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静岡地方裁判所浜松支部 平成14年(ワ)523号 判決 2004年3月31日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

名倉実徳

名古屋市<以下省略>

被告

アスカフューチャーズ株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

堀井敏彦

主文

1  被告は、原告に対し、金314万8900円及びこれに対する平成14年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は原告に対し、金669万7800円及びこれに対する平成14年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、原告が、金、白金、ブロイラーの商品先物取引に関する被告従業員の一連の行為が全体として不法行為に当たるのは勿論、債務不履行にも該当するとして、被告に対し、右取引によって被った損害及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  被告は、顧客から委託手数料を得て、金等の貴金属及びとうもろこしやブロイラー等の農産物の売買の委託を受け、自己の名をもって、委託者の計算において、右売買等の取引をなすことを業とする株式会社であって、東京工業品取引所、中部商品取引所及び福岡商品取引所の会員たる商品取引員である。

(2)  原告は、昭和34年○月○日生まれで、平成14年4月当時満42歳の独身男性であり、中学卒業後職業訓練所を出て職に就き、右当時、従業員23名くらいの電気工事会社に勤務し、現場の電気工事を担当しているものであり、これまで商品先物取引も株式取引も経験したことはなかった。

(3)  原告は、平成14年4月下旬ころから被告の登録外務員であるB(以下「B社員」という。)の勧誘を受けて、同年5月15日、被告との間に、商品先物取引委託契約(以下「本件取引契約」という。)を締結し、右契約に基づき、被告は、原告の計算において、別紙建玉分析表記載のとおり、同年5月17日から同年7月30日までの間、金、白金、ブロイラーの先物取引を行った(以下「本件取引」という。)。

(4)  原告は、被告に対し、被告の委託者別委託証拠金現在高帳(乙7)記載のとおり、委託証拠金として、同年5月17日に60万円、同年5月20日に60万円、同年6月14日150万円、同年6月17日に116万円、同年7月5日に252万円及び同月17日に32万5000円を預託し、同年8月7日に50万7200円の払戻を受け、上記同年7月30日の取引終了時点で、委託証拠金の残高は零となった。そして、本件取引の結果、原告は、569万7800円(売買差損金370万9100円、委託手数料合計189万4000円及び消費税9万4700円の合計)の損失を被った。

2  争点

被告従業員らの一連の勧誘行為等が不法行為ないし債務不履行に該当するか否か。

(原告の主張)

(1) 勧誘の違法

B社員の勧誘行為は、商品取引所法(以下「商取所法」という。)施行規則(以下「施行規則」という。)46条5号、6号に違反する迷惑、執拗な勧誘に該当する。

(2) 適合性原則違反

原告は、電気会社に勤める勤労者であり、これまで先物取引は勿論、株式取引の経験もなく、先物取引をする能力を欠いていただけでなく、手持ち資金も僅かで、先物取引をする適格性を欠いていたものであり、適合性原則に違反する(商取所法136条の25、受託業務規則(以下「業務規則」という。)3条、5条1項1号)。

(3) 断定的判断の提供

B社員は、金は確実に値上がりして利益になる、絶対儲かる等の断定的判断を提供して原告に本件取引契約を承諾させた(商取所法136条の18、施行規則46条8号)。この点は、消費者契約法4条1項2号にも該当し、違法である。

(4) 危険等重要事項の説明義務違反

B社員は、先物取引の危険性、実際の取引が取引担当者の頻繁な取引指示によって行われている現実など、先物取引についての重要事項を十分説明しないで勧誘した(業務規則4条、5条)。この点は、消費者契約法4条2項にも該当し、違法である。

(5) 新規委託者の保護義務違反等

原告は、被告の社員らから執拗な勧誘を受け、漸く1か月だけ、しかも60万円だけ支払って取引するという被告社員との約束のもとに本件取引を開始した。しかし、取引開始後、被告の担当社員C(以下「C社員」という。)は、あと1週間で終われるようにするなどとその場限りの虚言を述べて委託証拠金を支払わせて、次々と取引を拡大させた。その中で、同社員は原告に対して、消費者金融から借金するよう促し、借り方まで教えて消費者金融から借金をさせて取引をさせた。これは、余裕資金で取引をさせるとの当然の原則にも違反する。

(6) 違法な両建の勧誘

本件取引中、同限月の両建が6件存在するが、被告の担当社員は何も分からない原告に対し、両建の危険性等を全く説明しないまま両建を勧誘したものである(施行規則46条11号)。

(7) 違法な薄敷取引

被告社員らは、慢性的に証拠金不足(追証を含む。)あるいは帳尻残高不足のまま原告に本件取引をさせていたが、これは、違法な薄敷取引に該当する(商取所法97条1項、受託契約準則7条8号)。

(8) 無意味な反復売買(ころがし)

本件取引における売買回転率は、取引期間75日中33回の仕切り回数で、月13・2回の高率である。特定売買率は重複を除いても45%であり、手数料割合は33・24%とこれも高率であり、手数料稼ぎの違法なころがしである(業務規則3条2項、5条1項16号)。

(9) 被告の差玉向い取引

取引日毎の帳入差金の計算においては、委託玉と商品取引員の自己玉は別個に計算されるが、売りと買いの枚数は相殺して超過した側の枚数により計算される。そこで、このように相殺後の売りまたは買いの枚数を別紙「向い玉表」に示したところ、ほとんどの取引において、被告は原告を含む委託者全体と対向しており、しかも枚数が同数で対向している。要するに、被告は、委託者に対して負っている善管注意義務に著しく違反し、原告を含む委託者全体と向い玉取引をして、原告ら委託者に損失を与えた。

(10) 仕切り拒否

C社員は、原告の仕切りの申入れを拒否して取引を拡大させた。

(被告の主張)

(1) 勧誘の違法について

原告はB社員の勧誘を断らず、B社員は資料を送付するので見て欲しいと伝えた上で送付しているし、原告との面談も、原告より5月15日の面談の約束を得たものであって、Bの勧誘行為は、迷惑、執拗なものではない。

(2) 適合性原則違反

原告は40代で、通常の社会生活を送り勤務している一般的な会社員であり、また、先物取引において難しいことは相場の予測であり、その仕組みではなく、差損益計算など仕組み自体は中学生程度の知識で理解が可能であるし、相場の予測も、必ずしも高度な経済情報を必要とするものではないのであり、したがって、原告は先物取引不適格者には当たらない。

(3) 断定的判断の提供

B社員は、金は絶対儲かるなど断定的判断の提供はしていない。

(4) 危険等重要事項の説明義務違反

B社員は原告に対し、商品先物取引委託のガイドに沿って、取引の仕組み、危険性、予測が外れたときの対処の仕方を説明し、原告から「商品先物取引口座設定申込書」「約諾書」の作成を受けたものであり、原告は、B社員の説明で、取引の仕組み、リスクを理解していた。

(5) 新規委託者保護義務違反等

原告は被告に対し、平成14年5月15日、新規委託者の300万円以内の受託制限枚数を超える取引を自分の意思により行いたいので取り計られたい旨を記した超過預託申出書(乙8)を提出しているし、その後の同年6月14日にも提出しているもので、原告の意思に反して取引が拡大されていったということはない。なお、C社員が原告に対して消費者金融から借金して追証を支払うよう求めたことはない。

(6) 違法な両建の勧誘

両建は、主に、最初に売りあるいは買いを予測して取引を始めたが、一時的に予想に反した値動きがあり、その間の値洗い損に対応するために行う、古くからの相場手法の一つであり、それ自体が違法な取引ということはない。要は、委託者の意思に反しての同時両建又は引かれ玉を手仕舞いしないままでの両建を勧めることが違法とされるに過ぎない。

(7) 違法な薄敷取引

争う。

(8) 無意味な反復売買

本件取引の特定売買比率は26・78パーセントであり、まず、原告の主張は前提において誤っている。ところで、無意味な売買かどうかは結果論に過ぎず、特定売買比率、回転率、手数料の割合などからは当該売買が無意味なものか否かは判断できるものではない。要は、委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な取引を勧めることや委託者の手仕舞い指示を即時に履行せずに新たな取引を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めることが違法となり得るに過ぎない。

(9) 差玉向い取引

争う。

(10) 仕切り拒否

被告の担当社員が原告の仕切り要求を拒否したことはない。

第3争点に対する判断

1  事実経過の認定

上記争いのない事実及び証拠(甲1、同18、同19、同20の1から21、同21から23の各の1、2、同24、同26、同27、同28から31の各1,2、同33の1、2、乙1から5、同6の1、2、同7から9、同10、同11の1から3、同12の1から21、同13の1から24,同14から17、同25の1、2、同27、同28の1、2、同29、証人B、同C、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  被告の登録外務員B社員は、日頃、先物取引の顧客獲得の方法として、いわゆる名簿業者から手に入れた名簿により手当たり次第に多数の一般人に次から次ぎへと電話して取引客を勧誘していたが、その中の一人として原告にも勧誘の電話をすることになった。B社員は、平成14年4月23日午後8時過ぎ、原告の自宅に電話して、原告に対し、金の先物取引を勧誘した。これに対し原告は、先物取引経験者から先物取引について悪い話を聞いていたので断ったが、B社員は、これにめげずに30分間ほど電話を続けて、金の先物取引の有利性などについて説明をしたほか、原告の職業、職種、収入状況、資産の有無、先物取引や株式取引の経験の有無、先物取引に投下可能な資金額などを聞き出し、資料を送付することを告げて電話を終えた。そして、B社員は、早速、コピーした被告のパンフレット、先物取引業界他社が載っている新聞のコピー、金相場に関する新聞の切抜きなどの資料を原告に送付し、その後、勧誘を続けるため2度ほど原告方に電話したが、いずれも不通であった。

(2)  なお、B社員は、原告との電話で得た原告に関する情報をもとに原告についての顧客カード(乙1)を作成したが、その中で、先物取引及び証券取引の経験につきなし、年収480万円、預貯金額400万円などと記載し、また、原告の投下資金については、後日、60万円と書き加えられた。

(3)  同年5月14日の午後8時過ぎころ、原告は、B社員から再び先物取引勧誘の電話を受け、「金は儲かります。アフリカ金鉱山でストライキ中で品不足となっていて、ワールドカップもあり、金を使うので値上がりします。」などと勧められた。原告は、同社員の勧誘があまりにしつこかった上、先物取引自体や被告について胡散臭さを感じて、B社員に対し、警察に訴えてやるなどと発言した。これに対して同社員は、好きなようにしてもらって構わない旨述べて、一旦電話を切ったが、その後間もなくして再び電話し、今が金投資のチャンスであり、こんなチャンスは滅多にないなどと金の先物取引を勧誘した上で、明日伺うので話だけでも聞いて欲しいと面会を申し入れた。これに対して原告は、B社員のしつこさに根負けした一方、B社員の言うとおりチャンスかも知れないと思い、兎に角話だけでも聞いてみようと考え、B社員に対し面談することを了解した。

(4)  原告は、同年5月15日午後6時半ころ、原告指定の待ち合わせ場所でB社員と対面し、その後ファミリーレストランに場所を移し、同所において約2時間B社員に付き合った。その中でB社員は原告に対し、約1時間、被告の会社概要、先物取引の仕組み、金相場の状況などを説明した。そこで同人から「金を買えば1か月で利益が出るから取引して欲しい。」と勧められた。そして、金取引の説明、リスク、差損益計算、追証などについて一通りの説明を受けた。原告は、あまり理解できないところもあったが、しかし、兎に角、最初60万円くらいからスタート、期間は1か月と言われ、1か月くらいなら60万円を預けてもよいと思い、取引期間の目処を1か月というつもりで先物取引を開始することにし、本件取引約諾書に署名捺印して本件契約締結に応じた。そして、商品先物取引委託のガイド、受託契約準則などを渡された。その際、原告は、理解度アンケート(乙5)への回答を求められた。B社員の説明にあまり理解できていない箇所もあったが、いい加減な気持ちで全部「はい」に丸をした。また、原告は、B社員から、同社員が持参したひな形を見せられた上、これと同じように記載してくれればよいからと言われて、新規委託者の300万円以内の受託制限枚数を超える取引を自分の意思により行いたいのでよろしく取り計らいくださいなどと手書きした超過預託申出書(乙8)を交付した。

(5)  同年5月16日夜間、B社員は原告と会って金の市況を説明した上、原告から委託証拠金60万円の預託を受け、金4月限10枚の買建注文を受注し、翌17日、金10枚の買建が成立して本件取引が開始された。その後、被告における原告の担当社員は、被告管理部門所属営業社員のC社員に替わり、そして、C社員は、5月20日、原告に対して担当が同社員に替わった旨電話で伝えた上、金の上げ予測の市況を説明し、これを受けた原告は、同社員の勧めに応じて金10枚の買建注文を出して委託証拠金として60万円を被告に送金した。その後原告はC社員に毎日のように電話して金の市況を聞き、値動きの状況を知り、同社員の勧めに従って同月24日には金20枚の売建注文を出してこれが成立し、この段階で原告に23万1600円の利益が出た。原告は、白金は金よりも利益が取れるというC社員の勧めで、同月27日に白金23枚の買建注文を出し、同月30日に、右白金23枚を売ってこれを仕切り、次いで、ブロイラーは今安く、将来値上がりする見込みとの同社員の勧めで新たにブロイラー12月限37枚買建を購入した。

(6)  本件取引は、上記同年5月30日から同年6月3日のブロイラー37枚売建の6回の仕切り(直し3回あり)ではいずれも利益が出て、右時点での原告の帳尻益金は77万7000円となり、被告は原告の求めに応じて右帳尻益金のうち50万円を送金した。ところが、6月5日の仕切りから本件取引は損失に転じ、6月10日には追証が発生する事態となり、そこでC社員は原告にその旨を連絡し、対処方法を説明して対処方法の選択を求めたところ(なお、その際、同社員は、損切りした場合にどのくらいの残証拠金が出るかについては説明しなかった。)、結局、建玉合計39枚がいずれも損失を生じて仕切られた上、ブロイラー売、買、各29枚の両建が行われた。その結果、必要委託本証拠金232万円に対し、委託証拠金預り額156万円、帳尻損66万3800円となり、142万3800円の委託証拠金不足が発生した。同社員は原告に対してその旨を伝え、不足証拠金の支払を求めた。

(7)  C社員は、6月11日夜、原告と●●●駅近くのレストランで面談し、原告に不足委託証拠金150万円の支払を求めたが、その際、原告から挽回策について相談を受け、値段が下がる傾向になったと思うので売りの枚数を増やしたらどうかなどと今後の対処の仕方をアドバイスした。その後の6月13日、同社員が原告に対し、値段が上げ止まってきたと思うので売り枚数を増やしてはどうかと勧め、右勧めに応じて原告はブロイラー29枚の売建注文を出し、成立した。この時点で、原告の建玉は、ブロイラーの売建玉が58枚、買建玉が29枚に上り、そして、必要委託本証拠金348万円に対し、委託証拠金預り額156万円、帳尻損66万3800円となり、258万3800円の証拠金不足が発生し、同社員は原告に対し、右不足証拠金の支払を求めた。

(8)  C社員は、6月14日夜、●●●駅地下駐車場の原告の自動車内で原告と話をし、原告から150万円を受け取り、そして、原告から翌営業日の同月17日に残金116万円を支払うことの約束を取り付け、また、超過預託申出書(乙28の1)を再度提出してもらった。なお、その際、原告から、「もし、損をすると、俺の友達、結構怖いのいるから、その友達に言うよ。」と言われた。(なお、原告は、その際、同社員から、「もう116万円を出せば1週間で終わる。6月25日、26日にはお金が入りますよ。」などと言われた旨述べるが、証人Cの証言に照らし採用できない。)

(9)  6月17日、原告はC社員の勧めで、ブロイラー12月限29枚買建を仕切り、同月限29枚売建の注文を出し成立した。そして、原告は、同日、不足証拠金116万円を支払い、証拠金の不足は解消された。同じくC社員のアドバイスで原告は、同月18日、ブロイラー前場1節12月限16枚売建を仕切り、12月限16枚買建の注文を出し成立し、また、同月19日、ブロイラー前場1節12月限29枚売建を仕切り、12月限29枚買建の注文を出し成立した。この段階で、委託本証拠金348万円に対し、委託証拠金預り額422万円、帳尻損74万9600円で、不足証拠金は9600円となったので、C社員は原告に右不足証拠金額を伝えたところ、原告から建玉の仕切り注文が出されたが、これを受けたC社員のアドバイスで、結局、同月20日、原告から、ブロイラー前場1節12月限1枚売りとブロイラー後場3節12月限29枚買建を仕切り、12月限28枚売建新規の注文が出され成立した。これにより証拠金不足は解消した。原告は、2日後の6月21日、C社員のアドバイスでブロイラー前場1節12月限29枚の売建仕切り、12月限1枚売建新規、12月限29枚買建新規の各注文を出し成立した。

(10)  被告本社管理部顧客サービス室のDは、6月21日夕刻、●●●駅構内の喫茶店で原告と面談し、本件取引状況などについて原告から話を聞き、持参した残高照合通知書(乙10)を原告に示してその内容を説明し、その際、原告に商品先物取引についての理解度などに関するアンケート(乙9)への回答を求め、また、担当外務員や本件取引内容について何か問題がないか尋ねた。これに対し原告は、当時、C社員の言い振りから間もなく本件取引が終了するものと思い、いい加減な気持ちで、右アンケートに対し理解している旨回答し、そして、Dに対し特に苦情を申し出ることもしなかった。

(11)  原告は、いずれもC社員のアドバイスで、6月24日、ブロイラー前場1節12月限29枚買建仕切り、12月限29枚売建新規、同日、後場3節12月限5枚売建仕切り、12月限5枚買建仕切りの各注文を出していずれも成立、同月25日、ブロイラー前場1節12月限24枚売建仕切り、12月限29枚買建新規、12月限9枚売建新規の各注文を出しいずれも成立、同月26日、ブロイラー前場1節12月限29枚売建仕切りの注文を出して成立、その結果、原告の建玉は、ブロイラー12月限売建63枚、12月限買建63枚と、同一限月の完全両建(根洗い損を固定)となったが、ブロイラーの値段が上昇し、252万円の委託追証拠金が発生し、89万8200円の証拠金不足が生じることとなった。そこでC社員は、ブロイラーがストップ高となり252万円の委託追証拠金が発生した旨を原告に連絡してこれに対する対処方法を原告と相談し、その結果、両建で切り抜けることになり、同月27日、ブロイラー前場1節12月限63枚買建新規の取引が成立したが、この段階で、委託本証拠金504万円委託追証拠金252万円で必要証拠金756万円に対し、委託証拠金預り金422万円、帳尻損7万8200円となり、341万8200円の証拠金不足となり、C社員は原告に対し不足証拠金の預託を求めた。

(12)  C社員から不足証拠金の預託を求められた原告は、手持ち資金が底をついていたことから、同社員に対してとても払えないと苦情を述べたが、同社員からはどうしても預託してもらわなければ困ると言われ、原告は、借金してでも払えということかなどと言って同社員と言い合いのような状態となり、最終的に原告は、同年7月5日、プロミスほかの消費者金融業者合計5社から各50万円ずつ、合計250万円を借り入れて金銭を用意し、同日、上記委託追証拠金分の252万円をC社員に渡し、不足証拠金額は89万8200円となった。

(13)  上記のとおり89万8200円の不足証拠金が残ったところ、これについて、C社員は、原告が全額は支払うことはできないということであったので、建玉を一部処分するしかないということになり、相談の結果、ブロイラー後場3節12月限13枚買建仕切り、12月限13枚売建仕切りの注文(相落ち)が出され、その旨の取引が成立した。その結果、不足証拠金額は32万4900円となった。

(14)  原告は、7月17日、C社員から「他の会社で問題を起こし、うちの会社に捜査が入るから請求分を未払いのままにしておくと問題になるから、不足証拠金32万5000円を支払うように」と言われたところ、丁度夏季賞与を受け取ったところであったので、同日、同金額を支払った。

(15)  その後、原告担当の営業社員は、C社員からその上司であるEに替わったところ、右Eは、同月19日、原告に一度全部処分して仕切り直しすることを勧め、これに従い原告は、全建玉を仕切り、建玉はなくなった。その後の同月23日、上記Eは原告に対し、白金が目先下げると思うので売りを建てたらどうかと勧誘し、これに応じて原告は白金6月限47枚売建新規の注文を出して成立したが、白金は目論見に反して上昇し、同月29日、委託追証拠金が発生し、139万2500円の証拠金不足が生じた。そこで上記Eは原告にその旨を連絡し、対処方法の選択を求めた。これに対し原告から建玉処分の指示が出され、そこで同月30日、上記白金47枚売建は処分され、そして、原告からの精算指示で、同年8月7日、預り証拠金50万7200円が原告に払い戻され、精算は終了した。

2  判断

金などの商品先物取引は、極めて投機性の高い取引であり、取引額が多額にのぼるため、僅かな単価の変動によって莫大な差損金を生じる危険がある。したがって、営業外務員及びその使用者である被告は、先物取引の委託を受けるに際し、顧客の経歴、能力、先物取引の知識経験の有無、委託に係る売買の対象商品、数額、価格変動の特性等を考慮して、顧客に右危険の有無、程度について判断を誤らせないよう配慮すべき信義則上の義務を負っているというべきであり、営業外務員あるいは被告は、顧客に対して、同人が右危険の有無、程度につき重要な判断を行うことを困難とするような態様方法により、右取引の勧誘を行った場合は、その行為は、不法行為としての違法性を帯び、不法行為を構成するものと解される。

そこで、以上を前提として検討する。

(1)  勧誘の違法について

上記認定の事実によれば、B社員の勧誘はかなり執拗なものであったということができるが、原告が本件取引契約を締結するまでにB社員が原告を勧誘したのは平成14年4月23日と同年5月14日の電話での2回と本件取引契約締結の当日のみであり、B社員の勧誘方法や態様に鑑みると、B社員の勧誘行為をもって違法とまではいえない。

(2)  原告の先物取引に対する適格性

上記認定の事実によれば、原告は、電気会社に勤める独身の勤労者で、これまで商品先物取引は勿論、株式取引の経験すら皆無であり、およそ投機取引や投資取引と無縁の生活を送ってきたものであり、また、上記のとおり原告の年収は480万円、預貯金額は400万円で、これらの事実に照らすと、原告は、金等の先物取引については、不適格者とまではいえないまでも十分な知識能力を備えた者ということはできない。そして、金等の先物取引が投機性の極めて高い取引であることに鑑みると、かかる取引を勧誘する者は、顧客がそのような取引を行うに足りる知識能力が備わっているか否かを慎重に調査すべき義務があるというべきであるところ、上記認定の事実によれば、B社員及びC社員が右調査義務を尽くしたとは到底認められない。なお、B社員は、原告に対して先物取引についての理解度をアンケート調査しているが、これは、極めておざなり、形式的なもので、これでもって右調査義務を尽くしたとはいえない。

(3)  断定的判断の提供の有無について

B社員は原告に対し、「金は儲かります。アフリカ金鉱山でストライキ中で品不足となっていて、ワールドカップもあり、金を使うので値上がりします。」と述べて勧誘しているが、右程度をもってしては違法となる断定的判断の提供があったとまではいえず、他に、断定的判断の提供があったことを認めるに足りる証拠はない。

(4)  危険等重要事項の説明義務違反について

B社員は、原告は商品先物取引については新規取引者であり、知識経験が皆無でその能力も十分ではなかったのであるから、金等の先物取引は、少額の証拠金で差損益金決済により多額の取引ができる極めて投機性の高い取引行為であり、取引額が多額にのぼるため、僅かな価格の変動によって莫大な差損金を生じる危険があることや、取引の中止や終了方法について十分説明すべき義務があるというべきところ、上記認定のとおり、B社員は原告に対し、商品先物取引委託のガイドに沿って、取引の仕組み、危険性、予測が外れたときの対処法などについて一通りの説明はしているものの、しかし、B社員は、ファミリーレストランにおいて先物取引の仕組みと先物相場全体を1時間程度で説明したに過ぎず、結局、取引開始以後原告は、C社員の勧めやアドバイスにほとんど盲目的に従わざるを得ない状態であって(原告、証人C)、しかも、手仕舞いの仕方もわからず、C社員の勧誘で、上記認定のとおりずるずると本件取引を継続していったものであり(原告)、以上の事実に照らすと、B社員が上記説明義務を尽くしていたとは言い難い。

(5)  新規委託者保護義務違反等について

被告において、新規委託者については3か月間は300万円以内の建玉枚数とする旨の社内規定(受託業務管理規則、乙26)があり、右規定は新規委託者の保護育成の見地から商品先物取引の危険性を熟知させるために一定期間勧誘を自粛する趣旨と解されるところ、これは、商品取引員に対して要請される委託者に対する信義則上の義務というべきであり、正当な理由なく著しく右趣旨を逸脱した勧誘行為を行った場合は不法行為としての違法性を帯びるというべきである。

ところで、上記認定によれば、C社員は、当初は少額の購入を勧誘していたが、根洗損が生じると、その内容を十分に説明することなく両建を勧めて原告の取引数量を増加させ、僅か2か月半の間に、金が合計20枚、白金が合計60枚、ブロイラーが合計576枚の取引をさせ、それに応じた手数料を得たことが認められる。以上の事実に照らすと、C社員には、原告にその資金力に見合わない過量取引をさせたことによる新規委託者の保護義務違反が認められる。

なお、原告は、本件取引契約締結日とそれ以降に1度の2回、新規委託者の300万円以内の受託制限枚数を超える取引を自分の意思により行いたいのでよろしく取り計らい下さい旨手書きした超過預託申出書を被告に提出しているところであるが、上記認定のとおり、原告は、預託金額を60万円として取引を開始することにしていたもので、投機資金額も虎の子の400万円に過ぎなかったのであるから、原告がその意味内容をよく理解した上で上記超過預託申出書を作成交付したものとは到底考えられず、超過預託申出書が提出されているからといって、原告が新規委託者の保護対象者から外れてよいということにはならない。

(6)  両建の勧誘について

本件取引において両建が行われたことは上記のとおりであるが、両建は、新たな委託証拠金を用意しなければならない上、余分な手数料が増加するという経済的負担はあるものの、他方、建玉に値洗損が生じた際に損失を固定して相場の状況をみたり、損失の発生を後日に繰り延べて時間を稼ぐために使用されるなど、委託者にとって全く無意味というわけではない。したがって、両建が行われたことのみをもって勧誘が違法であるということはできない。しかしながら、本件においては、上記認定のとおり、新規委託者である原告に十分にその内容及び得失点を説明することなく両建てを勧め、しかも、違法性のある同一枚数、同一限月の完全な両建を一度ならずなさしめ、手仕舞いを望んでいた原告に手仕舞いの時期を遅らせ、取引量を原告の予測を超えて増加させていった点において問題があるといわねばならない。

(7)  薄敷取引について

上記認定のとおり、本件取引は、開始から半月余り経過した平成14年6月5日の仕切りから損失に転じ、それ以降、ほぼ慢性的に委託証拠金不足あるいは帳尻残高不足の状態の中で原告に本件取引を継続させ、これにより原告の手持ち資金は底をつき、挙げ句の果てには、原告は、同年7月5日にサラ金5社から合計250万円を借り入れて委託証拠金を支払わざるを得ない状況に陥ってしまったもので、薄敷取引という点でも問題があるといわねばならない。

(8)  無意味な反復取引について

本件取引期間は平成14年5月17日から同年7月30日までの75日で、その間の仕切り回数は33回であり、いわゆる売買回転率は1か月13回余に上り、また、特定売買比率は少なくとも約27パーセントに及び、さらに、手数料は合計約190万円に達し、原告の損失に占める手数料の割合は33パーセントを超えるものであり、それに、上記認定の本件取引の態様、内容に照らすと、手数料稼ぎのころがしといわれても仕方がないところがある。

(9)  被告の差玉向い取引について

原告は、先物取引日毎の帳入差金の計算においては委託玉と商品取引員の自己玉は別個に計算されるが、売りと買いの枚数は相殺して超過した側の枚数により計算されるところ、本件取引に関して、このように相殺後の売りまたは買いの枚数を示すと、別紙「向い玉表」のとおりで、ほとんどの取引において、被告は原告を含む委託者全体と対向しており、しかも枚数が同数で対向しているものである旨主張して、右のことから被告は、委託者に対して負っている善管注意義務に著しく違反し、原告を含む委託者全体と向い玉取引をして原告ら委託者に損失を与えた旨断じる。

しかしながら、上記原告主張のような事実関係が存するとしても、このことから直ちに被告が委託者に対して負っている善管注意義務に違反する違法な向い玉取引をなしたとはいえない。すなわち、専業商品取引員には、委託玉が損勘定になった場合、場勘定の立て替えをする必要が生じ、仮に委託玉が買建てであった場合、価格が下落すると委託者の勘定はマイナスとなり、追証拠金とのタイムラグもあってしばしば立て替えの必要が生じることになる。そこで、商品取引員は、この場勘定の発生を防ぐために、ヘッジの仕法を応用して、先物市場で委託玉と反対の自己玉を建てプラスマイナスを零にしようとする。この場合、確かに、同じ先物市場における委託者の委託玉対商品取引員の自己玉という相反関係になるので問題がないではないが、しかし、右だけのことから、上記場勘定の発生を防ぐための反対玉を建てる取引をもって、直ちに善管注意義務に違反する違法と評価される向い玉取引とはいえないというべきである。ところで、原告主張の被告のなした差玉向い取引は、上記場勘定の発生を防ぐ趣旨で反対玉を建てた取引であると推認され、右趣旨を超えて委託者の損失において利益を得る目的で差玉向い取引をしたとは認められない。よって、被告の差玉向い取引をもって違法なものとまではいえない。

(10)  仕切り拒否の有無について

原告の仕切り指示を拒否したことを認めるに足る証拠はない。

(11)  まとめ

以上によれば、被告従業員らが原告に対し行った本件取引に際しての勧誘行為は、全体として違法といわざるを得ず、不法行為を構成し、被告は、民法715条に基づく使用者責任を負う。

3  損害

(1)  原告が本件一連の取引の結果、売買差損金370万9100円、委託手数料189万4000円、消費税9万4700円の合計569万7800円の損失を被ったことは上記のとおりである。

(2)  しかし、上記認定の事実によれば、原告は、商品先物取引については十分な能力と知識を有していなかったとはいえ、先物取引の経験者から先物取引の危険性について多少は耳にしていて警戒心を有していたものであるし、受託契約準則、商品先物取引委託のガイドを受領しており、これらの書類を読めば、先物取引の危険性、仕切りや手仕舞いなど取引の終わり方を理解できるし、もし不明な点があれば被告の担当社員に質問すれば済むことで、そうすれば、自己の意図ないし予想した取引と異なる方向に取引が進んでいることを知って取引を中止することができたはずである。

以上の点を考慮すると、原告にも相当の落ち度があったといわざるを得ず、損害の公平な分担の観点からみて、原告の過失割合を5割として、上記損害額から控除するのが相当である。

そうすると、上記過失相殺により原告が請求できる損害額は284万8900円となる。

(2)  弁護士費用相当損害金(請求額100万円)

本件事案の内容、認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は30万円と認めるのが相当である。

4  よって、原告の本訴請求は、損害賠償として314万8900円及びこれに対する平成14年11月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判官 千川原則雄)

<以下省略>

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