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静岡地方裁判所浜松支部 平成14年(ワ)359号 判決 2005年1月25日

静岡県<以下省略>

原告

上記訴訟代理人弁護士

名倉実徳

東京都中央区<以下省略>

被告

入や萬成証券株式会社

上記代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

雨宮成兆

後藤次宏

主文

1  被告は,原告に対し,金2047万4320円及びこれに対する平成14年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを8分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,金2353万8640円及びこれに対する平成14年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  原告は,昭和33年○月○日生まれの男性で,昭和51年3月a高校を卒業後,すぐにb株式会社に入社し,同社c工場で働いている現場労働者である。現在,独身で母親との2人暮らしである。

(2)ア  原告は,先物取引について知識・経験がなかったのはもちろん,株式取引についても,20年くらい前,証券会社の勧めにより東京電力や東京ガスの株式を資産株として一定期間保有していた程度である。

原告は,平成13年8月中旬ころの夜8時30分ころ,被告従業員B(以下「B」という。)から商品先物取引勧誘の電話を受けた。「今,有名商社がガソリンと灯油の先物取引に参加しようという動きがあるんです。我が社はあらゆる情報からキャッチしました。今がチャンスです。こんなチャンスはありません。是非にお会いして詳しいことを話したいので会っていただけませんか。」などと言われた。

原告は,被告従業員と,平成13年8月18日午前10時ころに会う約束をした。

イ  同日,被告従業員BとC(以下「C」という。)の2名が原告の家を訪問した。被告従業員らは,被告が株式上場企業であることを四季報を使用して説明した。原告は,「昔から大豆,小豆,とうもろこしで,家,財産全てをなくす人がたくさんいると聞いている。大変リスクが大きいので止めるよ。」と述べると,Cは,「先物取引は怖いことなんかありません。止めたいときにすぐ止められます。ガソリンと灯油を組み合わせた商品なので,単品と違って格差がないから安全です。我が社で取引したお客さんで損をした人は誰もいません。この前なんか,お客さんが私の顔を見てニコニコするんですよ。そして,飲みに連れて行ってもらいました。お客さんと飲みに行くのが好きなんです。b社のお客さんもいますよ。」などと言った。その際,ガソリンと灯油の価格差取引について説明されたパンフレットが原告に交付されたが,詳しい説明はなく,安全な取引方法と言われたが,原告は,その内容を理解できなかった。

原告は,断りがたい雰囲気もあり,安全な取引ならと思って,その話を受けて取引を承諾することにした。被告従業員らはパンフレットについて一通りの説明をした。そして,原告は約諾書等に署名・押印し,被告に委託して商品取引所の商品市場における売買取引を行う旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

なお,8月18日付けの書類のうち,要請書と題する書面は,同日記載したものではなく,その後一,二週間経ってから手紙が送られてきてその書式に従って8月18日と日付けを遡らせて記載して送ったものである。

被告従業員らは,原告に対し,「今2月の灯油が値上がりしているんです。先物取引は怖い事なんかありません。止めたい時にすぐに止められます。」などと述べた上,「いくら位お金がありますか。」と尋ね,原告が,「3000万円くらい。」と答えたところ,明日取引したいので,送金して欲しい旨述べた。これに対し,原告が「それは出来ない。少し考えさせて欲しい。」と答えたところ,被告従業員らはその日は帰った。

ウ  数日後,原告は,あまりの大金なので,取引をするのが怖くなり,被告静岡支店に断りの電話を入れたが,訪問してきた従業員の上司が出てきて「この商品はよい商品ですよ。私は人に勧めているんです。」などと述べてきたが,原告は取引を止めると告げた。

エ  8月22日午後11時ころ,被告従業員Cから電話が入り,「是非やってください。絶対儲かりますから。」と何度も言い,Cの上司が電話口に出て,「今やりたい人がたくさんいて1000万円しかできないんです。1000万円でいいですか。」と聞いてきたので,原告は,約諾書に署名・押印していることもあり,承諾の返事をしてしまった。Cの上司は,「萬成にはDというすごいやつがいるんです。そいつをお付けします。」と述べた。原告は,同月23日,被告に1050万円を送金した。

オ  8月23日,被告従業員の顧客ネットワークのD(以下「D」という。)から電話があり,「1000万円の粗利益を出します。私もだてにこの仕事をしているわけではありません。2000万円出しませんか。1000万円の粗利益ですよ。」などと強く勧めてきた。これに対し,原告が,「本当に大丈夫ですか。」と聞くと,「大丈夫。1000万円の粗利益を出します。」と断言した。そこで,原告は,その言葉を信用して,当日,さらに,被告に,2100万円を振り込んだ。

なお,申出書は8月23日付となっているが,同日記載したのではなく,その後2週間くらいして被告静岡支店お客様相談センターのEが訪問して記載を求められ,これに応じたものである。

カ  本件契約に基づく取引は,8月23日ガソリン150枚の買建と灯油150枚の売建から開始された。

8月下旬,Dから電話があり,「反転しそうなんです。」と言ってきた。原告は,すぐに「それなら解約して私の口座に全額振り込んでください。」と言うと,Dは,「まだ上がりますから。」と言って電話を切った。

原告は,不安になったので,被告静岡支店に確認したところ,最初に建てられたガソリンと灯油各150枚の建玉は8月27日に仕切られ,同日,ガソリン154枚の売建と灯油154枚の買建がなされていた。

しかし,9月初めに入って,相場が下がり始めたので,原告は,再度解約を要求したところ,Dは,「600万円どうですか。一気にプラスに転じますよ。駄目なら切り替えればいいんです。心配いりません。」などと述べるだけで,解約には応じなかった。原告がさらに解約要求すると,「マイナス500万,マイナス600万なんか大した金じゃない,今ニューヨークは灯油が高いんです。インターネット見ればすぐ分かります。インターネット知らないんですか。1000万円の粗利益が出るように組んである。」などと述べて全く取り合わなかった。原告は,精神的に苦しみ,夜も寝ることが出来ないほどで,家,財産を取られてしまうのでは,という恐怖感にまで襲われた。

原告は,被告静岡支店のお客様相談センターEに「どうしたら解約できますか。」と尋ねたところ,「強く言ってください。」と言うだけで全く動いてくれなかった。原告は,Dに解約を要求したが,取り合ってもらえなかった。

9月中旬ころ,ストップ安になり,Dから「東京工業品取引所に保証金として一千数百万円を入れてください。」と電話があった。原告が「それなら解約してください。もうこれ以上家族を苦しめたくありません。」と言ったが,応じなかった。9月20日ころ,原告が,Dに,再度解約要求をしたところ,Dは,「分かりました。明日どのくらい出来るか分かりませんが,やってみます。」と述べた。

原告が,翌日,解約できたと思って電話すると,Dは「東京工業品取引所に保証金を入れておきました。残ったお金で4月限を買っておきました。」と平然と答えた。原告は,10月1日,東京の被告お客様相談センターのF(以下「F」という。)に解約を求めたところ,「Dに言ってください。」と言うのみであった。翌日,原告がDに電話をして再度解約を告げたが,全く応じてもらえなかった。

原告は,10月2日,Fに再度電話し,「私には手に負えません。解約してください。」と伝えると,ようやく解約する旨言われた。原告はさらに,Dの上司であるGに電話をして解約を強く要求したところ,Gは,「ニューヨークでテロがあったでしょう。戦争になれば必ず灯油が上がります。ジェット燃料は灯油が原料なんですよ。どうです,続けてみては。」「リベンジしませんか。」などと,さらに取引を続けるように勧めた。原告は「もう2度とやるつもりはありません。解約してください。」と述べた。

にもかかわらず,原告が翌日,Gに電話をすると,Gは,「リベンジしませんか。単品もおもしろいですよ。」とさらに取引を勧めてきた。原告が解約できたか聞いても,「手続は全て終わりました。やりませんか,リベンジ。」と最後まで取引の続行を求めてきた。

本件契約に基づく取引は,10月2日で終了した。本件契約に基づく8月23日から10月2日までの取引(以下「本件取引」という。)の明細は,別紙建玉分析表のとおりである。そのうち価格差取引が6回行われていた。被告は,原告に,証拠金残金1079万5360円を10月4日に返還してきた。なお,8月28日,16万6000円が返金されている。

原告は,本件取引により,2053万8640円の損失を被った。そのうち,被告手数料は1115万6800円に及んでいる。

(3)  本件取引には,以下の問題点がある。

ア 適合性原則違反

原告は,先物取引について全く知識経験がなく,複雑,頻繁な取引をする能力がなかった。しかも,価格差取引であったから全く分からなかった。取引は,被告従業員の指示どおり同意しただけである。これは適合性原則違反といえる(商品取引所法136条の25第1項4号,受託等業務に関する規則3条,5条1項1号)。

イ 危険性等重要事項の説明義務違反

原告は,被告従業員から勧誘された際,「ガソリンと灯油を組み合わせた商品なので単品と違って格差がないから安全。」「我が社で取引をした人で損をした人はいない。」などと利益と安全が強調されて取引を承諾した。その際,同時に,商品先物取引の重要なポイントという文書と口座設定申込書に署名,押印しているが,被告従業員は,これら文書に記載されている「先物取引は投機」「ハイリスク,ハイリターン」といった文章を早口で読み上げて,ここに署名押印するよう述べたのみで,それ以上,取引の危険性について具体的説明はなかった。また,原告は,ガソリンと灯油の価格差取引について,パンフレットを渡されたが,価格差を利用した取引だから損失が出ても少なくて済むという程度の説明しかうけておらず,それ以上のものではなかった。

この価格差取引については,特定取引として受託契約準則49条に記載されているもので,実質両建として,証拠金も手数料も倍額必要となることから,貴金属取引については東京工業品取引所において取引規制がなされ,委託証拠金,委託手数料について理事会で定める額とされ,通常の取引より金額が低く設定されている。しかしながら,ガソリンと灯油については規制の対象となっていない。

本件取引は,8月13日,ガソリンと灯油各150枚の合計300枚が建てられているが,証拠金は実に3150万円である。手数料については,原告はガソリンと灯油の実質両建を4回行っているが,利益にも損失にも,全ての取引に手数料がかかり,損失に対し54.32パーセントの割合になっている。

価格差取引は,一方が利益,他方が損失を生じ,その差額によって利益をあげようとするもので,よほど明確な見通しがないと利益が出ないのみか,少しの利益では手数料が多額に上るため,損失となってしまう。しかし,原告は,このような取引についての説明は全くなされなかった。

価格差取引は,追証対策になるというだけであって,それ以上のものではなく,一般の取引と同様に投機取引として危険性は極めて高く,さらに,手数料が2倍になるという取引であった。被告従業員の勧誘は,欺瞞的勧誘であり,先物取引の危険性など重要事項の説明を怠ったものである(受託等業務に関する規則4条,5条1項4号,消費者契約法4条2項)。

ウ 断定的判断の提供

被告従業員らは,原告に対し,「今まで我が社で取引のあったお客様で損をした人はいません。」「ガソリンと灯油を組み合わせた商品で絶対儲かりますから。」などと絶対儲かると述べて,約諾書に署名・押印させた。原告がその後取引を断ったところ,電話で「是非やってください。絶対儲かりますから。」と言い,「今やりたい人がたくさんいて1000万円しかできないんです。」などと述べて,原告に取引を承諾させた。取引開始後,Dは,「1000万円の粗利益を出します。」と断言し,原告からさらに2100万円という大金を支払わせている。このような行為は利益を生ずるとの断定的判断の提供である(商品取引所法136条の18,商品取引所法施行規則46条8号,消費者契約法4条1項2号)。

エ 新規委託者保護義務違反

本件取引は,取引最初の日から300枚という大量の取引がなされており,その後41日という短期間に,308枚,314枚,308枚,238枚と続けられたもので,新規委託者保護の趣旨に反する(商品取引所法1条,受託業務管理規則制定に係るガイドライン五)。

新規委託者については取引開始後原則として一時点で20枚という制限が取引指示事項において存したが,その後廃止され,各業者の管理規則に委ねられることとなった。しかし,新規委託者保護の趣旨に変更はなく,被告作成の管理規則によると,新規委託者については500万円の取引制限を記載しており,口座設定申込書によれば,「取引開始後3か月間は委託証拠金500万円以下の範囲内での取引をお願いします。」と記載されている。また,「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」でも十分な審査を要求している。

原告は,約諾書に署名,押印した日と同じ8月18日付けで要請書と題する書面を作成しているが,これは,同日記載したものではなく,その後,一,二週間経ってから被告から手紙が送られてきて,そのなかにあった書式に従って,8月18日と日付けを遡らせて記載して送ったものである。これには,預託証拠金額500万円を超える取引を行いたく要請しますなどと記載された。しかし,その際,被告従業員Cは,新規委託者は最初取引枚数を少なくして取引をした方がいいといった説明は全くせず,ただ,絶対儲かるからと述べて取引を承諾させ,証拠金額が多かったことから,何の説明もないまま,要請書を機械的に記載させたものである。

また,Dが原告に3150万円を支払わせた8月23日付で,申出書なる文書を,実際には,その2週間後に作成させ,委託証拠金3150万円について原告の意思と責任に基づき取引するものであるなどと記載させている。

上記要請書,申出書の記載によって,原告がその取引超過を承諾したとはいえない。被告従業員らから,先物取引の危険性が十分説明され,新規委託者として取引の分からない段階には特に取引を慎重に行った方がいい旨説明がなされた上で,原告からの取引超過の承諾が行われなければならないが,被告従業員らの対応は明らかにこれにも違反している。

オ 解約拒否(原告は,仕切拒否と主張しているが,本件契約自体の解約拒否の主張をしているものと思われる。)

原告は,Dに合計6回解約要求したが,取り合ってもらえなかった。委託者が解約要求をすればそれに応じるのは当然の義務であり,Dがすぐ解約に応じていれば,原告は損失を受けなかったか,僅かなものにとどまった。被告には,解約拒否の違法がある(商品取引所法施行規則46条10号,受託等業務に関する規則5条1項6号)。

カ 実質的一任売買

原告は,被告従業員から連絡を受けて取引を承諾するのみであった(商品取引所法136条の18第3号,商品取引所法施行規則46条3号)。

キ 無断売買

原告は,9月中旬ころ,ストップ安になり,Dから保証金を入れるよう連絡が入った際,取引の解約を要求した。原告が翌日解約できたと思って電話すると,Dは,「東京工業品取引所に保証金を入れてきました。残ったお金で4月限を買ってきました。」と述べ,平成13年9月21日,ガソリン4月限119枚買建,灯油4月限119枚売建が無断で建てられていた。これら取引は明らかな無断売買である。

ク 手数料稼ぎの取引

特定売買として,直し2件,途転6件,不抜け1件の合計9件あり,仕切回数16回であるから,特定売買比率56パーセントとなる。売買回転率は取引期間が41日であるから,月11.7回となる。手数料の損失に対する割合は56.32パーセントとなる。いずれも高率であり,手数料稼ぎの取引といえる。

ケ 価格差取引

被告従業員らは,価格差取引について安全な取引と原告に説明している。しかし,価格差取引には問題がある。

まず,価格差取引は手数料が二重にかかり,委託者の負担が大きくなる。本件でも,手数料は1115万6800円と損失2053万8640円の半分を超した金額となっている。

ガソリンと灯油の価格差取引は,同限月の同じ石油関連商品を同枚数の売りと買いとして逆に建て,これを一定期間後に同時に仕切るものである。相場は基本的には同じ変化をするので,一方の商品は利益となるが,他方は損失となるという背反関係から利益を得なければならない。変動の激しい相場状況の中で,明確な利益見込みを立てることは困難である。また,ガソリンと灯油のいずれを売りとし,買いとするかの判断も困難である。

結局,価格差取引からいえることは,両建と同様,追証対策になるということだけである。利益を上げるための取引ではない。

原告は,平成13年8月23日から10月2日まで,僅か41日間のうちに,2053万8640円の損失を受けた。しかも,そのうち,被告の手数料が半分以上の1115万6800円である。被告従業員らが述べた安全な取引というのは事実に反し虚偽であった。

コ 向い玉による取り込み

原告の価格差取引のうち,平成13年8月27日の建玉以降の取引については,仕切の段階で被告が反対玉の仕切を入れている。被告は,原告を未経験の取引に誘い込み,被告の自己玉を向い玉として建てて,原告の損失の反面,利益を上げ,さらに価格差取引により通常の2倍の手数料を取得して,原告の投下資金をほぼ自己の下に取り込んだといえる。

被告は,本件取引において,誠実公正義務に違反しており(商品取引所法136条の17),また,原告が先物取引について知識,経験がなく,専らお任せ取引であったことを考えると,本件取引は受託者としての善管注意義務違反を構成する。

サ 被告の取引体制

被告従業員らは,地方支店は新規開拓のみを担当し,受託部門は東京本社で集中して行い,しかもその間には,連絡,人的接触もない。さらに,被告従業員BやCは,自己が新規開拓した顧客について,取引結果の報告も受けていない。これでは,新規開拓の従業員は,素人客を勧誘する際,勧誘した客がどの程度利益になり,どの程度損失に終わるのか分からないことになり,ただ利益になるからと述べて契約を取るだけとなってしまう。取引の実際を知らないため,重要事項の説明でも形式的に文書を説明するだけとなってしまう。価格差取引についても,Cは実際の取引は担当していないし,受託者から取引結果の報告も受けていないので,書かれた文書を説明するだけというほかない。被告の取っているこのような組織体制は,委託者保護の趣旨を無視した,専ら,被告のための利益獲得の体制ということができる。

(4)  被告従業員らの行為は,全体として,不法行為及び本件契約に基づく忠実義務違反による債務不履行を構成する。

また,無断売買については,委託者に対する関係で無効であり,委託者はその金額について預託金返還請求権を有している。

(5)  原告は,本件取引により,2053万8640円の損失を被ったが,被告従業員らの行った取引は犯罪的ともいえるもので,再三の解約拒否も重なり,これらによって原告は,著しく精神的苦痛を受けた。この請求的苦痛を慰謝するには100万円をもって相当というべきである。さらに,原告は,原告代理人に本件訴訟を依頼し,報酬200万円の支払を約定した。よって,原告は,本件取引により,合計2353万8640円の損害を被った。

このうち,無断売買について損失処理された1432万4240円について預託金返還請求権を有する。

(6)  よって,原告は,被告に対し,主位的には本件契約に基づく預託金返還請求により,予備的には不法行為または本件契約に基づく債務不履行による損害賠償請求により,1432万4240円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,不法行為または本件契約に基づく債務不履行による損害賠償請求により,921万4400円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(まとめると,請求の趣旨のとおり,原告は,被告に対し,合計2353万8640円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。)。

2  請求原因に対する認否及び被告の主張

(1)  請求原因(1)の事実のうち,原告の生年月日,職業及び家庭環境は認める。

(2)ア  同(2)アの事実のうち,原告の先物取引の投資経験は不知。株式取引などおよそ投資経験は全くなかったことは否認する。

イ  同(2)イの事実のうち,原告に約諾書に署名・押印させたことは認める。その余の事実は否認ないし争う。

原告は,平成13年8月18日自宅において,被告従業員B及びCと面談した。B及びCは,本件取引前に原告に対し,商品取引が投機行為であり利益保証のないこと,相場の変動によって証拠金以上の損失があることなどの先物取引の基本的仕組みについては,具体的に説明した。

ウ  同(2)ウの事実は否認ないし争う。

エ  同(2)エの事実のうち,原告が8月23日,被告宛に1050万円を送金した事実は認める。その余の事実は否認ないし争う。

オ  同(2)オの事実のうち,原告が8月23日,被告宛に2100万円を送金した事実は認める。その余の事実は否認ないし争う。

カ  同(2)カの事実のうち,10月2日取引が終了したこと,被告が,原告に,証拠金残金1079万5360円を10月4日に返還したこと,8月28日,16万6000円が返金されたことは認める。

被告は,原告から,本件取引期間中から取引打ち切りの確定的な申し出をされたことはなく,明確な意思表示がなされた最終決済日には,全部手仕舞いしているのであるから,解約拒否の事実はない。

(3)  同(3)は争う。

ア 適合性原則違反について

先物取引の勧誘が,不適格者に対する勧誘であるかどうかは,信義則の適用場面であることから考えて,一律に決せられるべきではなく,勧誘の相手方の知的水準・年齢・社会的地位及び資力等を総合して個別に判断されるべきである。

原告は,本件取引当時,42歳であり,b株式会社の自動車メーカーに勤務する社会的地位を有しており,少なくとも通常人と同程度の判断能力は有していた。

イ 危険性等重要事項の説明義務違反について

原告は,平成13年8月18日自宅において,被告従業員B及びCと面談した。B及びCは,本件取引前に原告に対し,商品取引が投機行為であり利益保証のないこと,相場の変動によって証拠金以上の損失があることなどの先物取引の基本的仕組みについては,具体的に説明した。

また,原告は、本件取引による損失の可能性があることを知っていた。

ウ 断定的判断の提供について

被告従業員らは,本件取引開始前に,原告に対し,商品取引が投機行為であり,利益保証のないこと,相場の変動によっては証拠金以上の損失が生じることがあること及び相場の変動に伴う差損金の計算方法等について具体的に説明したのみならず,これらの内容を記載した「商品先物取引委託のガイド」やパンフレットを交付し,本件取引がガソリン等相場の変動を予測して売買を行う投機行為であることはもちろん,取引には追証等の証拠金が必要になることも十分説明し,原告の理解を得ていた。

被告従業員らが,商品取引の媒介のため顧客を勧誘するに際して,顧客に対し,当該取引によりある程度利益を得られるものと期待させるような言辞を用いて説明することはありうることであるが,この種の取引の勧誘行為に,通常伴う常套的な言辞の範囲内のものとして許容されるべきである。

エ 新規委託者保護義務違反について

原告の要請者及び申出書の内容は,先物取引の危険性を十分説明した結果である。日付は,説明をした日にしてもらったにすぎない。

平成13年9月中旬ころ,ストップ安によって追証となり,先物取引の危険性を知ったはずである。新規委託者保護義務違反を問題にするならば,この時点まで判断するのが実態に即している。

新規委託者保護義務違反といってもどれだけの損害と見るかは極めて困難である。

オ 解約拒否について

原告は,以前から弁護士ら及び消費者センターを十分熟知していたはずである。Dが解約拒否をしたというのなら,いつでも相談に行けたはずである。

カ 実質的一任売買・無断売買について

Dが,ニューヨークの外電の状況により,個人的な見解として,灯油が高くなると予測したことによって,今後縮小傾向から拡大の方向に行くのではないかと思い,原告にアドバイスをした。

その結果,原告からDに対し,3月限の建玉をいったん全部決済し,価格差が少ない4月限に拡大する方向で建玉するよう指示された。ただ,この時点では,何枚建玉出来るか判らなかったため,Dは何枚建玉出来るか確認し,再度原告に連絡を入れた。

Dは,119枚建玉出来ることを原告に確認し,原告了解のもと注文を出した。Dは,値段報告をしたが,原告は,再度確認のため,Dに問い合わせた。これは無断取引には該当しない。

原告方に送付されている「売買報告書」を確認しても,被告従業員らに対して異議は出していない。

キ 手数料稼ぎの取引について

原告の特定売買率,売買回転率及び手数料化率は,いずれも高いものとなっている。しかし,このような基準は,これらの数値は取引の状況や相場の値動きなどの個別的事情を捨象しているのであるから,これらの数値が高いことが直ちに,取引に違法があったということに結びつくわけではない。このことは,先物取引の有する危険性が認識され,委託者保護のための法整備がなされた後においても,これらの手法を行うこと自体は,禁止されていないことからも明らかである。

商品相場が常に変動し,予測と反対に動く危険性が避けられない以上,利益の確保と損失の減少を目的として被告従業員らが,原告に対し,買玉または売玉を維持しながら,反対の建玉を勧めたとしても,この両建取引には合理性が認められる。

原告が,多数回の取引をすれば,積算された手数料が増大化するのも当然である。手数料が増大化したことの一事をもって,当該受託業務が非難されるいわれはない。

ク 価格差取引(実質的両建等)について

被告は,商品先物取引においては,ハイリスクの傾向が極めて強いために,委託者保護の一環として,ガソリンと灯油の価格差取引を行っている。

ガソリンと灯油は,連産品で相関性が強く,価格にも常に影響し,連動して動く。2つの商品間の拡大または縮小する価格の連動性が,益金または損金となる。このガソリンと灯油の連動性は,貴金属のストラドル取引とは全く異なる。したがって,価格差取引は実質的両建とは全く異なるものであり違法でない。

ケ 向い玉による取り込みについて

商品取引所法施行規則46条2項は,「専ら投機的利益の追求を目的として受託業務に係る取引と対当させて過大な数量の取引をすること」を禁止しており,この趣旨を受けて各商品取引所は,自己玉に最大枚数を制限しているものの,自己玉を建てること自体を禁止しているものではない。

そうすると,委託者には,売玉もあれば買玉もある以上,結果として向い玉が生じることも許容されているはずである。

なお,原告の委託玉及び被告の自己玉の取引状況は,別紙委託玉・自己玉対比内訳表のとおりであり,原告の委託玉と被告の自己玉との間には対抗関係がないので,向い玉であることは争う。

(4)  同(4)は争う。

(5)  同(5)は争う。

原告は,先物取引の仕組み等について基本的な理解を有しており,自己の意思に基づいて,取引を行っていたのであるから,法律上慰謝されるべき精神的苦痛は生じていないというべきである。

3  抗弁-取引精算確認書の合意

原告は,平成13年10月19日,先物取引全ての精算を完了したこと及び原告と被告間において,何らの債権債務のないことを相互に確認し,今後一切の請求をしないことを内容とする取引精算確認書に署名・押印した。

4  抗弁に対する認否

争う。

取引清算確認書は,取引が終了し,証拠金残金が原告に返還されたことを確認したもので,それ以上のものではない。

理由

1(1)  請求原因(1)の事実のうち,原告の生年月日,職業及び家庭環境,同(2)イの事実のうち,原告に約諾書に署名・押印させたこと,同(2)エの事実のうち,原告が8月23日,被告宛に1050万円を送金したこと,同(2)オの事実のうち,原告が8月23日,被告宛に2100万円を送金したこと,同(2)カの事実のうち,10月2日取引が終了したこと,被告が,原告に,証拠金残金1079万5360円を10月4日に返還したこと,8月28日,16万6000円が返金されたことはいずれも当事者間に争いがない。

(2)  本件は,被告との間で,商品取引所の商品市場における売買取引を被告に委託して行う旨の本件契約をした原告が,被告に対し,① 適合性原則違反,② 危険性等重要事項の説明義務違反,③ 断定的判断の提供,④ 新規委託者保護義務違反,⑤ 仕切拒否,⑥ 実質的一任売買,⑦ 無断売買,⑧ 手数料稼ぎの取引,⑨ 価格差取引,⑩ 向い玉による取り込み,⑪ 被告の取引体制,といった違法があるとして,本件取引により直接被った損害額2053万8640円,慰謝料100万円,弁護士費用200万円の合計2353万8640円の請求金額のうち,1432万4240円については,主位的には本件契約により預けた金員で無断売買がなされたとして本件契約による預託金返還請求を,予備的には不法行為または本件契約に基づく債務不履行による損害賠償請求をし,その余の請求金額については,不法行為または本件契約に基づく債務不履行による損害賠償請求をしている事案である。これに対し,被告は,上記違法はないとして争うとともに,抗弁として,本件取引終了後,取引清算確認書の合意がなされている旨主張している。

(3)  そこで,以下,本件取引経過を認定した上,被告に原告主張の違法行為があったか否か検討し,違法行為があった場合には,原告の損害,さらには,被告が抗弁として主張している取引清算確認書の合意について検討する。

2  証拠(甲1,甲2,甲11,甲13,甲14,甲16の1ないし3,甲19,甲20,甲24,甲25,甲27,甲28の1の1,2,甲28の2の1,2,甲28の3の1,2,甲29の1の1,2,甲29の2の1,2,甲29の3の1,2,乙1ないし9,乙10の1,2,乙11,乙14ないし16,乙19の1ないし7,乙20,乙21の1ないし22,乙22の1ないし12,乙23の1ないし9,乙24の1ないし7,乙25の1ないし6,乙26ないし35,証人B,証人C,証人D,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,本件取引を行うまで,先物取引に関する経験が全くなく,その知識も特段通常以上に有していたわけではなかったところ,平成13年8月17日午後8時30分ころ,原告宅に,被告従業員Bから,「ガソリンと灯油の先物取引ですが,今,有名商社が先物取引に参加するという情報を我が社はキャッチしました。こんなチャンスはありません。今がチャンスです。私どもには先物商品に関するあらゆる情報が入るんです。一度会っていただけませんか。」という電話があり,原告は,被告従業員と8月18日に会うことになった。

(2)  8月18日午前10時ころ,被告従業員Bと上司のCが原告宅を訪問した。Cは,原告に対し,被告の説明をした上,価格差取引について説明した。原告は,「昔から大豆,小豆,とうもろこしで,家,財産を全て無くす人がたくさんいる。大変リスクが大きいので,止めるよ。」と言うと,Cが,「先物取引は怖いことなんかありません。止めたいときにすぐ止められます。ガソリンと灯油を組み合わせた商品なので,単品と違って格差がないから安全です。我が社で取引したお客さんで損した人は誰もいません。この前なんか,お客さんが私の顔を見てニコニコするんですよ。そして,飲みに連れて行ってもらいました。お客さんと飲みに行くのが好きなんです。b社のお客さんもいますよ。」と答えた。その後,Cは,「商品先物取引 委託のガイド」を示し,「商品先物取引の重要なポイント」と題する書面を棒読みするなどした上,同書面,口座設定申込書,約諾書に署名・押印するよう原告に求めてきたので,原告はこれに応じた。Cは,原告に対し,仮に取引をするとしたらいくら出せるか聞いてきたので,原告としては取引する意思はなかったものの,素直に3000万円と答えた。すると,Cは,「すぐに(取引を)やりたいんです。明日お金を振り込んでください。2月の灯油が上がっています。」と言ってきたので,原告は出来ない旨答えたところ,Cは,なおも入金を迫った。しかし,原告が断り続けたため,BとCは帰っていった。

(3)  原告は,数日後,被告静岡支店に本件契約の断りの電話を入れたところ,電話口に出たB及びCらの上司は,「この商品は,よい商品なんです。」としきりに勧めた。しかし,原告は,取引をすることを断った。

(4)  8月22日午後11時ころ,Cから原告宅に電話があった。Cは,「Xさん。お願いです。やってくれませんか。儲かりますから。」と勧誘してきた。その後,Cの上司が電話口に出て「今やる人がたくさんいて,1000万円しかできないんです。いいですか。」と言った。原告は,銀行に預けていても利息がつかない状況ではあると思い,被告従業員らの勧誘を受けて,「いいよ。」と答えた。Cの上司は,「萬成にはDというすごいやつがいるんです。そいつを(担当者として)お付けします。」と言った。

(5)  8月23日,原告は,被告に1050万円を送金した。これにより,ガソリンの買建と灯油の売建各50枚がなされ,取引が始められた。その後すぐに,Dから原告に電話があり,「後2000万円出ませんか。1000万円の粗利益を出します。1000万円ですよ。」と言った。原告が,本当に大丈夫か尋ねると,Dは,「私も伊達に仕事しているわけではありません。1000万円ですよ。1000万。」と言った。原告は,Dの言葉を信用して2100万円を被告に送金した。

(6)  8月下旬,Dから原告に電話があり,「(ガソリンと灯油の相場が)反転しそうなんです。」と言ってきた。原告は,これを聞いて「それなら解約して私の口座に(残金を)全額振り込んでください。」と伝えたにもかかわらず,Dは,「まだ,上がりますから。」と言って電話を切ってしまった。原告は,不安になったので,被告静岡支店に確認の電話を入れたところ,原告が知らない間に,8月23日のガソリン150枚の買建と灯油150枚の売建が8月27日に仕切られて,改めて,同日,ガソリン154枚の売建と灯油154枚の買建がなされていた。しかし,ガソリンと灯油の相場がすぐに下がり始めたため,原告は,Dに解約するよう再度要求したが,Dは,これに応じず,「後600万円出ませんか。そしたら一気にプラスに転じますよ。」と言ってきた。しかし,原告は解約するよう求めたところ,Dは,「マイナス500万,マイナス600万円なんかたいした金じゃない,ニューヨークは灯油が高いんです。インターネット見ればすぐ分かります。インターネット知らないんですか。1000万円の粗利益が出るように組んである。」などと言って,解約に応じなかった。

(7)  原告は,相場が下がっていくのに取引を止めることが出来ないことから不安に感じ,被告静岡支店のお客様相談センターのEに,どうしたら解約できるか尋ねたが,Eは,「本人(D)に強く言ってください。」と言うだけで,解約の手続を取るなどはしなかった。

(8)  9月19日,ガソリンと灯油の相場がストップ安になり,原告は,Dから,東京工業品取引所に保証金として一千数百万円を入金するよう要請された。原告は,Dに対し,「私はもうこれ以上家族を苦しめたくない。解約してくれ。」と言ったにもかかわらず,Dはこれに応じなかった。

(9)  9月20日,原告がDに再度解約を申し入れたところ,Dは,「分かりました。明日どれくらい出来るかどうか,やってみます。」と答えた。原告としては,これで解約の手続きに入ったものと考え,9月21日,確認の電話を入れたところ,Dは,「保証金を入れておきました。残ったお金で4月限(のガソリンと灯油)を買っておきました。」と答えた。

(10)  原告は,10月1日,東京の被告お客様相談センターのFに電話をして取引を解約したい旨相談したが,Fは,「本人(D)に言ってください。」と言うにとどまった。

(11)  原告は,10月2日にDに電話をして取引を解約するよう求めたが,ここでも解約に応じなかったため,Fに電話をして,解約するよう頼んだところ,Fの方から解約する旨伝えられた。原告は,さらに,Dの上司であるGにも電話をして解約するよう求めたが,Gは,「Xさん。ニューヨークでテロがあったでしょ。戦争になれば,灯油が上がります。ジェット燃料は灯油が原料なんですよ。私はいいと思うんですが。続けてみてはどうでしょうか。」と取引継続を勧誘してきた。原告は,「2度とやるつもりはない。解約してください。」と答えた。その後も,Gは,「リベンジしませんか。」などと執拗に勧誘し続けてきた。さらに,翌日,原告が解約の手続が出来ているか確認の電話をした際にも,Gは「リベンジしませんか。単品もなかなかおもしろいですよ。」などと勧誘してきた。

(12)  本件取引は,10月2日をもって終了した。本件取引の明細は,別紙建玉分析表及び別紙取引データのとおりである。

本件取引中,原告は,8月28日に16万6000円を被告から返金されており,本件取引終了後,原告は,委託証拠金として被告に預けていた金員の清算残金1079万5360円を10月4日に受け取った。

その後,10月19日には,東京の被告お客様相談センターのFが原告宅に来て,被告が作成した取引清算確認書に署名押印するよう求め,原告はこれに応じた。取引清算確認書には,「1 乙(原告)は,前記取引(本件取引)が乙(原告)の委託注文に基づいて行われたものであることを認める。2 甲(被告)は乙(原告)に対し,前期取引(本件取引)の清算残金1079万5360円也を,平成13年10月4日振込送金により乙(原告)に返戻した。3 甲(被告)及び乙(原告)は,前記取引(本件取引)全ての清算を完了したこと,及び甲(被告)乙(原告)双方間において何等の債権債務のなきことを相互に確認し,甲(被告)乙(原告)双方共に,今後一切の請求をしない。」旨記載されている。

(13)  なお,被告は,本件取引期間中,別紙取引高表のとおり,自己玉を建てていた。

3  原告が主張する被告の違法行為ついて

(1)  適合性原則違反について

証拠(甲2)によれば,受託等業務に関する規則3条1項は,「会員は,商品市場における取引について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる受託業務を行ってはならない。」と規定し,5条1項1号は,「知識,経験及び財産の状況に照らして商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘し,受託し,又は委託の取次ぎを引き受けること。」を禁じていることが認められる。

当事者間に争いがない事実及び上記認定事実によれば,原告は,昭和33年生まれの男性で,b株式会社に勤務する現場労働者であり,先物取引については未経験であったものの,特段,原告の判断能力自体に問題はうかがえず,資産としても,原告自ら,被告従業員に対し,3000万円くらい資金がある旨答えており,その金額の範囲で本件取引がなされたことが認められ,このような事実からすると,原告が,先物取引を行うについて,適合性がないということはできない。

(2)  危険性等重要事項の説明義務違反について

上記事実認定によれば,被告従業員B及びCは,原告は,商品先物取引について新規取引者であって知識経験がなく,先物取引を自らの判断で直ちに行える状態にあったとはいい難いから,先物取引の一般的な危険性を認識していたとしても,先物取引は少額の証拠金で差損金決済により多額の取引ができる極めて投機性の高い行為であり,取引額が多額にのぼるため,わずかな単価の変動によって莫大な差損金を生じる危険性があることなどを十分時間をかけて説明すべきであるのに,説明事項を棒読みするだけで取引の危険性について具体的な説明をしておらず,これを怠り,しかも,本件取引がガソリンと灯油の価格差取引であることから,ガソリンと灯油の連動性により,同じ取引量であれば,単品で取引を行うよりも,委託者が負うべきリスクは軽減される面があることをことさら強調して,価格差取引の場合,手数料が二重にかかることなどの注意喚起をすることもなく,高額な取引を行うよう勧誘して,1050万円を被告に送金させていることが認められる。さらに,原告が被告に1050万円を送金したその日に,原告の取引担当者となった被告従業員Dは,原告に,2100万円を被告へ送金させていることが認められる。

以上の事実からすれば,B,C及びDに先物取引における危険性等重要事項に関する説明義務違反があるというべきである。

(3)  断定的判断の提供について

上記認定事実によれば,被告従業員Cは,「我が社で取引したお客さんで損した人は誰もいません。」「儲かりますから。」などと言い,被告従業員Dは,「1000万円の粗利益を出します。1000万円ですよ。」などと言っており,たとえ,被告従業員らがある程度商品の値動きを判断する経済的能力を有していたとしても,これらの言辞は,いずれも利益が生ずるとの断定的判断の提供というほかない。

(4)  新規委託者保護義務違反

ア  証拠(乙14)によれば,被告作成の受託業務管理規則6条は,「「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」に定めた委託者については3ヶ月の習熟期間を設け,次に掲げる保護育成措置を講ずるものとする。」としており,その3項には「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にあたっては,委託者保護とその育成を図るため,当該委託者の知識,理解力並びに財産の状況を考慮の上,相応の資金の範囲においてこれを行うものとする。この場合において,商品先物取引の経験のない委託者からの取引数量に係わる制限を設け,当該委託者から制限を超える取引の要請があった場合の審査等につき,別に定めるものとする。」と規定している。そして,被告作成の「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」には,「1 商品先物取引及び金融・証券の先物取引,信用取引等の経験のない新たな委託者からの受託取引数量に係る外務員の判断枠を,委託証拠金500万円以下の範囲内とする。」,「2 委託者から前項1の500万円を超える取引数量の要請があった場合,管理担当班の責任者がその適否について審査し,妥当と認められた場合,委託証拠金1000万円以下の範囲内の取引数量において受託できるものとする。この場合,管理担当班の責任者は,速やかに総括責任者に調書を添えてこの旨を報告しなければならない。」,「3 委託者から1000万円を超える取引数量の要請があった場合,管理担当班の責任者は,その受託の適否について調査し,当該委託者自筆による「資金的に問題ない」旨の申出書を調書に添え,総括責任者に報告し,審査を受けるものとする。」「4 委託者から,3000万円を超える取引数量の要請があった場合,管理担当班の責任者は,その受託の適否について調査し,当該委託者自筆による「資金的に問題ない」旨の申出書を調査に添え,総括責任者に報告し,審査を受けるものとする。」「5 総括責任者は,前項3・4報告内容を精査し,その適否について審査するとともに,必要と認められた場合,管理担当班の責任者に対し,所要の指示を行い,当該委託者の管理に万全を期するものとする。」と定められている。さらに,「「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」の審査基準」には,「1 取引数量制限超過に係る要請理由,2 資産・収入状況,3 資質及び取引に対する姿勢,4 投資経験の有無及びその度合い,5 取引状況,6 先物取引(商品・株式・金融)に関する知識及び理解度,7 その他,委託者に係る属性」といった基準が掲げられている。これらの規定は,新規委託者が取引開始当初の習熟期間中に不測の損害を被らないように取引限度額により保護するとの趣旨で設けられたものと解される。

イ  確かに,証拠(乙5ないし8,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引においては,原告作成の8月18日付の要請書,8月23日付の申出書がそれぞれ作成されており,要請書には,「預託証拠金額500万円を超える取引を行いたくここに要請いたします。」と,申出書には,「預託証拠金額3150万円にて取引を致したくここに申し出ます。」と,原告の自筆で記載されている。もっとも,要請書が実際に作成されたのは,8月18日より一,二週間後であり,被告の顧客ネットワークから手紙が来てその中の書式に従って作成されている。また,申出書も,実際に作成されたのは取引開始から2週間くらいしてから,被告静岡支店のお客様相談センターのEが,原告宅に来て,書き方を指示し,その指示に従って作成された。

また,被告従業員B名義になっている8月18日付の委託証拠金の超過に係わる申請書には,原告が取引を行うにあたり,「委託証拠金が500万円を超え1000万円までの取引を致したく下記の通り申請します。」と記載されており,そこには,原告の取引の経験度として,「商品取引無し,株式取引有り,現物取引,投信等無し」,取引の理解度として,「商品取引の仕組みについてよく理解している,商品取引の投機性についてよく理解している」旨記載されており,申請に対する責任者の承認がなされている。さらに,被告従業員D名義になっている8月23日付の大口取引受注上申書には,原告が取引を行うにあたり,「委託証拠金が3000万円を超える取引を致したく申請します。」と記載されており,そこには,原告の取引の経験度として「株式投資の経験あり」,取引の理解度として「ルール,仕組み,投機性は十分理解している」,取引に対する姿勢として「担当者と連絡を密にとるなど取引姿勢も前向き」委託証拠金追加の理由として「本人からの希望による」旨記載されており,上申に対する責任者の承認がなされている。

ウ  しかしながら,原告は,上記2認定事実のとおり,原告は,本件取引を行うまで,先物取引に関する経験が全くなかったものであり,株式取引といっても,現物の株式を一時保有していたにすぎないものであって,先物取引に関する知識が,十分あったということもできない。

また,証拠(乙1,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告従業員Bないしは被告管理部の者により8月9日付の顧客カードが作成されているが,そもそもその作成日付は,原告がB及びCと会って話をした8月18日より前であり,その記載内容も,「預貯金3500万円」,「不動産3000万円」,「野村証券株式取引の経験あり」と記載されているが,当時原告の預貯金は4000万円くらいであり,不動産は所有しておらず,野村証券での株式取引はなく,また,株式取引といっても自社株の持ち株会や二,三〇年前に東京電力・東京ガスの株式を一定期間保有していたというにすぎず,その記載内容は明らかに事実に反している。

さらに,上記事実認定のとおり,原告が,B及びCといった被告従業員から直接会って先物取引の話を聞いたのは8月18日が初めてであり,当初,原告がその危険性から取引を行うことを拒んでいた。

以上の事実を考え併せれば,数日のうちに,原告自らが進んで大口の取引を希望していたとは到底考えられず,被告従業員らが大口の取引をするよう強引に勧誘したというほかない。

原告は,「「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」の審査基準」に掲げてある「1 取引数量制限超過に係る要請理由,2 資産・収入状況,3 資質及び取引に対する姿勢,4 投資経験の有無及びその度合い,5 取引状況,6 先物取引(商品・株式・金融)に関する知識及び理解度,7 その他,委託者に係る属性」といった基準のいずれにも当てはまらず,いまだ,1000万円を超える取引を行うことを許容できるような状況にはなかったにもかかわらず,被告の責任者らは,これを承認してしまっている。そもそも,上記事実認定からすれば,取引からしばらくは,原告が500万円を超える取引を行うことさえ許すべき状況にはなかったというべきである。

エ  別紙建玉分析表によれば,本件取引では,取引初日の8月23日に300枚,8月27日に308枚,9月4日に314枚,9月7日に308枚,9月21日に238枚の取引が行われている。これらは,いずれもガソリンと灯油をそれぞれ同数,売玉と買玉に相対して建てられており,仕切りながら行われているものではあるが,原告は,8月23日の時点で3150万円の委託証拠金を支払っており,これだけ大口の取引がなされていることからすれば,被告が,新規委託者を保護すべきとして設けられた上記審査基準に違反して,本件取引がなされていることは明らかである。

オ  したがって,被告は,新規委託者が取引開始当初の習熟期間中に不測の損害を被らないように取引限度額により保護するとの趣旨で自ら設けた審査基準に反して,本件取引を行ったことになる。このような被告の行為は,本件契約の債務不履行及び不法行為を構成するというべきである。

(5)  解約拒否について

上記認定事実のとおり,原告は,8月下旬,Dから,「(ガソリンと灯油の相場が)反転しそうなんです。」と言われたときから,Dに対し,度々解約するよう要求していたにもかかわらず,Dは,これに応じず,原告が被告静岡支店お客様相談センターや東京の被告お客様相談センターに何度も電話してようやく解約することに応じたものであることが認められるから,被告に解約拒否があったことは明らかである(なお,被告は,上記認定事実と別紙建玉分析表とを併せみると,原告が解約要求をしたころ,一応個別の建玉は仕切られてはいる。)。

(6)  実質的一任売買について

上記認定事実のとおり,後記(7)記載の無断売買に関する9月21日の取引はもちろん,取引当初から,具体的にガソリンと灯油を取引数量をどの程度にして,どちらを買建てでどちらを売建で取引を行うかといったことについては,原告から指示した事実はうかがえないから,本件取引は,一任売買であったというほかない。

(7)  無断売買について

上記認定事実のとおり,9月19日,ガソリンと灯油の相場がストップ安になったことから,原告が,Dに対し,解約を求めたにもかかわらず,Dは,9月21日,ガソリンの買建及び灯油の売建各154枚を仕切ったものの,ガソリンの売建及び灯油の買建各119枚を原告からの注文がないまま,原告の名で無断で取引している。これは無断売買というほかない(なお,8月下旬ころから,原告が解約要求をしていることからすれば,その後の取引全てが無断売買とも考えられるが,原告は,途中の取引については依然解約されていないことを認識していたことなどからそこまでの主張はしていない。)。

(8)  手数料稼ぎの取引について

証拠(甲2)によれば,平成元年に廃止された商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項及び平成10年法改正により事実上廃止された受託業務指導基準では,途転及び直しについては,無意味な反復売買の具体的内容として禁止されていることが認められる。

事実,直しは,既存の建玉を仕切ながらすぐにそれと同一の建玉をするというのであるから,原則として合理性は認めがたい。もっとも,途転及び不抜けは,相場の状況と相場観によっては,それ自体直ちに不適切な取引であると断定することはできないものの,それが多数回にわたり繰り返されている場合には,それが投資家の自由な判断に基づいて行われたものか疑いを抱かしめるものであるというべきである。

本件取引は,8月23日から10月2日までの41日間しか行われていないにもかかわらず,原告主張の別紙建玉分析表のとおり,9月4日にガソリン157枚の売直し1件,灯油157枚の買直し1件,8月27日,9月7日,9月21日にいずれもガソリン及び灯油の100枚を超える途転6件,9月7日灯油157枚の不抜け1件が行われている。特定売買比率は56.3パーセント,損失に対する手数料の割合は54.32パーセントといずれも高率になっている。これに,被告従業員Dが,上記(6),(7)のとおり,原告の意思を確認することなく本件取引を行っていたことを併せ考えると,これらの取引が原告の判断に基づき自由な判断で行われたということは到底できず,被告の手数料稼ぎを目的とする違法な直し,途転及び不抜けであると評価されてもやむを得ないというべきである。

(9)  価格差取引について

確かに,被告主張のとおり,ガソリンと灯油の価格差取引は,ガソリンと灯油の連動性を考えれば,同じ取引量であれば,単品で取引を行うよりも,委託者が負うべきリスクは軽減される面があることは事実である。しかしながら,本件取引においては,1回に100枚を超える価格差取引が短期間に集中して行われており,これでは,原告が負うべきリスクは,軽減されることにはならない上,かえって,高額な手数料が二重にかかり,委託者の負担は大きくなるといわざるを得ない。そうすると,ガソリンと灯油の価格差取引自体が直ちに違法ということはできないとしても,本件取引において,被告従業員らが,価格差取引の安全性ばかりを強調して,大量の取引を行ったことは,違法な取引であるといわざるを得ない。

(10)  向い玉による取り込みについて

向い玉については,別紙取引高表のとおり,原告の建玉に対して被告がこれと反対の売買玉を建てていることが認められるが,本件全証拠によっても,これにより,原告に何らかの損害を与えたと認めるに足りる証拠はないし,被告が自己玉を建てること自体は制限されていない以上,原告が主張するような向い玉による取り込みがなされたということはできない。

(11)  被告の取引体制について

本件全証拠によっても,被告の取引体制が,原告が主張するような被告のための利益獲得の体制であるということはできず,この点に関する原告の主張は認められない。

(12)  以上を総合すると,被告従業員らは,商品取引の経験がない原告に対して,商品取引の複雑な仕組みや危険性について十分説明することなく,また,価格差取引の場合手数料が二重にかかることの注意喚起をすることなく,1000万円の粗利益が出るなどと断定的判断の提供をして,取引当初から大口の取引を勧誘し,原告からの解約要求にも応じず,実質的一任売買,無断売買を行い,手数料稼ぎの取引と非難されても仕方のない取引を行っていることからすれば,被告には,危険性等重要事項の説明義務違反,断定的判断の提供,新規委託者保護義務違反,解約拒否,実質的一任売買,無断売買,手数料稼ぎの取引,価格差取引といった点で違法性が認められる。

4  損害について

(1)  委託証拠金相当額

本件取引における被告の違法行為による原告が直接被った財産的損害は,別紙建玉分析表記載のとおり,2053万8640円にのぼり,このうち,1432万4240円については,別紙取引データのとおり、9月21日に行われたガソリンの売建と灯油の買建各119枚の無断売買によるものということができ,この1432万4240円は委託金として返還すべきものである。

(2)  慰謝料

原告は,本件取引における被告の不法行為または債務不履行により,精神的苦痛を被った旨主張するが,一般に財産的損害が金銭賠償により填補された場合には,特段の事情のない限り損害賠償によって慰謝すべき精神的損害は発生しないものというべきであって,上記認定事実の本件取引経過からすると,本件において特段の事情があったと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないから,この点についての原告の請求は理由がない。

(3)  過失相殺

上記認定事実のとおり,本件取引の経過からすると,商品取引の経験のない原告に対し,十分な説明もなく,断定的判断を提供して取引を勧誘し,一部取引においては具体的委託を受けることなく取引を行うなどした被告従業員の行為は違法なものであるといわざるを得ないが,原告においても,「商品先物取引 委託のガイド」を示されていること,棒読みとはいえ,「商品先物取引の重要なポイント」と題する書面を読み聞かされていること,口座設定申込書や約諾所に署名・押印していること,要請書や申出書といった書面を自ら作成していること,本件取引中,強く解約を要求することが出来ない状況であったとまではいえないことなどからすれば,本件取引における損害が拡大したことについて,原告の行為が一定程度関与したことも認めざるを得ないというべきである。本件における全ての事情を斟酌すると,本件においては,公平の観点から,原告の過失を3割として,これを被告が支払うべき損害賠償額2053万8640円から委託金として返還すべき1432万4240円を差し引いた621万4400円から控除するのが相当であり,そうすると,過失相殺後の損害額は,委託金として返還すべき1432万4240円のほか435万0080円となる。

(4)  弁護士費用

本件事案の内容,損害賠償額等諸般の事情を考慮すると,本件において,被告の不法行為または債務不履行と相当因果関係ある弁護士費用として,180万円を認容するのが相当である。

(5)  以上を総合すると,原告の本訴請求は,被告に対し,以上の合計2047万4320円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。

5  抗弁について

被告は,原告が,平成13年10月19日,先物取引全ての清算を完了したこと及び原告と被告間において,何らの債権債務のないことを相互に確認し,今後一切の請求をしないことを内容とする取引清算確認書に署名・押印した旨主張する。

しかしながら,上記認定事実のとおり,この取引清算確認書が作成されたのは,本件取引が終了してから,17日後のことであり,しかもその文面は被告側が一方的に作成したものであり,取引清算確認書に原告が署名押印した時点では,本件取引において,原告が,どのような損害ないし被害を被ったのか,認識できるような状況になっていたとは到底考えられないから,取引清算確認書の意味は,清算残金1079万5360円を10月4日,原告に返戻したことを意味するものにとどまっているというべきであり,この取引清算確認書により,原告が損害賠償請求等の請求を放棄したものと解することはできない。したがって,被告の抗弁は認められない。

6  以上によれば,原告の請求のうち,2047万4320円及びこれに対する平成14年7月26日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し,その余の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 久保孝二)

<以下省略>

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