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静岡地方裁判所浜松支部 昭和31年(ワ)153号 判決 1958年2月24日

原告

右代表者法務大臣

唐沢俊樹

右指定代理人検事

加藤隆司

法務事務官 寺内一郎

右同

名倉竹志

大蔵事務官 新美猛

右同

菱田登

岡山県西大寺市宿七五六番地の一

被告

みづほ産業株式会社

右代表者代表取締役

黒田錦一

右訴訟代理人弁護士

大久保弘武

右当事者間の所有権移転登記請求事件につき、次のとおり判決する。

主文

被告は、別紙目録記載の土地につき訴外斎藤楽器製造株式会社のため、所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告の請求趣旨及び主張

原告指定代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

(一)  訴外斎藤楽器製造株式会社(以下斎藤楽器と略称する)は、昭和二十五年十二月一日設立され、本店を横浜市南区通町四丁目百番地に工場を浜松市永田町五百六十番地に置き楽器の製造を業としていたところ、同会社は、設立以来原告国(所管庁は浜松税務署)に対し、物品税及び源泉所得税につき所定期限内に納入したことはほとんどなく、昭和二十七年以来逐次滞納額が累増する傾向となり、その間物品税の脱税のため税務当局の決定処分を受けたことも再三ならずあり、昭和三十一年三月一日現在において金一千四十二万七千円の多額の滞納税金額となり、徴収不能の実状にある。

(二)  これより先斎藤楽器は、昭和二十六年一月二十二日訴外鈴木庄吉から別紙目録記載の土地中(1)乃至(7)の七筆合計四百四坪一合三勺を代金九万九百二十九円二十五銭で、訴外鈴木睦司から右目録記載の土地中(14)及び(15)の二筆合計九十八坪九合六勺を代金二万二千二百六十六円で、訴外鈴木康之から右目録記載の土地中(16)乃至(21)の六筆合計三百五十三坪一合七勺を代金七万九千四百六十三円二十五銭で、同年一月十六日訴外天竜工芸株式会社(現在商号変更により天竜楽器製造株式会社)から右目録記載の土地中(8)乃至(13)の六筆合計千二百三十坪九合八勺を代金二十六万六千五百十円でいずれも買受けた。

(三)  ところが斎藤楽器は、昭和三十年中頃から事業の運営に円滑を欠き、経理状態も悪化し、かつ運転資金も欠乏し、従つて前記のとおり物品税等の納付は一層困難となり臨検搜索調査等が行われ、遂に昭和三十年六月二十一日には材料の差押処分を受けるに至り、本格的な公売処分を受ける時期が切迫するのを察知するや、たまたま工場敷地である前記買受土地について登記簿上会社名義に所有権移転登記がなされていないのを幸として、差押処分を免れる目的の下に同年七月四日に至り右土地中(1)乃至(7)及び(14)乃至(21)につき昭和二十六年一月二十二日付で前所有者訴外鈴木庄吉、鈴木睦司及び鈴木康之から更に同様(8)乃至(13)につき昭和二十六年一月十六日付で前所有者天竜工芸株式会社から、何れも直接斎藤楽器の代表取締役訴外斎藤武司個人が譲受けたかの如く装い、同人のため売買を原因とする所有権移転登記手続(静岡地方法務局浜松支局昭和三十年七月四日受付第七四三〇号同第七四九九号、同月八日受付第七七〇九号、同月二十七日受付第八四二三号)を了した。しかして斎藤楽器に対する税務当局の追求が激しくなるや、更に同年十一月十日に至り、前記の如く登記簿上の所有名義人となつた斎藤武司は、右土地を同人の親戚に当る訴外神田栄が取締役となつている被告会社に譲渡し、売買を原因とする所有権移転登記手続(右支局同年十一月十四日受付第一三二二二号)を了した。

(四)  しかしながら、以上の事実から明らかなとおり、本件不動産の元所有者前記鈴木庄吉外三名と斎藤武司との間には、前記登記簿に対応する実質関係たる売買は少しもなかつたのに拘らず登記だけなされているのであるから、前記両者間の所有権移転登記は登記としての効力がなく、しかも、登記に公信力を認めない現行登記制度の下においてはその無効は絶対的なものである。したがつて、斎藤武司が登記簿上の所有名義人であつても真実の権利者でないのであるから、同人と被告会社との売買行為は無効であつて、被告は所有権を取得するによしなく、これに基いてなされた所有権移転登記もまた無効であるといわなければならない。よつて、本件土地の真実の所有者である斎藤楽器は被告会社に対し、これが所有名義を回復するため、所有権移転登記手続請求をなすべきところ、これをなさないから、原告は前述の如く滞納会社である斎藤楽器に代位して、同会社のため右登記手続を求めるため本訴に及ぶ次第である。

(五)  被告の答弁事実に対しては、次のように述べた。

被告は本件土地の所有権取得原因を斎藤武司個人との売買に求めている。しかしながら、斎藤武司が登記簿上所有名義人であつても、登記に公信力を認めていない現行法の下にあつては、これを真の所有者であると信じて買受けても、それが実質上の権利者でない限り所有権を取得し得ないことは既に述べたところである。

被告は更にこれに対し斎藤武司が実質上の権利者である根拠として、斎藤楽器と同人との売買契約を主張するが、たとえ右契約があつたとしても、斎藤武司は所有権を取得し得ない。何となれば、同人は斎藤楽器の代表取締役である関係上、被告主張のような売買契約を締結するに際しては、商法第二百六十五条所定の取締役会の承認を受くることを要するにかかわらずこれが承認を受けていないから、右契約は無効であるといわなければならない。従つて、原告が先に述べたと同一の理由から被告主張のような登記の対抗問題を生ずる余地はない。

第二、被告の答弁

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として次のように陳述した。

(一)  原告の主張事実中

前記(一)につき、斎藤楽器の設立、本店、工場の所在地業態は認めるが、その他は不知、(二)につき、斎藤楽器がそれぞれ本件土地を買受けたことは認める、(三)につき各登記がなされたことは認めるが、その他は否認する。

(二)  被告は本件土地を斎藤武司から買受けたものである、原告は本件土地につき斎藤楽器に所有権がある旨主張するけれども、登記簿上に何ら表示されていない同会社として、物件の変動につき第三者である被告に対し対抗力がないものと解すべきである。何となれば、旧所有者である原告主張の訴外鈴木庄吉らから斎藤楽器が買受けたものを同会社から斎藤武司が買受けて中間省略の所有権移転登記手続をしたものを被告が買受けてその旨の所有権移転登記手続を了しているものである。従つて原告が主張するような登記に公信力があるないの事柄とは問題が異る。

原告は、斎藤楽器と斎藤武司との間で本件土地につき売買があつたとしても、商法第二百六十五条所定の取締役会の承認を得ていないから右売買は無効であると主張するけれども、取締役会の承認を得たか否かはとも角、右商法の規定は会社内部の関係を規定したものにとどまり、第三者には内部関係の無効を主張し得ないものと解すべきである。

本件土地が斎藤武司の所有名義になつていた原因は、同人が右会社から譲渡を受けたものか、信託的に譲渡を受けたものである。斎藤武司は斎藤楽器の代表取締役であり、かつ、同人及びその家族において同会社の株式の大半を所有して居り、いわゆる同族会社の代表者として名実共に会社を独裁していた地位にあつた関係上、同人は自由に右会社の財産を処分していたのである。

第三、立証

原告指定代理人は甲第一乃至第六号証、第七号証の一乃至六、第八乃至第一〇号証を提出し、証人鈴木睦司、鈴木庄吉、斎藤武司、斎藤ぬい子、平野八郎、鈴木彦十の各証言を援用し、乙第一号証の成立を認め、被告訴訟代理人は乙第一号証を提出し、証人斎藤武司、高田信一の各証言並びに被告代表者本人尋問の結果を援用し、甲第一、第八号証の各成立を認め、その余の各号証は不知と答えた。

理由

斎藤楽器が、本件土地をそれぞれ原告主張のように訴外鈴木庄吉らから買受けたこと、右につき所有権移転登記手続未了の間に斎藤武司が右の旧所有者から直接同土地を買受けた旨の所有権移転登記がなされ、ついで被告が同人からこれを譲受ける契約をしてその旨所有権移転登記手続を経たことは当事者間に争がない。

被告は、斎藤楽器は未登記であるから第三者である被告にその所有権を以て対抗し得ない旨主張するけれども、斎藤楽器が右鈴木庄吉らから本件土地を買受けてその所有者となつたことは被告の自認するところであり、斎藤武司が有効にその所有権を譲受けたかどうかが本件の争であつて、これは登記の対抗力の問題ではない。従つて斎藤楽器と被告との間に関する限り、被告は登記を経ていなくてもその所有権を主張し得る筋合のものであるから被告の抗弁は理由がない。

よつて、斎藤武司のためになされた所有権移転登記は、その実体を伴うものであるか否かについて考察する。被告はこの点につき、本件土地は斎藤武司が斎藤楽器から単純または信託的に譲受けたもので中間省略の登記をした旨主張するけれども、この点に沿う証人斎藤武司及び高田ぬい子の各証言の一部は信用することができない。もつとも当時斎藤武司が斎藤楽器の代表取締役であつたことは当事者間に争がなく、右信用しない部分を除く各証人の証言に徴すると、当時斎藤楽器は経営困難となり、債務超過のため、新しく資金を導入する必要にせまられた結果、被告会社に融資を仰ぎ、その意向に従つて被告会社に対し、一旦右土地の所有権を斎藤武司名義にした上被告会社に所有権移転登記をしたことは認められる。しかしながら、右認定に係る、当時斎藤楽器が債務超過の状態であつたこと、成立に争のない甲第一号証の記載と当事者弁論の全趣旨によつて認められるところの同会社が多額の国税を滞納し、ことに斎藤武司名義に所有権移転登記手続を経た昭和三十年七月の直前である同年六月二十一日には国により斎藤楽器の材料が差押えられた事実及び斎藤楽器所有の本件土地を同会社に対する資金導入のためとはいえ斎藤武司個人の所有名義と変更することが経験則上合理性を欠き、しかもこれにつき被告の全立証を以てするもその妥当性をうなずかせる根拠を認めることができない点を総合すると、前記本件土地を斎藤武司個人名義に所有権を移転することに関しては同人と斎藤楽器との間に実体的な何らの契約もなく、本件土地が未登記であつたことを幸に、斎藤武司が他からの差押を免れるためほしいままに、登記簿上本件土地の所有名義を自己個人に変更したものと認めるの外はない。この点に関し証人斎藤武司は斎藤楽器の承認を得た旨証言するけれども、これは前記のとおり当裁判所の信用しないところである。しかして、右信用しない証言を除いて、以上の認定を覆すに足る証拠はない。

してみると、斎藤武司は本件土地につき所有権を取得したことはなく、従つて同人と売買契約をした被告には、その契約にも拘らず所有権は移転していず、被告のためになされた本件所有権移転登記はその原因を欠く無効のものであり、斎藤楽器は依然として本件登地の所有権者であるといわなければならない。従つて、被告は斎藤楽器に対し、原告の請求どおり所有権の実体に合う如く、所有権移転登記手続をなすべき義務があるものというべく、前段認定のとおり斎藤楽器に対し滞納税金の徴収権を有する原告が同会社に代位してなした本訴請求は理由があるものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は相当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 播本格一)

物件目録

浜松市和田町五十二番ノ一

(1) 一、宅地 五十一坪二合五勺

同 市同 町五十二番ノ二

(2) 一、宅地 四十坪

同 市同 町五百五十番ノ一

(3) 一、宅地 百十五坪七合三勺

同 市同 町五百五十一番

(4) 一、宅地 七十九坪六合五勺

同 市同 町五百五十番ノ五

(5) 一、宅地 八坪五合

同 市同 町五百五十番ノ二

(6) 一、宅地 十八坪

同 市同 町五百五十番ノ四

(7) 一、宅地 九十一坪

同 市同 町五百四十七番

(8) 一、宅地 四十四坪八合五勺

同 市同 町五百五十二番

(9) 一、宅地 八百四十二坪三合二勺

同 市同 町六百十二番

(10) 一、宅地 百四十三坪二勺

同 市同 町六百十四番

(11) 一、宅地 七十三坪九合七勺

同 市同 町五百一番ノ一

(12) 一、宅地 三十三坪六合

同 市同 町五百六十番ノ二

(13) 一、宅地 九十三坪二合二勺

同 市同 町五百三番ノ一

(14) 一、宅地 五十四坪九合六勺

同 市同 町五百三番ノ二

(15) 一、宅地 四十四坪

同 市同 町五百四十八番

(16) 一、宅地 四十九坪

同市 同町 五百四十九番

(17) 一、宅地 百六十六坪八合一勺

同 市同 町五百五十八番ノ二

(18) 一、宅地 十七坪三合六勺

同 市同 町五百六十番ノ一

(19) 一、宅地 六十一坪

同 市同 町五百五十八番ノ一

(20) 一、宅地 五十一坪

同 市同 町五百五十七番

(21) 一、宅地 八坪 以上

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