静岡地方裁判所浜松支部 平成17年(ワ)413号 判決 2007年8月27日
原告
甲野葉子
同法定代理人親権者父
甲野太郎
同法定代理人親権者母
甲野花子
原告
甲野太郎
原告
甲野花子
原告ら訴訟代理人弁護士
渡邊昭
同
大石康智
被告
静岡県
同代表者知事
石川嘉延
同訴訟代理人弁護士
鈴木敏弘
同指定代理人
望月訓子
外3名
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
被告は,原告らに対し,それぞれ250万円及びこれに対する平成17年10月5日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1(1) 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)及び同甲野花子(以下,「原告花子」といい,原告太郎及び同花子を併せて,「原告夫婦」という。)は,原告甲野葉子(以下「原告葉子」という。)につき,里親委託を受けていたところ,被告に所属する機関である静岡県西部児童相談所(以下「西部児童相談所」という。)が,原告夫婦に対して適切な指導助言や調査を行うことなく,違法に原告葉子の一時保護決定及び里親委託措置の解除決定を行ったことにより,里親の地位を享有する利益を侵害されたとして,主位的に,国家賠償法1条1項に基づき,予備的に,里親業務委託契約違反に基づき,被告に対し,それぞれ慰謝料250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成17年10月5日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(2) また,原告葉子は,上記違法な行政処分や一時保護決定後に外部との連絡を遮断されたことなどによって,適切に養育される権利を侵害されたとして,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,慰謝料250万円及びこれに対する前同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
2 争いのない事実等(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告葉子(平成6年3月*日生)は,春野桃江(昭和51年5月*日生,以下「桃江」という。)の子であり,社会福祉法人和光会が設置する児童養護施設和光寮(以下「和光寮」という。)において養育されていた(甲1,12)。
原告太郎(昭和35年1月*日生)及び同花子(昭和36年5月*日生)は,昭和59年に婚姻した夫婦であり,平成11年12月16日,被告から里親認定を受け,平成12年3月25日,原告葉子を里親委託する措置を受けた(甲10)。
被告は,西部児童相談所を設置する地方公共団体である。
(2) 西部児童相談所長は,平成16年1月24日,原告葉子を一時保護する旨の決定(以下「本件一時保護決定」という。)を行い,同年2月10日,原告葉子を原告夫婦に里親委託する措置を解除する旨の決定(以下「本件措置解除決定」という。)を行った。なお,被告の知事は,西部児童相談所長に対し,児童福祉法27条1項3号(平成16年法律第153号による改正前のもの。以下同じ。)の措置を採る権限を委任していた。
(3) その後,原告葉子は,和光寮において,養育されていたが,平成17年2月19日に,和光寮を無断外出し,そのまま原告夫婦宅において居住するようになった。これに対し,西部児童相談所は,原告夫婦や原告葉子の実母である桃江に対し,原告葉子を和光寮に戻すよう求めたものの,これを拒否された。
(4) 原告夫婦と同葉子は,平成17年5月18日,静岡家庭裁判所浜松支部の許可(同裁判所平成17年(家)第193号養子縁組許可申立事件)を受けて,同月23日,養子縁組をした(甲7,10)。
3 争点
(1) 本件一時保護決定及び本件措置解除決定の違法性の有無
(2) 原告葉子に対する不法行為の有無
(3) 損害
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)について
(原告らの主張)
(1) 里親に関する事務は,都道府県知事の権限であり,知事は里親委託権限を児童相談所長に委任でき,委任を受けた児童相談所長は,児童を心身ともに健やかに育成するため,適切な配慮をもって里親業務を行うべきであって,里親に対する指導助言を誠実に尽くす義務や,里親が児童を養育することが適当でないとして児童を施設へ復帰させる等の措置を行う前に,誠実に調査する義務を負っている。
しかしながら,西部児童相談所長は,原告夫婦が原告葉子の生育状況等を報告し相談を持ちかけても,格別の指導助言を与えることはなく,平成16年1月24日,原告葉子が西部児童相談所を訪れて,「お父さんに叩かれた。和光寮に帰りたい。」と言ったことのみをもって,原告夫婦が里親として不適切であると決めつけ,原告葉子が上記発言をするに至った事情を調査することもないままに,本件一時保護決定を行い,その後,原告葉子の原告夫婦の下に帰りたいとの発言を無視して,本件措置解除決定を行った。
このような本件一時保護決定及び本件措置解除決定は,上記指導助言義務及び上記調査義務に違反した違法な行政処分であり,原告夫婦の里親としての地位を享有できる利益及び原告葉子の適切に養育される権利を侵害するものである。そして,西部児童相談所長は公権力の行使に当たる公務員であるから,被告は,原告らに対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 被告は,原告夫婦との間の里親業務委託契約に基づく指導助言義務及び調査義務を負っているのに,これらの義務を怠り,違法な本件一時保護決定及び本件措置解除決定を行い,原告夫婦の里親としての地位を享有できる利益を侵害したことから,原告夫婦に対し,上記義務違反に基づく損害賠償責任を負う。
(被告の主張)
(1) 西部児童相談所は,原告夫婦に対し,里親委託前後を通じ,適切かつ十分な指導助言及び調査を行っていたし,本件一時保護決定や本件措置解除決定を行う際にも,原告葉子の気持ちや状況を調査し,その調査結果を原告夫婦に説明しているのであって,指導助言義務及び調査義務を尽くしていたというべきである。
西部児童相談所長は,原告葉子が,一人で西部児童相談所を訪れ,泣きながら,原告太郎から叩かれたことや,原告夫婦の下には帰りたくない旨を述べたことから,虐待を受けた子供の身の安全を確保するため,本件一時保護決定を行ったものであり,同決定は正当な行為であった。
また,西部児童相談所長は,原告夫婦が,その後連日のように西部児童相談所に押し掛け,攻撃的な発言や行動を繰り返すなど,精神的に不安定な様子であったこと,原告葉子が一貫して虐待を訴えて帰宅を拒否していたこと,社会診断や医学診断等の各種診断結果等から,原告夫婦に原告葉子の養育を委ねることは,同原告の健やかな成長を阻害する虞があり,適切でないと判断して,本件措置解除決定を行ったものであり,同決定は正当な行為であった。
したがって,本件一時保護決定及び本件措置解除決定は,違法な行政処分ではない。
(2) 里親委託は,公法上の契約であり,里親として適格性を欠く場合には,児童相談所長は,里親委託を解除できるから,被告は,里親業務委託契約違反に基づく損害賠償責任を負わない。
2 争点(2)について
(原告葉子の主張)
原告葉子は,本件一時保護決定後の平成16年1月24日から平成17年2月19日までの間,西部児童相談所及び和光寮の職員(以下「被告職員」という。)から,以下の不法行為を受け,適切に養育されるべき権利を侵害された。
① 原告葉子と外部との連絡を遮断したこと
ⅰ 原告夫婦からの手紙を原告葉子に交付しなかったこと
ⅱ 原告葉子に,原告夫婦や浜松市立東小学校の友達への連絡を許可しなかったこと
② 情報を正確に伝えなかったこと
ⅰ 原告夫婦の面接希望を原告葉子に伝えなかったこと
ⅱ 原告夫婦が原告葉子に会いたくないと言っているという虚偽の事実を伝えたこと
③ 行き過ぎた管理行為があったこと
ⅰ 原告葉子が和光寮から脱走を試みた事実を桃江に伝えなかったこと
ⅱ 和光寮職員が原告葉子に対し,暴行を行ったこと
ⅲ 原告葉子に対し,カウンセリングの日程など,今後の予定を全く伝えずに不安を与えたこと
被告職員は,公権力の行使に当たる公務員に該当するから,被告は,原告葉子に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
(被告の主張)
原告葉子の主張は,いずれも否認ないし争う。
① 原告葉子と外部との連絡を遮断したという主張について
被告職員は,原告葉子が外部と連絡を取ることを制限したことはないし,原告葉子が原告夫婦や浜松市立東小学校の友達と連絡を取りたいと言ったこともなかった。原告夫婦の手紙を原告葉子に交付しなかったのは,原告夫婦の仕打ちを思い出して怖がっていた原告葉子の精神的安定を図るために採った当然の措置である。
② 情報を正確に伝えなかったという主張について
被告職員は,原告夫婦が原告葉子と会いたくないと言っているという虚偽の事実を原告葉子に伝えたことはないし,原告夫婦の面会希望を原告葉子に伝えなかったのは,原告夫婦の仕打ちを思い出して怖がっていた原告葉子の精神的安定を図るために採った当然の措置である。
③ 行き過ぎた管理行為があったという主張について
原告葉子が和光寮を無断外出したことはあるが,西部児童相談所では,実母である桃江に対し,原告葉子の様子を伝えて,できるだけ同原告と面会してくれるように勧めてきた。
和光寮で職員が児童へ暴行を振るったことはない。
また,西部児童相談所では,処遇を決めるにあたって,原告葉子の気持ちを尊重し,面接日程等についても事前に説明しているのであって,原告葉子に全く予定が告げられていなかったということはない。
なお,和光寮は,社会福祉法人和光会の施設であり,被告とは別人格である。
3 争点(3)について
(原告らの主張)
原告らは,違法な本件一時保護決定及び本件措置解除決定により,里親里子関係を一方的に断ち切られ,多大な精神的苦痛を被ったものであり,この精神的苦痛に対する慰謝料は,各250万円を下らない。
(被告の主張)
争う。
第4 当裁判所の判断
1 本件の事実経過
上記争いのない事実等に,証拠(甲3ないし6,8,9,15ないし17,乙3,4,証人夏川昭雄(以下「夏川」という。),同秋山薫,同冬木和夫,原告太郎本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。
(1) 本件一時保護決定に至るまでの経緯
原告夫婦は,平成11年12月16日,被告から里親認定を受け,平成12年3月25日,原告葉子につき,西部児童相談所長から,児童福祉法27条1項3号の規定による和光寮への入所措置を解除して,里親委託に変更する旨の措置変更決定により,里親委託された。
西部児童相談所の担当者は,平成15年6月10日ころ,原告夫婦宅を訪問したが,原告夫婦は,周囲には実子として育てているので,児童相談所にはなるべく訪問してほしくない旨を述べた。
このころ,原告夫婦間では離婚問題が生じていたことから,原告花子は,同年7月17日,原告葉子を伴って西部児童相談所を訪れ,離婚した場合に自分が原告葉子を引き取ることができるかという相談を持ちかけた。西部児童相談所では,原告葉子の面前で離婚話をすることによる原告葉子への悪影響を案じ,原告花子と同葉子に対し,しばらくの間,来所して相談を続けるよう求めた。
その後,原告夫婦間の離婚問題は解決したものの,原告夫婦から,離婚問題に巻き込まれた同葉子を心理的にケアしてほしいという依頼を受けたため,西部児童相談所は,同所の心理判定員である夏川を原告葉子の担当に付け,同年7月24日以降,継続的に,原告葉子に対するカウンセリングを行った。
夏川は,原告葉子と面会し,箱庭療法や遊戯療法などの心理検査によって,原告葉子の心理状態を観察し,その判定結果を踏まえて,原告夫婦に対し,原告葉子は,ストレスを自分の中にため込み,一気に不満を爆発させて衝動的な行動を取ってしまうところがあるので,気を付けるようにという助言をした。
上記カウンセリングは,5,6回程度行われたが,原告花子から終了の申出があり,原告葉子も落ち着いてきた様子であったため,同年12月17日に終了した。
(2) 本件一時保護決定及び本件措置解除決定
ア 原告太郎は,平成16年1月24日,原告葉子が宿題を終えていなかったにもかかわらず,終えたと嘘をついたとして,原告葉子に対し,その頭を平手で2回ほど叩いたものの,原告葉子が謝らなかったため,さらに6回ほど頭を叩き,原告葉子を玄関の外に出して,「もう帰ってくるな。」などと言って,玄関のドアを閉めた。
この後,原告葉子は,同日午後2時30分ころ,一人で西部児童相談所を訪れ,同所職員に対し,嘘をついたことを理由に原告太郎に叩かれ,家から追い出されたこと,これまでにも原告太郎から叩かれたり,押し入れに閉じこめられたりしたことがあり,怖いので原告夫婦宅に帰りたくないこと,ずっと和光寮に戻りたいと思っていたことなどを泣きながら話した。
そこで,西部児童相談所長は,児童福祉法33条1項に基づき,同日,原告葉子につき,本件一時保護決定を行い,一時保護先に原告葉子の一時保護を委託した。
西部児童相談所の職員は,同日午後4時ころ,原告夫婦宅を訪問して,上記原告葉子の言動及び本件一時保護決定を伝えた。これに対し,原告夫婦は,原告葉子を叩いたり押し入れに入れたりしたことがあることを認めたものの,厳しく叱るのは躾のためであって,虐待ではない旨を述べるなどした。
イ 原告花子は,平成16年1月26日午前8時30分ころ,興奮して西部児童相談所に来て原告葉子を帰すよう求め,後から原告太郎も来るとのことであったことから,西部児童相談所としては,同原告が来てから面接を開始することにしていたところ,同原告は,睡眠導入剤であるハルシオン6,7錠を酒と一緒に飲むなどして錯乱状態で来所し,原告花子とともに,同日午前9時ころから,こもごも,同所職員や所長に対し,原告葉子を返さない場合にはダンプで乗り込む,中国人を雇うなどと怒鳴りつけたり,職員につきまとったりして,原告葉子を返してくれるよう求めた。これに対し,西部児童相談所は,同日午後3時30分ころ,原告夫婦との面談を終了しようとしたが,原告太郎が,壁を手拳で殴打したり,原告夫婦が,原告葉子を返してくれるまで居座ると述べるなどしたため,警察官を呼んだ。原告夫婦は,同日午後6時30分ころ,警察官の説得に応じてようやく帰宅した。
原告夫婦は,翌日以降も西部児童相談所を訪れて,原告葉子の引渡しや面会を求め,原告葉子宛の手紙を託したりしたが,西部児童相談所がこのことを原告葉子に伝えたところ,原告葉子が怯えた様子を見せたことから,さらに不安を与えることがないように,以後,原告夫婦の面会希望や手紙を原告葉子に取り次がなかった。
また,西部児童相談所は,数回にわたって,原告葉子との面接を行ったが,原告葉子は,同太郎について,「小学校1年生の初めころは優しかったが,終わりころから段々と厳しくなり,勉強や生活のことでいろいろ言われるようになって,言うとおりにできないと,少し叩かれたり,蹴られたりした。」などと述べ,原告夫婦宅に戻ることを望むような発言をしていなかった。
ウ 西部児童相談所は,原告夫婦が同葉子に対して不適切な養育をしているとして,平成16年1月29日,ミニ処遇会議を開いて原告夫婦に対する里親委託措置を解除する方針を固めると,同措置解除の相当性について裏付けをとるため,同日,原告葉子に国立療養所天竜病院の精神科を受診させた。原告葉子は,上記病院において,原告太郎から叩かれたことなどを話し,身体的・精神的虐待による中程度のPTSDであるという診断を受けた。
西部児童相談所は,同年2月5日ころ,上記経緯を踏まえ,処遇会議を開き,原告夫婦に対する里親委託を解除することを決め,同月10日,同所長は,原告夫婦に不適切な養育がみられたことを理由に,原告夫婦に対する里親委託の措置を解除する旨の本件措置解除決定を行った。
原告葉子は,本件措置解除決定後,一時保護先を出て,再び,和光寮に入所した。
2 争点(1)について
(1) 本件一時保護決定について
ア 児童福祉法33条1項において,児童相談所長は,必要があると認めるときは,児童に一時保護を加えることができると規定されているところ,その必要性の存否の判断については,児童相談所長の合理的な裁量に委ねられており,その判断が著しく不合理であって裁量の逸脱又は濫用と認められる場合にのみ,当該一時保護決定が違法となるものと解するのが相当である。
そこで,これを前提にして検討するに,上記認定事実によれば,西部児童相談所長は,原告葉子が一人で西部児童相談所を訪れ,泣きながら里父の暴力等の虐待を訴えたことをもって,本件一時保護決定をしたことを認めることができるところ,児童が泣きながら児童相談所を訪れ,虐待を訴えるというのは希有な事態であって,その訴えが一応真実であるものとして,児童福祉法33条1項にいう,保護する必要があると判断をして,本件一時保護決定をしたものということができる。このような事情によれば,本件一時保護決定を行う必要があるとした西部児童相談所長の判断には相当な理由があり,その判断に裁量権の逸脱又は濫用があったと認めることはできず,本件一時保護決定が違法であるということはできない。
イ 原告らは,西部児童相談所が,原告夫婦に対する指導助言義務や調査義務を怠っていたため,本件一時保護決定が違法であると主張する。しかしながら,一時保護決定は,緊急時において,当該児童の身体の安全等を保護するための暫定的な措置であるから,そのための調査も迅速に行う必要があるというべきところ,上記アのとおり,西部児童相談所長が,原告葉子からの聴き取りのみをもって,一時保護決定をしたからといって,調査を怠ったものということはできないし,また,上記認定事実によれば,西部児童相談所は,原告夫婦からの依頼を受けて,継続的に原告葉子のカウンセリングを行い,原告夫婦に対して助言を与えていたのであり,必要に応じて,原告夫婦に対する一定の指導助言を行っていたと認めることができ,指導助言を怠っていたものということもできない。
(2) 本件措置解除決定について
ア 児童福祉法32条1項に基づき,同法27条1項3号の措置を採る権限を委任された児童相談所長が,同号の里親委託の措置を解除する判断については,児童相談所長の合理的な裁量に委ねられており,その判断が著しく不合理であって裁量の逸脱又は濫用と認められる場合にのみ,当該里親委託の措置解除決定が違法となるものと解するのが相当である。
そこで,これを前提にして検討するに,上記認定事実によれば,西部児童相談所長は,原告葉子が泣きながら虐待を訴えたという上記事情に加えて,①西部児童相談所の職員が,本件一時保護決定を伝えるため,原告夫婦宅を訪問した際,原告夫婦自身が原告葉子を叩いたり押し入れに入れたりしたことを認めたこと,②原告夫婦は,本件一時保護決定後,西部児童相談所において,長時間にわたって,平穏さを欠く態様で,原告葉子を返してくれるよう求め,特に原告太郎においては,睡眠導入剤を酒と一緒に飲むなどして錯乱状態で来所して,怒鳴りつけたり,壁を殴打したりしたことから,相当程度精神的に不安定であると見受けられたこと,③原告葉子は,原告太郎から,叩かれたり,蹴られたりしていたなどと述べ,原告夫婦宅に戻ることを望むような発言をしていなかったこと,④原告葉子は,病院の精神科において,虐待を原因とする中程度のPTSDであると診断されたことなどの諸事情に基づき,本件措置解除決定を行ったことを認めることができる。このような諸事情によれば,原告葉子につき,原告夫婦に対する里親委託措置を解除するとの本件措置解除決定を行うとした西部児童相談所長の判断には相当な理由があり,その判断に裁量権の逸脱又は濫用があったと認めることはできず,本件措置解除決定が違法であるということはできない。
イ 原告らは,西部児童相談所が,原告夫婦に対する指導助言義務や調査義務を怠ったため,本件措置解除決定が違法であると主張する。しかしながら,上記(1)イのとおり,西部児童相談所は,原告夫婦に対し,指導助言を行っていたということができるし,また,上記認定事実によれば,西部児童相談所は,原告らから事情を聴取し,原告葉子に精神科を受診させるなどの調査を行った上で,最終的な処遇会議を開き,同所長が本件措置解除決定を行ったことを認めることができるから,調査を怠っていたものということもできない。
また,原告らは,西部児童相談所が,本件一時保護決定後,原告葉子の原告夫婦宅に帰りたい旨の発言を無視して,本件措置解除決定をしたと主張するが,上記発言を認めるに足りる的確な証拠はなく,原告らの上記主張は採用できない。
(3) 原告夫婦は,原告夫婦と被告との間の里親業務委託契約に基づく指導助言義務及び調査義務を怠り,違法な本件一時保護決定及び本件措置解除決定を行った旨主張するが,上記(1)及び(2)のとおり,上記各決定が違法であるということはできないから,原告夫婦の上記主張には理由がない。
(4) したがって,本件一時保護決定及び本件措置解除決定はいずれも違法であるということはできないから,その余の点につき判断するまでもなく,争点(1)に関する原告らの主張は理由がない。
3 争点(2)について
(1) 確かに,原告葉子が主張するとおり(争点(2)についての同原告の主張中の①ⅰ,②ⅰ。)西部児童相談所は,本件一時保護決定以降,原告葉子に対し,原告夫婦の面会希望や手紙を取り次いでいなかったことを認めることができる(上記1の認定事実)。
しかしながら,上記1の認定事実によれば,西部児童相談所が上記の措置を採ったのは,原告夫婦に対して怯えた様子であった原告葉子に不安を与えないためであったのであるから,かかる行為が違法であるということはできない。
(2) 原告葉子は,和光寮の職員が原告葉子に対し,暴行を行った(同③ⅱ)と主張しており,原告葉子及び同原告の友人である北川藤子(以下「藤子」という。)の供述中には一部これに沿う部分がある(甲18,21)。
しかしながら,原告葉子及び藤子の上記供述は,主として,和光寮に入所している児童の間でもめ事があった際に和光寮の職員が仲裁に入った時のものであるところ,暴行の具体的態様に関する供述はあいまいであることや,これを裏付ける具体的な証拠もないことなどからすれば,原告葉子らの上記供述を採用することはできない上,その他に和光寮の職員による暴行の事実を認めるに足りる証拠はないから,原告葉子の上記主張は採用できない。
(3) その他,原告葉子は,被告職員による種々の不法行為があったことを主張するが(同①ⅱ,②ⅱ,③ⅰ,ⅲ),原告葉子が主張する事実を認めるに足りる的確な証拠はなく,いずれも採用できない。
第5 結論
以上のとおり,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 酒井正史 裁判官 矢作泰幸 裁判官 神原文美)