大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所浜松支部 平成8年(ワ)459号 判決 2000年1月31日

原告

齋藤俊雄

右訴訟代理人弁護士

森下文雄

石田享

被告

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

住川洋英

笹崎好一郎

清水康旨

大畑惣吾

鈴木まさ子

栗田博氏

高橋知志

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二七三万七七〇〇円及びこれに対する平成八年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、亡父の遺産相続による相続税の申告手続を税理士に委任して所轄の税務署に相続税の申告をし、これに基づき相続税を納付したところ、税務職員による誤った修正申告のしょうようにより、任意の意思に基づかない間違った修正申告をさせられた結果、相続税の追加納付を余儀なくされ損害を被ったと主張して、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、超過課税額及び慰藉料の損害賠償(附帯請求は、不法行為日の後の日である平成八年一一月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金)を請求している事案である。

一  争いのない事実

1  原告及び原告の母國(以下「國」という。)は、平成三年四月ころ、原告の父齋藤三郎(平成三年二月一六日死亡。以下「三郎」という。)の遺産相続による相続税(相続人は原告及び國ほか二名の計四名である。以下、右相続人四名のことを「原告ら相続人」、原告及び國のことを「原告ら」ということがある。)の申告手続を鈴木武夫税理士(以下「鈴木税理士」という。)に依頼したところ、鈴木税理士は、これを承諾し、被相続人三郎の相続税申告書(以下「当初申告書」という。)を作成の上、同年六月二七日磐田税務署に提出した。そして、原告は、同年八月一五日、右申告に基づく相続税として一一三万六五〇〇円を磐田税務署に納付した。

2  その後、磐田税務署から申告漏れの指摘があり、平成四年一一月二日原告宅で税務調査(以下「本件調査」という。)が行われたが、鈴木税理士は、右調査に立ち会い、同年一二月二日、被相続人三郎の相続税の修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)の作成に関与し、これを磐田税務署に提出した。原告は、右修正申告に基づき、同日相続税七七万三七〇〇円を、平成五年一月八日過少申告加算税七万七〇〇〇円を磐田税務署に納付した。

二  争点

1  本件調査は税理士法三四条の規定に違反するか。

2  本件修正申告書は原告の任意の意思に基づき作成・提出されたといえるか。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) 争点1(本件調査の違法性)について

憲法八四条の租税法律主義や適正手続確保の要請からすれば、法的な強制調査の場合を除いた一般的な税務調査において、税務職員が納税者の居住地に立ち入って調査する場合には、納税者に対し調査の日時場所を事前に通知しなければならないことは明らかであり、税理士法三四条もそのような観点から立法されているから、原告に対する事前通知を欠いたまま行われた税務職員の本件調査は、同条に違反し、国家賠償法一条一項の違法な公権力の行使に該当する。

(二) 争点2(本件修正申告書は原告の任意の意思に基づき作成・提出されたといえるか)について

本件では、税務職員が、職権を濫用して、原告の任意の意思に基づかない間違った修正申告書を作成・提出させた結果、原告は過分な相続税の納付を余儀なくされたのであるから、税務職員の行為は国家賠償法一条一項の違法な公権力の行使に該当する。

すなわち、磐田税務署の米津広樹係官(以下「米津係官」という。)は、原告宅における本件調査及びその後の金融機関等に対する反面調査の結果を取りまとめた上、原告らの了解を得ることなく本件修正申告書の用紙の金額欄等の記載事項を全て記入し、鈴木税理士に対し、右書面に原告ら相続人の署名押印をもらい税務署まで届けるよう依頼した。鈴木税理士は、米津係官の右依頼に基づき、原告及び國に対し、本件修正申告書の用紙に原告ら相続人の印鑑を押捺する必要があるからという理由で相続人らの印鑑を事務所まで持参するよう要請し、来所した原告らに対し、修正申告書の内容について何ら説明をすることなく、原告らの面前で修正申告書の用紙の相続人らの氏名欄を代筆し、印鑑を代わって押捺した上、これを米津係官に届けた。米津係官が、原告らに対し、本件修正申告書の内容について直接説明することもなかった。そのため、本件修正申告書には、以下のとおり、債務控除該当事実の不申告、遺産の範囲及び評価額に関する誤りが生じた。

すなわち、本件修正申告書において、<1>課税対象の生命保険金のうち保険者を朝日生命保険相互会社とするものについて、その評価額が六八万六〇八〇円となるべきところ、一二三万一二〇〇円と五四万五一二〇円も過大に評価して記載され、<2>課税価格の計算上控除されるべき債務に該当する平成二年度第四期及び平成三年度全期の固定資産税並びに同年度の町民税・県民税の合計二二万一四〇〇円が記載されておらず、<3>農協預金四五〇万円のうち四一八万三九九四円は國の固有財産であったのに、全額が課税対象として記載され、<4>野村證券株式会社扱いの中部電力債二〇〇万円について、原告が被相続人三郎からその生前に買い取ったものであり、原告の固有財産であったのに課税対象として記載され、<5>日興證券株式会社扱いの東京電力債(三三一回及び三五六回)合計六〇〇万円について、もともと國名義のものであって國の固有財産であったのに課税対象として記載され、<6>被相続人三郎の遺産とされた一四八八万八二三〇円の現金のうち少なくとも金六二二万九五〇〇円について、國の固有財産であったのに課税対象として記載されるという内容上の誤りがあった。

原告が当初納付した相続税一一三万六五〇〇円と後日納付した相続税追加分七七万三七〇〇円及び過少申告加算税七万七〇〇〇円を合計すると一九八万七二〇〇円になるが、本件修正申告書に前記内容上の誤りがなければ、原告の相続税額は一二四万九五〇〇円になるはずであるから、原告は、差額分七三万七七〇〇円を超過納付させられたものである。

(三) このように、税務職員が、違法な税務調査をし、また、税理士を利用して、原告の任意の意思に基づかない間違った修正申告書を作成し提出させるという違法な行為に及んだ結果、原告は、七三万七七〇〇円の超過課税の納付を余儀なくされたほか、金銭的に見積もると二〇〇万円相当の精神的損害を被った。

2  被告

(一) 争点1について

原告がその主張の根拠とする、<1>一般的な税務調査を行う場合に、税務職員が納税者に対し調査の日時場所を事前に通知しなければならないこと、<2>事前通知がない税務調査は税理士法三四条の規定に違反すること、及び<3>本件調査は事前通知を欠いていること、はいずれも以下のとおり理由がない。

まず、納税者への調査の日時場所の事前通知が税務調査を行う上での法律上の要件とはされていないことは、最高裁昭和五八年七月一四日第一小法廷判決が「(調査の)実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知などは、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とはされているものではない。」と判示していることに照らして明らかである。

また、税理士法三四条は、税務職員の調査の際に納税者への事前通知が必要であることを前提として税理士への通知義務を課した規定ではなく、税務職員が納税者に対し調査の日時場所を通知する場合で、かつ正式な税務代理の権限を有する税理士がいる場合には、権限ある税理士に対し併せてその調査の日時場所を通知しなければならない旨定めた規定であるから、事前通知がない税務調査は税理士法三四条に違反するものではない。

さらに、本件では、税務職員が本件調査を行うに際し、事前に税理士に電話をかけ、原告ら相続人に対して相続税の調査を行うことを伝えること及び相続人らの都合の良い日を確認してもらいたいことの二点を依頼し、税理士も税務職員の右依頼を引き受け、相続人らの都合を確認した上、税務職員に連絡しているのであるから、原告らに対する本件調査の事前通知は、税理士を通じて行われていたということができる。

以上のとおり、本件調査は事前通知を欠いて行われたものではないところ、そもそも納税者への事前通知は税務調査を行う上での要件とはされておらず、税理士法三四条の規定に反して違法となることもないから、原告の主張は失当といわざるを得ない。

(二) 争点2について

原告らが提出した本件修正申告書は、「被相続人の氏名」及び「財産を取得した人」の欄等の署名捺印を要する部分を除き、磐田税務署の米津係官が記載したものであるが、これは米津係官が自己の税務調査の結果を参考のために本件修正申告書の用紙に記載したものに過ぎず、これによらなければ修正申告を受け付けないというように、原告らに対し修正申告を義務づけたものではない。すなわち、米津係官が鈴木税理士に手交した本件修正申告書の用紙は、一方では、納税者への説明ないしは便宜のために作成したものということができるし、また他方においては、税法に精通していない者の場合には、おうおうにして計算間違いや書き損じ等があるであろうことを考慮して、調査担当者が便宜的に作成しているものに過ぎないのであって、係官のしょうようの内容を具体化するものとして便宜上作成された申告書用紙の記載内容に沿って修正申告するか否かは、納税者がその自由意志に従って判断・決定するものであり、納税者がこれによって修正申告をしなければ申告を受け付けないというように、その申告書用紙自体による提出を強要しないしは義務づけるようなものではない。換言すれば、税務署長は、納税者が所部係官が便宜的に作成した修正申告書の用紙によって修正申告しなかったとしても、税務署長の調査したところに基づき更正処分(国税通則法二四条)若しくは決定処分(同法二五条)を行えば足りるのであるから、納税者が係官の記載した申告書用紙の記載内容に従って修正申告することを強要ないし義務づけること自体が無意味であり、またその必要性もないのである。したがって、米津係官が、原告に対し、自ら記載した修正申告書の用紙によって修正申告書の提出を強要ないし義務づけることはあり得ないし、そのような事実も存在しない。

そして、本件では、磐田税務署の調査結果により、原告ら相続人に関して、農協の建物共済をはじめ前記第二の三の1(二)の<1><3><4><5>の各資産につき申告漏れの疑いが生じたため、米津係官は、原告らに対し、二度にわたって(その内一度は鈴木税理士を通じて)磐田税務署の右調査結果について説明し、右各資産の権利の帰属や現金の使途等について解明するよう求めていたのであるから、原告らは、自ら事実関係を調査し、その結果に基づいて反論を述べたり内容の訂正を求めたりする機会は十分に与えられていた。それにもかかわらず、原告は、農協の建物共済以外の権利について、異議や反論を申し立てたり、事実関係が相違することを示す証拠の提示等をしたりしなかったことから、米津係官は、原告らが、建物共済の権利以外の項目については磐田税務署の指摘どおりに資産の申告漏れを認めたものと判断し、調査結果に基づいて金額等を記載した本件修正申告書の用紙を鈴木税理士を通じて原告らに交付したのであり、しかもその交付に際しては、異論がなければそのまま修正申告書として提出できる旨説明している。そして、修正申告書の用紙が鈴木税理士に手渡された後、原告らは、自らの意思で鈴木税理士の事務所まで出向いた上、本件修正申告書の用紙がそのまま修正申告書として磐田税務署長に提出されるであろうことを認識しながら、鈴木税理士が原告らの住所氏名を代筆したことに異議を唱えず、鈴木税理士が原告らの代わりに原告ら共同相続人四名の印鑑を押印するのを黙認していたというのであるから、本件修正申告書は、原告らの意思に基づいて作成され、原告らがその内容を了知した上で任意に磐田税務署長宛に提出されたということができる。

そして、修正申告は、すでにした確定申告の内容を再検討した上で行われるもので、確定申告の場合と異なり申告の期限も定められておらず、納税者としては十分その内容を吟味してこれを行うべきことが予想されるから、修正申告書の記載内容の過誤の是正は、その過誤が客観的に明白かつ重大な場合に限られると解すべきであり、そのような事情が認められない本件では、申告が税務署長になされると同時に修正によって増加した所得金額はそのまま確定し、納税者(原告)はその修正申告書の提出により直ちにこれに記載した所得税額を納付すべき義務を負担するものである。

(三) 右のとおり、本件調査は何ら違法ではなく、また、原告は、自らの意思で任意に修正申告を行って税額を確定させたのであるから、精神的損害はもちろん、超過課税分なる財産的損害を主張することも失当である。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  前記第二の一の争いのない事実に加え、証拠(甲一、二、一一、一二の一ないし八、一三の一ないし三、一四ないし一九、二〇の一、二、二一の一ないし四、二四ないし三〇、三一の一、二、三二、乙一ないし八、証人米津、原告本人(一部))及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告及び國は、平成三年春ころ、被相続人三郎の遺産相続による相続税の申告手続を鈴木税理士に委任したところ、鈴木税理士は、原告及び國から口頭による説明と関係資料の提出を受けるなどして三郎の遺産の範囲を確定し、原告ら相続人間で合意された内容に従って遺産分割協議書を作成した上、同年六月二七日当初申告書を作成して磐田税務署に提出した。鈴木税理士は、その過程で、課税価格の計算上控除されるべき債務に該当する平成二年度第四期及び平成三年度全期の固定資産税、同年度の住民税について調査するべく、國に対し関係資料の提出を求めたが、それらの資料は國の手元になく、かえって、これについては申告するに及ばないので早急に手続を完了するよう國から指示されたため、これに従った。

2  当初申告書提出後約一年四か月ほど経った平成四年一〇月下旬ころ、磐田税務署の米津係官から、当初申告書作成に関与した鈴木税理士に対し、当初申告書にかかる相続税に関し実地調査をする旨の通知とともに、調査の日時について相続人らの都合を聞いて欲しい旨の申し出があったので、鈴木税理士は、右申し出を引き受け、原告及び國の都合を聞き、同年一一月二日が都合がよい旨を米津係官に報告した。同日米津係官による本件調査が行われ、鈴木税理士がこれに立ち会ったが、本件調査の理由は、國名義の資産のうち実質は被相続人三郎の遺産に属するものがあり、申告漏れの疑いがあるというものであった。米津係官が、國及び原告に対し、本件調査の趣旨を説明した上で通帳や有価証券類の提示を求めたところ、國も原告も、本件調査に対して難色を示したり苦情を申し立てたりすることなく進んで通帳類を提示した。米津係官は、國から、同人が相続人の代表として応対する旨の申し出を受けていたため、國に対し、爾後税務調査を進めるに当たっての連絡先を誰にすればよいかを尋ねたところ、鈴木税理士に連絡して欲しい旨の応答があり、鈴木税理士もそれで構わないということであった。

3  そこで、米津係官は、原告宅における本件調査及びその後の金融機関等に対する反面調査の結果を取りまとめ、同月下旬ころ、鈴木税理士に対し、磐田税務署の調査結果に基づく原告ら相続人の申告漏れ資産(農協の建物共済及び前記第二の三の1(二)の<1><3><4><5>の各資産)の項目と金額について指摘し、原告らに反論があれば出して欲しい旨伝えたところ、鈴木税理士は、磐田税務署から申告漏れと指摘された右各資産の項目と金額をメモして早速原告宅に赴き、原告及び國に伝えた。その後間もなく、米津係官は、鈴木税理士から、原告らに対し改めて説明して欲しいとの連絡を受けたので、鈴木税理士と共に来署した原告及び國に対し、申告漏れと考える右各資産の内容を逐一指摘し、それについて説明を求めた。すると、原告から、農協の建物共済の権利については被相続人三郎ではなく自分に帰属するものである旨の説明があったものの、それ以外の項目については、原告及び國から、それらの資産が三郎の遺産であることについてとくに異議、反論はなく、野村證券株式会社扱いの中部電力債二〇〇万円についても原告が三郎から買い取ったとの主張はなかった上、磐田税務署の指摘する内容に疑問を抱かせるような資料も提出されなかった。米津係官は、原告及び國に対し、繰り返し財産の帰属や使途について確認を求めたところ、國は、「そのような財産は私のものではありません。あるなら三郎の財産でしょう。三郎が管理していたから私にはわかりません。」などと答えた。米津係官は、原告及び國の応対の様子が右のようなものであったことや、鈴木税理士から、國が同税理士に対し國名義の電力債は國のものではなく三郎のものである旨述べていたことや、國が現金出金についても申告漏れのため修正申告が必要であれば仕方がないと考えている様子であること等を伝え聞いていたことから、原告及び國が、磐田税務署の指摘するとおり、建物共済の権利以外の項目については資産の申告漏れを認め、修正申告をする意思があるものと判断した。

4  米津係官は、鈴木税理士から、修正申告書の内容を記載してもらいたいと言われたため、原告ら相続人の便宜を図るという意味もあって、同年一二月一日ころ、修正申告書の用紙の数額欄等に自己の調査結果を記載した上、鈴木税理士に対し、「先生の方でも、内容を確認していただいた上で、その内容を國さんらに説明していただき、國さんらが納得された場合には、この用紙に署名及び押印をして、そのまま修正申告書として利用してもらって差し支えありません。」などと説明の上本件修正申告書の用紙を手交わした。鈴木税理士は、原告及び國に対し、本件修正申告書の用紙に原告ら相続人の印鑑を押捺する必要があるからという理由で印鑑を事務所まで持参するよう要請したところ、原告らは間もなく来所したが、原告及び國において本件修正申告書を磐田税務署長宛に提出することに異存がなく、また、朝日生命保険相互会社を保険者とする保険金の評価額についても格別疑問を抱かせる資料はなかったことから、鈴木税理士は自ら、本件修正申告書の用紙の原告ら相続人の氏名欄を代筆し、原告らの面前で原告ら相続人の印鑑を代わって押捺した。原告及び國は、鈴木税理士の代筆代印に異議を唱えることはなかった。鈴木税理士は、同月二日、本件修正申告書を磐田税務署に届けた。

5  鈴木税理士は、原告及び國から、改めて本件修正申告の手続について委任を受けたわけではなかったが、当初申告手続の報酬として九〇万円の支払を受けたほか、原告から本件調査立会の報酬として五万円を受領した。

二  争点1について

原告は、税理士法三四条は、税務職員が一般的な税務調査を行う場合であっても納税者に対し調査の日時場所を事前に通知しなければならないことを定めたものと解釈すべきことを前提として、本件調査は納税者たる原告への事前通知を欠いたものであるから、このような税務調査は同条の規定に反し許されない旨主張する。

しかし、税理士法三四条は、原告が主張するように税務職員の調査の際に納税者への事前通知が必要であることを前提として税理士への通知義務を課した規定ではなく、税務職員が納税者に対し調査の日時場所を通知する場合で、かつ正式な税務代理の権限を有する税理士がいる場合には、権限ある税理士に対し併せてその調査の日時場所を通知しなければならない旨定めた規定であり、このことは条文の文言からも明白である。また、納税者に対する調査の日時場所の事前通知が税務調査を行う上での法律上の要件とされていないことは、最高裁昭和五八年七月一四日第一小法廷判決(訟務月報三〇巻一号一五一頁)が「(調査の)実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知などは、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない。」と判示していることに照らして明らかである。したがって、原告の主張は、そもそもその前提において失当といわざるを得ない。

加えて、前記第三の一で認定した事実によれば、本件では、磐田税務署の米津係官が、本件調査を行うに際し、事前に鈴木税理士に電話をかけ、原告ら相続人に対して相続税の調査を行うことを伝えること及び原告ら相続人の都合の良い日時を確認してもらいたいことの二点を依頼し、鈴木税理士の方も、米津係官の右依頼を引き受け、原告らの都合を確認した上で米津係官に連絡し、これに基づき米津係官は、原告らの都合の良い日時に原告宅へ臨場し本件調査を行ったのであるから、原告ら相続人に対する本件調査の事前通知は、税理士を通じて行われていたということができる。

したがって、原告の主張は理由のないことが明らかである。

三  争点2について

1  所得税法は、いわゆる申告納税制度を採用し、納税申告書記載内容の過誤の是正については国税通則法及び所得税法に特別の規定が設けられているが、これは、所得税の課税標準等の決定については最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とすることが、租税債務を可及的速やかに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いる虞れがないと認めたからにほかならない。したがって、納税申告書の記載内容について、法定の方法によらないでその記載内容の過誤の是正を主張することができるのは、その過誤が客観的に明白かつ重大であり、国税通則法及び所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決・民集一八巻八号一七六二頁参照)において、税務職員の違法なしょうようにより納税者の任意の意思に基づかない納税申告がなされた場合等に限られると解すべきである。そして、修正申告も課税標準・税額等に関する納税申告行為である以上、修正申告の過誤の是正の場合についても同様に解すべきである。

2  原告は、本件修正申告は、税務職員が税理士を利用して違法なしょうようを行った結果なされたものであり、原告の任意の意思に基づくものではない旨主張する。

前記第三の一で認定した事実によれば、原告らは、磐田税務署の米津係官から二度にわたって(その内一度は鈴木税理士を通じて)、税務署の調査結果に基づく原告ら相続人の申告漏れ資産(農協の建物共済及び前記第二の三の1(二)の<1><3><4><5>の各資産)の項目と金額について逐一説明を受け、その都度、右各資産の権利の帰属や現金の使途等について解明するよう求められ、税務署の調査結果に異議や反論があれば申し出るよう言われていたのであるから、原告らとしては、自ら事実関係を調査したり或いは鈴木税理士の協力を得て税額を検討する等して、米津係官に対し反論を述べたり内容の訂正を求めたりする機会は十分与えられていたということができる。それにもかかわらず、原告らは、本件修正申告書が磐田税務署長宛に提出されるまで、農協の建物共済以外の権利について、異議や反論を申し出たりすることがなかったばかりか、事実関係を解明するべく自ら税額を検討したり鈴木税理士の協力を仰ぐ等して調査のために尽力した形跡も窺えない。加えて、磐田税務署の調査結果に基づく金額等記入済みの本件修正申告書の用紙が鈴木税理士に手渡された後、原告らは、自らの意思で鈴木税理士の事務所まで赴いた上、右書面がそのまま修正申告書として磐田税務署長に提出されるであろうことを十分認識しながら、鈴木税理士が原告らを代理して原告ら相続人の印鑑を押印するのに対し、何ら異議を唱えることなく黙認していたというのである。

以上の諸事情を併せ考慮すると、本件修正申告書は、原告らがその記載内容を了知の上原告らの任意の意思に基づいて磐田税務署長宛に作成・提出されたものということができるのであって、磐田税務署の係官が、原告らに対し、金額等記入済みの申告書用紙の記載内容に従って修正申告することを強要ないし義務づけたとはいい難い。

そして、修正申告は、申告が税務署長になされると同時にこの修正によって増加した所得金額はそのまま確定し、納税者はその申告書の提出により直ちにこれに記載した所得税額を納付すべき義務を負担するものであり、原告は、自らの意思に基づき任意に本件修正申告を行って税額を確定させたものということができるから、米津係官の税務調査、それに基づく処理、原告に対する修正申告のしょうようといった米津係官の行為と、原告が行った本件修正申告との間には直接の関連性はなく、両者の間に因果関係を認めることはできない。

したがって、米津係官の右行為に基づき被告に対して国家賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年九月六日)

(裁判長裁判官 田中優 裁判官 溝口稚佳子 裁判官 飯野里朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例