静岡地方裁判所浜松支部 昭和47年(ワ)268号 判決 1973年6月26日
主文
被告は原告に対し金四五万九、〇一三円およびこれに対する昭和四四年五月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言。
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決
第二主張
一 請求の原因(原告)
(一) 昭和四二年一〇月二日午前七時四〇分頃、静岡県浜松市北寺島町三九六地先交差点において、被告の運転する被告所有の無保険の軽四輪貨物自動車(六浜松は七九四五以下「加害車両」という)と訴外山本節次(以下「被害者」という。)の運転する原動機付自転車(浜松い九〇三二)とが衝突(以下「本件事故」という)し、被害者は、右膝蓋骨々折等の傷害を受けた。
(二) 被告は、自動車損害賠償保障法(以下単に「自賠法」という。)三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供した者」であるから、被害者に対してこれが損害を賠償する義務を負うに至つた。
(三) 被害者が本件事故により蒙つた損害は次のとおりであつて合計金九〇万四、四三二円を下らない。
(1) 治療費金八万九、九二四円
被害者は、右傷害により事故日の翌日である昭和四二年一〇月三日から同年一二月一四日まで七三日間浜松市野口町二六〇番地蜂谷外科医院において入院治療をうけ、さらに同年同月一五日から翌四三年四月三〇日までの間同医院に二三回通院して治療をうけたが、その間の治療費は金八万九、九二四円である。
(2) 付添看護費金五万九、〇〇〇円
被害者は、右入院期間中の昭和四二年一〇月三日から同年一一月三〇日までの五九日間は歩行はもとより用便や食事も独力では困難であつたゝめ、訴外富田ちよ(妻の母にあたる)の付添看護を仰ぎ、同人に対してその対価金五万九、〇〇〇円(一日あたり金一、〇〇〇円)を支払つた。
(3) 文書料金七〇〇円
(4) 休業による逸失利益金一五万四、八〇八円
被害者は、本件事故当時浜松市助信町一六六番地榎本工業株式会社に勤務し、工員(機械部長補佐)として製図機の製作を担当し、給与として稼働日数に応じ日額金一、三三〇円で積算される本給のほか時間外手当等の諸手当(付加給)の支給をうけていたが、実働賃金制の雇用契約であつたため、前記傷害により勤務不能となつた間、同人は全く賃金の支給をうけ得なかつた。
よつて、右休業による逸失利益は左記に算出のとおり金一五万四、八〇八円と認めるべきである。
記
本件事故日の属する月以前最終三カ月の賃金総額金一四万五、一三三円九〇日×休業日数九六日=金一五万四、八〇八円
(5) 傷害による慰藉料金二〇万円
被害者は前記重傷害により治療期間中甚大な肉体的苦痛をうけたが、これを慰藉するに足る額は金二〇万円を下らないというべきである。
(6) 後遺障害による慰藉料金四〇万円
被害者は前記治療経過後も右膝蓋部の傷害は完全に治癒するにいたらず同所に時々痛みを覚える等の神経症状を残して今日にいたつている。しかして、右肉体的苦痛を慰藉するに足りる額は金四〇万円が相当である。
(四) そこで、原告は、被害者に対して、昭和四四年五月一二日右損害額金九〇万四、四三二円から被害者がすでに健康保険法にもとづき給付をうけていた傷病手当金八万二、五六〇円、療養費八万六、五五九円計金一六万九、一一九円を控除した残額金七三万五、三一三円のうち金四五万九、〇一三円(自賠法施行令第二〇条一項にもとづき同施行令二条一項二号イ該当の損害として前項1ないし5の各損害のうち金一四万九、〇一三円、同号へ該当の損害として前項6の損害のうち金三一万円)を自賠法七二条にもとづく損害てん補金として支払つた。
(五) 右給付の結果、原告は同法七六条一項の規定に基づき右給付額を限度として被害者が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。
(六) よつて、原告は被告に対し金四五万九、〇一三円及びこれに対する損害てん補した日の翌日である昭和四四年五月一三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否(被告)
請求の原因(一)記載の事実のうち、被害者の傷害の程度は不知、その余の事実は認める。
同(二)記載の事実のうち、被告が加害車両を所有していることは認め、その余は争う。
同(三)記載の事実は争う。
同(四)記載の事実は不知。
同(五)記載の事実は争う。
三 抗弁(被告)
(一)(1) 被告は加害車両を運転し、本交差点附近において、南北に通ずる道路を北方に後退しながらこれと交差する東西に通ずる道路幅五・八五米との交差点を東にまがり、交差点の直前にて道路中心線より左側に停車中、被害者が東より西方へ時速二五粁の速度で進行し追突したものである。
(2) 右交差点は左右の見透しが悪いから、被害者は同所において徐行すべき義務があるのにこれを怠り時速二五粁で進行した過失がある。
(3) 事故当日は雨天で、事故発生時にはかなり強い雨が降つていたから雨覆のない原動機付自転車を運転する者は、雨が顔にあたつたり見透しが不充分であるから通常以上の注意をもつて運転すべき義務があるのに、被害者は右注意義務を怠つた過失がある。
(4) 事故当時、右交差点東端より一四米東方道路左側に小型貨物自動車一台が駐車していたほか、車両の運行を阻むものはなく右道路上を走行する車両もなかつた。
(5) 加害車両に構造上の欠陥や機能上の障害はない。
(6) 従つて本件事故は、専ら被害者の重大な過失によつて発生したもので、被告には何らの過失も存しない。
(二) 仮に被告に過失ありとするも、被害者にも(一)記載の重大な過失が存するから過失相殺を主張する。
(三) 仮に被害者の本件事故による損害が金五〇万円をこえるとしても、被害者が健康保険法にもとづき給付を受けた金一六万九、一一九円は、自賠法による填補金の限度額である金五〇万円より控除されるべきである。
四 抗弁に対する認否(原告)
抗弁(一)(1)記載の事実のうち被害者の車両が追突したとき加害車両が停車中であつたか否かは不知。かりに停車していたとしても、停止直後に追突したものである。その余は認める。
ただし、被害者の車両の進行速度は時速二〇キロメートルないし二五キロメートルである。
同(一)(2)記載の事実のうち、本件交差点が左右の見透しのわるいことは認めるが、その余は争う。
同(一)(3)記載の事実のうち、当日雨天であつたこと(ただし降雨の程度は不知。)および被害者の車両には雨覆がなかつたことは認めるが、その余は争う。
同(一)(4)記載の事実は認める。
同(一)(5)記載の事実のうち、加害車両のブレーキとハンドルに異常がなかつたことは認める。その余の部分の欠陥障害の有無については不知。
同(一)(6)記載の事実は争う。
同(二)記載の事実は否認する。
同(三)は争う。
(一) 被害者は、原動機付自転車を運転して本件交差点を直進すべく約二〇メートル手前まで接近したところ、右交差点の向つて左側から突如として加害車両がカーブをきりつつ後退進行してくるのを発見した。そこで、被害者は制動操作にはいりつつ警笛を鳴らし加害車両に注意を喚起した。
ところが、加害車両が警報にもかかわらずなおも後進してきたため、被害者は、追突の危険を感じ、これを回避すべく右交差点手前約一一メートルの地点で左方にハンドルをきりながら急ブレーキをかけたが間に合わず、不可避的に自車の前部を加害車両の左後部に追突させてしまつた。
(二) 被害者は、本件事故現場が交差点に近いことと、加害車両がなお道路中央方向に後退するおそれがあつたことから、加害車両のみならず他車との衝突を懸念して直感的にハンドルを左方に操作したものであるが、加害車両の左端と道路左端との間がせまくて通りぬけができなかつたため前記のとおり自車を加害車両に追突させ受傷を余儀なくされたのである。
(三) ところで、本件交差点は左右の見通しがわるく信号機の設置もないうえ、事故当時には、被告主張のとおり、交差点東端から一四メートルほど東方の路上左側に小型貨物自動車が駐車していて後方の見通しが一段とわるかつたのであるから、被告は右交差点に後退進入するにあたり後方の安全確認を十分になし、もつて後方(東方)から直進する車両の進路を妨害し追突等の事故を発生させないよう入念な注意をはらつて後退操作をなすべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、被告は、これを怠り原動機付自転車の直進にも気づかずに漫然と方向転換すべく後退した過失により右車両の進路を妨害して自車に追突せしめたものである。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因(一)記載の事実は、被害者の傷害の程度を除き当事者間に争がなく、成立に争いのない〔証拠略〕によれば、被害者は本件事故により右膝蓋部右示中指挫創右膝蓋骨々折の傷害を負つたことが認められる。
そして被告の運転した加害車両が被告所有であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告は当時自動車タイヤ販売を業とし、右業務のため右車両を運行中本件事故を発生せしめたことが認められるから、被告は自賠法三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」として本件事故による責任を負うべきである。
二 被告は、本件事故は、専ら被害者の重大な過失によつて発生したもので、被告には何らの過失も存しないし、仮に被告に過失ありとするも、過失相殺する旨主張する。
しかし、本件交差点は信号機の設置されていない見透しのわるい交差点であつて、かつ当日小雨が降り、交差点の東端より一四米東方道路左側に小型貨物自動車一台が駐車していたこと、被告は加害車両を方向転換するため南北に通ずる道路を北方に後退しながらこれと交差する東西に通ずる道路幅五・八五米との本件交差点に進入し東に曲折したことは当事者間に争いがないから、自動車運転者はかかる状況において右交差点に後退進入するに際しては、後方の安全を十分に確認し、東方より直進してくる車両の進路を妨害し追突するなどの事故の発生を未然に防止すべき注意義務あるところ、〔証拠略〕によれば、被告は右注意を怠たり被害者の運転する原動機付自転車が東方より直進してくるのに気づかず、漫然と後退進行したため同車の進路を妨害して自車に追突せしめたこと、一方被害者は時速二〇ないし二五粁の速度で進行し、右交差点の約二〇米手前に接近した際右交差点の南側道路より後退して被害者の進路に進入してくる加害車両を発見し、警笛を鳴らして注意を促したが更に後退を続けるので交差点の約一二米手前でハンドルを左方に切りながら急制動の措置をとつたが及ばず自車前部を加害車両の左後部に追突させたことが認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。
右事実によれば、右認定の交差点の状況、道路の幅員、加害車両の進路、被害者の原動機付自転車の速度と加害車両発見後の措置などからして被害者に過失があつたとは認め難く、本件事故は専ら被告の過失によつて発生したものというべきである。
従つて被告の前記抗弁はいずれも理由がない。
三 そこで損害額について判断する。
〔証拠略〕によれば同(4)記載の事実をそれぞれ認めることができ、ほかに右認定に反する証拠はない。そして前記認定の傷害の部位および入院通院期間、欠勤日数その他諸般の事情を斟酌すると、本件傷害による慰藉料は金二〇万円をもつて相当とし、また〔証拠略〕によれば、被害者は本件傷害により自賠法施行令二条の後遺障害一二級の認定を受け、現在に至るも右膝関節部に神経症状を残していることが認められ、その後遺障害による慰藉料は金三五万円をもつて相当とする。
右事実によれば、被害者の本件事故による損害は、(1)治療費金八万九、九二四円、(2)付添看護費金五万九、〇〇〇円、(3)文書料金七〇〇円、(4)休業による逸失利益金一五万四、八〇八円、(5)傷害による慰藉料金二〇万円、(6)後遺障害による慰藉料金三五万円、以上合計八五万四、四三二円である。
四 〔証拠略〕によれば、原告は被害者に対し、昭和四四年五月一二日、被害者の本件損害額のうち金四五万九、〇一三円を自賠法七二条にもとづく損害てん補金として支払つたこと、被害者は別途に健康保険法にもとづき傷病手当金八万二、五六〇円、療養費金八万六、五五九円計金一六万九、一一九円の給付を受けていることが認められ、ほかに右認定に反する証拠はない。
被告は、健康保険法にもとづく給付金は自賠法による填補金の限度額である金五〇万円より控除されるべきである旨主張するが、被害者の損害額が右給付金を控除しても金五〇万円をこえるときは、金五〇万円の限度で損害てん補金を支払うべきことは当然であり、被告主張のように右限度額金五〇万円より給付金を控除した残額のみを被害者に支払うべき理由はない。
従つて原告は被害者に対し、その損害額金八五万四、四三二円から健康保険法による給付金一六万九、一一九円を控除した残額金六八万五、三一三円のうち、金四五万九、〇一三円を支払つた結果、自賠法七六条一項により、被害者が被告に対して有する損害賠償請求権を右支払額の限度で取得したというべきである。
五 よつて被告は原告に対し金四五万九、〇一三円およびこれに対する損害てん補した日の翌日である昭和四四年五月一三日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 竹田稔)