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静岡地方裁判所浜松支部 平成21年(わ)581号 判決 2010年5月20日

主文

被告人を懲役5年に処する。

未決勾留日数中150日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

第1  (平成21年11月24日付け起訴分)

被告人は,平成21年6月25日午後8時5分ころ,静岡県a市b番地所在の甲宿舎敷地内において,同所を歩行中のA(当時15歳)に対し,強いてわいせつな行為をしようと企て,「胸触らせて。」などと申し向け,同女の頚部を右腕で絞め付けるなどの暴行を加えた上,「しゃぶって。」と申し向けて,強いて自己の性器を口淫させるなどのわいせつな行為をしようとしたが,同女が身体をねじるなどして抵抗したためその目的を遂げず,その際,上記暴行により,同女に全治約3週間を要する喉頭外傷の傷害を負わせた。

第2  (平成21年12月28日付け起訴分)

被告人は,平成21年8月13日午後7時52分ころ,静岡県a市c番地所在の民家西側路上において,同所を歩行中のB(当時24歳)に対し,強いてわいせつな行為をしようと企て,同女の背後からいきなり口を右手で塞ぐなどの暴行を加え,強いて自己の性器を口淫させるなどのわいせつな行為をしようとしたが,同女が大声を上げて抵抗したためその目的を遂げなかった。

第3  (平成21年11月2日付け起訴分-訴因変更後のもの)

被告人は,平成21年9月30日午後5時5分ころ,静岡県a市d番地所在の株式会社乙工場西側路上において,同所を歩行中のC(当時15歳)に対し,強いてわいせつな行為をしようと企て,その背後から突然同女の前に立ちはだかり,「隅に寄れ。」,「目をつむってしゃがめ。」などと命令口調で脅迫し,さらに,道路脇にしゃがみ込んだ同女に対し,「先っぽ舐めて。」と申し向け,強いて自己の性器を口淫させるわいせつな行為をしようとしたが,同女が「嫌だ。」と言って立ち上がり,拒否したため,その目的を遂げなかった。

(証拠の標目)  省略

(累犯前科)

被告人は,平成15年12月2日静岡地方裁判所浜松支部で強制わいせつ未遂,強姦致傷,強制わいせつの各罪により懲役6年に処せられ,平成21年5月5日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は前科調書によって認める。

(法令の適用)

罰条

判示第1の行為  刑法181条1項(179条,176条前段)

判示第2及び第3の各行為  いずれも刑法179条,176条前段

刑種の選択  判示第1の罪について,有期懲役刑を選択

累犯加重  刑法56条1項,57条により,判示各罪の刑についてそれぞれ再犯の加重(ただし,判示第1の罪については,同法14条2項の制限内)

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条により最も重い判示第1の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重

未決勾留日数の算入  刑法21条

訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,見ず知らずの若い女性3名に対し,暴行・脅迫を加え,強いて自己の性器を口淫させるなどのわいせつな行為をしようとしたが,抵抗されるなどしたためその目的を遂げず,うち1名に対しては全治約3週間を要するけがを負わせたという,強制わいせつ致傷1件(判示第1。以下「第1事件」という。)及び強制わいせつ未遂2件(判示第2及び第3。以下,それぞれ「第2事件」,「第3事件」という。)からなる事案である。

2  検察官は,論告において4つの事情,すなわち,(1)犯行の悪質性,(2)動機に酌量すべき余地がないこと,(3)被害の重大性,(4)再犯の可能性が高いことといった各事情に照らすと,被告人に有利な事情を考慮しても,懲役5年が相当と主張している。他方,弁護人は,いずれの事件もわいせつ行為は未遂に終わっていること,被告人が反省して被害者への謝罪の気持ちを深めているほか,全事件の被害者に損害賠償が済んでいること,社会復帰後は被告人の両親が専門家のアドバイスのもと被告人を監督すること,被告人には更生の可能性があることなどから,懲役1年6月が相当であると弁論している。

そこで,以下,論告で挙げられた各事情を弁論に照らして順次検討し,被告人を主文の刑に処した理由について説明する。

3(1)  まず,犯行の悪質性についてみると,いずれの事件も,何ら落ち度のない被害者を性欲のはけ口として一方的に襲うという卑劣なものであり,女性の人格を無視する犯罪として厳しい非難は免れない。特に,第1事件で,被告人は,女子高校生であるAが人気のない場所を歩いているところを襲い,大声を出されないように腕で同女の頚部を絞め付けて物陰に引きずり込んだ上,口淫を拒ばまれるや,息ができないほど強く頚部を絞め付ける暴行まで加えているのであって,生命への危険性すら感じさせる誠に凶悪な犯行である。また犯行後,時間稼ぎのためにAの腹を蹴っている点も,被告人の粗暴性の表れとして見過ごせない。さらに,第2事件では,手の平でBの口を塞ぎ,腕で同女の肩を抱きかかえるにとどまっていて,暴行の程度自体は激しいものとはいえず,第3事件においても,Cの体に暴力までは振るっておらず,脅迫の言葉も強烈なものではないとはいえ,両事件が,第1事件の後,短期間に同一市内で連続してなされたことを踏まえると,地域住民に与えた不安も相当大きかったと考えられる。

(2)  犯行動機についてみると,被告人が,性器を口淫させて快感を得るためだけに犯行を繰り返していることは,検察官が指摘するとおりであって,身勝手極まりなく,もとより動機面で同情すべき点は見いだせない。

(3)  被害の程度についてみると,第1事件でAは,全治約3週間を要する喉頭外傷の傷害を負い,声帯内の筋肉麻痺により声が嗄れるようになったほか,絞め殺されてしまうとの多大な恐怖を味わわされているのであって,同女が受けた肉体的,精神的な苦痛は相当大きい。また,第2事件では,Bが妊娠8か月という身重の時期に被害に遭って,胎児の身の安全すら脅かされており,第3事件のCも,B同様,月日が経ってもなお,背後からの足音に怯える心情を述べているのであって,両事件の各被害者も,その置かれていた状況や年齢を考慮すると,精神的な衝撃には大きなものがある。

他方,被害者から抵抗されたからとはいえ,わいせつ行為自体が未遂に終わっている点は,性的自由を保護法益とする本件犯行の量刑を考える上で,被告人に有利に考慮することができる。

さらに,被告人が父親の協力により,Aに対し150万円,B及びCに対してそれぞれ100万円を損害賠償金として支払っている点も,被告人にとって酌むべき事情と考えた。もっとも,その際に交わされた合意書の文面による限り,いずれの被害者も被告人を許したわけではない点は,検察官が指摘するとおりである。

(4)  再犯の可能性についてみると,被告人は,強姦致傷等の罪により懲役6年に処せられ,完全な立ち直りが求められていたはずであるのに,仮釈放後,刑が終了してわずか2か月足らずの時点で,前件判決が懸念していたとおりに第1事件を引き起こし,その後3か月余りの間に,次々と第2,第3の犯行を重ねているのであって,性犯罪の常習性が顕著である。このように1度刑を科されたにもかかわらず,また同種の罪を犯した点で強い非難が加えられてしかるべきである。そして,公判廷での発言からも,被告人には,女性を力ずくで辱めようとするプロセス自体に興奮を感じるという,ゆがんだ性癖が根強く残ったままといわざるを得ないのであって,前刑の服役による矯正効果は乏しかったとみるほかない。そうすると,被告人が,第3事件で逮捕された後,同事件以外の犯行も率直に供述して捜査に協力した上,起訴後も一貫して認めるとともに,各被害者宛てに謝罪文を書くなどして反省の態度を示していること自体は,有利な事情であって,当裁判所も被告人の立ち直りを期待するところであるが,その反省ぶりを考慮しても,依然として再犯が強く心配される。

なお,弁護人は,被告人の父親が,被告人の社会復帰後,被害者らが住む地域からは遠く離れた場所で被告人と同居し,専門家に相談して被告人の性癖の治療,再犯防止についてアドバイスを受けて監督する旨法廷で約束している点を,被告人が二度と犯罪に至らないと期待し得る事情として指摘している。確かに,肉親が重ね重ねの恥を忍びつつも出廷し,被告人の更生にいまだ意欲を失っていない点は,評価に値するものの,父親自身認めるとおり,前刑出所後,被告人が心を入れ直したものと軽く考え,その行動を十分監視していなかったことに照らすと,今後どれ程厳格に指導,監督をなし得るかには,未知数な部分が残る。また,証拠に表れている限りでは,上記専門家によるカウンセリングの方法やその実効性についても,不確定な要素が多く,現時点でこの受け皿に大きな期待をかけることはできない。

4  以上検討した諸事情を踏まえると,被告人の刑事責任は重く,時間をかけた矯正教育が不可欠であって,求刑を超える刑期も考えられるが,すでに述べた被告人に有利な事情や同種事案の量刑傾向を考慮すると,主文の刑に処するのが相当である。

なお,付言するに,被告人の処遇に当たる矯正施設におかれては,性犯罪者処遇プログラムの中で集中的かつ十分な指導を加えるとともに,服役後に両親らが予定している追加的なカウンセリング治療が円滑に開始できるよう,釈放までの間に両親と十分な連絡をとることを考慮されたい。

(求刑-懲役5年)

(裁判長裁判官 北村和 裁判官 長谷川秀治 裁判官 尾藤正憲)

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