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静岡地方裁判所浜松支部 平成20年(わ)246号 判決 2009年2月16日

主文

被告人を懲役3年6月に処する。

未決勾留日数中190日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,飲食店甲の従業員に飲酒を強制して強度の酩酊状態に陥らせようと企て,平成20年5月7日午前2時47分ころから同日午前3時10分ころまでの間,a市b番地所在の同店において,同店従業員のVに対し,「飲め。早く飲め。」,「うちの店来て,お前ら飲ませたんだろ。」,「うちの従業員を痙攣するまで飲ませたじゃねえか。」,「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」,「何酔った振りしてるだ。まだ飲めるだろ。」などと怒号して飲酒を強制し,同人をして1リットルを超える焼酎(アルコール度数20度)をストレートで飲酒させ,よって,そのころ,同店において,同人を急性アルコール中毒による心肺停止状態に陥らせた上,同月14日午後6時20分ころ,同市c番地所在の○○病院において,前記傷害に基づく脳障害により死亡させた。

(証拠の標目) 省略

(事実認定の補足説明)

1  争いのない事実関係及び本件の争点

(1)  本件において,被告人が,公訴事実記載の日時,場所においてV(以下「被害者」という。)に対し,「飲め。早く飲め。」,「うちの店来て,お前ら飲ませたんだろ。」,「うちの従業員を痙攣するまで飲ませたじゃねえか。」,「何酔った振りしてるだ。まだ飲めるだろ。」と発言して飲酒を要求したこと,公訴事実記載の約23分間に被害者が1リットルを超える焼酎(アルコール度数20度)をストレートで飲み,急性アルコール中毒による心肺停止状態に陥って,同傷害に基づく脳障害により死亡したことについては争いがなく,関係証拠によって認定できる。

(2)  もっとも,被告人は,起訴状にある「お前らも痙攣させるまで飲ませるぞ。」との発言はしていないし,上記争いのない一連の発言も,怒号ではなく,被害者に飲酒を強制したことはないとか,被害者を極度の泥酔状態に陥らせようと企てたことはないなどと述べ,弁護人も,これを受けて,被告人は被害者に飲酒を強制していないから,被告人の行為は傷害の実行行為には該当しないし,被告人には傷害の故意がなかったとして,無罪を主張している。

(3)  公判前整理手続を経て確認された本件の争点は,被告人の行為が傷害の実行行為に該当するか否か,被告人に傷害の故意があったと認められるか否かである。そこで,以下,関係各証拠によって,判断の前提となる事実を認定した上で,当裁判所が,前記の罪となるべき事実により被告人が傷害致死罪の責任を負うと判断した理由について説明する。

2  前提となる事実

関係各証拠によれば,以下の各事実を認めることができる。

(1)  本件に至る経緯

ア 被告人は,かつて暴力団組員として活動していた時期もあったが,その後,いわゆるホストクラブの従業員として稼働するようになり,本件当時は,平成20年2月に開店したa市内のホストクラブ乙で,従業員の指導や店のもめ事に対応するいわゆる相談役を務めていた。

イ 同市内にある別のホストクラブ甲の店長A,同店従業員B及び被害者らは,Cが,同店を無断欠勤して辞めた上,同じ市内に開店した上記乙で勤務し始めたことを知り,同年2月17日,Cに酒を飲ませて説教をする目的で乙に行った。

Aらは,乙に客として入店後,Cに対し,無断で甲を辞めて乙で勤務していることに関して説教するとともに,Bが中心となって,Cに対し,約1時間で,焼酎△△(アルコール度数20度。なお,本件時に被害者が飲んだものも同じ銘柄と度数であるから,以下,単に「焼酎」とは,これを指す。)をストレートでボトル1本(約700ml。以下,ボトル1本当たりの容量は同じ。)ないし1本半程度飲酒させた。そのため,Cは強度の酩酊状態に陥ったが,被告人もその当時乙店内にいて,Cが床に倒れて痙攣したり,おう吐したりしている状況を見ていた(以下,この日のことを,説明の便宜上,「Cの一件」という。)。

ウ 被告人は,乙の開店後間もない時期にAらが自分の店の従業員に飲酒を無理強いしていることに不快感を抱いたが,Aに対し,今後Cの面倒は乙で見ていくので,無断移籍の件についてはこれで終わりにし,開店祝いに改めて来店してくれればよいなどと告げ,Aもこれを了承したことから,その場は収まった。

エ 被告人は,平成20年5月6日午後10時ころから,乙の店長であるDや同店従業員のEらと乙店内やa市内の飲食店で飲酒した後,翌7日午前2時すぎ,知人のFを電話で呼び出して合流させ,次の店を探すために同市d町界隈を歩いていた。そして,被告人らは,同日午前2時30分ころ,d町の路上で甲従業員の被害者及びGに会い,甲が開店していることを知って,同店に行くこととした。

被告人は,甲に行く途中,同店のAやBらが前記Cの一件以降開店祝いに来ていないことを思い出し,この際,Cを酔いつぶしたBらにも同じように飲酒させようと考え,同日午前2時40分ころ,D,E及びFら総勢8名で,甲に入店した。

オ なお,被害者は死亡しているため,同人の被告人に対する認識を直接裏付ける証拠に乏しいが,少なくとも,甲従業員のAやBは,被告人をその風ぼうから怖い人だと認識しており,元暴力団組員であって,粗暴な行動に出たこともあるとの噂を聞いていた。また,乙の店長Dは,被告人から元暴力団組員であった旨を聞き,また,乙の従業員が被告人から殴られたことが複数回あったことから,被告人に対しては,怖くて逆らえないとの思いを抱いていた。

そして,Dら乙関係者は,同年5月6日夜に同店内で打合せをしている際,被告人から酒席に付き合わされ,Dらが酒を飲めないでいると,被告人は,「俺の酒が飲めないのか。トイレに行くな。」と怒鳴って飲酒を強要するなどしたが,Dらは,被告人に対し文句を言えない立場にあったため,翌7日にかけて,嫌々ながら被告人と行動を共にしていた。

(2)  甲入店後の状況等(以下,この項における日付は,平成20年5月7日である。)

ア 被告人は,Gから店の出入口付近の席に案内されると,ボックス席ソファーの中央に座り,同行していたDら7名は被告人を囲むようにして座った。被告人は,席に着くなり,BGMが流れていた店内(広さ約68.85m2)の奥まで響き渡る大声で「Bを呼べ。」と怒鳴った上,Gに対し,「△△2,3本持ってこい。俺らはオレンジジュース。」などと言った。被告人は,Gがアイスペールを運んでくると,「アイスなんていらん。割りものはいらん。」などと言って下げさせた。また,被告人は,Dら乙の従業員に対して「お前ら何も言うな。」と言ったため,Dらは,被告人の剣幕に萎縮し,それ以降,被告人の言動を制止することもなく,沈黙してしまった。

その後,被告人は,Bを呼び付け,同人にグラス(容積約234ml)を持ってこさせて,自分の正面の席に座らせた。被告人は,午前2時45分ころ,約1メートル程の距離にいたBに対し,前屈みになり眉間にしわを寄せてにらみを利かせながら,「お前,うちの従業員に何したか分かっているんだろうな。うちの従業員は痙攣するまで飲まされた。同じようにしてやる。」,「飲めよ。」などと怒鳴り,Bのグラスほぼ一杯に焼酎を注ぎ込んで,同人に対して飲酒を強く迫った。そして,被告人は,Bが焼酎を一気に飲み干した後,同人が事情を説明しようとするのを「うるさい。」などと怒鳴って遮り,再び同人のグラスに焼酎を注ぎ込んで,「飲め。早く飲め。」などと怒号して,飲酒を迫った。

Bは,2杯目を飲み干した後,トイレに吐きに行くために席を立とうとしたが,被告人に制止されたため,この時点ではトイレへ行くことができなかった。

イ 被告人は,Bに焼酎を飲ませ始めた2,3分後の午前2時47分ころ,テーブルにお通しを運んできた被害者の姿を見て,同人もCの一件の際に乙に来ていたことを思い出し,被害者に対しても,飲酒させようと考えて,同人をBの右隣に座らせた。

被告人は,被害者のグラスにも焼酎をなみなみと注ぎ込んで「飲め。」,「モサつけに来たじゃないか。」,「うちの店来て,お前ら飲ませたんだろ。」,「お前らも同じ目に遭わせてやる。」などと怒号して,飲酒を迫った。その後,被告人は,被害者が焼酎を一気に飲み干し,苦しそうな表情をしていたにもかかわらず,矢継ぎ早に被害者のグラスに焼酎を注ぎ込み,怒号しながら更に飲酒を命じた。

そして,被告人は,被害者らの焼酎を飲むペースが落ちてきた際には,被害者らがグラスを自分の手元に寄せて焼酎を注がれないようにする仕草をしていたにもかかわらず,焼酎のボトルを逆手で持ったり,左右の手に持ち替えたりして威嚇しながら,酒を飲むように要求した。その後,Bは,被告人が被害者に話し掛けるなどした隙をついて,吐くためにトイレに駆け込んだが,その際,被告人は,大声で「何処行くだ。座ってろ。勝手にトイレ行くんじゃねえ。」,「席を立つな,連れ戻せ。」などと怒鳴り,Bがトイレに行くのを制止しようとした。

ウ 状況を見兼ねた甲の店長Aが駆けつけ,Bの隣に座り,被告人に対して,Cの一件については解決済みのはずであるから,勘弁して欲しい旨を説明した。しかし,被告人は,Aの説明に激昂し,同人に対しても「ケジメつけろ。てめーら筋通せや。」などと因縁を付けて飲酒を要求するとともに,大声を張り上げたり,テーブルを手で叩いたりしながら,「お前らうちの店のオープンの日にモサつけたじゃねえか。うちの従業員はお前らに痙攣するまで飲まされたんだぞ。」,「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」などと怒号し,Aが手を出して制止するのも振り切って,Bや被害者のグラスに焼酎を注ぎ込んでは,繰り返し飲酒を命じた。

被告人は,途中,被害者が席を立とうとした時には,「勝手に席を立つんじゃねえ。勝手にトイレ行くんじゃねえ。」と怒鳴りつけて制止した。そのため,被害者は萎縮し,被告人に命じられるまま焼酎を飲み続けていたが,ストレートでグラス4,5杯程度飲まされたころからは,座ったまま下を向き,体を前後に揺らすような状態になった。被告人は,なおも被害者に対し,「何酔った振りしてるだ。まだ飲めるだろ。」,「寝てんじゃねえ。飲め。」などと怒号して,被害者のグラスに焼酎を注ぎ込み,被害者がグラスに口を付けるまで怒鳴り続けた。

エ 被告人が繰り返し飲酒を命じた結果,被害者は,約23分間に,1リットルを超える焼酎をストレートで飲酒していたが,その間,被害者は専ら飲酒を続けるのみで,特に言葉を発することもなかった。

被害者は,午前3時10分ころ,体を揺らして後ろに倒れそうになり,Gら甲の従業員に抱えられて,同店の更衣室に運ばれた。その際も被告人は,「連れて行くんじゃねえ。」,「ウチは痙攣させられている。スジ通せや。」などと怒号していた。その後,被告人は,なおもAと口論し,Bに土下座させるなどした後,午前3時30分ころ,Dら7名を引き連れて退店した。

(3)  被害者が死亡した経緯等

被告人らが退店した後,Gが被害者の様子を確認したところ,被害者は,脈がなく呼吸も止まっていることが判明した。被害者は,平成20年5月7日午前3時55分ころ,心肺停止状態のまま,救急車でa市内の○○病院に搬送され,いったん蘇生したが,その後,脳死状態となり,同月14日午後6時20分ころ,脳障害により死亡した。なお,救急搬送された直後の被害者の血液からは,推定値として約650mg/dl(6.5mg/ml)の血中アルコール濃度が検出されているが,同濃度が4.0mg/mlを上回ると意識障害,腱反射の消失,体温低下,死亡の症状が現れるとされている。

3  前提となる事実に対する弁護人の主張について

(1)  弁護人は,被告人が被害者に対し,「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」などと,痙攣させるまで飲ませる旨の発言をしたことはないと主張する。

しかしながら,Bら甲の従業員のみならず,たまたま同店の客として居合わせたH,被告人に同行していた乙のD及びFにおいても,被告人が,かつてCが痙攣するまで飲酒させられたことを引き合いに出して,被害者及びBに対してもCと同じ目に遭わせてやるなどと発言していた旨をそれぞれ証言ないし供述している。被告人とこれらH,D及びFらとの関係を踏まえると,同人らがあえて虚偽を述べて被告人を陥れようとしているとは考え難く,また,それぞれが勘違いや記憶違いによって上記証言ないし供述をしているともいい難い。

また,被告人が,被害者らに対し,「アイスなんていらん。」,「飲め。早く飲め。」,「うちの店来て,お前ら飲ませたんだろ。」,「うちの従業員を痙攣するまで飲ませたじゃねえか。」などと発言したことについては,被告人も特に争っていないところ,これらの発言に加えて「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」と発言したとしても,乙における被告人の立場に照らして,何ら不自然ではないことからすると,上記Dらの証言ないし供述は,その内容においても自然かつ合理的であって,十分信用に値するというべきである。

さらに,被告人自身も,公判廷で,「痙攣させるまで飲ませるぞという文言で口にしたかと言ったら,してないと思います。」と供述する一方で,「同じように飲めとは言いました。」と供述していることも併せ考えると,少なくとも,被告人が,被害者らに対して「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」などと,被害者を痙攣させるまで飲ませる旨の発言をしたことは,優に認定できる。

(2)  また,弁護人は,被告人の一連の発言が怒号ではないと主張する。

しかしながら,Aら甲の従業員のみならず,前記HやD,E及びFにおいても,被告人は被害者らに対して大声で怒りながら飲酒を迫っていた旨を一致して述べているところ,これらの証言ないし供述が信用できることについては,上記(1)で判示したところと同様である。加えて,被告人自身も,捜査段階において,被害者らに対して「飲め」,「勝手に席立つな。」と怒鳴った旨の供述をしていることにも照らすと,一連の発言が怒号ではないとする弁護人の主張は,到底採用することができず,被告人が被害者らに対して怒号しながら飲酒を迫ったことも優に認定できる。

4  争点についての判断

(1)  傷害の実行行為性

ア まず,被害者の本件飲酒行為が傷害罪にいう傷害結果,すなわち人の健康状態の不良変更等生活機能に障害を与えることについての現実的危険性を有するものか否かについてみると,前記のとおり,本件において,被害者は,約23分間に,アルコール度数20度の焼酎をストレートで1リットルを超えて飲酒し,最終的な血中アルコール濃度が6.5mg/mlにも達していたことが認められる。このように短時間で多量の飲酒をした場合には,強度の酩酊状態に陥り,感覚麻痺,意識障害,おう吐等の症状が現れる危険性は極めて高いというべきであるから,被害者の本件飲酒行為が,前記傷害結果の発生する現実的危険性を有することは明らかである。

イ そこで,次に,被告人が被害者をして短時間に多量の飲酒をさせた行為が,傷害罪の実行行為に該当するか否かについて検討する。

この点,被告人が被害者らに飲酒をさせることとなった経緯及び飲酒を求めた際の被告人の言動については,前記「2 前提となる事実」の項で判示したとおりであるが,主要な部分を取り出すと,以下の6点を指摘できる。すなわち,被告人は,①BらがCの一件後も乙を訪れていなかったことから,この際仕返しをしてやろうと思い立ったこと,②甲店内で席に着いた後,身を乗り出して,Bや被害者をにらみ付け,同人らのグラスに焼酎を注いだ上,「うちの従業員を痙攣するまで飲ませたじゃねえか。」,「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」などと怒号して,飲酒を命じたこと,③Bが,Cの一件は既に解決済みである旨説明しようとしても,「うるさい。」などと怒鳴ってそれを遮り,また,Aが手を差し出して制止し,被害者らが飲酒を拒む素振りを示していたにもかかわらず,同人らが飲み干すと,矢継ぎ早に焼酎を注ぎ足して,「飲め。」などと怒号していたこと,④Bや被害者がトイレに行こうとすると,「勝手にトイレ行くんじゃねえ。」などと怒鳴って,これを制止しようとしたこと,⑤Bや被害者の飲酒のペースが落ちてくると,焼酎の瓶を逆手に持ったり,テーブルを叩いたりしたこと,⑥被害者が酩酊して座ったまま体を前後に揺らしているにもかかわらず,「何酔った振りしてるだ。」,「寝てんじゃねえ。飲め。」などと怒号して,被害者に更なる飲酒を命じ,同人が更衣室に運び込まれる際にも,「連れて行くんじゃねえ。」などと怒鳴っていたことがそれぞれ認められる。

このような被告人の一連の言動からすれば,本件において,被告人は,被害者を強度の酩酊状態に陥らせようとの意図の下,嫌がる被害者に対し怒号による威迫を加え,飲酒を命じたものと認められる。そして,被告人よりも5歳年下で,甲の一従業員にすぎなかった被害者が,客として来店した乙の相談役でもある被告人からの飲酒の要求を断ることは,もともと困難な状況であったことに加え,被害者においても,被告人と共に来店した乙の従業員らが萎縮して黙り込んでいる姿や,甲の店長Aが被告人から怒鳴りつけられている様子等から,被告人を「周囲から恐れられている人物」であると認識していたと推認されることを併せ考えると,被告人から上記のような強い威迫を受けた被害者は,もはや被告人が命じるまま短時間に多量の飲酒をするほかないとの精神状態に陥った上で,本件飲酒行為に及んだというべきである。

このように,被告人は,被害者を威迫により上記のような精神状態に陥らせた上,同人をして,傷害結果発生の現実的危険性を有する行為に及ばせたものであるから,被告人の行為は,傷害罪の実行行為に該当するというべきである。

ウ これに対して,弁護人は,①被告人は,被害者に対して暴力を振るっていないし,テーブルを叩いたのもAの態度に立腹したためであって,被害者を脅かすためではなく,外に飲酒を断った場合に被害者に対して危害を加えるなどの害悪の告知もしていない,②被害者は,ボックス席の外側にいて誰からも移動を阻止される状況ではなく,また周囲には甲の従業員らがいたから,被害者は飲酒を断ろうと思えばできる状況にあった,③被告人は,当初から被害者らが謝罪をすれば許すつもりであったから,被害者らは謝罪をすることで飲酒を回避することができた,④被告人が「トイレに行くな」と言ったのは,勝手に席を立つのは失礼であると考えたからであり,被害者は席を立ってトイレに行くこともできたとの各点を主張し,結局,被害者は,Cの一件での負い目もあり,今回は被告人の求めに応じて酔いつぶれることで事が収まるのであればそれでよいと納得して,自らの意思で飲酒したものであるから,被告人の行為に傷害の実行行為性はない旨主張する。

そこで,まず①及び②の点についてみると,確かに,被告人は被害者ら甲側の人間に対して,直接の暴行を加えたり,飲酒を断った場合に危害を加える旨を具体的に告知したりした事実は認められず,また,着座位置からして,客観的には被害者の離席の自由が阻害されていたわけでもない。その意味で,被害者が焼酎を飲む行為自体には,被害者の意思による部分が残っていることは否定できない。しかしながら,他方で,前記のとおり,被告人は,被害者らをにらみ付け,焼酎の瓶を逆手に持ったりした上,いかなる趣旨にせよテーブルを叩くなどの行動を示しながら,間近にいる被害者に対して怒号しながら飲酒を命じたものである。これに,前記のように被害者は被告人との関係で弱い立場にあったことを踏まえると,被害者において,被告人の意向に逆らうと何らかの危害を加えられるとの恐れを抱き,被告人の命令に従って飲酒するほかないとの精神状態に陥るのは誠にやむを得ないのであって,被害者が焼酎を飲もうとする意思には,真意に反する重大な瑕疵があるというべきである。このことは,本件現場に居合わせたG,B,E,I及びFらが,本件状況下で被告人から飲酒を命じられたら誰も断ることはできない旨一致して証言ないし供述していることに照らしても明らかというべきであって,本件当時の被害者が飲酒を断ろうと思えばできる状況だったなどという弁護人の主張は,採用することができない。

また,③の点についても,被告人は,入店して席に着くなり「Bを呼べ。」と怒鳴り,焼酎を2本ないし3本注文し,氷を下げるように指示して,席に着いたBに「飲むのか,謝るのかどっちだ。」と命令口調で言っていること,Bがためらいながら焼酎の一気飲みをした後に,被告人は,Bが事情を説明しようとするのを怒鳴って遮り,再び飲酒を迫っていること,その後,被告人に命じられて席に着いた被害者に対しても,「お前らも同じ目に遭わせてやる。」などと怒号して飲酒を迫って以降,少なくとも被害者が更衣室に運び込まれる前の段階では明示的に謝罪を要求していないことからすれば,被告人が被害者ら甲側の人間から謝罪があれば許すつもりであったとは認められず,仮に被害者らが謝罪の言葉を述べたところで飲酒を回避できたなどとは考えられない。

さらに,④の点についてみても,被告人自身,公判廷で,「もし,トイレに行きたいとか,ちょっと失礼しますと断りを入れたら,どうするつもりだったんですか。」との問いに対し,「許可しなかったかもしれないです。」などと供述している上,被告人は,被害者らに飲酒させて強度の酩酊状態に陥らせようとの意図の下,怒号して飲酒を命じる中で,被害者に対してトイレに立つなと怒鳴っていたことからすると,前記のとおり弱い立場の被害者が被告人に断りを入れて席を離れることができる状況だったとは認められない(DやFが,被告人からトイレに行くなと怒鳴られれば,被害者がトイレに行くことは容易にはできないと思うと証言ないし供述していることなどにも照らすと,被害者がトイレに行くことができないと考えたのも,無理からぬところである。)。

なお,弁護人は,被害者と共に飲酒していたBがトイレに行くために2回席を立っていることから,被害者においても席を立つことができたはずであるとも主張しているが,Bは,たまたま被告人が気をそらした隙にトイレに駆け込むことができたにすぎないものであり,Bがトイレに行ったことをもって,被害者も同じように席を立つことができたはずとの前提に立つことはできない。

エ 結局のところ,被害者は,被告人に怒号を交えて強制されたため,その命令に従うしかないとの精神状態に陥った上で,重大な瑕疵のある意思に基づいて前記飲酒行為に及んだというべきであって,被害者が自らの意思で飲酒したから実行行為性が認められないとする弁護人の主張は,採用することができない。

(2)  傷害の故意について

前記のとおり,本件において,被告人は,被害者を強度の酩酊状態に陥らせようとの意図の下,嫌がる被害者に威迫を加えて,意に反して飲酒を命じたものと認められることからすると,被告人が,生命に対する重大な危険まで明確に認識していたか否かはともかく,少なくとも強度の酩酊により被害者の身体に傷害結果を発生させる故意があったことは,明らかというべきである。

これに対し,弁護人は,被告人には,被害者を酔いつぶす意図はなく,また,被害者が飲酒を容認していると考えていたので,被告人には違法の意図は存在しないとして,傷害の故意はなかったと主張する。

しかしながら,既に述べたとおり,被告人は,Cが焼酎1本(約700ml)ないし1本半程度を飲酒したことで,痙攣を伴う強度の酩酊状態に陥ったところを実際に見ていたこと,一方で被害者が特に酒に強い人物であるという認識もなかったことに加え,被告人自身,公判廷で,「飲み続ければ,つぶれるというのはありました。つぶれたらつぶれたで仕方ない,というのはありました。」と供述していることも併せ考えると,約23分間に1リットルを超える焼酎をストレートで飲ませれば,被害者が酔いつぶれて,その身体に少なからぬ傷害結果が発生することは,十分認識,認容していたといえる。また,被告人において,自己の言動及び被害者の対応等の客観的な犯行状況について認識,認容している以上,傷害結果のみならず実行行為性についても何ら認識,認容に欠けるところはない。仮に,被告人が本件程度に酒を飲ます行為が犯罪に当たらないと考えていたとしても,それは,被告人が過度の飲酒がもたらす危険性を甘く見ていたにすぎず,傷害の故意を否定すべき事情にはならないというべきである。

以上のとおり,被告人に傷害の故意はなかったとする弁護人の主張も,採用することができない。

5  まとめ

弁護人の主張はいずれも採用できず,判示の被告人の行為は,傷害の実行行為に該当し,また,被告人には傷害の故意があって,被害者に生じた傷害結果と死亡との間の因果関係も認められるから,被告人には傷害致死罪が成立するというべきである。

(法令の適用)

罰条  刑法205条

未決勾留日数の算入  刑法21条

訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,ホストクラブのいわゆる相談役であった被告人が,別のホストクラブに赴き,同店の男性従業員に対し怒号を交えて飲酒を強制し,約23分間に1リットルを超える焼酎をストレートで飲酒させ,急性アルコール中毒による心肺停止状態に陥らせて,脳障害により死亡させたという傷害致死の事案である。

2  本件犯行に至る経緯については,前記判示のとおりであり,被告人は,被害者ら甲の関係者がCの一件後開店祝いの挨拶に来ていなかったことをにわかに思い出し,それに仕返しする趣旨で被害者らに飲酒を強制したというものである。確かに,被害者らがCに飲酒を強制して痙攣するほどの酩酊状態に陥らせたことや,その後改めて謝罪等の行動に出なかったことからすると,被告人が同業他店である甲側の人間に不快感を抱いていたこと自体は,理解できなくもない。しかしながら,Cの一件は本件より2か月以上前の出来事であり,本件当日も甲の従業員を街中でたまたま見かけたことをきっかけとしていることに鑑みると,本件は,被告人が酔余一方的に怒りを高めて犯行に及んだものであって,その身勝手な動機に酌むべき点はないといってよい。もとより,Cの一件があったからといって,同じように被害者ら甲側の人間を苦しめてやろうとするのは,私的制裁にほかならず,社会的におよそ許容されないことは明らかである。

また,態様をみても,被告人は,被害者の人格を全く顧みることなく,執拗に怒鳴り付けるなどして,短時間に多量の焼酎をストレートで飲酒させたのであり,被告人の持つ粗暴さが如実に現れたものというべきで,アルコールの危険性に全く思いを致していない点は,厳しい非難を免れない。

そして,いうまでもなく,尊い命が失われたという結果は極めて重大で,取り返しがつかない。被害者は,被告人に脅えながら,吐くこともできずに飲酒をさせられた末に心肺停止となり,脳が溶け,肺もうっ血して機能を失う中で,母親の看病も空しく,25歳という若さで死亡するに至ったものである。その被った肉体的苦痛は計り知れず,無念さも察するに余りある。また,女手ひとつで育ててきた一人息子を奪われた母親の悲しみや,司法解剖を受忍せざるを得なくなった際の身を切られるほどの思いからすれば,同女が被告人を厳罰に処すよう希望しているのも,至極当然である。

加えて,被告人は,平成12年5月に恐喝,監禁,傷害の各罪により懲役2年,4年間刑執行猶予(付保護観察)に処せられ,平成17年8月及び平成19年6月にいずれも傷害罪によりそれぞれ罰金刑に処せられるなど,前科内容からしてもその粗暴性は顕著である上,平成19年8月には覚せい剤取締法違反の罪により懲役1年6月,4年間刑執行猶予に処せられたにもかかわらず,その執行猶予期間中にまたしても本件に至っていることからすれば,規範意識の低さも深刻というほかなく,傍若無人な言動や捜査段階での反省心の乏しさを踏まえると,今後とも再犯が懸念されるところである。

これらの事情を併せ考えると,被告人の刑事責任は重いというほかない。

3  そうすると,他方で,被告人は,被害者が死亡したことへの道義的責任は感じている旨述べた上で,遺族に対して謝罪するとともに,今後できる限り誠意を持って損害賠償に対応していく旨述べていること,Cの一件にも現れているとおり,被告人のみならず,被害者ら甲側の人間においてもアルコールの危険性を正しく認識していなかったことが被害拡大の一つの遠因となっている面が否定できないこと,本件が,暴行を手段とした典型的な傷害致死事案とは態様を異にしていること,被告人が服役するのは今回が初めてである上,本件によって,前刑の執行猶予が取り消されるであろうことなど,被告人にとって有利ないし酌むべき事情を最大限考慮しても,主文掲記の実刑はやむを得ないと判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑-懲役5年)

(裁判長裁判官 北村和 裁判官 林啓治郎 裁判官 長谷川秀治)

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