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静岡地方裁判所浜松支部 平成2年(ワ)181号 判決 1994年2月07日

原告

甲野一郎

甲野春子

甲野夏子

右原告三名訴訟代理人弁護士

田代博之

塩沢忠和

被告

株式会社X

右代表者代表取締役

X山一夫

右訴訟代理人弁護士

中村正之

右訴訟復代理人弁護士

熊田俊博

主文

一  被告は、原告甲野一郎及び同甲野春子に対し、各金八六三一万七八九二円及びうち金七八四七万二八九二円に対する平成二年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同甲野夏子に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成二年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は八分し、その七を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野一郎及び同甲野春子に対し、各金九九八六万五二六五円及びうち金九二〇二万〇二六五円に対する平成二年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同甲野夏子に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成二年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)、同甲野春子(以下「原告春子」という。)は、亡甲野秋子(以下「秋子」という。)の父母であり、原告甲野夏子(以下「原告夏子」という。)は、秋子の妹である。

(二) 秋子は、平成二年四月二五日、静岡県浜松市《以下略》所在のアパート「ハイツK」○○号室(以下「秋子方居室」という。)に入居したが、2で述べるとおり、同月三〇日、当時被告の従業員(営業課長)であった油井伸太郎(以下「油井」という。)によって、殺害された(以下「本件犯行」という。)。

(三) 被告は、建築、土木工事の請負及び不動産の売買、仲介などを目的とする株式会社であり、宅地建物取引業法(宅建業法)に定める宅地建物取引業者(宅建業者)である。

被告は、右のハイツKの所有者である甲田梅子(以下「甲田」という。)から、入居者の入居退去の手続及び各部屋の鍵の管理などの建物管理を委託されていた。

2  本件犯行の経緯

油井は、被告が管理している建物に入居中の独り暮らしの若い女性を襲って乱暴しようと計画し、被告の不動産管理課で保管されていた秋子方居室の鍵を複製し、その複製した鍵を使用して、平成二年四月三〇日午前四時三〇分ころ、右居室に侵入したが、目を覚ました秋子に抵抗されたので、これを殺害した。

3  被告の責任一(民法七〇九条)

(一) 被告は、秋子方居室となるハイツK○○号室の鍵三個のうち、建物管理用の一個は、被告の本社一階にある鍵付きの金庫室に保管していたが、入居者に渡す二個は、右本社一階にある不動産管理課内にある無施錠の保管ロッカー内に置き、被告の従業員であれば誰でも自由に取り出せる状態に放置していた。

(二) 油井は、被告に採用される以前の昭和五七年ころ保険金詐欺事件を起こして懲役三年の実刑判決を受けた経歴を有し、かつ、被告に採用された後も、被害総額六三〇〇万円に上る業務上横領及び詐欺事件を起こしていた素行不良な人物である。

しかし、被告は、昭和六一年八月一日、履歴書審査のみによって油井を従業員として採用し、被告の不動産管理業務に漫然と従事させたうえ、営業課長にまで登用した。

宅建業法一八条一項五号は、禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から三年を経過しない者は、宅建取引主任者としての登録を受けることができないと定めているのであるから、被告のような宅建業者としては、宅建取引主任者だけではなく、これを補助する他の従業員についても、採用にあたって、その前科の有無等を調査すべきである。

(三) 本件犯行は、右に述べた被告による秋子方居室の鍵の管理並びに油井の採用及び監督にあたって重大な懈怠があったために惹起されたものである。

(四) よって、被告は、民法七〇九条に基づき、本件犯行により原告らが受けた6記載の損害を賠償する責任を負う。

4  被告の責任二(民法七一五条)

(一) 油井は、前記のとおり、被告の従業員としての地位を利用して秋子方居室の鍵を持ち出して複製し、これを使用して秋子方に侵入して本件犯行を行ったものである。

(二) すなわち、油井は、被告の営業課長として在職中の昭和六三年ころから、被告の不動産管理課で保管している入居者の書類を見て入居者が若い女性であるかを調べ、同課で管理している若い女性の居室の鍵を、他の従業員のすきを見て持ち出しては浜松市内の業者で合鍵を作成し、このようにして作成した合鍵二〇ないし三〇個を所持していた。

油井が本件犯行で使用した秋子方居室の合鍵も、右同様の手口により作成したものである。

(三) このように、油井による本件犯行は、被告の従業員としての地位を利用し、その職務に伴って行ったものであり、被告の支配領域内のことがらであるから、被告の事業の執行につきなされたものというべきである。

(四) また、被告は、宅建業法に定める宅建業者として、免許行政庁の監督を受ける地位にあったことからしても、従業員が被告の管理する建物の入居者に対してなした不法行為について責任を負うべきである。

(五) よって、被告は、民法七一五条に基づき、本件犯行により原告らが受けた6記載の損害を賠償する責任を負う。

5  被告の責任三(予備的主張、民法四一五条)

被告は、(一)ないし(四)に述べるとおり、油井による本件犯行について、秋子に対する安全配慮義務違反の責任を負う。

(一) 契約関係にない当事者間における安全配慮義務

(1) 秋子は、ハイツKの所有者である甲田から、その○○号室を賃借した。

(2) しかし、現実には、秋子は、右賃貸借契約の締結に際し、甲田とは何らの接触を持たず、被告が、甲田との間の管理委託契約に基づいて、秋子との間の賃貸借契約の締結を始め、それ以前の入居者の募集及び物件の案内、入居後の賃料の徴収及び精算、建物の修繕並びに地元自治会との折衝に至るまで、賃貸人である甲田に代わって行うことになっていた。

(3) 一般に、直接の契約関係になくとも、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った者は、契約の当事者と同様の義務を負うべきである。

(4) 従って、(2)に述べた事情に照らすならば、被告は、秋子とは直接の契約関係にはなくとも、秋子に対し、本来は甲田が賃貸人として負う安全配慮義務を負うべきである。

なお、被告と甲田との右管理委託契約については、契約書作成の有無及び有償か無償かを問わず、被告は管理受託者としての責任を負うべきものである。

(二) 第三者のためにする契約

被告は、甲田との間の前記建物管理委託契約に基づいて秋子方居室の管理を全面的に受託したのであるから、当該契約の第三者である秋子に対し安全配慮義務を負ったというべきである。

(三) 重畳的債務引受

被告は、(二)と同様、甲田との間の建物管理委託契約に基づいて、甲田が秋子に対して負う安全配慮義務を重畳的に引受けたというべきである。

(四) 債権者代位

仮に、(一)ないし(三)の主張が採用されないとしても、秋子は、本件犯行について、甲田に対して建物賃貸人としての安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権を取得するところ、甲田は、被告との管理委託契約に基づいて、同人が請求された損害の賠償を被告に請求することができるのであるから、秋子、従って、その相続人である原告一郎及び同春子は、債権者代位権に基づき、被告に対して損害賠償請求をなしうるというべきである。

(五) 被告による安全配慮義務の不履行

前記のとおり、被告は、油井の選任監督について著しい懈怠があったのであり、この結果、本件犯行が惹起されたのであるから、秋子に対する安全配慮義務の不履行があったというべきである。又は、油井は、被告の従業員として、被告の履行補助者の地位にあった者であるから、油井による本件犯行について、被告は、秋子に対する安全配慮義務の不履行があったというべきである。

6  原告らの損害一(民法七〇九条、七一五条の場合)

(一) 逸失利益(一)

一億四二〇四万〇五三〇円

秋子は、昭和四〇年七月三日生まれの女性で、本件犯行直前の平成二年三月、国立浜松医科大学(以下「浜松医大」という。)の医学部を卒業し、同年六月から約二年間、同大学の小児科研修医となる予定であり、研修医終了後は、小児科医師として医療機関に勤務することが見込まれていた。

秋子が、静岡県内の病院に勤務すると仮定すると、その月収額は平均六八万四五四六円であるので、就労可能年数を50.5年とし、新ホフマン係数24.7019を用い、生活費控除の割合を三〇パーセントとすると、秋子の逸失利益の総額は、一億四二〇四万〇五三〇円となる。

(二) 逸失利益(二)(選択的主張)一億三五七四万五七八五円

秋子は、死亡当時二四歳であったので、その就労可能年数は六七歳までの四三年間となる。そして、医師の平均賃金である一一〇五万二三〇〇円を基礎とし、四三年間のライプニッツ係数17.5459を用い、生活費控除の割合を三〇パーセントとして、逸失利益を計算すると、一億三五七四万五七八五円となる。

(三) 原告らの慰謝料

合計五〇〇〇万円

本件犯行の態様及び結果等を斟酌すると、原告らの慰謝料は、原告一郎及び同春子について、各二〇〇〇万円、同夏子について一〇〇〇万円を下ることはない。

(四) 葬儀費用 二〇〇万円

(五) 弁護士費用 一五六九万円

(六) 原告一郎及び同春子は、秋子の相続人として、(一)又は(二)記載の損害賠償請求権を二分の一ずつ取得し、また、(四)及び(五)記載の各費用を二分の一ずつ支出した。これに(三)記載の慰謝料額を加えると、原告一郎及び同春子が本件犯行により受けた損害額は、それぞれ九九八六万五二六五円となる。また、原告夏子の受けた損害は、(三)記載の一〇〇〇万円となる。

7  原告らの損害二(民法四一五条の場合)

(一) 逸失利益

6の(一)又は(二)に同じ。

(二) 慰謝料 五〇〇〇万円

本件犯行の態様及び結果等を斟酌すると、秋子固有の慰謝料の額は五〇〇〇万円を下ることはない。

(三) 葬儀費用及び弁護士費用

秋子自身が受けた損害としても、6の(四)及び(五)と同じ額になるというべきである。

(四) 原告一郎及び同春子は、秋子の相続人として、(一)ないし(三)の合計額の二分の一ずつを取得した。

8  よって、原告らは、被告に対し、民法七〇九条、七一五条又は四一五条に基づく損害賠償請求として、原告一郎及び同春子について、各九九八六万五二六五円及びこのうち弁護士費用を除く各九二〇二万〇二六五円に対する本件犯行の日である平成二年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告夏子について、金一〇〇〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は知らない。

同1(二)の事実は認める。

同1(三)の事実のうち、被告の目的、被告が宅建業法上の宅建業者であること及び被告がハイツKの入居者の入居退去の手続に付随してその鍵を保管していたことは認める。

2  同2の事実のうち、油井が秋子を殺害したことは認めるが、本件犯行の動機、経緯及び態様等は知らない。

3  同3(一)の事実は認める。但し、鍵の保管ロッカーには施錠の設備はあるが、本件犯行のあった平成二年四月三〇日当時施錠されていたかは不明である。

同3(二)の事実のうち、被告が油井を従業員として採用し、その後営業課長に登用したことは認め、それ以前の油井の犯罪歴は知らない。被告は、油井を採用するに際しては、同人に履歴書を提出させたほか、面接を実施して、出自、家族歴及び職歴などを尋ねた。被告が、油井に前科があることを知ったのは本件犯行後の報道によってである。一般に、従業員の採用にあたって、その者の前科前歴を調査することは、プライバシー保護の見地からできないというべきである。

4  同3(三)及び(四)は争う。

本件犯行は、異常かつ希有な事案であって、その予見及び回避義務を被告に課すことは難きを強いるものである。油井の日頃の言動などからしても、被告が、油井の本件犯行を予見することは極めて困難であった。

また、油井は、当初から、若い女性を乱暴する目的で本件犯行に及んでいるのであって、被告において、いかに鍵を厳重に管理しようと、油井はその職務の過程で鍵を持ち出していたというべきであるから、被告は、本件犯行を回避することもできなかったというべきである。

仮に、被告の秋子方居室の鍵の管理に注意義務違反があったとしても、右のとおり、本件犯行の態様からして、被告における鍵の管理と本件犯行の発生との間には、高度の蓋然性があるとはいえないから、右注意義務違反と原告主張の損害との間には相当因果関係はない。

5  同4のうち、本件犯行が、被告の業務執行につきなされたものであることは争う。油井が秋子方居室に赴くことは油井の業務執行行為ではなく、本件犯行のなされた時刻及び場所に照らしても、被告の業務執行行為とはいえないことは明白であり、かつ、業務の執行と密接な関連を有しないことも明白である。

6  同5(一)について、安全配慮義務は債務不履行を理由とする損害賠償責任であるから、契約関係又はこれに準じる法律関係が介在することが必要であって、被告と秋子との間にはそのような法律関係は存しないから、被告が秋子に対し安全配慮義務を負う余地はない。また、被告と甲田とは、正式に管理委託契約を締結したことはなく、従って、契約書を作成したこともなく、被告は、アパートの建築主である甲田に対する無料のサービスとして、入居者に対する手続などを代行していたに過ぎない。

同(二)ないし(四)の主張はいずれも争う。

同(五)は争う。前記のとおり、本件犯行について、被告には予見義務、回避義務ともにない。

7  同6の損害額はすべて争う。特に、(一)及び(二)の逸失利益について秋子の生活費控除の割合を三〇パーセントとするのは不相当であり、また、(三)の原告らの慰謝料額はいずれも余りに高額というべきである。

8  同7の損害額もすべて争う。

三  抗弁(請求原因4に対して)

被告は、油井の選任及び事業の監督について相当な注意を尽くしており、また、油井による本件犯行については、相当の注意をしても予見及び回避できなかったものである。

四  抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(一)の事実は、《証拠略》により認めることができる。

同1(二)の事実は、当事者間に争いがない。

同1(三)の事実のうち、被告の目的、被告が宅建業者であること及び被告が秋子方居室の鍵を保管していたことは当事者間に争いがない。

二本件犯行の経緯について

油井が秋子を殺害したことは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。

1  油井は、本件犯行当時、被告の営業課長の地位にあった。

同人は、本件犯行の数年前から、水商売などでない若い女性を姦淫してみたいという願望ないし妄想を抱くようになり、単に空想するだけではなく、この願望を現実味のあるものにしようとして、被告の不動産管理課で管理している賃貸アパートの鍵を無断で持ち出して合鍵業者で合鍵を作成していた。同人は、右のようにして、本件犯行までに二〇ないし三〇個の合鍵を作成し、これを束にして持ち歩いていた。また、油井は、この他、強姦用の道具としてスタンガン、組紐、軍手、ガムテープ、タオル及び懐中電灯などを購入し、自己の車の中に準備していた。

2  油井は、平成二年四月一〇日ころ、被告の不動産管理課にあるホワイトボードに、ハイツK○○号室の移動表(後記のとおり、被告で管理する賃貸アパートの入居者の退去ないし交代を示す書類)が掲示され、入居者の欄に「乙川→甲野」と記載されているのを見て、右○○号室の賃借人が交代することを知って興味を覚え、同課で保管している右建物のファイルを見て、入居予定者が、年齢二四歳位の女性であること、浜松医大に勤務する予定であることを知り、このことから女医ないし看護婦など「素人の若い女性」であろうと想像し、姦淫願望の対象者に加えた。そして、油井は、後に述べるとおり、右の移動表にピンクの線が引かれて次の者が入居可能な状態に整備されたことを知り、新しいドアの鍵などが作られているであろうと考え、さらに、ハイツKが鉄骨造り二階建のアパートで、ドアチェーンの設備がないことを知っていたので、ドアの合鍵さえ作れば侵入できると考えた。

そこで、油井は、同月一四日ころ、昼休みで不動産管理課の職員が少なくなったころを見計らって、同課の鍵保管用のロッカーから右○○号室の鍵を無断で持ち出し、同日午後二時ころ、浜松市内の合鍵業者で合鍵一個を作成し、元の鍵はその日のうちに戻しておいた。

そして、油井が平成二年四月二五日ころ前記のホワイトボードを見ると、移動表が外されていたので、新しい賃借人である秋子が○○号室に入居したことを知った。

3  油井は、平成二年四月三〇日午前三時五〇分ころから自宅で飲酒していたが、秋子を姦淫したいという気持ちが強く起こり、車で秋子方居室に向かい、前記の合鍵を使用して侵入した。

秋子方居室は、1DKの構造で、入口のドアにはシリンダー錠が付いているが、前記のとおり、ドアチェーンは付いていなかった。

《中略》

油井は、《中略》秋子を殺害することを決意し、両手で秋子の首を締め付け続け、数分後に窒息死させた。

4  《省略》

三被告の業務、油井の職務及び鍵の管理状況等について

秋子方居室の鍵が被告の本社事務所において保管されていたことは、当事者間に争いがない。

争いのない右事実、《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、建築工事の請負などを目的として昭和五〇年六月二三日に設立された株式会社で、設立当初は、静岡県浜北市所在の被告代表者の住居に事務所を置き、建築の下請工事などをしていたが、昭和六〇年ころから、後記のとおり、建築後の建物管理一切を引き受けることを前提とした賃貸マンションないしアパートの建築で、急速に業績を伸ばし、昭和六二年一〇月一四日、本店の所在地を現在の浜松市高林に移し、浜北市の事務所は浜北支店とした。被告の資本の額も、設立当初は四〇〇万円であったが、昭和六二年七月七日、一億円まで増加し現在に至っている。

被告の組織は、本社には総務部、営業部、建設部、企画開発部及び観光部が、出先店として掛川支店(昭和六一年設置)、浜北支店(昭和六二年設置)、静岡支店(昭和六三年設置)及び藤枝営業所が置かれ、総務部には、総務課、資材管理課及び不動産管理課が置かれ、営業部には営業一課のみが置かれていた。総務部は、総務部長の丙里一夫が統括し、その下の各課には課長職はなく、不動産管理課は、係長の丁畑太郎が統括しており、営業部には部長職はなく、本件犯行当時、営業一課長の油井が統括していた。

本件犯行のあった平成二年四月当時、不動産管理課、営業部及び観光部は、別紙見取図記載のとおり、被告本社の一階に置かれ、不動産管理課と営業部との間には、仕切りなどはなく自由に行き来できる状態にあった。営業部は、従前は本社二階に置かれていたが、平成元年一〇月ころ一階に移った。不動産管理課の南側壁には、上下二段のホワイトボードが置かれ、北側には、書類や建物の鍵などを保管するロッカーが置かれていた。

2  被告は、昭和六〇年ころから、地主から賃貸アパートなどの建築を請け負い、その完成後は、地主に代わって入居者の募集、賃貸借契約締結の代行、その他の入居退去手続、賃料の徴収、建物の補修、退去時の精算、賃借人の苦情の処理及び地元自治会との折衝など建物管理の一切を行う方式による建物の建築及び管理の仕事を始めた。この方式は、土地は持っているが、自ら賃借人と交渉することを好まない地主の好評を博し、被告は多くの地主からアパート建築及びその後の建物管理の仕事を請け負うことができるようになった。被告は、右の方式のアパート建築を「大家さんは帳面を見るだけ」との歌い文句で進め、これによって業績を伸ばすとともに、会社の規模を拡大していった。

被告では、まず企画開発部において、予め建設する建物の規格ないし型態を定め、営業部において、地主の勧誘、建築請負契約の締結及び請負代金の徴収を行い、建設部において、請け負った建物を建築し、建物完成後は、不動産管理課において入居者の募集に始まる建物管理を行うことになっていた。

営業部の職員が、地主を勧誘する際には、地主に勧めているのと同じ規格の建物に案内し、実際にその建物の空き室に入って内部も見せることが多かった。その際、営業部の職員は、建物内部に入るために、不動産管理課から、その部屋の鍵を借り、使用後は同課の職員に返すことになっていた。

3  被告では、被告の管理する賃貸アパートを、建築したばかりの「新築物件」と、既に入居者のある「中古物件」とに分け、物件ないし部屋ごとに、前者については「新築物件予約受付表」という書類を、後者については「移動表」という書類を作成し、前記のホワイトボードに張り出しておき、これによって、入居を希望する顧客に対し、空室をすぐに探して紹介できるようになっていた。

移動表とは、葉書大の書面で、入居者から退去する旨の連絡があると、不動産管理課の職員が、これに、物件(建物)の名称や部屋番号、入居者名などを記載し、退去日が確定すると前記のホワイトボードに張り出し、退去手続が終了し入居可能となった時点で、物件名の上にラインマーカーでピンクの線を引き、次の入居者との間で建物賃貸借の「仮契約」が締結されると、従前の入居者名の右に矢印を記して入居希望者の名を記すことになっており、正式な賃貸借契約が締結され賃借人が入居すると、ホワイトボードから外し、既に入居者の決まった移動表をまとめておくための「決定クリップ」と記されたクリップに挾み込んで不動産管理課の事務机の上に置く、という一連の処理がなされていた。

また、賃貸アパートの賃貸借契約の締結に際しては、顧客或いは他の仲介業者が直接賃貸人と交渉することはなく、専ら、不動産管理課の職員が賃貸人に代わって交渉し、書類の作成、授受等を行い、契約が成立したときは、賃貸人に契約書等の書類と鍵一個を交付し(新築物件については、営業部の職員が賃貸人方に届けていた。)、賃借人には契約書等と鍵二個を交付し、賃借人から提出された入居申込書、住民票等の写し等の書類は不動産管理課のロッカー(別紙見取図のB、C)に保管されていた。

右ロッカーには、施錠の設備はあるものの、後記の鍵の保管ロッカーと同じく、営業時間外を含めて常時無施錠の状態に置かれ、さらに、営業時間中は、従業員がすぐに検索できるように扉は開け放たれていた。

そして、入居者が退去する日には、不動産管理課の職員が、その部屋に赴いて、鍵を受け取るとともに、部屋の点検・修理・掃除などを行って、次の者が入居可能な状態とした。

不動産管理課の職員が退去者から受け取った鍵は、次の入居者に渡すまで、同課で保管していた。

4  賃貸アパートの鍵は、三個一組で、賃貸人に渡す一個と賃借人に渡す二個からなっており、それぞれ建物名と部屋番号を記したプラスチック製の札が付けられていた。

賃貸人用の鍵は、新築物件については、賃貸人に渡すまでの間、賃貸借契約書などとともに透明なケースに入れ、被告本社一階の金庫室内の金庫に保管されており、中古物件については、賃貸人用の鍵や建物賃貸借契約書は、賃貸借契約締結から一週間ないし一〇日後に、被告の従業員が届けることになっており、それ以前は、不動産管理課において保管されていた。

賃借人用の鍵は、賃借人に渡されるまでの間、二個一組とし、不動産管理課北側のロッカー(別紙見取図のD)内に置かれた透明のプラスチック製のレターケース(保管庫)に建物ごとに分類されて保管されており、保管庫の各引き出しには、建物名が記されていた。しかし、保管庫には施錠の設備はなく、これを収納するロッカーには施錠の設備はあるものの、本件犯行当時は、営業時間外も含めて常時施錠されていない状態にあり、被告の従業員であれば、容易に鍵を持ち出すことができる状態になっていた。

不動産管理課には女子従業員が四人いたが、これらの者は、顧客からの電話での問い合わせなどに常時対応できるように、営業時間中は最低二名は同課に留まっているように指示されていた。

しかし、鍵の保管ロッカーは、別紙見取図のとおり、不動産管理課職員(係長の丁畑太郎を除く。)の机より後方(東側)に位置していたので、昼休みなどで人員が手薄になったときや右職員らが来客や電話の応対に当たっているときには、ロッカーに目が行き届かないことがあった。

なお、油井は、管理職として、一階南側にある通用口の警備システムを解錠する電磁気カードを持っていたので、営業時間外に自由に事務所内に立ち入ることができ、前記のとおり、鍵の保管ロッカーは営業時間外も施錠されていなかったので、自由に鍵を持ち出すことができる状態にあった。

5  賃貸アパートの管理は、不動産管理課の業務であるから、入居希望者に部屋を見せるための立入りは同課職員が行っていた。また、設備の修理・点検などのために居室に立ち入る必要があるときは、賃借人が入居した後において不動産管理課の職員が、入居者の了解を得て、入室していた。

右のとおり、賃貸アパートの各部屋及びその鍵の管理は、不動産管理課の仕事であり、営業部の権限外のことではあったが、油井は、日曜日や不動産管理課の職員が忙しいときに、不動産管理課の仕事を代行することもあり、同課職員に代わって、入居希望者に部屋を見せるために、同課で管理している鍵を持ち出し、当該部屋に入ることもあった。

また、油井は、営業課長として、被告の課長職らからなる「役職会」の構成員であり、右の会合に出席して、営業部だけではなく他の部課の問題についても打合せをすることがあった。

6  さらに、油井は、営業部の仕事の一環として不動産管理課で保管している書類などを見ることがあった。

すなわち、被告の請け負った賃貸アパートの請負代金の支払時期が当該建物の入居率と関連性を持つことから、油井を含む営業部の職員は、新築物件の入居率を知るために、毎日のように、不動産管理課のホワイトボードに掲示された新築物件申込受付表を見て、自己担当の建物にどの位の入居がなされたかを確認していた。また、地主の勧誘にあたって、どの程度の収益が見込めるかを説明するためにも、営業部の職員は、自己の担当外でも、他の建物の入居状況を把握するようにしていた。

また、営業部の職員は、賃貸人から、賃借人についての苦情を受けた際、又は受けないように、各賃借人の属性などを把握するために、不動産管理課で保管する入居者の関係書類を調べることがあった。そして、営業部の職員が、右の書類やホワイトボードを見ることについては、不動産管理課の職員は、特にその目的を質すことはせず、自由に閲覧させていた。

油井も、営業部が本社二階に置かれていた当時から、しばしば、不動産管理課にやって来ては、前記の書類を見るだけではなく、同課職員と、各入居者について、「この女はヤクザの二号じゃないか。」、「これは水商売の女じゃないか。」などと興味本意的な話をし、秋子についても「△△(原告らの住所地)の甲野なんて、ヤー公の娘じゃないか。」などと発言したことがあった。

油井が、このように不動産管理課で保管する入居者の書類を見て噂話をすることは、一時、被告社内で問題とされ、油井は上司から注意されたこともあったが、前記のとおり、営業部の職員が、仕事上、これらの書類を見る必要があったので、結局、禁止されることはなく、油井は、注意された後も、このような行動を続けていた。

7  油井は、右のように、ホワイトボードの掲示やロッカー内の書類を自由に見ることができることを利用して、若い独り暮らしの女性を探し出して姦淫願望の対象とし、不動産管理課の職員のすきを見ては、その者の部屋の鍵を持ち出して合鍵を作るということを繰り返していた。

8  ハイツK○○号室には、従前、秋子の友人の乙川桜子が入居していたが、同人が平成二年三月に退去することになり、これを聞いた秋子が乙川の後に入居することを希望したので、乙川は、平成二年二月二六日、被告の不動産管理課の職員にその旨を電話で告げた。

そこで、不動産管理課の職員は、○○号室の移動表を作成し、秋子に、入居手続のために被告事務所に来るように連絡した。秋子は、三月二二日、被告本社に赴いて仮契約をし、次いで、四月二四日、賃貸借契約を締結し(本契約)、○○号室の鍵を受け取った。なお、右の賃貸借契約の締結については、不動産管理課職員が貸主である甲田を代行した。従って、秋子は、貸主である甲田と直接接触したことは全くなく、また、油井が秋子と顔を合わせることもなかった。秋子と油井とは、本件犯行時まで一度も顔を合わせたことはなかった。

乙川は、平成二年四月一〇日、○○号室を退去したが、入居中に二個ある鍵のうち一個を紛失してしまっていたので、被告は、用心のために○○号室の鍵を取り替えることにし、鍵の業者に同月一一日の午前中に新しい鍵を取りつけさせ、従前の鍵は廃棄した。

○○号室の新しい鍵三個は、賃貸人用の一個と賃借人用の二個とに分け、それぞれに「ハイツK○○」と記したオレンジ色の札を付け、前者はビニール製の透明ケースに入れて四月一一日から同月二七日まで不動産管理課のAのロッカーの引き出し内に一時保管された後、四月二七日、一階金庫室内の金庫に移され、後者は、秋子に引き渡された四月二四日まで、前記の鍵保管ロッカー内の保管庫に収納されていた。

そして、○○号室の移動表は、平成二年四月一〇日ころからホワイトボードに掲示され、秋子が入居することが確定した時点で、前記のピンクの線が引かれ、四月二四日、賃貸借契約が締結されると、ホワイトボードから外され、前記の決定クリップに収められた。

9  秋子は、平成二年四月二五日、右○○号室に入居し、同月三〇日に殺害されるまで、一人で居住していた。

そして、前記のとおり、油井は、○○号室の移動表や入居申込書を見て秋子を知り、不動産管理課職員のすきを見て、同課で保管していた○○号室の鍵を持ち出して合鍵を作り、本件犯行に及んだものである。

10  ハイツKの賃貸人である甲田は、その賃借人らと顔を合わせることもなく、賃貸借契約書の作成その後の賃料徴収などの建物管理一切を被告に委託していた。

そして、甲田は、乙川が○○号室から退去することは聞いていたが、その後に秋子が入居することは知らされていなかったため、同部屋は空室になったものと思っていた。

四油井の経歴について

油井が本件犯行当時被告の従業員であったことは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。

1  油井は、昭和一七年三月一八日、浜松市で肥料会社を経営していた資産家の長男として生まれ、将来は父の後継者となるよう育てられたが、高校生のころから放縦な生活を始め、東京の私立大学に入学したものの学業不振などにより中退し、浜松市に帰って右会社に勤めたが、勤務態度も不良で会社の金を遣い込むなどしたため解雇され、その後、自動車販売会社に就職し営業の仕事をしていたが、車の販売に関して会社の金を遣い込んだことにより、昭和五〇年一二月三〇日懲戒解雇された。その後、油井は、職を転々とし、ブローカーなどをしたこともあったが、昭和五七年、仲間二人と故意に交通事故を起こした保険金詐欺を行い、昭和五八年一一月一日、静岡地方裁判所浜松支部において懲役三年の実刑判決を受け服役した。

油井は、昭和六〇年八月二二日、仮出獄したが、その後も、職を転々とし、またブローカーをしたこともあった。

前記肥料会社は、油井の実弟や実母が経営にあたっていたが、これまで、油井が勤め先で起こした不始末や多額の借金などの処理を度々強いられてきたため、実弟らは、現在では油井と義絶状態にある。

2  油井は、昭和六一年八月一日、被告の従業員として採用された。採用にあたって、油井は、履歴書を提出し、また、被告の専務取締役である戊山春夫による面接を受けた。

油井は、右の履歴書には、前記の大学を卒業したなどと虚偽の事実を記載したほか、詐欺罪で服役したこと、ブローカーをしたことがあること及び自動車販売会社を辞めた理由は申告せず、前記の肥料会社を辞めた理由は自己都合と説明した。

被告では、右のとおり履歴書を提出させ、面接をしたほかは、特に油井の身上経歴などを調査せず、また、履歴書記載の経歴が真実であるか否かの調査をしなかった。

また、前記の戊山も含め被告の取締役及び従業員全員は、本件犯行が発覚するまで、油井に前科や前記の不良な経歴があることを知らなかった。

3  油井は、被告に採用された後、営業部に所属し、地主を勧誘して賃貸建物の建築請負契約を取る仕事に従事したが、他の営業部員の二ないし三倍の成績を上げ、昭和六二年秋、営業部主任に昇格し、平成元年四月一日、係長を経ずに営業部の課長に就任した。被告は、油井の営業課長就任に伴い、油井を宅地建物取引業に従事する者として静岡県知事に届け出た。

被告の従業員の間では、油井の性格として短気で大言壮語することや酒癖が悪いことなどが指摘されていたが、前記戊山ら上司には、仕事熱心な有能な従業員と見られていた。

4  油井は、昇格に伴って歩合給制であった給与が減らされたことなどに不満を持ち、また、被告における金銭管理が杜撰であることに目をつけて、昭和六二年ころから、顧客から受け取った代金などを着服したり、顧客に不必要な金員を支払わせるなどして、被害総額約六三〇〇万円に上る業務上横領及び詐欺を働いた。

右詐欺等は、本件犯行後に発覚し、油井は、右各事件でも起訴され、秋子に対する殺人及び強姦未遂事件と併合され、実刑判決を受けた。

五民法七〇九条の不法行為責任について

1  請求原因3(一)の鍵の管理の点について

前記三で認定したとおり、被告においては、賃借人用の鍵は、賃借人に引き渡されるまで不動産管理課のロッカーに保管されていたものの、同ロッカーは営業時間外も含めて無施錠の状態にあり、同課の職員が少なくなった昼休みなどには、被告の従業員が比較的容易に持ち出すことができ、実際、油井もそのようにしてこれを持ち出して合鍵を作っていたものである。

こうしたことからすると、被告による賃借人の鍵の管理には杜撰な面があることは否定できない。

しかし、不動産管理課は、別紙見取図記載のとおり、カウンターやロッカーなどで、顧客など社外の者が出入りする場所とは区切られており、また、営業時間中は不動産管理課の職員が最低二名在室するよう定められており、本件犯行は姦淫目的に自分が勤める会社で管理する顧客の鍵を持ち出し合鍵を作って侵入するというかなり特異な犯罪であって、一般にその予見が困難であったことを考え併せると、右鍵の管理と秋子の死との間には、相当因果関係を欠くというべきである。

よって、この点を理由とする原告の主張は理由がない。

2  同3(二)の油井の採用の際などの注意義務違反について

前記四で認定したとおり、油井は実刑前科、懲戒解雇などの不良な経歴を有し、被告採用後も横領などを犯したものであるが、被告は、これらの事実を把握していなかったものである。

しかし、被告において油井の採用・監督について至らない点があったとしても、そのことが直ちに油井による本件不法行為(殺人行為)の発生を予見し得る事情とはならないから、被告の過失を肯定することができない。

3  従って、その余の点について判断するまでもなく、被告は、原告らに対し民法七〇九条に基づく不法行為責任を負うものということはできない。

六民法七一五条の使用者責任について

1 前記三で認定したとおり、油井は、本件犯行当時、被告の営業部課長の地位にあり、営業部職員の仕事には本件アパートの居室や鍵の管理は本来含まれていなかったものである。

しかし、右三で認定した各事情、すなわち、被告の管理する賃貸アパートの居室にかかる賃貸借契約又は管理のため当該居室に立ち入ることは不動産管理課職員の職務であるところ、油井は、しばしば不動産管理課の業務を代行し、その際には、同課で管理している鍵を持ち出して居室に立ち入ったことがあったこと、入居中の居室であっても、油井が同課の業務を代行中に管理上の必要が生じれば、当該居室に立ち入るに至る筋合であること、油井に限らず営業部の職員は請負契約の勧誘に際し地主らに完成した他の建物を見せるためにその鍵を使用して居室に立ち入ることがあったこと、油井は営業部の課長として他の部課の問題についても配慮すべき地位にあったこと、そして、本件犯行は、油井が職務上知り得た情報に基づいて、職務上取り得た手段を行使して行われたものであることを総合すると、油井が秋子方居室の鍵を持ち出し、これを利用して同居室に立ち入った行為は、油井の職務と密接な関連を有し、外形上被告の事業の執行行為に該当するというべきである。

そして、油井は被告の事業の執行について本件犯行に及んだものであるから、被告は、油井の右行為について使用者としての責任があることになる。

2  被告の抗弁について

前記三で認定した、被告における賃借人用の鍵の管理状況、すなわち、施錠設備のない保管庫(レターケース)に収納され、保管庫を収めたロッカーは営業時間外も含めて常時無施錠の状態にあって、油井ら営業部の職員であっても不動産管理課の職員のすきを見て容易に持ち出すことが可能であったこと、また、不動産管理課に属しない油井が同課で保管する書類を見たり、それに伴って入居者らの噂話をすることが黙認されていたこと、被告社内で鍵の管理や顧客のプライバシー保護などについて充分な指導教育がなされた事実が認められないこと、並びに、前記のとおり、油井による業務上横領などが見過ごされていたことなどからすると、被告は、油井の業務執行の監督について相当の注意をしたとはいい難い。従って、被告の抗弁は採用できない。

被告は、民法七一五条一項に基づいて、原告らが本件犯行により受けた損害を賠償すべき義務を負う。

七請求原因6(損害)について

1  逸失利益

一億三五七四万五七八五円

当事者間に争いのない事実、《証拠略》によると、秋子は、昭和四〇年七月三日生まれの女性で、本件犯行当時二四歳であったこと、秋子は、平成二年四月に行われた第八四回医師国家試験に合格し、本件犯行により死亡しなければ、同年五月から一年間、浜松医大の有給の研修医となり、その終了後は勤務医となることが見込まれていた事実を認めることができる。

そうすると、秋子の就労可能年数は六七歳までの四三年間であると認められ、《証拠略》によると、平成二年当時の医師の平均年収は一一〇五万二三〇〇円であると認められるので(男性医師と女性医師の年収とを区別すべき事情は認められない。)、これに、就労可能年数四三年のライプニッツ係数である17.5459を乗じ、うち三〇パーセントを生活費として控除すると、秋子の逸失利益は、一億三五七四万五七八五円となる。

2  慰謝料

原告一郎、同春子 各一〇〇〇万円

原告夏子 五〇〇万円既にみたとおり、本件は巧妙、悪質、残虐な殺人事件であり、被害者である秋子には何らの落ち度がないこと、《証拠略》によると、秋子は医師国家試験に合格し、将来を期待されていたこと、被害者に対する慰謝がほとんどなされていないこと、本件発生後、秋子について事実無根の中傷的な噂が流布されたことなどの事実が認められること、これらの事情に照らせば、原告らの受けた精神的な苦痛は甚大であったと認められるので、慰謝料としては右金額を相当と考える。

3  葬儀費用として、一二〇万円を相当と考える。

4  弁護士費用

合計一五六九万円

弁論の全趣旨によると、原告一郎及び同春子は、本件の弁護士費用として合計一五六九万円を支出したと認められるところ、本件事案の内容に照らし、右金額を相当と認める。

5  原告一郎及び同春子は、秋子の相続人として、1の逸失利益一億三五七四万五七八五円の二分の一である六七八七万二八九二円をそれぞれ相続により取得し、3及び4記載の費用の合計額である一六八九万円の二分の一である八四四万五〇〇〇円をそれぞれ支出したものであり、さらに2記載の各一〇〇〇万円の遺族固有の慰謝料請求権を取得したものである。

6  よって、原告一郎及び同春子は、被告に対し、民法七一五条一項に基づく損害賠償請求として、それぞれ、右の合計額である金八六三一万七八九二円及びうち弁護士費用を除く七八四七万二八九二円に対する本件犯行の日である平成二年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、同夏子は、同じく民法七一五条一項に基づく損害賠償(慰謝料)請求として、金五〇〇万円及びこれに対する本件犯行の日である平成二年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める権利を有する。

八結論

よって、原告らの請求は右の限度で理由があるので、この限りで認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蘒原孟 裁判官山川悦男 裁判官松田浩養)

別紙見取図《省略》

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