局は合計で127万8000円の売買損を生じて手仕舞いとなったもので、右167万9000円の売買損は原告の責任によるものである。また、先物取引した場合に手数料がかかることは原告も理解していたのであるから、手数料を損害に含めるべきではない。さらに、取引をした以上納めるべき税金についてまで損害に加える理由はない。

第3争点に対する判断

1  事実経過の認定

上記争いのない事実に証拠(甲23、同24の1、2、同25の1、2、同27の1から5、同29、乙1の1から3、同2から8、同9の1、2、同10から29、同30の1から13,同31、同34、証人B、同C、同A、原告)によれば、以下の事実が認められる。

(1)  原告は、平成元年3月高校を卒業してa製作所に就職し、金型造りの現場で稼働するようになった。そして、平成13年6月当時、資産としては、給与をこつこつ蓄えて形成した銀行預金約1200万円、郵便貯金約400万円の合計約1600万円を有していて、年収は約350万円であった。

(2)  被告会社新宿支店営業部副長をしていて、主として新規の顧客獲得を担当していたB社員は、いわゆる名簿屋から購入した名簿によりアトランダムに先物取引勧誘の電話をしていたが、平成13年6月4日夕刻、勤務先の原告に先物取引勧誘の電話をし、トウモロコシをメインにやっている、今1トンが1万3000円くらい、1枚100トン単位で、参加金は1枚8万円、仮に100枚で参加した場合、1000円の利幅をとると、1000万円の利益となり、元利合計で1800万円となるなどと相場の状況等を説明した上、今が一番底の状態だからこれから値上がります、新聞で相場を見ておいて下さいなどと言って電話を終えた。そして、翌6月5日昼ころと夕刻に再度電話して、トウモロコシの先物取引を勧誘し、その中で資金として原告が600万円位なら出せる旨を聞き出し、そして、同社員は原告に会って説明したいので是非説明の機会を設けて欲しい旨申し出、これに対し原告も説明を聞いてみたく思い、原告の指定場所で待ち合わせることになった。

(3)  B社員は、上司であり先物取引のベテランであるA社員に原告を勧誘していることを報告し、そして、B社員は、A社員に同行してもらって同日午後8時半ころ、原告指定のレストランに行き、そこで原告と初対面の挨拶を交わした。最初、B社員が被告会社の概要の説明や雑談でおよそ1時間が費やされ、次いで、A社員が原告に対し、トウモロコシの相場状況について値上がり予測を強調して説明し、また、商品先物取引委託のガイドなどを示して商品先物取引の仕組み、予測が外れた時の対処方法、先物取引の危険性、リスクについて1時間以上にわたって説明した。そして、原告は被告会社と本件の商品先物取引委託契約を締結することにし、取引口座開設申込書(乙5)、約諾書(乙6)、「今般、貴社との間に於いて商品取引を行うにあたり仕組み等は十分理解しており、かつ損得も承知の上で総て自己資金の範囲内で、私の責任の上で取引する事を約束致します。」と印刷されている申出書(乙7)に署名捺印した。ところで、上記のとおり原告はB社員へ先物取引への投資可能額を600万円と申し出ていたが、A社員は、当初投資額として800万円を出してもらうことを考えて、原告に対して、動く人間が3人から5人になる等と先物取引を行う上で有利な取扱を受けるかのように述べるなどして800万円を出すよう時間をかけて説得にかかり、これに対して原告は余りの高額に難色を示していたが、A社員に説得されて最終的に800万円を出すことに同意した。そして、全てが終わったときは午前零時30分を過ぎていた。

(4)  なお、B社員は、本件取引の開始に当たって、原告に関する顧客実態調査票(乙28)を作成しているが、その中の「原告の資産内容及び収入の状況」については、一般に顧客は自分の資産状況を少な目に述べるものであるとの認識のもとに、原告もかなり少なく述べているものと考え、原告の銀行預金額を1600万円、郵便貯金額を800万円、年収を480万円と、実際よりも相当大きい金額を記載した。

(5)  原告は、6月7日に預託証拠金として800万円を被告会社に預託した。そして、B社員がトウモロコシ100枚の買建(4月限50枚と6月限50枚)の注文を出し、それ以後の本件取引は全てA社員が担当するようになった。ところで、A社員は、上記6月7日、原告に対し、商品先物取引、特に取引にかかる手数料や消費税を中心に再度説明したほか、上記6月5日にローリスク・ローリターンの商品として紹介したコーヒーの先物取引について改めて詳しく説明した。その内容は、コーヒーは値段の上げ下げをターゲットにするのではなく、アラビカとロブスタの2種類のコーヒーの価格差の縮小、拡大をターゲットにするもので、時間はかかるが、ローリスクであり、ミドルリターンの商品であるというようなものであった。そして、同社員は、当時のアラビカコーヒーの価格とロブスタコーヒーの価格の状況から、原告に対し、アラビカコーヒーの売建とロブスタコーヒーの買建を勧誘したところ、原告が右勧誘に応じ、結局、原告は、アラビカコーヒー20枚売建、ロブスタコーヒー20枚買建の注文を出し、そのための証拠金240万円を用意することになった。

(6)  原告は、6月11日、上記証拠金を被告会社に預託することになったが、A社員から新たにトウモロコシ25枚の買建を勧められてその旨注文を出し、そのため証拠金200万円の追加を求められ、結局、同日、証拠金として440万円を預託した。その後、別紙建玉分析表記載のとおりに本件取引が反復された。

(7)  6月13日、被告会社管理部お客様相談室関東地区担当副長のC社員は、原告を訪ねて原告に本件取引に不満がないか否かを尋ねたところ、A社員を信頼していた原告が、特にない旨答えたので、中間残高照合通知書(甲29、乙11)を示して、取引内容や預託証拠金の状況などを説明したほか、先物取引の仕組み、予測が外れたときの対処方法などについて改めて一般的な説明を一通りしたが、原告の本件取引の具体的な内容に踏み込んでのものではなかった。そして、同社員は、原告より6月13日付の取引継続申出書(乙10、商品先物取引とは投機であり、常にリスクが伴うことの再認識、売買の発注及びその結果は全て自らの判断と責任に帰属するものであり、担当者等への一任依存をしないことなどを認識、遵守の上、取引を継続することを申し出ます、等と印刷されている書面)を提出してもらった。

(8)  原告は、6月21日 A社員から、両方持って欲しい、損失を凍結し、時期が来れば値が動くので処分するから等と勧誘され、トウモロコシ買建10枚新規(同日後2節平成14年6月限)と売建58枚新規(同日後3節平成14年6月限)の各注文を出して、その旨の売買が成立し、同日時点での原告のトウモロコシの建玉の状況は、同月13日の6月限買建52枚、上記6月限買建10枚に対し、上記6月限売建58枚の両建の状態となった。しかし、同月22日、上記売建58枚が仕切られて、同日、6月限54枚新規が買建され、さらに、同月25日、上記買建10枚と54枚が仕切られて、同日、48枚新規が買建された。その後、多少の売買の動きがあったところ、原告は、6月27日、A社員からトウモロコシの売建10枚を勧誘されて右10枚の売建の注文を出し、同社員の指示で証拠金80万円を被告会社に預託した。

(9)  ところが、同月29日になって、トウモロコシの価格が値上がり傾向にあることがはっきりして来、そこでA社員は、原告に対し、買いを入れないと損が拡大して行くのでトウモロコシの買を建てる必要があるので追加の証拠金として500万円を何とか用意するよう求めた。これに対して原告は、もう預貯金がないから支払えないので建玉を全部仕切って欲しいと仕切を求めたが、同社員としては、値上がり傾向の相場状況から買を建てて利益を取るべきであり、それに、一度に全部を仕切ると原告の損失が拡大することになると判断して、原告に対し、一気には出来ない、次の週に回されるからもっと損失が多くなる等と言って原告の仕切要求を拒否し、重ねて500万円の預託を求めた。そこで原告は、同日、やむなく残っていた預貯金250万円を下ろして被告会社に236万1050円を送金した。これにより同日トウモロコシ87枚の買建がなされた。そうしたところ、原告は、同日、再びA社員から、追証が発生する、残りの250万円を入れて欲しい等と、証拠金250万円の預託を求められたが、最早手持ち金が底を尽きとても出来ない、仕切って貰いたいと申し出たが、同社員からは、それは出来ない、3、4日待つから何とかなりませんか、それまで立て替えるから等と、250万円の用意を求められた。これに対して原告は、家人に秘して先物取引をしていて今更家人に相談することもできず、どうしてよいか分からなくなり、同日夜、家出し、7月9日に帰宅するまでの間、秋田県方面にまで逃避行した。

(10)  被告会社では、それ以前から原告に追証が発生していてこれを放置しておくことができなくなったが、当時原告と連絡をとり原告と対策を相談することができなかったので、やむなく、同月4日、追証の発生が解消される状態となるままで建玉の一部を処分(仕切った)した。

原告は、7月9日帰宅したが、その間家族の者が原告を心配して原告訴訟代理人弁護士に相談していて、右帰宅後直ちに同弁護士を通じて全建玉の仕切指示を出して手仕舞いとした。そして、預託していた委託証拠金は清算され、同月10日、905万8540円が原告に払い戻された。

2  判断

トウモロコシ、コーヒーなどの商品先物取引は、極めて投機性の高い取引であり、僅かな単価の変動によって莫大な差損金を生じる危険がある。したがって、営業外務員及びその使用者である被告会社は、先物取引の委託を受けるに際し、顧客の経歴、能力、先物取引の知識経験の有無、委託にかかる売買の対象商品、数額、価格変動の特性等を考慮して、顧客に右危険の有無、程度について判断を誤らせないよう配慮すべき信義則上の義務を負っているというべきであり、被告会社の社員あるいは被告会社は、顧客に対し、同人が右危険の有無、程度につき重要な判断を行うことを困難とするような態様方法により、右取引の勧誘を行った場合はその行為は、不法行為としての違法性を帯び、不法行為を構成するものと解される。

そこで、以上を前提として検討する。

(1)  適合性原則の違反の点について

上記認定のとおり、原告は、高校卒業後今日まで金型製作会社に勤務する独身の現場労働者で、それまで商品先物取引は勿論、株式取引の経験すら皆無でおよそ投機取引はおろか投資取引とも無縁の生活を送ってきたものであり、また、上記のとおり原告は合計1600万円の預貯金を有するもので、これらの事実に照らすと、原告は、商品先物取引について不適格者とまではいえないが、十分な知識能力を備えた者ということはできない。そして、トウモロコシ等の先物取引が投機性の極めて高い取引であるということに鑑みると、かかる取引を勧誘する者は、顧客がそのような取引を行うに足りる知識能力が備わっているか否かを慎重に調査すべき義務があるというべきところ、上記認定の事実によれば、A社員らが右調査義務を尽くしたとは認め難い。

(2)  危険等重要事項の説明義務違反

A社員は、原告は商品先物取引について新規委託者であり、知識経験が皆無でその能力も十分ではなかったのであるから、トウモロコシ等の先物取引は、少額の証拠金で差損益金決済が多額となる極めて投機性の高い取引行為であり、取引額が多額にのぼるため、僅かな価格の変動によって莫大な差損金を生じる危険があることや、取引の中止や終了方法について十分な説明をすべき義務があるところ、上記認定のとおり、A社員は原告に対し、商品先物取引委託のガイド等を用いて、取引の仕組み、危険性、予測が外れたときの対処方法などについて一通りの説明はしているものの、しかし、同社員は、レストランにおいて午後9時半ころから1時間余り説明したに過ぎず、その後、C社員が重ねて説明はしているものの、結局、本件取引開始後、原告はA社員の勧誘に盲目的に従わざるを得ない状態であって、上記認定のとおり、原告は同社員に仕切を申し入れても、これを拒否されるや同社員の勧誘の通りに取引を継続し同社員の指示に従い証拠金を追加支払しなければならいものと思い込み、指示された証拠金が用意できないとなると逃避行動に出ているものであり、以上の事実に照らすと、A社員やC社員が上記説明義務を尽くしていたとは言い難い。

(3)  断定的判断の提供

上記認定の事実によれば、B社員は原告に対し、トウモロコシは今が一番底の状態だからこれから値上がりします、新聞で相場を見ておいて下さいなどと言って先物取引を勧誘し、また、A社員も原告に対して、B社員の場合と同様にトウモロコシが底値の状態で今後上昇して行くことを前提として、種々の資料を示して、値上がりした場合の予想の利益計算をして見せたり、コーヒーを対象にした先物取引について、アラビカを売建してロブスタを買建すれば、ローリスク・ローリターンであり、時間がかかるが利益が取れるなどと説明したことが認められるが、以上は、状況認識についての説明とこれに基づく予想される利益の説明であって、未だ、いわゆるセールストークの域を超えた、違法と判断すべき断定的判断の提供があったとまでは言えない。

なお、原告は、B社員が元本保証であると説明した旨述べるが、証人Bの証言に照らして右原告の供述はにわかに採用できない。そして、他に、断定的判断の提供があったことを認めるに十分な証拠はない。

(4)  新規委託者保護義務違反

被告会社においては、受託者の保護育成を図るため、受託業務の適正な運営及びその管理について必要な事項を定める目的で受託業務管理規則(乙18)を定めているところ、同規則6条柱書きは、「商品先物市場に参入するにふさわしい健全な委託者層の拡大を図るため、商品先物取引の経験のない新たな委託者並びにこれと同等と判断される委託者については3ヶ月間の習熟期間を設け、次に掲げる保護育成措置を講ずるものする」と規定し、同条(3)号は、「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にあたっては、委託者保護の徹底とその育成を図るため、当該委託者の資質・資力等を考慮の上、相応の受託取引数量の範囲においてこれを行うものとする。この場合において、商品先物取引の経験のない委託者の取引数量に係る制限を設け、当該委託者から制限を越える取引数量の要請があった場合の審査等につき、別に定めるものとする。」と規定し、そして、右規定を受けて、「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」を定めているところ、その要旨は、商品先物取引の経験のない新規委託者から取引の受託を行うに当たっては、委託者の保護とその育成を図るため当該委託者の資質、資力等を考慮のうえ相応の受託取引数量の範囲において受託を行うための預託金額について次のことを厳守するものとするとして、商品先物取引の経験のない委託者の受託取引数量に係る預託金額の外務員の判断枠を200万円と定める、当該委託者から右判断枠を超える預託金額及び取引の要請があった場合には500万円までは管理担当班の責任者が顧客の適格性(取引参加の主体性、資金力及び判断力)について審査を行いその適否について判断し、500万円を超える預託金額及び取引の要請があった場合には総括責任者の承認のもとに受託する、というものである。右一連の規定は、新規委託者の保護育成の見地から商品先物取引の危険性を熟知させるために一定期間勧誘を自粛する趣旨と解されるところ、これは、商品取引員に対して要請される委託者に対する信義則上の義務というべきであり、正当な理由なく著しく右趣旨を逸脱した勧誘行為を行った場合は不法行為としての違法性を帯びるというべきである。

ところで、上記認定の事実によれば、A社員は、原告が申し出た預託金額600万円をかなり強引な形でいきなり800万円に引き上げさせ、さらに、本件取引開始から僅か4日後に440万円を追加増額させて取引を拡大させ、そして、取引開始から約3週間後の6月29日には500万円の証拠金の支払を求め、これに対して原告は、半額は用意して支払ったものの、残額については、預貯金も底を尽き、支払えずに夜逃げ状態となったものであり、以上の事実に照らすと、A社員には、先物取引の全くの初心者である原告に取引開始早々から預託金額を手持ち資金がなくなるまで次々と引き上げさせたことによる上記新規委託者の保護義務違反が認められる。

(5)  一任売買

上記認定の事実によれば、原告は、先物取引の仕組みの実際や商品先物相場の読みに疎く、A社員の勧誘に全面的に頼らざるを得ない状況にあったし、本件取引期間中、現に、全面的に頼っていて、ほとんど同社員の言いなりという状態であったことは確かであるが、しかし、同社員は、本件取引の勧誘を行う都度、原告に一応の説明をし、原告の了解を得て売買をしていたもので、一任売買であったとまではいえない。

(6)  両建の勧誘について

本件取引において両建が行われたことは上記のとおりであるが、両建は、新たな委託証拠金を用意しなければならない上、余分な手数料が増加するという経済的負担はあるものの、他方、建玉に値洗損が生じた際に損失を固定して相場の状況をみたり、損失の発生を後日に繰り延べて時間を稼ぐために使用されるなど、委託者にとって全く無意味というわけではない。したがって、両建が行われたことのみをもって勧誘が違法であるということはできない。しかしながら、本件においては、上記認定のとおり、新規委託者である原告に十分にその内容及び得失点を説明することなく両建を勧め、取引量を増加させていった点で問題があるといわねばならない。

(7)  委託手数料稼ぎの反復取引について

本件取引における被告会社の委託手数料合計額は上記のとおり510万8800円に及ぶもので、これは原告が主張する実質損害664万2240円の約77%を占めるものであり、しかも、原告の本件取引期間は僅か約1か月に過ぎないのに、510万円余の委託手数料が発生していることから考えると、原告が主張するように、A社員は、手数料稼ぎの意図をもって、特定売買を含め売買を反復したものといわれても仕方がないところがある。

ところで、特定売買にもそれぞれ得失点があり、時々の相場の状況に応じて、その利点を生かすような手法で売買取引が行われるよう勧誘すれば違法の問題はなく、逆に、相場の状況を考慮することなく、無意味な売買を反復勧誘したならば、右勧誘は違法と評価されてしかるべきであると考えられ、要は、売買の単純な反復回数の多寡のみで売買の勧誘の違法を決するのは相当ではなく、意味のない売買の勧誘がどの程度含まれているかが重要であるというべきである。そこで、これを本件取引についてみるに、A社員の取引の手法は、相場の僅かな変化にも対応して売買を行い、利益の確保とリスクヘッジを行おうとするもので(証人A)、右手法をとると、いきおい取引の勧誘回数が多くなり、これに伴い委託手数料も多くなるが、そうであるからといって、それ自体を直ちに違法な勧誘と評価することはできないところ、A社員の原告に対する一連の助言や勧誘は、結果的には予想が外れた場合もあるが、上記同社員の取引手法に従って時々の相場状況に対応したものであって(証人A)、手数料稼ぎのためのみに意味もなく売買を勧誘していたということはいえず、個々の売買取引に関する同社員の勧誘に違法な点があることを認めることはできない。

(8)  仕切拒否について

上記認定の事実によれば、平成13年6月29日、A社員から証拠金500万円の預託を求められた原告は、同社員に対し、もう預貯金がないから支払えないので全部仕切って欲しいと求めたが、同社員は、それはできないから何とか金策するよう求め、やむなく原告は、残っていた預金約250万円を下ろして送金したが、またも同社員から残りの250万円を支払うよう求められて、支払えないから全部仕切って欲しい旨再び強く求めたものの、またも同社員から、それはできない、3、4日待つから等と支払を求められたことから、仕切もできず、さりとて証拠金も支払えないことからどうしてよいか分からなくなり、逃避行動に出たことが認められ、以上の事実によれば、A社員としては、当時の相場状況から仕切らずに取引を継続した方が原告の利益に繋がると判断して証拠金の支払を求めたとしても、原告が証拠金の支払を拒否して仕切りの指示を強く出しているのであるから、同社員としては、全部仕切るのがよいかどうかは選択の余地があるとしても、少なくとも、原告において追加証拠金の支払を免れるように仕切るよう手配すべきは当然で、以上の点でA社員には原告の仕切指示に対する拒否があったと認めざるを得ない。

(9)  向い玉について

原告は、被告会社の自己玉が原告の玉と対向していることが多く、原告の全損失664万2240円に対し、原告玉の取引と同一場節、同一限月における自己玉取引の損益が467万5000円と利益を上げていること等から、全量向い玉の手法により原告に損害を与え、取引操作の疑いまである旨主張する。

しかしながら、商品取引員である被告会社は自己玉を建てて先物取引をすることを許されているのであり、ただ、もっぱら投機的利益追求を目的として、顧客の利益を無視し、誠実公正義務に違反するようなかたちで向い玉を建てることが違法とされるものであるところ、原告が主張するように、被告会社の自己玉が原告の玉と対向していることが多く、原告の全損失664万2240円に対し、原告玉の取引と同一場節、同一限月における自己玉取引による損益が467万5000円と利益を上げているとしても、そのことから直ちに、被告会社が上記違法とされる自己玉取引をしていたと推定することはできず、他に、被告会社の自己玉取引を違法とすべき事由を認めるに足る証拠はない。

(10)  まとめ

以上によれば、結局、本件は、先物取引について適格性が全くないとまではいえないが、社会経験の乏しい先物取引はおろか株式投資の経験も皆無の原告に対して、もっぱら投資資金をある程度潤沢に有していることから先物取引の適格性があるとして先物取引を勧誘し、そして、先物取引について知識能力のない新規委託者の原告に対し、新規委託者保護義務を蔑ろにして、原告が望んでいないにもかかわらず当初から多額の金銭を先物取引に投下させ、しかも、原告の手仕舞いの求めを入れずに、短期間のうちに原告の手持ち資金が枯渇するまで先物取引を続けさせようとしたもので、被告従業員らが原告に対し行った本件取引に際しての勧誘行為は、全体として違法といわざるを得ず、不法行為を構成し、被告会社は、民法715条に基づく使用者責任を負うというべきである。

(11)  被告Y1の責任の有無について

同被告は、被告会社の代表取締役ではあるが、営業所の営業について具体的に監督する立場にあったことを認めるに足る証拠はなく、したがって、同被告は民法715条2項にいう代理監督者に当たるとはいい難い。

よって、同被告にはついては損害賠償義務は認められない。

3  損害

(1)  原告は、本件一連の取引の結果、売買差損金127万8000円、売買手数料510万8800円、消費税25万5440円、以上合計664万2240円の損害を被っていると主張するところ、原告が本件取引で被告に預託した証拠金の総額は1556万1050円であり、本件取引の終了に伴う清算により原告は被告会社から905万8540円の返還を受けているのであるから、結局、原告の本件取引による損失は、上記1556万1050円から905万8540円を控除した650万2510円ということになる。そして、被告会社社員の違法な勧誘により本件一連の取引をしていなければ、原告は上記損失を被ることはなかったのであるから、上記損失は、本件不法行為と相当因果関係の原告の損害となると認めるのが相当である。

(2)  しかし、上記認定の事実によれば、原告は、商品先物取引について十分な能力と知識を有していなかったとはいえ、被告会社の担当者から先物取引の危険性について説明を受け、先物取引にはリスクがあり、先物取引が危険なものであることは承知していたものであるし、また、受託契約準則、商品先物取引委託のガイドなどを受領しており、これらの書類を読めば、預託金の状況、仕切りや手仕舞いなどの取引の終わり方を理解できるし、さらに、不明な点があれば被告会社内のお客様相談室等に苦情を申し出ることができる態勢がとられていたのであり、そうとすれば、自己の意図ないし予想と異なる方向に取引が進んでいることを知って取引を中止するなりの適切な行動をとることができたはずである。また、結果論のところはあるが、上記7月9日に原告側において全建玉を仕切ることをせず、もう少し時期を見て仕切っていれば、原告の本件取引による売買差損額はかなり縮小していたものと推測され、したがって、売買差損による損害の全てを被告会社に負わせるのは相当ではない。

以上の点を考慮すると、原告にも相当の落ち度があったものといわざるを得ず、損害の公平な分担の観点からみて、原告の過失割合を5割として、上記損害額から控除するのが相当である。

そうすると、上記過失率相殺により原告が請求できる損害額は325万1255円となる。

(3)  弁護士費用相当損害金(請求額80万円)

本件事案の内容、認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は35万円と認めるのが相当である。

4  よって、原告の本訴請求は、被告会社に対し、損害賠償として360万1255円及びこれに対する平成13年8月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、被告Y1に対する請求及び被告会社に対するその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとする。

(裁判官 千川原則雄)

<以下省略>

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