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静岡地方裁判所浜松支部 平成22年(ワ)162号 判決 2010年7月28日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告株式会社Y1が平成21年9月1日被告株式会社Y2を設立してなした会社分割は、これを無効とする。

第2事案の概要

本件は、会社法828条1項10号に基づく、新設分割無効の訴えである。

原告は、新設分割株式会社の大口債権者であり、被告株式会社Y1(以下「被告Y1」という。)は新設分割株式会社、被告株式会社Y2(以下「被告Y2」という。)は新設分割設立株式会社である。

原告の請求は、被告らが平成21年9月1日になした会社分割は、被告Y1が原告に対して負担している債務について履行の見込みがないことから、無効であるというものである。

これに対し、被告らは、原告にはそもそも原告適格がないとして本件訴えの却下を求めた上で、債務の履行の見込みがないことは会社分割の無効原因とはならないとして、原告の請求を争っている。

なお、後記第3のとおり、本件をめぐる事実関係に争いはなく、本件では、会社法の解釈のみが争われている。

第3争いのない事実

1  新設分割と商号変更

(1)  被告Y1は、農産物、食料品の販売等を目的とする株式会社である。被告Y1の旧商号は「株式会社Y2」であったが、平成21年9月1日、商号を「株式会社Y2」から「株式会社Y1」に変更した。

(2)  被告Y1は、平成21年9月1日、その一切の事業を新たに設立する被告Y2に承継させることを内容とする会社分割(以下「本件会社分割」という。)を行った。

2  原告の被告Y1に対する貸付けと、被告Y1の債務不履行

(1)ア  原告は、被告Y1に対し、平成17年2月25日付け銀行取引約定書により、被告Y1の原告に対する債務の遅延損害金を年14パーセント(年365日の日割計算)とする旨を約した。

イ  原告は、被告Y1に対し、平成21年6月30日、手形貸付の方法で、5000万円を、弁済期を同年9月4日として、貸し付けた。

ウ  被告Y1は、前項の貸付金について、弁済期に全く弁済を行わなかった。

エ  したがって、原告は、被告Y1に対し、金銭消費貸借契約に基づき、元本5000万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成21年9月5日から支払済みまで約定の年14パーセント(年365日の日割計算)の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有している。

(2)ア  原告は、被告Y1に対し、平成19年5月31日、2000万円を次の約定で貸し付けた。

(ア) 返済方法

平成19年6月10日から平成24年4月10日まで、毎月10日限り各33万3000円、同年5月10日限り35万3000円

(イ) 期限の利益喪失

被告Y1が、上記(ア)の債務の履行を遅滞したときは、残債務全額について当然に期限の利益を失う。

(ウ) 遅延損害金

年14パーセント(年365日の日割計算)

イ  被告Y1は、平成21年10月13日限り支払うべき金員を支払わなかったので、同日の経過により、残債務元本1067万6000円全額について、期限の利益を喪失した。

ウ  したがって、原告は、被告Y1に対し、金銭消費貸借契約に基づき、元本1067万6000円及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日である平成21年10月14日から支払済みまで約定の年14パーセント(年365日の日割計算)の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有している。

(3)ア  原告は、被告Y1に対し、平成20年2月29日、5000万円を次の約定で貸し付けた。

(ア) 返済方法

平成20年3月10日から平成25年1月10日まで毎月10日限り83万3000円、同年2月12日限り85万3000円

(イ) 期限の利益喪失

被告Y1が、上記(ア)の債務の履行を遅滞したときは、残債務全額について当然に期限の利益を失う。

(ウ) 遅延損害金

年14パーセント(年365日の日割計算)

イ  被告Y1は、平成21年9月10日限り支払うべき金員を支払わなかったので、同日の経過により、残債務元本3500万6000円全額について期限の利益を喪失した。

ウ  したがって、原告は、被告Y1に対し、金銭消費貸借契約に基づき、元本3500万6000円及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日である平成21年9月11日から支払済みまで約定の年14パーセント(年365日の日割計算)の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有している。

(4)  被告Y1は、本件会社分割の時点(平成21年9月1日)において、原告に対する上記(1)ないし(3)の債務について、支払困難な状況であった。

3  本件会社分割における債務の不承継

本件会社分割において、被告Y1の原告に対する上記2(1)ないし(3)の債務については、被告Y2は承継しないものとされている。

そのため、上記2(1)ないし(3)の債務について、原告は、被告Y1に対しては請求できるものの、被告Y2’には請求できないこととなる。

第4争点及びそれについての当事者の主張

1  争点

(1)  原告に原告適格はあるか。

(2)  債務の履行の見込みがないことは、会社分割の無効原因となるか。

2  争点(1)についての当事者の主張

(1)  原告の主張

原告は、本件会社分割を承認していないから、会社法828条2項10号に定める「新設分割について承認をしなかった債権者」に該当し、会社分割無効の訴えについて、原告適格を有する。

(2)  被告らの主張

会社法828条2項10号に定める「新設分割について承認をしなかった債権者」とは、同法810条1項2号に基づいて新設分割について異議を述べることができる債権者に限られると解すべきである。

原告は、本件会社分割後も、被告Y1に対して債務の履行を請求することができるから、同条同項同号に定める異議を述べることができる債権者に該当せず、会社分割無効の訴えについて原告適格を有しない。

3  争点(2)についての当事者の主張

(1)  原告の主張

会社分割において、分割会社が負担している債務の履行の見込みがないときは、会社分割は無効となると解すべきである。

(2)  被告らの主張

会社法において、「債務の履行の見込みがあること」は会社分割の要件とはされていない。したがって、分割会社が負担している債務の履行の見込みがない場合であっても、会社分割は無効とはならない。

第5争点に対する判断

1  争点(1)について

会社法828条2項10号は、「新設分割について承認をしなかった債権者」は新設分割無効の訴えを提起することができる旨規定しているところ、ここにいう「新設分割について承認をしなかった債権者」とは、会社法810条1項2号により、新設分割について異議を述べることができる債権者に限られると解するのが相当である。なぜなら、そもそも、新設分割について異議を述べることができる債権者でなければ、新設分割について承認することもできないと解されるからである。

そして、会社法810条1項2号は、新設分割後新設分割株式会社に対して債務の履行を請求することができない新設分割株式会社の債権者が、新設分割について異議を述べることができる旨規定しているところ、原告は、上記第3の3のとおり、本件会社分割後も新設分割株式会社である被告Y1に対して債務の履行を請求することができるのであるから、新設分割について異議を述べることができる債権者に当たらない。

そうすると、原告は、会社法828条2項10号に規定する「新設分割について承認をしなかった債権者」には当たらず、新設分割無効の訴えについて、原告適格を有しないこととなる。

2  争点(2)について

上記1のとおり、原告には原告適格がないのであるから、争点(2)については判断するまでもなく、本件訴えは却下すべきこととなる。

第6結論

以上の次第で、本件訴えは、原告に原告適格が認められず不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中野琢郎)

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