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静岡地方裁判所浜松支部 平成21年(わ)367号 判決 2009年10月29日

主文

被告人を懲役13年に処する。

未決勾留日数中70日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人は,平成21年6月12日午前9時ころ,静岡県a市b番地c所在の被告人方において,殺意をもって,A(当時46歳)に対し,両手でその頸部を絞め付け,よって,そのころ,同所において,同女を頸部圧迫により窒息死させて殺害した。

第2被告人は,前記第1記載の日時ころ,前記被告人方において,前記A所有の現金約2万7400円入りの財布1個及びキーケース1個が入った手提げバッグ1個(時価合計約8000円相当)を窃取した。

(証拠の標目) 省略

(法令の適用)

罰条  判示第1の行為 刑法199条

判示第2の行為 刑法235条

刑種の選択  判示第1の罪につき有期懲役刑を,判示第2の罪につき懲役刑をそれぞれ選択

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入  刑法21条

訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,自宅において交際相手の女性と口論になった際に,同女からなじられ,頬を平手打ちされるなどしたことに腹を立て,その首を絞めて殺害するとともに,同女が持参していた手提げバッグ及び同バッグ在中の現金等を窃取したという殺人と窃盗の事案である。

2  当裁判所が,量刑上特に重視した事情は,まず,結果の重大性である。まだ46歳なのに,苦痛の中で絶命した被害者の無念さや恐怖を思うと,誠に不憫である。

次に重視したのは,犯行態様である。この点につき,殺意が強固であることや,態様が悪質との評価を免れないことは,概ね当事者間に争いはないが,弁護人は,①殺人,窃盗いずれについても計画性がないことと,②凶器を用いた殺人ではないことを,被告人に有利に解すべき事情と主張している。

確かに,①の点は認められるものの,他方で,被告人は,被害者の首を絞め始めて以降,いつでも力を緩めて最悪の結果を避けることができたはずであるのに,同女の必死の抵抗にもひるむことなく,同女が失神したと感じた時点以降も,更に力を込めてその首を両手で絞め続け,息の根を止めていることからすると,やはり残忍かつ非人間的といわざるを得ず,凶器を用いていないことを被告人に有利な事情とまでは考えなかった。

3  次に,犯行動機の意味付けについては,検察官は,経緯に酌むべき事情がなく,直接の動機となった被害者の暴行に関しても,①出て行けと言われ叩かれるそれなりの理由がある,②通常の喧嘩の域を出ず,被害者に殺されるまでの落ち度はないと指摘するのに対し,弁護人は,そもそも被告人と被害者との関係は,経済的な依存を目的とした交際ではなく,また,被告人には就職する意欲はあったのに,当時の経済状況から早期の再就職が困難であって,そのことを被害者も了解済みであったこと,更には,被告人は,愛している被害者に裏切られたとの気持ちから絶望感を抱き,突発的,衝動的に同女の首を絞めたにすぎないことの各点を酌むべきであると主張している。

そこで検討するに,犯行前に交わされたメール文の内容や被告人質問での応答も併せて考えると,被告人には,求職についての甘さがうかがわれ,無計画に転居した末に,被害者から退去を求められても態度を決めきれずにアパートに居続けた結果,同女の怒りを招いて本件に至ったというべきであって,やはり,犯行が短絡的で身勝手であるとの評価は免れず,弁護人が指摘する各事情を踏まえても,殺人の動機に酌量の余地は乏しいというほかない。

4  なお,検察官は,殺害後,被害者のバッグなどを盗み,北海道まで逃走したことや,被害者から盗んだ現金を飲食代や交通費に使ったことなどの点をとらえて,殺害行為後の行動も自己中心的で冷酷だとして,これらを刑を重くする事情と主張している。

確かに,窃盗行為や盗んだ現金を費消したことを個別に見ると,検察官の評価も誤っているとまではいえない。しかしながら,被告人が逃走中,比較的早い段階で自首を思い立っただけでなく,遺族宛に犯行内容をメールで知らせた上で,母親に犯行を打ち明け,その後間もない時点で自宅近くの交番に赴いていることまで含めて考えると,やはり自首として酌むべき事情は少なくなく,被害者殺害後,警察に出頭するまでの事後の行為全体を総合的に見ると,自首のない殺人だけの事件と比較した場合に,本件が特に重く処罰されるべきとは考えなかった。

5  他方,弁護人は,被告人に前科がないことを有利な事情として挙げている。しかしながら,殺人事件の重大性に照らすと,前科がないことを特に被告人に有利に考えるべき事情とまでは評価しなかった。

6  以上を併せ考えると,被告人が罪を認め,かつて愛していた者を殺めてしまったことに対し,一生かけて償っていく旨述べて,深い反省の態度を示していることや,遺族宛に謝罪の手紙を書き送っていることといった被告人に有利な事情を最大限踏まえても,主文の刑はやむを得ないと判断した。

(求刑-懲役15年。なお,弁護人は,懲役9年が相当であると弁論した。)

(裁判長裁判官 北村和 裁判官 長谷川秀治 裁判官 中村有希)

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