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静岡地方裁判所浜松支部 平成21年(わ)652号 判決 2010年4月22日

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予し,その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,かねて好意を寄せていたA(当時24歳)に強いてわいせつな行為をしようと考え,平成21年12月14日午前11時50分ころ,a市b番地先路上において,通行中の同女に対し,いきなり背後から抱きつき,両手のひらで同女の両乳房を着衣の上から鷲づかみにして数回揉むなどの暴行を加え,強いてわいせつな行為をし,その際,上記暴行により,これを逃れようとした同女を転倒させ,加療約5日間を要する左手,両側膝挫創,右膝打撲傷の傷害を負わせた。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

罰条  刑法181条1項(176条前段)

刑種の選択  有期懲役刑を選択

刑の執行猶予  刑法25条1項

保護観察  刑法25条の2第1項前段

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,高校のころから好意を寄せていた同級生の女性に対し,着衣の上から胸を数回揉むなどの暴行を加え,これを逃れようとした同女を路上に転倒させて,手や膝に加療約5日間を要するけがを負わせたという強制わいせつ致傷の事案である。

2  検察官は,論告において5つの事情,すなわち,(1)犯行の悪質性,(2)被害者に落ち度がないことや犯行動機に同情すべき余地がないこと,(3)被害の深刻さ,(4)被害者の処罰感情の厳しさ,(5)再犯のおそれといった各事情に照らすと,被告人を懲役4年に処するのが相当と主張している。他方,弁護人は,犯行及び結果が軽微であり,被告人が犯罪を繰り返さないための条件も揃っているとして,執行猶予を付すのが相当であると弁論している。

そこで,以下,論告で挙げられた各事情を弁論に照らして順次検討する。

3(1)  まず,本件犯行の悪質性についてみると,被告人は,本件当日朝から被害者方付近に自動車で赴き,帰宅途中の同女を見るや,いきなり背後から駆け寄り,両手で同女の両乳房を鷲づかみにするなどしたものであって,検察官が主張するとおり,女性の人格を踏みにじる卑劣なものとの評価を免れない。一方で,弁護人が主張するとおり,被告人は,被害者に抱き付いてコートの上から胸を数回揉んだにとどまり,それ以外に積極的な暴行や脅迫は加えていない。この点では,例えば,着衣の中に手を入れて胸や陰部を弄んだり,刃物等を用いて暴行,脅迫を加えたりした事案等と比べて,特に悪質性が強調されるべき事案ではない。また,検察官は,被告人が帽子やマスクで顔を隠している点で「狡猾な犯行」であると主張する。しかしながら,証拠上,被告人が,当初から顔を隠す目的で帽子等を自宅から持ち出して準備していたとは認められないことからすると,犯行自体は計画性に乏しく,犯行時に顔を隠している点をもって,「狡猾」とまで強く非難すべき事案とは考えなかった。さらに,検察官が指摘するとおり,犯行場所が固い舗装道路であったことからすると,被害者の抵抗次第では,同女が頭を打つなどしてより重いけがを負うおそれがあったことは否定できないものの,道路が平坦であったことや,被告人が被害者にけがまで負わせるつもりはなく,殊更転倒させようとまではしていないことに照らすと,危険性が高い手口とまではいえず,この点も特に悪質な事情とは考えなかった。

(2)  本件に至る経緯及び動機についてみると,被害者に落ち度などなく,被告人の犯行動機にも同情すべき余地がないことは,検察官が指摘するとおりである。弁護人は,被告人の父親が前年に死去し,母親も相前後して糖尿病やガンを患ったことなどが,被告人のストレスとなっていた点や,被告人が大学卒業間近になっても女性と適切なコミュニケーションをとれないままであった点が,犯行に至った要因であると主張する。しかしながら,そのような事情があるからといって,女性の胸を無理矢理揉むという犯罪を正当化できないことはいうまでもない。むしろ,被告人は,本件の2年ほど前に,被害者方に忍び寄って入浴中の同女を携帯電話で動画撮影したことがあったほか,本件の3か月前ころからは,被害者方付近路上に頻繁に自動車を停めて同女を待つなど,恋心からというには常軌を逸した行動を繰り返す中で,本件に及んでいることからすると,結局のところ,本件は,被告人が被害者への性的欲望を自制しきれずに起こした,身勝手極まりない犯行というほかない。

(3)  被害の程度についてみると,被害者は,白昼であるにもかかわらず,突然欲望の対象にされてしまい,事件から日数が経過してなお,背後からの物音に怯える心情を述べているのであって,同女が受けた精神的衝撃は相当大きく,その心の傷が癒されるには,なお時間がかかるものと察せられる。他方,幸いにも,傷害の結果は,加療約5日間を要する左手,両側膝挫創等と比較的軽いものにとどまっている。

(4)  被害者の処罰感情の点についてみると,被害者は,「二度と被告人に外に出てきて欲しくない。できるだけ長く刑務所に入れてほしい。」旨を述べ,示談にも応じておらず,その処罰感情は厳しいままであると認められる。もっとも,被告人側も,被害弁償の提案自体はしているほか,被告人の母親と兄が被害者側へ謝罪に出向き,被告人においても,受け取りを拒まれたとはいえ謝罪文を書くといった対応をしている。被害者の不安を根本的に解消するには,被告人がaの地を離れて人生をやり直す方法も考え得るものの,公判までに被告人側がとった被害者への対応が,検察官が指摘するほど適切さを欠くはいえず,この点を特に強く非難すべき事情とはとらえなかった。

(5)  さらに,再犯のおそれについてみると,確かに,前記(2)の本件に至る経緯からうかがわれる被告人の自制心の乏しさなどに照らすと,性犯罪に関する再犯のおそれを完全に否定することはできない。しかしながら,被告人は,逮捕前から一貫して罪を認めるとともに,初めての身柄拘束中に反省を深め,保釈後も医療機関でカウンセリングを受けるなどして,自分の問題点に目を向けるようになっているほか,公判廷においても,「今後は,安易に自暴自棄に陥らないようにストレスの発散方法や他人とのコミュニケーションの取り方を改善して,二度と犯罪行為は繰り返さない」旨を述べた上で,二度と被害者に近付かないことも誓約している。また,被告人は,保釈後,伯父が紹介したガソリンスタンドで稼働し始め,その仕事振りを評価した勤務先の社長や店長は,引き続き被告人を雇用し,私生活を含めて指導する旨を書面で約束している。さらに,被告人の母親が出廷し,被告人を同居の上で監督するとしている。これら反省状況や事件後の環境の変化を踏まえると,再犯に及ぶ可能性が高いとは考えなかった。

4  これらの各事情に加えて,被告人が25歳と比較的若く,これまで前科もないことからすると,社会内における立ち直りも期待し得る。また,本件で約2か月間身柄を拘束され,就職内定先も辞退せざるを得なくなったほか,本件が報道されて地域に広く知れるところとなったことで,既にある程度,事実上の制裁を受けているとみる余地がある。

5  以上検討した諸事情を踏まえ,前記3(1)の犯行の悪質さの度合いと,同(3)の被害の程度を重点的に考慮した上で,同種事案の量刑傾向も参照すると,本件のみをもって直ちに実刑に処するのは,多少厳しすぎるのであって,被告人に対しては,今回に限り,刑の執行を猶予するのが相当と判断した。

もっとも,被告人の立ち直りにはなお不確定な部分も残されていることからすると,再び犯罪に至ることがないようにするため,保護観察所による専門的指導と監督の下,一定の枠組みの中で生活全般の指導を加えるのが相当と判断した。

(求刑-懲役4年)

(裁判長裁判官 北村和 裁判官 長谷川秀治 裁判官 尾藤正憲)

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